本発明に係るピストンリングについて、図面を参照しつつ説明する。本発明は、その技術的特徴を有する限り、以下の実施形態に限定されない。
本発明に係るピストンリング10は、図1〜図4に示すように、ピストンリング基材1の少なくとも外周摺動面11上に形成された硬質炭素膜4を有している。そして、その硬質炭素膜4が、積層膜又は単層膜であり、珪素が2原子%以上、12原子%以下の範囲内で含まれている。さらに、この硬質炭素膜4は、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSスペクトルで測定されたsp2成分比が、40%以上80%以下の範囲内である。こうした硬質炭素膜4は、フリクションが低く、高い耐摩耗性を有している。なお、この硬質炭素膜4は、水素含有量が5原子%未満の水素フリー膜である。
以下、ピストンリングの構成要素について詳しく説明する。
(ピストンリング基材)
ピストンリング基材1としては、ピストンリング10の基材として用いられている各種のものを挙げることができ、特に限定されない。例えば、各種の鋼材、ステンレス鋼材、鋳物材、鋳鋼材等を適用することができる。これらのうち、マルテンサイト系ステンレス鋼、クロムマンガン鋼(SUP9材)、クロムバナジウム鋼(SUP10材)、シリコンクロム鋼(SWOSC−V材)等を挙げることができる。
ピストンリング基材1には、予め窒化処理を施して窒化層(図示しない)が形成されていてもよい。又は、予めCr−N系、Cr−B−N系、Cr−B−V−N系、Cr−B−V−Ti−N系、Ti−N系等の耐摩耗性皮膜(図示しない)を形成してもよい。なかでも、Cr−N系、Cr−B−N系、Cr−B−V−N系、Ti−N系等の耐摩耗性皮膜を形成することが好ましい。なお、本発明に係るピストンリング10は、こうした窒化処理やCr系又はTi系の耐摩耗性皮膜を設けなくても優れた耐摩耗性を示すので、窒化処理やCr系又はTi系の耐摩耗性皮膜は必須の構成ではなく、必要に応じて設けることができる。
ピストンリング基材1には、必要に応じて前処理を行ってもよい。前処理としては、表面研磨して表面粗さを調整することが好ましい。表面粗さの調整は、例えばピストンリング基材1の表面をダイヤモンド砥粒でラッピング加工して表面研磨する方法等で行うことが好ましい。こうした表面粗さの調整によって、ピストンリング基材1の表面粗さをJIS B 0601(2001)、ISO 4287:1997における算術平均粗さRaで0.02μm以上、0.07μm以下の好ましい範囲内に調整することができる。このように調整したピストンリング基材1は、後述する硬質炭素下地膜3を形成する前の前処理として、又は、硬質炭素下地膜3を形成する前に予め設ける下地膜2の前処理として、好ましく適用することができる。
(下地膜)
ピストンリング基材1には、図4に示すように、チタン又はクロム等の下地膜2が設けられていてもよい。下地膜2は、必ずしも設けられていなくてもよく、その形成は任意である。チタン又はクロム等の下地膜2は、各種の成膜手段で形成することができる。例えば、チタン又はクロム等の下地膜2は、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等の成膜手段を適用することができる。下地膜2の厚さは特に限定されないが、0.05μm以上、2μm以下の範囲内であることが好ましい。なお、下地膜2は、ピストンリング10がシリンダライナ(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成されることが好ましい。しかし、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13、内周面14に形成されていてもよい。
下地膜2の形成は、例えば、ピストンリング基材1をチャンバ内にセットし、チャンバ内を真空にした後、予熱やイオンクリーニング等を施して不活性ガスを導入し、真空蒸着法やイオンプレーティング法等の手段によって行うことができる。
この下地膜2は、図4に示すように、ピストンリング基材1上に直接形成されていてもよいし、上述した、その下地膜2上には、後述する硬質炭素下地膜3が形成されていることが望ましい。下地膜2は、ピストンリング基材1と、硬質炭素下地膜3及び硬質炭素膜4との密着性を向上させ、その下地膜2上に硬質炭素下地膜3を形成することによって、その硬質炭素下地膜3を低速成膜する場合の核形成や核成長をより一層抑制することができる。その結果、その硬質炭素下地膜3上に形成する硬質炭素膜4を表面凹凸の小さい平滑な膜として形成できる。
(硬質炭素下地膜)
硬質炭素下地膜3は、ピストンリング基材1上に設けられていることが好ましい。具体的には、硬質炭素下地膜3は、ピストンリング10がシリンダライナ(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成されることが好ましい。しかし、その他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13、内周面14にも任意に形成できる。
硬質炭素下地膜3は、図1〜図3に示すように、ピストンリング基材1上に直接設けられていてもよいし、上述した窒化処理後の表面や耐摩耗性皮膜上に設けられていてもよいし、図4(A)(B)に示すように、上述したチタン又はクロム等の下地膜2上に設けられていてもよい。なお、その硬質炭素下地膜3の上には、後述する硬質炭素膜4が他の膜を介在させないで直接設けられていることが好ましい。
硬質炭素下地膜3は、珪素を含む後述の硬質炭素膜4の成分と同じ硬質炭素膜であってもよいし、硬質炭素膜4よりも珪素含有量が少ない硬質炭素膜であってもよいし、珪素を含まない硬質炭素膜であってもよい。この硬質炭素下地膜3は、硬質炭素膜4を形成する前段階の工程で成膜されることから、珪素を含む後述の硬質炭素膜4の成分と同じであることが製造のし易さの観点と耐摩耗性の向上の観点からは有利であるがこれに限定されない。
硬質炭素下地膜3は、通常、カーボンターゲットを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法等の成膜手段で形成することができる。例えば真空アーク放電によるイオンプレーティング法(以下、「アークイオンプレーティング法」という。)で硬質炭素下地膜3を成膜する場合、具体的には、ピストンリング基材1、又は予め耐摩耗性皮膜や下地膜2等が設けられたピストンリング基材1をチャンバ内にセットし、そのチャンバ内を真空にした後、カーボンターゲットからカーボンプラズマを放出させて成膜することができる。なお、珪素を含有する硬質炭素下地膜3は、珪素を含有するカーボンターゲットを用いて成膜することによって得ることができる。カーボンターゲット中の珪素の含有量は、成膜後の硬質炭素下地膜3に含まれる珪素の含有量が所望の範囲内になるように設定される。例えば、後述する硬質炭素膜4と同様、珪素を2原子%以上、12原子%以下の範囲内で含有させようとする場合には、含有量が上記範囲内になるように、カーボンターゲットに所定量の珪素を含有させればよい。
なお、硬質炭素下地膜3は、後述する硬質炭素膜4の成膜条件のうち、成膜速度を低下させるように制御して形成してもよい。すなわち、低速成膜条件で成膜してもよい。成膜条件を低下させる方法としては、アークイオンプレーティング法において、アーク電流を下げる手段を挙げることができる。なかでも、アーク電流が40A〜100Aの範囲内、パルスバイアス電圧が−2000V〜−100Vの範囲内のアークイオンプレーティング法で成膜することが好ましい。
この硬質炭素下地膜3を成膜速度を下げて成膜するときの上記したアーク電流は、後述する硬質炭素膜4を成膜する際のアーク電流よりも小さい。そのため、ピストンリング基材1上に硬質炭素下地膜3を成膜しないで硬質炭素膜4を成膜する場合に起こり易い急激なアーク電流の増加による密着不良を抑制することができるという利点がある。さらに、小さいアーク電流での硬質炭素下地膜3の成膜は、核形成を抑制できるとともに核成長も抑制でき、マクロパーティクルが増加するのを抑えることができるという利点もある。こうしたマクロパーティクルの増加の抑制は、後述する硬質炭素膜4を、硬質炭素下地膜3の影響を受けない表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。
アーク電流を低下させる場合は、硬質炭素膜4の形成時のアーク電流値の80%以下のアーク電流値にすることが好ましい。80%以下のアーク電流値で形成したときに、硬質炭素下地膜3としての機能を効果的に発現することができる。すなわち、低速成膜条件で形成された硬質炭素下地膜3は、核形成が抑制されるとともに核成長も抑制される。そのため、その硬質炭素下地膜3上に形成される硬質炭素膜4は、急激なアーク電流の増加による密着不良を抑制でき、さらに硬質炭素膜4におけるマクロパーティクルが増加するのを抑制することができる。マクロパーティクルの増加の抑制は、硬質炭素膜4を、硬質炭素下地膜3の影響を受けない表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。その結果、硬質炭素膜4の耐摩耗性を向上させることができる。なお、このときのアーク電流値は、硬質炭素下地膜3として好ましく作用させるために、硬質炭素膜4の形成時のアーク電流値の50%を下限とすることが好ましい。
低速成膜条件で形成された硬質炭素下地膜3の上記の作用は、硬質炭素下地膜3が厚さ0.05μm以上0.5μm以下の範囲内で効果的に実現することができる。硬質炭素下地膜3の厚さが0.05μm未満のように薄すぎると、硬質炭素膜4におけるマクロパーティクルの抑制効果が得られないという難点がある。一方、硬質炭素下地膜3の厚さが0.5μmを超えるように厚すぎると、硬質炭素下地膜3の成膜が遅くなり、コスト高になるという難点がある。
こうして成膜される硬質炭素下地膜3の硬度は、ビッカース硬さで2000HV0.05〜4000HV0.05程度の範囲内になっている。なお、上記した厚さ範囲の硬質炭素下地膜3は薄すぎ、それ自体のビッカース硬度測定は困難であるので、同じ成膜条件で5μm程度に厚く形成した場合のビッカース硬度(JIS B 7725、ISO 6507)で評価した。その測定は、ビッカース硬さ試験機(株式会社フューチュアテック製)等を用いて測定することができ、「HV0.05」は、50gf荷重時のビッカース硬度を示すことを意味している。また、この硬質炭素下地膜3の硬さをナノインデンテーション法で測定したとき、そのインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)で、20GPa以上、45GPa以下の範囲内になっている。ナノインデンテーション法での測定は、例えば、株式会社エリオニクス製のナノインデンテーションを用いて測定することができる。
(硬質炭素膜)
硬質炭素膜4は、図1、図2及び図4(A)に示すように、ピストンリング10がシリンダライナ(図示しない)に接触して摺動する外周摺動面11に少なくとも形成される。なお、硬質炭素膜4は、外周摺動面11以外の他の面、例えばピストンリング10の上面12、下面13、内周面14にも任意に形成されていてもよい。
硬質炭素膜4は、積層膜でも単層膜でもよい。積層膜の場合は、複数の層からなるもの(ナノ積層膜ともいう。)であり、厚さが同じ層又は厚さが異なる層が積層された膜であってもよいし、徐々に厚くなる又は薄くなるように積層された傾斜膜であってもよいし、厚い層と薄い層とが交互又は定期的に積層されている膜であってもよいし、それ以外の種々の積層態様からなる積層膜であってもよい。積層膜を構成する個々の層の厚さは特に限定されないが、1層あたり1nm以上、20nm以下の範囲内であることが好ましく、3nm以上、10nm以下の範囲内であることがより好ましい。こうした薄い層が積層された積層膜である硬質炭素膜4は、耐摩耗性に優れている。
積層膜又は単層膜からなる硬質炭素膜4の総厚さは、0.5μm以上、20μm以下の範囲内であることが好ましい。硬質炭素膜4の総厚さは、0.5μm以上、2μm未満の範囲内の比較的薄い範囲としてもよいし、2μm以上、20μm以下の範囲内の比較的厚い範囲としてもよい。硬質炭素膜4の総厚さが薄くても初期なじみ性を向上させ、かつ、耐摩耗性を向上させることができるが、その総厚さが厚いと、その効果がさらに持続するという利点がある。
積層膜からなる硬質炭素膜4は、アーク電流が80A(ただし、硬質炭素下地膜3のアーク電流よりも大きい。)〜120Aの範囲内、パルスバイアス電圧が−2000V〜−100Vの範囲内のアークイオンプレーティング法で成膜することが好ましい。図6は、積層膜からなる硬質炭素膜4の断面TEM像である。こうした積層膜は、例えば、経時的にアーク電流やバイアス電圧等の成膜条件を繰り返し変化させることにより成膜することができる。
図6に示す積層膜には、定期的に薄い白色層が存在している。この白色層は、sp2成分がsp3成分よりも多く、sp2成分比(sp2/(sp2+sp3))がリッチな層であり、具体的には、この層は、sp2成分比(sp2/(sp2+sp3))が50%以上60%以下の層である。この白色層は、ダイヤモンド構造よりもグラファイト構造がリッチな層であり、膜応力を緩和するという性質を有することから、積層膜からなる硬質炭素膜4の膜靱性を向上させることができるという効果があると考えられる。
積層膜からなる硬質炭素膜4は、2種以上の異なるバイアス電圧をパルス状に交互に加えて成膜することができ、図6に示すような積層形態とすることができる。その例としては、1)所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加することができ、例えば、−140Vの低バイアス電圧と−220Vの高バイアス電圧とをパルス状に交互に加えて成膜してもよい。2)所定の低バイアス電圧と漸増するバイアス電圧とをパルス状に交互にパルス電圧として印加することができ、例えば、−140Vの低バイアス電圧と、−220Vから−160Vずつ漸増する高バイアス電圧とをパルス状に交互に加えて成膜してもよい。3)所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加することができ、例えば、−140Vの低バイアス電圧と−220Vの高バイアス電圧と−150Vの低バイアス電圧と−1800Vの高バイアス電圧とをそのサイクル順でパルス状に加えて成膜してもよい。なお、2種以上の異なるバイアス電圧をパルス状に交互に加えて成膜する例は、上記1)〜3)に限定されず、他の例を適用してもよい。なお、積層膜の厚さは、上記した範囲内になるようにパルスバイアス電圧の繰り返し数が設定される。
なお、図6に示す積層膜に表れている薄い白色層は、上記のように、ダイヤモンド構造よりもグラファイト構造がリッチな層である。こうした白色層は、例えばバイアス電圧を大きくして形成したり、高バイアス電圧と低バイアス電圧とを交互に印加する場合に高バイアス電圧の印加時間を長くして形成したりすることができる。図6に示すように定期的に一定間隔で形成すれば膜靱性の向上の点では好ましいが、不定期に存在させてもよいし、定期的又は不定期な白色層が無くても膜靱性をある程度担保できる場合には、白色層は形成されなくてもよい。
単層膜からなる硬質炭素膜4は、アーク電流が80A(ただし、硬質炭素下地膜3のアーク電流よりも大きい。)〜120Aの範囲内、パルスバイアス電圧が−2000V〜−100Vの範囲内のアークイオンプレーティング法で成膜することができる。単層膜は、例えば、アーク電流やパルスバイアス電圧等の成膜条件を経時的に一定にして成膜することができる。なお、単層膜の用語は、積層膜のような明確な積層形態がTEM像等で観察できない傾斜膜も含む意味で用いており、例えば、アーク電流やバイアス電圧等の成膜条件を徐々に変化させた傾斜膜も含まれる。
本発明では、こうした硬質炭素膜4が珪素を含有することにより、フリクション(機械的摩擦損失)を低くでき、耐摩耗性を格段に向上させることができる。硬質炭素膜4中の珪素は、2原子%以上、12原子%以下の範囲内で含まれていることが好ましい。なお、珪素の含有量が2原子%未満では、耐摩耗性が格段に高まるということはできなかった。また、珪素の含有量を12原子%を超えるように含有させることは、それ自体が難しかった。より好ましい珪素含有量は、含有量の増加によって成膜速度が低下してしまうという製造上の理由により、2原子%以上、10原子%以下の範囲とすることができる。なお、硬質炭素膜4中の珪素の含有量は、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)による定量分析法で測定した結果で表している。
珪素を含有する硬質炭素膜4は、珪素を含有するカーボンターゲットを用いて成膜することによって得ることができる。カーボンターゲット中の珪素の含有量は、成膜後の硬質炭素膜4に含まれる珪素の含有量が上記範囲内になるように設定され、含有量が2原子%以上、12原子%以下の範囲内になるように、カーボンターゲットに所定量の珪素を含有させる。
硬質炭素膜4は、実質的に水素を含有しておらず、例えば5原子%未満であり、本発明での成膜方法では、通常、2原子%以下となる。水素含有量の下限は特に限定されないが、含まれない(0原子%)か0.1原子%程度である。本発明においては、この硬質炭素膜4の形成と上記した硬質炭素下地膜3の形成において、水素成分を含まない条件で成膜している。硬質炭素下地膜3と硬質炭素膜4の形成は、珪素を含むカーボンターゲットを用いたアークイオンプレーティング法で好ましく成膜できる。その結果、成膜工程に水素や水素化物を含まないので、硬質炭素下地膜3と硬質炭素膜4は、その中に水素成分を実質的に含まないか、又は不可避的に含まれているにすぎない。「実質的に含まない」又は「不可避的に含まれている」の程度とは、硬質炭素下地膜3や硬質炭素膜4に含まれる水素含有量が5原子%未満であることを意味している。なお、水素含有量は、硬質炭素膜4の全体としての含有量を意味する。硬質炭素膜4中の水素含有量は、RBS/HFS分析法で測定した結果で表している。RBSは、ラザフォード後方散乱分析(Rutherford Backscattering Spectrometry)の略であり、HFSは、水素前方散乱分析(Hydrogen Forward Scattering)の略である。
硬質炭素膜4には、製法上、酸素も実質的には含まれず、例えば酸素は5原子%未満であり、本発明での成膜方法では、通常は2原子%以下となる。酸素が実質的に含まれない理由は、硬質炭素膜4の成膜工程に酸素や酸化物を含まないからである。すなわち、この硬質炭素膜4は、炭素と珪素の他は、工程中に不可避的に含まれる不可避不純物だけであり、水素も酸素も実質的に含まれない。なお、酸素含有量は硬質炭素膜4の全体としての含有量を意味し、任意の1点を分析すれば不可避的に混入した酸素が5原子%以上の部分が存在する場合もある。硬質炭素膜4中の酸素含有量は、TEM−EDX半定量法で測定した結果で表している。EDXは、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)の略である。
硬質炭素膜4が積層膜の場合、積層膜を構成する複数の層間に、珪素を含まない炭素膜が存在していてもよい。珪素を含まない炭素膜は、成膜条件を調整して形成することが可能であり、珪素を含む個々の硬質炭素膜の応力を緩和する等の効果がある。なお、この炭素膜の厚さは特に限定されないが、例えば2nm以上、10nm以下の範囲内とすることができる。
硬質炭素膜4は、低速成膜条件で形成して核形成や核成長を抑制し且つマクロパーティクルの増加を抑えた硬質炭素下地膜3の上に直接設けられているので、表面凹凸の小さい平滑な膜として形成することができる。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル量は、面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内である。その結果、耐摩耗性と初期なじみ性を優れたものとすることができる。マクロパーティクル量が面積割合で10%を超えると、表面の凹凸が大きくなり、優れた耐摩耗性を実現することができないことがある。一方、マクロパーティクル量が面積割合で0.1%未満の場合は、優れた耐摩耗性を実現することができるが、成膜自体が難しいことがあり、製造管理とコスト面でやや難点がある。なお、図5は、マクロパーティクルを示す実施例1の硬質炭素膜(珪素含有硬質炭素膜)の表面写真である。
マクロパーティクル量の面積割合は、レーザーテック株式会社製の共焦点顕微鏡(OPTELICS H1200)を用いて画像解析を行って得ることができる。具体的には、ピストンリング外周を撮影し(対物レンズ100倍、モノクロコンフォーカル画像)、自動二値化を実施して行った。閾値決定法は、判別分析法で行い、研磨キズ等を除外するように調整を行った上で二値化された画像から面積率を抽出した。マクロパーティクルの面積割合は、皮膜の任意の箇所を5点測定し、その平均値とした。
本発明では、積層膜又は単層膜からなる硬質炭素膜4を硬質炭素下地膜3上に設けることにより、皮膜剥がれをより一層抑制できるという利点がある。その理由は、積層膜の場合では、異なる2種以上のバイアス電圧のうち低いバイアス電圧で成膜された膜が応力緩和膜として機能することから、ピストンリング基材1と硬質炭素下地膜3との界面に加わる負荷を軽減するように作用する。また、下地膜2が形成されている場合には、下地膜2と硬質炭素下地膜3との界面に加わる負荷を軽減するように作用する。また、単層膜(傾斜膜を含む。)の場合も、比較的低いバイアス電圧で成膜するので、応力緩和膜として機能し、ピストンリング基材1と硬質炭素下地膜3との界面に加わる負荷を軽減するように作用する。
こうした硬質炭素膜4を設けたピストンリング10では、温度が加わって当たりが強くなる合い口部で好ましく適用でき、その合口部での硬質炭素膜4からなる皮膜剥離を無くすことができる点で特に好ましい。
硬質炭素膜4の硬度は、ビッカース硬さで1000HV0.05〜2000HV0.05程度の範囲内になっている。また、硬質炭素膜4の硬さは、ナノインデンテーション法で測定したときのインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)で、10GPa以上、25GPa以下の範囲内になっている。なお、ビッカース硬度(JIS B 7725、ISO 6507)は、微小ビッカース硬さ試験機(株式会社フューチュアテック製)等を用いて測定することができ、「HV0.05」は、50gf荷重時のビッカース硬度を示すことを意味している。また、ナノインデンテーション法での測定は、上記同様、例えば株式会社エリオニクス製のナノインデンテーションを用いて測定することができる。
硬質炭素膜とは、グラファイトに代表される炭素結合sp2結合と、ダイヤモンドに代表される炭素結合sp3結合とが混在する膜である。sp2成分比とは、硬質炭素膜のグラファイト成分(sp2)及びダイヤモンド成分(sp3)に対するグラファイト成分(sp2)の成分比(sp2/(sp2+sp3))を示すものである。なお、透過型電子顕微鏡(TEM)観察において、sp2成分がリッチな層は、sp3成分がリッチな層に比べて相対的に白く見える。
硬質炭素膜4は、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSによる測定により、sp2成分比が40%以上80%以下の範囲内であることが好ましい。sp2成分比が40%未満では、ダイヤモンド成分(sp3)が主になるため、膜質は、緻密であるが靱性が低く、硬質炭素膜の形成としては好ましくない。sp2成分比が80%を超えると、グラファイト成分(sp2)が主になるため、硬質炭素膜の形成が困難になり、好ましくない。好ましいsp2成分比としては、下記の表1に示すように、40%以上60%以下の範囲内を挙げることができる。こうした共有結合割合は、EELS分析装置(Gatan製、Model863GIF Tridiem)によって測定することができる。この測定は以下の手順で行うことができる。
(1)EELS分析装置によってEELSスペクトルを測定する。測定されたEELSスペクトルに対し、ピーク前を一次関数でフィットさせ、ピーク後を三次関数でフィットさせ、ピーク強度を規格化する。(2)その後、ダイヤモンドのデータとグラファイトのデータと照らし合わせ、ピークの開始位置を揃えてエネルギー校正を行う。(3)校正済みのデータに対し、280eV〜310eVの範囲内の面積を求める。(4)280eV〜295eVの範囲で2つのピーク(一つはsp2のピークであり、もう一つはCHやアモルファスのピークである。)に分離し、285eV付近のピーク面積を求める。(5)上記(3)の280eV〜310eVの範囲内の面積と、上記(4)の285eV付近のピーク面積をとる。この面積比について、グラファイトを100とし、ダイヤモンドを0とし、相対値からsp2成分比を求める。こうして求められた値を、sp2成分比としている。
なお、硬質炭素膜のsp2成分比については、膜の厚さ方向に等間隔で複数点を測定ポイントとして求め、評価する。その測定ポイントの数は特に限定されないが、後述の実施例に示すように10点であってもよい。本願において、複数の測定ポイントで得た「sp2成分比」については、膜の平均値で表している。
(最表面膜)
本発明では、必要に応じて、硬質炭素膜4上にさらに最表面膜5を設けてもよい。最表面膜5は、上記した硬質炭素膜4と同様、図3や図4(B)に示すように、薄い硬質炭素膜(ナノ薄膜)を積層したものであってもよいし、単層膜であってもよい。この最表面膜5によって、初期なじみ性をより高めるように作用させることができる。
最表面膜5が積層膜である場合は、上述した硬質炭素膜4と同様、アークイオンプレーティング法での高バイアス電圧処理と低バイアス電圧処理とを所定の間隔で複数回繰り返すことにより成膜することができる。例えば、アーク電流を硬質炭素膜4の成膜条件と同程度の100A〜150Aに維持したまま、パルスバイアス電圧を−2000V〜−800Vの範囲内の高バイアス電圧処理と、パルスバイアス電圧を−200V〜−100Vの範囲内の低バイアス電圧処理とを所定の間隔で複数回繰り返して成膜してもよい。所定の間隔とは、1秒以上10秒以下程度の間隔である。こうして形成された最表面膜5は、硬度が高く、靭性が増してクラックや欠けを防止するとともに、初期なじみ性が良好になる。
最表面膜5が単層膜である場合も、上述した硬質炭素膜4と同様、アークイオンプレーティング法でのバイアス電圧を一定又は徐々に変化させることにより成膜することができる。この最表面膜5においても、単層膜は傾斜膜を含む意味である。
最表面膜5の総厚さは、0.05μm以上、1μm以下程度の範囲内で形成される。最表面膜5の厚さが薄すぎると、初期なじみ性の効果が得られないという難点がある。一方、最表面膜5の厚さが厚すぎても、初期なじみ性の効果は変わらない。なお、最表面膜5が積層膜である場合の各層の厚さは、0.01μm以上、0.02μm以下程度の範囲内であり、その範囲内の厚さの層が複数積層されて構成されている。こうした最表面膜5の厚さは、透過型電子顕微鏡(TEM)で測定することができる。最表面膜5の工程処理後の最表面の硬度が、ビッカース硬さで2000HV0.05程度に形成されると好適である。
以上説明したように、本発明に係るピストンリング10は、積層膜又は単層膜である硬質炭素膜4が、珪素を上記範囲内で含むので、フリクションが低く、耐摩耗性をより一層高めることができる。
以下に、本発明に係るピストンリングについて、実施例と比較例と従来例を挙げてさらに詳しく説明する。
[実施例1]
C:0.55原子%、Si:1.35原子%、Mn:0.65原子%、Cr:0.70原子%、Cu:0.03原子%、P:0.02原子%、S:0.02原子%、残部:鉄及び不可避不純物からなるJIS規格でSWOSC−V材相当のピストンリング基材1を使用した。このピストンリング基材1上に、30μmのCr−N皮膜(耐摩耗性皮膜)をイオンプレーティング法にて成膜した。ラッピング研磨により表面粗さを調整し、その後、下地膜2として厚さ0.08μmのチタン膜をイオンプレーティング法にて不活性ガス(Ar)を導入して形成した。
下地膜2上に、アモルファス炭素膜からなる硬質炭素下地膜3を成膜した。成膜は、アークイオンプレーティング装置を用い、珪素を10原子%含有するカーボンターゲットを使用し、1.0×10-3Pa以下の高真空チャンバ内で、アーク電流90A、パルスバイアス電圧−130Vにて12分の条件で厚さ0.2μmになるように形成した。
その硬質炭素下地膜3上に、同じアークイオンプレーティング装置を用い、積層膜からなる珪素含有硬質炭素膜4を成膜した。この成膜は、アーク電流120Aとし、所定の低バイアス電圧と所定の高バイアス電圧とをパルス状に交互に印加して行った。具体的には、−150Vの低バイアス電圧と−1800Vの高バイアス電圧とを各1秒ずつ(計320分)パルス状に加えて成膜した。
硬質炭素膜4の総厚さは2.7μmであり、1層あたりの厚さは約3nmであった。硬質炭素膜4中の珪素は、EPMA定量分析で測定し、9.6原子%(20質量%相当)の含有量であった。硬質炭素膜4の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で1.5原子%であった。残部は炭素であり、約88.9原子%(約80質量%相当)であった。また、硬質炭素膜4の酸素含有量は、EDX半定量での測定結果で0.3原子%であった。それ以外は、不可避不純物である。
表1に示すように、sp2成分比は膜の厚さ方向に等間隔の10箇所について測定した。その結果、sp2成分比は45%〜56%の範囲内であり、平均は55%であった。なお、表1には、ピーク面積(285eV付近)、ピーク面積(280〜310eV)、sp2ピーク面積比についても併記した。
図6に示す積層膜からなる硬質炭素膜4は、定期的に薄い白色層(厚さが約5nm前後)が存在しているが、この白色層は、sp2成分比(sp2/(sp2+sp3))が50%以上60%以下のsp2成分リッチ層であった。この白色層は、ダイヤモンド構造よりもグラファイト構造がリッチな層であり、硬質炭素膜4の膜靱性を向上させることができるという効果があると考えられる。なお、この白色層は、上記のように、硬質炭素膜4を−150Vの低バイアス電圧と−1800Vの高バイアス電圧とをパルス状に加えて積層膜を成膜する過程で、定期的に−1800Vのバイアス電圧の印加時間を長くして形成されたものである。
硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル面積率は0.8%であった。図5は、硬質炭素膜4のマクロパーティクルを示す表面写真である。得られた硬質炭素膜4のビッカース硬さは1273HV0.05であった。測定は、ビッカース硬さ試験機(株式会社フューチュアテック製)を用いた。また、株式会社エリオニクス製のナノインデンテーションを用いて測定したときの硬質炭素膜4の表面硬さであるインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)は、13GPaであった。
[実施例2]
実施例1において、珪素を5原子%含有するカーボンターゲットを使用した。それ以外は、実施例1と同様にして、実施例2のピストンリングを得た。
硬質炭素膜4の総厚さは3.0μmであり、1層あたりの厚さは約5nmであった。硬質炭素膜4中の珪素は、EPMA定量分析で測定し、6.3原子%の含有量であった。硬質炭素膜4の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で1.3原子%であった。また、硬質炭素膜4の酸素含有量は、EDX半定量での測定結果で1.0原子%であった。それ以外は、不可避不純物である。積層膜からなる硬質炭素膜4は、実施例1と同様、図6に示すように、定期的に薄い白色層(厚さが約5nm前後)が存在していたが、この白色層もsp2成分比(sp2/(sp2+sp3))が50%以上60%以下のsp2成分リッチ層であった。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル面積率は1.7%であった。得られた硬質炭素膜4のビッカース硬さは1338HV0.05であった。硬質炭素膜4のインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)は、実施例1と同様にして評価し、14GPaであった。
[実施例3]
実施例1において、珪素を2原子%含有するカーボンターゲットを使用した。それ以外は、実施例1と同様にして、実施例3のピストンリングを得た。
硬質炭素膜4の総厚さは3.0μmであり、1層あたりの厚さは約10nmであった。硬質炭素膜4中の珪素は、EPMA定量分析で測定し、3.8原子%の含有量であった。硬質炭素膜4の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で1.3原子%であった。また、硬質炭素膜4の酸素含有量は、EDX半定量での測定結果で1.2原子%であった。それ以外は、不可避不純物である。積層膜からなる硬質炭素膜4は、実施例1と同様、図6に示すように、定期的に薄い白色層(厚さが約5nm前後)が存在していたが、この白色層もsp2成分比(sp2/(sp2+sp3))が50%以上60%以下のsp2成分リッチ層であった。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル面積率は1.1%であった。得られた硬質炭素膜4のビッカース硬さは1480HV0.05であった。硬質炭素膜4のインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)は、実施例1と同様にして評価し、15GPaであった。
[実施例4]
実施例1において、積層膜とせずに、成膜条件を変更して単層膜とした。それ以外は、実施例1と同様にして、実施例4のピストンリングを得た。
具体的には、硬質炭素下地膜3上に、同じアークイオンプレーティング装置を用い、単層膜からなる珪素含有硬質炭素膜4を成膜した。この成膜は、アーク電流120Aとし、所定のバイアス電圧(−1800V)を印加して行った。単層膜からなる硬質炭素膜4の厚さは2.7μmであった。硬質炭素膜4中の珪素は、EPMA定量分析で測定し、9.3原子%の含有量であった。硬質炭素膜4の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で1.5原子%であった。また、硬質炭素膜4の酸素含有量は、EDX半定量での測定結果で1.5原子%であった。それ以外は、不可避不純物である。この硬質炭素膜4は単層膜であるので、図6に示すような白色層は存在していない。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル面積率は5.0%であった。得られた硬質炭素膜4のビッカース硬さは1100HV0.05であった。硬質炭素膜4のインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)は、実施例1と同様にして評価し、11GPaであった。
[参考例1]
実施例1において、珪素を含有しないカーボンターゲットを用いて硬質炭素下地膜3と硬質炭素膜4を成膜した。それ以外は、実施例1と同様にして、参考例1のピストンリングを得た。
硬質炭素膜4の総厚さは4.7μmであり、1層あたりの厚さは約0.2nmであった。硬質炭素膜4は、珪素を含んでいなかった。硬質炭素膜4の水素含有量は、RBS/HFS法での測定結果で0.3原子%であった。また、硬質炭素膜4の酸素含有量は、EDX半定量での測定結果で0原子%であった。それ以外は、不可避不純物である。sp2成分比は2点で測定し、表面側の分析点では52%であった。硬質炭素膜4の表面に表れるマクロパーティクル面積率は3.1%であった。得られた硬質炭素膜4のビッカース硬さは1710HV0.05であった。硬質炭素膜4のインデンテーション硬さHIT(15mN荷重)は、実施例1と同様にして評価し、18.5GPaであった。
[sp2成分比の測定]
sp2成分比は以下の(1)〜(5)の手順で算出した。(1)EELS分析装置(Gatan製、Model863GIF Tridiem)によってEELSスペクトルを測定する。測定されたEELSスペクトルに対し、ピーク前を一次関数でフィットさせ、ピーク後を三次関数でフィットさせ、ピーク強度を規格化する。(2)その後、ダイヤモンドのデータとグラファイトのデータと照らし合わせ、ピークの開始位置を揃えてエネルギー校正を行う。(3)校正済みのデータに対し、280eV〜310eVの範囲内の面積を求める。(4)280eV〜295eVの範囲で2つのピーク(一つはsp2のピークであり、もう一つはCHやアモルファスのピークである。)に分離し、285eV付近のピーク面積を求める。(5)上記(3)の280eV〜310eVの範囲内の面積と、上記(4)の285eV付近のピーク面積との面積比をとる。この面積比について、グラファイトを100とし、ダイヤモンドを0とし、相対値からsp2成分比を求める。こうして求められた値を、sp2成分比とした。硬質炭素膜4の厚さ方向に等間隔で10箇所分析した。
[摩擦摩耗試験(SRV試験)]
リング直径φ80mmのピストンリング基材1(JIS規格のSWOSC−V材相当材、実施例1材料)の表面(外周摺動面11)に、実施例1と参考例1と同様にして、Cr−N皮膜(耐摩耗性皮膜)、チタン膜(下地膜2)、硬質炭素下地膜3、硬質炭素膜4を順に成膜した。得られた試料を、図7に示す態様で摩擦摩耗試験(SRV試験/Schwingungs Reihungund und Verschleiss)を行い、摩滅の有無を観察した。併せて、μ(物体とすべり面の間の摩擦係数)を測定した。
試験条件は以下のとおりである。ピストンリングを長さ20mmに切り出して摺動側試験片(ピン型試験片)20として使用した。相手側試験片(ディスク型試験片)21としては、JIS G4805に高炭素クロム軸受鋼鋼材として規定されるSUJ2鋼から、直径24mmで長さ7.9mm(硬さHRC62以上)の試験片を切り出して使用し、下記条件によるSRV試験を実施した。なお、図7中の符号Yは摺動方向を示し、その摺動方向の摺動幅を3mmとした。
・試験装置:SRV試験装置(図7参照)
・荷重:500N、1000N
・周波数:50Hz
・試験温度:80℃
・摺動幅:3mm
・潤滑油:5W−30,125mL/hr
・試験時間:10分、60分、120分
得られた摩擦係数μを表2に示した。摩擦係数μは、試験時間60分での評価とした。表2の結果より、珪素を含有させると摩擦係数μが下がっているのがわかる。
図8は、SRV試験結果を示す写真である。図8(A)は、実施例1の試料を用いた1000Nで10分の試験結果である。図8(B)は、実施例1の試料を用いた1000Nで60分の試験結果である。図8(C)は、実施例1の試料を用いた1000Nで120分の試験結果である。図8(D)は、参考例1の試料を用いた1000Nで10分の試験結果である。実施例1の試料では、厚さが2.7μmと薄いにもかかわらず、1000Nで120分の試験でも摩滅が進行せず、フリクション(機械的摩擦損失)が低く、格段に優れた耐摩耗性を示した。一方、参考例1の試料では、500Nで10分の試験で摩滅はなく、高い耐摩耗性を示したが、1000Nで10分の試験では摩滅が生じた。
図9は、図7に示すSRV試験において、平均粒径0.25μmのダイヤモンド粒子を含むスラリーで強制摩耗させたときの結果を示す写真である。図9(A)は、実施例1の試料を用いた20Nで3分の試験結果である。図9(B)は、参考例1の試料を用いた20Nで3分の試験結果である。実施例1の試料では、膨れも剥離もなく、優れた耐久性を示した。
なお、実施例1での硬質炭素膜4のビッカース硬さが1273HV0.05であったのに対し、参考例1での硬質炭素膜4のビッカース硬さが1710HV0.05であった。実施例1での硬質炭素膜4は、珪素を含有して硬さが低下したと考えられるが、フリクション(機械的摩擦損失)が低く、耐摩耗性は優れていたことから、靱性が向上しているものと考えられる。