以下に、図1から図4を用いて、本発明に係る車輪用軸受装置の第一実施形態である車輪用軸受装置1について説明する。
図1と図2に示すように、車輪用軸受装置1は、自動車等の車両の懸架装置において車輪を回転自在に支持するものである。車輪用軸受装置1は、外方部材である外輪2、内方部材であるハブ輪3、内輪4、転動列である二列のインナー側ボール列5a、アウター側ボール列5b、インナー側シール部材6、アウター側シール部材12を具備する。なお、本明細書において、インナー側とは、車輪用軸受装置1を車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車体側を表し、アウター側とは、車輪用軸受装置1を車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車輪側を表す。また、本発明において一方の部材とは、車輪用軸受装置を構成する、内方部材および外方部材のうちの一方を意味し、他方の部材とは、内方部材および外方部材のうちの他方を意味する。例えば、本実施形態の車輪用軸受装置1において、一方の部材とは、外方部材である外輪2のことを意味し、他方の部材とは、内方部材であるハブ輪3と内輪4のことを意味する。
外方部材である外輪2は、ハブ輪3と内輪4とを支持するものである。外輪2は、略円筒状に形成され、例えば、S53C等の炭素0.40~0.80wt%を含む中高炭素鋼で構成されている。外輪2において、車載時に車体側に配置される外輪2のインナー側端部には、インナー側シール部材6が嵌合可能なインナー側開口部2aが形成されている。外輪2において、車載時に車輪側に配置されるアウター側端部には、アウター側シール部材12が嵌合可能なアウター側開口部2bが形成されている。
外輪2の内周面には、環状に形成されているインナー側の外側転走面2cとアウター側の外側転走面2dとが周方向に互いに平行になるように形成されている。アウター側の外側転走面2dは、インナー側の外側転走面2cとピッチ円直径とが同等もしくは大きくなるように形成されている。インナー側の外側転走面2cとアウター側の外側転走面2dとには、例えば、高周波焼入れによって表面硬さを58~64HRCの範囲とする硬化層が形成されている。外輪2の外周面には、図示しない懸架装置のナックルに取り付けるための車体取り付けフランジ2eが一体に形成されている。
内方部材は、ハブ輪3と内輪4とによって構成されている。内方部材を構成するハブ輪3は、図示しない車両の車輪を回転自在に支持するものである。ハブ輪3は、有底円筒状に形成され、例えば、S53C等の炭素0.40~0.80wt%を含む中高炭素鋼で構成されている。ハブ輪3において、車載時に車体側に配置されるインナー側端部には、外周面に縮径された小径段部3aが形成されている。ハブ輪3において、車載時に車輪側に配置されるアウター側端部には、車輪を取り付けるための車輪取り付けフランジ3bが一体的に形成されている。車輪取り付けフランジ3bには、円周等配位置にハブボルト3dが設けられている。また、ハブ輪3のアウター側の外周面には、周方向に環状の内側転走面3cが外輪2のアウター側の外側転走面2dに対向するように配置されている。
ハブ輪3は、例えば、インナー側の小径段部3aからアウター側の内側転走面3cまでを高周波焼入れにより表面硬さを58~64HRCの範囲で硬化処理されている。これにより、ハブ輪3は、車輪取り付けフランジ3bに付加される回転曲げ荷重に対して充分な機械的強度を有し、ハブ輪3の耐久性が向上する。なお、インナー側端の加締め部分は鍛造加工後の表面硬さのままである。ハブ輪3のインナー側端部の小径段部3aは、内方部材の一部である内輪4が圧入されている。ハブ輪3は、インナー側端部の内輪4に形成されている内側転走面4aが外輪2のインナー側の外側転走面2cに対向し、アウター側に形成されている内側転走面3cが外輪2のアウター側の外側転走面2dに対向するように配置されている。
内輪4は、転動列であって車載時に車体側に配置されるインナー側ボール列5aと車載時に車輪側に配置されるアウター側ボール列5bとに予圧を与えるものである。内輪4は、円筒状に形成されている。内輪4は、例えば、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼からなり、ズブ焼入れにより芯部まで58~64HRCの範囲で硬化処理されている。内輪4の外周面には、周方向に環状の内側転走面4aが形成されている。内輪4は、ハブ輪3のインナー側端が径方向の外側に向かって塑性変形(加締め)されることで所定の予圧が付与された状態でハブ輪3のインナー側端部に固定されている。つまり、ハブ輪3のインナー側には、内輪4によって内側転走面4aが構成されている。
転動列であるインナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとは、ハブ輪3を回転自在に支持するものである。インナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとは、転動体である複数のボールが保持器によって環状に保持されている。インナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとは、例えば、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼からなり、ズブ焼入れにより芯部まで58~64HRCの範囲で硬化処理されている。インナー側ボール列5aは、内輪4の内側転走面4aと、外輪2のインナー側の外側転走面2cとの間に転動自在に挟まれている。アウター側ボール列5bは、ハブ輪3の内側転走面3cと、外輪2のアウター側の外側転走面2dとの間に転動自在に挟まれている。つまり、インナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとは、外輪2に対してハブ輪3と内輪4とを回転自在に支持している。
車輪用軸受装置1は、外輪2とハブ輪3と内輪4とインナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとから複列アンギュラ玉軸受が構成されている。なお、本実施形態において、車輪用軸受装置1には、複列アンギュラ玉軸受が構成されているがこれに限定されるものではなく、複列円錐ころ軸受等で構成されていてもよい。
図2と図3とに示すように、インナー側シール部材6は、外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との隙間(外部部材である外輪2と内部部材であるハブ輪3及び内輪4との間に形成される内部空間のインナー側部分)を塞ぐものである。インナー側シール部材6は、略円筒状のシール板7と略円筒状の金属環であるスリンガ10とを具備する。
図3に示すように、シール板7は、芯金8と、この芯金8に、例えば加硫接着により、一体的に形成される弾性部材であるシールリップ9とから構成されている。
インナー側シール部材6の芯金8は、外輪2のインナー側端部内周に圧入される金属製の部材であり、例えば、フェライト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)やオーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)から構成されている。芯金8は、円環状の鋼板の外縁部がプレス加工によって屈曲され、軸方向断面視で略L字状に形成されている。これにより、芯金8は、円筒状のシール板嵌合部8aと、その端部から径方向内方に延びる内径部である円環状のリップ支持部8bとが構成されている。芯金8のシール板嵌合部8aの先端部が薄肉に形成されると共に、この先端部の外表面を覆うようにシールリップ9が回り込んで一体に接合され、所謂ハーフメタル構造をなしている。これにより、気密性を高めて軸受内部を保護することができる。シール板7は、シール板嵌合部8aが外輪2のインナー側開口部2aに嵌合されて外輪2と一体的に構成されている。
シールリップ9は、例えば、材質としてNBR(アクリロニトリル-ブタジエンゴム)、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等の合成ゴムなどから構成することができる。
シールリップ9は、それぞれ円環状に形成される、芯金8の内周面を覆う基部9aと、この基部9aから径方向外方に傾斜して形成された一対のサイドリップ9b、9cと、このサイドリップ9cの内径側に軸受内方側に傾斜して形成されたラジアルリップ9dと、このラジアルリップ9dの軸受内方側(アウター側)を覆うとともにリップ支持部8bの径方向端部から軸受内方側に傾斜して形成されたカバーリップ9eとを備えている。すなわち、リップ支持部8bの一側面には、基部9a、一対のサイドリップ9b、9c、ラジアルリップ9d、およびカバーリップ9eが、例えば加硫接着により、一体的に形成されている。シールリップ9は、スリンガ10に対向して配置されている。一対のサイドリップ9b、9cは、主に軸受外部からの異物進入を防止するシールリップである。カバーリップ9eは、主に軸受内部から軸受用グリースが漏出することを防止するシールリップである。ラジアルリップ9d、カバーリップ9eは、ラジアルリップを構成している。カバーリップ9eは、スリンガ10(スリンガ嵌合部10a)に対向し、ラビリンスを構成している。なお、サイドリップがラジアルリップであってもよく、例えば、基部9aの径方向内周端をさらに径方向内方に延出して、スリンガ嵌合部10aに摺接するようにしてラジアルリップを構成してもよい。また、本実施形態では、複数(2つ)のサイドリップを設けているが、その数を限定するものではなく、一つもしくは二つより多く設ける構成としてもよい。
スリンガ10は、シール板7と同等の鋼板から構成される金属環である。スリンガ10は、円環状の鋼板がプレス加工によって屈曲され、軸方向断面視で略L字状に形成されている。これにより、スリンガ10は、円筒状で内輪4の外径に嵌合されるスリンガ嵌合部10aと、スリンガ嵌合部10aの端部から径方向外方に向かって延びる延出部である円環状の立板部10bとが構成されている。スリンガ10は、スリンガ嵌合部10aが内輪4に嵌合されて固定されている。この際、スリンガ10は、立板部10bの内側面がシール板7のリップ支持部7bに対向するように配置されている。スリンガ10の立板部10bの外側面には、磁気エンコーダ10cが設けられている。そして、シールリップ9のサイドリップ9b、9cが立板部10bに所定の軸方向シメシロを介して摺接されるとともに、ラジアルリップ9dがスリンガ嵌合部10aのインナー側端部近傍に所定の軸方向シメシロを介して摺接されている。すなわち、スリンガ10はサイドリップ9b、9c及びラジアルリップ9dの摺接部であり、具体的には、立板部10bがサイドリップ9b、9cが摺接する摺接部であり、スリンガ嵌合部10aがラジアルリップ9dが摺接する摺接部である。なお、インナー側シール部材6としては、スリンガ10を用いないでシール板7のみで構成してもよい。また、本実施形態では、シール板7を外方部材(外輪2)の端部に嵌合するとともに、スリンガ10を内方部材(内輪4)に嵌合する構成としているが、特に限定するものではない。例えば、シール板7を内方部材(内輪4)に嵌合するとともに、スリンガ10を外方部材(外輪2)の端部に嵌合する構成としてもよい。
また、カバーリップ9eの先端は、スリンガ嵌合部10aの外周面のインナー側端部に所定の径方向隙間を介して近接されている。すなわち、カバーリップ9eの先端は、スリンガ10のスリンガ嵌合部10aの外周面に接触しない状態となっている。また、カバーリップ9eの先端は、その軸方向のインナー側端とスリンガ嵌合部10aの軸方向のインナー側端とが軸方向において同じ位置になるように形成されている。スリンガ10と、ラジアルリップ9dおよびサイドリップ9b、9cとの摺接部には、予めシール用グリースが塗布される。カバーリップ9eには、予めシール用グリースは塗布されない。
なお、車輪用軸受装置1においては、磁気エンコーダ10cは必須の構成ではなく、スリンガ10が磁気エンコーダ10cを有しない構成であっても構わない。
なお、シールリップ9の基部9aが芯金8のシール板嵌合部8aの先端部に向かってわずかに傾斜して形成され、この端部にスリンガ10の立板部10bの外縁がわずかな径方向隙間を介して対向し、ラビリンス構造が構成されている。これにより、外部から雨水やダスト等が軸受内部に侵入するのを防止することができる。
このように、インナー側シール部材6は、外輪2のインナー側開口部2aに嵌合されたシール板7と内輪4に嵌合されたスリンガ10とが対向するように配置され、パックシールを構成している。シール板7のラジアルリップ9dは、グリースの油膜を介してスリンガ10のスリンガ嵌合部10aに接触し、車輪用軸受装置1の内部のグリースの外部への漏れを防止している。シール板7のカバーリップ9eは、スリンガ嵌合部10aのうちラジアルリップ9dの接触位置よりも内側(アウター側)において所定の径方向隙間を介してスリンガ嵌合部10aに近接し、カバーリップ9eとスリンガ嵌合部10aとの間にラビリンス構造が構成される。これにより、シール性が向上して、シール用グリースと軸受用グリースとの混在を防止することができる。また、シール板7のサイドリップ9b、9cは、スリンガ10の立板部10bに油膜を介して接触し、車輪用軸受装置1の外部から泥水等の内部への入り込みを防止している。
インナー側シール部材6は、シール板7のサイドリップ9b、9c、ラジアルリップ9dが油膜を介してスリンガ10に接触することでスリンガ10に対して摺動可能に構成されている。これにより、インナー側シール部材6は、外輪2のインナー側開口部2aからのグリースの漏れおよび外部からの雨水や粉塵等の入り込みを防止する。また、インナー側シール部材6の各リップのうち、カバーリップ9eのみがスリンガ10に対して摺動せずに非接触状態となっている。つまり、カバーリップ9eは、どこにも摺動しない非接触リップである。そのため、シールリップ9のスリンガ嵌合部10aへの接触による回転トルクの増大を抑えて、車両等の燃費悪化を防ぐことができる。
図4に示すように、アウター側シール部材12は、外輪2のアウター側開口部2bとハブ輪3との隙間(外部部材である外輪2と内部部材であるハブ輪3及び内輪4との間に形成される内部空間のアウター側部分)を塞ぐものである。アウター側シール部材12は、略円環状の芯金13と、芯金13に、例えば加硫接着により、一体的に形成される弾性体であるシールリップ14と、金属環15とによって構成されている。芯金13とシールリップ14とは、シール板を構成している。
アウター側シール部材12の芯金13は、外輪2のアウター側端部内周に圧入される金属製の部材であり、例えば、フェライト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS430系等)やオーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)から構成されている。芯金13は、円環状の鋼板がプレス加工によって屈曲され、外方部材の端部内周に圧入される円筒部13aと、その端部から径方向内方に延びる軸方向断面視においてアウター側に凸状の湾曲部13bと、その端部から径方向内方に延びる円板部13cとから構成されている。そして、芯金13の外表面を覆うように、シールリップ14が回り込んで接合され、所謂ハーフメタル構造をなしている。これにより、気密性を高めて軸受内部を保護することができる。アウター側シール部材12は、芯金13の円筒部13aが外輪2のアウター側開口部2bに嵌合されて外輪2と一体的に構成されている。
シールリップ14は、例えば、材質としてNBR(アクリロニトリル-ブタジエンゴム)、耐熱性に優れたHNBR(水素化アクリロニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)、耐熱性、耐薬品性に優れたACM(ポリアクリルゴム)、FKM(フッ素ゴム)、あるいはシリコンゴム等の合成ゴムなどから構成することができる。
シールリップ14は、それぞれ円環状に形成される、芯金13の外周面を覆う基部14aと、この基部14aから径方向外方に傾斜して径方向の内側と外側に並べて形成された外側サイドリップ14b、内側サイドリップ14cと、この内側サイドリップ14cの内径側に軸受内方側に傾斜して形成されたラジアルリップ14dと、このラジアルリップ14dのインナー側を覆うとともに円板部13cの一側面から軸受内方側に傾斜して形成されたカバーリップ14eとを備えている。すなわち、芯金13の一側面には、基部14a、外側サイドリップ14b、内側サイドリップ14c、ラジアルリップ14d、およびカバーリップ14eが一体に加硫接着されている。ラジアルリップ14d、カバーリップ14eは、互いに略平行となるように配置されるラジアルリップを構成している。シールリップ14は、金属環15に対向して配置されている。一対のサイドリップ14b、14cは、主に軸受外部からの異物進入を防止するシールリップである。カバーリップ14eは、主に軸受内部からグリースが漏出することを防止するシールリップである。カバーリップ14eは、金属環15(円筒部15a)に対向し、ラビリンスを構成している。なお、サイドリップがラジアルリップであってもよく、例えば、基部14aの径方向内周端をさらに径方向内方に延出して、円筒部15aに摺接するようにしてラジアルリップを構成してもよい。また、本実施形態では、複数(2つ)のサイドリップを設けているが、その数を限定するものではなく、一つもしくは二つより多く設ける構成としてもよい。ラジアルリップ14dは、円板部13cの最も内径側に形成されている。内側サイドリップ14cは、ラジアルリップ14dよりも外径側に形成されている。外側サイドリップ14bは、内側サイドリップ14cよりも外径側に形成されている。
なお、カバーリップ14eの形状は、本実施形態の形状に限定するものではなく、他のシールリップと一体成型可能な形状であればよい。
アウター側シール部材12の金属環15は、例えば、耐食性を有する鋼板であるオーステナイト系ステンレス鋼板(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼板(JIS規格のSPCC系等)によって構成されている。金属環15は、円環状の鋼板がプレス加工によって屈曲されて一方の端部が拡径している円筒状に形成されている。金属環15は、内方部材の外径に嵌合可能な円筒部15aと軸方向断面視で略円弧状の湾曲部15bと径方向に延びる円板部15cと円板部15cの外周縁からインナー側に向かって突出する円筒状の堰部15dとが一体に形成されている。また、円筒部15a、湾曲部15bおよび円板部15cにより、金属環15の円筒部15aから延びる延出部を構成している。円筒部15aは、金属環15の一側端部に形成されている。湾曲部15bは円筒部15aと隣接して連続的に形成されている。円板部15cは、湾曲部15bと隣接して金属環15の他側端部に連続的に形成されている。金属環15は、円筒部15aがハブ輪3に嵌合されて固定されている。そして、シールリップ14の外側サイドリップ14b、内側サイドリップ14cが円板部15c、湾曲部15bのそれぞれに所定の軸方向シメシロを介して摺接されるとともに、ラジアルリップ14dが円筒部15aのインナー側端部近傍に所定の径方向シメシロを介して摺接されている。すなわち、金属環15は、外側サイドリップ14b、内側サイドリップ14cおよびラジアルリップ14dの摺接部であり、具体的には、円板部15cおよび湾曲部15bが外側サイドリップ14b、内側サイドリップ14cが摺接する摺接部であり、円筒部15aがラジアルリップ14dが摺接する摺接部である。なお、アウター側シール部材12としては、金属環15を用いないで芯金13とシールリップ14で構成されるシール板のみで構成してもよい。また、本実施形態では、芯金13とシールリップ14で構成されるシール板を外方部材(外輪2)の端部内周に嵌合する構成としているが、芯金13とシールリップ14で構成されるシール板を外方部材(外輪2)の端部外周に嵌合してもよく、特に限定するものではない。
また、カバーリップ14eの先端は、円筒部15aの外周面のインナー側端部に所定の径方向隙間を介して近接されている。すなわち、カバーリップ14eの先端は、円筒部15aの外周面に接触しない状態となっている。また、カバーリップ14eの先端は、その軸方向のアウター側端部が金属環15の円筒部15aのアウター側端部よりもインナー側に突出するように形成されている。金属環15と、ラジアルリップ14dおよび外側サイドリップ14b、内側サイドリップ14cとの摺接部には、予めシール用グリースが塗布される。カバーリップ14eには、予めシール用グリースは塗布されない。
アウター側シール部材12では、芯金13の円筒部13aが外輪2のアウター側開口部2bに嵌合されている。また、アウター側シール部材12は、金属環15の円筒部15aがハブ輪3に嵌合されている。この際、アウター側シール部材12は、芯金13に一体に加硫接着されている各シールリップのうち、ラジアルリップ14dが潤滑材であるグリースの油膜を介して金属環15の円筒部15aに接触し、内側サイドリップ14cがグリースの油膜を介して金属環15の湾曲部15bに接触し、外側サイドリップ14bがグリースの油膜を介して金属環15の円板部15cに接触するように配置されている。アウター側シール部材12は、金属環15に対して摺動可能に構成されている。これにより、ラジアルリップ14dが車輪用軸受装置1の内部のグリースの外部への漏れを防止するとともに、内側サイドリップ14cおよび外側サイドリップ14bが、車輪用軸受装置1の外部から泥水等の内部への入り込みを防止している。
アウター側シール部材12のカバーリップ14eは、金属環15の円筒部15aのうちラジアルリップ14dの接触位置よりも内側(インナー側)において所定の径方向隙間を介して円筒部15aに近接し、カバーリップ14eと円筒部15aとの間にラビリンス構造が構成される。これにより、シール性が向上して、シール用グリースと軸受用グリースとの混在を防止することができる。また、アウター側シール部材12の各リップのうち、カバーリップ14eのみが金属環15に対して摺動せずに非接触状態となっている。つまり、カバーリップ14eは、どこにも摺動しない非接触リップである。そのため、シールリップ14の金属環15への接触による回転トルクの増大を抑えて、車両等の燃費悪化を防ぐことができる。これにより、アウター側シール部材12は、ラジアルリップ14d、内側サイドリップ14cおよび外側サイドリップ14bの各シールリップと金属環15との良好な摺動状態を確保し、外輪2のアウター側開口部2bから内部のグリースの漏れおよび外部からの雨水や粉塵等の入り込みを防止する。
このように構成される車輪用軸受装置1は、ハブ輪3と内輪4とがインナー側ボール列5aとアウター側ボール列5bとを介して外輪2に回転自在に支持されている。また、車輪用軸受装置1は、外輪2のインナー側開口部2aと内輪4との隙間をインナー側シール部材6で塞がれ、外輪2のアウター側開口部2bとハブ輪3との隙間をアウター側シール部材12で塞がれている。これにより、車輪用軸受装置1は、内部からのグリースの漏れおよび外部からの雨水や粉塵等の入り込みを防止しつつ外輪2に支持されているハブ輪3と内輪4とが回転する。
さらに、インナー側シール部材6において、ラジアルリップ9dの背面側(アウター側)を覆うようにカバーリップ9eを設けたことで、ラジアルリップ9dとスリンガ嵌合部10aの摺接部分から漏れ出るシール用グリースをインナー側シール部材6の内部から転走面側に漏れ出ないように堰き止めるとともに、インナー側ボール列5aとインナー側の外側転走面2cの摺接部分などから漏れ出る軸受用グリースがインナー側シール部材6の内部に浸入することを防止する。よって、シール用グリースおよび軸受用グリースをそれぞれの潤滑用途部分に維持して、軸受用グリースとシール用グリースとの混在を防止することができる。
同様に、アウター側シール部材12において、ラジアルリップ14dの背面側(インナー側)を覆うようにカバーリップ14eを設けたことで、ラジアルリップ14dと金属環15の円筒部15aの摺接部分から漏れ出るシール用グリースをアウター側シール部材12の内部から転走面側に漏れ出ないように堰き止めるとともに、アウター側ボール列5bとアウター側の外側転走面2dの摺接部分などから漏れ出る軸受用グリースがインナー側シール部材12の内部に浸入することを防止する。よって、シール用グリースおよび軸受用グリースをそれぞれの用途部分に維持して、軸受用グリースとシール用グリースとの混在を防止することができる。
次に、図5と図6を用いて、本発明に係る車輪用軸受装置の第二実施形態である車輪用軸受装置1Aについて説明する。なお、以下の実施形態に係る車輪用軸受装置1A・1Bは、図1から図3に示す車輪用軸受装置1のインナー側シール部材6およびアウター側シール部材12のそれぞれにおけるシールリップ9およびシールリップ14の各形状等を変更したものであり、第一実施形態の車輪用軸受装置1の説明で用いた名称、図番、記号を用いることで、同じものを指すこととし、以下の実施形態において、既に説明した実施形態と同様の点に関してはその具体的説明を省略し、相違する部分を中心に説明する。
図5に示すように、第二実施形態に係るインナー側シール部材6Aのシールリップ9Aは、ラジアルリップ9dの軸受内方側(アウター側)を覆うとともにリップ支持部8bの径方向端部から軸受内方側に傾斜して形成されたカバーリップ9e1を備えている。すなわち、リップ支持部8bの一側面には、カバーリップ9e1が一体に加硫接着されている。カバーリップ9e1の先端は、その軸方向のアウター側端部がスリンガ嵌合部10aの軸方向のアウター側端部よりもアウター側に突出して形成されるとともに、内輪4の外周面に対して所定の径方向隙間を介して近接し、カバーリップ9e1とスリンガ嵌合部10aとの間にラビリンス構造が構成される。カバーリップ9e1の先端は、その内径寸法が内輪4の外周面に嵌合されたスリンガ10の軸受内部側の部分であるスリンガ嵌合部10aの外径寸法よりも小さくなるように形成されている。ラジアルリップ9d、カバーリップ9e1は、ラジアルリップを構成している。また、インナー側シール部材6の各リップのうち、カバーリップ9e1のみがスリンガ10に対して摺動せずに非接触状態となっている。つまり、カバーリップ9e1は、どこにも摺動しない非接触リップである。そのため、シールリップ9Aのスリンガ嵌合部10aへの接触による回転トルクの増大を抑えて、車両等の燃費悪化を防ぐことができる。カバーリップ9e1には、予めシール用グリースは塗布されない。
このようにインナー側シール部材6Aにおいて、第一実施形態のカバーリップ9eの替わりにラジアルリップ9dの背面側(アウター側)を覆うようにカバーリップ9e1を設けたことで、第一実施形態のカバーリップ9eを設けた場合と同様の作用効果を有する。さらに、インナー側シール部材6Aのカバーリップ9e1の先端は、その内径寸法がスリンガ嵌合部10aの外径寸法よりも小さくなるように形成されている。すなわち、第二実施形態のカバーリップ9e1は、第一実施形態のカバーリップ9eよりもラジアルリップ9dの背面側(アウター側)を広く覆うように形成されている。すなわち、カバーリップ9e1がラジアルリップ9dをより広く覆うため、カバーリップ9e1とスリンガ嵌合部10aとの間のラビリンス構造の領域が広がる。これにより、インナー側シール部材6A内からのシール用グリースの漏れとインナー側シール部材6A内への軸受用グリースの侵入を防ぎ、軸受用グリースとシール用グリースとの混在をより効果的に防止することができる。
図6に示すように、第二実施形態に係るアウター側シール部材12Aのシールリップ14Aは、ラジアルリップ14dのインナー側を覆うとともに円板部13cの一側面から軸受内方側に傾斜して形成されたカバーリップ14e1を備えている。すなわち、芯金13の一側面には、カバーリップ14e1が一体に加硫接着されている。カバーリップ14e1は、軸方向断面視で屈曲して形成される。カバーリップ14e1の基端部は、軸受内方側に傾斜して延出されている。カバーリップ14e1の基端部から連続する先端部は径方向内方に延出されている。カバーリップ14e1の先端部は、円筒部15aの軸方向のインナー側端部よりもインナー側に突出して形成されるとともに、円筒部15aの軸方向のインナー側端部とハブ輪3の外周面に対して所定の径方向隙間を介して近接し、カバーリップ14e1と円筒部15aとの間にラビリンス構造が構成される。カバーリップ14e1の先端部は、その径方向端部が円筒部15aの外周面よりも径方向内側になるように形成されている。つまり、カバーリップ14e1の先端は、その内径寸法が金環部15の軸受内部側の部分である円筒部15aの外径寸法よりも小さくなるように形成されている。
ラジアルリップ14d、カバーリップ14e1は、ラジアルリップを構成している。また、アウター側シール部材12Aの各リップのうち、カバーリップ14e1のみが金属環15に対して摺動せずに非接触状態となっている。つまり、カバーリップ14e1は、どこにも摺動しない非接触リップである。そのため、シールリップ14の金属環15への接触による回転トルクの増大を抑えて、車両等の燃費悪化を防ぐことができる。カバーリップ14e1は、ラジアルリップ14dよりも外径側に形成されている。金属環15とカバーリップ14e1には、予めシール用グリースは塗布されない。
このようにアウター側シール部材12Aにおいて、第一実施形態のカバーリップ14eの替わりにラジアルリップ14dの背面側(インナー側)を覆うようにカバーリップ14e1を設けたことで、第一実施形態のカバーリップ14eを設けた場合と同様の作用効果を有する。さらに、アウター側シール部材12Aのカバーリップ14e1の先端は、その内径寸法が円筒部15aの外径寸法よりも小さくなるように形成されている。すなわち、第二実施形態のカバーリップ14e1は、第一実施形態のカバーリップ14eよりもラジアルリップ14dの背面側(アウター側)を広く覆うように形成されている。すなわち、カバーリップ14e1がラジアルリップ14dをより広く覆うため、カバーリップ14e1と円筒部15aとの間のラビリンス構造の領域が広がる。これにより、アウター側シール部材12A内からのシール用グリースの漏れとアウター側シール部材12A内への軸受用グリースの侵入を防ぎ、軸受用グリースとシール用グリースとの混在をより効果的に防止することができる。
次に、図7と図8を用いて、本発明に係る車輪用軸受装置の第三実施形態である車輪用軸受装置1Bについて説明する。
図7に示すように、第三実施形態に係るインナー側シール部材6Bのシールリップ9Bは、第二実施形態に係るインナー側シール部材6Aにおけるシールリップ9Aのカバーリップ9e1の先端を径方向内方に向けて折り曲げて屈曲させた円環状の先端部9fを有している。また、インナー側シール部材6Bのスリンガ10Aは、ラジアルリップ9dの軸受内部側に、スリンガ嵌合部10aのインナー側端部をカバーリップ9e1に近接するように径方向外側に向けて折り曲げて傾斜させた円環状のスリンガ傾斜部10dを有している。カバーリップ9e1の先端部9fは、スリンガ傾斜部10dの軸方向のアウター側端部よりもアウター側に突出して形成されるとともに、スリンガ傾斜部10dのアウター側端部と内輪4の外周面に対してそれぞれ所定の軸方向隙間および所定の径方向隙間を介して近接し、カバーリップ9e1とスリンガ傾斜部10dとの間にラビリンス構造が構成される。すなわち、カバーリップ9e1の先端部9fとスリンガ10Aのスリンガ傾斜部10dの先端が所定の隙間を介して重なり合うようにラビリンス構造が構成される。これにより、インナー側シール部材6B内からのシール用グリースの漏れとインナー側シール部材6B内への軸受用グリースの侵入を防ぎ、軸受用グリースとシール用グリースとの混在をより効果的に防止することができる。
図8に示すように、第三実施形態に係るアウター側シール部材12Bの金属環15Aは、ラジアルリップ14dの軸受内部側に、第二実施形態に係るアウター側シール部材12Aにおける金属環15の円筒部15aのインナー側端部をカバーリップ14e1に近接するように延出して径方向外方に向けて折り曲げて傾斜させた円環状の傾斜部15eを有している。カバーリップ14e1の先端部は、傾斜部15eの軸方向のインナー側端部よりもインナー側に突出して形成されるとともに、傾斜部15eのインナー側端部とハブ輪3の外周面に対してそれぞれ所定の軸方向隙間および所定の径方向隙間を介して近接し、カバーリップ14e1と傾斜部15eとの間にラビリンス構造が構成される。すなわち、金属環15Aの傾斜部15eの先端とカバーリップ14e1の先端が所定の隙間を介して重なり合うようにラビリンス構造が構成される。これにより、アウター側シール部材12B内からのシール用グリースの漏れとアウター側シール部材12B内への軸受用グリースの侵入を防ぎ、軸受用グリースとシール用グリースとの混在をより効果的に防止することができる。
なお、第三実施形態のインナー側シール部材6Bおよびアウター側シール部材12Bにおいては、カバーリップ9e1(カバーリップ14e1)の先端がスリンガ傾斜部10d(傾斜部15e)の先端より転走面側に配置されているが、例えば、スリンガ傾斜部10d(傾斜部15e)の先端がカバーリップ9e1(カバーリップ14e1)の先端よりも転走面側に配置されるように構成してもよい。
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。また、本実施形態において、車輪用軸受装置1・1A・1Bは、ハブ輪3の外周にインナー側ボール列5aの内側転走面3cが直接形成されている第3世代構造の車輪用軸受装置として構成されているがこれに限定するものではなく、第1世代構造をはじめ、ハブ輪3に一対の内輪が圧入固定された第2世代構造、あるいは、ハブ輪と等速自在継手の外側継手部材の外周にそれぞれ内側転走面が直接形成された第4世代構造であってもよい。また、本実施形態におけるインナー側シール部材をアウター側シール部材として使用してもよい。