明 細 書
高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高周波熱処理製品 技術分野
[0001] 本発明は高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高周波熱処理製品に関し
、より特定的には、高周波加熱により被処理物を加熱して焼入硬化する高周波熱処 理装置、高周波熱処理方法および高周波加熱により加熱されて焼入硬化された高 周波熱処理製品に関する。
背景技術
[0002] 高周波熱処理装置は、一般的に用いられている雰囲気加熱炉と比較して、作業環 境がクリーンであり、少量ロットの製品を短時間で効率よく処理できると!、つた点で有 利である。一般に、鋼の高周波焼入においては、誘導コイルに入力される電力およ び時間からなるパラメータで被処理物の熱処理条件を制御する電力制御が採用され ている。そして、種々の熱処理条件で焼入が実施され、焼入された被処理物の品質 が確認されることにより、適切な熱処理条件が実験的に決定されている。この場合、 被処理物が変われば、その都度、熱処理条件を決定し直す必要があり、熱処理条件 の決定に手間が力かるという問題がある。この問題は、高周波焼入においては、温度 および時間からなるパラメータで被処理物の熱処理条件を制御する温度制御が難し いということに起因している。
[0003] 焼入された被処理物の品質の制御、特に被処理物の金属組織の制御の観点から 、焼入処理においては温度制御が採用されることが望ましい。しかし、高周波焼入で は、測温および温度の高速制御が技術的に困難であり、温度制御による焼入は採用 されていないのが現状である。高周波熱処理において測温が困難である理由は、雰 囲気により被処理物が加熱される場合とは異なり、被処理物が直接加熱されるので、 測温は被処理物に対して直接行なわなければならないという点にある。また、高周波 熱処理設備には、均一な加熱を実現するため、被処理物を駆動する駆動機構が設 けられている場合が多ぐ接触式の温度計の設置がレイアウト上難しいことも測温を 困難にしている。
[0004] これに対し、たとえば、放射温度計などの非接触式の温度計を用いれば測温が容 易になるとも考えられる。しかし、従来の放射温度計は、応答速度が遅ぐ金属の測 温には向かないという問題があり、高周波焼入の温度制御に適したものはな力つた。 昨今、放射温度計の信号出力速度の高速化と、放射率設定を行なうことによる温度 計の測温精度の向上により、高周波焼入における放射温度計を用いた高速温度制 御に可能性が見出される。
[0005] 一方、仮に温度制御による高周波焼入が可能になった場合でも、基本的に被処理 物の一部が加熱される部分加熱である高周波加熱においては、被処理物内に温度 ムラが生じる。そのため、被処理物の部位によって焼入後の品質が異なる可能性が あり、高周波焼入をずぶ焼入処理に適用する場合、問題となる。特に肉厚の大きな 被処理物では、温度ムラが大きくなるので、この問題が発生しやすくなる。被処理物 を均一に加熱できない場合、加熱が十分な部分では、所望の品質を満たしているが 、加熱が不十分な部分では、所望の品質を満たしていないという問題が発生する。
[0006] このような問題を解消するには、加熱時間を十分にとり、熱伝導により被処理物内 の温度を均一にする方法が考えられる。また、比較的周波数の小さいの高周波電源 を用いて、被処理物の内部にまで磁束を進入させて均一に加熱する方法も考えられ る。しかし、これらの方法には、十分な加熱時間をどのようにして決定するのかという 共通の課題を有している。
発明の開示
発明が解決しょうとする課題
[0007] 上述のように、高周波焼入では温度制御による焼入が難しい。特に、温度制御によ る高周波焼入によりずぶ焼入を実施する場合、所望の熱処理品質を得るための熱処 理方法を考案する必要がある。そこで、本発明の課題は、温度制御を可能とし、所望 の熱処理品質を得ることができる高周波熱処理装置および高周波熱処理方法を提 案すること〖こある。また、本発明の課題は、所望の品質を有する高周波熱処理製品 を提供することにある。
課題を解決するための手段
[0008] 本発明の高周波熱処理装置は、高周波加熱により被処理物を加熱して焼入硬化
する高周波熱処理装置である。そして、本発明の高周波熱処理装置は、被処理物の 温度を調節するための温度制御手段と、加熱された被処理物を冷却するタイミングを 決定するための焼入手段とを備えることを特徴とする。
[0009] 上記高周波熱処理装置において好ましくは、温度制御手段は、加熱手段と、温度 制御用測温手段と、温度調節手段とを含んでいる。加熱手段は、高周波加熱により 被処理物を加熱する機能を有している。温度制御用測温手段は、被処理物におい て加熱手段により加熱される部位の温度を測定する機能を有して!/、る。温度調節手 段は、温度制御用測温手段に接続され、温度制御用測温手段からの温度の情報に 基づき温度制御信号を加熱手段に出力する機能を有している。さらに、焼入手段は 、焼入用測温手段と、熱処理調節手段とを含んでいる。焼入用測温手段は、被処理 物において加熱手段により加熱される部位力 離れた部位の温度を測定する機能を 有している。熱処理調節手段は、焼入用測温手段に接続され、焼入用測温手段から の温度の情報に基づき加熱時間を調節し、冷却開始信号を出力する機能を有して いる。
[0010] 本発明の高周波熱処理方法は、高周波加熱により被処理物を加熱して焼入硬化 する高周波熱処理方法である。そして、本発明の高周波熱処理方法は、被処理物の 温度を調節する温度制御工程と、加熱された被処理物を冷却するタイミングを決定 する焼入制御工程とを備えている。温度制御工程は、加熱工程と、温度制御用測温 工程と、温度調節工程とを含んでいる。加熱工程では、高周波加熱により被処理物 が加熱される。温度制御用測温工程では、被処理物において加熱される部位の温 度が測定される。温度調節工程では、測定された温度の情報に基づき温度制御信 号が出力されて被処理物に対する加熱が制御される。さらに、焼入制御工程は、焼 入用測温工程と、熱処理調節工程とを有している。焼入用測温工程では、被処理物 にお 、て加熱される部位力 離れた部位の温度が測定される。熱処理調節工程では 、測定された温度の情報に基づき加熱時間が調節され、冷却開始信号が出力される
[0011] 本発明の高周波熱処理製品は、上述の高周波熱処理方法により熱処理されている
発明の効果
[0012] 本発明の高周波熱処理装置を用いれば、任意の形状の被処理物に所望の品質を 付与することができる。また、高周波熱処理方法によれば、任意の形状の被処理物 に所望の品質を付与することができる。すなわち、本発明の高周波熱処理装置およ び高周波熱処理方法によれば、温度制御を可能とし、所望の熱処理品質を得ること ができる高周波熱処理装置および高周波熱処理方法を提供することができる。また、 本発明の高周波熱処理製品によれば、所望の品質を有する高周波熱処理製品を提 供することができる。
図面の簡単な説明
[0013] [図 1]実施の形態 1における高周波熱処理装置の構成を示す概略図である。
[図 2]規格を満たすために必要な焼入温度と保持時間との関係を示した SUJ2材の T TA (Time Temperature Austinitization)線 で te 。
[図 3]Depの値をヒートパターン力も積算する方法を説明するための説明図である。
[図 4] 1質量%の炭素を含む鋼における昇温速度と加熱変態点との関係を示す図で ある。
[図 5]昇温速度を考慮した場合の炭素の拡散長の計算開始温度を決定する方法を 模式的に示す図である。
[図 6]D*epの値と硬度および処理時間との関係を示す図である。
[図 7]D*epの値と硬度および処理時間との関係を示す図である。
[図 8]被処理物のヒートパターンを示す図である。
[図 9]図 8に示した時間 t=0. 4秒での 2つの境界点間の各位置における炭素分布 ( 固溶炭素濃度の分布)を示す図である。
[図 10]図 8に示した時間 t=0. 8秒での 2つの境界点間の各位置における炭素分布( 固溶炭素濃度の分布)を示す図である。
[図 11]図 8に示した時間 t= l . 2秒での 2つの境界点間の各位置における炭素分布( 固溶炭素濃度の分布)を示す図である。
[図 12]実施の形態 4の方法で焼入れした場合の、冷却開始時点における温度制御 側(図 1の温度制御用測温手段 3の測温部位 la)と焼入タイミング側(図 1の焼入用
測温手段 5の測温部位 lb)との固溶炭素濃度の分布を示す図である。
[図 13]実施例 1における高周波熱処理方法の概略を示す図である。
符号の説明
[0014] 1 被処理物、 2 加熱手段、 3 温度制御用測温手段、 4 温度調節手段、 5 焼入 用測温手段、 6 熱処理調節手段、 7 焼入液噴射手段、 10 高周波熱処理方法、 2 0 温度制御工程、 22 加熱工程、 23 温度制御用測温工程、 24 温度調節工程、 30 焼入制御工程、 35 焼入用測温工程、 36 熱処理調節工程、 37 冷却工程。 発明を実施するための最良の形態
[0015] (実施の形態 1)
以下、本発明の実施の形態 1について図に基づいて説明する。図 1を参照して、本 実施の形態 1の高周波熱処理装置は、被処理物 1の温度を調節するための温度制 御手段と、加熱された被処理物 1を冷却するタイミングを決定するための焼入手段と を備えている。本実施の形態 1によれば、任意の形状の被処理物 1を熱処理して、所 望の品質を有する高周波熱処理製品を製造することができる。また、本実施の形態 1 の高周波熱処理装置においては、加熱手段である誘導コイルなどの形状および電 源の周波数は任意に選択することができ、任意の形状の被処理物に対して使用する ことができる。
[0016] 温度制御手段は、典型的には、図 1に示すように、高周波加熱により被処理物 1を 加熱するコイルなどの加熱手段 2と、被処理物 1において加熱手段 2により加熱され る部位 laの温度を測定する温度計などの温度制御用測温手段 3と、温度制御用測 温手段 3に接続され、温度制御用測温手段 3からの温度の情報に基づき温度制御信 号を加熱手段 2に出力する温度調節手段 4とを含んでいる態様が好ましい。
[0017] 一方、焼入手段は、被処理物 1において加熱手段 2により加熱される部位 laから離 れた部位 lbの温度を測定する焼入用測温手段 5と、焼入用測温手段 5に接続され、 焼入用測温手段 5からの温度の情報に基づき加熱時間を調節し、焼入液噴射手段 7 などに冷却開始信号を出力する熱処理調節手段 6とを含んでいる態様が好ましい。
[0018] 本装置の特徴の 1つは、加熱手段 2により加熱される部位 laの温度を測定する温 度制御用測温手段 3と、加熱手段 2により加熱される部位 laから離れた部位 lbの温
度を測定する焼入用測温手段 5とを有することにある。高周波熱処理による温度制御 をより正確にするため、温度制御用測温手段 3は、磁束の進入量が最も多ぐ温度上 昇が最も大き 、位置を測温するのが望ま 、。
[0019] 一方、高周波加熱は、被処理物 1の表層が加熱される部分加熱であるため、被処 理物 1内に温度分布が生じる。したがって、場所によって熱処理後の品質が変化す る可能性があり、ずぶ焼入処理への適用では問題となる。特に肉厚の大きな被処理 物 1では、温度ムラが大きくなるので、この問題が発生しやすい。したがって、低温部 分においても十分に加熱を施し、所望の品質を付与するため、焼入用測温手段 5は 、磁束の進入量がより少なぐ温度上昇が小さい部位、すなわち温度制御用測温手 段 3の測温部位力も離れた部位を測温するのが望ましい。
[0020] 本実施の形態の高周波熱処理方法にお!、ては、温度制御用測温手段 3と、焼入 用測温手段 5との位置が前述の条件を満たして 、れば、誘導コイルの形状及び電源 の周波数は限定されない。また、冷却のタイミングを決定するための焼入用測温手段 5は、被処理物 1内における温度ムラの影響を小さくし、複数の部位において品質を 確保するという観点から、複数設置する態様が好ましい。測温手段としての温度計の 種類は、放射温度計などの非接触式温度計以外でもよぐ装置のレイアウト上可能で あるならば、たとえば熱電対などの接触式温度計でもよい。
[0021] 次に、上記の高周波熱処理装置を用いた本実施の形態 1の高周波熱処理方法に ついて、 SUJ 2製 6206型番 (JIS : Japanese Industrial Standard)の軸受の外輪を被 処理物 1として例示して具体的に説明する。
[0022] ここでは、 SUJ2製の上記外輪の規格は、強度の観点から 180°Cで焼戻した場合の 焼戻硬度が HRC58以上 (HV653以上)であり、寸法安定性の観点力 残留オース テナイト量が 12体積%以下であると設定する。
[0023] まず、図 2を参照して、上記規格を満たすことができる焼入温度および保持時間の 条件、すなわち温度制御手段が被処理物の加熱温度を制御する際に従うべき加熱 条件の決定について説明する。図 2における領域 Aは上述の硬度の規格を満足しな い範囲であり、領域 Bは残留オーステナイト量の規格を満足しない範囲である。そし て、領域 Cはいずれの規格をも満足する範囲である。硬度は焼入温度と保持時間と
が大きくなるにつれて規格を満たしやすくなる。これに対して、残留オーステナイト量 は焼入温度と保持時間とが大きくなるにつれて規格を満たしに《なる。
[0024] 図 2の TTA線図から明らかなように、比較的低温でかつ長時間の加熱条件を採用 した方が熱処理品質 (硬度および残留オーステナイト量)を制御しやすぐ熱処理品 質規格 (硬度規格および残留オーステナイト量規格)を満たしやすい。たとえば、比 較的高温である 1050°Cでの処理では、熱処理品質規格を満たすための保持時間 は 15秒以上必要であるが、 17秒以上保持してしまうと当該規格を満たすことができ ない。それに対し、 950°Cでの処理では、熱処理品質規格を満たすための保持時間 は 20秒以上であり、 60秒までは規格を満たすことができる。高周波熱処理の短時間 処理という利点を生かすためには、できるだけ高温、短時間での処理が望ましい。
[0025] 温度制御用測温手段 3の測温位置におけるヒートパターンは、熱処理時間の短縮 と熱処理制御の容易さとの兼ね合 ヽから決定することができる。被処理物を構成する 材料の種類に応じて、熱処理品質を満たすための焼入温度と保持時間との関係図( TTA線図)を作成することができれば、その線図に応じて条件を決定すればよいの で、本実施の形態 1の高周波熱処理装置は被処理物を構成する材料の種類を問わ ず利用することができる。
[0026] 温度制御手段が被処理物の加熱温度を制御する際に従うべき加熱条件が決まると 、図 1に示すように、ノ ソコンなどの温度調節手段 4に当該加熱条件が入力される。 温度調節手段 4は、温度制御用測温手段 3と、加熱手段 2とに接続されており、温度 制御用測温手段 3からの温度の情報に基づき、 PID (Proportional Integral Diff erential)制御により温度制御信号を加熱手段 2に出力し、温度制御用測温手段 3の 測温部位 laの温度を制御することができる。このとき同時に、焼入用測温手段 5の測 温データがパソコンなどの熱処理調節手段 6に取り込まれ、そのヒートパターンからカロ 熱が十分であるかどうかが判断され、冷却のタイミングを決定することにより熱処理時 間が調節される。冷却の時期の判断は、焼入用測温手段 5の測温部位 lbのヒートパ ターンが TTA線図上で規格内におさまった力どうかで行なわれる。なお、温度調節 手段 4と熱処理調節手段 6とを同一のパソコンで兼ねることもできる。
[0027] TTA線図上で規格内におさまつたかどうかは、
Dep= (2Dt) 1/2' . '式(1)
D=D exp (— QZRT) · · ·式(2)
o
(式中、 Dは拡散定数、 tは保持時間、 Tは温度、 Dは拡散定数のエントロピ一項、
0
また Qは活性ィ匕エネルギーを表す。 )
により計算される Dep値に基づき判断することができる。本発明の高周波熱処理装置 における熱処理調節手段 6は、かかる式により計算される Dep値に基づき冷却開始 信号を出力することができる。鋼の焼入前の組織は、若干の炭素が固溶した鉄に炭 化物が分布したものになっている。焼入では、炭化物中の炭素を鉄中に溶け込ませ る必要がある。炭素を鉄中に均一に固溶させるために必要な時間は、炭素の拡散距 離 Depに対応している。したがって、焼入における冷却は、この Depの値がある値 D* epに達した時に行なわれる。
[0028] 焼入用測温手段 5の測温部位は、必ずしも 1箇所である必要は無い。測温部位を 複数とすることにより複数の位置での熱処理品質を制御することができるので、品質 管理の観点力 焼入用測温手段 5の測温部位は複数とすることが望ましい。
[0029] 次に、図 3を参照して、 Depの値をヒートパターン力も積算する方法を説明する。冷 却のタイミングを決定する測温部位 lb (焼入タイミング側)の温度が刻一刻と変化す る場合には、 Depの値は、図 3に示すように、
[0030] [数 1]
Depj =
[0031] と積算することが好ましい。被処理物 1の昇温を開始すると、焼入用測温手段 5の測 温部位 lbでは、磁束の進入が温度制御用測温手段 3の測温部位 la (温度制御側) よりも少な!/、ので、温度制御用測温手段 3の測温部位 laに比べて遅れて温度が上 昇する。通常、温度が 727°Cを越えると、鉄のオーステナイトィ匕が始まる。しかし、昇 温速度が速い場合、鋼の加熱変態温度は変化するので、拡散距離を計算するため に必要な加熱変態温度は、昇温速度によって変化させなければならない。
[0032] 昇温速度は、電源の能力、誘導コイルおよび被処理物の形状などによって異なる
ので、装置と被処理物との種類によって適宜変更することが好ましい。焼入用測温手 段 5の測温部位 lbの温度が加熱変態温度を越えたところから、上述のように拡散距 離を積算する。任意の時間における Depが D*epを越えると、ただちに冷却を開始す る。 D*epの値は、所望の熱処理品質を維持できる範囲で、できるだけ小さな値である 方が、熱処理時間短縮という観点力もは望ましい。しかし、品質安定という観点からは 、ある程度安全をみた設定値とするのが望ましい。
[0033] 本実施の形態 1の高周波熱処理方法は、被処理物の温度を調節する温度制御ェ 程と、加熱された被処理物を冷却するタイミングを決定する焼入制御工程とを備えて いることを特徴とする。温度制御工程は、高周波加熱により被処理物を加熱する加熱 工程と、被処理物において加熱される部位の温度を測定する温度制御用測温工程 と、測定された温度の情報に基づき温度制御信号を出力して被処理物に対する加 熱を制御する温度調節工程とを含んでいる。焼入制御工程は、被処理物において加 熱される部位力 離れた部位の温度を測定する焼入用測温工程と、測定された温度 の情報に基づき加熱時間を調節し、冷却開始信号を出力する熱処理調節工程とを 含んでいる。
[0034] 本実施の形態 1の高周波熱処理方法および高周波熱処理装置によれば、被処理 物の温度を測定し、その測定結果を被処理物の加熱条件および焼入の冷却のタイミ ングにフィードバックしつつ、温度制御による高周波焼入を実施することで、任意の 形状の被処理物に対して適用することが可能で、かつ所望の熱処理品質を有する高 周波熱処理製品を製造することができる。また、被処理物を構成する材料の種類に 応じて、熱処理品質を満たすための焼入温度と保持時間との関係図 (TTA線図)を 作成することができれば、その線図に応じて条件を決定すればよいので、本実施の 形態の高周波熱処理方法は材料の種類を問わず利用することができる。さらに、本 方法は、コイルの形状、電源の周波数、試験片の形状によらず使用することができる 極めて一般的な処理方法である。
[0035] (実施の形態 2)
以下、本発明の実施の形態 2について図に基づいて説明する。本実施の形態 2に おける高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高周波熱処理製品は、基本的
には上述の実施の形態 1における高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高 周波熱処理製品と同様の構成を有している。しかし、実施の形態 2では、熱処理調節 手段により実施される熱処理調節工程において、炭素の拡散長 Depの計算を開始 する温度である加熱変態温度 Tcが以下のように決定される。
[0036] すなわち、図 4を参照して、昇温速度が変化すると、加熱変態点 Tcは、 727°Cから 950°Cまで変化することが分かる。よって、被処理物 1を構成する鋼の組成における 昇温速度と加熱変態点 Tcとの関係を予め調べておき、被処理物 1の加熱時におけ る昇温速度力 加熱変態点 Tcを求めて、その加熱変態点 Tcに基づ 、て炭素の拡 散長 Depの計算開始温度を決定する。
[0037] 次に、図 5を参照して、昇温速度を考慮した場合の炭素の拡散長の計算開始温度 を決定する方法を説明する。図 5中には、温度制御側(図 1の温度制御用測温手段 3 の測温部位 la)のヒートパターンと焼入タイミング側(図 1の焼入用測温手段 5の測温 部位 lb)のヒートパターンと加熱変態点 Tcとが示されて 、る。加熱の初期にお 、ては 、温度制御側での加熱が急速に行われるため、焼入タイミング側の昇温速度も速くな り、加熱変態点は高くなる。温度制御側の温度が所望の温度に近づくと、温度調節 手段 4により昇温速度が緩やかになるように加熱が制御されるため、焼入タイミング側 の昇温速度も緩やかになり、加熱変態点 Tcが低下していく。このため、時間が経過 すると、加熱変態点 Tcは、焼入タイミング側のヒートパターンと交わる。この交点がォ ーステナイトイ匕の開始温度を示していることになるため、この交点の温度(つまりォー ステナイトイ匕の開始温度)から炭素の拡散長 Depの計算を開始する。
[0038] そして、任意の時間における Depが D*epを越えると、ただちに冷却を開始する。 D* epの値は、所望の熱処理品質を維持できる範囲で、できるだけ小さな値である方が、 熱処理時間の短縮という観点からは望ましい。しかし、品質安定という観点からは、あ る程度安全をみた設定値とすることが望ま U、。
[0039] 次に、図 6を参照して、 D*epの値と硬度および処理時間との関係を説明する。なお 図 6は、最高到達温度: 900°C、降温速度: 0°CZ秒、焼入後の焼戻条件: 180°Cで 1 20分の条件で行なった場合の関係を示している。図 6より、処理時間は、 D*epを大き く設定するほど、必要な拡散距離が長くなるため増加することが分かる。また硬度は、
D*epの値を大きく設定するほど、処理時間が増加するので、高くなつていくことが分 かる。ただし、硬度は、加熱が長すぎると飽和し、 D*epが約 0. 02mmで最高硬さに 達していた。したがって、 D*epの値は 0. 02mm以下が望ましいと言える。
[0040] なお昇温速度は、電源の能力、誘導コイルおよび被処理物の形状などによってとり 得る値が異なるので、昇温速度は、装置と被処理物の種類とに応じて適宜変更され ることが好ましい。
[0041] 本実施の形態 2では、予め求めた昇温速度と加熱変態点との関係に基づいて昇温 速度から加熱変態点を求め、その加熱変態点に基づいて炭素の拡散長の計算開始 温度を決定している。このため、急速加熱時のオーステナイト化温度の変化に対応 することができる。その結果、本実施の形態 2の高周波熱処理方法および高周波熱 処理設備によれば、炭素の拡散長をより正確に求めることができ、それより高周波熱 処理製品の品質を安定化させることができる。
[0042] (実施の形態 3)
以下、本発明の実施の形態 3について図に基づいて説明する。本実施の形態 3に おける高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高周波熱処理製品は、基本的 には上述の実施の形態 1における高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高 周波熱処理製品と同様の構成を有している。しかし、実施の形態 3では、熱処理調節 手段により実施される熱処理調節工程において、冷却の時期の判断に際して行なわ れる、焼入用測温手段 5の測温部位 lbのヒートパターンが TTA線図上で規格内に おさまつたかどうかと!/、う判断には、下記の式(3)および式(2)の計算式が用いられる
[0043] Dep = A X 2 (Dt) 1/2 · · ·式( 3)
D:拡散定数、 t:保持時間 (秒)、 A:補正係数
D=D exp (— QZRT) · · ·式(2)
0
D:拡散定数のエントロピ一項、 Q :活性化エネルギー、 R :気体定数、 T:絶対温度
0
(K)
ここで補正係数 Aの値は、以下の式 (4)力も得られる値である。
[0044] erf (A) = 1 -0. 1573C /C . · ·式(4)
C : 727°Cの炭素の固溶度(SUJ2の場合: 0. 52)
1
C:任意の温度における炭素の固溶度
2
式(3)は、式 (4)の Cの値が、 Cになった場合の炭素の拡散長 Depを計算する式
1 2
である。 Cの値は任意の温度における炭素の固溶度である。これらの値は、実験的も
2
しくは、熱力学平衡計算により、あら力じめ求めることができる。焼入の冷却は、式中 の Depの値がある値(D*ep)に達した時に行なうものとする。
[0045] 次に、図 3を参照して、 Depの値をヒートパターン力も積算する方法を説明する。冷 却のタイミングを決定する測温部位 lb (焼入タイミング側)の温度は刻一刻と変化す るので、 Depの値は、 Dep→Dep→ Depと積算することが好ましい。被処理
1 2 n
物 1の昇温を開始すると、焼入用測温手段 5の測温部位 lbでは、磁束の進入が温度 制御用測温手段 3の測温部位 la (温度制御側)よりも少な!/、ので、温度制御用測温 手段 3の測温部位 laに比べて遅れて温度が上昇する。通常、温度が 727°Cを越える と、鉄のオーステナイトイ匕が始まる。しかし、昇温速度が速い場合、鉄の加熱変態温 度は変化するので、拡散距離を計算するために必要な加熱変態温度は、昇温速度 によって変化させなければならな ヽ。
[0046] 焼入タイミング側の温度が加熱変態温度を越えたところから、上述のように拡散距 離 Depが積算される。任意の時間における Depが D*epを越えると、ただちに冷却 が開始される。 D*epの値は、所望の熱処理品質を維持できる範囲で、できるだけ小 さな値である方が、熱処理時間の短縮という観点力もは望ましい。しかし、品質の安 定という観点力もは、ある程度安全をみた設定値とするのことが望ましい。
[0047] 次に、図 7を参照して、 D*epの値と硬度および処理時間との関係を説明する。なお 図 7は、最高到達温度: 900°C、降温速度: 0°CZ秒、焼入後の焼戻条件: 180°Cで 1 20分の条件で行なった場合の関係を示している。図 7を参照して、 D*epを大きく設 定するほど、必要な拡散距離が長くなるため、処理時間は増加することが分かる。ま た、 D*epの値を大きく設定するほど、処理時間が増加するので、硬度は高くなつて いくことが分かる。ただし、硬度は、加熱が長すぎると飽和し、 D*epが約 0. 015mm で最高硬さに達していた。したがって、 D*epの値は 0. 015mm以下とすることが望ま しいと言える。
[0048] 本実施の形態 3では、炭素の拡散長 Depを求める式において、補正係数 Aを用い ることにより、任意の温度における炭素の固溶度 Cを考慮しており、温度変化による
2
炭素濃度の変化に対応している。このため、焼入タイミング側の温度が刻一刻と変化 する場合にぉ 、ても炭素の拡散長 Depをより正確に求めることができる。その結果、 本実施の形態 3の高周波熱処理方法および高周波熱処理設備によれば、より適切 なタイミングで焼入の冷却を開始することができ、それより高周波熱処理製品の品質 を安定ィ匕させることができる。
[0049] (実施の形態 4)
以下、本発明の実施の形態 4について図に基づいて説明する。本実施の形態 4に おける高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高周波熱処理製品は、基本的 には上述の実施の形態 1における高周波熱処理装置、高周波熱処理方法および高 周波熱処理製品と同様の構成を有している。しかし、実施の形態 4では、熱処理調節 手段により実施される熱処理調節工程において、冷却の時期の判断に際して行なわ れる、焼入用測温手段 5の測温部位 lbのヒートパターンが TTA線図上で規格内に おさまったかどうかという判断には、下記の式(5) (Fickの第 2法則)および式(2)の 計算式が用いられる。
[0050] 3CZ(3t)=D32CZ(3x2)'-'式(5)
D:拡散定数、 C:炭素濃度 (質量%)、 t:時間 (秒)、 X:距離
D=D exp(— QZRT) ···式(2)
0
D:拡散定数のエントロピ一項、 Q:活性化エネルギー、 R:気体定数、 T:絶対温度
0
(K)
式 (5)を差分方程式で表すと、以下の式になる。
[0051] C =rC +(l-2r)C +rC ···式(6)
m, n+ 1 m+1, n m, n m— 1, n
r=DX ΔΐΖ(Δχ)2···式(7)
冷却のタイミングは、式 (6)をある境界条件で解き、材料中の炭素の固溶状態が所 定の条件を満たしているかどうかで決定する。境界条件は、 1次元の 2つの点(以後、 「境界点」と呼ぶ)における炭素濃度を炭素の固溶度とすることによって与える。これ は、鋼中の 2つの炭化物からの炭素の拡散を近似的に求めるためのモデルである。
[0052] 次に、図 8〜図 11を参照して、被処理物を構成する材料中における炭素の固溶状 態の計算例を説明する。この炭素の固溶状態の計算においては、 2つの境界点間の 距離 (炭化物間の距離)を 0. 012mmとし、境界点における Cの値 (炭素濃度 (質量 %)の値)を SUJ2の固溶度曲線の値 (熱力学平衡計算ソフトで計算)とした。この固 溶度曲線の式(固溶度の式)は、実験的もしくは熱力学平衡計算によって、材料別に あら力じめ求めておくことができる。
[0053] 図 8〜図 11から、固溶炭素濃度の分布は、時間が経過するにつれて変化していく 様子が分かる。本実施の形態 4の方法では、冷却開始は、固溶炭素濃度の分布の 中央位置(2つの境界点間の距離 (炭化物間の距離)を 0. 012mmとした場合には 0 . 006mmの位置)における炭素濃度が所定の炭素濃度になったかどうかで判断す る。また、冷却開始のタイミングを決定するための当該中央位置における炭素濃度の 設定値は、硬度と残留オーステナイト量との兼ね合いから、 0. 6〜0. 8質量%に設 定することが望ましい。また 2つの境界点間の距離 (炭化物間距離)は、被処理物の 焼入前の組織や材料の違いによって適宜変更することが望まし 、。
[0054] つまり本実施の形態 4における冷却開始の決定はたとえば以下のように行なわれる 。まず焼入タイミング側の温度を焼入用測温手段 5により測定し (ステップ A)、その測 定された温度から境界部の炭素量を計算する (ステップ B)。境界部の炭素量の値を 式 (6)の境界条件に与えて式 (6)を計算する (ステップ C)。以上の工程により、図 9 〜図 11に示すような固溶炭素濃度の分布を計算することができる (ステップ D)。得ら れた固溶炭素濃度の分布から、固溶炭素濃度の分布の中央位置における炭素濃度 が所定の炭素濃度 (たとえば 0. 6〜0. 8質量%)になった力どうかの確認を行なう(ス テツプ E)。もし中央位置における炭素濃度が所定の炭素濃度に達していたら冷却を 開始し (ステップ F)、達していなければ冷却は開始されずに加熱が継続されて再度 ステップ Aに戻る。
[0055] また上記ステップ Cにおける式 (6)の解き方は具体的には以下のとおりである。まず 図 9〜図 11の炭素分布の両端における炭素濃度は、炭化物と素地との界面におけ る炭素濃度である。したがって、この位置力 ある濃度 (炭素の固溶限度)で炭素が 素地へ供給される。この条件を式(6)に与えるには、 C とじ (図 9〜図 11中の 0
mmと 0. 012mmの位置)の値にある濃度 (炭素の固溶限度)を代入する必要がある
[0056] 差分法と言われるこの計算方法は、たとえば図 9〜図 11のように空間の区切りを 5 点とると (境界点を入れると 7点)、 5個の連立方程式が得られるが、未知数は、 C 、
Ο,η
C 、C 、C 、C 、C 、C の 7つになる。このうち C とじ とは炭化物と素地との
Ι,η 2,η 3,η 4,η 5,η ο,η Ο,η ο,η
界面の位置となるため、固溶度の式力 炭素濃度の値を与えることができる。これに より、連立方程式は 5個で、未知数が 5個となるため、 C 、C 、C 、C 、C の値を
Ι,η 2,η 3,η 4,η 5,η 求めることができる。
[0057] すなわち、式 (6)を解くためには 2点の炭素濃度の条件を与えないと解けないが、こ の 2点の炭素濃度の条件を固溶度の式力 与えることにより式 (6)を解くことができる のである。
[0058] 上記固溶炭素濃度の計算は、焼入タイミング側だけでなぐ温度制御側でも行なう 。これは、温度制御側の炭素の固溶状態から、温度制御側の残留オーステナイト量 を推測するためである。図 12に示すように、固溶炭素濃度の値は、焼入タイミング側 よりも温度制御側のほうが全体的に高くなつていることが分かる。これは、加熱手段 2 に近 、温度制御側の被処理物 1の温度が、焼入タイミング側よりも高くなるためである 。なお、図 12のデータは、焼入温度を 950°Cで一定とし、焼入温度までの昇温速度 を 300°CZ秒とし、炭化物間距離を 0. 012 /z mとし、冷却条件を炭素濃度の中央位 置での値を 0. 6質量%としたときのものである。
[0059] 上述した固溶炭素濃度の計算の開始温度は、焼入タイミング側および温度制御側 ともに、昇温速度を考慮して決定する必要がある。その決定は、実施の形態 2におい て、図 4および図 5に基づいて説明した決定と同様に実施することができる。
[0060] そして、焼入のための被処理物の加熱を開始した後、図 8〜図 11を用いて説明し た固溶炭素濃度の分布の中央位置における炭素濃度が所定の炭素濃度 (たとえば 0. 6〜0. 8質量%)を越えると、ただちに冷却を開始する。
[0061] 本実施の形態 4の高周波熱処理方法および高周波熱処理設備によれば、被処理 物中の炭化物力もの炭素の拡散を求めることができ、炭素の固溶量を正確に推測す ることができる。このため、この炭素の固溶量の条件が満たされた後に焼入の冷却を
行なうことが可能となる。また、上記炭素の固溶量の推測を焼入タイミング側だけでな く温度制御側でも行なうことにより、炭素の固溶量力 温度制御側の残留オーステナ イト量を推測することも可能となる。その結果、実施の形態 4の高周波熱処理製品は 品質の安定した高周波熱処理製品となっている。
[0062] (実施例 1)
以下、本発明の実施例 1について説明する。図 1に示す熱処理装置を使用して高 周波焼入によるずぶ焼入処理を行なった。本装置は、温度制御手段と、焼入手段と を備え、温度制御手段は、高周波加熱により被処理物 1を加熱する加熱手段 2である 誘導コイルと、被処理物 1において加熱手段 2により加熱される部位 laの温度を測定 する温度制御用測温手段 3である放射温度計と、この放射温度計に接続され、放射 温度計からの温度の情報に基づき温度制御信号を加熱手段 2に出力する温度調節 手段 4とを有する。
[0063] 焼入手段は、被処理物 1において加熱手段 2により加熱される部位 laから離れた 部位 lbの温度を測定する焼入用測温手段 5である放射温度計と、この放射温度計 に接続され、放射温度計からの温度の情報に基づき加熱時間を調節し、冷却開始 信号を出力する熱処理調節手段 6とを有する。
[0064] また、温度制御用測温手段 3の測温部位 laは、磁束の進入量が最も多ぐ温度上 昇が最も大きい位置とした。一方、焼入用測温手段 5の測温部位 lbは、部位 laから 最も遠い部位としたため、磁束の進入量が最も少なぐ温度制御用測温手段 3の測 温部位 laよりも温度上昇が小さ力つた。
[0065] 次に、図 13を参照して、実施例 1における高周波熱処理方法の概略を説明する。
図 13に示すように、実施例 1における高周波熱処理方法 10は、高周波加熱により被 処理物 1を加熱して焼入硬化する高周波熱処理方法 10であって、被処理物 1の温 度を調節する温度制御工程 20と、加熱された被処理物 1を冷却するタイミングを決定 する焼入制御工程 30とを備えている。温度制御工程 20は、高周波加熱により被処 理物 1を加熱する加熱工程 22と、被処理物 1にお ヽて加熱される部位の温度を測定 し、温度情報を出力する温度制御用測温工程 23と、測定された温度の情報に基づ き出力された温度情報を受けて温度制御信号を出力して被処理物 1に対する加熱を
制御する温度調節工程 24とを含んでいる。焼入制御工程 30は、被処理物 1におい て加熱される部位力も離れた部位の温度を測定する焼入用測温工程 35と、測定さ れた温度の情報に基づき出力された温度情報を受けて加熱時間を調節し、冷却開 始信号を出力する熱処理調節工程 36と、熱処理調節工程 36において出力された冷 却開始信号を受けて被処理物 1を Ms点以下の温度に冷却する冷却工程 37とを含 んでいる。
[0066] 本実施例 1では、 JIS規格 SUJ2製 6206型番の軸受外輪を被処理物とした。 SUJ2 製の被処理物である当該外輪の規格値は、 180°Cで焼戻した場合の硬度が HRC5 8以上、残留オーステナイト量が 12%以下に設定した。この規格を満たすために必 要な焼入温度と保持時間との関係は図 2に示されて 、る。
[0067] 短時間での処理が可能であるという高周波熱処理の利点を生かすため、焼入温度 は 950°Cとした。したがって、熱処理品質を確保するための保持時間は、図 2より 20 秒以上、 60秒以下である。決定された熱処理条件をパソコンに入力し、 PID制御に より温度制御用測温手段 3の測温部位 laの温度を制御した。このとき同時に、焼入 用測温手段 5の測温データをパソコンに取込み、被処理物を冷却するタイミングを決 定して冷却開始信号を出力することにより焼入を行なった。
[0068] 焼入後、被処理物の残留オーステナイト量および硬度を測定した。熱処理条件お よび測定結果を表 1に示す。表 1中の熱処理条件のうち、最高温度とは、焼入用測温 手段 5により測定された測温部位 lbにおける最高温度を示す。また、処理時間とは、 最高温度に到達した後、熱処理を継続した時間であり、その時間における降温速度 を併せて表示した。本実施例 1で熱処理されたすベての高周波熱処理製品は、上述 の熱処理規格を満たしていた。なお、表 1中の硬度のバラツキは、測温部位 laと測温 部位 lbにおける硬度差を表している。
[0070] (実施例 2)
以下、本発明の実施例 2について説明する。図 1に示す高周波熱処理装置を使用 して、 SUJ2製 6206型番外輪を被処理物とし、高周波焼入によるずぶ焼入処理を行 なった。焼入温度は 900°Cとし、焼入温度に達するまでの昇温速度を 10°CZ秒、 10 0°CZ秒および 500°CZ秒とした。決定された熱処理条件をパソコンに入力し、 PID 制御により温度制御用測温手段 3の測温部位 laの温度を制御した。このとき同時に 、焼入用測温手段 5の測温データをパソコンに取込み、被処理物を冷却するタイミン グを決定して冷却開始信号を出力することにより焼入を行なった。焼入後に 180°Cで 120分間保持することにより焼戻を行なった。
[0071] この高周波焼入によるずぶ焼入処理の制御において、式(1)および式(2)の計算 式を用いた。また、式(1)の炭素の拡散長 Depの計算開始温度の決定にあたって、 図 4および図 5に基づ 、て説明したように、昇温速度の変化を考慮した本実施例の 方法と、炭素の拡散長 Depの計算開始温度を 727°Cとして昇温速度の変化を考慮し な力つた比較例の方法との焼入後の焼入タイミング側の硬度 (ピッカース硬度)を調 ベた。その結果を表 2に示す。この時の D*epの値は、 0. 02mmであり、最高硬度 (H V760程度)を得ることができる条件である。
[0072] [表 2]
熱処理条件
硬度 計算方法 最高到達 最高到達温度に達する 最高到達温度に達した (HV) 温度 (°c) までの昇温速度 (°c /秒) 後の降温速度 (°c /秒)
10 735 本実施例
900 100 0 740 の方法
500 742
10 730 比較例の
900 100 0 710 方法
500 690
[0073] なお表 2中の熱処理条件のうち、最高到達温度とは、焼入用測温手段 5により測定 された測温部位 lbにおける最高温度を示す。また降温速度とは、最高温度に到達し た後の熱処理継続中の降温速度を示す。本実施例の方法で熱処理されたすベての 高周波熱処理製品にお 、て、熱処理規格は満たされて!/、た。
[0074] 表 2に示された結果から、昇温速度を考慮した本実施例における焼入タイミング側 の硬度は、昇温速度を考慮しな力つた比較例に比べて高くなつていることが分かる。 これは、昇温速度を考慮した場合、炭素の拡散長の計算が 727°Cよりも高い温度に ならないと始まらないため、昇温速度を考慮しな力つた場合に比べて、均熱時間が長 くなつたためである。
[0075] また昇温速度を考慮した本実施例では、焼入タイミング側の硬度は、昇温速度が変 化してもほとんど変化していな力つた。それに対して、昇温速度を考慮しなかった比 較例では、焼入タイミング側の硬度に若干のばらつきがあった。これは、昇温速度を 考慮しな力つた場合には正確な炭素の拡散長を計算できないためである。
[0076] 今回の実験では、昇温速度を考慮した本実施例と昇温速度を考慮しなかった比較 例との双方において、焼入タイミング側の硬度として十分な値 (HRC58以上)が得ら れたが、炭素の拡散長の正確な計算という観点では、昇温速度を考慮することが望 ましいといえる。
[0077] (実施例 3)
以下、本発明の実施例 3について説明する。図 1に示す高周波熱処理装置を使用 して、 SUJ2製 6206型番の軸受外輪を被処理物とし、高周波焼入によるずぶ焼入処 理を行なった。焼入温度は 900。C、 930°C, 950。C、 980。C、 1000。Cとした。決定さ れた熱処理条件をパソコンに入力し、 PID制御により温度制御用測温手段 3の測温
部位 laの温度を制御した。このとき同時に、焼入用測温手段 5の測温データをバソコ ンに取込み、被処理物を冷却するタイミングを決定して冷却開始信号を出力すること により焼入を行なった。焼入後に 180°Cで 120分間保持することにより焼戻を行なつ た。
[0078] この高周波焼入によるずぶ焼入処理において、焼入の冷却の時期の判断に際して 式(3)および式(2)の計算式を用いた場合と、式(1)および式(2)の計算式を用いた 場合とにつ!/、て、焼入後の硬度 (ピッカース硬度)および残留オーステナイト量を調 ベた。その結果を表 3に示す。この時の D*epの値は、 0. 015mmであり、最高硬度( HV760程度)を得ることができる条件である。
[0079] [表 3]
[0080] なお表 3中の熱処理条件のうち、最高到達温度とは、焼入用測温手段 5により測定 した測温部位 lbにおける最高温度を示す。また降温速度とは、最高温度に到達した 後の熱処理継続中の降温速度を示す。また硬度バラツキとは、最高到達温度を 900 °Cから 1000°Cまで変化させた場合の測温部位 lbにおける硬度の最大値と最小値と の差を示す。さらに、残留オーステナイト量バラツキとは、最高到達温度を 900°Cから 1000°Cまで変化させた場合の測温部位 lbにおける残留オーステナイト量の最大値 と最小値との差を示す。 Vヽずれの方法で熱処理された高周波熱処理製品にお!/ヽても 、すべての高周波熱処理製品で、熱処理規格を満たしていた。
[0081] しかし、表 3の結果から、式(1)および式(2)の計算式を使った場合では、熱処理条
件が変化すると、焼入タイミング側の品質がやや大きく変化するが、式 (3)および式( 2)の計算式を使った場合では、焼入タイミング側の品質の変化量が小さくなつている ことが分かる。このことから、式(3)および式(2)の計算式を使うことにより、焼入タイミ ング側の温度が刻一刻と変化する場合でも炭素の拡散長をより正確に求めることが できることが分力ゝる。
[0082] (実施例 4)
以下、本発明の実施例 4について説明する。図 1に示す高周波熱処理装置を使用 して、 SUJ2製 6206型番の軸受外輪を被処理物とし、高周波焼入によるずぶ焼入処 理を行なった。焼入温度を 900。C、 930°C, 950。C、 980。C、 1000。Cとした。決定さ れた熱処理条件をパソコンに入力し、 PID制御により温度制御用測温手段 3の測温 部位 laの温度を制御した。このとき同時に、焼入用測温手段 5の測温データをバソコ ンに取込み、そのヒートパターンから加熱が十分であるかどうかを判断して冷却のタイ ミング決定し、冷却開始信号を出力することにより焼入を行なった。焼入後に 180°C で 120分間保持することにより焼戻を行なった。
[0083] この焼入処理において、冷却のタイミングを決定するにあたり、式(5)および式(2) の計算式を用いた。また、式 (5)の炭素の固溶状態の計算開始温度を決定するにあ たっては、実施の形態 2において図 4および図 5に基づいて説明したように昇温速度 の変化を考慮した。
[0084] この方法により得られた高周波焼入製品の焼入後の硬度 (ピッカース硬度)と、残留 オーステナイト量とを温度制御側と焼入れタイミング側との各々で調べた。その結果 を表 4に示す。なお表 4中の熱処理条件のうち、最高到達温度とは、焼入用測温手 段 5により測定した測温部位 lbにおける最高温度を示す。また降温速度とは、最高 温度に到達した後の熱処理継続中の降温速度を示す。
[0085] [表 4]
熱処理:条件 硬 (HV) 残留ォ-ス亍 (ト量 (体積 ¾) 最高到達 降温速度
温度制御側 焼入タイミンク'側 温度制御側 焼入タイミンク *側 温度 (°c) (°C/秒)
900 760 732 11. 2 7. 8
930 761 738 10. 8 7. 2
950 0 758 730 11 7. 5
980 756 742 10 7. 8
1000 762 740 11. 5 8. 3
[0086] 表 4に示した結果から、今回行なった本実施例の方法によるすベての熱処理条件( 温度制御用測温手段 3の測温部位 laの条件)で、熱処理規格は満たされていた。ま た、焼入タイミング側の材質のバラツキは少なぐ品質が安定していた。
[0087] また、表 4には示していないが、 SUJ2の最適焼入温度よりも低い最高到達温度 80 0°Cでの実験も行なった。この場合、最高到達温度に到達後、 5分間加熱が継続され ても焼入れが開始されな力つた。これは、 2つの境界点間の炭素濃度が所定の炭素 濃度に達しな力つたためである。以上より、本実施例の方法によれば、炭素の固溶量 が十分な値にならなければ焼入を開始しな 、ため、焼入開始温度の正確な判断を 行なうことができることが確認された。
[0088] 今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的な ものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求 の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が 含まれることが意図される。
産業上の利用可能性
[0089] 本発明の高周波熱処理装置および高周波熱処理方法は高周波加熱により被処理 物を加熱して焼入硬化する高周波熱処理装置および高周波熱処理方法に特に有 利に適用され得る。また、本発明の高周波熱処理製品は、高周波加熱により加熱さ れて焼入硬化される高周波熱処理製品に特に有利に適用され得る。