以下、この発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、この発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置10の構成図である。
車両(不図示)に搭載された電動パワーステアリング装置10は、操向ハンドル12に連結されたステアリング軸14に対して、運転者が与える操舵トルクを補助するトルク(補助トルク)を与えるように構成される。
ステアリング軸14の上端は操向ハンドル12に連結され、下端にはピニオン16が取り付けられている。ピニオン16に噛み合うラック18を設けたラック軸20が配置されている。ピニオン16とラック18によってラック・ピニオン機構22が形成される。ラック軸20の両端にはタイロッド24が設けられ、各タイロッド24の外側端には前輪(転舵輪)26が取り付けられている。
ステアリング軸14に対して、減速機構である動力伝達機構28を介してモータ(ブラシレスモータ)30が設けられている。モータ30は、操舵トルクを補助するための回転力を出力する。この回転力は、上記補助トルクとして、動力伝達機構28を経由して増力されステアリング軸14に与えられる。
ステアリング軸14には、また、操舵トルクセンサ32が設けられている。操舵トルクセンサ32は、運転者が操向ハンドル12を操作することによって生じる操舵トルクをステアリング軸14に加えたとき、ステアリング軸14に加わる当該操舵トルクの大きさと方向を検出し、検出した操舵トルクの大きさに応じた電気信号である操舵トルクTqと方向を出力する。操舵トルクセンサ32は例えばトーションバーを利用して構成されている。
ステアリング軸14には、さらに、ステアリング軸14の回転による操舵角すなわち舵角を操舵方向を含めて検出し、検出した舵角に応じた電気信号である舵角θsを出力する舵角センサ34が設けられている。
電動パワーステアリング装置10の搭載車両には、当該車両の走行速度に対応した電気信号である車速Vsを検出して出力する車速センサ36が設けられている。
さらにまた、電動パワーステアリング装置10は、制御装置40を含むモータ駆動制御装置42を備える。制御装置40を含むモータ駆動制御装置42に対して、上述した操舵トルクセンサ32、舵角センサ34、車速センサ36、モータ30、及び回転角センサ38等が電気的に接続されている。
図2は、図1に示した、電動パワーステアリング装置10のモータ30を駆動制御する、制御装置(モータ制御装置)40を含むモータ駆動制御装置42を備えるモータ制御システム50の構成図である。
制御装置40は、ECU(Electronic Control Unit)であり、前記ECUは、CPU、ROM、RAM、並びにA/D変換器、D/A変換器等の入出力インタフェース、タイマ等を備えるマイクロコンピュータを含み、該マイクロコンピュータの前記CPUが各種入力に基づき前記ROMに記憶されているプログラムを実行することで各種機能部(各種機能手段)として動作する。
モータ30は、dq軸電流成分に基づくベクトル制御により、モータ駆動制御装置42によって駆動制御される。
モータ30には、モータ30のロータの回転角を検出し、電気信号であるロータ回転角、すなわち所定の基準回転位置からのロータの磁極の回転角度に係る状態量を検出して出力するレゾルバ等の回転角センサ38が設けられている。
制御装置40内のRD(レゾルバ・デジタル)コンバータ46により回転角センサ38の出力からモータ30のロータ回転角θm及びモータ30の回転速度(モータ回転速度、モータ回転数、又は回転数ともいう。)Nmがデジタル信号として出力される。
モータ駆動制御装置42は、操舵トルクセンサ32からの操舵トルクTq、舵角センサ34からの舵角θs、車速センサ36からの車速Vs及び回転角センサ38からのモータ回転角(RDコンバータ46からのロータ回転角θm)等に基づき、モータ30を回転駆動するモータ電流Im{U、V、Wの3相の相電流(U相電流)Iu、相電流(V相電流)Iv、相電流(W相電流)Iw}をモータ30に対して出力する。
この場合、電動パワーステアリング装置10は、制御装置40を構成するPWM変換部52からのU、V、W各相のPWM信号に基づいて、バッテリ60から供給される電力を、例えばFETフルブリッジ構成のインバータ54によって電力変換(直流→三相交流変換)することによりモータ30を駆動し、モータ30の各巻線に正弦波の相電流Iu、Iv、Iwを通電してベクトル制御を行うことで、補助トルクを発生させる。上述したように、モータ30の補助トルクは、運転者の操向ハンドル12の操作をアシストする。
モータ30に実際に流れるモータ電流Im(Iu、Iv、Iw)を構成する3つの相電流Iu、Iv、Iw中、相電流Iu及び相電流Ivの大きさと流れる方向とがモータ電流センサ56によりそれぞれ検出され、電気信号としてのU相電流IuとV相電流Ivとされ、dq変換部58にフィードバック出力される。残りの相電流Iwは、演算部59によりIw=−(Iu+Iv)として計算され、dq変換部58にフィードバック出力される。
dq変換部58は、相電流Iu、Iv、Iwをデジタル信号とした後、dq変換を行う。
ベクトル制御におけるdq座標とは、例えば2極のロータを有するモータ30において、永久磁石による界磁極の磁束方向をd軸(界磁軸)とし、このd軸と直交する方向をq軸(トルク軸)とする回転直交座標であり、モータ30のロータと共に同期して回転する。
制御装置40が、q軸を基準とした電流位相を与えることにより、インバータ54からモータ30の各相に供給される交流信号に対する電流指令として、直流的な信号であるd軸電流id及びq軸電流iqを与えるようになっている。
制御装置40は、2相回転磁界座標系(dq座標系)で記述されるベクトル制御によって、指令トルクTqcomに応じたモータ30の制御を行う。すなわち、操向ハンドル12に加わる操舵トルクTqを操舵トルクセンサ32により検出し、検出した操舵トルクTqに応じたアシストトルクが得られるようにモータ30をベクトル制御することにより、手動操舵のアシストを行う。
基本的には、以上のように構成され動作する制御装置40及びモータ駆動制御装置42の基本動作についてさらに詳細な構成を説明しながら、電動パワーステアリング装置10との関係において以下に説明する。
制御装置40は、先ず、指令トルク算出部67において、操舵トルクセンサ32が検出して出力する操舵トルクTq、舵角センサ34が検出して出力する操舵角θsから算出した操舵角速度dθs/dt、及び車速センサ36が検出して出力する車速Vs等に基づき、指令トルクTqcomを求める。この指令トルクTqcomから、目標電流設定部68において、モータ電流Imの目標電流Itが設定され、q軸目標電流設定部70に出力される。
q軸目標電流設定部70は、目標電流Itに基づいて、トルク電流指令値であるq軸電流指令値iqcomを設定する。一方、d軸目標電流設定部72は、弱め界磁電流指令値であるd軸電流指令値idcomを基準値(ここでは、0値)に設定する。
一方、電流センサ56によって検出された、モータ30の三相電流Iu、Iv、Iwがロータ回転角θmに基づきdq変換部58によりd軸電流とq軸電流に変換され、d軸実電流値idr及びq軸実電流値iqrが求められる。
減算部84は、q軸電流指令値iqcomとフィードバックされたq軸実電流値iqrとの偏差Δiqを算出する。
加算部86は、d軸電流指令値idcom(=0)に対して後述する時間微分値設定部62によりd軸電流設定部61で設定され出力されたd軸電流Id(<0)の立ち上がり及び(又は)立ち下がりの時間微分値dId/dt(d/dtは微分演算子)を設定処理したd軸電流Id*(<0)を加算してd軸電流目標値idt(<0)を算出する。なお、d軸電流設定部61で設定され出力されたd軸電流Id(<0)の立ち上がり及び立ち下がりの時間微分値dId/dtは、非常に大きな値となりうる。すなわち、d軸電流設定部61では、ステップ関数的なd軸電流Id(<0)の波形が設定される。
減算部88は、d軸電流目標値idtとフィードバックされたd軸実電流値idrとの偏差Δidを算出する。
PI演算部80、82は、d軸電流偏差Δid及びq軸電流偏差Δiqに対してP(Proportional:比例)制御処理及びI(Integral:積分)制御処理を実行し、d軸電流偏差Δid及びq軸電流偏差Δiqをそれぞれ0に近づけようとするd軸指令電圧Vdcom及びq軸指令電圧Vqcomを算出し、dq逆変換部90に出力する。
dq逆変換部90は、dq座標上でのd軸指令電圧Vdcom及びq軸指令電圧Vqcomに対してロータ回転角θmを用いてdq逆変換を行い、静止座標である3相交流座標上でのU相交流指令電圧Vu、V相交流指令電圧Vv及びW相交流指令電圧Vwに変換する。
PWM変換部52は、各指令電圧Vu、Vv、Vwを、インバータ54の各スイッチング素子をパルス幅変調(PWM)によりオン・オフ駆動させる各パルスからなるスイッチング指令(つまり、パルス幅変調信号)へと変換する。なお、各パルスのデューティは予めPWM変換部52に記憶されている。
各パルス幅変調信号によりインバータ54が駆動され、対応する相電流Iu、Iv、Iwがモータ30の固定子の各巻線に供給されることで、回転磁界が発生され、モータ30のロータ(回転子)が回転する。
d軸電流設定部61により設定される弱め界磁電流であるd軸電流Id(負の値)は、図3の機能ブロック図に示すように生成される。
図3に示すように、d軸電流設定部61は、PI演算部82の出力であるq軸指令電圧Vqcomが入力されるq軸指令電圧対応処理部112と、dq変換部58からのq軸実電流値iqr(=Iqと置く。)が入力されるq軸実電流対応処理部114と、RDコンバータ46の出力であるモータ30の回転数Nmが入力されるモータ回転速度対応処理部116と、相乗積演算部118とから構成される。
q軸指令電圧対応処理部112は、図4に示すq軸指令電圧対応マップ(特性)124を格納し、q軸実電流対応処理部114は、図5に示すq軸実電流対応マップ(特性)122を格納し、モータ回転速度対応処理部116は、図6に示すモータ回転速度対応マップ(特性)126を格納する。
q軸指令電圧対応処理部112は、q軸指令電圧Vqcomをアドレスとしてq軸指令電圧対応マップ124を検索することにより、補正電流要素(d軸電流要素)である出力C1を求める。q軸指令電圧対応マップ124では、q軸指令電圧Vqcomが小さい領域、すなわちq軸電流偏差Δiqが小さい領域部分では、出力C1が0に設定され、q軸指令電圧Vqcomが大きい領域、すなわちq軸電流偏差Δiqが大きい領域では、出力C1がほぼ一定の値となるように設定される。
この処理により、q軸指令電圧Vqcomが大きい領域、すなわちq軸電流偏差Δiqが大きい領域でのみ、弱め界磁電流であるd軸電流Idが流れてモータ30の界磁が減少し、モータ30の回転数Nmが増加する。その結果、走行中にゆっくり且つ小さく操向ハンドル12を操作した場合等では、弱め界磁電流が流れることが防止され、モータ30の電力消費が抑制される。
q軸実電流対応処理部114は、q軸実電流値iqrをアドレスとしてq軸実電流対応マップ122を検索することにより補正電流要素(d軸電流要素)である出力C2を求める。q軸実電流対応マップ122では、q軸実電流値iqrが小さい領域では出力C2がほぼ一定の値に設定され、q軸実電流値iqrが大きい領域では出力C2が0に設定される。この処理により、q軸実電流値iqrが小さい領域でのみ、弱め界磁電流であるd軸補正電流idcが流れてモータ30の界磁が減少し、モータ30の回転数Nmが増加する。その結果、モータ回転数Nmが高く、インバータ54の電圧飽和に至った状態でさらに早くステアリング操作をしようとする場合等に、操向ハンドル12の操作が急に重たくなる現象が防止される。
モータ回転速度対応処理部116は、モータ回転数(モータ回転速度)Nmをアドレスとしてモータ回転速度対応マップ126を検索することにより補正電流要素(d軸電流要素)である出力C3を求める。モータ回転速度対応マップ126では、モータ回転数Nmが小さい領域では出力C3が0に設定され、モータ回転数Nmが大きい領域では出力C3が一定の値に設定される。この処理により、操向ハンドル12をゆっくり操作した場合に、モータ30に弱め界磁電流であるd軸電流Idが流れることを防止でき、無駄な電流の消費、すなわち無駄な発熱を防止することができる。
q軸指令電圧対応処理部112の出力C1、q軸実電流対応処理部114の出力C2、及びモータ回転速度対応処理部116の出力C3は、相乗積演算部118で乗算され、この相乗積C1×C2×C3に比例するd軸電流(d軸基準電流ともいう。)Idが算出される。これにより、d軸電流補正を行う各要素(q軸指令電圧対応処理部112、q軸実電流対応処理部114、及びモータ回転速度対応処理部116)がそれぞれ独立に作用し、q軸指令電圧Vqcomが大きい場合、q軸実電流値iqrが小さい場合、及びモータ回転数Nmが小さい場合に、d軸電流Idが流れて弱め界磁制御が行われる。
次に、この発明の要部に係わる時間微分値設定部62の構成及び動作について説明する。この場合、時間微分値設定部62は、上述のd軸電流設定部61の出力であるd軸電流Idの立ち上がり及び(又は)立ち下がりの時間微分値を設定し設定後のd軸電流Id*を出力する。
なお、時間微分値設定部62における構成及び動作の説明に際し、理解の便宜のために、d軸電流Idの絶対値の増加方向(負の値が大きくなる方向)を正(立ち上がり)、d軸電流Idの絶対値の減少方向(負の値が小さくなる方向)を負(立ち下がり)として説明する。
また、理解の便宜のために、時間微分値設定部62から出力されるd軸電流Id*を、弱め界磁電流指令値Id*ともいう。その理由は、d軸目標電流設定部72で設定されるd軸電流指令値idcomをidcom=0値としているので、実質的に、時間微分値設定部62から出力されるd軸電流Id*が弱め界磁電流の指令値となり、この弱め界磁電流指令値Id*により加算部86でd軸電流目標値idtが決定されるからである。その意味で、時間微分値設定部62は、モータ30の界磁を弱めるための弱め界磁電流指令値Id*を設定する弱め界磁電流設定部として機能する(時間微分値設定部62=弱め界磁電流設定部)。
図7は、時間微分値設定部62の一例のブロック構成図を示している。図7に示すように、時間微分値設定部62は、減算器202と、偏差時間微分値変換部204と、加算器206と、微少時間(クロック時間)dtの遅延器(Z−1)210とから構成される。
減算器202の被減数入力端子には、d軸電流設定部61から時間微分値設定前のd軸電流Id(弱め界磁電流Idともいう。)が供給され、減数入力端子には、時間微分値設定後の前回(微少時間dt前)の、換言すれば1クロック前の弱め界磁電流指令値Id*(Id*(t−1)という。)が供給される。
よって、減算器202の出力端子には、次の(1)式に示す差が、偏差d(Id)として出力され、偏差時間微分値変換部204に供給される。
d(Id)=Id(t)−Id*(t−1) …(1)
偏差時間微分値変換部204は、自己が格納する図7中の偏差時間微分値変換部204中の特性(マップ)212(微少増分付与マップ又は微少増分付与特性ともいう。)を参照し、前回と今回の微少時間(クロック時間)dt間の偏差d(Id)が正{d(Id)>0}の場合には、微少増分d(Id)*としてd(Id)*=D1を加算器206の一方の入力端子に出力し、微少時間dt間の偏差d(Id)が負{d(Id)<0}の場合には、微少増分d(Id)*としてd(Id)*=−D2(負の値であるので実際には、微少減少分)を加算器206の一方の入力端子に出力する。偏差d(Id)がd(Id)=0の場合にはd(Id)*=0を加算器206の一方の入力端子に出力する。
加算器206の他方の入力端子には、遅延演算子Z−1の遅延器210において、微少時間(1クロック時間)dtが遅延された前回の弱め界磁電流指令値Id*(t−1)が供給されるので、加算器206の出力端子、すなわち、時間微分値設定部62の出力端子には、次の(2)式に示す時間微分値設定後の弱め界磁電流指令値Id*(t)が出力される。
Id*(t)=Id*(t−1)+d(Id)* …(2)
なお、時間微分値は、次の(3)式で表される。
d(Id)*/dt …(3)
このようにして設定算出された弱め界磁電流指令値Id*が、時間微分値設定部62から加算部86(図2参照)に供給され、加算部86からd軸電流目標値idt(idt=Id*)が出力される。
図8は、時間微分値設定部62により設定された弱め界磁電流指令値Id*の絶対値│Id*│の波形例を実線で示している。破線の波形は、d軸電流設定部61から出力されたd軸電流Idの波形を示している。なお、トルク電流であるq軸電流指令値iqcomは、iqcom=50[A]の一定値としている。
この図8例では、増加時の微少増分D1の値が、減少時の微少増分D2の値に比較して大きな値に設定されている。これにより波形の立ち上がり部が立ち下がり部に比較してより急に立ち上がっている。すなわち、立ち上がりの時間微分値が立ち下がりの時間微分値より大きな値に設定されている。
図8の時点t1において、弱め界磁電流指令値Id*が初期値0[A]から指令値20[A]に立ち上がると、微少時間dt毎に微少増分D1ずつ大きくされ、初期値0[A]から20[A]まで一定の時間微分値で立ち上がる。また、時点t2において弱め界磁電流指令値Id*が指令値20[A](初期値と考えることもできる。)から初期値0[A](指令値と考えることもできる。)に立ち下がると、微少時間dt毎に微少増分−D2毎に小さくされ、指令値20[A]から初期値0[A]まで立ち下がる。
図9Aは、立ち上がり部及び立ち下がり部の時間微分値補正前の、d軸電流設定部61の出力であるd軸電流Id(図8の点線で示すId)を弱め界磁電流指令値とした場合の比較例の、モータトルクTmq[N]の変化波形を示している。時点t1及び時点t2において、モータトルクTmq=2.0[Nm]に対し、それぞれインパルス的なトルク変動が±0.6[Nm]発生していることが分かる。
これに対して、d軸電流目標値idtを、この実施例による立ち上がり立ち下がりの時間微分値補正後の時間微分値設定部62の出力である弱め界磁電流指令値Id*(図8の実線で示すId*)とした場合の図9Bに示すモータトルクTmq[Nm]の変化波形では、時点t1の立ち上がり部において、トルク変動が0.6[Nm]から0.3[Nm]と半分に減少し、時点t2の立ち下がり部においては、立ち上がり部よりも時間微分値が小さいことからトルク変動が0.6[Nm]から0.1[Nm]と1/6に減少していることが分かる。このように、弱め界磁電流指令値Id*の立ち上がり部及び立ち下がり部における時間微分値{d(Id)*/dt}を一定(一定値)に制御することによりモータ30の回転数Nmの急変化を原因として発生する振動や異音を安定して低減することができ、快適な操舵フィーリングが得られる的確な制御を行うことができる。
上述したように、トルク変動の抑制効果は,弱め界磁電流指令値Id*の時間微分値を小さくするほど、大きな効果が得られる。しかし、時間微分値を小さく設定すると、例えば、高速で操向ハンドル12が急に操舵された場合等に、弱め界磁制御の効果(回転数の円滑な増加)が間に合わず、操舵操作が引っかかってしまう可能性があり、電動パワーステアリング装置10における快適な操舵フィーリングが得られなくなってしまう場合がある。その結果、時間微分値は、弱め界磁電流の効果が間に合うように応答性を考慮すると、それほど小さな値には設定することができないという課題がある。
この課題を解決するために、図7、図8、及び図9Bを参照して説明したように、弱め界磁電流指令値Id*の絶対値が増加する場合と、減少する場合とで、弱め界磁電流指令値Id*の時間微分値に差をつけている。
立ち上がり部と立ち上がり部の時間微分値の差の的確な制御について、図10の弱め界磁電流による変化するモータ出力特性を参照して説明する。
電動パワーステアリング装置10において、操向ハンドル12が急に操作されて操舵速度、換言すればモータ回転数Nmが図10中の動作点Aから動作点Bの回転数に上がろうとする場合にはモータ30に弱め界磁電流を流してモータ30を高回転化する必要がある(特性220側から特性222側方向への変化)。次に、操舵速度が下がり、動作点Bから再び動作点Aに戻る場合には、モータ30に弱め界磁制御を施す必要がなくなるため、弱め界磁電流指令値Id*(弱め界磁電流)は0[A]に戻される(特性222側から特性220への変化)。このようなモータ30の出力特性の変化を考慮すると、動作点Aから動作点Bに変化する場合は、弱め界磁電流の効果が間に合うように応答性を高めるべく、弱め界磁電流の時間微分値を大きく設定する必要がある。その一方、動作点Bから動作点Aに変化する場合は、弱め界磁制御を実施した状態でも動作点Aでの駆動は可能であることから、直ちに弱め界磁電流を初期値である0[A]に戻す必要はなく、弱め界磁電流の時間微分値を小さく設定することが可能になる。その結果、トルクの変動を効果的に抑制することができる。
電動パワーステアリング装置10においては、運転者による操向ハンドル12の操作を原因とする操舵トルクと操舵速度の変化により、弱め界磁電流指令値(ここでは、d軸電流Id)の増減が繰り返されて弱め界磁電流が安定しない場合がある。この場合に、増加時の時間微分値を大きく設定することにより、高速で急に操舵された場合に、振動や異音の発生を許容範囲に抑制しながら、弱め界磁制御の効果が間に合い、また、減少時の時間微分値を小さく設定することにより、弱め界磁電流を安定させて振動や異音を一層抑制することができる。
すなわち、図8に示したように、時点t1での基準値0から弱め界磁電流指令値Id*に到達するまでの立ち上がり区間での時間微分値(弱め界磁電流の時間変化率)を、時点t2での弱め界磁電流指令値Id*から基準値0に到達するまでの立ち下がり区間での時間微分値(弱め界磁電流の時間変化率)に比較して大きな値に設定することで、時点t1における立ち上がり区間では、トルク変動を低減して異音や振動の発生を抑制しながら高速時に急に操舵された場合等における弱め界磁制御の効果の発生が間に合うようになり、時点t2における立ち下がり区間では、時間微分値を小さな値に設定しているので、より一層トルク変動を低減して異音や振動の発生をより抑制することができる。
なお、上述した実施形態では、いわゆるベストモードとしての最適な実施形態を説明したが、以下に示すように、種々変更することができる。
運転者の操向ハンドル12の操作による操舵入力に応じて操舵アシスト用のモータ30を駆動制御する電動パワーステアリング装置10であって、以下の技術的特徴[1]−[6]を有する。
[1]前記操舵入力の大きさを検出する操舵入力検出部としての操舵トルクセンサ32(舵角センサ34を含めて操舵入力検出部と考えてもよい。)と、操舵トルクセンサ32の出力信号である操舵トルクTqに基づいて、モータ30のトルク電流であるq軸電流指令値iqcomを設定するトルク電流設定部としてのq軸目標電流設定部70と、モータ30の界磁を弱めるための、基準値(d軸電流指令値idcom=0)からの弱め界磁電流指令値Id*を設定する弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62と、前記q軸目標電流設定部70によって設定されたq軸電流指令値iqcom及び前記時間微分値設定部62によって設定された弱め界磁電流指令値Id*に基づきモータ30を駆動制御するモータ駆動制御部としてのモータ駆動制御装置42と、を備え、前記弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62は、前記基準値から弱め界磁電流指令値Id*に到達するまでの少なくとも一部区間での時間微分値を一定とするように変更してもよい。
この技術的特徴[1]を有する電動パワーステアリング装置10によれば、前記基準値から弱め界磁電流指令値Id*に到達するまでの少なくとも一部区間での時間微分値を一定とするように設定制御しているので、弱め界磁電流指令値Idの急変(図8参照)による異音や振動の発生が許容範囲となる立ち上がり、立下り時間が設定でき、且つ常に条件に合致する的確な立ち上がり、立下り時間を取れるので、特許文献1のように、状況によって立ち上がり時間が遅くなったり早くなったりすることがない。例えば、無駄に立ち上がり時間が遅くなることがない。よって、弱め界磁電流指令値Idの急変による異音や振動の発生が許容範囲となる最適な弱め界磁電流指令値Id*の変化率の制御、すなわち的確な弱め界磁電流指令値の時間微分値の制御ができる。
[2]上記の弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62は、弱め界磁電流指令値Id*の絶対値が増加する場合と減少する場合で、弱め界磁電流指令値Id*の時間微分値に差を設けたことを特徴とする。
差を設けたので、例えば、スポーツ車、乗用車、商用車等の車種の違い、あるいは省エネ性等の用途の違いによって、弱め界磁電流の時間微分値の使い分けができる。
例えば、弱め界磁制御が不要な状況であるd軸電流指令値である弱め界磁電流指令値Id*の絶対値が減少するときの時間微分値を、増加するときの時間微分値より大きくすることで、早急に弱め界磁電流を小さくすることができ、無駄に弱め界磁電流を流さないで済むこととなる。すなわち、無駄な電力消費を早急に解消することができる。
[3]上記の技術的特徴[2]を有する電動パワーステアリング装置10において、弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62は、弱め界磁電流指令値Id*の絶対値が増加する場合の時間微分値に対して、弱め界磁電流指令値Id*の絶対値が減少する場合の時間微分値を小さく設定したことを特徴とする。
この技術的特徴[3]は、上述したベストモードに対応しており、この場合には、立ち上がりを早く制御でき、早急に目標の弱め界磁電流になるので、処理の遅れがない。且つ、立ち下がりは早急に目標の弱め界磁電流にする必要がないので、より異音や振動を低減できる遅い立ち上がり時間を設定できる。
[4]弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62は、前記基準値から弱め界磁電流指令値Id*に到達するまでの立ち上がりの全区間で前記時間微分値を第1の一定値{例えば、上述したd(Id)*/dt=D1/dt}にする(図11Aも参照)とともに、弱め界磁電流指令値Id*から前記基準値に戻るまでの立ち下がりの全区間で前記時間微分値を前記第1の一定値と同値{d(Id)*/dt=−D1/dt}又は第2の一定値{d(Id)*/dt=−D2/dt}にすることを特徴とする(D1>D2又はD1<D2のいずれでも一定の効果が達成される。)。
すなわち、立ち上がり立ち下がりの全区間で一定とすることで時間微分値の制御が簡単になり、立ち上がり立ち下がりの各全区間でそれぞれ異なる一定値に制御することで、トルク変動による異音や振動を抑制することができ、電動パワーステアリングの軽快な操舵フィーリングを実現できる。
次に、図11A〜図11Dを参照して、他の変形例の技術的特徴について説明する。図11Aは、弱め界磁電流指令値Idの立ち上がりの時間微分値d(Id)*/dtを一定とした場合の波形を示している。
[5]上記の技術的特徴[1]を有する電動パワーステアリング装置10において、図11Bに示すように、前記弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62は、前記基準値0から弱め界磁電流指令値Id*に到達するまでの少なくとも一部区間で時間微分値を一定{d(Id)*/dt=一定}にする際、弱め界磁電流指令値Id*の絶対値が前記基準値0から増加する場合の時間微分値を徐々に(滑らかに)増加させ前記一部区間で前記一定の時間微分値としてもよい。
立ち上がりの開始時、又は立ち下がりの開始時において、時間微分値の変化を滑らかにすることができるので、モータトルクに発生するインパルス的な変動の振幅を小さくできる。
[6]上記の技術的特徴[1]を有する電動パワーステアリング装置10において、図11Cに示すように、前記弱め界磁電流設定部としての時間微分値設定部62は、弱め界磁電流指令値Id*の絶対値の増加中に、弱め界磁電流指令値Id*に到達するまでの少なくとも一部区間で時間微分値を一定とした後、前記時間微分値を徐々に(滑らかに)減少させ前記弱め界磁電流指令値としてもよい。
立ち上がりの終了時、又は立ち下がりの終了時において、時間微分値の変化を滑らかにすることができるので、同様に、モータトルクに発生するインパルス的な変動の振幅を小さくできる。
なお、図11Dに示すように、上記の技術的特徴[5]及び[6]を同時に実施してもよい。
時間微分値の変化を滑らかにする範囲は、基準値から弱め界磁電流指令値Id*までの全体振幅の立ち上がりと立ち下がりの開始部及び終了部で、例えば、それぞれ、5[%]〜20[%]程度、したがって、前記の時間微分値が一定の一部区間は、安定な制御を行うために、立ち上がり及び立ち下がりのそれぞれ95[%](例えば、立ち上がりの開始部のみ全振幅の5[%]程度、時間微分値の変化が滑らかにされている場合に相当する。)〜60[%](例えば、立ち上がりの開始部及び終了部の時間微分値の変化が、それぞれ全振幅の20[%]程度、滑らかにされている場合に相当する。)に選択することが好ましい。
なお、この発明は、上述した実施形態に限らず、この明細書の記載内容に基づき、種々の構成を採りうることができる。