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JP5756091B2 - アルミニウム合金鍛造部材の製造方法 - Google Patents

アルミニウム合金鍛造部材の製造方法 Download PDF

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Description

この発明は、アルミニウム合金製の鍛造素材を鍛造加工して鍛造部材を製造するようにしたアルミニウム合金鍛造部材の製造方法およびその関連技術に関する。
軽量化等の観点から、自動車用足回り部材として、アルミニウム合金製の鍛造部材(鍛造品)が用いられる傾向が高くなっている。このような構造用アルミニウム合金鍛造部材の合金材料としては、Al−Mg−Si合金が多く使用されている。
下記の非特許文献1に示すように、Al−Mg−Si合金として一般に用いられているJIS6061合金においては、鍛造時の加工性を優先して、素材温度を435〜480℃の比較的高温にして鍛造加工するのが通例である。
また下記の非特許文献2に示すように、近年においては、Al−Mg−Si合金の改良品として、鍛造加工時の再結晶を抑制することで強度を向上させた合金(以下「6000系高強度材」と称す)が開発されている。この合金では再結晶を避けるために一般の6061合金よりもさらに高温で鍛造加工を行うようにしている。
軽金属 Vol11、No.12、P741〜758「アルミニウムの鍛造」 神戸製鋼技報Vol55、No.3「自動車サスペンション用高強度アルミニウム合金」
しかしながら、上記非特許文献1に示すように、JIS6061合金を435〜480℃で鍛造加工した場合、鍛造部材はその形状によって各部位毎に加工率が異なるため、各部位によって、組織状態が異なってしまう。例えば一つの鍛造部材の中に、未再結晶組織の部位、微細再結晶組織の部位および粗大再結晶組織の部位が混在するようになってしまう。このように各部位毎に組織状態が異なると、各部位毎に引張特性(引張強度)等の機械的特性(機械的強度)が異なり、機械的特性に大きなバラツキがある鍛造製品となってしまう。このため、鍛造製品として保証できる機械的特性値は、標準的な試験値よりも大幅に低い値に設定せざるを得ず、構造材として要求される機械的特性の保証値を満足させるには、部材の肉厚を厚くする必要がある。その結果、鍛造部材の高重量化を招き、所期の目的としての軽量化を阻害してしまう。
ここで本明細書において、未再結晶組織とは、鋳造加工時の結晶粒が維持された状態で、結晶粒界上に最終凝固部に生じる晶出物が存在する状態の組織である。
さらに粗大再結晶組織とは、塑性加工によって加えられた歪を駆動力として再結晶が生じた状態で、再結晶後の結晶粒径が鋳造加工時の結晶粒径よりも大きくなった状態の組織である。
さらに微細再結晶組織とは、塑性加工によって加えられた歪を駆動力として再結晶が生じた状態で、再結晶後の結晶粒径が鋳造時の結晶粒径に対して同程度の大きさになるか、もしくは小さくなった状態の組織である。
一方、上記非特許文献2に示す6000系高強度材は、通常の鍛造加工では鍛造部材のほぼ全域で再結晶化を抑制することができ、各部位毎の機械的強度のバラツキも抑制することができる。しかしながら、軽量化を図るために薄肉形状の鍛造部材を形成しようとすると、鍛造加工率がより高くなる上さらに、薄肉部では鍛造加工時の鍛造素材からの放熱量も大きくなるため、鍛造素材の温度が低下し、再結晶しやすくなってしまう。このため、6000系高強度材においても、薄肉形状で加工率が高い鍛造部材を製造しようとすると、鍛造部材に、未再結晶組織、粗大再結晶組織および微細再結晶組織が混在し、部位毎に機械的特性が異なることとなり、この機械的特性のバラツキにより、優れた鍛造製品を得ることが困難となってしまう。その結果、6000系高強度材を用いても、上記JIS6061合金を用いる場合と同様に、軽量化を図ることが困難である。
本発明の好ましい実施形態は、関連技術における上述した及び/又は他の問題点に鑑みてなされたものである。本発明の好ましい実施形態は、既存の方法及び/又は装置を著しく向上させることができるものである。
この発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、軽量化を図りつつ、部位毎の機械的特性のバラツキを小さくできる鍛造部材を製造することができるアルミニウム合金鍛造部材の製造方法およびその関連技術を提供することを目的とする。
本発明のその他の目的及び利点は、以下の好ましい実施形態から明らかであろう。
鍛造加工の技術分野においては、既述した通り、再結晶化を可及的に抑制して、鍛造部材の機械的特性を向上させるとこが技術常識となっている。このような技術背景の下、本発明者は、再結晶化の抑制とは異なる観点から、上記の課題を解決しようと試みた。
そして、本発明者は実験、研究を行っていくうち、鍛造部材(鍛造製品)の各部位において、所定以上の領域を、微細再結晶組織状態とすることで、鍛造部材における各部位毎の機械的特性のバラツキを小さく抑えることができ、上記の課題を解決することができる、という知見を得た。
さらに本発明者は、鍛造加工時における再結晶の発生挙動について、実験、研究を行ったところ、鍛造素材の合金組成および鍛造加工時の素材温度に基づいて、再結晶の発生挙動を制御できる、ということを見出した。
そして本発明者は、鍛造加工において、再結晶の発生挙動を的確に制御して、鍛造部材における微細再結晶組織の領域を増大させることにより、上記の課題を解決可能な構成を見出し、本発明をなすに至った。
すなわち、本発明は、以下の手段を備えるものである。
[1]Mgを0.35〜1.2質量%、Siを0.2〜1.3質量%、Cuを0.5質量%以下、Feを0.15質量%以上、Crを0.05質量%以上、Mnを0.05質量%以下含み、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金鍛造素材を準備しておき、
鍛造素材温度(℃)≦−260(℃)×[Fe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)]+440(℃)の関係式を満たす温度条件で、前記アルミニウム合金素材に対し熱間鍛造を行うようにしたことを特徴とするアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
[2]前記[Fe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)]を0.5質量%以下に調整するものとした前項1に記載のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
[3]前記熱間鍛造を行う前に、製造予定の鍛造部材と、鍛造素材との形状に基づいて、各部位毎の相当歪を算出して、その各部位毎の相当歪を全て含む全体の相当歪の範囲を求めておき、
その全体の相当歪の範囲から、予め準備しておいた鍛造素材温度と相当歪の範囲とを関連付けた情報に基づき、鍛造素材温度の上限値を算出し、
その鍛造素材温度の上限値から、前記関係式に基づいて、前記Fe、Cr、Mnの含有量合計の上限を特定するようにした前項1または2に記載のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
[4]前記熱間鍛造を行う前に、鍛造素材の組成に基づき、前記Fe、Cr、Mnの含有量合計を算出し、その含有量合計から、前記関係式に基づいて、鍛造素材温度の上限値を求めておき、
その求めた鍛造素材温度の上限値から、予め準備しておいた鍛造素材温度と相当歪の範囲とを関連付けた情報に基づき、鍛造加工において許容される全体の相当歪の範囲を求め、
その許容される全体の相当歪の範囲内で、鍛造素材および鍛造部材の形状を設計するようにした前項1または2に記載のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
[5]Mgを0.35〜1.2質量%、Siを0.2〜1.3質量%、Cuを0.5質量%以下、Feを0.15質量%以上、Crを0.05質量%以上(好ましくは0.15質量%以上)、Mnを0.05質量%以下含み、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金鍛造部材であって、
50%以上の領域が、微細再結晶組織の状態に調整されるとともに、250MPaを超える引張強度の値を備えたことを特徴とするアルミニウム合金鍛造部材。
[6]各部位毎における50%以上の領域が、微細再結晶組織の状態に調整される前項5に記載のアルミニウム合金鍛造部材。
[7]各部位毎の引張強度のバラツキが、塑性加工無しの状態の引張強度に対して±5%以内に調整される前項5または6に記載のアルミニウム合金鍛造部材。
[8]前項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法によって製造されたアルミニウム合金鍛造部材によって構成されることを特徴とする自動車用構造材。
発明[1]のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法によれば、鍛造加工時における再結晶の発生挙動を制御でき、所定の多くの領域が微細再結晶組織状態の鍛造部材を得ることができる。これにより軽量で機械的特性に優れた鍛造部材を得ることができる。
また本発明によれば、鍛造時の素材温度をあまり高温にする必要がないため、省エネルギー化を図ることができる。
なお本発明は、例えば図1に示すような薄肉部と厚肉部とを有する特別な形状の鍛造部材10を製造する際に好適に用いることができる。
この鍛造部材10は、両端の筒状部13,13と、両筒状部13,13を連結する連結部14とを備えている。連結部14は肉盗み部15を有し、その肉盗み部15が周囲の厚肉部11よりも肉厚が小さい薄肉部12として構成されている。さらに筒状部13,13は、その周胴部が肉厚が小さい薄肉部12,12として構成されている。
本発明においては例えば、薄肉部12の厚みが10mm以下、好ましくは10mm〜3mmであり、厚肉部11の厚さが薄肉部位の厚さの4倍以上、好ましくは4〜10倍に設定されているのが好ましい。さらに例えば図1の鍛造部材10を上方から見た平面視(片面視)の状態で、その平面全体の面積に対し薄肉部12が形成されている領域の面積の比率(%)が、20〜70%に設定されているのが好ましい。
中でも特に本発明は、厚さが10mm以下である薄肉部を有する形状で、その薄肉部において微細結晶組織領域が95%以上の自動車用構造材としての鍛造部材を好適に製造することができる。
そのような形状を有する鍛造部材によって構成される自動車部品としては、ウィッシュボーン構造のフロントサスペンションにおけるアッパーアーム、マルチリンク構造のリアサスペンションにおけるトーコントロールアームを挙げることができる。
なお言うまでもなく、本発明は、これらの自動車部品や図1に示す形状に限定されるものではない。さらに本発明は、数値で示した上記の好適範囲に限定されるものでもない。
発明[2]〜[4]のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法によれば、上記の効果をより確実に得ることができる。
発明[5]のアルミニウム合金鍛造部材によれば、軽量で優れた機械的特性を備えるものである。
発明[6][7]のアルミニウム合金鍛造部材によれば、各部位毎の機械的特性のバラツキが小さいため、機械的特性をより一層向上させることができる。
発明[8]の自動車用構造材によれば、軽量で優れた機械的特性を備えるものである。
図1はこの発明の製造方法によって製造可能な鍛造部材の一例を示す斜視図である。 図2は鍛造部材の結晶組織状態を鍛造素材温度と相当歪との関係の下で示すグラフである。 図3はこの発明の実施例における鍛造素材温度とFe、Cr、Mnの含有量合計との関係を示すグラフである。 図4は鍛造加工における加工率と相当歪との関係を示すグラフである。 図5はこの発明の実施形態である鍛造部材の製造手順を示すブロック図である。 図6はこの発明の実施例で使用された合金組成確認用のディスクサンプルを示す斜視図である。 図7は鍛造部材における中心相当歪値(相対値)と微細再結晶領域範囲との関係を示すグラフである。
この発明の実施形態であるアルミニウム合金鍛造部材の製造方法において、鍛造素材としては、Al−Mg−Si合金製のものが用いられる。そして、本実施形態では、この鍛造素材の合金組成および鍛造素材の素材温度を特定することによって、上記の課題を解決可能な鍛造部材(鍛造製品)が得られるものである。
本実施形態において、鍛造素材は、Mgを0.35〜1.2質量%、Siを0.2〜1.3質量%、Cuを0.5質量%以下、Feを0.15質量%以上、Crを0.15質量%以上、Mnを0.05質量%以下含み、残部がAlおよび不可避不純物からなる合金組成を有している。
本実施形態において、Mgは、Siと共存して、MgSi系析出物を形成し、鍛造部材(最終製品)の強度向上に寄与するため、含有させる必要がある。
Mgの含有量は、0.35〜1.2質量%に調整する必要があり、好ましくは0.8〜1.2質量%に調整するのが良い。
Mgの含有量が少な過ぎる場合には、析出物形成による強化の効果が少なくなるため、好ましくない。逆にMgの含有量が多過ぎる場合には、鍛造加工時の加工性(塑性加工性)を低下させるとともに、最終製品の靭性を低下させるため、好ましくない。
Siは、上記したように、Mgと共存して、MgSi系析出物を形成し、最終製品の強度向上に寄与するため、含有させる必要がある。
Siの含有量は、0.2〜1.3質量%に調整する必要があり、好ましくは0.7〜0.9質量%に調整するのが良い。
Siの含有量が少な過ぎる場合には、析出物形成による強化の効果が少なくなるため、好ましくない。逆にSiの含有量が多過ぎる場合には、Siの粒界析出が多くなるため、粒界脆化が生じやすく、鋳塊の鍛造加工性および最終製品の靭性を低下させるおそれがある。なお、Siは、MgSi系析出物を生成するのに十分な量を超えて、過剰に添加することにより、時効処理後の最終製品の強度をさらに高めることができる。
Cuは、MgSi系析出物の見かけの過飽和量を増加させ、MgSi系析出物を増加させることにより、最終製品の時効硬化を著しく促進させるため、含有させるのが好ましい。
Cuの含有量は、0.5質量%以下に調整する必要があり、好ましくは0.3〜0.5質量%に調整するのが良い。
Cuの含有量が多過ぎる場合には、鍛造加工時の加工性および最終製品の靭性を低下させ、さらに耐食性を劣化させるため、好ましくない。
ところで、本実施形態では、鍛造部材の各部位を、単なる再結晶組織ではなく、部位毎に50%以上(好ましくは全部)の領域を、微細再結晶組織状態とすることで鍛造部材の各部位の機械的特性のバラツキを十分に抑えることができる。
さらに鍛造加工時における再結晶の発生挙動は、鍛造素材の成分と素材温度とを一定とした場合において、後述する相当歪量が少ないと未再結晶組織となり、相当歪量が多くなるに従って粗大再結晶組織となり、さらに相当歪量が多くなると微細再結晶組織という具合に変化するものである。
ここで未再結晶組織、粗大再結晶組織および微細再結晶組織については、上記[発明の概要]の欄で説明した通りであるが、さらに付け加えると以下の通りである。
すなわち未再結晶組織とは、鋳造時の結晶組織から変化していない状態のことで、例えば、結晶平均粒径は50〜300μmである。
さらに粗大再結晶組織とは、再結晶後の結晶粒径が鋳造加工時の結晶粒径よりも大きくなった状態の組織である。例えば「再結晶後の結晶平均粒径」=M×「鋳造時の結晶平均粒径」(M=10〜100)と表すことができる
さらに微細再結晶組織とは、再結晶後の結晶粒径が鋳造加工時の結晶粒径よりも小さくなった状態の組織である。例えば「再結晶後の結晶平均粒径」=N×「鋳造時の結晶平均粒径」(N=0.05〜10)と表すことができる。
なお平均粒径は、従来の手法、例えば以下の手順によって、結晶組織を顕微鏡で観察した画像から切片法によって求めることができる。
まず、鍛造加工品の断面組織のミクロ写真を倍率100倍で撮影し、この写真上で任意に縦および横の長さがそれぞれ「L1」および「L2」の直線を引く。
次いで、「L1」および「L2」の長さの直線上を交差する形で存在する粒界の数を数えてそれぞれ「n1」および「n2」とし、下記数式(1)にて平均粒径を求め、これをミクロ写真から求めた結晶粒の平均粒径とする。平均粒径の大きさは、「L1」および「L2」の長さには依存しないで求めることができる。
平均粒径=(L1+L2)/(n1+n2)・・・数式(1)
一方、鍛造部材において、相当歪量と鍛造加熱温度との関係における、鍛造部材の再結晶組織の状態は、図2のグラフに示す状態となっている。なお同図において、横軸は、相当歪を示し、縦軸は、鍛造加熱温度(鍛造素材温度)を示している。さらに図中の黒塗りの菱形印が未結晶組織状態を示し、黒塗りの丸印が粗大再結晶組織状態を示し、黒塗りの正方形印が微細再結晶組織状態を示している。
同図に示すように、相当歪値の範囲を仮定した時に、鍛造加熱温度が高い場合には、未再結晶状態の割合が多く、鍛造加熱温度が低くなるに従って、粗大再結晶状態の割合が増加し、さらに鍛造加熱温度が低くなると、微細再結晶状態の割合が増加している。つまり図の左上方から右下方に向けて未再結晶状態、粗大再結晶状態、微細再結晶状態と組織状態が変化している。さらに図2においては、粗大再結晶組織領域と微細再結晶組織領域の境界は、ほぼ直線(境界線E1)で表すことができ、境界線E1よりも左上の領域が未結晶組織領域および/または粗大再結晶組織領域となり、右下の領域が微細再結晶組織領域となっている。
本発明においては、図2のグラフに基づいて、例えば、以下のように鍛造加工時の再結晶の発生挙動を制御して、鍛造部材における微細再結晶組織領域を50%以上、好ましくは90%以上に調整することができる。
(1)鍛造素材から鍛造品形状に鍛造加工する際に各部位の加工率を求め、もしくは直接、各部位の相当歪を求め、そこから、鍛造素材に対する鍛造部材の全体としての加工率の範囲または相当歪の範囲K(図2参照)を求める。各部位の相当歪は後述するようにシミュレーションで求めることができる。なお、図4に示すように、加工率と相当歪とは単調増加の相関関係がある。参考までに、同図におけるグラフプロットの近似直線の直線式は、[y:加工率]=41.786×[x:相当歪]−1.3857で表される。
(2)図2に示すように、鍛造素材温度を「Ta」としたときには、相当歪の全範囲Kで、境界線E1よりも左上の領域、つまり粗大再結晶組織領域となってしまう。
(3)鍛造素材温度を「Tb」まで下げると、相当歪の全範囲Kで、境界線E1よりも右下の領域、つまり微細再結晶組織領域とすることができる。
(4)鍛造素材温度が例えば「Ta」から「Tb」の範囲内に設定したときには、その範囲内のいずれの温度であっても、相当歪の範囲Kでは境界線E1を跨ぐことになり、相当歪値の範囲が「K」である鍛造部材全体として見れば、粗大再結晶組織領域と微細再結晶組織領域とが混在する状態となる。
(5)例えば図2において、鍛造素材温度が「Ta」から「Tb」の範囲内の「Tc」に設定したとすると、その設定温度Tcでの鍛造部材における粗大再結晶組織領域と、微細再結晶組織領域との平均的な割合(比率)は、設定温度Tcでの相当歪の範囲Kにおいて、粗大再結晶組織領域の範囲Kaと、微細再結晶組織領域の範囲Kbとの比率(Kb/Ka)とほぼ等しくなる。従って所望の比率(Kb/Ka)から逆算して、鍛造素材温度を設定することができる。つまり所望の混在状態、例えば微細再結晶組織領域を50%にした状態の鍛造部材を得るには、相当歪の全範囲Kまたは加工率の全範囲において、所望の混在状態に対応する所望の比率(Kb/Ka)となるように、鍛造素材温度を設定すれば良い。
(6)具体的に説明すると、図2に示すように粗大再結晶組織領域と微細再結晶組織領域との境界線E1の直線式は、鍛造素材加熱温度[℃]=85.7×目標相当歪[%]+263.6で表すことができる。従って、相当歪の全範囲Kのうち、粗大再結晶組織領域の範囲Kaと、微細再結晶組織領域の範囲Kbとが所望の比率となる際の「Ka」と「Kb」の境界位置の相当歪値Kcを求め、その境界位置の相当歪値Kcを目標相当歪として、上記境界線E1の直線式に当てはめて鍛造素材加熱温度を算出し、その温度を鍛造加工時の鍛造素材温度として設定すれば良い。
ここで、鍛造部材全体において相当歪値の分布が一様でなく偏りが大きい場合(例えば、一部分だけが加工率が高く、多くの他の部分の加工率が低い場合)には、例えば以下の手法(a)〜(c)に示すように、相当歪値の分布関数を使ってKa、Kbを補正してKcが所定の値となるように決めるのがより好ましい。
(a)鍛造部材全体の相当歪値の分布関数f(相当歪値)を求めておき、f(相当歪値)を最小値からKc値まで積分したものを「Ka」とし、f(相当歪値)をKc値から最大値まで積分したものを「Kb」としたときに、Kb/Kaが所望の値以上となるように、Kc値を決める。そのKc値から例えば上記境界線E1の直線式を用いて鍛造素材加熱温度を求めることができる。
(b)分布が一様とみなせるか否か、精度が必要か否かなどにより補正の要不要を判断すればよい。ちなみに補正をしない場合は、分布関数f(相当歪値)=1であり、分布は一様となり前述の簡易型となる。
(c)また鍛造部材全体の相当歪の分布関数は、適当な箇所をサンプリングして相当歪値を求め、それから分布関数を求めてよい。
以上のように補正して設計することで、領域の値の精度が向上するので好ましい。
また、図2のグラフの縦軸、横軸の値は、Fe、Cr、Mnの量が各々0.01質量%程度の僅かな差の範囲ではそのまま適応できるが、例えばMn量が0.1質量%増加した場合は、当該合金を用いて据込品を作成し、その断面をマクロ組織観察して、再結晶状態を観察することによって図2と同様なグラフを作成することができ、そのグラフを使って上述した設定の考え方を適用できる。
ところで、鍛造部材の各部位において、未再結晶組織、微細再結晶組織および粗大再結晶組織の混在状態が異なると、部位毎に機械的特性が異なることとなり、この機械的特性のバラツキにより、優れた鍛造製品を得ることが困難となる。
従って、鍛造加工における鍛造素材全体において、再結晶の発生挙動を制御して、微細再結晶組織の領域を増大させることによって、各部位毎に機械的特性のバラツキが小さい鍛造部材を製造することが可能となる。
そこで本実施形態では、以下に説明するように、鍛造加工時における再結晶の発生挙動を制御して、所望の鍛造部材を製造するものである。
まず、鍛造加工時における再結晶の発生挙動に大きく関与する成分(元素)として、Fe、Cr、Mnがある。Fe、Cr、Mnは、Al−Mg−Si合金製の鍛造素材において、その不可避不純物等として含有されている。
本実施形態において、このFe、Cr、Mnの含有量が少ないと再結晶が生じ易くなる。よって、再結晶を促進させるために、Fe、Cr、Mnの含有量の合計(質量%)を0.5質量%以下に調整するのが良く、好ましくは0.3〜0.5質量%に調整するのが良い。
なお、不可避不純物として混入量が多い場合は、例えば、鋳造用溶湯にアルミニウムを追添加することで目的の範囲に調製できる。
また本実施形態においては、Feを0.15質量%以上に調整する必要があり、好ましくは0.2〜0.3質量%に調整するのが良い。
またCrを0.05質量%以上に調整する必要があり、好ましくは0.05〜0.2質量%に調整するのが良い。
さらにMnを0.05質量%以下に調整する必要がある。なおMnは含有量が0%、つまりMnは含まれていなくとも良い。
これらの各元素(Fe、Cr、Mn)の総和含有量が多過ぎる場合には、鍛造加工時の再結晶化が十分に進行せず、微細再結晶組織の領域を十分に確保できないことがあるため、好ましくない。
総和含有量が多過ぎて、0.5質量%を超えた添加量になると、Fe、Cr、Mnの量バランスによっては晶出物が生成してしまうために再結晶の生成への働きかけが不十分になり、単に靭性を損なうおそれが生じるので好ましくない。
従って、微細再結晶組織の領域を十分に確保するためには、含有量が0.5質量%以下であるのが好ましい。
また本実施形態では、後述の実施例から理解されるように、鍛造加工時における鍛造素材の素材温度(鍛造素材温度)に関して、以下の関係式を満足させる必要がある。
鍛造素材温度(℃)≦−260(℃)×[Fe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)]+440(℃)
すなわち鍛造素材温度を上記特定の範囲内に調整することによって、鍛造加工時に、再結晶の駆動力としての充分な歪が塑性加工時に導入され、再結晶化が十分に進行し、厚肉部においても好ましい微細再結晶組織状態の鍛造部材を確実に得ることが可能となる。
従って、本実施形態においては、鍛造素材の素材温度をFe、Cr、Mnの含有量に応じた温度に設定して、鍛造素材を鍛造加工することにより、鍛造部材の全域において、微細な再結晶を生じさせることができ、各部位間で機械的特性のバラツキの少ない鍛造部材(鍛造製品)を製造することができる。
次に、本発明の製造方法を実施するに際して、具体的な設計手順のいくつかの例を説明する。なお、以下に詳述するように本発明は、これらの設計手順に従って、予め決定された形状、組成、鍛造素材温度条件を用いる鍛造部材の製造方法である。
<設計手順1>
設計手順1は、以下のステップS11〜S15を含むものであり、製品(鍛造部材)の形状からそれに最適な組成等を決定する場合の手順である。
ステップS11:使用する予定の鍛造素材と製造する予定の鍛造済品(鍛造部材)との各形状が与えられた時、各部位での相当歪を、鍛造素材形状から鍛造済品形状への成形過程をシミュレーションすることで求める。このシミュレーションで使用するソフトウエアとしては、例えば鍛造解析ソフト「DEFORM」を挙げることができる。
ステップS12:各部位の相当歪が全て含まれる相当歪の範囲、つまり鍛造部材全体での相当歪の範囲を求め、その範囲を図2上に相当歪の範囲として設定する。なお本発明においては、図2のグラフが、予め準備しておいた鍛造素材温度と相当歪の範囲とを関連付けた情報として用いられる。
ステップS13:設定した相当歪の範囲で成形品(鍛造部材)全体として所望の微細再結晶領域範囲の比率、例えば50%を設定し、その比率に相当する相当歪(目標相当歪)を図2のグラフに基づき決定し、その目標相当歪から図2のグラフに基づき鍛造加熱温度の上限値を求める。
ステップS14:鍛造加熱温度の上限値が決まると、その温度から図3のグラフを用いて、(Fe、Cr、Mn)の総量の上限を求める。なお図3のグラフは、鍛造素材温度(鍛造加熱温度)とFe、Cr、Mnの含有量合計との関係を示すグラフであり、その詳細については後に説明する。
ステップS15:以上の手順によって、合金組成、鍛造素材温度条件が求められる。
<設計手順2>
設計手順2は、以下のステップS21〜S25を含むものであり、組成からそれに最適な形状を決定する場合の手順である。
ステップS21:使用する材料が与えられた時、その材料の組成から(Fe、Cr、Mn)の総量を求める。
ステップS22:図3のグラフを用いて、(Fe、Cr、Mn)の総量から鍛造素材温度の上限を求める。
ステップS23:求めた鍛造素材温度の上限を、図2のグラフの縦軸の鍛造素材温度として設定する。なお本発明においては、図2のグラフが、予め準備しておいた鍛造素材温度と相当歪の範囲とを関連付けた情報として用いられる。
ステップS24:図2のグラフに基づき、設定した鍛造素材温度において、成形品(鍛造部材)全体としての所定の微細再結晶領域範囲、例えば50%を満足する相当歪の範囲を求め、その範囲を許容される相当歪範囲とする。具体的には、図2のグラフに基づき、設定した鍛造素材温度に対応した目標相当歪が求まり、その目標相当歪値から歪値小側、大側(図上では歪軸左右方向)に、Kb/Kaが例えば50%以上となるように相当歪の範囲(Ka、Kb)を求める。
ステップS25:鍛造素材および鍛造済(鍛造部材)の形状を、上記許容される相当歪範囲内で設計する。
<設計手順3>
設計手順3は、設計手順1(ステップS11〜S15)に、さらに以下のステップS16〜S19)を含むものであり、設定手順1に微調整ループを付け加えたものである。
ステップS11〜S15:上記設計手順1で説明した通りである。
ステップS16:ステップS11〜S15で求めた合金組成、鍛造素材温度条件を用いて製造した製品(鍛造部材)の再結晶状態をマクロ組織観察によって評価する。
ステップS17:得られた再結晶状態と鍛造荷重との関係を評価し、その評価結果に基づいて、所定の微細再結晶領域範囲(例えば50%)を確保できる鍛造荷重が、鍛造加工に使用する鍛造機の最大荷重能力値(好ましくは、最大荷重能力値の80%)よりも大きくする必要が生じる場合(微調整が必要な場合)は、ステップS14に戻って、Fe,Cr,Mnの総量が少なくなるように成分を再検討する。
ステップS18:得られた再結晶状態と鍛造荷重との関係を評価し、その評価結果に基づいて、所定の微細再結晶領域範囲(例えば50%)を確保できる鍛造荷重が、鍛造加工に使用する鍛造機の最大荷重能力値(好ましくは、最大荷重能力値の80%)に対して余裕がある場合(微調整が必要な場合)は、ステップS13に戻って、鍛造温度が低くなるように鍛造素材温度を再検討する。
ステップS19:ステップS17,S18で微調整の必要がなければ、設定手順を終了する。
なお、本実施形態において、鍛造素材温度の下限は、鍛造加工の成形時の荷重によって決定することが好ましい。例えば、鍛造時の素材温度を下げると成形時の荷重が上がるが、その荷重が鍛造機の最大荷重能力値(好ましくは最大荷重能力値の80%)に一致したときの素材温度を下限温度とすることができる。さらに好ましくは「(−260(℃)×[Fe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)]+440(℃))−60℃」を素材温度の下限温度とすることが好ましい。
言うまでもなく、本実施形態においては、本発明の目的を達成可能な範囲内で、例えば再結晶の発生挙動に影響しない範囲内で、析出強化を目的等として、他の元素を添加するようにしても良い。
ここで本実施形態において、相当歪量とは、鍛造加工率と同等の物理量εで定義される。既述したように相当歪量と鍛造加工率とは相関関係にあり、上記図4に示す通りである。具体的には、相当歪量=α×鍛造加工率+β(α:0.41〜0.42、β:1.2〜1.5)で表すことができる。
そしてこの相当歪量「ε」は、以下の関係式に基づいて求めることができる。
dε=[(2/9){(dε−dε+(dε−dε+(dε−dε+(3/2)(dγxy +dγyz +dγzx )}]1/2
ε=∫dε(履歴に沿う積分)
ただし、
ε:X方向の伸縮歪
ε:Y方向の伸縮歪
ε:Z方向の伸縮歪
γxy:XY面内でのせん断歪
γyz:YZ面内でのせん断歪
γzx:ZX面内でのせん断歪
なお、相当歪に関する参考文献としては「株式会社コロナ社発行社団法人日本塑性加工学会編『塑性加工便覧』P1077」を例示することができる。
本実施形態において、実際の鍛造素材温度を、上記特有の素材温度条件(目標とする鍛造素材温度)に設定するには、以下の(1)〜(4)の処理を順次行う方法を好適に採用することができる。
(1)鍛造素材を加熱炉から取り出した時の温度低下速度を求める(温度低下速度算出処理)。
(2)目標の鍛造素材温度まで加熱された鍛造素材を加熱炉から取り出して鍛造加工するまでの時間と、上記温度低下速度算出処理で算出した温度低下速度とに基づいて、鍛造素材を加熱炉から取り出して鍛造加工するまでの温度低下幅を求める(温度低下幅算出処理)。
(3)鍛造素材を鍛造金型に投入する際に、鍛造素材に対し、実際の鍛造素材温度に上記温度低下幅算出処理で算出した温度低下幅を加えた温度にて予備加熱処理を施す(予備加熱処理)。
(4)鍛造加工時の温度低下を防ぐため、鍛造金型に加熱装置を設けて加熱する(金型による加熱処理)。この金型温度はなるべく、目標とする鍛造素材温度に近い温度にするのが望ましいが、あまりに高い温度になると、鍛造加工時の潤滑剤の効果が損なわれるため、使用する潤滑剤の仕様温度範囲の上限にあわせて設定するようにすれば良い。
なお本実施形態においては、上記(1)〜(4)の全ての処理を必ずしも行う必要はなく、鍛造素材の温度が前述した関係式を満たすように適宜組み合わせることができる。例えば上記(4)の処理を省略して上記(1)〜(3)の処理を順次行うようにしたり、上記(3)の処理を省略して上記(1)(2)(4)の処理を順次行うようにしても良い。
図5に例示するように、本実施形態の鍛造部材の製造方法においては、鋳造工程、均熱処理工程、鍛造加工工程(熱間鍛造工程)および鍛造後処理工程がこの順で行われて、鍛造部材(鍛造製品)が製造されるものである。
鋳造工程は、鍛造素材を得るための工程である。すなわち本実施形態において、上記の組成からなる鍛造素材は、連続鋳造法によって得られる。連続鋳造法としては、ホットトップ垂直連続鋳造法、気体加圧式ホットトップ垂直連続鋳造法、水平連続鋳造法等の鋳造法を好適に用いることができる。鋳造速度は鋳塊われを生じない範囲でなるべく早い速度(例えば200〜1000mm/分)とするのが鋳塊組織の微細化の点から好ましい。
均熱処理工程では、鍛造素材としての鋳造棒に対し均熱処理を施す。すなわち鋳造工程で得られた鋳造棒は、ミクロ偏析の除去、および再結晶時に結晶粒界の移動を防止して微細再結晶組織状態を維持するため、Fe−Cr−Mn系の析出物を粗大化させることを目的として、均熱処理が施されるものである。この均熱処理条件は、鋳造棒を例えば570〜550℃で4〜10時間保持するものである。
鍛造加工工程では、上述した素材成分や温度条件等の本願特有の条件以外は、従来からの公知の鍛造条件で、公知の鍛造装置(鍛造機)を用いて鍛造成形(加工)することができる。
なお鍛造素材は、鍛造装置の金型に投入する前に、必要に応じて、外周切削、所定長への切断処理が施される。さらに鍛造素材や、鍛造金型には必要に応じて、潤滑剤塗布処理が施される。
鍛造後処理工程では、必要に応じ、例えば強度向上等を目的として、溶体化処理、焼入れ処理、時効処理を施すことも可能である。溶体化処理条件は、鍛造部材(鍛造済品)を525〜570℃、例えば560℃で、鍛造部材が目標温度に到達した後、0.5〜3時間、例えば4時間保持するものである。焼入れ処理条件は、鍛造部材を、例えば60℃の温水焼入れとするものである。この焼入れ条件においては、特性向上のためにはなるべく低温(5〜25℃)にし、歪防止のためにはなるべく高温(40〜70℃)にするのが良い。時効処理条件は、鍛造部材を175〜185℃の温度で、5.5〜6.5時間保持する。例えば鍛造部材を、180℃で、6時間保持するものである。
本実施形態において、これらの工程を経て得られる鍛造部材(鍛造製品)は、各部位の相当歪量に依存した再結晶組織状態になっているが、各部位における相当歪において少なくとも50%以上の領域が微細再結晶組織状態となっている。50%以上の領域が微細再結晶組織状態となっているため、各部位毎において、塑性加工率の差に対する機械特性、特に引張り特性のバラツキが少なく、耐食性に優れた構造用アルミニウム合金鍛造部材となる。なお本実施形態によって得られる鍛造部材は、引張強度の値が、好ましいとされる250MPaを超えるものである。その理由は、各部位での微細再結晶領域が50%以上であると、粗大再結晶領域の結晶粒もある程度は微細化されているので粗大再結晶粒領域の強度の低下も少なく、部材断面全体としての機械的強度の向上が図られているからである。
本実施形態によって製造されるアルミニウム合金鍛造部材は、小型軽量である上、機械的特性および耐食性に優れているため、耐食性に優れた高強度軽量化構造材とすることができる。従って本発明により得られるアルミニウム合金鍛造部材は、特に自動車用の構造材、例えば自動車用足回り部材、自動車用フレーム部材、自動車用バンパー部材、自動車用操舵部材、オートバイ用フレーム部材、オートバイ用操舵部材、自転車用フレーム部材、自転車用操舵部材、自転車用クランク部材等に好適に採用することができる。
そして本発明による鍛造部材を自動車用構造材に適用した場合には、それが搭載される車両の運動性能および環境性能を向上させることが可能となる。
Figure 0005756091
Figure 0005756091
表1に示すように所定の金属を添加したアルミニウム合金溶湯を、ホットトップ鋳造機を用いて、直径55mmの丸棒を連続鋳造して、実施例1〜8および比較例1〜10のAl合金組成に対応した連続鋳造丸棒をそれぞれ作製した。鋳造速度は400mm/分とした。
なお連続鋳造を開始する前には、各アルミニウム合金溶湯を金型に鋳込んで、図6に示すような形状のディスクサンプルを採取し、JIS H 1305に準拠して発光分光分析により各成分をそれぞれ分析し、各連続鋳造丸棒に対応するディスクサンプルの合金組成をそれぞれ確認した。
その後、連続鋳造によって得られた丸棒を定尺に切断し、560℃で7時間の均質化処理を施した。そして、均質化処理後の連続鋳造丸棒を直径50mmになるように外周切削して、60mmの長さに切断して丸棒状の鍛造素材を作製した。
こうして得られた丸棒状の鍛造素材を、表1に記載された鍛造素材温度で予備加熱した後、従来の鍛造機、例えばナックルジョイントプレス装置を用いて、鍛造加工を行った。このとき表2に示すように、丸棒側面方向から、中心部の相当歪が、0(据込無し)、0.67、1.33、1.67、2.00、4.00となるように、据え込み後の厚さを変えて据え込んだ。これらの据込品に、540℃で4時間の溶体化処理後、60℃の温水に焼入れ処理を行い、180℃で5時間の時効処理を行った。その後、その据込品を空冷して、各実施例1〜8および各比較例1〜10の鍛造部材(試料)を得た。
なお、相当歪量については、上記据え込み工程と同じ工程をシミュレーションすることで算出した。このとき加工率は、それぞれ0、25、50、75、80、95%となる。なお加工率は、以下で定義される。
[加工率]=(据込前素材高さ−据込後素材高さ)/据込前素材高さ×100
上記のようにして得られた各試料について、元々の素材長手方向に平行な方向からJIS14A比例試験片を採取し、引張強度を測定した。
そして、相当歪が0の試験片の引張強度に対して、引張強度の値が±5%以内のものを本発明の効果として引張強度のバラツキが少ないと判定した。その判定の根拠は、引張強度の値が±5%以内のバラツキは、本発明の要因(微細再結晶領域)以外の要因で発生していると考えたからである。
これらの引張試験の結果を表2に示す。
実施例1〜8の試料については、本発明の要件を全て満たしているため、引張強度について、優れた特性が得られ、引張強度のバラツキも少なかった。
これに対し、比較例1〜10の試料については、本発明の鍛造素材温度条件、つまり[鍛造温度(℃)]≦−260×[Fe,Cr,Mnの含有量合計(質量%)]+440の条件を満たしていないため、相当歪が0.67〜4.00までの全部または一部において、粗大再結晶を生じ、引張強度にバラツキが発生していた。
また実施例1〜8および比較例1〜10の各試料について、組織状態を次のように観察した。
はじめに、試料の断面をフライスにて鏡面面削加工を行い、加工面を水酸化ナトリウム水溶液でエッチングした後、硝酸にて腐食生成物を除去した後、乾燥させてマクロ組織を顕出した。顕出したマクロ組織を目視にて観察し、組織状態を判別した。
なお、組織が微細で判別が難しい試料については、ミクロ観察用の試料を切り出し、観察面を鏡面研磨し、電解エッチングを施した後、光路に偏光ガラスを挿入した金属顕微鏡にて観察し組織状態を判別した。
その観察の結果、実施例1〜8の組織状態は、0.67以上の全ての中心相当歪において微細再結晶組織状態が50%以上となっていた。
なお、実施例1の中心相当歪0.67においては、据込品はその断面において中心部位と周辺部位を比較すると中心相当歪0.67を中心に相当歪が広がっており、結果的に全体における微細再結晶組織状態領域は65%であった。
すなわち据込品の断面についてマクロ組織を観察した結果、その観察範囲内で、微細再結晶領域は65%であった。ちなみに、粗大再結晶領域は、25%で、その他の部分は、未再結晶組織であった。
なお本実施例において、微細再結晶領域とは、平均粒径が(0.05〜10)×「鋳造時の結晶平均粒径」である組織領域であり、粗大再結晶領域とは、(10×100)×「鋳造時の結晶平均粒径」の組織領域である。
同様に、実施例1の中心相当歪1.33においては、微細再結晶組織領域は90%、中心相当歪1.67以上においては、微細再結晶組織領域は100%であった。
ここで、相当歪0は鍛造加工していないことを意味しており、現実の鍛造済品では少なくとも加工率は25%以上(相当歪0.67以上)である。
図7は鍛造部材における微細再結晶組織領域の範囲と相当歪値との関係を示すグラフである。
同グラフに示すように、実施例1において、同一組成、同一鍛造素材温度で 相当歪のみを変化させた場合、微細再結晶領域範囲の変化は単調増加となる。例えば、鍛造済品の各部位の中心相当歪を所定値以上とすることで、微細再結晶領域範囲を50%以上とすることができることを意味している。その結果、鍛造済品全体として引張強度のバラツキを少なくすることができる。
一方、比較例1〜10の組織状態は、全部または一部において、粗大再結晶を生じていた。
比較例1、2は、組成がJIS6061合金であり鍛造素材温度が高温であるので、再結晶粒が粗大化し、評価結果で引張強度が低下し、さらには引張強度バラツキも±5%よりも大きくなっている。ちなみに、比較例1,2は、実施例1に対し、素材温度のみが異なるもので、素材温度を低くして鍛造した場合は実施例1に相当する。
比較例5、6は、組成が6000系高強度材であるが、鍛造素材温度が低温であるので、粗大再結晶を生じ、評価結果で引張強度が低下し、さらには引張強度バラツキも±5%よりも大きくなっている。
ところで、図3は縦軸(Py)に示す鍛造素材温度(℃)と横軸(Px)に示すFe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)との関係を示すグラフである。なお同グラフにおいて、実施例を黒塗りの菱形印で示し、比較例を黒塗りの正方形印で示している。ここで、これらの印に添えられた数字は実施例または比較例のナンバーであり、例えば数字の「1」が添えられた黒塗りの菱形印は実施例1のデータであり、数字の「3」が添えられた黒塗りの正方形印は比較例3のデータである。
また同グラフにおいては、鍛造素材温度(℃)を「Py」、Fe,Cr,Mnの含有量合計(質量%)を「Px」としたとき、直線式がPy=−260・Px+440で表される直線(温度条件上限値)を示している。
同グラフから明らかなように、Py=−260×Px+440の下側には、実施例1〜8の試料の温度条件が配置され、上側には、比較例1〜10の試料の温度条件が配置されている。従って、鍛造素材温度が「−260℃×Px+440℃」以下の実施例1〜8のものは、所望の良好な機械的特性が得られているのに対し、鍛造素材温度が「−260℃×Px+440℃」を超える比較例1〜10のものは、機械的特性に劣っているものである。
Figure 0005756091
上記と同様にして、ホットトップ鋳造機を用い、直径55mmの丸棒を連続鋳造して、表3に示すように比較例11〜15のAl合金組成に対応した連続鋳造丸棒をそれぞれ作製した。なお、合金組成の確認は、上記と同様のサンプル(図2参照)を採取し、同様に発光分光分析により行った。
その後、連続鋳造丸棒を上記と同様に定尺に切断し、560℃で7時間の均質化処理を施した。そして、均質化処理後の連続鋳造丸棒を直径50mmになるように外周切削して、60mmの長さに切断し、丸棒状の鍛造素材を作製した。
その後、上記と同様に、表3に記載された鍛造素材温度で予備加熱した後、鍛造加工を行って、丸棒側面方向から、中心部の相当歪が1.33となるように、据え込んだ。これらの据込品に、540℃で4時間の溶体化処理後、60℃の温水に焼入れ処理を行い、180℃で5時間の時効処理を行った後、空冷して、比較例11〜15の鍛造部材(試料)を得た。
Figure 0005756091
こうして得られた比較例11〜15の試料および上記実施例1〜8の試料(鍛造部材)について、元々の素材長手方向に平行な方向からJIS14Aに準拠して比例試験片を採取し、引張強度を測定した。
そして引張強度の値が、250MPa以下のものについては、構造用部材としての要件を満たしていないと判定した。
さらに上記の手順で作成した試料から、2mm×4.3mm×42.4mmの試験片をそれぞれ切り出し、4.3×42.4の面の中央部に、3点曲げ治具を用いて耐力の90%に相当する応力を負荷した。負荷の際には、試験片と治具との間は電気的に絶縁した。腐食液として、純水1リットル当り、酸化クロム(IV)36g、二クロム酸カリウム30g、塩化ナトリウム3gを溶解させ、95〜100℃に保持した溶液を用意した。応力を負荷した試験片をこの腐食液中に16時間浸漬したあとに、試験片を外観観察し、割れが発生しているかどうかについて確認し、割れが発生したものについては、耐食性に劣ると判定した。これらの試験結果を表4に示す。
これらの試験結果から判るように、実施例1〜8は、本発明の要件をすべて満たしているため、引張強度の優れ、また、応力腐食割れ性にも優れていた。
これに対し比較例11は、Siが少な過ぎたため、析出強化成分が少なくなり、強度が不十分であった。
さらに比較例12は、Siが多過ぎたため、応力腐食割れの感受性が高くなり、応力腐食割れを生じていた。
さらに比較例13は、Cuが多過ぎたため、耐食性が低下し、結果として、応力腐食割れを生じていた。
さらに比較例14は、Mgが少な過ぎたため、析出強化成分が少なくなり、強度が低下していた。
さらに比較例15、Mgが多過ぎたため、粗大再結晶が生じ、強度が低下していた。
以上の実験結果(実施例)から明らかなように、本発明の要旨としての特有の合金組成および特有の温度条件(Py≦−260×Px+440℃)を満足する実施例1〜8では、相当歪が0.67〜4の範囲すなわち加工率25〜95の範囲において、各部位の少なくとも50%程度以上の領域が微細再結晶組織となり、その結果、鍛造部材における各部位毎に機械的特性(引張強度)のバラツキを小さくできて、軽量で、機械的特性および耐食性に優れた鍛造製品を製造することができる。
<設計手順1に基づく実施例>
上記図1に示した形状について、既述した設計手順1に基づき、以下のステップS11〜S15に示すように、組成、鍛造素材温度条件を決定し、鍛造部材を製造したところ、微細再結晶領域が60%であり、充分な機械的特性と、優れた耐食性とを有する鍛造部材が得られた。
なお微細再結晶領域の評価は、肉厚部、薄肉部からそれぞれ3個の試験片を採取し、各試験片の断面をそれぞれ5視野ずつ観察して、都合15点の観察結果を集計して、全体に対する微細再結晶領域の比率(パーセント)とした。
ステップS11:使用する予定の鍛造素材と図1の各形状から、各部位での相当歪を、鍛造素材形状から鍛造済品形状への成形過程をシミュレーションすることで求めた(シミュレーションで使用したソフトウエアは、鍛造解析ソフト「DEFORM」)。相対歪値の分布は、0.7〜2.0であった。相当歪値の分布は、実際の製品での分布を厳密に求めることは困難なので、一様分布として処理した。
ステップS12:0.7〜2.0を図2上に相当歪の範囲として設定した。
ステップS13:微細再結晶領域範囲の比率を60%と設定し、その比率に相当する相当歪(目標相当歪)を図2のグラフから1.15とし、同グラフに基づき鍛造素材加熱温度の上限値を360℃とした。
ステップS14:鍛造加熱温度の上限値が360℃となったので、その温度から図3のグラフを用いて、(Fe、Cr、Mn)の総量の上限を0.37%とした。
ステップS15:以上の手順によって、合金組成(Fe、Cr、Mn)の総量の上限を0.37%、鍛造素材温度条件上限360℃とした。
<設計手順2に基づく実施例>
上記図1に示した形状について、既述した設計手順2に基づき、以下のステップS21〜S25に示すように、形状、鍛造素材温度条件を決定して、鍛造部材を製造したところ、微細再結晶領域が60%であり、充分な機械的特性と、優れた耐食性とを有する鍛造部材が得られた。
ステップS21:組成で(Fe、Cr、Mn)の総量が0.37%以下の材料を使用することにした。
ステップS22:図3のグラフを用いて、(Fe、Cr、Mn)の総量から鍛造素材温度の上限を360℃とした。
ステップS23:求めた鍛造素材温度の上限360℃を、図2のグラフの縦軸の鍛造素材温度として設定した。
ステップS24:微細再結晶領域範囲の比率を60%と設定し、図2のグラフに基づき、設定した鍛造素材温度360℃において、式E1との交点においてKb/Kaが60%となるように相当歪の範囲(Ka、Kb)をきめたところ、下限値0.7=Kc−Ka、上限値2.0=Kb−Kcとなった。
ステップS25:図1に示した形状(ただし肉盗み部位無し)について、使用する予定の鍛造素材と図1の各形状から、各部位での相当歪を、鍛造素材形状から鍛造済品形状への成形過程をシミュレーションすることで求めたところ、その相当歪範囲は、0.5〜2.0となった。ステップ24で求めた上下限と比較すると下限値が低いので、相当歪値の下限を上げるために形状変更して肉盗み部を設けた。その結果、相当歪下限値が0.7となったので、最終形状として決定した。
なお。鍛造素材形状を変えることで相当歪の下限値を上げることは可能であったが、今回は採用しなかった。
本願は、2010年4月16日付で出願された日本国特許出願の特願2010−95145号の優先権主張を伴うものであり、その開示内容は、そのまま本願の一部を構成するものである。
ここに用いられた用語及び表現は、説明のために用いられたものであって限定的に解釈するために用いられたものではなく、ここに示され且つ述べられた特徴事項の如何なる均等物をも排除するものではなく、この発明のクレームされた範囲内における各種変形をも許容するものであると認識されなければならない。
本発明は、多くの異なった形態で具現化され得るものであるが、この開示は本発明の原理の実施例を提供するものと見なされるべきであって、それら実施例は、本発明をここに記載しかつ/または図示した好ましい実施形態に限定することを意図するものではないという了解のもとで、多くの図示実施形態がここに記載されている。
本発明の図示実施形態を幾つかここに記載したが、本発明は、ここに記載した各種の好ましい実施形態に限定されるものではなく、この開示に基づいていわゆる当業者によって認識され得る、均等な要素、修正、削除、組み合わせ(例えば、各種実施形態に跨る特徴の組み合わせ)、改良及び/又は変更を有するありとあらゆる実施形態をも包含するものである。クレームの限定事項はそのクレームで用いられた用語に基づいて広く解釈されるべきであり、本明細書あるいは本願のプロセキューション中に記載された実施例に限定されるべきではなく、そのような実施例は非排他的であると解釈されるべきである。
この発明の鍛造部材の製造方法は、アルミニウム合金製の鍛造素材を用いた鍛造加工技術に適用可能である。
10:鍛造部材

Claims (8)

  1. Mgを0.35〜1.2質量%、Siを0.2〜1.3質量%、Cuを0.5質量%以下、Feを0.15質量%以上、Crを0.05質量%以上、Mnを0.05質量%以下含み、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金鍛造素材を準備しておき、
    鍛造素材温度(℃)≦−260(℃)×[Fe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)]+440(℃)の関係式を満たす温度条件で、前記アルミニウム合金素材に対し熱間鍛造を行うようにしたことを特徴とするアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
  2. 前記[Fe、Cr、Mnの含有量合計(質量%)]を0.5質量%以下に調整するものとした請求項1に記載のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
  3. 前記熱間鍛造を行う前に、製造予定の鍛造部材と、鍛造素材との形状に基づいて、各部位毎の相当歪を算出して、その各部位毎の相当歪を全て含む全体の相当歪の範囲を求めておき、
    その全体の相当歪の範囲と、所望の微細再結晶領域範囲の比率とから、予め準備しておいた鍛造素材温度と相当歪の範囲とを関連付けた情報に基づき、鍛造素材温度の上限値を算出し、
    その鍛造素材温度の上限値から、前記関係式に基づいて、前記Fe、Cr、Mnの含有量合計の上限を特定するようにした請求項1または2に記載のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
  4. 前記熱間鍛造を行う前に、鍛造素材の組成に基づき、前記Fe、Cr、Mnの含有量合計を算出し、その含有量合計から、前記関係式に基づいて、鍛造素材温度の上限値を求めておき、
    その求めた鍛造素材温度の上限値と、成形品全体としての所定の微細再結晶領域範囲とから、予め準備しておいた鍛造素材温度と相当歪の範囲とを関連付けた情報に基づき、鍛造加工において許容される全体の相当歪の範囲を求め、
    その許容される全体の相当歪の範囲内で、鍛造素材および鍛造部材の形状を設計するようにした請求項1または2に記載のアルミニウム合金鍛造部材の製造方法。
  5. Mgを0.35〜1.2質量%、Siを0.2〜1.3質量%、Cuを0.5質量%以下、Feを0.15質量%以上、Crを0.15質量%以上、Mnを0.05質量%以下含み、残部がAlおよび不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金鍛造部材であって、
    50%以上の領域が、微細再結晶組織の状態に調整されるとともに、250MPaを超える引張強度の値を備えたことを特徴とするアルミニウム合金鍛造部材。
  6. 各部位毎における50%以上の領域が、微細再結晶組織の状態に調整される請求項5に記載のアルミニウム合金鍛造部材。
  7. 各部位毎の引張強度のバラツキが、塑性加工無しの状態の引張強度に対して±5%以内に調整される請求項5または6に記載のアルミニウム合金鍛造部材。
  8. 請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法によって製造されたアルミニウム合金鍛造部材によって構成されることを特徴とする自動車用構造材。
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