私のやり方は正しいのかな? 動物看護師の不安をかき消した飼い主の言葉
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の山口悠(はるか)さんは新人のころ、先輩の言葉を守り、待合室にいる動物をよく見るようにしました。すると、思いがけないある能力が身についたと言います。
検査の結果は急性膵炎だった
山口悠さんが初めて勤務した動物病院は、その構造がちょっと変わっていた。真ん中に待合室があり、どの部屋に行くにも、必ず待合室を通らなければならなかったのだ。
先輩動物看護師からは、こう指導された。
「待合室は必ず見るようにね」
そこで、待合室を通るたび、順番待ちをする動物の様子を見るよう心がけた。すると、いつしか思いがけない能力が身についたと言う。
「パッと見るだけで、『ちょっと様子がおかしいな』『この子、さっきとなんか違くない?』と、動物の変化や異変に気づけるようになったんです」と山口さん。
病院は混んでいることが多く、長い待ち時間が発生した。自然と、同じ動物の前を何度も通ることになる。
「初めはアドレナリンが出ているのか、見た目は元気そうだった子が、時間がたつと、来た時より具合が悪そうに見えることもありました。そういう子に気づいた時も、『状態が悪そうだから、先に診てほしい』などと、先生に伝えるようにしました」
夕方6時ごろと、遅めの時間に来院したミニチュア・ダックスフント。飼い主のひざの上に座っていた。30分ほどして再び通りがかった時にも、変わらずひざの上にいたのだが、「なんか変だな」と心に引っかかった。
そこで飼い主に声をかけ、来院理由をたずねると、「数日前から嘔吐(おうと)と下痢」との答え。これだけでは何の病気かはわからないが、山口さんは直感に従った。
「『先に血液検査だけでもしてもらえませんか』と、先生にお願いしました」
検査の結果は急性膵炎(すいえん)。重症化すれば亡くなることもある怖い病気で、早期の治療が必要だ。ダックスは帰宅せず、そのまま緊急入院の措置が取られた。
すると、飼い主からこう打ち明けられた。
「あなたが気づいてくれなかったら、待ち時間も長かったから、もう帰ろうかなと思っていたんですよ」
ダックスの体の中で起きていた深刻な異変を、山口さんの目は見逃さなかった。
異変に気づくポイントは「顔色」
待合室で身につけたこの能力を、山口さんは入院管理や診察時など、あらゆる場面で役立てるようになった。
たとえば入院中、「痛そうな顔をしているな」と感じたら、血液検査の結果を確認。「この数値なら痛みは伴うよね。先生に伝えて、痛み止めの薬を追加した方がよいかどうか確認しよう」と、黙って痛みに耐えている動物に、やさしく手を差し伸べる。
退院後、定期検診に来た動物も、会ってすぐ、入院時との変化を察知。「だいぶ元気になりましたね」「ごはん、あまり食べられていないですか?」などと声をかける。すると、「ああ、そうなの」と、様子を語る飼い主。飼い主が意識しないうちに、問診が始まっているのだ。
変化に気づく主なポイントは、「顔色」だとか。
「『顔色悪いな』って、私結構思うんですけれど。顔色、顔つきとかを見て、『この子、待たせられないな』とか判断しています」
当たり前のようにやっていると言うが、動物の顔色を見分けるなんて、誰もができることではない。「なんでそんなに気づけるんですか?」と、後輩から不思議がられることも。
「『顔見ればわかるよ』って言っちゃうんですけど、『その違いがわからない』って言われます(笑)」
正解がたくさんある仕事
こうした場面が増えるにつれ、飼い主から信頼されるようになった。名前を覚えてもらい、病気について個人的に相談を受けることも増えていった。
「ああ、今日は平野さん(山口さんの旧姓)がいてよかったわ」
姿を見つけると、安心した表情になる人も。
そんな日々が3年間ほど続いたのち、山口さんは他の動物病院に転職することになった。
「ここを辞めることになりました」
これまで通ってくれた飼い主に伝えた時、皆が口をそろえてこう言ってくれたのには驚いた。
「あなたはこの仕事が天職だと思うから、絶対に仕事を辞めないでね。他の病院に行っても、このままの動物看護師さんでいてね」
その言葉には、うちの子を助けてくれたことへの感謝があふれていた。
新卒で入社した動物病院。誰かのまねではない、自分なりのやり方で、動物の健康と飼い主の安心に尽くしてきたつもりだ。だが正直なところ、自信満々だったわけではないと言う。
「動物看護師って、正解がいっぱいある仕事。だからこそ、『これでいいのかな』と思うこともありました」
だが飼い主から、「仕事を続けてほしい」と言われた時、「今までしてきたことは間違いじゃなかった」と、ようやく確信できたのだ。
「最後の時、『それで合っているよ』と、飼い主さんが私に教えてくれました」
もの言わぬ動物の変化に気づき、いち早く治療につなげる。それこそが「動物看護」と胸を張ってよいのだと、迷わず評価してくれたのは飼い主たちだった。
「気づいてくれてありがとう」
現在はおひさま犬猫クリニック(茨城県つくば市)で働く山口さん。ここでも日々、「気づく」能力を発揮している。
最近もこんな出来事があった。
「なんか具合悪そう」と、犬を連れて来た男性。院内に入ってきた犬の顔を見た瞬間、呼吸が苦しそうだなと感じた。
この病院に初めて来る患者だったが、山口さんの機転で受付は後回しに。問診を取るより先に、すぐ奥に通し、酸素を吸わせる処置を最優先させた。
あわせてこんな配慮も行った。犬はチワワとミニチュア・ダックスフントのミックス。チワワは病院に来ると怖がって怒ってしまう子も多い。
「そこで初めに、『お父さんから離れると怒ったりしますか?』とたずねました。飼い主さんと離れて興奮した結果、状態がさらに悪化するのを避けたかったので」
すると、「結構かみます」との返事。そこで、お父さんに抱っこしてもらいながら酸素吸入を行った。
獣医師の診断の結果は「肺炎の疑いあり」。治療を続けたものの、後日、亡くなってしまったのだが。
「飼い主さんもまだ受け入れきれていない中、『最初に気づいてくれてありがとうございます』と言ってくださいました」
飼い主からの「辞めないで」の声援を胸に、山口さんは今日も診療現場に立つ。
(後編に続く)
※愛玩動物看護師の国家資格化に伴い、現在、この資格を持たない人は、動物看護師などの肩書は名乗れません。しかし、国家資格化以前は動物看護師という呼称が一般的でした。本連載では適宜、動物看護師、または看護師などの表現を用いています。
(次回は2月25日に公開予定です)

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