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JP5433916B2 - シリンダスリーブ用合金及びそれを使用したシリンダスリーブ - Google Patents

シリンダスリーブ用合金及びそれを使用したシリンダスリーブ Download PDF

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Description

本発明は、エンジンのシリンダブロックに鋳包まれる金属製の円筒体であるシリンダスリーブに使用されるシリンダスリーブ用合金、及びそのシリンダスリーブに関するものである。
自動車用部品あるいは自動二輪用部品のエンジンの軽量化のために、シリンダブロックやシリンダスリーブなどには、Al材料が使われている。例えば、特許文献1には、シリンダスリーブ材として、Al-Cu-Mg系合金に着目し、硬質物質や固体潤滑材を含有することで、耐摩耗性及び潤滑性に優れることが開示されている。また、特許文献2には、シリンダスリーブ材として、Al-Mg-Si系合金に着目し、添加元素の含有量を調整することで、良好な押出し性を得ることが開示されている。
特開平2‐122043号公報 特開2002‐361398号公報
シリンダスリーブ材の押出しを行う際、生産性を向上したり、仕上げ加工代を小さくする等の後加工を容易にしたりするために、薄肉・高速押出しを行うことが望まれる。しかし、従来のシリンダスリーブ材では、薄肉・高速押出しを行う際、押出し時の割れや表面欠陥の発生を低減し、強度を向上させることに限界がある。
特許文献1のシリンダスリーブ材は、比較的多くのCuを含有しているため、薄肉・高速押出しを行うことができない。薄肉・高速押出しを行うと加工発熱が多くなる。しかし、Cu含有材料は、高温での流動応力が大きく、固相線温度(溶融開始温度)が比較的低いため、熱間押出し時の割れや表面欠陥を生じ易く、押出速度を上げることができず、生産性の向上に対する大きな制約となっていた。更には、特許文献1のシリンダスリーブの生産性を高めるだけではなく、摺動特性(耐焼付性)もさらに高くしたいという要求もあった。
一方、特許文献2のシリンダスリーブ材は、押出し加工性に優れているが、Al-Cu-Mg系合金に比べると強度が劣り、薄肉構造である場合、鋳込み時にへたりが生じる恐れがあった。また、稼働時に耐摩耗性及び耐焼付性の向上が望めないといった問題があった。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、その目的の一つは、シリンダスリーブ材として、薄肉・高速押出しが可能であり、高強度で耐へたり性や耐摩耗性及び耐焼付性に優れるシリンダスリーブ用合金を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、上記本発明のシリンダスリーブ用合金を使用したシリンダスリーブを提供することにある。
本発明者らは鋭意研究した結果、シリンダスリーブ用合金を特定の合金組成とする、特に、Cuの含有量を実質的にゼロとし、Feの含有量を多くすることで上記目的を達成するという知見を得た。
従来、シリンダスリーブ用合金は、上述のようにCuの含有量を実質的にゼロとすることはなされていなかった。この理由は、シリンダスリーブ用合金は、充分な強度を維持するためには、Cuの含有はある程度必要であると考えられていたためである。しかし、シリンダスリーブ用合金の薄肉・高速押出しを可能とするためには、固相線温度を高くする必要があり、そのためにはCuの含有量を実質的にゼロとすることが最も効果的であると考えられる。従って、Cuに代わる高強度の元素としてFeの含有量を特定することで、薄肉・高速押出しが可能であり、薄肉構造であっても高強度であり、鋳込み時に望まれる充分な耐へたり性を有し、稼働時に望まれる耐摩耗性及び耐焼付性を有するシリンダスリーブ用合金が得られる。本発明は、上記知見に基づくものである。
本発明のシリンダスリーブ用合金は、Siを16〜18質量%、Feを5.5〜9質量%、Mgを0.5〜2質量%、Al2O3を3〜5質量%、グラファイトを0.5〜3質量%含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなることを特徴とする。
上記構成によれば、Cuの含有量を実質的にゼロとすることで、シリンダスリーブ用合金の固相線温度を高くすることができ、より大きな押出速度で熱間押出しを行っても、割れや表面欠陥を発生し難くできる。よって、高速押出しができることで、生産性を向上できる。そして、Feの含有量を従来よりも多くすることで、低温及び高温の双方における強度や耐摩耗性を向上することができる。よって、薄肉構造の成形物であっても、鋳込み時のへたりの発生を低減することができ、また稼働時の耐摩耗性及び耐焼付性を向上することができる。更に、Al-Si-Fe-Mgの4元系合金において、本発明の組成比内であれば、組織が細かくなって、摺動特性(耐焼付性や耐相手攻撃性)が向上する。
以下、本発明のシリンダスリーブ用合金を詳細に説明する。なお、以下の説明において、「組成」の含有量は全て「質量%」である。
[組成]
(Fe:5.5〜9%)
本発明のシリンダスリーブ用合金において、Feは、高強度を維持するための重要な元素である。Feは、多く含有することにより強度は高まるが、それと同時に靭性が低下する傾向にある。このことから、従来、シリンダスリーブ用合金において、本発明で規定するFeの含有量とすることはなされていなかった。しかし、本発明では、この含有量を特定することにより、充分な靭性を有しながら、高強度で耐へたり性や耐摩耗性及び耐焼付性を得ることができる。特に、Feは、充分添加することにより、高温強度を向上させることができる。Feの含有量が5.5%以上であることで、高強度で耐へたり性や耐摩耗性及び耐焼付性を向上でき、9%以下であることで、高靭性を保持することができる。
上記Feの含有量の少なくとも一部を、Cr,Mn,Co及びNiから選択される1種以上の元素に置換して含有してもよい。Fe以外に、Cr,Mn,Co及びNiにおいても、所定量含有することによって、適正な強度及び硬度を得ることができる。特に、Ni,Mnは、高温強度を向上させることができる。
(Si:16〜18%)
Siは、シリンダスリーブ用合金の熱膨張係数を調整するため及び耐摩耗性を向上するために含有される。Alマトリクス中にSi結晶として晶出させることで、耐摩耗性及び耐焼付性を向上することができる。Siの含有量が16%以上であることで、上記効果を充分に達成できる。一方、Siは多く存在すると材料が脆くなり、やはり高速押出しを行うと亀裂が入りやすくなる。Siの含有量が18%以下であることで、高速押出しを可能にできる。このSiの結晶の平均粒径は1〜2μmであることが好ましい。
(Mg:0.5〜2%)
Mgは、強度及び硬度を向上するために含有される。Mgの含有量が0.5%以上であることで、上記効果を充分に達成でき、2%以下であることで、高靭性や加工性を保持することができる。
(Al2O3:3〜5%)
Al2O3は、耐摩耗性及び耐焼付性を向上するために含有される硬質粒子である。Al2O3の含有量は、3%以上であることで、耐摩耗性を向上することができ、5%以下であることで、高靭性を保持することができる。このAl2O3は、最大粒径が30μm以下で平均粒径が10μm以下であることが好ましい。更に、シャープエッジをもたない、つまり略球形であることが好ましい。
なお、上記Al2O3の含有量の少なくとも一部を、SiC,Si3N4,SiO2,ZrO2,MgO及びAlNから選択される1種以上の材料に置換して含有してもよい。硬質粒子として、Al2O3以外に、上記の材料は全て硬度が高く、靭性値も比較的高く、入手もし易い。これら硬質粒子を所定量含有することによって、適正な靭性、耐摩耗性及び耐焼付性を得ることができる。
(グラファイト:0.5〜3%)
グラファイトは、相手(ここではピストン)との間の潤滑性のために含有される固体潤滑材である。グラファイトの含有量は、0.5%以上であることで、相手攻撃性を低下することができ、3%以下であることで、脆性と自己摩耗を保つことができる。このグラファイトは、断面組織で最大粒径が10μm以下であることが好ましい。固体潤滑剤は、グラファイト以外に、MoS2やボロンナイトライド等が挙げられる。これらの固体潤滑材から選択される1種以上の含有量が0.5〜3%となるようにしてもよい。
本発明の一形態として、上記Feの含有量が7〜9質量%であることが挙げられる。
Feの含有量が7〜9質量%であることで、高靭性を保持しながら、更に高温強度や耐摩耗性を向上することができる。
本発明のシリンダスリーブは、上記シリンダスリーブ用合金からなることが挙げられる。
本発明のシリンダスリーブは、低温及び高温の双方における強度や耐摩耗性が良好なシリンダスリーブ用合金からなるので、薄肉構造のシリンダスリーブを形成することができる。また、本発明のシリンダスリーブは高強度なので、薄肉構造であっても、鋳込み時のへたりの発生を低減することができ、稼働時の耐摩耗性及び耐焼付性を向上することができる。
本発明の一形態として、上記シリンダスリーブは、室温での引張強度が400MPa以上であり、500℃での引張強度が20MPa以上であることが挙げられる。
室温での引張強度が400MPa以上であることで、更に耐摩耗性及び耐焼付性を向上することができる。また、500℃での引張強度が20MPa以上であることで、耐へたり性を向上することができ、鋳込み時のへたりの発生を更に低減することができる。
本発明のシリンダスリーブは、押出温度460〜530℃、押出速度1〜5mm/s、押出比15〜30で本発明のシリンダスリーブ用合金を押出加工して製造することが好ましい。そして上記押出加工において、厚さ4〜6mmの本発明のシリンダスリーブを形成することが好ましい。なお、ここで言う押出速度とは押出機のラム速度であり、製品の押出速度は、そのラム速度と押出比との積で表わされる。
本発明のシリンダスリーブ用合金は、上記範囲の押出温度、押出速度、押出比で押出加工を行っても、割れや表面欠陥の発生を低減でき、生産性の向上が期待できる。そして、上記範囲の厚さとすることで、仕上げ加工代を小さくする等の後加工を容易にすることができる。特に、本発明での薄肉・高速押出しとは、押出速度が3〜5mm/sで、厚さ4〜5mmとなるように押出しすることを言う。
本発明のシリンダスリーブ用合金は、Cuの含有量を実質的にゼロとすることで、薄肉・高速押出しを行うことができ、生産性を向上できる。そして、Feの含有量を従来よりも多くすることで、薄肉構造の成形物であっても、高強度で耐へたり性や耐摩耗性及び耐焼付性を向上することができる。
本発明のシリンダスリーブは、本発明のシリンダスリーブ用合金からなるので、薄肉構造のシリンダスリーブを形成することができる。また、本発明のシリンダスリーブは高強度なので、薄肉構造であっても、鋳込み時のへたりの発生を低減することができ、稼働時の耐摩耗性及び耐焼付性を向上することができる。
シリンダスリーブ表面を示す実体顕微鏡写真であり、(A)は試料No.3、(B)は試料No.8である。 シリンダスリーブ用合金組織を示す走査型電子顕微鏡写真であり、(A)は試料No.3、(B)は試料No.6、(C)は試料No.8である。 TG/DTA曲線を示すグラフであり、(A)は試料No.3、(B)は試料No.6、(C)は試料No.8である。 試料No.3のチップオンディスク摩擦試験後の試験片とディスクを示し、(A)は試験片(チップ)の表面の実体顕微鏡写真であり、(B)はディスクの表面の実体顕微鏡写真である。 試料No.6のチップオンディスク摩擦試験後の試験片とディスクを示し、(A)は試験片(チップ)の表面の実体顕微鏡写真であり、(B)はディスクの表面の実体顕微鏡写真である。
複数のシリンダスリーブ用合金を製造し、これら合金からなる複数のシリンダスリーブを作製し、「薄肉・高速押出性」、「鋳込みへたり性」、「摺動特性」を調べた。
<シリンダスリーブ用合金の製造>
[実施例(試料No.1〜試料No.4)]
本発明のシリンダスリーブ用合金として、表1に示すように、試料No.1〜試料No.4を用意した。本発明のシリンダスリーブ用合金は、従来のシリンダスリーブ用合金の製造方法に準じて製造することができる。シリンダスリーブ用合金の質量を100%として、後述する合金粉末と硬質粒子と固体潤滑剤とを混合して、本発明のシリンダスリーブ用合金を製造した。まず、エアアトマイズ法によって、Siを17質量%、Feを6〜9質量%、Mgを1質量%含み、残部がAl及び不可避的不純物である合金粉末を急冷凝固して形成した。本実施例では、Feの含有量を変えて合金粉末を形成した。表1に示すように、試料No.1〜試料No.4は、Feの含有量が、順に6質量%、7.5質量%、8質量%、9質量%となっている。これらの合金粉末の平均粒径は50μmであった。そして、各合金粉末に、硬質粒子として平均粒径3μmのAl2O3を3質量%と、固体潤滑剤として平均粒径1μmのグラファイトを0.5質量%とをV型ミキサーにて均一に混合し、シリンダスリーブ用合金を製造した。
[比較例(試料No.5〜試料No.11)]
比較例として、表1に示すように、試料No.5〜試料No.11のシリンダスリーブ用合金を用意した。これら比較例は、組成が実施例と異なる。以下相違点のみ述べる。試料No.5は、Al-17Si-11Fe-1Mg-3Al2O3-0.5Gr(グラファイト)のシリンダスリーブ用合金であり、Feの含有量が多い点が実施例と異なる。試料No.6は、Al-17Si-1Mg-3Al2O3-0.5Grのシリンダスリーブ用合金であり、Feが含有されていない点が実施例と異なる。試料No.7は、Al-17Si-4.5Fe-1Mg-3Al2O3-0.5Grのシリンダスリーブ用合金であり、Feの含有量が少ない点が実施例と異なる。試料No.8は、Al-17Si-5Fe-3.5Cu-1Mg-3Al2O3-0.5Grのシリンダスリーブ用合金であり、Feの含有量が少なく、Cuが含有されている点が実施例と異なる。試料No.9は、Al-20Si-5Fe-1Mg-3Al2O3-0.5Grのシリンダスリーブ用合金であり、Siの含有量が多く、Feの含有量が少ない点が実施例と異なる。試料No.10は、Al-25Si-5Fe-1Mg-3Al2O3-0.5Grのシリンダスリーブ用合金であり、Siの含有量が多く、Feの含有量が少ない点が実施例と異なる。試料No.11は、Al-26Si-0.2Cr-0.2Cu-0.7Mg合金粉末であり、Siの含有量が多く、CrとCuが含有されており、Feと硬質粒子であるAl2O3と固体潤滑剤であるGrとが含有されていない点が実施例と異なる。
<シリンダスリーブの作製>
上記シリンダスリーブ用合金(試料No.1〜試料No.11)を用いて、シリンダスリーブを作製した。シリンダスリーブの具体的な作製方法は、まず、CIP(冷間静水圧プレス)により上記シリンダスリーブ用合金で中空円筒状のビレットを形成した。このビレットを雰囲気炉で加熱した後、熱間押出成形用装置のコンテナ内に装填する。コンテナ内の中空円筒状のビレットの中心孔にマンドレルを挿入した状態で、ラムによりビレットの後端部を押圧してダイスを通過させることで押出しを行った。このような押出しを行うことで、マンドレルの外径に相当する内径と、ダイスの内径に相当する外径を有するシリンダスリーブを得ることができる。
<評価>
[薄肉・高速押出性]
各試料に対して、上記シリンダスリーブの作製方法で、押出比(コンテナ断面積と製品断面積の比)を23で押出速度を4mm/sで押出しを行い、厚さ4.5mmのシリンダスリーブを作製し、押出し時の割れや表面欠陥等のむしれ程度を調べた。また、各試料に対して、押出し時の温度変化を示差熱・熱重量同時測定(TG/DTA)にて行い、溶融に伴うピーク(吸熱ピーク)を調べ、そのピーク時の温度(固相線温度)を調べた。これらの結果を表2に示す。なお、試料No.5の合金は、高温強度が高すぎて押詰まりが生じて、押出すことができず、評価できなかった。
固相線温度について、Cuが含有されていない(試料No.1〜試料No.4、試料No.6〜試料No.7、試料No.9〜試料No.10)、もしくはCuの含有量が微量である(試料No.11)場合、固相線温度は545℃以上である。一方、Cuが3.5質量%含有されている試料No.8では、固相線温度は508℃であり、上記の試料と比較して、約40℃以上低い。よって、Cuの含有量を抑えることによって、固相線温度を高くすることができる。特に、Cuの含有量を実質的にゼロとすることがよい。
むしれ程度について、表2に示すように、押出し後のシリンダスリーブの外周表面のむしれ具合を目視にて判定した結果を良好な方から順に◎、○、△、×で示している。Cuが含有されておらず、Siの含有量が17質量%である試料No.1〜試料No.7(試料No.5は除く)は、むしれは小さかった。特に、Feの含有量が6質量%以下である試料No.1と試料No.6と試料No.7は、ほぼむしれは見受けられなかった。図1にそれぞれ試料No.3と試料No.8のシリンダスリーブ表面の実体顕微鏡写真を示す。図1(A)は試料No.3であり、ほぼむしれは見受けられない。図1(B)は試料No.8であり、大きなむしれが発生していることがわかる。
図2に、試料No.3と試料No.6と試料No.8の各試料のシリンダスリーブ用合金組織の走査型電子顕微鏡写真(3000倍)を示す。図2(A)は試料No.3を示し、全体に亘って複数存在する微細な灰色の粒子がSi結晶であり、そのSi結晶の平均粒径は1〜2μmと組織が非常に細かいことがわかる。また、灰色の粒子より大きい白色の粒子がAl2O3であり、そのAl2O3は最大粒径が30μm以下で平均粒径が10μm以下であることがわかる。図2(B),(C)はそれぞれ試料No.6,試料No.8を示し、そのSi結晶の平均粒径は共に3μmであり試料No.3と比較して組織が粗いことがわかる。図3に、試料No.3と試料No.6と試料No.8の各試料に対して、示差熱・熱質量同時測定(TG/DTA)を行った際のTG/DTA曲線を示す。図2と図3から得られた結果を表3に示す。
固相線温度が高い程、高速押出しによって生じる加工発熱により温度が上昇しても液相が出現しにくくなる。Siの含有量が同じである場合、Si結晶粒径が小さく組織が細かい程Si結晶粒の数は多くなり、Si結晶粒同士の間隔、つまり複数のSi結晶粒にほぼ取り囲まれてマトリクスのAl地が露出する部分の面積(平均自由行程)が狭くなるので、摺動特性(耐焼付性)が向上する。更に、Si結晶粒径が小さければ、押出時に表面がむしれる可能性が小さくなる。組織を細かくするには、Al合金粉末をアトマイズ法によって製造する際に素早く冷却する必要があるが、その合金の固液共存温度範囲(固相線温度−液相線温度)が小さい程、多元共晶点に近いことになり組織が細かくなる。
表3に示すように、試料No.3は、固相線温度が高くかつ液相線温度が低いため、固液共存温度範囲が60℃と狭くなっている。この場合、図2(A)に示すように、Si結晶の平均粒径が1〜2μmであり組織が非常に細かくなっていると考えられる。試料No.6では、固相線温度は高いが液相線温度も高いため、固液共存温度範囲は85℃と試料No.3と比べて若干広くなっている。この場合、図2(B)に示すように、Si結晶の平均粒径が3μmであり試料No.3と比較して組織が粗くなっていると考えられる。試料No.8では、固相線温度が低いため、固液共存温度範囲が約110℃と広くなっている。この場合、図2(C)に示すように、Si結晶の平均粒径が3μmであり組織が粗くなっていると考えられる。以上の結果より、本発明のシリンダスリーブ用合金は、薄肉・高速押出性に優れ、むしれ程度が良好である。また、固相線温度が高くかつ固液共存温度範囲が狭いことによって、後述する摺動特性(耐焼付性や耐相手攻撃性)にも優れると考えられる。
[鋳込みへたり性]
上記シリンダスリーブについて、引張試験用の試験片を作製し、500℃での引張強度(500℃UTS)を測定した。この温度は、シリンダブロックにシリンダスリーブを鋳込む際の同シリンダスリーブの温度を想定している。そして、この500℃UTSにより試験片のへたり性を評価した。これらの結果を表2に併せて示す。表2に示すように、この500℃での試験片のへたり性を判定した結果を良好な方から順に◎、○、△、×で示している。Siの含有量が17質量%である場合、Cuを含有せずに、Feの含有量を6〜9質量%とすることで、500℃UTSを15MPa超とすることができ、鋳込みへたり性が小さかった。特に、Feの含有量を7質量%以上とすることで、500℃UTSを20MPa以上とすることができ、鋳込みへたり性はほぼ見受けられなかった。
[摺動特性]
上記シリンダスリーブについて、摺動試験用の試験片を作製し、室温でのHRB(ロックウェル硬度)、室温での引張強度(室温UTS)及び実機温度(250℃)での引張強度(250℃UTS)を測定した。これらの結果を表2に併せて示す。
室温でのHRBについては、ほぼFeとCuの含有量によって決定される。本発明のシリンダスリーブ用合金はCuを含有しなくてもFeの含有量を6〜9質量%とすることで、Cuをある程度(ここでは3.5質量%)含有した合金(試料No.8)と同様に充分な硬度を得ることができる。特に、Feの含有量を7質量%以上とすることで、70以上のHRBを得ることができ、試料No.8と同等以上の硬度を得ることができる。室温での引張強度(室温UTS)については、本発明のシリンダスリーブ用合金はCuを含有しなくてもFeの含有量を6〜9質量%以上とすることで、試料No.8と同様に充分な室温UTSを得ることができる。特に、Feの含有量を7質量%以上とすることで、室温UTSを400MPa以上とすることができ、試料No.8よりも大きい室温UTSを得ることができる。250℃での引張強度(250℃UTS)については、Cuを含有せずにSiの含有量が20質量%未満である場合でもFeの含有量を6〜9質量%とすることで、充分な250℃UTSを得ることができる。特に、Feの含有量を7質量%以上とすることで、250℃UTSを220MPa以上とすることができ、CuやSiを充分に含有した場合よりも大きい250℃UTSを得ることができる。
さらに、摩耗試験として、チップオンディスク摩耗試験を行い、焼き付き性と自己摩耗と相手摩耗とを調べた。これらの結果を表2に併せて示す。チップオンディスク摩耗試験について、以下詳細に説明する。チップ側には上記シリンダスリーブ材の試験片(5×7×厚み10mm、自己材)を2個用い、ディスク側にはピストンスカート材(JIS規格のA4032)の円盤(φ60×厚み10mm、相手材)を用いる。チップをディスクに押し付け、ディスクを回転させることで、チップとディスクとの間で摺動させる。ディスクの表面にはエンジンオイルを薄く塗布し、ディスクの回転数を120rpmとして、大気中室温で試験を行った。チップの押し付け荷重は、0から始めて1分間に1kgずつ上昇させていき、5kgになったら3分間保持して試験を終了とする。試験途中で動摩擦係数μが上昇して焼き付きが発生した場合には、即試験を終了とする。焼き付きが発生せずに試験が終了したら、チップ及びディスクの摺動面を目視にて判定する。各試料に対して、上記試験を3回ずつ行い、その結果を良好な方から順に◎、○、△、×で示している。具体的には、3回とも焼き付きが発生しなければ◎、1回焼き付きで○、2回焼き付きで△、3回とも焼き付きが発生すれば×とした。
焼き付き性については、Siの含有量が17質量%である場合、Cuを含有せずにFeの含有量を6〜9質量%とすることで、焼付きの発生を低下することができた。特に、Feの含有量を7質量%以上とすることで、焼付きの発生を防止することができた。自己摩耗及び相手摩耗については、Cuを含有せずにSiの含有量を20質量%未満とし、Feの含有量を6〜9質量%とすることで、自己材及び相手材共に摩耗痕は小さかった。特に、Feの含有量を7質量%以上とすることで、自己材及び相手材共に摩耗痕はほぼ見受けられなかった。図4と図5に、それぞれ試料No.3と試料No.6のチップオンディスク試験後の試験片とディスクを示す。両図とも(A)は試験片(チップ)の表面の実体顕微鏡写真の一例であり、(B)はディスクの表面の実体顕微鏡写真の一例である。図4に示すように、試料No.3の場合、試験片及びディスク共に実質的に摩耗痕が少ないことがわかる。一方、図5に示すのは、試料No.6の場合で、焼付きが発生したものであり、試験片は大きく焼付いていることがわかる。これは、Feが含有されていないため、強度が低いことによると考えられる。
Feの含有量のみ異なる試料No.1〜試料No.4及び試料No.7より、Feの含有量が5.5質量%であるAl合金粉末は、Feの含有量が6.0質量%のAl合金粉末と同等の摺動特性を得ることができると期待できる。また、鋳込へたり性についても、15MPa超の500℃引張強度を得ることができると期待できる。そして、Cuが含有されていないので、薄肉・高速押出しを行っても、良好なむしれ程度を得ることができると考えられる。
上記試験結果から、本発明のシリンダスリーブ用合金は、「薄肉・高速押出性」、「鋳込みへたり性」、「摺動特性」の全てにおいて優れることがわかる。本発明のシリンダスリーブ用合金は、特定の組成に限定することによって、シリンダスリーブの薄肉・高速押出しを行っても、むしれの発生を低減することができる。これは、上記特定の組成が共晶点に近い組成であり、固液共存温度の範囲を狭くできるためであると推測される。また、本発明のシリンダスリーブ用合金は、低温及び高温の双方において強度に優れ、高い耐へたり性や耐摩耗性及び耐焼付性を有することができる。上記本発明シリンダスリーブ用合金を用いたシリンダスリーブは、薄肉構造であり、低温及び高温の双方において強度に優れ、稼働時に高い耐摩耗性及び耐焼付性を有することができる。
なお、上述した実施の形態は、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であり、上述した構成に限定されるものではない。
本発明のシリンダスリーブ用合金は、内燃機関のシリンダスリーブに好適に利用できる。本発明のシリンダスリーブは、エンジンのシリンダブロックの摺動部材として好適に利用することができる。

Claims (7)

  1. Siを16〜18質量%、Feを5.5〜9質量%、Mgを0.5〜2質量%、Al2O3を3〜5質量%、グラファイトを0.5〜3質量%含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなることを特徴とするシリンダスリーブ用合金。
  2. 前記Feの含有量が7〜9質量%であることを特徴とする請求項1に記載のシリンダスリーブ用合金。
  3. 前記Siの結晶の平均粒径が1〜2μmであることを特徴とする請求項1又は2に記載のシリンダスリーブ用合金。
  4. 前記Al2O3の最大粒径が30μm以下で平均粒径が10μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリンダスリーブ用合金。
  5. 前記グラファイトの最大粒径が断面組織で10μm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリンダスリーブ用合金。
  6. 請求項1〜5のいずれか1項に記載のシリンダスリーブ用合金からなることを特徴とするシリンダスリーブ。
  7. 室温での引張強度が400MPa以上であり、500℃での引張強度が20MPa以上であることを特徴とする請求項6に記載のシリンダスリーブ。
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