上記のように、特許文献1および特許文献2に記載されている各発明では、車両のスタビリティファクタが目標とするスタビリティファクタになるように車両の駆動力が制御される。すなわち、いわゆる旋回性向上制御が実行される。例えば、図5に示すように、時刻t11で操舵が開始され車両が旋回走行すると、操舵角が所定値以上になった時点、もしくは操舵が開始された後に所定時間が経過した時点で、旋回性向上制御が開始される(時刻t12)。具体的には、車両に対する要求駆動力が低下させられ、それに伴って車両の実駆動力が低下する。なお、この図5に示す旋回性向上制御の例では、運転者の意図とは別に駆動力を自動制御することによる違和感やショックを運転者に感じさせないようにするため、駆動力の制御量に対して制限値tqgdが設けられている。したがって、実駆動力は、時刻t13以降は制限値tqgdで制御量が制限されて一定となっている。
このように旋回性向上制御を実行することにより、旋回走行時の車両挙動を安定させ、車両の旋回性能を向上させることができる。また、上記のように旋回性向上制御における駆動力の制御量に制限値を設けることにより、運転者が意図しない駆動力(もしくは制動力)の変動によって運転者に違和感やショックを与えてしまうことを防止することができる。
しかしながら、例えばS字カーブを旋回走行する場合のように、一方の旋回方向に操舵された後に、舵角が0度の位置に戻されるとともに、連続して他方の旋回方向に操舵されるような、いわゆるステアリングの切り返し操作が行われた場合には、駆動力による旋回性向上の体感上の効果が不足し、そのことを運転者が違和感と感じることがある。
例えば、図6に示す例では、時刻t21で一方の旋回方向(この図6ではR方向)への操舵が行われて第1の旋回が開始され、その後、時刻t23で第1の旋回における操舵が0度に向けて戻されて、操舵角が0度に戻った時刻t25以降、他方の旋回方向(この図6ではL方向)への操舵が行われて第2の旋回が開始されている。すなわち、いわゆるステアリングの切り返し操作が行われている。
上記のような切り返し操作が行われる場合、時刻t21でR方向に操舵されて第1の旋回が開始されることにより、その直後の時刻t22で旋回性向上制御が開始される。具体的には、車両の駆動力が低下させられる。その後、時刻t23で操舵角が0度に向けて戻され始めると、その直後の時刻t24でこの旋回性向上制御における駆動力制御が通常の状態に戻される。すなわち、所定の制御量で低下させられていた車両の駆動力が、制御量が0の通常状態に復帰させられる。そして、車両の駆動力が通常状態に復帰させられる途中の時刻t25で操舵角が0度になり、引き続いてL方向に操舵されて第2の旋回が開始されると、すなわち、ステアリングの切り返し操作が行われると、その直後の時刻t26で旋回性向上制御が再び開始される。すなわち、車両の駆動力が再び低下させられる。
この場合、切り返し操作の第2の旋回時に制御される駆動力の制御量tqdstp_2は、上記のように通常状態に復帰させられる途中の状態から制御されるため、通常時もしくは第1の旋回時に制御される駆動力の制御量tqdstp_1よりも小さくなる。この第2の旋回時の制御量tqdstp_2が、運転者に旋回性向上制御による制御効果を十分に体感させることができる大きさであれば特に問題はない。しかしながら、この第2の旋回時の制御量tqdstp_2が小さい場合には、運転者に旋回性向上制御による制御効果を体感させることができなくなり、その結果、運転者は、期待した旋回性向上制御の制御効果が得られないといった別の違和感を感じてしまう場合がある。
このように、旋回走行時の車両挙動を安定させるための旋回性向上制御を実行する際に、上記のようなステアリングの切り返し操作が行われた場合には、駆動力の制御量を十分に確保できない場合があり、その結果、旋回性向上制御による制御効果を十分に得られなくなってしまう可能性があった。
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、ステアリングの切り返し操作が行われる旋回走行時であっても、運転者に違和感やショックを与えることなく、適切に旋回性向上制御を実行することができる車両の制御装置を提供することを目的とするものである。
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、旋回走行時に駆動力を所定の制御量で制御して車両の旋回性能を向上させる旋回性向上制御を実行可能な車両の制御装置において、運転者による操舵動作が、一方の旋回方向へ向けて操舵された後に連続して他方の旋回方向に向けて操舵される切り返し操作であるか否かを判断する操舵検出手段と、前記旋回性向上制御を実行する際に前記制御量が不足することに起因する違和感を前記運転者に与えることのないように前記制御量の下限値を設定し、前記操舵動作が前記切り返し操作であると判断された場合に、前記制御量を前記下限値で制限する駆動力制御手段とを備えていることを特徴とする制御装置である。
また、請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記操舵検出手段が、操舵角速度および操舵角加速度の少なくとも一方を検出する手段を含み、前記駆動力制御手段が、前記切り返し操作における前記操舵角速度が大きいほど前記制御量が大きくなるように、もしくは前記操舵角加速度が大きいほど前記制御量が大きくなるように、前記下限値を設定する手段を含むことを特徴とする制御装置である。
また、請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記旋回性向上制御を実行するにあたり前記駆動力を前記制御量で制御する場合に、前記駆動力の変化量が大きいことに起因する違和感を前記運転者に与えることのないように設定した制限値で前記制御量を制限する駆動力制限手段を更に備え、前記駆動力制御手段が、前記操舵動作が前記切り返し操作であると判断された場合に、前記駆動力制限手段による前記制御量の制限を一時的に緩和することにより、前記制御量の大きさを確保する手段を含むことを特徴とする制御装置である。
そして、請求項4の発明は、請求項1から3のいずれかの発明において、前記駆動力制御手段が、前記切り返し操作が終えられた状態では、前記下限値の設定を解消する手段を含むことを特徴とする制御装置である。
請求項1の発明によれば、車両が旋回走行する際に、車両の駆動力を自動制御して旋回走行中の車両挙動を安定させる旋回性向上制御が実行される。そして、その旋回性向上制御が実行される際に、運転者によるステアリングの切り返し操作が行われた場合には、過渡的に駆動力の制御量が不足してしまわないように、制御量に下限値が設けられて所定の大きさ以上の制御量が確保される。そのため、ステアリングの切り返し操作が行われた場合であっても、適切な制御量で駆動力を制御することができる。その結果、運転者に違和感やショックなどを与えることなく、旋回性向上制御を適切に実行することができる。
なお、この発明の旋回性向上制御において自動制御される駆動力とは、車両を走行させる正方向の駆動力と、車両を制動する負方向の駆動力、すなわち制動力とを含んでいる。例えば、駆動力を正方向の制御量で変化させる場合は、車両の駆動力源の出力が増大させられる。もしくは、既に制動力が発生している場合にはその制動力が低下させられる。一方、駆動力を負方向の制御量で変化させる場合には、車両の駆動力源の出力が低下させられる。もしくは、車両に制動力が加えられる。もしくは、既に制動力が発生している場合にはその制動力が増大させられる。
また、上記のように運転者によるステアリングの切り返し操作が行われた場合に駆動力の制御量に対して設定される下限値が、旋回性向上制御を実行する際に駆動力の制御量が不足することに起因する違和感を運転者に与えることのないように考慮されて設定される。そのため、旋回走行中に切り返し操作が行われた場合であっても、運転者に違和感やショックを与えてしまことを確実に回避して、旋回性向上制御を適切に実行することができる。
また、請求項2の発明によれば、切り返し操作が行われた際の操舵角速度もしくは操舵角加速度の大きさに応じて、切り返し操作の過渡状態において制御量不足を回避させるために制御量に対する下限値の大きさが変更される。すなわち、操舵角速度が大きいほど制御量も大きくなるように、もしくは操舵角加速度が大きいほど制御量も大きくなるように制御される。操舵角速度もしくは操舵角加速度が大きくなる素早いステアリング操作が行われる場合は、緩やかなステアリング操作が行われた場合よりも、運転者は大きな制御効果を期待しているものと推定できる。したがって、上記のように、切り返し操作の際の操舵角速度もしくは操舵角加速度の大きさに応じて駆動力の制御量の大きさを決める下限値が設定されることにより、運転者の意図を反映させた適切な旋回性向上制御を実行することができる。
また、請求項3の発明によれば、旋回性向上制御が実行される際に、その際に制御される駆動力の制御量(もしくは変化量)が、駆動力の変化が大きいことに起因する違和感を運転者に与えることのないように設定された制限値で制限される。そのため、旋回性向上制御の際に車両の駆動力が変化することによる違和感やショックを運転者に与えてしまうことを防止もしくは抑制することができる。そして、上記のように駆動力の制御量が制限される際に、ステアリングの切り返し操作が行われた場合には、その駆動力の制限が一時的に緩和されることにより、駆動力制御において所定の大きさ以上の制御量が確保される。そのため、切り返し操作が行われた際の過渡的な駆動力の制御量不足を回避することができ、請求項1の発明と同様に、旋回性向上制御を適切に実行することができる。
そして、請求項4の発明によれば、ステアリングの切り返し操作が終えられた状態では、駆動力の制御量に対する下限値の設定が解消される。すなわち、切り返し操作が終えられた場合には、制御量に対して下限値が設定されていた駆動力の制御状態から、下限値が設定されていない通常の駆動力の制御状態に復帰させられる。そのため、切り返し操作が終えられた際に駆動力の制御量が過大になり、運転者に違和感を与えてしまう事態を回避することができ、その結果、旋回性向上制御を適切に実行することができる。
つぎに、この発明の実施例を図面に基づいて説明する。先ず、この発明で制御の対象とする車両の構成および制御系統を図1に示して説明する。この発明で対象とする車両は、運転者によるアクセル操作やブレーキ操作などの運転操作と独立して車両の駆動力および制動力を制御すること、すなわち、運転者による運転操作に基づいた車両の駆動力および制動力の制御とは別に、それら駆動力および制動力を自動制御することが可能な構成となっている。図1に示す車両Veは、左右の前輪1,2、および左右の後輪3,4を有している。そしてこの図1に示す例では、車両Veは、駆動力源5が出力する動力により後輪3,4を駆動する後輪駆動車として構成されている。
駆動力源5としては、例えば、内燃機関または電動機の少なくとも一方を用いることができる。あるいは、ハイブリッド車として内燃機関および電動機の両方を駆動力源5として搭載することも可能である。その駆動力源5としてガソリンエンジンやディーゼルエンジンあるいは天然ガスエンジンなどの内燃機関を車両Veに搭載する場合は、駆動力源5の出力側に手動変速機や自動変速機などの各種の変速機(図示せず)が用いられる。また、駆動力源5として電動機を車両Veに搭載する場合は、その電動機には、例えばインバータを介してバッテリやキャパシタなどの蓄電装置(いずれも図示せず)が接続される。
そして、駆動力源5の出力を制御して後輪3,4の駆動状態を制御するための電子制御装置(ECU)6が備えられている。すなわち、駆動力源5に電子制御装置6が接続されていて、この電子制御装置6によって駆動力源5の出力を制御することにより、後輪3,4、すなわち駆動輪3,4で発生させる車両Veの駆動力を自動制御することが可能な構成となっている。
また、各車輪1,2,3,4には、それぞれ個別にブレーキ装置7,8,9,10が装着されている。それら各ブレーキ装置7,8,9,10は、それぞれ、ブレーキアクチュエータ11を介して電子制御装置6に接続されている。したがって、電子制御装置6によってブレーキアクチュエータ11を制御し、各ブレーキ装置7,8,9,10の動作状態を制御することにより、各車輪1,2,3,4で発生させる車両Veの制動力を個別に自動制御することが可能な構成となっている。
一方、電子制御装置6には、車両Ve各部の各種センサ類からの検出信号や各種車載装置からの情報信号が入力されるように構成されている。例えば、アクセルの踏み込み角(もしくは踏み込み量あるいはアクセル開度)を検出するアクセルセンサ12、ブレーキの踏み込み角(もしくは踏み込み量あるいはブレーキ開度)を検出するブレーキセンサ13、ステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角センサ14、各駆動輪1,2,3,4の回転速度(車輪速度)をそれぞれ検出する車輪速センサ15、車両Veの前後方向(図1での上下方向)の加速度(すなわち前後加速度)を検出する前後加速度センサ16、車両Veの車軸方向(図1での左右方向)の加速度(すなわち横加速度)を検出する横加速度センサ17、車両Veのヨーレートを検出するヨーレートセンサ18、あるいは駆動力源5の出力トルクを検出するトルクセンサ(図示せず)などからの検出信号が電子制御装置6に入力されるように構成されている。
上記のような構成により、車両Veは、ステアリング特性やスタビリティファクタを制御することができる。特にこの発明における車両Veは、旋回走行中のステアリング特性を改善して車両Veの旋回性能を向上させることができるように構成されている。例えば、車輪速センサ15により検出した各車輪1,2,3,4の車輪速度から車速および路面の摩擦係数を推定し、それら車速、路面摩擦係数、および操舵角センサ14で検出した操舵角度などを基に車両Veの目標とする目標ステアリング特性を設定し、車両Veの実際のステアリング特性を目標ステアリング特性に追従させる制御を行うことができる。
具体的には、車両Veの駆動力および制動力を変化させて車両Veのヨーレートを制御すること、すなわちいわゆる旋回性向上制御を実行することにより、車両Veの実際のステアリング特性を目標ステア特性に近づけることができる。車両Veのヨーレートを制御する際には、車速、操舵角、ホイールベースなどの情報を基に、その時点における車両Veの目標ヨーレートが求められる。そして、上記の旋回性向上制御を行うことにより、車両Veの実際のヨーレートが目標ヨーレートに近づくように車両Veのヨーレートを制御することができる。例えば、駆動輪3,4に付与されている駆動トルクに対して、あるいは各車輪1,2,3,4に付与される制動トルクに対して補正分のトルクを増減することにより、車両Veのヨーレートを制御することができる。
なお、上記のように、目標ヨーレートを設定して、車両Veの実際のヨーレートを目標ヨーレートに追従させる制御技術に関しては、例えば、特開平5−278488号公報などに記載されている。また、特開2011−218953号公報には、車両のステアリング特性を目標ステアリング特性に追従させるように駆動輪の駆動力を制御する制御技術が記載されている。あるいは、前述したように特開2005−256636号公報(特許文献1)や特開2011−236810号公報(特許文献2)には、車両のスタビリティファクタを目標値に追従させるように駆動輪の駆動力を制御する制御技術が記載されている。このように、車両の駆動力を自動制御して旋回走行中の車両の挙動や姿勢を安定させる旋回性向上制御の基本的な制御内容については、上記の各特許文献等によって周知であるため、ここでは、より具体的な説明は省略する。
前述したように、従来の旋回性向上制御では、一方の旋回方向へ向けて操舵された後に連続して他方の旋回方向に向けて操舵されるいわゆるステアリングの切り返し操作が行われた場合には、旋回性向上制御における駆動力制御の制御量が不足し、運転者が期待する制御効果が得られない可能性があった。そこで、この発明に係る車両の制御装置では、旋回性向上制御が実行される際に、運転者によるステアリングの切り返し操作が行われた場合であっても、適切な駆動力制御の制御量を確保することができるように構成されている。
図2は、その制御の一例を説明するためのフローチャートであって、このフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。図2において、先ず、旋回性向上制御の実行状態について判定される(ステップS1)。具体的には、旋回性向上制御の実行フラグtqcntexが「1」に設定されているか否かが判断される。この実行フラグtqcntexは、旋回性向上制御を実行する場合に「1」に設定され、旋回性向上制御を終了する場合に「0」に設定されるフラグである。また、この実行フラグtqcntexは、この制御の開始当初は「0」に設定されている。
実行フラグtqcntexが「0」に設定されていることにより、このステップS1で否定的に判断された場合は、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。
一方、実行フラグtqcntexが「1」に設定されていることにより、ステップS1で肯定的に判断された場合には、ステップS2へ進む。そして、運転者によるステアリングの切り返し操作が実行されたか否かが判断される。具体的には、切り返し操作の判定フラグstacountが「1」に設定されているか否かが判断される。この判定フラグstacountは、ステアリングの切り返し操作が実行された場合に「1」に設定され、それ以外の場合に「0」に設定されるフラグである。
この発明では、例えば車両VeがS字カーブを走行する場合のように、一方の旋回方向へ向けて操舵された後に連続して他方の旋回方向に向けて操舵される操舵動作、言い換えると、操舵角が0度をよぎって反転する操舵動作のことを、ステアリングの「切り返し操作」と称して定義している。その切り返し操作の実行の判定は、操舵角、操舵角速度、あるいは操舵角加速度などの値や変化傾向に基づいて判断することができる。
切り返し操作の判定フラグstacountが「0」に設定されていること、すなわち、運転者によるステアリングの切り返し操作が実行されていないことにより、このステップS2で否定的に判断された場合は、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。
一方、切り返し操作の判定フラグstacountが「1」に設定されていること、すなわち、運転者によるステアリングの切り返し操作が実行されたことにより、ステップS2で肯定的に判断された場合には、ステップS3へ進む。そして、この旋回走行時に必要とされる駆動力制御量tqrqorgと、現在の駆動力制御量tqrqcurとの偏差tqdstpが、閾値x1よりも小さいか否かが判断される。
上記の駆動力制御量tqrqorgおよび駆動力制御量tqrqcurは、図3のタイムチャートに示すように、旋回性向上制御が実行されていない状態で運転者のアクセル操作に基づいて出力される駆動力と、旋回性向上制御が実行されることによる車両Veの実際の駆動力(もしくは旋回性向上制御を踏まえた要求駆動力)との差分として表すことができる。
上記の図3に示すように、旋回走行の際に切り返し操作が行われる場合、当初のR方向への操舵に対して、旋回性向上制御により車両Veの駆動力が駆動力制御量tqrqorgで制御される。すなわち、車両Veの駆動力が、運転者のアクセル操作により出力されていた駆動力から駆動力制御量tqrqorg分だけ低下させられる。そして、切り返し操作が行われることにより、当初はR方向へ操舵されていた状態から操舵角が0度の方向へ戻される。それとともに、引き続いてR方向とは逆の旋回方向であるL方向へ操舵される。この場合、切り返し操作の際に操舵角が0度に向けて一旦戻されることから、旋回性向上制御により駆動力制御量tqrqorgで制御されていた車両Veの実駆動力は、一旦、旋回性向上制御が実行されない通常の制御状態に復帰させられる。但し、操舵角が0度の状態を通過し、連続してL方向へ操舵されることから、車両Veの実駆動力は再び旋回性向上制御により駆動力制御量tqrqorgで制御される。すなわち、運転者のアクセル操作による駆動力から駆動力制御量tqrqorg分だけ低下させた駆動力レベルに向けて車両Veの実駆動力が低下させられる。
このとき、車両Veの実駆動力は不可避的な応答遅れがあるため、上記のような切り返し操作の際のL方向への操舵に対応して実駆動力が低下させられる場合、実駆動力は、通常状態に復帰させられる途中の状態、すなわち現在の駆動力制御量tqrqcurで制御されている状態から、再び低下させられることになる。したがって、駆動力制御量tqrqorgと駆動力制御量tqrqcurとの偏差tqdstpが、この場合に実際に変化する駆動力となる。
上記の実駆動力の変化量すなわち偏差tqdstpが十分に大きければ、上記のような切り返し操作が行われた場合であっても、旋回性向上制御による制御効果を適切に得ることができる。すなわち、運転者は旋回性向上制御による制御効果を適切に体感することができる。しかしながら、上記の偏差tqdstpが小さい場合には、旋回性向上制御による制御効果も小さくなってしまう。そのため、上記のステップS3では、駆動力制御量tqrqorgと駆動力制御量tqrqcurとの偏差tqdstpを求め、その偏差tqdstpが閾値x1よりも小さいか否かを判断している。
ここで、閾値x1は、運転者が旋回性向上制御による適切な制御効果を体感するために必要な駆動力制御量の下限値として設定された値である。その値は、例えば、走行実験やシミュレーションなどを行うことにより予め設定することができる。また、「刺激の弁別閾(ΔX)は、原刺激(X)の強度に比例して変化する(ΔX/X=const)」としたウェーバーの法則の考え方を適用して設定することもできる。具体的には、旋回性向上制御が実行される際の絶対駆動力すなわち運転者のアクセル操作による駆動力を、上記のウェーバーの法則における「X」と考えれば、「const」の部分を上記のように実験やシミュレーション等によって特定することにより、「ΔX」すなわち閾値x1を決定することができる。あるいは、例えば車両Veに発生するヨーレートなど、運転者が旋回性向上制御の際の駆動力変化による車両挙動の変化を感知しているとすれば、上記のウェーバーの法則における「X」を現在の車両のヨーレートとして、「ΔX」分のヨーレートを発生し得る駆動力の変化量を算出することにより、閾値x1を決定することができる。
したがって、駆動力制御量tqrqorgと駆動力制御量tqrqcurとの偏差tqdstpが、閾値x1以上であることにより、図2のフローチャートにおけるステップS3で否定的に判断された場合は、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。すなわち、偏差tqdstpが閾値x1以上であれば、運転者が旋回性向上制御による制御効果を適切に体感できると考えられるため、特に他の制御を実行する必要がないと判断される。
一方、駆動力制御量tqrqorgと駆動力制御量tqrqcurとの偏差tqdstpが、閾値x1よりも小さいことにより、ステップS3で肯定的に判断された場合には、ステップS4へ進む。そして、ステップS4では、仮駆動力制御量tqrqtとしてx1が設定される。また、実際の駆動力制御量tqrqが、現在の駆動力制御量tqrqcurと仮駆動力制御量tqrqtとから求められる。すなわち、実際の駆動力制御量tqrqが、
tqrq=tqrqcur+tqrqt=tqrqcur+x1
の計算式により算出される。そして、その駆動力制御量tqrqで車両Veの駆動力が制御されるとともに、仮駆動力制御カウンタctqtmpによる計測が開始される。
ステップS4で駆動力制御量tqrqによる駆動力の制御が開始されると、仮駆動力制御カウンタctqtmpが閾値x2を超えたか否かが判断される(ステップS5)。上記のように現在の駆動力制御量tqrqcurに仮駆動力制御量tqrqtすなわち閾値x1を加算した駆動力制御量tqrqによる駆動力の制御は、切り返し操作が行われた際に、過渡的に駆動力の制御量が不足してしまうことを回避するための制御である。すなわち、前述の図3のタイムチャートに示すように、駆動力制御量tqrqorgを確保できる定常状態では、旋回性向上制御による期待した制御効果を得ることができる。しかしながら、駆動力の制御量が駆動力制御量tqrqcurとなる過渡状態では、その駆動力制御量tqrqcurと駆動力制御量tqrqorgとの偏差tqdstpが閾値x1よりも小さい場合には、旋回性向上制御による期待した制御効果を得ることができなくなる。そのため、上記のステップS4では、図4のタイムチャートに示すように、駆動力制御量tqrqcurに閾値x1分を加算した駆動力制御量tqrqで駆動力を制御するようにしている。
但し、上記のように駆動力制御量tqrqcurに閾値x1分が加算された駆動力制御量tqrqによる駆動力の制御は、切り返し操作が行われた際の過渡的な制御効果を確保するためのものである。そのため、切り返し操作が終えられた状態では制御量が過大になり、運転者に違和感を与えてしまう場合がある。そこで、このステップS5では、図4のタイムチャートに示すように、仮駆動力制御カウンタctqtmpに対して閾値x2が設けられいて、閾値x1分が加算された駆動力制御量tqrqによる過渡的な駆動力の制御が、所定時間経過後に、駆動力制御量tqrqorgにより駆動力が制御される状態に復帰させられるようになっている。
したがって、未だ仮駆動力制御カウンタctqtmpが閾値x2を超えていないことにより、このステップS5で否定的に判断された場合は、再度このステップS5の制御が実行される。すなわち、仮駆動力制御カウンタctqtmpが閾値x2を超えるまで、このステップS5の制御が繰り返し実行される。
そして、仮駆動力制御カウンタctqtmpが閾値x2を超えたことにより、ステップS5で肯定的に判断された場合には、ステップS6へ進む。そして、仮駆動力制御量tqrqtとして0が設定される。また、実際の駆動力制御量tqrqとして駆動力制御量tqrqorgが設定される。そして、仮駆動力制御カウンタctqtmpが0にリセットされる。そしてその後、このルーチンを一旦終了する。
なお、上記の制御例における閾値x1は、運転者のステアリングの操作状態や運転条件などに応じた可変値として設定することもできる。例えば、運転者が素早いステアリング操作を行った場合には、運転者は旋回性向上制御の制御効果による大きな過渡的な変化を期待しているものと考えられる。したがって、運転者が素早いステアリング操作を行った場合は、閾値x1をより大きな値に設定する。具体的には、運転者によるステアリング操作の操舵角速度を検出し、その操舵角速度が大きいほど閾値x1が大きな値に設定される。あるいは、運転者によるステアリング操作の操舵角加速度を検出し、その操舵角加速度が大きいほど閾値x1が大きな値に設定される。このように、運転者の素早いステアリング操作に応じて閾値x1を設定することにより、運転者が期待するような旋回性向上制御による制御効果を適切に得ることができる。
また、上記に示したような旋回性向上制御を実行する場合に、駆動力を制御する際の制御量に制限を設けることにより、駆動力が変化することに起因して運転者に違和感やショックを与えてしまうことを抑制することができる。旋回性向上制御において車両Veの駆動力を制御する場合、その駆動力の制御量が大きいほど旋回性向上制御による制御効果も高くなる。その反面、駆動力の制御量が大きくなると、運転者のアクセル操作に関係しない駆動力の変化が大きくなり、そのことが運転者に違和感やショックとして感じさせてしまう場合がある。そのため、運転者に違和感やショックを与えない範囲で可及的に大きな制御量を、駆動力を制御する際の制御量の上限として設定しておくことにより、運転者に違和感やショックを与えることなく、可及的に高い制御効果が得られるようにして、旋回性向上制御を適切に実行することができる。
この発明では、上記のように駆動力の制御量に制限が設けられた場合には、切り返し操作が行われた際に制御量の制限を一時的に緩和される。すなわち、図4のタイムチャートに示すように、駆動力の制御量に対して違和感やショックを防止するための制限値tqgdが設けられている場合には、上述した具体例で、駆動力制御量tqrqorgと駆動力制御量tqrqcurとの偏差tqdstpが閾値x1よりも小さい場合と同様に、閾値x2で示される期間、制限値tqgdによる駆動力の制御量に対する制限が緩和される。そのため、上記のように駆動力の制御量に制限が設けられた場合であっても、駆動力を制御する際に閾値x1以上の制御量を確保することができる。したがって、切り返し操作が行われた際の過渡的な駆動力の制御量不足を回避することができ、上述した具体例と同様に、旋回性向上制御を適切に実行することができる。
以上のように、この発明に係る車両Veの制御装置によれば、車両Veが旋回走行する際に、車両Veの駆動力を自動制御して旋回走行中の車両挙動を安定させる旋回性向上制御が実行される。そして、その旋回性向上制御が実行される際に、運転者によるステアリングの切り返し操作が行われた場合には、過渡的に駆動力の制御量が不足してしまわないように、制御量に対する下限値として閾値x1が設定される。すなわち、閾値x1以上の制御量が確保される。そのため、ステアリングの切り返し操作が行われた場合であっても、旋回性向上制御における駆動力制御を適切な制御量で実行することができる。その結果、ステアリングの切り返し操作が行われる旋回走行であっても、運転者に違和感やショックなどを与えることなく、この発明における旋回性向上制御を適切に実行することができる。
ここで、上述した具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、ステップS2を実行する機能的手段が、この発明における「操舵検出手段」に相当する。そして、ステップS3〜S5を実行する機能的手段が、この発明における「駆動力制御手段」に相当する。
なお、上述した具体例では、この発明における制御の対象とする車両Veとして、駆動力源5の動力を左右の後輪3,4に伝達して車両Veの駆動力を発生させる後輪駆動車の構成を例に挙げて説明したが、駆動力源5の動力を左右の前輪1,2に伝達して車両Veの駆動力を発生させる前輪駆動車であってもよい。あるいは、駆動力源5の動力を前輪1,2および後輪3,4に分配して伝達し、それら全ての車輪で車両Veの駆動力を発生させる四輪駆動車であってもよい。
車両Veが四輪駆動車である場合は、上述した具体例のように旋回性向上制御のために駆動力を増減する代わりに、駆動力源5の動力を前輪1,2と後輪3,4とに分配する際の配分比を適宜変化させるようにしてもよい。その場合も、旋回性向上制御における駆動力制御の自由度が高くなり、旋回性向上制御をより適切に実行することができる。