ところで、カウンタステア操作に熟練した運転者(以下、「熟練運転者」と呼ぶ。)は、オーバステアが発生した場合、並びに、左右輪の前後力差に起因する車両の偏向が発生した場合等、カウンタステア操作が必要な場合において、車両の挙動を予測しながら積極的に自ら適切なカウンタステア操作を行うことができる。従って、熟練運転者が上記文献に記載の装置が搭載された車両を運転する場合において、例えば、オーバステアが発生した場合、上記安定化トルクが付与されることに起因して、熟練運転者は、通常の(予想される)操舵力(操作トルク、路面反力)よりも小さい操舵力を感じながらカウンタステア操作を行うことになる。この結果、熟練運転者が、カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感を覚えるという問題が発生し得る。
本発明は、上記問題に対処するためになされたものであり、カウンタステア操作が必要な場合に運転者のカウンタステア操作を誘導又は補助するための安定化力(安定化トルク)を操舵操作部材に対してカウンタステア方向に付与する車両の操舵制御装置において、熟練運転者が覚える「カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感」を抑制できるものを提供することにある。
本発明に係る車両の操舵制御装置は、ヨーイング値取得手段と、安定化力演算手段と、力付与手段とを備える。以下、これらの手段について順に説明する。
ヨーイング値取得手段は、車両のヨーイング運動に相当する値であるヨーイング値を取得する。前記ヨーイング値は、例えば、前記車両のオーバステアの程度を表すオーバステア状態量、前記車両の左右の車輪の前後力の差等である。
安定化力演算手段は、前記ヨーイング値に基づいて、前記車両の運転者により前記車両の操向車輪の転舵のために操作される操舵操作部材のカウンタステア操作を誘導又は補助するための安定化力(安定化トルク)を演算する。前記安定化力は、例えば、前記ヨーイング値が所定値以下のときに前記安定化力をゼロに演算し、前記ヨーイング値が前記所定値よりも大きいときに前記所定値からの増大に伴って前記安定化力がゼロから増大するように演算するよう構成される。
力付与手段は、前記安定化力を、前記操舵操作部材に対してカウンタステア方向(操向車輪をカウンタステア方向に転舵させる方向)に付与する。これにより、運転者のカウンタステア操作が誘導又は補助される。
本発明に係る車両の操舵制御装置の特徴は、前記安定化力演算手段が、前記操向車輪のカウンタステア方向への転舵の程度を表すカウンタステア値を演算するカウンタステア値演算手段を備え、前記カウンタステア値に基づいて、前記安定化力を調整するように構成されたことにある。
ここにおいて、前記カウンタステア値は、例えば、前記操向車輪のカウンタステア方向への転舵の達成度合いを表すカウンタステア達成値である。この場合、前記安定化力は、前記カウンタステア達成値が大きいほどより小さい値に調整される。前記カウンタステア達成値は、例えば、前記操向車輪がカウンタステア方向へ転舵されている場合における操向車輪の実舵角に相当する値に基づいて演算される。
また、前記カウンタステア値は、例えば、前記操向車輪のカウンタステア方向への転舵の不足度合いを表すカウンタステア不足値である。この場合、前記安定化力は、前記カウンタステア不足値が小さいほどより小さい値に調整される。前記カウンタステア不足値は、例えば、前記ヨーイング値に基づいて演算される前記車両を安定化させるための前記操向車輪のカウンタステア方向における目標舵角に相当する値と、操向車輪の実舵角に相当する値と、の比較結果(例えば、偏差)に基づいて演算される。
なお、前記「目標舵角に相当する値」とは、例えば、目標舵角そのもの、目標舵角に相当する操舵操作部材の目標操作量等である。前記「実舵角に相当する値」とは、例えば、実際の舵角そのもの、実際の舵角に相当する操舵操作部材の実際の操作量等である。目標舵角については、例えば、前記ヨーイング値に基づいて車両を安定化させるために付与すべきカウンタステア方向のヨーイングモーメント(安定化ヨーイングモーメント)を演算し、この安定化ヨーイングモーメントと、車両のヨー運動に関する(逆)モデルとに基づいて、安定化ヨーイングモーメントを発生させるために必要な操向車輪の舵角を演算し、この舵角を目標舵角としてもよい。
上記構成によれば、カウンタステア達成値が大きい(或いは、カウンタステア不足値が小さい)ほど、安定化力がより小さくなる。ここで、カウンタステア達成値が大きい(或いは、カウンタステア不足値が小さい)ことは、運転者が適切なカウンタステア操作を行っていることを意味する。
以上より、熟練運転者が車両の挙動を予測しながら適切なカウンタステア操作を行っている場合(カウンタステア操作の達成度合いが大きい場合、或いは、不足度合いが小さい場合)、操舵操作部材に対して付与される安定化力が小さくなる。換言すれば、安定化力により操舵力(操舵トルク)が軽減される程度が小さくなる。従って、熟練運転者が覚える「カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感」を抑制することができる。また、カウンタステア達成値が小さい場合(或いは、カウンタステア不足値が大きい場合)、即ち、運転者が適切なカウンタステア操作を行っていない場合、安定化力が大きくなる。この結果、熟練運転者でない運転者に対しては、大きい安定化力によりカウンタステア操作が適切且つ十分に誘導又は補助され得る。
また、上記操舵制御装置においては、前記安定化力演算手段が前記カウンタステア値に基づいて前記安定化力を調整することに代えて、前記力付与手段が、前記カウンタステア値に基づいて前記運転者により前記操舵操作部材のカウンタステア操作がなされたか否かを判定するとともに、前記カウンタステア操作がなされたと判定された場合に前記安定化力の付与を行わず、前記カウンタステア操作がなされていないと判定された場合に前記安定化力の付与を行うように構成されてもよい。
これによれば、熟練運転者が車両の挙動を予測しながら適切なカウンタステア操作を行っている場合、安定化力が操舵操作部材に対して付与されない。従って、熟練運転者が覚える「カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感」を抑制することができる。また、運転者がカウンタステア操作を行っていない場合、適切な大きさの安定化力が付与され得る。この結果、熟練運転者でない運転者に対しては、適切な大きさの安定化力により、カウンタステア操作が適切且つ十分に誘導又は補助され得る。
次に、上記本発明に係る操舵制御装置において、前記ヨーイング値として前記オーバステア状態量が採用され、且つ、オーバステアを抑制するために、前記オーバステア状態量に基づいて前記車両を安定化させるために前記車両の旋回外側の前輪に付与すべき制動力の目標値を演算する制動力演算手段と、前記制動力の目標値に基づいて前記旋回外側の前輪に制動力を付与する制動力制御手段とが備えられる場合を考える。
この場合、前記安定化力演算手段が、前記オーバステア状態量が閾値以下のときに前記安定化力をゼロに演算し、前記オーバステア状態量が前記閾値よりも大きいときに前記オーバステア状態量の前記閾値からの増大に伴って前記安定化力がゼロから増大するように前記安定化力を演算するよう構成され、前記制動力演算手段が、前記オーバステア状態量が前記閾値以下のときに前記制動力の目標値をゼロに演算し、前記オーバステア状態量が前記閾値よりも大きいときに前記オーバステア状態量の前記閾値からの増大に伴って前記制動力の目標値がゼロから増大するように前記制動力の目標値を演算するよう構成されることが好適である。
操向車輪(前輪)についてネガティブキングピンオフセットが採用されている車両では、オーバステアを抑制するために旋回外側前輪に制動力を付与すると、操舵操作部材に、所謂「トルクステア」による車両ヨーイング運動方向(操向車輪を旋回方向に転舵させる方向)の力(以下、「トルクステア起因力」と呼ぶ。)が作用する。一方、上述のように、前記安定化力は、操舵操作部材に対してカウンタステア方向(操向車輪をカウンタステア方向に転舵させる方向)に付与される。従って、オーバステア状態におけるオーバステア状態量の増大過程において、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「操舵操作部材への前記安定化力の付与」の何れか一方が他方より先に開始されると、「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因力」を運転者が感じ取り、運転者に違和感を与えることに繋がる。
これに対し、上記構成では、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「操舵操作部材への前記安定化力の付与」の開始条件(オーバステア状態量が閾値を超えること)が同じとされる。即ち、オーバステア状態におけるオーバステア状態量の増大過程において、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「操舵操作部材への前記安定化力の付与」とが同時に開始され得る。この結果、「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因力」を運転者が感じ難くなり、運転者に違和感を与えることなく、操舵操作部材に対して前記安定化力を付与することができる。
上記のように、「旋回外側前輪への制動力の付与」が実行される場合、前記安定化力演算手段は、前記オーバステア状態量が前記閾値よりも大きい範囲に亘って、前記オーバステア状態量に対する前記安定化力が、前記制動力の前記旋回外側の前輪への付与に起因する前記操舵操作部材に対して前記車両ヨーイング運動の方向に作用する力(=トルクステア起因力)よりも大きくなるように、前記安定化力を演算するよう構成されることが好適である。
上述した「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因力」は、オーバステア状態量の増大に伴って付与される制動力が増大することに起因して、オーバステア状態量の増大に伴って増大する。上記構成によれば、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「操舵操作部材への前記安定化力の付与」とが共に実行されている状態において、トルクステア起因力が安定化力により常に完全に吸収され得る。従って、「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因力」を運転者がより一層感じ難くなる。
以下、本発明による車両の操舵制御装置の各実施形態について図面を参照しつつ説明する。
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る操舵制御装置を搭載した車両の概略構成を示している。
第1実施形態では、ステアリングホイールSW(前記「操舵操作部材」に対応)が操作されると、その回転運動がステアリングシャフトSHを介して、ピニオンギアPNに回転運動として伝達される。ピニオンギアPNと螺合するラックRKによって、ピニオンギアPNの回転運動がラックRKの往復運動(車体左右方向の移動)に変換される。このラックRKの移動に応じてラックRKと一体のタイロッドTRが車体左右方向に移動することで、操向車輪(本例では、前輪)WHfl及びWHfrが転舵される。これにより、ステアリングホイールSWの中立位置からの操作角と、操向車輪WHfl及びWHfrの中立位置(直進状態)からの転舵角と、が一対一に決定される。
タイロッドTRには、減速機Geを介して電気モータMeが接続されている。この電気モータMeの駆動力によって運転者のステリングホイール操作力(操舵トルク)が軽減され、所謂パワーステアリング制御(EPS制御)の機能が達成される。
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。非制御時では、運転者によるブレーキペダルBPの操作に応じたブレーキ液圧が各車輪のホイールシリンダWC**にそれぞれ供給され、各車輪にブレーキペダル操作に応じた制動トルクが与える。アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)、或いは、車両のアンダステア・オーバステアを抑制する車両安定性制御(ESC制御)などの制動制御時では、ブレーキペダル操作とは独立してホイールシリンダWC**内のブレーキ液圧が車輪毎に制御され、車輪毎に制動トルクが調整され得るようになっている。なお、制動トルクの調整は、ブレーキ液圧を利用することなく、電気ブレーキ装置を利用してなされてもよい。
なお、各種記号等の末尾に付された「**」は、各種記号等が何れの車輪に関するものであるかを示すために各種記号等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記である。「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示している。例えば、ホイールシリンダWC**は、左前輪ホイールシリンWCfl, 右前輪ホイールシリンダWCfr, 左後輪ホイールシリンダWCrl, 右後輪ホイールシリンダWCrrを包括的に示している。
第1実施形態では、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサWS**と、ステアリングホイールSWの(中立位置からの)回転角度(ステアリングホイール操作角θsw)を検出するステアリングホイール回転角度センサSAと、運転者によるステアリングホイールSWの操舵トルクTswを検出する操舵トルクセンサSTと、車体のヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における横加速度Gyを検出する横加速度センサGYと、前輪(操向車輪)の中立位置からの転舵角δfaを検出する操舵角センサFSと、ホイールシリンダ圧力Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサPS**と、電子制御装置(ECU)とを備えている。
ECUは、互いに通信バスCBで接続されたECUb、ECUe、ECUsから構成されたマイクロコンピュータである。ECUは、ブレーキアクチュエータBRK等の各種アクチュエータ、及び前記各種センサと電気的に接続されている。
ECUbは、車輪速度センサWS**、前後加速度センサGX、横加速度センサGY等からの信号に基づいてABS制御、TCS制御、ESC制御等の制動制御を実行するようになっている。ECUeは、図示しないエンジンの制御を実行するようになっている。ECUsは、操舵トルクセンサST等からの信号に基づいてEPS制御を実行するようになっている。
(オーバステア抑制制御)
次に、図2を参照しながら、第1実施形態が実行するオーバステア抑制制御について説明する。第1実施形態では、オーバステア抑制制御として、操舵トルク制御のみが実行される。以下、この操舵トルク制御について説明する。
操舵トルク取得手段A1では、操舵トルクセンサSTにより、運転者によるステアリングホイールSWの操舵トルクTsw(操舵操作部材の操作力)が取得される。EPSトルク演算手段A2では、取得された操舵トルクTswに基づいて、運転者の操舵トルクを軽減するためのパワーステアリングトルク(EPSトルク)の目標値Tepsが演算される。Tepsは、Tswが大きいほどより大きい値に演算される。Tepsは、運転者の操舵トルクTswを軽減する方向の値である。
ヨーイング値取得手段A3では、車両のヨーイング運動を表す値であるヨーイング値Ygcが取得される。「ヨーイング運動」とは、車両のヨー方向の運動であり、車両が進行する向きが変化する運動(車両が偏向する運動)である。従って、ヨーイング値Ygcとして、ヨーレイトYr、或いは、ヨーレイトYrに基づいて演算される値が用いられる。
また、ヨーイング運動は、車輪に作用する力の結果により発生する。従って、ヨーイング運動の発生原因となる車輪に作用する力、或いは、車輪に作用する力に起因するヨーイングモーメント(以下、単に「モーメント」ともいう。)をヨーイング値Ygcとして採用することができる。即ち、車輪の前後力Fx**(車両を減速させる制動力、又は、加速させる駆動力)の左右車輪間の差(前後力差)hFxを、ヨーイング値Ygcとして採用することができる。
前後力差hFxは、例えば、図3に示すように取得される。即ち、先ず、各車輪の前後力Fx**が取得される。車輪WH**の前後力Fx**は、ホイールシリンダ圧力センサPS**から得られるホイールシリンダ圧力Pw**、車輪速度センサWS**から得られる車輪速度Vw**等を使用して、周知の手法の1つに従って計算され得る。前後力Fx**は、例えば、ホイールシリンダ圧力Pw**から得られる車輪WH**の制動トルク、図示しないエンジンの駆動トルクから得られる車輪WH**の駆動トルク、車輪速度Vw**の微分値である車輪WH**の角加速度、及び車輪WH**の回転運動方程式等から計算することができる。また、ホイールシリンダ圧力センサPS**は省略することもできる。この場合、ブレーキアクチュエータBRKを構成する液圧ポンプ、モータ、電磁弁等の作動状態に基づいて前後力Fx**を推定することができる。
次いで、前後力Fx**に基づいて前後力の左右差(前後力差)hFxが演算される。前後力差hFxは、例えば、hFx=(Fxfr+Fxrr)−(Fxfl+Fxrl)
に基づいて演算され得る。アンチスキッド制御においては、後輪の制動トルク制御において、所謂「セレクトロー制御」が行われる場合がある。この場合、後輪制動力に左右差が発生しないため、前輪制動力の左右差を、前後力差hFx(=Fxfr−Fxfl)として採用することができる。
上述した(背景技術の欄で述べた)μスプリット制御(即ち、μスプリット路面を走行中におけるABS制御、TCS制御等のスリップ抑制制御)の実行中にのみ、上述のように演算された前後力差hFxを出力し、それ以外の場合はhFxの出力を行わないように構成してもよい。この場合、μスプリット制御実行中か否かを判定し(μスプリット判定)、その判定結果Hmspに基づいて、μスプリット制御実行中であれば、前後力差hFxが出力され、そうでなければ、hFxの出力が行われない。
また、車両のオーバステアの程度を表すオーバステア状態量Jrosを、ヨーイング値Ygcとして採用することができる。オーバステア状態量Jrosは、例えば、図4に示すように取得される。即ち、先ず、実際のヨーイング挙動YMa(例えば、ヨーレイトYr)が取得される。次いで、目標とするヨーイング挙動(目標ヨーイング挙動)YMtが演算される。YMtは、例えば、ステアリングホイール操作角θsw、車輪速度Vw**から得られる車速Vx等に基づいて演算される。そして、YMaとYMtとの比較結果(例えば、YMaとYMtとの偏差)に基づいて、オーバステア状態量Jrosが演算される。
Jrosは、YMtを用いずにYMaに基づいて演算され得る。この場合、Jrosは、例えば、図5に示したテーブルと、車両の横すべり角(スリップ角)βと、横すべり角速度dβとに基づいて演算される。図5に示したテーブルでは、Jros=0に対応する曲線を基線として、より右上の領域程、オーバステア状態量Jrosがより大きい値に決定される。
車両の横すべり角β(実ヨーイング挙動YMa)は、公知の方法によって、ヨーレイトYr、横加速度Gy、車速Vx等に基づいて演算される。また、車両の横すべり角速度dβ(実ヨーイング挙動YMa)も同様に、公知の方法によって、ヨーレイトYr、横加速度Gy、車速Vx等に基づいて演算される。
また、図5に示したテーブルにおいて、横軸について、横すべり角βに代えて、横すべり角偏差hβを用いることができる。横すべり角偏差hβとは、横すべり角の目標値βt(目標ヨーイング挙動YMt)と、横すべり角の実際値βa(実ヨーイング挙動YMa)との偏差である。同様に、図5に示したテーブルにおいて、縦軸について、横すべり角速度dβに代えて、ヨーレイト偏差hYrを用いることができる。ヨーレイト偏差hYrとは、ヨーレイトの目標値Yrt(目標ヨーイング挙動YMt)と、ヨーレイトの実際値Yra(実ヨーイング挙動YMa)との偏差である。ここで、横すべり角目標値βt、及び、ヨーレイト目標値Yrtは、公知の方法によって、運転者の運転操作(ステアリングホイール操作角θsw、車速Vx等)に基づいて演算される。以上、ヨーイング値取得手段A3について説明した。
再び、図2を参照すると、カウンタステア値演算手段A4では、運転者のカウンタステアの程度を表すカウンタステア値Cstrが演算される。カウンタステア値Ctsrとしては、カウンタステアの達成値Ctsと、カウンタステアの不足値Cfsとが採用される。
カウンタステア達成値Ctsは、運転者が行った(達成した)カウンタステアの大きさ(中立位置からのカウンタステア方向における前輪舵角)に相当する値である。カウンタステア不足値Cfsは、車両を安定化するために必要とされるカウンタステアの大きさに対して、不足しているカウンタステアの大きさ(前輪舵角差)に相当する値である。
カウンタステア達成値Ctsは、ヨーイング値Ygcの符号(車両ヨーイング運動の方向)と実舵角δfaの符号(前輪の中立位置からの転舵方向)が相反する場合(即ち、前輪がカウンタステア方向に転舵されている場合)における、実舵角δfaの大きさに基づいて演算される。
例えば、左旋回中であって(即ち、ヨーレイトの符号が左旋回方向(車両の上方から見て反時計回り方向)に対応し)、実舵角δfaの符号が右旋回方向(運転者から見てステアリングホイールの時計回り方向)に対応する場合において、実舵角δfaそのものが、カウンタステア達成値Ctsとして採用される。或いは、μスプリット路面(車両左側が高摩擦係数の路面、車両右側が低摩擦係数の路面)を直進中においてABS制御の実行により上記前後力差hFxに起因する左旋回方向のヨーイングモーメントが発生している場合において、実舵角δfaが右旋回方向に対応する場合、実舵角の値δfaそのものが、カウンタステア達成値Ctsとして採用される。
一方、カウンタステア不足値Cfsは、図6に示すように演算される。先ず、ヨーイング値Ygcに基づいて、車両を安定化するために必要な安定化ヨーイングモーメントMqが演算される。これにより、ヨーイング値Ygcが大きいほどMqがより大きい値に演算される。
次いで、車両の逆モデルにMqを入力して目標舵角δftが演算される。目標舵角δftとは、車両の安定性を確保するために(即ち、ヨーイングモーメントMqを発生させるために)必要とされるカウンタステア方向の前輪舵角である。車両の逆モデルとは、車速、操舵角等を入力してヨーレイトなどの車両挙動を演算する車両モデルの逆モデルであり、ヨーレイトなどの車両挙動を入力して前輪の目標舵角δftを演算するモデル(公知の連立運動方程式)である。即ち、例えば、現在の車速Vx、横加速度Gy、ヨーレイトYr、実舵角δfa(或いは、ステアリングホイール操作角θsw)に対して、安定化ヨーイングモーメントMqを得るために必要な前輪の目標舵角δftが、タイヤ特性を表すタイヤモデルを含む車両の逆モデルを用いて演算される。
前輪(操向車輪)の実舵角δfaは、実舵角取得手段A5で取得される。実舵角δfaは、操舵角センサFSの検出値に基づいて演算される。また、実舵角δfaは、ステアリングホイール回転角度センサSAにより検出されるステアリングホイール操作角θswに基づいて、δfa=θsw/SGの関係を利用して演算され得る。ここで、SGは、ステアリングギア比である。
そして、目標舵角δftと実舵角δfaとの偏差(舵角偏差hδf=δft−δfa)が、カウンタステア不足値Cfsとして採用される。
安定化トルク演算手段A6では、ヨーイング値Ygc(オーバステア状態量Jros、或いは、前後力差hFx)と、カウンタステア値Cstr(カウンタステア達成値Cts、或いは、カウンタステア不足値Cfs)とに基づいて、車両を安定化するカウンタステア操作を誘導又は補助するための操舵トルクである、安定化トルクTstb(前記「安定化力」に対応)が、図7に示した特性に従って演算される。Tstbは、カウンタステア方向(操向車輪をカウンタステア方向に転舵させる方向)の値である。
これにより、安定化トルクTstbは、ヨーイング値Ygc(Jros,hFx)が閾値Yg1(Jr1,hFx1)以下のときに「0」に演算され、YgcがYg1よりも大きいときにYgcのYg1からの増大に伴って「0」から増大するように演算される。ただし、安定化トルクTstbは、制限値Tsl以下に制限される。
加えて、YgcがYg1よりも大きい場合において、カウンタステア達成値Ctsが大きいほど(或いは、カウンタステア不足値Cfsが小さいほど)、安定化トルクTstbがより小さい値に調整される。なお、制限値Tslも、Ctsが大きいほど(或いは、Cfsが小さいほど)、より小さい値に調整される。
モータ駆動手段A7では、TepsにTstbを加算して得られる、電気モータMeの駆動制御用の目標値Tmtr(=Teps+Tstb)に基づいて、電気モータMeが駆動される。
これにより、Tmtrに相当する駆動力がタイロッドTRに付与され、ステアリングホイールSWに対して、運転者の操舵トルクTswを軽減する方向のトルク(EPSトルクTeps)と、カウンタステア方向のトルク(安定化トルクTstb)とが付与される。この結果、運転者は、このTstbにより、カウンタステア操作を誘導又は補助される。
以上のように、操舵トルクTsw、ヨーイング値Ygc、及びカウンタステア値Cstrに基づいて操舵トルク制御が実行され、オーバステア状態において、安定化トルクTstbがステアリングホイールSWに対してカウンタステア方向(車両ヨーイング運動と逆の操舵方向)に付与される。
ここで、上述のように、カウンタステア達成値Ctsが大きいほど(或いは、カウンタステア不足値Cfsが小さいほど)、安定化トルクTstbがより小さくなる(図7を参照)。他方、Ctsが大きいこと(或いは、Cfsが小さいこと)は、運転者が適切なカウンタステア操作を行っていることを意味し、Ctsが小さいこと(或いは、Cfsが大きいこと)は、運転者が適切なカウンタステア操作を行っていないこと(具体的には、カウンタステア操作が全く行われていないこと、或いは、カウンタステア操作が不十分であること)を意味する。
従って、熟練運転者が車両の挙動を予測しながら適切なカウンタステア操作を行っている場合(Cts大、或いは、Cfs小)、安定化トルクTstbが小さくなり、安定化トルクTstbにより運転者の操舵トルクが軽減される程度が小さくなる。従って、熟練運転者が覚える「カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感」を抑制することができる。
一方、運転者が適切なカウンタステア操作を行っていない場合(Cts小、或いは、Cfs大)、安定化トルクTstbが大きくなる。この結果、熟練運転者でない運転者に対しては、大きい安定化トルクTstbによりカウンタステア操作が適切且つ十分に誘導又は補助され得る。
また、安定化トルクTstbは、図8に示すように演算されてもよい。先ず、ヨーイング値Ygcに基づいて、基準となる安定化トルク(基準トルク)Tstaが、図8に示した特性に従って演算される。図8に示した基準トルクTsta特性は、図7に示した安定化トルクTstb特性のうちで、カウンタステア達成値Ctsが最小(或いは、カウンタステア不足値Cfsが最大)の場合に対応する特性(Tstbが最大となる特性)と同じである。Tstaも、Tstbと同様、カウンタステア方向(操向車輪をカウンタステア方向に転舵させる方向)の値である。
次いで、カウンタステア値Cstrに基づいて、ゲインKcs(カウンタステア達成値Ctsに対応するゲインKts、或いは、カウンタステア不足値Cfsに対応するゲインKfs)が演算される。
ゲインKtsは、図9に示した特性に従って演算される。これにより、ゲインKtsは、Ctsが所定値Ct1以下の場合(運転者のカウンタステア操作が行われない、または、行われたとしても僅かな場合)、「1」に演算され、CtsがCt1よりも大きく所定値Ct2未満の場合、CtsのCt1からの増大に伴って「1」から減少するように演算され、CtsがCt2以上の場合(運転者のカウンタステア操作が適切且つ十分に行われている場合)、「0」に演算される。
ゲインKfsは、図10に示した特性に従って演算される。これにより、ゲインKfsは、Cfsが所定値Cf1以下の場合(運転者のカウンタステア操作が適切且つ十分に行われている場合)、「0」に演算され、CfsがCf1よりも大きく所定値Cf2未満の場合、CfsのCf1からの増大に伴って「0」から増大するように演算され、CfsがCf2以上の場合(運転者のカウンタステア操作が行われない、または、行われたとしても僅かな場合)、「1」に演算される。
そして、基準トルクTstaにゲインKcs(Kts、或いは、Kfs)が乗算されて、安定化トルクTstbが演算される。このように、カウンタステア達成値Ctsが最小(或いは、カウンタステア不足値Cfsが最大)の場合に対応する、ヨーイング値に対する基準トルク特性から得られる基準トルクを、カウンタステア値Cstrに基づいて減少方向に補正することで、安定化トルクTstbが演算される。これによっても、安定化トルクTstbが、図7に示した特性に従って演算される場合と同様、カウンタステア達成値Ctsが大きいほど(或いは、カウンタステア不足値Cfsが小さいほど)、安定化トルクTstbがより小さい値に演算され得る。
同様に、カウンタステア達成値Ctsが最大(或いは、カウンタステア不足値Cfsが最小)の場合に対応する、ヨーイング値に対する基準トルク特性から得られる基準トルクを、カウンタステア値Cstrに基づいて増大方向に補正することで、安定化トルクTstbが演算されてもよい。或いは、カウンタステア値Cstrが所定の基準値の場合に対応する、ヨーイング値に対する基準トルク特性から得られる基準トルクを、カウンタステア値Cstrに基づいて増大方向、或いは減少方向に補正することで、安定化トルクTstbが演算されてもよい。
以下、図11等を参照しながら、第1実施形態の作動について説明する。図11は、一般的なタイヤ特性(操向車輪のスリップ角αと横力Fyとの関係)を示す。ここで、操向車輪のスリップ角αは、上記実舵角δfa(或いは、上記目標舵角δft)と所定の関係があり、操向車輪の横力Fyは、上記安定化ヨーイングモーメントMqと所定の関係がある。従って、図11に示したタイヤ特性において、横軸が実舵角δfa(δft)をも表し、縦軸が安定化ヨーイングモーメントMqをも表すと考えることで、図11に示した特性を用いて、以下のように第1実施形態の作動について説明することができる。なお、図11に示した特性において、第1象限(右上の領域)が左旋回状態に対応し、第3象限(左下の領域)が右旋回状態に対応するものとする。
車両が過度のオーバステア状態となった場合、車両の安定性を確保するためにカウンタステア操作を行い、車両を安定化する安定化ヨーイングモーメントMqを発生させることが必要となる。例えば、図12に示すように、車両が右旋回中(車両の上方から見て時計回り方向に旋回中)、オーバステアが発生した場合、カウンタステア操作を左旋回方向(運転者から見てステアリングホイールの反時計回り方向)に行って左旋回方向(車両の上方から見て反時計回り方向)の安定化モーメントMq(図12を参照)を発生させる必要がある。
この場合において、カウンタステア値Cstrがカウンタステア達成値Ctsである場合を考える。この場合、運転者によりカウンタステア操作が行われたことで前輪がカウンタステア方向(ヨーイング運動方向と逆方向、図12では、左旋回方向)に転舵されている場合の実舵角δfaがカウンタステア達成値Ctsとして演算される。即ち、図11における第1象限に対応する舵角δfaがカウンタステア達成値Ctsとして演算される。そして、ヨーイング値Ygc(=オーバステア状態量Jros)と、カウンタステア達成値Ctsとに基づいて決定される安定化トルクTstbが、ステアリングホイールSWに対して左旋回方向(運転者から見て反時計回り方向であり、操向車輪を左旋回方向に転舵させる方向)に付与される(図7等を参照)。
次に、カウンタステア値Cstrがカウンタステア不足値Cfsである場合を考える。この場合、左旋回方向の安定化モーメントMqを発生させるためにカウンタステア操作を行って前輪舵角をδft(点Bに対応)とする必要があるものとする。しかしながら、運転者によるカウンタステア操作が行われないか又は不十分であることに起因して前輪舵角がδfa(点Aに対応)となっている場合、舵角偏差hδf(=δft−δfa)がカウンタステア不足値Cfsとして演算される。そして、ヨーイング値Ygc(=オーバステア状態量Jros)と、カウンタステア不足値Cfsとに基づいて決定される安定化トルクTstbが、ステアリングホイールSWに対して左旋回方向(運転者から見て反時計回り方向であり、操向車輪を左旋回方向に転舵させる方向)に付与される(図7等を参照)。
同様に、図11に対応する図13を参照しながら、直進走行中に、μスプリット路でABS制御が実行された場合について考える。このような場合、制動力の左右差に起因する車両の偏向を抑制するためにカウンタステア操作を行い、車両を安定化する安定化ヨーイングモーメントMqを発生させることが必要となる。例えば、図14に示すように、車両左側が低摩擦係数、車両右側が高摩擦係数の路面を直進中においてABS制御が作動した場合、制動力の左右差により車両は右旋回方向に偏向する。このとき、車両の安定性を確保するためには、カウンタステア操作を左旋回方向に行って、制動力の左右差に起因する右旋回方向のヨーイングモーメントを打ち消す左旋回方向の安定化モーメントMq(図14を参照)を発生させる必要がある。
この場合において、カウンタステア値Cstrがカウンタステア達成値Ctsである場合を考える。この場合、運転者によりカウンタステア操作が行われたことで前輪がカウンタステア方向(ヨーイング運動方向と逆方向、図14では、左旋回方向)に転舵されている場合の実舵角δfaがカウンタステア達成値Ctsとして演算される。即ち、図13における第1象限に対応する舵角δfaがカウンタステア達成値Ctsとして演算される。そして、ヨーイング値Ygc(=前後力差hFx)と、カウンタステア達成値Ctsとに基づいて決定される安定化トルクTstbが、ステアリングホイールSWに対して左旋回方向(運転者から見て反時計回り方向であり、操向車輪を左旋回方向に転舵させる方向)に付与される(図7等を参照)。
次に、カウンタステア値Cstrがカウンタステア不足値Cfsである場合を考える。この場合、左旋回方向の安定化モーメントMqを発生させるためにカウンタステア操作を行って前輪舵角をδft(点Dに対応)とする必要があるものとする。しかしながら、運転者によるカウンタステア操作が行われないか又は不十分であることに起因して前輪舵角がδfa(点Cに対応)となっている場合、舵角偏差hδf(=δft−δfa)がカウンタステア不足値Cfsとして演算される。そして、ヨーイング値Ygc(=前後力差hFx)と、カウンタステア不足値Cfsとに基づいて決定される安定化トルクTstbが、ステアリングホイールSWに対して左旋回方向(運転者から見て反時計回り方向であり、操向車輪を左旋回方向に転舵させる方向)に付与される(図7等を参照)。
以上、本発明の第1実施形態に係る操舵制御装置によれば、オーバステア抑制制御として、操舵トルク制御(「安定化トルクTstbの付与」)が実行される。操舵トルク制御では、運転者による操舵トルクTswに基づいて、操舵トルクを軽減するためのEPSトルクTepsが演算される。車両のヨーイング運動に相当するヨーイング値Ygc(オーバステア状態量Jros、前後力差hFx)と、カウンタステアの程度を表すカウンタステア値(カウンタステア達成値Cts、カウンタステア不足値Cfs)とに基づいて、カウンタステア操作を誘導又は補助するための安定化トルクTstbが演算される。ステアリングホイールSWに対して、運転者の操舵トルクTswを軽減する方向のトルクTepsと、カウンタステア方向のトルクTstbとが付与される。この結果、運転者は、このTstbにより、カウンタステア操作を誘導又は補助される。
ここで、カウンタステア達成値が小さい場合(或いは、カウンタステア不足値が大きい場合)、即ち、運転者が適切なカウンタステア操作を行っていない場合、安定化トルクTstbが大きい値に設定される。この結果、熟練運転者でない運転者に対しては、大きい安定化トルクTstbによりカウンタステア操作が適切且つ十分に誘導又は補助され得る。他方、カウンタステア達成値が大きい場合(或いは、カウンタステア不足値が小さい場合)、即ち、運転者が車両の挙動を予測しながら適切なカウンタステア操作を行っている場合、安定化トルクTstbが小さい値に設定される。この結果、熟練運転者が覚える「カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感」を抑制することができる。
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る操舵制御装置について説明する。この第2実施形態は、カウンタステア操作がなされたと判定された場合に安定化トルクTstbの付与が行われない点が、カウンタステア値Cstrに基づいて安定化トルクTstbが調整される上記第1実施形態と異なる。以下、係る相違点についてのみ説明する。
図15は、第2実施形態に係る操舵制御装置によりオーバステア抑制制御を行う際の機能ブロック図である。図15に示すように、第2実施形態では、上記第1実施形態(図2を参照)に比して、切替手段A8が追加されている。また、安定化トルク演算手段A6では、カウンタステア値Cstrによることなくヨーイング値Ygcにのみ基づいて安定化トルクTstbが演算される。
具体的には、安定化トルク演算手段A6では、図16に示した特性に従って、ヨーイング値Ygc(オーバステア状態量Jros、或いは、前後力差hFx)に基づいて、安定化トルクTstbが演算される。この図16に示したトルクTstb特性は、図8に示した基準トルクTsta特性(即ち、図7に示した安定化トルクTstb特性のうちで、カウンタステア達成値Ctsが最小(或いは、カウンタステア不足値Cfsが最大)の場合に対応する特性(Tstbが最大となる特性))と同じである。
切替手段A8では、カウンタステア値Cstrに基づいて、運転者によりステアリングホイールSWのカウンタステア操作がなされたか否かが判定される。具体的には、カウンタステア達成値Ctsが所定値よりも大きい場合、或いは、カウンタステア不足値Cfsが所定値よりも小さい場合、カウンタステア操作がなされたと判定される。
そして、切替手段A8では、カウンタステア操作がなされたと判定された場合には、安定化トルクTstbのモータ駆動手段A7への出力が行われず、カウンタステア操作がなされていないと判定された場合には、安定化トルクTstbのモータ駆動手段A7への出力が行われる。
以上、本発明の第2実施形態に係る操舵制御装置によれば、熟練運転者が車両の挙動を予測しながら適切なカウンタステア操作を行っている場合、カウンタステア操作がなされたと判定されて、安定化トルクTstbがステアリングホイールSWに対して付与されない。従って、熟練運転者が覚える「カウンタステア操作中の操舵力が予想に反して軽減されるという違和感」を抑制することができる。一方、運転者がカウンタステア操作を行っていない場合、カウンタステア操作がなされていないと判定されて、適切な大きさの安定化力が付与され得る。この結果、熟練運転者でない運転者に対しては、適切な大きさの安定化力により、カウンタステア操作が適切且つ十分に誘導又は補助され得る。
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態に係る操舵制御装置について説明する。この第3実施形態は、オーバステア抑制制御として、上記第1、第2実施形態における操舵トルク制御(「安定化トルクTstbの付与」)に加えて、制動力制御(「旋回外側前輪への制動力の付与」)が実行される点が上記第1、第2実施形態と異なる。以下、係る相違点についてのみ説明する。
図17は、第3実施形態に係る操舵制御装置によりオーバステア抑制制御を行う際の機能ブロック図である。図17に示すように、第3実施形態では、上記第1実施形態(図2を参照)に比して、目標制動力演算手段A9、及び制動力制御手段A10が追加されている。これにより、車両のオーバステアを抑制する制動力制御(ESC制御)が、Jrosに基づいて行われる。
加えて、ヨーイング値Ygcとして、オーバステア状態量Jrosが取得される。従って、図7から理解できるように、「Jros>Jr1」を開始条件として、操舵トルク制御における安定化トルクTstbの付与が開始される。
また、図18に示すように、上記第2実施形態(図15を参照)に比して、目標制動力演算手段A9、及び制動力制御手段A10が追加され、ヨーイング値Ygcとして、オーバステア状態量Jrosが取得されてもよい。この場合も、図16から理解できるように、「Jros>Jr1」を開始条件として、安定化トルクTstbの付与が開始される。
目標制動力演算手段A9では、オーバステア状態量Jrosに基づいて、図19に示した特性に従って、各車輪の制動力の目標値(目標制動力Fxt**)が演算される。これにより、Fxt**は、Jrosが閾値Jr1以下のときに「0」に演算され、JrosがJr1よりも大きいときにJrosのJr1からの増大に伴って「0」から増大するように(ただし、値Fx1以下に制限される)演算される。
制動力制御手段A10では、Fxt**に基づいてブレーキアクチュエータBRKが駆動される。これにより、各車輪の制動力がFxt**と一致するように調整される。この結果、運転者によるブレーキペダルBPの操作とは独立して、旋回外側の前輪の制動力が増加させられる。
以上のように、「Jros>Jr1」を開始条件として、Jrosに基づいて、制動力制御が実行される。第3実施形態では、上記第1、第2実施形態での上述の操舵トルク制御におけるTstbの付与に加えて、この制動力制御によっても、オーバステアが抑制される。
ところで、図20に示すように、操向車輪(前輪)についてネガティブキングピンオフセットが採用されている車両について考える。ネガティブキングピンオフセットとは、キングピン中心軸の接地点Pkpが、前後力(Fxfr)の着力点Pbfよりも車両幅方向に対して外側にある場合をいう。
操向車輪についてネガティブキングピンオフセットが採用されている車両において、操向車輪に制動力が付与されると、制動力の着力点Pbfとキングピン中心軸の接地点Pkpとの距離(キングピンオフセット)Ofsの存在により、制動力に応じて操向車輪を転舵するトルクが発生する。この現象は「トルクステア」とも呼ばれる。
例えば、図20に示すように、左旋回中においてオーバステアが発生したことで、上述の制動力制御(ESC制御)により旋回外側前輪WHfrに制動力Fxfrが付与された場合、「トルクステア」により、前輪を左旋回方向に転舵するトルクTkp(=Ofs・Fxfr)が前輪に作用する。このトルクTkpは、ステアリングホイールSWを左旋回方向(運転者から見て反時計回り方向)に回転させるトルク(トルクステア起因トルクTsk)として作用する。
一方、この場合において、カウンタステア方向は右旋回方向であるから、安定化トルクTstbは、ステアリングホイールSWに対して右旋回方向(運転者から見て時計回り方向)に付与される。
従って、オーバステア状態におけるオーバステア状態量の増大過程において、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「安定化トルクTstbの付与」の何れか一方が他方より先に開始されると(両者が同時に開始されないと)、「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因トルクTsk」を運転者が感じ取り、運転者に違和感を与えることに繋がる。
これに対し、第3実施形態では、上述のように、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「安定化トルクTstbの付与」の開始条件(「Jros>Jr1」)が同じである。従って、オーバステア状態におけるJrosの増大過程において、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「安定化トルクTstbの付与」とが同時に開始される。この結果、「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因トルクTsk」を運転者が感じ難くなり、運転者に違和感を与えることなく、安定化トルクTstbの付与が実行され得る。
また、オーバステア状態量Jrosの増大に伴って付与される制動力が増大することに起因して、上述した「旋回外側前輪への制動力の付与」に起因する「トルクステア起因トルクTsk」は、Jrosの増大に伴って増大する。図7、図16に破線で示した特性は、Jrosに対する「トルクステア起因トルクTsk」の特性を示している。なお、この特性は、実験等を通じて予め得ることができる。
ここで、図7、図16から理解できるように、JrosがJr1よりも大きい範囲に亘って、Jrosに対する安定化力Tstbが、Jrosに対する「トルクステア起因力Tsk」よりも大きい。従って、「旋回外側前輪への制動力の付与」と「安定化トルクTstbの付与」とが共に実行されている状態(Jros>Jr1の場合)において、「トルクステア起因トルクTsk」が安定化力Tstbにより常に完全に吸収され得る。従って、「トルクステア起因トルクTsk」を運転者がより一層感じ難くなる。
本発明は上記各実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記各実施形態においては、ステアリングホイールSWと操向車輪WHfl及びWHfrとが機械的に接続されているが、ステアリングホイールSWと操向車輪WHfl及びWHfrとが機械的に接続されていない所謂ステア・バイ・ワイヤ方式(即ち、ステアリングホイールSWの操作角θswを示す電気信号に基づいて前輪舵角の制御を行う機構)が採用されてもよい。この場合、前記「操舵操作部材」として、ステアリングホイールSWに代えて棒状部材(所謂、ジョイスティック)が使用されてもよい。
加えて、上記各実施形態においては、電気モータMeの駆動制御用の目標値Tmtr(=Teps+Tstb)に基づいて電気モータMeが駆動されるように構成されているが、電気モータMeの駆動制御用の目標値Tmtr(=Tstb)に基づいて電気モータMeが駆動されてもよい。この場合、ステアリングホイールSWに対して、Tstbのみがカウンタステア方向に付与される。これによっても、運転者は、このTstbにより、カウンタステア操作を誘導又は補助され得る。
BRK…ブレーキアクチュエータ、ECU…電気制御装置、Me…電気モータ、SW…ステアリングホイール、FS…操舵角センサ、SA…ステアリングホイール回転角度センサ、ST…操舵トルクセンサ、YR…ヨーレイトセンサ、WS**…車輪速度センサ