従来、この種のフローティング型ブレーキディスクは例えば特許文献1で知られている。このものは、ロータの内周縁部に、径方向内方にのびる舌片状の突片が周方向に所定間隔で複数形成されると共に、ハブの外周縁部に、突片に夫々対応させて、径方向内方に凹入して当該突片を受け入れる受入凹部が形成され、突片が受入凹部から軸方向に抜け出ないようにする抜け止め手段が設けられている。このもので、受入凹部は、ハブの軸方向一方の面から他方の面まで貫通するように形成されており、抜け止め手段は、筒状の胴部の一端にフランジ部が形成された連結ピンで構成されている。そして、連結ピンを突片に形成されたピン孔に挿通して、連結ピンの他端をかしめることで、突片を軸方向一方と他方とに抜け止めしている。
ところで、制動時はロータがブレーキパッドの摺接で高温に発熱する。このため、連結ピンとしてアルミニウム製のものを用いる場合、ロータからの伝熱による変色を防止するため、連結ピンにはアルマイト膜が成膜される。然し、アルマイト膜が成膜された連結ピンをカシメ加工等により塑性変形させると、成膜されたアルマイト膜が割れたり、剥がれたりするという不具合が生じる。
そこで、連結ピンの塑性変形加工を行わず、突片を軸方向一方と他方とに抜け止めするものが例えば特許文献2で知られている。このもので、抜け止め手段は、胴部の一端にフランジ部が形成された連結ピンと、突片に形成したピン孔とハブに形成した受入凹部とを軸方向両側から挟むようにして配置される2枚のワッシャと、連結ピンの胴部の他端側に形成した溝部に係合可能な止め輪とで構成されている。そして、連結ピンを2枚のワッシャとピン孔とに挿通して、連結ピンの溝部に止め輪を係合させることで、突片が受入凹部から軸方向に抜け出ないようにしている。しかし、このものは、ハブから軸方向に連結ピンが突出しているため、制動時に抜け止め手段(連結ピン及び止め輪)がキャリパに干渉する虞がある。
本発明は、以上の点に鑑み、抜け止め手段の塑性変形加工を行わず、また、制動時に抜け止め手段がキャリパに干渉することを防止できるようにしたフローティング型ブレーキディスク並びにこのフローティング型ブレーキディスクを備える鞍乗り型車両用の車輪を提供することをその課題とするものである。
上記課題を解決するために、環状のロータと、このロータの内側に配置されるハブとを備える本発明のフローティング型ブレーキディスクは、ロータの内周縁部に、径方向内方にのびる舌片状の突片が周方向に所定間隔で複数形成されると共に、ハブの外周縁部に、突片に夫々対応させて、径方向内方に凹入して当該突片を受け入れる受入凹部が形成され、突片が受入凹部から軸方向に抜け出ないようにする抜け止め手段が設けられ、受入凹部は、軸方向一方にのみ開放されて、軸方向他方はハブに一体の壁で閉塞され、抜け止め手段は、突片の軸方向一方を向く面に対向する押え板と、受入凹部の軸方向一方の端部内壁面に形成した溝に係合し、押え板を軸方向一方に抜け止めする止め輪とで構成されることを特徴とする。
本発明によれば、抜け止め手段を、突片の軸方向一方を向く面に対向する押え板と、受入凹部の軸方向一方の端部内壁面に形成した溝に係合し、押え板を軸方向一方に抜け止めする止め輪とで構成したことで、上記従来例のような抜け止め手段の塑性変形加工が不要となる。また、止め輪が受入凹部の軸方向一方の端部内壁面に形成した溝に係合されており、抜け止め手段が軸方向に突出しない。そのため、制動時に抜け止め手段がキャリパに干渉することを防止できる。また、受入凹部の軸方向他方がハブに一体の壁で閉塞されている(即ち、ハブの板厚方向に貫通していない)ため、ハブの強度(剛性)を高めることができる。その結果、ハブに各受入凹部が形成される部分同士を連結する梁が不要となり、フローティング型ブレーキディスク全体の重量を軽量化することができる。また、連結ピンが不要となるため、部品点数を減らすことができる。
また、本発明においては、前記受入凹部に、当該受入凹部の内壁面に沿う形状で、前記突片を受け入れる板部材が装着されることが好ましい。これによれば、制動時に、ロータの突片が、ハブの受入凹部に直接接触することがなく、ハブが摩耗するのを低減することができる。
また、本発明によれば、前記突片と前記押え板との間または前記押え板と前記止め輪との間に、軸方向の付勢力を持つ付勢手段が介設されることが好ましい。これによれば、各突片を軸方向に弾力的に係止することができ、制動時のガタツキを抑制することができる。
また、ホイールと、ホイールに装着したフローティング型ブレーキディスクとを備える本発明の鞍乗り型車両用の車輪は、フローティング型ブレーキディスクとして、上述した本発明のフローティング型ブレーキディスクが用いられ、このフローティング型ブレーキディスクは、前記軸方向一方がホイール側を向く状態でホイールに装着されることを特徴とする。これによれば、ハブに一体の壁で閉塞されている受入凹部の軸方向他方の部分が外向きとなって、受入凹部が外観に表れず、体裁が良好になる。
図1を参照して、FWは、自動二輪車等の鞍乗り型車両の前輪である。この前輪FWは、フロントフォークFfに懸架した車軸Fsに軸受(図示せず)を介して回転自在に支持されるホイールWeと、ホイールWeの外周部に装着されるタイヤTrとを有する。図1中、Cpは、ブレーキ装置の構成要素としてのキャリパである。そして、ホイールWeの軸方向片側の所定位置には、本発明の実施形態のブレーキディスクBDが固定用ボルトVtにより取り付けられている。尚、ホイールWe、ブレーキ装置及び固定用ボルトVtとしては、公知のものが利用できるため、これ以上の説明は省略する。
図2も参照して、ブレーキディスクBDは、環状のロータ1と、ロータ1の内側に配置されるハブ2とを備える。ロータ1は、例えばステンレス鋼板製で環状に形成されたものであり、ブレーキ操作時、キャリパCpのブレーキパットで挟持され、ハブ2を介して車軸Fsに制動力を伝達する。図3も参照して、ロータ1の内周縁部には、径方向内方にのびるほぼ矩形の舌片状の突片11が周方向に所定間隔で複数形成されている。また、ロータ1には、軽量化等のため、板厚方向に貫通する円形の貫通孔12が複数開設されている。
ロータ1の内側に配置されるハブ2は、例えばアルミニウム合金製であり、ハブ2には、中央の軸孔21と、軽量化等のため、板厚方向に貫通する大小複数の貫通孔22とが夫々形成されている。そして、軸孔21の周囲に形成した取付孔23に、固定用ボルトVtを挿通してホイールWeに取り付けられる。
図4も参照して、ハブ2の外周には、各突片11に夫々対応させて、径方向内方に凹入して、各突片11を受け入れる受入凹部24が形成されている。また、本実施形態のブレーキディスクBDは、突片11が受入凹部24から軸方向に抜け出ないようにする抜け止め手段3を備えている。
ここで、受入凹部24は、突片11の径方向に沿う両側面に略平行な受入面を有し、両受入面間の幅は、突片11の周方向の幅よりわずかに大きく形成されている。また、受入凹部24は、軸方向一方のみが開放されるように設けられており、軸方向他方はハブ2と一体の壁25で閉塞されている。更に、受入凹部24の軸方向一方の端部24aは、受入凹部24の他の部分よりも大きな略円形状に形成されている。この端部24aの内壁面には、その周方向に亘って溝26が形成されている。
抜け止め手段3は、突片11の軸方向一方の面に対向するように設けられる、例えばアルミニウム合金製の円形板状の押え板31と、上記溝26に係合して押え板31を軸方向一方に抜け止めする止め輪32とで構成される。止め輪32としては、公知のC型スナップリングを用いることができるため、詳細な説明は省略する。また、突片11と受入凹部24との間の隙間には、受入凹部24の内壁面に沿う形状(本実施形態では、コの字形状)を有する板部材4が挿入されている。また、突片11と押え板31との間には、付勢手段としての皿バネ5が介設されている。尚、図2中、最下部に位置するものは、押え板31、止め輪32、板部材4及び皿バネ5を装着していない状態を示す。以下、ロータ1とハブ2との連結手順を具体的に説明する。
先ず、ハブ2を上記軸方向一方が上方を向くように置いた状態で、ハブ2の各受入凹部24に板部材4を装着する。次に、ロータ1の各突片11がハブ2の各受入凹部24内(板部材4内)に受け入れられるようにハブ2の外側にロータ1を配置する。その後、皿バネ5を突片11の上に載置すると共に、皿バネ5の上に押え板31を載置する。最後に、押え板31の上方から、止め輪32を受入凹部24の軸方向一方の端部24aの内壁面に形成した溝26に係合させる。これにより、突片11が受入凹部24に対し軸方向に抜け止めされ、ロータ1とハブ2とが連結される。
本実施形態によれば、上記の如く、抜け止め手段3を、突片11の軸方向一方の面に対向する押え板31と、押え板31を軸方向一方に抜け止めする止め輪32とで構成したことで、上記従来例のような抜け止め手段の塑性変形加工が不要となる。また、止め輪32が受入凹部24の軸方向一方の端部24aの内壁面に形成した溝26に係合されており、抜け止め手段3が軸方向に突出していないため、制動時に抜け止め手段3がキャリパCpに干渉することを防止できる。また、受入凹部24の軸方向他方側がハブ2に一体の壁25で閉塞されている(即ち、ハブ2の板厚方向に貫通していない)ため、ハブ2の強度(剛性)を高めることができる。その結果、ハブ2に各受入凹部24が形成される部分同士を連結する梁が不要となり、ブレーキディスクBD全体の重量を軽量化することができる。また、連結ピンが不要となり、部品点数を減らすことができる。
また、本実施形態によれば、受入凹部24に、受入凹部24の内壁面に沿う形状で、突片11を受け入れる板部材4を装着したことで、制動時に、突片11が受入凹部24に直接接触することがなく、ハブ2が摩耗するのを低減することができる。
また、本実施形態によれば、突片11と押え板31との間に、皿バネ5を設けたことで、各突片11を軸方向に弾力的に係止することができ、制動時のガタツキを抑制することができる。尚、上記実施形態では、突片11と押え板31との間に、皿バネ5を介設するものを例に説明したが、押え板11と止め輪32との間に、皿バネ5を表裏反転させて介設してもよい。この場合も、各突片11を軸方向に弾力的に係止することができる。
また、図1を参照して、鞍乗り型車両用の前輪FWのホイールWeに本実施形態のブレーキディスクBDを装着する場合には、ブレーキディスクBDの上記軸方向一方がホイールWe側を向く状態でホイールWeに装着されることが好ましい。これによれば、ハブ2に一体の壁25で閉塞されている受入凹部24の軸方向他方の部分が外向きとなって、受入凹部24が外観に表れず、体裁が良好になる。尚、図1に示す車輪は、鞍乗り型車両用の前輪FWであるが、鞍乗り型車両用の後輪のホイールにも、本実施形態のブレーキディスクBDを上記軸方向一方がホイール側を向く状態で装着することが好ましい。
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記のものに限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、板部材4として、コの字形状のものを用いているが、板部材4としてU字形状のものを用いることもできる。また、上記実施形態では、板部材4及び皿バネ5を備えるものを例に説明したが、板部材4や皿バネ5を省略してもよい。