JP4189192B2 - 加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板及びその製造方法 - Google Patents
加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板及びその製造方法 Download PDFInfo
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、曲げ加工を主とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板とその製造方法に関するもので、自動車部品等が主たる用途である。
【0002】
【従来の技術】
自動車からの炭酸ガスの排出量を抑えるために、高強度鋼板を使用して自動車車体の軽量化が進められている。また、搭乗者の安全確保のためにも、自動車車体には、軟鋼板の他に高強度鋼板が多く使用されるようになってきている。更に、自動車車体の軽量化を今後進めていくために、従来以上に高強度鋼板の使用強度レベルを高めたいという新たな要請が非常に高まりつつある。
【0003】
しかしながら、高強度鋼板に曲げ変形を加えると、加工後の形状はその高強度ゆえに、加工冶具の形状から離れて加工前の形状の方向にもどりやすくなるというスプリング・バック現象や、成形中の曲げ−曲げ戻しからの弾性回復により側壁部の平面が曲率を持った面になってしまう壁そり現象が起こり、狙いとする加工部品の形状が得られないという寸法精度不良が生じる。
【0004】
従って、従来の自動車の車体では、主として、440MPa以下の高強度鋼板に限って使用されてきた。自動車車体にとっては、490MPa以上の高強度鋼板を使用して車体の軽量化を進めていく必要があるにもかかわらず、スプリング・バックや壁そりが少なく形状凍結性の良い高強度鋼板が存在しないのが実状である。
【0005】
付け加えるまでもなく、440MPa以下の高強度鋼板や軟鋼板の加工後の形状凍結性を高めることは、自動車や家電製品などの製品の形状精度を高める上で極めて重要であることはいうまでもない。
【0006】
本発明者らは、板厚中心での集合組織を制御することによって形状凍結性に優れた鋼板を製造する方法を開示している(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
しかし、この方法ではより厳しい加工性を要求される冷延鋼板においては加工性と形状凍結性の両立が十分ではない。
【0008】
なお、本発明者らの一部は、スプリングバック量を小さくする技術として、板面に平行な{100}面の反射X線強度比が3以上である冷延鋼板を開示した(例えば、特許文献2参照)が、この発明は板厚最表面でのX線強度比の規定を特徴としており、本発明とは全く異なる物である。
【0009】
【特許文献1】
特開2001−303175号公報
【特許文献2】
特開2001−64750号公報
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
軟鋼板や高強度鋼板に曲げ加工を施すと、鋼板の強度に依存しながら大きなスプリング・バックが発生し、加工成形部品の形状凍結性が悪いのが現状である。本発明は、この問題を抜本的に解決して、加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板を提供するものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】
従来の知見によれば、スプリング・バックを抑えるための方策としては、鋼板の降伏点を低くすることがとりあえず重要であると考えられていた。そして、降伏点を低くするためには、引張強さの低い鋼板を使用せざるをえなかった。しかしこれだけでは、鋼板の曲げ加工性を向上させ、スプリング・バック量を低く抑えるための根本的な解決にはならない。
【0012】
そこで、本発明者らは、曲げ加工性を向上させてスプリング・バックの発生を根本的に解決するために、鋼板の集合組織の形状凍結性への影響に着目して、その作用効果を詳細に調査、研究した。
【0013】
その結果、{100}<011>〜{223}<110>方位群と{554}<225>、{111}<112>、{111}<110>の各方位の強度、及び、これらの方位の強度比を制御すること、更には、r値の平均値は確保しつつ、圧延方向のr値及び圧延方向と直角方向のr値のうち少なくとも1つをできるだけ低い値にすることで、加工性を維持しつつ形状凍結性が飛躍的に向上することを明らかにした。
【0014】
また、鋭意検討の結果、成分の最適化および冷延率・焼鈍温度等の製造条件の最適化によって、前述の加工性と形状凍結性に有利な集合組織を有する冷延鋼板を製造することが可能であることを見出した。
【0015】
本発明は前述の知見に基づいて構成されており、その主旨とするところは以下のとおりである。
【0016】
(1) 質量%で、
C;0.02%以上0.3%以下、
Mn;0.05%以上3%以下、
P;0.2%以下、
N;0.01%以下
を含み、Si及びAlを合計で0.05%以上3%以下含み、
更に、Ti、Nbの1種又は2種を合計で0.01%以上、0.40%以下含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、フェライト又はベイナイトを体積分率最大の相とし、体積分率で25%以下のマルテンサイトを含む複合組織鋼であり、少なくとも1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値(A)が4.0以上で、かつ、{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値(B)が3.0以上であり、更に、1.0≦(A)/(B)≦4.0を満足し、加えて、圧延方向及びそれと直角方向のr値のうち少なくとも1つが0.7以下、r値の平均値が0.8以上であることを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
【0018】
(2) 更に、質量%で、
Ni;3%以下、
Cr;3%以下、
Cu;3%以下、
Mo;1%以下、
W;3%以下、
Co;3%以下、
Sn;0.2%以下、
の1種又は2種以上を合計で0.1%以上3.5%以下含むことを特徴とする(1)に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
【0019】
(3) 更に、質量%で、Vを0.2%以下含むことを特徴とする(1)または(2)に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
【0021】
(4) 更に、質量%で、Bを0.01%以下含むことを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
【0022】
(5) 更に、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、Rem:0.001〜0.02%の1種又は2種を含むことを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
【0023】
(6) (1)〜(5)のいずれかに記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板にめっきを施したことを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
【0024】
(7) (1)〜(6)のいずれかに記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板を製造するに当たり、
冷延母材として用いる熱延鋼板の集合組織と冷延圧下率が次式(1)及び(2)を満足し、
(a)+0.02×CR≧4 ・・・(1)
2.5≦(b)+0.03×CR≦5 ・・・(2)
ここで
(a):熱延板の少なくとも1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値
(b):熱延板の少なくとも1/2板厚における板面の{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値
CR:冷延圧下率(%)
冷間圧延後、更に、3℃/s〜100℃/sで、Ac1変態温度以上、(Ac3変態温度+150)℃以下の温度にて焼鈍し、その後、焼鈍温度から500℃以下まで1〜250℃/秒の冷却速度で冷却することを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法。
【0025】
(8) (7)に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法において、冷延鋼板に0.4%以上5%以下のスキンパス圧延を施すことを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法。
【0026】
【発明の実施の形態】
以下に本発明の内容を詳細に説明する。
【0027】
1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値、及び、{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値:
本発明で特に重要な特性値である。板厚中心位置での板面のX線回折を行い、ランダム試料に対する各方位の強度比を求めたときの、{100}<011>〜{223}<110>方位群の平均値が4.0以上でなくてはならない。これが4.0未満では形状凍結性が劣悪となる。
【0028】
この方位群に含まれる主な方位は、{100}<011>、{116}<110>、{114}<110>、{113}<110>、{112}<110>、{335}<110>及び{223}<110>である。
【0029】
これら各方位のX線ランダム強度比は、{110}極点図に基づきベクトル法により計算した3次元集合組織や、{110}、{100}、{211}、{310}極点図のうち複数の極点図(好ましくは3つ以上)を用いて級数展開法で計算した3次元集合組織から求めればよい。
【0030】
例えば、後者の方法における上記各結晶方位のX線ランダム強度比には、3次元集合組織のφ2=45゜断面における(001)[1−10]、(116)[1−10]、(114)[1−10]、(113)[1−10]、(112)[1−10]、(335)[1−10]、(223)[1−10]の強度をそのまま用ればよい。
【0031】
{100}<011>〜{223}<110>方位群の平均値とは、上記の各方位の相加平均である。上記の全ての方位の強度を得ることができない場合には、{100}<011>、{116}<110>、{114}<110>、{112}<110>、{223}<110>の各方位の相加平均で代替してもよい。
【0032】
更に、1/2板厚における板面の{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値は、3.0以上でなくてはならない。これが3.0未満になると、加工性が劣化する。
【0033】
{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>のX線ランダム強度比も上記の方法に従って計算した3次元集合組織から求めればよい。
【0034】
より望ましくは、{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が4.5以上、更に望ましくは、5.0以上、{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>のX線ランダム強度比の相加平均値が3.5以上である。
【0035】
また、{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値(以下(A)と呼ぶ)と、{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>のX線ランダム強度比の相加平均値(以下(B)と呼ぶ)は、1.0≦(A)/(B)≦4.0を満足していなければならない。
【0036】
(A)/(B)が1.0未満では優れた形状凍結性が確保できず、4.0超になると加工性が劣化する。この観点から望ましくは、1.5≦(A)/(B)≦3.7、更に望ましくは、2.0≦(A)/(B)≦3.5とする。
【0037】
以上述べた結晶方位のX線強度が曲げ加工時の形状凍結性及び加工性に対して重要であることの理由は必ずしも明らかではないが、曲げ変形時の結晶のすべり挙動と関係があるものと推測される。
【0038】
X線回折に供する試料は、機械研磨などによって鋼板を所定の板厚まで減厚し、次いで化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去すると同時に、板厚1/2面が測定面となるように作製する。
【0039】
鋼板の板厚中心層に偏析帯や欠陥などが存在し測定上不都合が生ずる場合には、板厚の3/8〜5/8の範囲で適当な面が測定面となるように上述の方法に従って試料を調整して測定すればよい。
【0040】
当然のことであるが、上述のX線強度の限定が板厚1/2近傍だけでなく、なるべく多くの厚みについて満たされることで、より一層形状凍結性が良好になる。
【0041】
なお、{hkl}<uvw>で表される結晶方位とは、板面の法線方向が<hkl>に平行で、圧延方向が<uvw>と平行である結晶方位を示している。
【0042】
圧延方向のr値(rL)及び圧延方向と直角方向のr値(rC):
本発明において重要である。すなわち、本発明者等が鋭意検討の結果、上述した種々の結晶方位のX線強度が適正であっても必ずしも良好な形状凍結性が得られないことが判明した。
【0043】
上記のX線強度と同時に、rL及びrCのうち、少なくとも1つが0.7以下であることが必須である。より好ましくは0.55以下である。
【0044】
なお、rL及びrCの下限は特に定めることなく本発明の効果を得ることができる。
【0045】
一方、加工性を確保するためにはr値の平均値は0.8以上にすることが必須である。ここで述べるr値の平均値は圧延方向と45°の方向のr値をrDとした場合、次式で定義される。
【0046】
r(平均値)=(rL+2rD+rC)/4
r値の平均値の上限は特に定めることなく本発明の効果を得ることができるが、形状凍結性の観点からは1.3以下とすることが好ましい。r値はJIS5号引張試験片を用いた引張試験により評価する。引張歪みは通常15%であるが、均一伸びが15%を下回る場合には、均一伸びの範囲で、できるだけ15%に近い歪みで評価すればよい。
【0047】
なお、曲げ加工を施す方向は加工部品によって異なるので特に限定するものではないが、r値が小さい方向に対して垂直もしくは垂直に近い方向に折り曲げる加工を主とすることが好ましい。
【0048】
ところで、一般に、集合組織とr値とは相関があることが知られているが、本発明においては、既述の結晶方位のX線強度比に関する限定と、r値に関する限定とは互いに同義ではなく、両方の限定が同時に満たされなくては、良好な形状凍結性と加工性を得ることはできない。
【0049】
実際の自動車部品においては、1つの部品の中で、上記のような曲げ加工に起因する形状凍結性が問題になるだけではなく、同一部品の他の部位においては、張り出し性や絞り加工性等の良好なプレス加工性が要求される場合が少なくない。従って、上述の集合組織を制御した曲げ加工時の形状凍結性の向上とともに、鋼板そのもののプレス加工性も向上させる必要がある。
【0050】
本発明者らは、本発明鋼の特徴であるrL及びrCのうち、少なくとも1つが0.7以下であることを満足しつつ、r値の平均値を0.8以上とすることで深絞り性を確保し、張り出し成形性の観点からは、鋼板中にマルテンサイトを含むことによって降伏比を低下させることが最も望ましいことを見いだした。
【0051】
この時、マルテンサイト体積分率が25%を越える場合には鋼板の強度が必要以上に向上するばかりでなく、ネットワーク状に連結したマルテンサイトの割合が増加し、鋼板の加工性を著しく劣化させるために、これを、マルテンサイト体積分率の最大値とした。
【0052】
また、マルテンサイトによる降伏比低下の効果を得るためには、体積分率最大の相がフェライトの場合には3%以上、体積分率最大の相がベイナイトの場合には5%以上であることが望ましい。
【0053】
また、体積分率最大の相がフェライトもしくはベイナイト以外の場合には、鋼材の強度を必要以上に向上させてその加工性を劣化させたり、不必要な炭化物析出によって必要な量のマルテンサイトが確保されないことで鋼板の加工性を著しく劣化させたりすることから、体積分率最大の相はフェライトもしくはベイナイトに限定する。
【0054】
また、室温まで冷却した際に変態を完了していない残留オーステナイトを含有していても、本発明の効果に大きな影響は及ぼさない。ただし、反射X線法などによって求められる残留オーステナイトの体積分率が増加すると、降伏比が上昇することから、残留オーステナイト体積分率はマルテンサイト体積分率の2倍以下であることが望ましく、マルテンサイト体積分率以下とすることは、更に好ましい。
【0055】
上記の他に、本発明のミクロ組織はパーライトもしくはセメンタイトの1種又は2種以上を体積分率で15%以下含有することができる。また、残留オーステナイトを除き、本発明のミクロ組織の体積分率は鋼板の圧延方向断面の1/4厚部を光学顕微鏡にて2〜5視野、組織の粗さに応じて100〜800倍で観察し、ポイントカウント法により求めた値と定義する。
【0056】
以下に、前記(2)〜(7)の本発明における化学成分の影響について述べる。
【0057】
C:
Cは鋼材の強度を決める最も重要な元素の一つである。鋼板中に含まれるマルテンサイトの体積分率は鋼板中のC濃度の上昇と共に増加する傾向にある。ここで、C量が0.02質量%未満の場合には硬質のマルテンサイトを得ることが困難となるために、これをC量の下限とした。
【0058】
また、C添加量が0.3質量%を越える場合には、必要以上に鋼板強度が上昇するのみならず、自動車用鋼材として重要な特性である溶接性が顕著に劣化するために、0.3質量%をC添加量の上限とした。
【0059】
Al、Si:
AlとSiは、共にフェライトの安定化元素であり、フェライト体積率を増加させることによって鋼材の加工性を向上させる働きがある。また、Al、Si共にセメンタイトの生成を抑制することから、パーライト等の炭化物を含む相の生成を抑制し、効果的にマルテンサイトを生成させることができる。
【0060】
この様な機能を持つ添加元素としては、Al、Si以外に、PやCu、Cr、Mo等があげられ、この様な元素を適当に添加することも同様な効果が期待される。
【0061】
しかしながら、AlとSiの合計が0.05質量%未満の場合には、セメンタイト生成抑制の効果が十分でなく、適正な体積分率のマルテンサイトが得られないために下限を0.05質量%とした。
【0062】
また、AlとSiの合計が3質量%を越える場合には、母相であるフェライトもしくはベイナイトの硬質化や脆化を招き、鋼材の加工性の低下、靱性の低下、更には、鋼材コストの上昇を招き、また、化成処理性等の表面処理特性が著しく劣化するために、3質量%を上限値とした。
【0063】
Mn:
Mnは鋼材のミクロ組織の調整のために添加される。特に、溶接性の観点からCの添加量が制限される場合には、Mnを適量添加することによって効果的に鋼の焼入性を調整することが有効である。
【0064】
また、MnはAlやSi程ではないがセメンタイトの生成を抑制する効果があり、効果的にマルテンサイト体積分率を制御することができる。更に、Mnは、Al、Siと共にマトリックスであるフェライトやベイナイトを固溶強化させることによって、高速での動的変形抵抗を高める働きも持つ。
【0065】
しかしながら、Mnの含有量が0.05質量%未満の場合には、必要な体積分率のマルテンサイトの確保が出来なくなるとともに、鋼材の強度が低くなり、有効な車体軽量化が達成できなくなることから、下限を0.05質量%とした。
【0066】
一方、Mnの含有量が3質量%を超える場合には、母相であるフェライト又はベイナイトの硬質化を招き、鋼材の加工性の低下、靱性の低下、更には、鋼材コストの上昇を招くために、上限を3質量%に規定した。
【0067】
Ti,Nb:
Ti、Nbは本発明において非常に重要な元素である。すなわち、これらの元素を添加することによって、冷延後の焼鈍中の再結晶及び粒成長が抑制され、形状凍結性に有利な集合組織が破壊されることなく保存される。
【0068】
また、これらの元素は炭素や窒素の固定、析出強化、細粒強化などの機構を通じて材質を改善するので、それぞれ目的に応じて1種又は2種を合計で0.01質量%以上添加する。
【0069】
過度の添加は加工性を劣化させるので上限を1種又は2種の合計で0.40質量%と設定した。
【0070】
Ni、Cr、Cu、Mo、W、Co、Sn:
Ni、Cr、Cu、Mo、W、Co、Snは、全て鋼材のミクロ組織の調整のために必要に応じて添加される。特に、溶接性の観点からCの添加量が制限される場合には、これらの元素を適量添加することによって、効果的に鋼の焼入性を調整することが有効である。
【0071】
また、これらの元素は、AlやSi程ではないがセメンタイトの生成を抑制する効果があり、効果的にマルテンサイト体積分率を制御することができる。更に、これらの元素は、Al、Siと共にマトリックスであるフェライトやベイナイトを固溶強化させることによって、高速での動的変形抵抗を高める働きも持つ。
【0072】
しかしながら、これらの元素の1種又は2種以上の添加合計が0.1質量%未満の場合には、必要な体積分率のマルテンサイトの確保ができなくなるとともに、鋼材の強度が低くなり、有効な車体軽量化が達成できなくなることから、下限を0.1質量%とした。
【0073】
一方、これらの合計が3.5質量%を越える場合、Ni,Cr,Cu,Co,Wのいずれかの含有量が3質量%を超える場合、Moの含有量が1質量%を超える場合、又は、Snの含有量が0.2質量%を超える場合には、母相であるフェライト又はベイナイトの硬質化を招き、鋼材の加工性の低下、靱性の低下、更には、鋼材コストの上昇を招くために、上限をそれぞれの値に規定した。
【0074】
V:
また、必要に応じて添加するVは、炭化物、窒化物もしくは炭窒化物を形成することによって鋼材を高強度化することができるので0.001質量%以上添加することが好ましいが、0.2質量%を越えた場合には、母相であるフェライトやベイナイト粒内もしくは粒界に多量の炭化物、窒化物もしくは炭窒化物として析出し、加工性を著しく劣化させるので上限を0.2質量%とした。
【0075】
P:
更に、必要に応じて添加するPは、鋼材の高強度化や前述のようにマルテンサイトの確保に有効ではあるが、0.2質量%を越えて添加された場合には、耐置き割れ性の劣化や疲労特性、靱性の劣化を招くことから、0.2質量%をその上限とした。但し、Pの添加の効果を得るためには、0.005質量%以上含有することが好ましい。
【0076】
B:
また、必要に応じて添加するBは、粒界の強化や鋼材の高強度化に有効ではあるが、その添加量が0.01質量%を越えると、その効果が飽和するばかりでなく、必要以上に鋼板強度を上昇させ、部品への加工性も低下させることから、上限を0.01質量%とした。但し、Bの添加効果を得るためには、0.0005質量%以上含有することが好ましい。
【0077】
Ca、Rem:
必要に応じて添加するCa、Remは硫化物の形態を制御することで伸びフランジ性を改善するので、必要に応じて、それぞれ、0.0005質量%以上、0.001質量%以上添加することが望ましい。過度に添加しても格段の効果はなくコスト高となるため、それぞれ、上限を0.005質量%、0.02質量%に設定した。
【0078】
鋼板中のNは、Cと同様に、マルテンサイトを生成させるために有効ではあるが、同時に、鋼材の靱性や延性を劣化させる傾向があるために、0.01質量%以下とすることが望ましい。
【0079】
また、Oは、酸化物を形成し介在物として鋼材の加工性、特に、伸びフランジ成形性に代表されるような極限変形能や鋼材の疲労強度、靱性を劣化させることから、0.01質量%以下に制御することが望ましい。
【0080】
本発明によって製造された冷延鋼板にメッキを施す場合、メッキの種類は特に限定するものではなく、電気めっき、溶融めっき、蒸着めっき等のいずれでも、本発明の効果が得られる。
【0081】
次に、本発明の冷延鋼板の製造方法について述べる。
【0082】
熱間圧延に先行する製造方法は特に限定するものではない。すなわち、高炉や電炉等による溶製に引き続き各種の2次製錬を行い、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造の他、薄スラブ鋳造などの方法で鋳造すればよい。
【0083】
連続鋳造の場合には一度低温まで冷却したのち、再度加熱してから熱間圧延してもよいし、鋳造スラブを連続的に熱延してもよい。原料にはスクラップを使用しても構わない。熱間圧延の方法も特に限定はしない。
【0084】
通常の方法で熱延、冷却、巻取を行う。γ域、α域、γ+α域のいずれの温度領域で圧延を行ってもよい。ただし、熱延板の集合組織と、その後行う冷間圧延の圧下率は次式(1)及び(2)を満足するものとする。
【0085】
(a)+0.02×CR≧4 ・・・(1)
2.5≦(b)+0.03×CR≦5 ・・・(2)
ここで
(a):熱延板の少なくとも1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値
(b):熱延板の少なくとも1/2板厚における板面の{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値
CR:冷延圧下率(%)
上記(1)式が4未満になると冷延・焼鈍後の製品板の形状凍結性が劣化するため、下限値を4とした。上限値は特に定めることなく、本発明の効果を得ることができるが、加工性の観点からは15以下とすることが望ましい。
【0086】
また、上記(2)式が2.5未満になると製品板の加工性が劣化するため、上記(2)式の下限値は2.5とした。一方、上記(2)式の値が5超となると製品板の形状凍結性が劣化することから上限を5とした。これらの熱延板集合組織が熱延板板厚方向に均一に分布している方が望ましいことは言うまでもない。
【0087】
冷延圧下率の上下限は特に限定することなく本発明の効果が得られるが、冷延圧下率を20%未満にするためには、熱延板の板厚を薄くする必要が有り、熱延工程に負荷をかけることから、20%以上とすることが望ましい。この観点から望ましくは30%以上とする。
【0088】
一方、冷延圧下率が90%を越すと熱延鋼板の強度が高い場合、特に、冷延工程の負荷が高くなる。したがって、冷延圧下率の上限は90%とすることが望ましい。この観点からは80%以下が更に望ましい。
【0089】
冷間圧延後の焼鈍は連続焼鈍ラインにおいて行われる。加熱速度が3℃/s未満では、加熱中に再結晶が進行し集合組織が破壊されることから、加熱速度の下限を3℃/sとした。この観点からは10℃/s以上に制限することが望ましい。更に望ましくは20℃/s以上である。
【0090】
一方、加熱速度を100℃/s以上にすることは過剰な設備投資を必要とすることから、100℃/sを加熱速度の上限とした。焼鈍温度が鋼の化学成分によって決まるAc1変態温度未満では最終的な鋼板のミクロ組織にマルテンサイトを含まないことから、これを焼鈍温度の下限とする。
【0091】
また、焼鈍温度が鋼の化学成分によって決まるAc3変態温度+150℃超である場合には、熱間圧延によって造り込まれた集合組織の多くが壊され、最終的に得られる鋼板の形状凍結性が損なわれるために、これを焼鈍温度の上限値とした。この観点からAc3変態温度以下とすることが望ましい。更に望ましくは、焼鈍温度が(Ac1+2×Ac3)/3以下であることが望ましい。
【0092】
焼鈍後冷却する際に、500℃までの平均冷却速度が1℃/秒未満の場合には、最終的に得られる鋼板の集合組織の発達が十分でなく、良好な形状凍結性が得られないと同時に、マルテンサイトが得られないために、これを冷却速度の下限とした。
【0093】
また、実用上有意義である0.4mm〜3.2mmの板厚範囲全ての板厚に対して、平均冷却速度を250℃/秒以上とすることは、過剰の設備投資を必要とすることから、これを冷却速度の上限とした。この冷却は、焼鈍後10℃/秒以下の低冷却速度での冷却と20℃/秒以上の高冷却速度を組み合わせてもよい。
【0094】
焼鈍後の冷却停止温度はパーライトの生成を抑制するため500℃以下とする。冷却停止温度の下限は特に定めないが、経済的観点から室温以上とすることが好ましい。
【0095】
500℃以下の冷却速度は速いほど材質を向上させるが、500℃以下に冷却された後に連続焼鈍工程や連続溶融亜鉛めっき工程での温度履歴に相当するような徐冷もしくは等温保持や、連続溶融亜鉛めっき工程の合金化処理工程での再加熱の過程が採用されてもよい。
【0096】
以上の方法で製造された本発明鋼に出荷前にスキンパス圧延を施すことは、鋼板の形状を良好にするばかりではなく、鋼板の衝突エネルギー吸収能を高める。この時、スキンパス圧下率が0.4%未満ではこの効果が小さいことからこれをスキンパス圧下率の下限とした。
【0097】
また、5%超のスキンパス圧延を行うためには通常のスキンパス圧延機の改造が必要となり、経済的なデメリットを生じると共に、加工性を著しく劣化させることから、これをスキンパス圧下率の上限とした。
【0098】
得られた鋼板の加工性が良好であるためには、通常のJIS5号引張り試験で得られる破断強度(TS/MPa)と降伏強度(0.2%耐力YS)の比である降伏比(YS/TS×100)が70%以下であることが望ましい。
【0099】
また、降伏比が65%以下であれば、更に、形状凍結性を向上させることができて望ましい。
【0100】
なお、本発明に係る鋼板は曲げ加工だけでなく、曲げ、張り出し、絞り等、曲げ加工を主体とする複合成形にも適用できる。
【0101】
【実施例】
本発明の実施例を挙げながら、本発明の技術的内容について説明する。
【0102】
(実施例)
実施例として、表1に示す成分組成を有するP1〜P9及びC1〜C7の鋼を用いて検討した結果について説明する。これらの鋼は、鋳造後そのままもしくは一旦室温まで冷却された後に、1000℃〜1300℃の温度範囲に再加熱され、その後熱間圧延が施され、種々の厚みの熱延鋼板とした。
【0103】
表2及び表3(表2の続き)に示す圧下率で冷間圧延を施し1.2mm厚とし、その後、同じく表2及び表3(表2の続き)に示す連続焼鈍工程にて焼鈍を行った。いずれの鋼板も該焼鈍温度から表2及び表3(表2の続き)に示す冷却パターンで冷却した。
【0104】
【表1】
【0105】
【表2】
【0106】
【表3】
【0107】
これら1.2mm厚の鋼板に0.5〜1.5%のスキンパス圧延を施した後に45mm幅,270mm長さの試験片を作成し、ポンチ幅78mm,ポンチ肩R5,ダイス幅81mm,ダイ肩R4の金型を用いてハット曲げ試験を行った。成形高さは70mmとした。
【0108】
曲げ試験を行った試験片は、三次元形状測定装置にて板幅中心部の形状を測定し、図1に示した様に、点(v)と点(w)の接線と点(x)と点(y)の接線の交点の角度から90°を引いた値の左右での平均値をスプリング・バック量、点(x)と点(z)間の曲率の逆数を左右で平均化した値を1000倍したものを壁そり量、左右の点(z)間の長さからポンチ幅を引いた値を寸法精度として形状凍結性を評価した。なお、曲げはr値の低い方向と垂直に折れ線が入るように行った。
【0109】
ところで、図2及び図3に示した様に、スプリングバック量や壁そり量はBHF(しわ押さえ力)によっても変化する。本発明の効果はいずれのBHFで評価を行ってもその傾向は変わらないが、実機で実部品をプレスする際には設備上の制約からあまり高いBHFはかけられないため、今回は、BHF29kNで各鋼種のハット曲げ試験を行った。なお曲げはr値の低い方向と垂直に折れ線が入るように行った。
【0110】
表4及び表5(表4の続き)には、前記の方法によって製造された1.2mm厚の冷延鋼板の機械的特性値と集合組織、スプリング・バック量,壁反り量,寸法精度とが示されている。
【0111】
形状凍結性は最終的には寸法精度(△d)で判断することができる。寸法精度は鋼板の強度上昇とともに劣化することがよく知られているために、ここでは、表4及び表5(表4の続き)に示す結果を、△d/TSを指標とし、r値の平均値(図4)とYR(図5)に対してプロットした。
【0112】
表4及び表5(表4の続き)、及び、図4及び図5から明らかなように、本発明の範囲の鋼は良好な形状凍結性、加工性及び低いYRを兼ね備えていることがわかる。
【0113】
各結晶方位のX線ランダム強度比やr値が形状凍結性に重要であることの機構については、現在のところ必ずしも明らかとはなっていない。おそらく、曲げ変形時にすべり変形の進行を容易にすることで、結果的に曲げ変形時のスプリング・バック量、壁反り量が小さくなっているものと理解される。
【0114】
【表4】
【0115】
【表5】
【0116】
【発明の効果】
薄鋼板の集合組織とr値を制御すると、その曲げ加工性は著しく向上することを以上に詳述した。本発明によって、スプリング・バック量が少なく、曲げ加工を主体とする形状凍結性に優れた薄鋼板が提供できるようになった。特に、従来は形状不良の問題から高強度鋼板の適用が難しかった部品にも、高強度鋼板が使用できるようになる。
【0117】
自動車の軽量化を推進するためには、高強度鋼板の使用は是非とも必要である。スプリング・バック量が少なく、形状凍結性に優れた高強度鋼板が適用できるようになると、自動車車体の軽量化をより一層推進することができる。従って、本発明は、工業的に極めて高い価値のある発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】ハット曲げ試験に用いた試験片の断面を示す図である。
【図2】スプリングバック量に及ぼすBHF(しわ押え力)の関係を示す図である。
【図3】壁そり量とBHF(しわ押え力)の関係を示す図である。
【図4】形状凍結性(寸法精度)とTSの比とr値の平均値の関係を示す図である。
【図5】形状凍結性(寸法精度)とTSの比とYRの関係を示す図である。
Claims (8)
- 質量%で、
C;0.02%以上0.3%以下、
Mn;0.05%以上3%以下、
P;0.2%以下、
N;0.01%以下
を含み、Si及びAlを合計で0.05%以上3%以下含み、
更に、Ti、Nbの1種又は2種を合計で0.01%以上、0.40%以下含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、フェライト又はベイナイトを体積分率最大の相とし、体積分率で25%以下のマルテンサイトを含む複合組織鋼であり、少なくとも1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値(A)が4.0以上で、かつ、{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値(B)が3.0以上であり、更に、1.0≦(A)/(B)≦4.0を満足し、加えて、圧延方向及びそれと直角方向のr値のうち少なくとも1つが0.7以下、r値の平均値が0.8以上であることを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。 - 更に、質量%で、
Ni;3%以下、
Cr;3%以下、
Cu;3%以下、
Mo;1%以下、
W;3%以下、
Co;3%以下、
Sn;0.2%以下、
の1種又は2種以上を合計で0.1%以上3.5%以下含むことを特徴とする請求項1に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。 - 更に、質量%で、Vを0.2%以下含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
- 更に、質量%で、Bを0.01%以下含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
- 更に、質量%で、Ca:0.0005〜0.005%、Rem:0.001〜0.02%の1種又は2種を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
- 請求項1〜5のいずれか1項に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板にめっきを施したことを特徴とする、加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板。
- 請求項1〜6のいずれか1項に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板を製造するに当たり、
冷延母材として用いる熱延鋼板の集合組織と冷延圧下率が次式(1)及び(2)を満足し、
(a)+0.02×CR≧4 ・・・(1)
2.5≦(b)+0.03×CR≦5 ・・・(2)
ここで
(a):熱延板の少なくとも1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値
(b):熱延板の少なくとも1/2板厚における板面の{554}<225>、{111}<112>及び{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値
CR:冷延圧下率(%)
冷間圧延後、更に、3℃/s〜100℃/sで、Ac1変態温度以上、(Ac3変態温度+150)℃以下の温度にて焼鈍し、その後、焼鈍温度から500℃以下まで1〜250℃/秒の冷却速度で冷却することを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法。 - 請求項7に記載の加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法において、冷延鋼板に0.4%以上5%以下のスキンパス圧延を施すことを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法。
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