モータースポーツに未来はあるか?
2024.07.23 あの多田哲哉のクルマQ&A市販車開発のうえでも重要といわれるモータースポーツですが、その将来性について、どう思いますか? アメリカでF1熱が高まっているとか、これからはEVのレースが盛んになるとか、さまざま耳にしますが……。今後、モータースポーツに対するニーズはあり続けるのでしょうか?
アメリカでF1人気がかつてないほど高まった理由については、あまり知られていないように思います。この現象、もちろんF1というコンテンツ自体が変わったわけではなく、状況を変えたのは動画配信サービスの「Netflix(ネットフリックス)」でした。F1の歴史やF1ドライバーの人間ドラマを、まさにドラマチックに編集してみせ、それまでF1に興味のなかった人をも熱狂させることになったのです。
Netflixのような組織は、モータースポーツに限らず、常にコンテンツ化できるものを探しているプロ集団です。競技そのものではなく、その裏側にある“人間”をいかに劇的に見せられるか。それがうまくいけばヒットするわけです。
そもそも、モータースポーツの魅力というものが、ほかのスポーツに比べて観客・視聴者の心にいまひとつうまく届かない原因は、「自動車という“箱”に入っているためドライバーのフィジカルなスゴさが伝わりにくい」という点にあります。スポーツには付き物の“血と汗の感覚”があまりないし、なにせ選手はヘルメットをかぶっているから顔すらよく見えない。その点、冒頭に触れたアメリカでの事例は、極めて象徴的なことといえるでしょう。
モータースポーツのテレビ中継も、これまでさまざま「戦うアスリート像」を見せる努力をしてきましたが、まだよく伝えられているとはいえません。ですから、逆にそれがうまく伝えられる映像配信なり中継なりができたなら、スポーツとしてまだまだ注目されるのではないかと思います。来る6G通信や衛星通信の時代を見据えて、特にKDDIはモータースポーツの新しい中継技術開発に熱心です。
一方、スポーツ性以外に、自動車メーカーにとってのモータースポーツの意義、という点ではどうか。昔は「モータースポーツは走る実験室」なんて言ったものですが……。
今であれば「トヨタの水素エンジンへの取り組み」はそれを前面に出した例でしょう。ただ、実際に“走る実験室”としての意義がまったくないとはいいませんが、現実にはマーケティングの要素が強くなっています。その広告・宣伝にかけるコストやマンパワーを考えると、それが本当に製品開発のうえで効率的なのかどうか、疑問に思うところはありますね。
かつてはユーザーの愛車と同じモデルがサーキットで戦ったものですが、今は、レースのクルマはレースのクルマ、市販車は市販車と分かれてしまって、この点での世の関心は薄れてしまいました(関連記事)。その点、市販車に水素エンジンを載せて、環境イメージを高めつつ競争するというのは、ブランドイメージを上げることで収支が成り立つと考えられているわけですが、それが実際にどれだけブランドの価値を高めてくれるか判断できるのは、もう少し先になるでしょう。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。