以下、この発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、この発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置10の構成図である。
車両(不図示)に搭載された電動パワーステアリング装置10は、操向ハンドル12に連結されたステアリング軸14に対して、運転者が与える操舵トルクを補助するトルク(補助トルク)を与えるように構成される。
ステアリング軸14の上端は操向ハンドル12に連結され、下端にはピニオン16が取り付けられている。ピニオン16に噛み合うラック18を設けたラック軸20が配置されている。ピニオン16とラック18によってラック・ピニオン機構22が形成される。ラック軸20の両端にはタイロッド24が設けられ、各タイロッド24の外側端には前輪(転舵輪)26が取り付けられている。
ステアリング軸14に対して、減速機構である動力伝達機構28を介してモータ(ブラシレスモータ)30が設けられている。モータ30は、操舵トルクを補助するための回転力を出力する。この回転力は、上記補助トルクとして、動力伝達機構28を経由して増力されステアリング軸14に与えられる。
ステアリング軸14には、また、操舵トルクセンサ32が設けられている。操舵トルクセンサ32は、運転者が操向ハンドル12を操作することによって生じる操舵トルクをステアリング軸14に加えたとき、ステアリング軸14に加わる当該操舵トルクの大きさと方向を検出し、検出した操舵トルクの大きさに応じた電気信号である操舵トルクTqと方向を出力する。操舵トルクセンサ32は例えばトーションバーを利用して構成されている。
ステアリング軸14には、さらに、ステアリング軸14の回転による操舵角すなわち舵角を操舵方向を含めて検出し、検出した舵角に応じた電気信号である舵角θsを出力する舵角センサ34が設けられている。
電動パワーステアリング装置10の搭載車両には、当該車両の走行速度に対応した電気信号である車速Vsを検出して出力する車速センサ36が設けられている。
さらにまた、電動パワーステアリング装置10は、制御装置40を含むモータ駆動制御装置42を備える。制御装置40を含むモータ駆動制御装置42に対して、上述した操舵トルクセンサ32、舵角センサ34、車速センサ36、モータ30、及び後述する回転角センサ38が電気的に接続されている。
図2は、図1に示した、電動パワーステアリング装置10のモータ30を駆動制御する、制御装置(モータ制御装置)40を含むモータ駆動制御装置42を備えるモータ制御システム50の構成図である。
制御装置40は、ECU(Electronic Control Unit)であり、前記ECUは、CPU、ROM、RAM、並びにA/D変換器、D/A変換器等の入出力インタフェース、タイマ等を備えるマイクロコンピュータを含み、該マイクロコンピュータの前記CPUが各種入力に基づき前記ROMに記憶されているプログラムを実行することで各種機能部(各種機能手段)として動作する。
モータ30は、dq軸電流成分に基づくベクトル制御により、モータ駆動制御装置42によって駆動制御される。
モータ30には、モータ30のロータの回転角を検出し、電気信号であるロータ回転角、すなわち所定の基準回転位置からのロータの磁極の回転角度に係る状態量を検出して出力するレゾルバ等の回転角センサ38が設けられている。
制御装置40内のRD(レゾルバ・デジタル)コンバータ46により回転角センサ38の出力からモータ30のロータ回転角θm及びモータ30の回転速度(モータ回転速度、モータ回転数、又は回転数ともいう。)Nmがデジタル信号として出力される。
モータ駆動制御装置42は、操舵トルクセンサ32からの操舵トルクTq、舵角センサ34からの舵角θs、車速センサ36からの車速Vs及び回転角センサ38からのモータ回転角(RDコンバータ46からのロータ回転角θm)等に基づき、モータ30を回転駆動するモータ電流Im{U、V、Wの3相の相電流(U相電流)Iu、相電流(V相電流)Iv、相電流(W相電流)Iw}をモータ30に対して出力する。
この場合、電動パワーステアリング装置10は、制御装置40を構成するPWM変換部52からのU、V、W各相のPWM信号に基づいて、バッテリ60から供給される電力を、例えばFETフルブリッジ構成のインバータ54によって電力変換(直流→三相交流変換)することによりモータ30を駆動し、モータ30の各巻線に正弦波の相電流Iu、Iv、Iwを通電してベクトル制御を行うことで、補助トルクを発生させる。上述したように、モータ30の補助トルクは、運転者の操向ハンドル12の操作をアシストする。
モータ30に実際に流れるモータ電流Im(Iu、Iv、Iw)を構成する3つの相電流Iu、Iv、Iw中、相電流Iu及び相電流Iuの大きさと流れる方向とがモータ電流センサ56によりそれぞれ検出され、電気信号としてのU相電流IuとV相電流Ivとされ、dq変換部58にフィードバック出力される。残りの相電流Iwは、演算部59によりIw=−(Iu+Iv)として計算され、dq変換部58にフィードバック出力される。
dq変換部58は、相電流Iu、Iv、Iwをデジタル信号とした後、dq変換を行う。
ベクトル制御におけるdq座標とは、例えば2極のロータを有するモータ30において、永久磁石による界磁極の磁束方向をd軸(界磁軸)とし、このd軸と直交する方向をq軸(トルク軸)とする回転直交座標であり、モータ30のロータと共に同期して回転する。
制御装置40が、q軸を基準とした電流位相を与えることにより、インバータ54からモータ30の各相に供給される交流信号に対する電流指令として、直流的な信号であるd軸電流id及びq軸電流iqを与えるようになっている。
制御装置40は、2相回転磁界座標系(dq座標系)で記述されるベクトル制御によって、指令トルクTqcomに応じたモータ30の制御を行う。すなわち、操向ハンドル12に加わる操舵トルクTqを操舵トルクセンサ32により検出し、検出した操舵トルクTqに応じたアシストトルクが得られるようにモータ30をベクトル制御することにより、手動操舵のアシストを行う。
基本的には、以上のように構成され動作する制御装置40及びモータ駆動制御装置42の基本動作についてさらに詳細な構成を説明しながら、電動パワーステアリング装置10との関係において以下に説明する。
制御装置40は、先ず、指令トルク算出部67において、操舵トルクセンサ32が検出して出力する操舵トルクTq、舵角センサ34が検出して出力する操舵角θsから算出した操舵角速度dθs/dt、及び車速センサ36が検出して出力する車速Vsなどに基づき、指令トルクTqcomを求める。この指令トルクTqcomから、目標電流設定部68において、モータ電流Imの目標電流Itが設定され、q軸目標電流設定部70に出力される。
q軸目標電流設定部70は、目標電流Itに基づいて、トルク電流指令値であるq軸電流指令値iqcomを設定する。一方、d軸目標電流設定部72は、弱め界磁電流指令値であるd軸電流指令値idcomを基準値(ここでは、0値)に設定する。
一方、モータ電流センサ56によって検出された、モータ30の三相電流Iu、Iv、Iwがロータ回転角θmに基づきdq変換部58によりd軸電流とq軸電流に変換され、d軸実電流値idr及びq軸実電流値iqrが求められる。
減算部84は、q軸電流指令値iqcomとフィードバックされたq軸実電流値iqrとの偏差Δiqを算出する。
加算部86は、d軸電流指令値idcom(=0)に対して弱め界磁電流制限部62によりd軸電流Id(<0)の最大値が制限されたd軸電流Id*(<0)を加算してd軸電流目標値idt(<0)を算出する。
減算部88は、d軸電流目標値idtとフィードバックされたd軸実電流値idrとの偏差Δidを算出する。
PI演算部80、82は、d軸電流偏差Δid及びq軸電流偏差Δiqに対してP(Proportional:比例)制御処理及びI(Integral:積分)制御処理を実行し、d軸電流偏差Δid及びq軸電流偏差Δiqをそれぞれ0に近づけようとするd軸指令電圧Vdcom及びq軸指令電圧Vqcomを算出し、dq逆変換部90に出力する。
dq逆変換部90は、dq座標上でのd軸指令電圧Vdcom及びq軸指令電圧Vqcomに対してロータ角度θmを用いてdq逆変換を行い、静止座標である3相交流座標上でのU相交流指令電圧Vu、V相交流指令電圧Vv及びW相交流指令電圧Vwに変換する。
PWM変換部52は、各指令電圧Vu、Vv、Vwを、インバータ54の各スイッチング素子をパルス幅変調(PWM)によりオン・オフ駆動させる各パルスからなるスイッチング指令(つまり、パルス幅変調信号)へと変換する。なお、各パルスのデューティは予めPWM変換部52に記憶されている。
各パルス幅変調信号によりインバータ54が駆動され、対応する相電流Iu、Iv、Iwがモータ30の固定子の各巻線に供給されることで、回転磁界が発生され、モータ30のロータ(回転子)が回転する。
d軸電流設定部61により設定される弱め界磁電流であるd軸電流Id(負の値)は、図3の機能ブロック図に示すように生成される。なお、図3は、d軸電流設定部61と弱め界磁電流制限部(弱め界磁電流の上限値設定部)62とから基本的に構成され、制限後のd軸電流(d軸補正電流)Id*を決定するd軸電流設定・制限部63を示している。
図3に示すように、d軸電流設定部61は、PI演算部82の出力であるq軸指令電圧Vqcomが入力されるq軸指令電圧対応処理部112と、dq変換部58からのq軸実電流iqr(=Iqと置く。)が入力されるq軸実電流対応処理部114と、RDコンバータ46の出力であるモータ30のモータ回転数Nmが入力されるモータ回転速度対応処理部116と、相乗積演算部118とから構成される。
q軸指令電圧対応処理部112は、図4に示すq軸指令電圧対応マップ(特性)124を格納し、q軸実電流対応処理部114は、図5に示すq軸実電流対応マップ(特性)122を格納し、モータ回転速度対応処理部116は、図6に示すモータ回転速度対応マップ(特性)126を格納する。
q軸指令電圧対応処理部112は、q軸指令電圧Vqcomをアドレスとしてq軸指令電圧対応マップ124を検索することにより、補正電流要素(d軸電流要素)である出力C1を求める。q軸指令電圧対応マップ124では、q軸指令電圧Vqcomが小さい領域、すなわちq軸電流偏差Δiqが小さい領域部分では、出力C1が0に設定され、q軸指令電圧Vqcomが大きい領域、すなわちq軸電流偏差Δiqが大きい領域では、出力C1がほぼ一定の値となるように設定される。
この処理により、q軸指令電圧Vqcomが大きい領域、すなわちq軸電流偏差Δiqが大きい領域でのみ、弱め界磁電流であるd軸電流Idが流れてモータ30の界磁が減少し、モータ30のモータ回転数Nmが増加する。その結果、走行中にゆっくり且つ小さく操向ハンドル12を操作した場合などでは、弱め界磁電流が流れることが防止され、モータ30の電力消費が抑制される。
q軸実電流対応処理部114は、q軸実電流値iqrをアドレスとしてq軸実電流対応マップ122を検索することにより補正電流要素(d軸電流要素)である出力C2を求める。q軸実電流対応マップ122では、q軸実電流値iqrが小さい領域では出力C2がほぼ一定の値に設定され、q軸実電流値iqrが大きい領域では出力C2が0に設定される。この処理により、q軸実電流値iqrが小さい領域でのみ、弱め界磁電流であるd軸補正電流idcが流れてモータ30の界磁が減少し、モータ30のモータ回転数Nmが増加する。その結果、モータ回転数Nmが高く、インバータ54の電圧飽和に至った状態でさらに早くステアリング操作をしようとする場合などに、操向ハンドル12の操作が急に重たくなる現象が防止される。
モータ回転速度対応処理部116は、モータ回転数Nmをアドレスとしてモータ回転速度対応マップ126を検索することにより補正電流要素(d軸電流要素)である出力C3を求める。モータ回転速度対応マップ126では、モータ回転数(モータ回転速度)Nmが小さい領域では出力C3が0に設定され、モータ回転数Nmが大きい領域では出力C3が一定の値に設定される。この処理により、操向ハンドル12をゆっくり操作した場合に、モータ30に弱め界磁電流であるd軸電流Idが流れることを防止でき、無駄な電流の消費、すなわち無駄な発熱を防止することができる。
q軸指令電圧対応処理部112の出力C1、q軸実電流対応処理部114の出力C2、及びモータ回転速度対応処理部116の出力C3は、相乗積演算部118で乗算され、この相乗積C1×C2×C3に比例するd軸電流(d軸基準電流ともいう。)Idが算出される。これにより、d軸電流補正を行う各要素(q軸指令電圧対応処理部112、q軸実電流対応処理部114、及びモータ回転速度対応処理部116)がそれぞれ独立に作用し、q軸指令電圧Vqcomが大きい場合、q軸実電流値iqrが小さい場合、及びモータ回転数Nmが小さい場合に、d軸電流Idが流れて弱め界磁制御が行われる。
次に、この発明の要部に係わる弱め界磁電流制限部62の構成及び動作について説明する。弱め界磁電流制限部62は、弱め界磁電流であるd軸電流Idの制限範囲、換言すれば弱め界磁電流であるd軸電流Idの使用領域の上限値を設定する。
弱め界磁電流制限部62に入力されるd軸電流Id(の絶対値)が使用領域の上限値Idlim(の絶対値)より小さい値(絶対値が小さいの意)である場合には、そのままd軸電流Id*(Id*=Id)を出力し、d軸電流Id(の絶対値)が使用領域の上限値Idlim(の絶対値)より大きい値(絶対値が大きいの意)である場合には、d軸電流Id*として上限値Idlimに制限して(Id*=Idlim)出力する。すなわち、弱め界磁電流制限部62は、下記(a)、(b)のプログラム(処理)を実行するd軸電流Idのいわゆるリミッタ(制限器)として動作する。
IF |Id|<|Idlim| THEN Id*←Id …(a)
IF |Id|≧|Idlim| THEN Id*←Idlim …(b)
弱め界磁電流制限部62には、仮最大弱め界磁電流設定部104から仮最大弱め界磁電流設定値Idmaxが設定される。仮最大弱め界磁電流設定値Idmaxは、ロータの磁石の減磁等の観点を考慮して予め設定される。d軸電流Idの使用領域の上限値Idlimの絶対値は、この仮最大弱め界磁電流設定値Idmaxの絶対値以下の値が採れるようになっている(|Idlim|≦|Idmax|)。
弱め界磁電流制限部62には、また、相電流制限部102からモータ30の巻線やインバータ54を構成するスイッチング素子や配線パターンに流れる最大電流を規制する予め定められた最大相電流制限値Iumaxが設定される。最大相電流制限値Iumaxは、モータ30の巻線抵抗がモータ温度Taに応じて大きくなり発熱損失が大きくなることを考慮してモータ30の温度センサ106により検出されるモータ温度Taに応じて、値が設定されるマップ又は特性としてメモリに格納されている。
図7は、最大相電流制限値Iumaxを、Iumax=85[Arms]に設定し、仮最大弱め界磁電流設定値IdmaxをIdmax=−100[A]に設定した場合の、d軸電流制限値(d軸電流制限値線)133で区画される、比較例のd軸電流Idの制限後の使用領域130(ハッチングを付けている領域)を示している。縦軸は、トルク電流としてのq軸電流Iq、横軸は、弱め界磁電流としてのd軸電流Idである。
モータ相電流Iu[Arms]と、弱め界磁電流であるd軸電流Id[A]と、トルク電流であるq軸電流Iq[A]との間には、次の(1)式の関係がある。
Iu=√(Iq2+Id2)/√3 …(1)
よって、図7において、q軸電流Iqの最大値(最大q軸電流値)Iqmaxは、Iqmax=√3×Iumax=√3×85=147[A]に制限される。d軸電流Idの最大値は、仮最大弱め界磁電流設定値Idmax=−100[A]に設定される。
d軸電流Idの制限後の使用領域130は、電流ベクトル制限円132を構成する図7中、実線で示す円弧の部分133と仮最大弱め界磁電流設定値Idmaxによるd軸電流制限値線133により区画(規定)されるハッチング領域になる。このようにして、その図7に示すように、トルク電流であるq軸電流Iqに応じて、d軸電流Idの使用領域の上限値Idlimが、d軸電流制限値線133で規定される。上述したように、d軸電流指令値idcomをidcom=0[A]に設定しているので、d軸電流目標値idtが、idt=idcom+Id*=Id*として、制御装置40中の加算部86(図2参照)により算出されることに留意する。
なお、電流ベクトル制限円132において、「電流ベクトル」は、図7中の原点を始点とし、電流ベクトル制限円132の円周上を終点とするベクトルであり、その電流ベクトルは、q軸電流Iqの成分ベクトル(電流ベクトル)と、d軸電流Idの成分ベクトル(電流ベクトル)と、から構成される。
ところで、電動パワーステアリング装置10は、図1に示したように、モータ30と操向ハンドル12とが動力伝達機構28を介して連結されている。
この場合、操向ハンドル12の回転速度は、運転者により操舵されるため、人が操舵できる範囲に回転速度が規制される。よって、モータ30の回転速度も、その低い回転数により規制されることになり、概ね、Nm=3000[rpm]以下で使用に供される。このことに着目して理論的に分析した結果、電動パワーステアリング装置10のようにモータ30のモータ回転数Nmが低く規制されている場合には、図7の電流ベクトルの使用領域(ハッチング領域)130において、弱め界磁電流であるd軸電流Idの増加が回転数(=回転速度)Nmの増加には寄与せずに、発熱のみが増加してしまう領域があることが分かった。
弱め界磁電流であるd軸電流Idの増加がモータ回転数Nmの増加には寄与せずに発熱のみが増加してしまう領域の計算の仕方については、後に詳しく説明するが、モータ回転数Nmが低く規制されている場合に、図7と同様に、最大相電流制限値Iumaxを、Iumax=85[Arms]に設定し、仮最大弱め界磁電流設定値IdmaxをIdmax=−100[A]に設定した場合の、実施形態に係る図8A、図8Bにおいて、発熱のみが増加する領域135をドットを付けた領域135で示している。
図8A及びその使用例を示す図8Bに示すように、弱め界磁電流制限部62は、基本的には、モータ回転数Nmとトルク電流であるq軸電流Iq(q軸実電流iqr)を引数(アドレス)として弱め界磁電流であるd軸電流Idの上限値Idlimを、図8A、図8B中、ハッチング領域で示す制限後の使用領域134の範囲に制限する。
図8Bに示すように、q軸電流IqがIq=Iq´であるとき、d軸電流Idの制限後の電流ベクトルkは、制限前電流ベクトルiから制限値電流ベクトルjを引いたベクトルで表すことができる。
ここで、図8A、図8B中、弱め界磁電流であるd軸電流Idの増加がモータ回転数Nmの増加には寄与せずに発熱のみが増加する領域135の計算の仕方を、具体的数値例で説明する。
まず、Pn:極対数(既知)、Φa:起電圧定数(既知)、Vd:d軸電圧、Vq:q軸電圧、Id:d軸電流、Iq:q軸電流、R:抵抗(既知)、Ld:d軸インダクタンス(既知)、Lq:q軸インダクタンス(既知)、Vi:線間電圧(=電源電圧Vb/√2)(測定値・算出値)、ωe:ロータの電気角速度(測定値・算出値)、p:微分演算子、Tm:モータトルク、Tf:フリクショントルク(既知)、Iu:相電流(測定値)とする。
電流−トルク特性は、(2)式で得られる。
Tm=Pn{Φa×Iq+(Ld−Lq)Id×Iq}−Tf
≒Pn(Φa×Iq)−Tf …(2)
ただし、Ld≒Lq:この実施形態においては、モータ30をブラシレスモータの非突極機としているので、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqとの差がゼロ値となる。
相電流は、上記(1)式を再掲すると、次の通りである。
Iu=√(Iq2+Id2)/√3 …(1)
通常、マトリクス表記されるdq軸電圧方程式は、次の(3)式及び(4)式で得られる。
Vd=(Ra+pLd)×Id+(−ωeLq)×Iq+0 …(3)
Vq=ωeLd×Id+(Ra+pLq)×Iq+ωeΦa …(4)
線間電圧Viとq軸電圧Vqとd軸電圧Vdの関係は、(5)式で与えられる。
Vi=√(Vd2+Vq2) …(5)
ここで、定常状態のモータ出力特性を計算するために(定常解を得るために)、(3)、(4)式における微分演算子pを含む項は微小量とみなしてゼロ値とする。
そして、上記(5)式の両辺を自乗し、上記(3)、(4)を代入して整理すると、次の(6)式が得られる。
Vi2=Vd2+Vq2
=(Ra×Id−ωeLq×Iq)2
+(Ra×Iq+ωeLd×Id+ωeΦa)2 …(6)
ここで、(6)式の右辺(Ra×Id−ωeLq×Iq)2+(Ra×Iq+ωeLd×Id+ωeΦa)2から左辺Vi2を引いた式を0と置いた、電気角速度ωe[rad/s]を変数とする二次方程式(a・ωe2+2b・ωe+c=0)をその変数である電気角速度ωe[rad/s]について解くと、ωe={−b±√(b2−ac)}/a、となることから、次の(7)式が得られる。
ωe=[−Ra×Iq(−Lq×Id+Ld×Id+Φa)±√[{Ra×Iq(−Lq×Id+Ld×Id+Φa)}2−{(Ld×Id+Φa)2+Lq2×Iq2}{Ra2×(Id2+Iq2)−Vi2}]]/{(Ld×Id+Φa)2+Lq2×Iq2}
…(7)
なお、モータ回転数Nm[r/s]と電気角速度ωe[rad/s]との関係は、(8)式で変換できるので、(7)式に代入すれば、モータ回転数Nmとd軸電流Id及びq軸電流Iqとの関係を求めることができる。
Nm=(ωe/2π)/Pn …(8)
上記(7)式において、例えば、同一トルクでモータ回転数Nmを変化させるために、トルク電流であるq軸電流値IqをIq=81[A]一定とし、弱め界磁電流であるd軸電流Idを0値から変化させると、図9に示すように、d軸電流IdがId=Idm=−84[A]までは、d軸電流Idの絶対値の増加に応じてモータ回転数Nmが増加する、すなわち、弱め界磁制御の効果が発生されるが、それ以上d軸電流Idの絶対値を増加させてもモータ回転数Nmが減少し、一方で発熱損失量Ploss[W]は、Ploss=Ra×Iu2[W]で算出されるので、発熱損失のみが増加することが分かる。d軸電流IdがId=Idm=−84[A]でのモータ回転数Nmを最大回転数Nmmaxという。前記d軸電流Idmを、実行最大d軸電流値という。
ここで、q軸電流値Iqを変化させて、上記の(7)式を解くと、図10に示すq軸電流制限値(q軸電流制限値線)133Rを算出することができる。
なお、図9例の場合、d軸電流値IqをId=0〜Idm=0〜−84[A]まで使用することで、モータ回転数NmとしてNm=Nmmax=2800[rpm]まで対応できるが、モータ回転数Nm=2500[rpm]まで対応させる場合等には、d軸電流値IdとしてId=−50[A]程度に制限すればよい。
[実施例1]
弱め界磁電流制限部62の実施例1について、図11を参照して説明する。
図11は、モータ回転数NmがNm=3000[rpm]以下の場合に、例として、制限前の電流ベクトルが同図中の電流ベクトルA(トルク電流=q軸電流Iq=75[A]、弱め界磁電流=d軸電流Id=−100[A]、モータ相電流Iu=72[Arms])の時に、弱め界磁電流制限部62により、同図中の電流ベクトルB(トルク電流=q軸電流Iq=75[A]、弱め界磁電流=d軸電流Id=−75[A]、モータ相電流Iu=61[Arms])に制限された場合を示す。
トルク電流軸のq軸電流Iqが制限前後でも、Iq=75[A]に保持されていることから、モータ30によるアシストトルクは一定に保持される。また、モータ回転数NmがNm=3000[rpm]以下に規定されているこの場合においては、弱め界磁電流であるd軸電流IdをId=−75[A]に制限しても、モータ回転数Nmは制限の前後で保持(すなわち、概ね同回転数に)される。
従って、図11例では、モータ30のトルク(q軸電流Iqに比例する。)とモータ回転数Nmを保持したまま、発熱源となる相電流Iuを72[Arms](72=√(1002+752)/√3)から61[Arms](61=√(752+752)/√3)に低減することができる。発熱量は電流の二乗に比例することから、発熱量の低減割合は(61/72)2=0.72となり、弱め界磁の効果、すなわちモータ回転数Nmの増加量は略同一であっても、約28[%]の発熱低減効果が得られることが分かる。
[実施例2]
弱め界磁電流制限部62の実施例2について、図12A、図12Bを参照して説明する。
図12Aは、図8Aにおける仮最大弱め界磁電流Idmaxを、Idmax=−100[A]からIdmax=−108[A]に変更して描いた使用領域を示す図であり、図12Bは、温度センサ106により検出されるモータ温度Taが上昇した場合の使用領域を示す図である。
電動パワーステアリングにおいて、電流ベクトル制限円と組み合わせることで、より効果的な発熱抑制が可能となる。例えば、通常の温度時は、電流ベクトル制限円を、図12Aに示すように、最大相電流制限値Iumax=85[Arms]の電流ベクトル制限円132に設定し、温度上昇に対応したさらなる低減が必要になった場合は、図12Bに示すように、最大相電流制限値Iumax=75[Arms]の電流ベクトル制限円132Bに切り替える。
これにより、後述するような温度低減効果を、電流ベクトル制限円の大きさに応じて効果的に得ることができる。電動パワーステアリングにおいては、モータ温度の他、ECUの温度などにより相電流の最大値が制限される場合があり、その場合等に有効である。
[実施例2の具体例]
図12A、図12Bを参照して説明した実施例2の弱め界磁電流制限部62の動作例に対して、電流制限ベクトル円の大きさに応じて制限値を設定する具体例を図13A、図13Bに示す。
図13Aは電流ベクトル制限円132が最大相電流制限値Iumax=85[Arms]の場合(図12Aを再掲)であり、モータ回転数NmがNm=3000[rpm]以下に規制されている場合に、例として、制限前の電流ベクトルが同図中の電流ベクトルA(トルク電流Iq=100[A]、d軸電流(弱め界磁電流)Id=−108[A]、モータ相電流Iu=85[Arms])から、弱め界磁電流制限部62により、同図中の電流ベクトルB(トルク電流Iq=100[A]、d軸電流(弱め界磁電流)Id=−70[A]、モータ相電流Iu=70[Arms])に制限することができ、発熱量の低減割合は(70/85)2=0.68となり、約32[%]の発熱低減効果が得られる。
これに対して、図13Bは、電流ベクトル制限円132Bが最大相電流制限値Iumax=75[Arms]の場合(図12Bを再掲)であり、同図中の電流ベクトルC(Iq=100[A]、Id=−82[A]、Iu=75[Arms])から、弱め界磁電流制限部62により、同図中の電流ベクトルD(Iq=100[A]、Id=−70[A]、Iu=70[Arms])に制限することができ、発熱量の低減割合は(70/75)2=0.87となり、約13[%]の発熱低減効果が得られる。このように、電流制限ベクトル円の大きさに応じて電流制限の設定を変更することは、電動パワーステアリングにおいては、ECUの温度などにより相電流の最大値が制限される場合があるため、その場合に効果がある。
[実施例3]
モータ30の電源電圧であるバッテリ60のバッテリ電圧Vbを検出する電圧センサ64と弱め界磁電流制限部62とを組み合わせることで、より効果的な発熱抑制が可能となる。例えば、バッテリ電圧VbがVb=12[V]の場合に対して、バッテリ電圧VbがVb=13[V]に上昇した場合には、さらに小さな弱め界磁電流であるd軸電流Idによりモータ30を駆動することが可能となる。すなわち、弱め界磁電流であるd軸電流Idをより小さな値に制限することが可能となる。その結果、より効果的に発熱を抑制することができる。このことは、バッテリ電圧Vbが、車載電装部品の使用状況によりモータ30に供給される電源電圧であるバッテリ電圧Vbが12〜16[V]程度の範囲で変動する電動パワーステアリングにおいて、より効果的である。バッテリ電圧Vbに応じた制限値の設定例について図14A、図14Bを参照して説明する。
バッテリ電圧Vbが増加した場合には、図16に示したように、同一のd軸電流値Idに対してよりモータ回転数Nmが増加する。
そこで、この実施例3では、図14Bに示す電源電圧がVb=13[V]の場合には、図14Aに示す電源電圧VbがVb=12[V]の場合に比較して、弱め界磁電流制限部62により、使用領域を使用領域134から使用領域134Cに制限することができる。
[実施例3の具体例]
バッテリ電圧Vbに応じて、制限値を設定した実施例3の具体例を図15A、図15Bに示す。
図15Aは、バッテリ電圧VbがVb=12[V]の場合であり、例として、同図中の電流ベクトルA(Iq=115[A]、Id=−80[A]、モータ相電流Iu=81[Arms])から、弱め界磁電流制限部62により、同図中の電流ベクトルB(Iq=115[A]、Id=−60[A]、Iu=75[Arms])に制限することができ、発熱量の低減割合は(75/81)2=0.86となり、約14[%]の発熱低減効果が得られる。
これに対して、図15Bは、バッテリ電圧VbがVb=13[V]に増加したした場合であり、同図中の電流ベクトルC(Iq=115[A]、Id=−80[A]、モータ相電流Iu=81[Arms])から、弱め界磁電流制限部62により、同図中の電流ベクトルD(Iq=115[A]、Id=−45[A]、Iu=71[Arms])に制限することができ、発熱量の低減割合は(71/81)2=0.77となり、約23[%]の発熱低減効果が得られる。
このように、モータ30の電源電圧であるバッテリ電圧Vbやモータ温度Taに応じて電流制限の設定を変更することは、車載電装部品の使用状況によりバッテリ電圧Vbが12[V]〜16[V]程度まで変動する電動パワーステアリング装置10においては効果的である。
[実施形態のまとめ]
上述した実施形態によれば、運転者の操向ハンドル12の操作による操舵入力に応じて操舵アシスト用のモータ30を駆動制御する電動パワーステアリング装置10であって、以下の技術的特徴[1]−[5]を有する。
[1]前記操舵入力の大きさを検出する操舵入力検出部としての操舵トルクセンサ32と、操舵トルクセンサ32の出力信号である操舵トルクTqに基づいて、モータ30のトルク電流であるq軸電流指令値iqcomを設定するトルク電流設定部としてのq軸目標電流設定部70と、q軸目標電流設定部70にて設定されたq軸電流指令値iqcom及びモータ30のモータ回転数Nmに基づいて、モータ30の界磁を弱めるための弱め界磁電流であるd軸電流Idを設定するd軸電流設定部61と、前記q軸目標電流設定部70によって設定されたq軸電流指令値iqcom及びd軸電流設定部61によって設定されたd軸電流Idに基づいてモータ30を駆動制御するモータ駆動制御部としてのモータ駆動制御装置42と、d軸電流Idを制限値以下のd軸電流Id*に設定する弱め界磁電流制限部(d軸電流制限部)62と、を備え、弱め界磁電流制限部62は、モータ30のトルク電流であるq軸実電流iqrに応じてd軸電流(弱め界磁電流)Idの前記制限値を設定する。
上記の技術的特徴[1]を有する電動パワーステアリング装置10によれば、q軸目標電流設定部70によって設定されたq軸電流指令値iqcomに応じて、換言すればモータ30の駆動状況に応じてd軸電流(弱め界磁電流)Idの制限値を設定するようにしているので、制限値の設定が容易であり、弱め界磁制御が有効ではなくなって無駄な発熱が発生する事象を、モータ30の駆動状況に応じて簡易な構成で且つ効果的に回避することができる。
これにより、q軸電流指令値iqcomを変化させたときに無駄な(無効な、不必要な)弱め界磁制御を行うことを避けることができる。すなわち、無駄な(無効な、不必要な)弱め界磁電流の増加によるモータ30のモータ回転数Nmの低下や、無駄な発熱を避けることができる。
[2]上記の弱め界磁電流制限部62は、モータ30のトルク電流であるq軸電流指令値iqcomに応じて弱め界磁電流であるd軸電流Idの前記制限値を設定する際、q軸電流指令値iqcomに対応するq軸実電流値iqrの値毎に、当該q軸実電流値iqrの値を保持して、弱め界磁電流であるd軸電流Idの値の絶対値を増加させたときに、図9に示したように、モータ回転数Nmが最大回転数Nmmaxから所定回転数ΔNm減少したときの弱め界磁電流値であるd軸電流値Idb又はIdaに設定する。
上記の技術的特徴[2]を有する電動パワーステアリング装置10によれば、それ以上弱め界磁を強めるとモータの回転数が下がってしまうピーク値である最大回転数Nmmaxでの弱め界磁電流値である実行最大d軸電流値Idmを制限値の基準値(図9中、基準値=Idm)とし、誤差等を考慮して最大回転数Nmaxから所定回転数ΔNm減少したときの弱め界磁電流値であるd軸電流値Ida、Idbを制限値としたので、操舵入力検出部としての操舵トルクセンサ32等の各機能部に誤差やばらつきが存在した場合において、制限値の設定が容易になる。換言すれば、電動パワーステアリング装置10を構成する部品及びセンサ等を選択する際の設計の自由度が大きく、且つコストを低減することができる。
[3]上記の技術的特徴[2]を有する電動パワーステアリング装置10において、弱め界磁電流制限部62は、モータ30のトルク電流であるq軸電流指令値iqcomに応じて弱め界磁電流であるd軸電流Idの前記制限値を設定する際、q軸電流指令値iqcomに対応するq軸実電流値iqrの値毎に、当該q軸実電流値iqrの値を保持して、弱め界磁電流であるd軸電流Idの値を増加させたときに、図9に示したように、モータ回転数Nmが最大回転数Nmmaxとなる弱め界磁電流であるd軸電流Idの値(実行最大d軸電流値Idm)に設定する。
上記の技術的特徴[3]を有する電動パワーステアリング装置10によれば、それ以上弱め界磁を強めるとモータ回転数Nmが下がってしまう、モータ回転数Nmのピーク値となる最大回転数Nmmaxでの弱め界磁電流値である実行最大d軸電流値Idmを制限値としたので、前記制限値までの間では、弱め界磁電流であるd軸電流Idの値の増加に応じてモータ回転数Nmが増加することとなり、軽快な操舵フィーリングを保持したまま、発熱損失量を抑制することができる。すなわち、不必要な弱め界磁電流の増加に伴う無駄な発熱を回避することができる。
[4]さらに、モータ30の相電流Iuの上限値Iumaxを設定する相電流制限部102と、相電流制限部102によりモータ30の相電流Iuの上限値Iumaxが変更されたとき、図13A及び図13Bを参照して説明したように、上限値Iumaxの変更に応じて、トルク電流であるq軸電流Iqの値と弱め界磁電流であるd軸電流Idの値とにより決定されるベクトルの大きさを表す電流制限円の大きさを変更し、変更後の電流制限円内に、弱め界磁電流であるd軸電流Idの前記制限値で制限される制限後の使用領域を設定する弱め界磁電流制限後の使用領域設定部としての弱め界磁電流制限部62と、を備えるようにする。
上記の技術的特徴[4]を有する発明によれば、電動パワーステアリング装置10の発熱状況により、相電流Iuを制限する必要がある場合に対応して、弱め界磁電流制限部62を簡易に構築することができる。
[5]さらにまた、弱め界磁電流制限部62は、図14A、図14Bを参照して説明したように、電動パワーステアリング装置10の電源電圧値であるバッテリ電圧Vbに基づいて、弱め界磁電流であるd軸電流Idの前記制限値を変更する。バッテリ電圧Vbに基づいて制限値をさらに変更するので、より効果的な発熱抑制が可能となる。
よって、弱め界磁制御によって操向ハンドル12の操作に係る軽快な操舵フィーリングを保持しつつ、上記のように、弱め界磁制御が有効ではなくなって無駄な発熱が発生する事象を、モータ30の駆動状況に応じて簡易な構成で且つ効果的に回避することができる。
上述したように、この実施形態では、弱め界磁電流であるd軸電流Idの増加(絶対値の増加)がモータ回転数Nmの増加に寄与せず、発熱のみが増加してしまう領域を使用しないように電流の使用領域を制限するようにしている。これにより、操舵速度が低く規定されている電動パワーステアリング装置10のモータ30においては、モータ30から出力されるトルクおよび回転数を保持したまま、モータ駆動電流による発熱を抑制する効果が得られる。この効果により、電動パワーステアリング装置10の軽快な操舵フィーリングを保持したまま、モータ電流による発熱を抑制し、電動パワーステアリング装置10を発熱から保護することができる。
実際に、電動パワーステアリング装置10の発熱が厳しい状況、例えば、真夏の高速道路走行直後に、駐車場で車庫入れをするために、据え切りを数分間連続して行った状況等を想定した耐久試験において、電動パワーステアリング装置10のモータ30を構成する部品の最高温度は、145[℃]程度から115[℃]程度に低減することができた。
また、この発明は、上述した実施形態に限らず、この明細書の記載内容に基づき、種々の構成を採りうることができる。