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JP7302878B2 - 炭素膜および摺動部材 - Google Patents

炭素膜および摺動部材 Download PDF

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JP7302878B2 JP2020074316A JP2020074316A JP7302878B2 JP 7302878 B2 JP7302878 B2 JP 7302878B2 JP 2020074316 A JP2020074316 A JP 2020074316A JP 2020074316 A JP2020074316 A JP 2020074316A JP 7302878 B2 JP7302878 B2 JP 7302878B2
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Description

本発明は、炭素膜および摺動部材に関する。
潤滑油中で摺動する摺動部材は、様々な機械において使用されており、例えば、自動車などの内燃機関で使用されている。このような摺動部材には、より厳しい環境での使用に耐え得ることが求められており、例えば、高い耐摩耗性および低摩擦性が求められている。このような摺動部材には、その表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜(以下、単に「炭素膜」とも言う)を有する部材が知られている。当該摺動部材には、基材と、中間層を介して基材の表面に形成された硬質炭素被膜とを有する部材が知られている。当該硬質炭素被膜は、いわゆるDLC膜であり、炭素原子間結合におけるsp結合の特定の比率および特定の水素含有量等によって規定されている(例えば、特許文献1参照)。
特開2019-116677号公報
近年、摺動部材は、より厳しい環境での安定した作動が求められている。摺動部材の作動が想定される環境によっては、摺動部材にはさらに高い耐摩耗性および低摩擦性が求められことがある。このように、炭素膜を有する摺動部材には、耐摩耗性および低摩擦性のさらなる向上の観点から検討の余地が残されている。
本発明は、オイル中のすべり速度1m/sを超える高速摺動において、耐摩耗性および低摩擦性に優れる炭素膜および摺動部材を提供することを課題とする。
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る炭素膜は、sp結合およびsp結合からなる群から選ばれる結合によって炭素原子が結合して構成される炭素膜であって、炭素原子間の全ての結合における前記sp結合の比率は、1%以上、25%以下であり、波長632.8nmにおける消衰係数は、0.02以上、0.04以下であり、水素含有量は、5原子%以下である。
また、上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る摺動部材は、オイルの存在下での摺動に供される摺動部材であって、その表面における摺動する部分に上記の炭素膜を有する。
本発明の一態様によれば、オイル中のすべり速度1m/sを超える高速摺動において、耐摩耗性および低摩擦性に優れる炭素膜および摺動部材を提供することができる。
本発明の実施の一形態について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。
〔炭素膜〕
本発明の一態様に係る炭素膜は、実質的にはsp結合およびsp結合からなる群から選ばれる結合によって炭素原子が結合して構成される。炭素膜は、通常、sp結合とsp結合とが混在した非晶質の炭素膜である。炭素膜における炭素原子が有する結合は、実質的にはsp結合およびsp結合のみである。
[sp結合の比率]
本実施形態において、炭素膜を構成する炭素原子が有する全結合におけるsp結合の比率は、1%以上、25%以下である。当該sp結合の比率が25%を超えると、耐摩耗性が不十分になることがあり、また、低摩擦性が不十分となることがある。耐摩耗性および低摩擦性の両方を十分に発現させる観点から、炭素膜におけるsp結合の比率は、20%以下であることが好ましく、15%以下であることがより好ましい。
一方、炭素膜におけるsp結合の比率は、耐摩耗性および低摩擦性の観点からは、低くても問題ない。他方、当該比率の下限値は、本実施形態の効果が得られる炭素膜を実現する観点、例えば成膜の条件の観点などの製造上の理由、から適宜に決めることが可能である。このような観点から、炭素膜におけるsp結合の比率は、1%以上であってよい。炭素膜におけるsp結合の比率は、製造条件の制御が比較的容易で、かつ十分な性能の炭素膜を製造する観点から、5%以上であることが好ましく、10%以上であることがより好ましい。
炭素膜における炭素原子が有するsp結合の比率は、公知の方法を利用して測定することが可能である。本実施形態では、実施例で後述するように、透過型電子顕微鏡を用いる電子エネルギー損失分光法(TEM-EELS)により測定することができる。本実施形態では、グラファイトに特有のエネルギーにおける積分強度とダイヤモンドに特有のエネルギーの積分強度から求められる。
炭素膜におけるsp結合の比率は、炭素膜の製造条件によって調整することが可能である。たとえば、炭素膜におけるsp結合の比率は、後述する製造方法におけるアーク電流の電流値がより大きいと、より高くなる傾向がある。
前述したように、本実施形態の炭素膜は、実質的にsp結合およびsp結合からなる。したがって、炭素膜におけるsp結合の比率は、sp結合で換言することが可能である。たとえば、本実施形態の炭素膜を構成する炭素原子が有する全結合におけるsp結合の比率は、上記の理由から75%超99%未満の範囲における任意の数値であってよい。
[消衰係数]
本実施形態の炭素膜の波長632.8nmにおける消衰係数は、0.02以上0.04以下である。消衰係数は、複素屈折率の虚部kであり、炭素膜中での光の減衰を示す値である。炭素膜は、消衰係数が小さいほど、光を吸収しにくく透明性が高い傾向を有する。消衰係数は、炭素膜におけるsp結合の比率、アルゴンおよび水素等の炭素以外の元素の含有量、並びに、欠陥(例えば、原子空孔等)の密度と相関があり、これらが小さいほど、消衰係数が小さくなる傾向がある。光学定数である消衰係数kは波長の関数であり、波長によって異なる値をとる。本発明においては、波長632.8nmにおける消衰係数の値を、本実施形態の炭素膜の消衰係数の代表的な値として用いる。以下に記載の消衰係数は、波長を記載していない場合は、当該炭素膜の波長632.8nmにおける消衰係数を示す。当該消衰係数が0.04よりも大きいと、耐摩耗性が不十分になることがあり、また、低摩擦性が不十分となることがある。耐摩耗性および低摩擦性の両方を十分に発現させる観点から、消衰係数は、0.035以下であることが好ましく、0.03以下であることがより好ましい。
一方、上記消衰係数は、耐摩耗性および低摩擦性の観点からは、低ければ低いほど望ましいが、当該比率の下限値は、本実施形態の効果が得られる炭素膜を実現する観点、例えば成膜の条件の観点などの製造上の理由、から適宜に決めることが可能である。このような観点から、炭素膜における消衰係数は、0.02以上であってよい。上記消衰係数は、製造条件の制御が比較的容易で、かつ十分な性能の炭素膜を製造する観点から、0.025以上であることが好ましい。
炭素膜の消衰係数は、公知の技術によって測定することが可能である。炭素膜の消衰係数は、例えば、光干渉式膜厚計または分光エリプロメータを用いて測定することが可能である。
炭素膜における消衰係数は、炭素膜の製造条件によって調整することが可能である。たとえば、消衰係数は、後述する製造方法におけるアーク放電の電流値、基材の温度、または不活性ガスの供給量がより大きいと、より高くなる傾向がある。
[水素含有量]
本実施形態の炭素膜の水素含有量は、5原子%以下である。炭素膜の水素含有量が5原子%を超えると、炭素膜における炭素原子間の結合に供さない結合が多くなり、硬さなどのDLC膜としての十分な機械的特性を発現しないことがある。当該機械的特性を十分に発現させる観点から、炭素膜の水素含有量は、3原子%以下であることが好ましく、2原子%以下であることがより好ましい。
炭素膜の水素含有量は、上記の機械的特性の観点からは低いほど好ましいが、本実施形態における当該水素含有量の下限値は、例えば成膜の条件の観点などの製造上の理由、から適宜に決めることが可能である。たとえば、炭素膜の水素含有量は、比較的容易に製造条件を制御可能な観点から、1原子%以上であってよい。
炭素膜の水素含有量は、公知の技術によって求めることが可能である。たとえば、本実施形態の炭素膜の水素含有量は、実施例で後述するように、特許文献1に記載されているラザフォード後方散乱分析(RBS)と水素前方散乱分析(HFS)とを含むRBS/HFS分析法により測定することができる。
本実施形態において、炭素膜の水素含有量は、炭素膜の製造条件によって調整することが可能である。本実施形態の炭素膜の水素含有量は、例えば、後述する製造方法における、成膜雰囲気における初期の真空度の値がより大きいと、より多くなる傾向がある。
[硬度]
炭素膜の硬度は、本実施形態の効果が得られる範囲において、適宜に決定することが可能である。炭素膜の硬度は、低すぎると所期の用途で用いることができなくなることがある。前述したオイルの存在下で摺動する摺動部材に用いられる観点から、炭素膜の硬度は、40GPa以上であることが好ましく、45GPa以上であることがより好ましく、50GPa以上であることがさらに好ましい。
また、炭素膜の硬度は、所期の機械的特性を発現させる観点からは、高くてよいが、膜の形態で実現可能な範囲に決定することができる。たとえば、炭素膜の硬度は、製造条件の制御が比較的容易な観点から、80GPa以下であってよく、70GPa以下であってよく、60GPa以下であってもよい。
炭素膜の硬度は、膜の硬度を測定する公知の方法によって測定することが可能である。たとえば、炭素膜の硬度は、実施例でも後述するように、ナノインデンテーションによって測定することが可能である。
炭素膜の硬度は、炭素膜の製造条件によって調整することが可能である。たとえば、炭素膜の硬度は、炭素膜の製造において基材の温度を高くすると、低くなる傾向にある。
[膜厚]
炭素膜の膜厚は、本実施形態の効果が得られる範囲において、適宜に決定することが可能である。炭素膜の膜厚は、薄すぎると機械的特性を始め、本実施形態の効果が所期の程度まで十分に発現されないことがある。炭素膜の膜厚は、厚すぎると、摺動部材の摺動部に形成したときに過度の内部応力がかかり、炭素膜の破損または摺動部材の作動不良が生じることがある。
所期の用途において所期の特性を十分に発現させる観点から、炭素膜の膜厚は、0.03μm以上であることが好ましく、0.5μm以上であることがより好ましく、1μm以上であることがさらに好ましい。また、同様の観点から、炭素膜の膜厚は、50μm以下であることが好ましく、30μm以下であることがより好ましく、20μm以下であることがさらに好ましい。
炭素膜の膜厚は、公知の方法によって測定することが可能である。また、炭素膜の膜厚は、炭素膜の製造条件によって調整することが可能である。たとえば、炭素膜の膜厚は、後述する製造における成膜時間を長くすると、厚くすることができる。
[膜構造]
本実施形態の炭素膜は、本実施形態の効果が得られる範囲において様々な形態であってよい。たとえば、本実施形態の炭素膜は、単層構造であっても多層構造であってもよい。炭素膜が多層構造を有する場合では、炭素膜が全体で前述の物性を有していればよく、前述の数値範囲から外れる層を含んでいてもよい。また、炭素膜が全体で前述の物性を有していれば、炭素膜の膜厚方向において物性の偏りがあってもよい。たとえば、炭素膜の一方の面と他方の面との間で水素含有量が異なっていてもよい。
[炭素膜の製造方法]
本実施形態の炭素膜は、特許文献1に記載されているような公知の方法によって製造することが可能である。たとえば、炭素膜は、真空環境下で陰極アーク放電によって炭素源から炭素原子を基材に蒸着させることによって製造することができる。このような製造方法は、真空アーク蒸着装置(アーク式イオンプレーティング装置)を用いて実施することが可能である。炭素源には炭素電極が好適に用いられる。
真空アーク蒸着装置は、陰極材料の数μm~数十μm程度のマクロパーティクル(粗大粒子)が基材に付着することを抑制する観点から、磁気フィルタを有することが好ましい。
当該製造方法では、アーク放電を安定化させる観点から、アルゴンガスおよびヘリウムガスなどの不活性ガスを導入してもよい。不活性ガスの供給量は、アーク放電の安定化の観点、および、成膜雰囲気における所期の真空度を達成する観点、から、0~5sccmの範囲から適宜に決めることができる。
不活性ガスの導入は、膜中への不活性ガス元素の取り込みを防止し、前述の消衰係数を有する炭素膜を得る観点から、少ない方が好ましい。また、sp成分の比率を小さくし、硬度の高い膜を得る観点からも、不活性ガスの導入が少ない方が好ましい。
成膜時における基材の温度は、通常、アーク放電の電流に応じて決まり、当該電流が大きいほど高くなる傾向になる。また、成膜時の基材の温度が高すぎると、所望の物性を有する炭素膜が製造されないことがある。炭素膜の所望の物性を実現する観点から、成膜中の基材の温度が、100℃を超えないように適宜に決めてよい。なお、基材の温度が100℃を超えないように、成膜を途中で中断して基材の温度を下げる冷却工程を実施してもよい。
同様に、アーク放電の電流は、炭素膜の所望の物性を実現する観点から、30~80Aの範囲から適宜に決めてよい。電流が大きいと、基材の温度を上記の温度範囲に保つために、冷却工程を長くするか、あるいは成膜と冷却とを短時間で繰り返す必要がある。また、成膜雰囲気の圧力は、アーク放電による炭素の真空蒸着を実現可能な範囲において適宜に決めることができ、例えば0.001~0.01Paの範囲から適宜に決めてよい。
〔摺動部材〕
本発明の一実施形態における摺動部材は、オイルの存在下での摺動に供される摺動部材であって、その表面における摺動する部分に、本実施形態の炭素膜を有する。摺動部材は、本実施形態の炭素膜と、当該炭素膜をその表面に担持する基材とによって構成され得る。
基材は、摺動部材として用いられる部材であればよい。基材の材料および形状は、摺動部材として用いられる範囲において適宜に決めることができる。また、基材の少なくとも炭素膜を担持する部分は、炭素膜を直接形成する観点から、導電性を有することが好ましい。基材の材料の例には、鉄、鋳鉄、超硬合金、クロムモリブデン鋼、ステンレス鋼およびアルミニウム合金が含まれる。
また、基材は、少なくとも炭素膜を担持する部分に、硬度を高める処理が施されてもよい。たとえば、基材は、少なくとも炭素膜を担持する部分に、硬質皮膜またはめっき層を有していてもよい。硬質皮膜の例には、金属窒化物の被膜、金属炭窒化物の被膜、および、金属炭化物の被膜が含まれ、金属窒化物の例には、窒化クロムおよび窒化チタンが含まれる。あるいは、基材が鉄系材料の場合では、基材の当該部分には、焼入焼戻しなどの硬化処理、浸炭処理、または窒化処理が施されてもよい。
さらに、基材は、炭素膜をより強固に担持する観点から、基材と炭素膜との間に、層間接着強度を高めるための中間層を設けてもよい。中間層の材料の例には、Cr、Ti、Co、V、MoおよびWからなる群から選ばれる一つ以上の元素、それらの炭化物、窒化物および、炭窒化物、ならびに、SiC、からなる群から選ばれる一以上の成分が含まれる。
中間層は、アークイオンプレーティング法、スパッタリング法およびプラズマCVD法などの公知の方法によって、基材の表面に形成することが可能である。中間層の厚さは、基材の表面および炭素膜との両方に対して十分な密着性を発現する範囲において適宜に決めることができ、例えば、0.010~0.6μmの範囲において適宜に決めてよい。
本実施形態の摺動部材は、オイルの存在下で高速で摺動する部材として優れた摺動性と耐久性とを発現する。本実施形態の摺動部材は、オイルの存在下で高速で摺動する用途で用いられる部材であることが好ましく、当該摺動部材の例には、自動車部品および機械部品が含まれる。自動車部品の例には、カム、シム、バルブリフタ、プランジャおよびピストンリングが含まれる。機械部品の例には、シャフト、ベアリングおよび歯車が含まれる。
なお、摺動部材の使用時に介在するオイルは、限定されないが、通常、潤滑油である。当該オイルは、液体であっても固体であってもよく、その成分も限定されない。当該オイルは、摺動部材の用途に応じて適宜に決めることができる。たとえば、摺動部材が内燃機関のエンジン内の部品である場合では、当該オイルは、エンジンオイルである。
〔作用効果〕
本実施形態の炭素膜において、sp結合の比率は1%以上25%以下であり、波長632.8nmにおける消衰係数は0.02以上0.04以下であり、水素含有量は5原子%以下である。実施例で後述するように、本実施形態の炭素膜は、上記の物性を有することから、特にオイル存在下の高速摺動において、優れた低摩擦性および耐摩耗性を呈する。
また、本実施形態の炭素膜は、十分に高い硬度と十分な膜厚とを有することにより、使用時に摺動する種々の機械部品に適用することができる。
このような炭素膜を少なくとも摺動する部分に有することにより、上記の機械部品に好適な摺動部材を構成することが可能である。
〔まとめ〕
本発明の実施形態における炭素膜は、sp結合およびsp結合からなる群から選ばれる結合によって炭素原子が結合して構成される。そして、炭素膜を構成する炭素原子が有する全結合におけるsp結合の比率は、1%以上、25%以下であり、波長632.8nmにおける消衰係数は、0.02以上、0.04以下であり、水素含有量は、5原子%以下である。よって、本発明の実施形態は、オイル中のすべり速度1m/sを超える高速摺動において耐摩耗性および低摩擦性に優れる炭素膜を提供することができる。
本発明の実施形態の炭素膜において、水素含有量が3原子%以下であることは、炭素膜の機械的特性を十分に発現させる観点からより一層効果的である。
本発明の実施形態の炭素膜において、硬度が40GPa以上80GPa以下であることは、炭素膜の所期の用途に応じた機械的特性を十分に発現させる観点からより一層効果的である。
本発明の実施形態の炭素膜において、膜厚が0.03μm以上50μm以下であることは、炭素膜を所期の用途で適用する観点からより一層効果的である。
本発明の実施形態における摺動部材は、オイルの存在下での摺動に供される摺動部材であり、その表面における摺動する部分に上記の炭素膜を有する。よって、本発明の実施形態は、耐摩耗性および低摩擦性に優れる炭素膜および摺動部材を提供することができる。
本発明は上述した各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
〔基材の準備〕
前述の基材として、基板(円板状、材質SCM415、径:32mm、厚さ:3mm)を用意した。
〔実施例1〕
上記の基板を洗浄し、当該基板に付着していた防錆油などの汚れを除去した。洗浄した基板を成膜治具に取り付け、当該成膜治具を、真空アーク蒸着装置の成膜室(チャンバ)に設置した自公転ターンテーブルの一軸に設置した。そして、チャンバの圧力が0.05Paになるまでチャンバ内を真空排気した後、チャンバ内のヒータにより、基板を180℃で30分間加熱した。その後、ヒータによる加熱をやめ、チャンバの圧力が0.002Paになるまでチャンバ内を排気した。
チャンバ内にアルゴンガスを5sccmで流し、基板にバイアス電圧を-700V印加した状態で、クロムカソードにアーク電流45Aを3分間流し、クロムイオンにより基板の表面をエッチングした。
チャンバ内の圧力が0.001Pa以下になるまで真空排気した後、アーク放電の放電電流を40Aとして、アーク放電によって炭素カソード(炭素98原子%以上)を蒸発させながら基板の表面に炭素膜1を形成した。炭素膜1の製造時における基板のバイアスは-50Vであり、基板の温度が100℃を超えないように、途中で成膜を中断し、成膜と冷却を繰り返しながら、膜厚が約1μmになるように炭素膜を形成した。
〔実施例2〕
炭素膜成膜時の基板の温度が70℃を超えないように、成膜と冷却を繰り返した以外は、実施例1と同様にして基板の表面に炭素膜2を形成した。
〔実施例3〕
炭素膜成膜時の基板の温度が55℃を超えないように、成膜と冷却を繰り返した以外は、実施例1と同様にして基板の表面に炭素膜3を形成した。
〔実施例4〕
炭素膜成膜時のアーク放電時にアルゴンガスを2sccmの流量でチャンバに導入し、基板バイアス電圧を0Vとする以外は、実施例1と同様にして基板の表面に炭素膜4を形成した。
〔比較例1〕
炭素膜成膜時のアーク放電時にアルゴンガスを8sccmの流量でチャンバに導入し、基板冷却のための中断を行わず連続で成膜する以外は、実施例1と同様にして基板の表面に炭素膜C1を形成した。炭素膜C1の製造時における基板の最高温度は178℃であった。
〔比較例2〕
炭素膜成膜時のアーク放電の放電電流を80Aとし、アーク放電時にアルゴンガスを8sccmの流量でチャンバに導入し、基板のバイアスを-150Vとし、基板冷却のための中断を行わず連続で成膜する以外は、実施例1と同様にして基板の表面に炭素膜C2を形成した。炭素膜C2の製造時における基板の最高温度は250℃であった。
〔比較例3〕
炭素膜成膜時の基板のバイアス電圧を0Vとし、基板冷却のための中断を行わず連続で成膜する以外は、実施例1と同様にして基板の表面に炭素膜C3を形成した。炭素膜C3の製造時における基板の最高温度は150℃であった。
〔評価〕
実施例1~4および比較例1~3で得られた炭素膜1~4およびC1~C3について、以下の項目の評価を行った。
(1)sp結合比率
炭素膜のsp結合とsp結合との比率を、走査透過型電子顕微鏡を用いる電子エネルギー損失分光法(TEM-EELS)により測定した。
より具体的には、炭素膜について、0.3eV以下のエネルギー間隔にて電子エネルギー損失スペクトルデータを取得し、284.1~285.6eVの積分強度(Sπ)および292.8~294.3eVの積分強度(Sσ)を求めた。
また、グラファイトおよびダイヤモンドについて、別途、同様に電子エネルギー損失スペクトルデータを取得した。そして、グラファイトの284.1~285.6eVの積分強度(Sgπ)および292.8~294.3eVの積分強度(Sgσ)を求めた。また、ダイヤモンドの284.1~285.6eVの積分強度(Sdπ)および292.8~294.3eVの積分強度(Sdσ)を求めた。
上記で得られた積分強度から、下記式(1)より、炭素膜のsp結合の比率を算出した。
sp結合の比率〔%〕=[(Sgπ/Sgσ)-(Sπ/Sσ)]/[(Sgπ/Sgσ)-(Sdπ/Sdσ)]×100 (1)
また、下記式(2)より、炭素膜のsp結合の比率を算出した。
sp結合の比率〔%〕=100-sp結合の比率〔%〕 (2)
(2)炭素膜の消衰係数
炭素膜の消衰係数の測定には、FILMETRICS株式会社の光干渉式膜厚計を用いた。炭素膜の光学定数のモデルには、Cauchyを用い、測定タイプは反射率測定、入射角は0度、偏光はTEとし、Fitting Errorが0.001以下になるまで、フィッティングを行い、炭素膜の波長632.8nmにおける消衰係数を求めた。
(3)炭素膜の水素含有量
基板の平滑な面に形成された炭素膜に対してRBS/HFS分析法を適用し、炭素膜の水素含有量を測定した。基板における同一の平滑な面に形成された炭素膜から測定された3点の測定値の平均値を算出し、当該炭素膜の水素含有量とした。
(4)炭素膜の硬度
炭素膜の硬度は、株式会社エリオニクス製ナノインデンターENT1100aを用い、荷重300mgf(2.94mN)、荷重分割数500ステップ、荷重負荷時間1秒間の条件で測定した。
(5)摩擦係数および摩耗深さ
炭素膜を有する基板を用いて、以下の試験条件下で摩擦摩耗試験を行い、基板上の炭素膜で摺動するように、低速摺動下(10rpm)および高速摺動下(600rpm)における炭素膜の摩擦係数および摩耗深さを測定した。表2には、600rpmの摩擦係数および摩耗深さを示す。摩擦係数は60分間の試験中の平均値である。なお、上記の低速摺動における基板の移動速度は21mm/秒であり、上記の高速摺動における基板の移動速度は1257mm/秒である。600rpmの摩擦係数が0.030以下であれば、エンジン油存在下での高速摺動において優れた低摩擦性を有すると判断することができる。
(試験条件)
試験装置:ブロックオンリング式回転摺動試験装置(リングが一方向に回転)
リング:材質FCD600(JIS G 5502準拠 球状黒鉛鋳鉄品)、外径40mm、内径30mm、幅20mm
回転数:10rpmおよび600rpm
試験時間:60分間
試験温度:40~50℃
面圧:0.23MPa
潤滑油:基板上の炭素膜の表面に、5秒間に1滴の速度で、潤滑油(0W-20、MoDTC含有)を滴下
600rpmで60分間の試験を行ったのちに、基板上の炭素膜の表面に形成されたリング幅20mmの摺動痕を垂直に横切るように、未摺動部から摺動部、再び未摺動部にかけて触針式表面粗さ計の針を走査し、未摺動部と摺動部との段差を測定した。測定は、1つの摺動痕に対し3箇所行い、段差の平均値を当該炭素膜の摩耗深さとした。摩耗深さが0.04μm以下であれば、エンジン油存在下での高速摺動において優れた耐摩耗性を有すると判断することができる。
炭素膜1~4およびC1~C3の製造条件を表1に示す。また、炭素膜1~4およびC1~C3の物性、および高速での摩擦摩耗試験結果を表2に示す。さらに、炭素膜1および炭素膜C1の、低速摺動下および高速摺動下における摩擦係数を表3に示す。
Figure 0007302878000001
Figure 0007302878000002
Figure 0007302878000003
〔考察〕
表1から明らかなように、炭素膜1~4は、いずれも、エンジン油存在下での高速摺動において優れた低摩擦性と耐摩耗性とを有している。
中でも、炭素膜3は、低摩耗性および耐摩耗性のいずれにもより優れている。これは、sp2結合比率が小さく、また消衰係数が低いため、と考えらえる。
さらに表3から明らかなように、炭素膜1および炭素膜C1は、低速での摺動では、実質的に同じ摩擦係数を示すが、炭素膜1の高速摺動での摩擦係数は、炭素膜C1のそれに比べて明らかに低い。したがって、炭素膜1は、従来の炭素膜に比べて、特に高速の摺動での低摩擦性に優れていることが分かる。
これに対して、炭素膜C1および炭素膜C3は、耐摩耗性は良好であったが、低摩擦性が不十分であった。これは、炭素膜C1については炭素膜のsp結合の比率および消衰係数のいずれもが高すぎるため、と考えられる。炭素膜C3については、消衰係数は低いもののsp結合の比率が高いため、と考えられる。これらの結果から、良好な低摩擦性を示すにはsp結合の比率と消衰係数の両方が、本発明の範囲の低い値を満たす必要があると考えられる。
また、炭素膜C2は、低摩擦性、耐摩耗性のいずれもが不十分であった。これは、炭素膜C2における炭素膜のsp結合の比率、消衰係数の両方が高すぎるとともに、膜硬度が低すぎたため、と考えられる。
本発明は、油の存在下での高速摺動において高い低摩擦性、高い耐久性を必要とする部品に好適であり、このような部品を用いる技術分野のさらなる拡大および発展に寄与することが期待される。

Claims (5)

  1. sp結合およびsp結合からなる群から選ばれる結合によって炭素原子が結合して構成される炭素膜であって、
    前記炭素膜を構成する炭素原子が有する全結合における前記sp結合の比率は、1%以上、25%以下であり、
    波長632.8nmにおける消衰係数は、0.02以上、0.04以下であり、
    水素含有量は、5原子%以下である、炭素膜。
  2. 前記水素含有量は、3原子%以下である、請求項1に記載の炭素膜。
  3. 硬度は、40GPa以上、80GPa以下である、請求項1または2に記載の炭素膜。
  4. 膜厚は、0.03μm以上、50μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の炭素膜。
  5. オイルの存在下での摺動に供される摺動部材であって、その表面における摺動する部分に請求項1~4のいずれか一項に記載の炭素膜を有する摺動部材。
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