本発明において、好適には、前記自動変速機は、所定の係合装置の係合と解放との切替えによって各々異なる変速比(ギヤ比)を有する複数の変速段(ギヤ段)が択一的に形成される有段式自動変速機である。例えば、この有段式自動変速機は、公知の遊星歯車式自動変速機により構成される。この遊星歯車式自動変速機における係合装置としては、油圧アクチュエータによって係合させられる多板式、単板式のクラッチやブレーキ、或いはバンドブレーキ等の油圧式の係合装置が広く用いられる。この場合、前記車両は、例えば複数の係合装置の油圧アクチュエータにそれぞれ油圧を供給する油圧制御回路を備えている。この油圧制御回路は、例えばリニアソレノイドバルブやON−OFFソレノイドバルブ等を備え、それらソレノイドバルブの出力油圧を直接的或いはシフトコントロールバルブ等を介して間接的に係合装置の油圧アクチュエータにそれぞれ供給する。尚、上記「油圧を供給する」とは、「油圧を作用させる」或いは「ある油圧に制御された作動油を供給する」ことを意味する。また、前記係合装置としては、電磁式、磁紛式、機械式等の他の係合装置であっても良い。
また、好適には、前記駆動力源としては、例えばガソリンエンジンやディーゼルエンジン等のエンジンが用いられる。或いは、前記駆動力源としては、例えば電動機等の原動機が単独で或いは上記エンジンと組み合わせて用いられる。
図1は、本発明が適用される車両10に備えられたエンジン12から駆動輪26までの動力伝達経路の概略構成を説明する図であると共に、車両10に設けられた制御系統の要部を説明する図である。図1において、駆動力源としてのエンジン12により発生させられた動力は、トルクコンバータ14を経て自動変速機18の入力軸16に入力され、自動変速機18の出力軸20から差動歯車装置(ディファレンシャルギヤ)22や一対の車軸(ドライブシャフト)24等を順次介して左右の駆動輪26へ伝達される。
自動変速機18は、車体に取り付けられる非回転部材としてのトランスミッションケース内において1組乃至複数組の遊星歯車装置と複数の係合装置(係合要素)とを有し、その係合装置によって複数のギヤ段が択一的に成立させられる公知の遊星歯車式自動変速機である。例えば、自動変速機18は、複数の係合装置の何れかの掴み替えにより(すなわち係合装置の係合と解放との切替えにより)変速が実行される、所謂クラッチツゥクラッチ変速を行う有段変速機である。すなわち、自動変速機18は、入力軸16の回転を変速して出力軸20から出力するものであり、エンジン12からの動力を駆動輪26側へ伝達する。この入力軸16は、トルクコンバータ14のタービン翼車によって回転駆動されるタービン軸でもある。この係合装置は、油圧制御回路28によってそれぞれ係合と解放とが制御され、その油圧制御回路28内のソレノイドバルブ等の調圧によりそれぞれのトルク容量すなわち係合力が変化させられて、それが介挿されている両側の部材を選択的に連結するクラッチやブレーキ等の油圧式の摩擦係合装置である。
図2は、油圧式の摩擦係合装置の一例であるクラッチCを示す部分拡大図である。図2において、クラッチCは、クラッチドラム30、クラッチハブ32、セパレートプレート34、摩擦プレート36、ピストン38、リターンスプリング40、バネ受板42などを含んで構成されている。セパレートプレート34は、複数枚の略円環板状(円板状)の外周縁がクラッチドラム30の筒部の内周面にスプライン嵌合されている。摩擦プレート36は、複数枚のセパレートプレート34の間に介在させられて、複数枚の略円環板状(円板状)の内周縁がクラッチハブ32の外周面にスプライン嵌合されている。ピストン38は、セパレートプレート34及び摩擦プレート36の方向に伸びる押圧部が外周縁に設けられている。リターンスプリング40は、ピストン38とバネ受板42との間に介在させられ、ピストン38をクラッチドラム30の底板部に当接するように付勢する。このように構成されたクラッチCにおいて、油路44を通って油室46内に作動油が供給されると、作動油の油圧(すなわち係合油圧)によってピストン38がセパレートプレート34及び摩擦プレート36の方向に移動し、ピストン38の押圧部がセパレートプレート34及び摩擦プレート36を押圧する。スナップリング48がクラッチドラム30の筒部に固定されている為、複数枚のセパレートプレート34及び摩擦プレート36は係合させられる。すなわち、クラッチCが係合させられる。
ここで、係合装置のトルク容量(以下、クラッチトルクという)は、例えば係合装置の摩擦材の摩擦係数や摩擦プレートを押圧する係合油圧によって決まるものである。クラッチCのように、リターンスプリング40を有する係合装置では、リターンスプリング荷重に抗する力(係合油圧×ピストン受圧面積)に対応する係合油圧を超える係合油圧分にて有効なクラッチトルクが発生させられる。
図1に戻り、自動変速機18におけるギヤ段の一例としては、例えばクラッチC1とブレーキB1との係合により低車速側ギヤ段(ローギヤ段例えば第2速ギヤ段)が成立させられ、クラッチC1とクラッチC2との係合により高車速側ギヤ段(ハイギヤ段例えば第3速ギヤ段)が成立させられる。従って、上記ローギヤ段とハイギヤ段との間の変速時には、ブレーキB1とクラッチC2とで掴み替えが行われる。本実施例では、変速時に掴み替えが行われる係合装置のうちで、ローギヤ段側の成立に関与する係合装置(例えばブレーキB1)をローギヤ段係合装置と称し、ハイギヤ段側の成立に関与する係合装置(例えばクラッチC2)をハイギヤ段係合装置と称する。ローギヤ段係合装置は、ローギヤ段からハイギヤ段へのアップシフト時には解放側の係合装置となり、ハイギヤ段からローギヤ段へのダウンシフト時には係合側の係合装置となる。一方で、ハイギヤ段係合装置は、上記アップシフト時には係合側の係合装置となり、上記ダウンシフト時には解放側の係合装置となる。
車両10には、例えば自動変速機18の変速制御などに関連する制御装置を含む電子制御装置70が備えられている。電子制御装置70は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。例えば、電子制御装置70は、エンジン12の出力制御、自動変速機18の変速制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用や油圧制御用(変速制御用)等に分けて構成される。また、電子制御装置70には、各種センサ(例えば各回転速度センサ50,52,54、アクセル開度センサ56、スロットル弁開度センサ58など)により検出された各種信号(例えばエンジン12の回転速度を表すエンジン回転速度ωe,入力軸16の回転速度を表すタービン回転速度ωtすなわち変速機入力回転速度ωi,車速Vに対応する出力軸20の回転速度を表す変速機出力回転速度ωo、車両10の駆動力(駆動トルクも同意)に対する運転者の操作量を表すアクセル開度Acc、スロットル弁開度θthなど)が、それぞれ供給される。また、電子制御装置70からは、例えばエンジン12の出力制御の為のエンジン出力制御指令信号Se、自動変速機18の油圧アクチュエータを制御する油圧制御回路28を作動させる為の油圧指令信号Spなどが、それぞれ出力される。
図3は、電子制御装置70による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図3において、エンジン出力制御手段すなわちエンジン出力制御部72は、例えば要求されたエンジントルクTe(以下、要求エンジントルクTedem)が得られるように、スロットル制御の為にスロットルアクチュエータにより電子スロットル弁を開閉制御する他、燃料噴射量制御の為に燃料噴射装置による燃料噴射量を制御し、点火時期制御の為にイグナイタ等の点火装置を制御するエンジン出力制御指令信号Seを出力する。エンジン出力制御部72は、例えばアクセル開度Accをパラメータとして車速Vと要求駆動力Fdemとの予め記憶された不図示の関係(駆動力マップ)から実際のアクセル開度Acc及び車速Vに基づいて駆動要求量としての要求駆動力Fdemを算出する。そして、エンジン出力制御部72は、例えば駆動輪26のタイヤ有効半径、現在の自動変速機18のギヤ段におけるギヤ比、出力軸20よりも駆動輪26側の動力伝達経路における終減速比、及びトルクコンバータ14のトルク比tに基づいて、要求駆動力Fdemが得られる要求エンジントルクTedemを算出する。尚、トルクコンバータ14のトルク比tは、例えば速度比(=タービン回転速度ωt/ポンプ回転速度ωp(エンジン回転速度ωe))とトルク比t、効率、及び容量係数とのそれぞれの予め記憶された公知の関係(トルクコンバータ14の作動特性図)から実際の速度比eに基づいて算出される。
変速制御手段すなわち変速制御部74は、自動変速機18の変速制御を実行する。具体的には、変速制御部74は、車速V及びアクセル開度Accを変数として予め記憶された公知の関係(変速マップ、変速線図)から実際の車速V及びアクセル開度Accで示される車両状態に基づいて変速判断を行う。そして、変速制御部74は、自動変速機18の変速を実行すべきと判断した場合には、変速すべきギヤ段が得られるように自動変速機18の自動変速制御を実行する。例えば、変速制御部74は、判断したギヤ段が達成されるように、自動変速機18の変速に関与する係合装置を係合及び/又は解放させる油圧指令信号Spを油圧制御回路28へ出力する。この油圧指令信号Spとしては、例えばローギヤ段係合装置のトルク容量(以下、ローギヤ段側クラッチトルクという)を得る為の油圧指令値、及びハイギヤ段係合装置のトルク容量(以下、ハイギヤ段側クラッチトルクという)を得る為の油圧指令値である。
ここで、自動変速機18のアップシフト時の変速制御について詳細に説明する。変速制御部74は、自動変速機18のアップシフト時には、エンジン12の吹き上がりを防止しつつイナーシャ相開始時のショックを抑制する為に、例えば変速機入力回転速度ωiの回転変化に基づいてイナーシャ相の開始を検出するまで、ローギヤ段係合装置(すなわちアップシフト時解放側係合装置)とハイギヤ段係合装置(すなわちアップシフト時係合側係合装置)との掴み替えにおいて、ローギヤ段側クラッチトルク(すなわちアップシフト時解放側クラッチトルク)を制御することで弱タイアップ状態を発生させる。そして、変速制御部74は、イナーシャ相開始時以降は、変速目標値を実現するように、ハイギヤ段側クラッチトルク(すなわちアップシフト時係合側クラッチトルク)を制御する。
上記変速目標値は、例えば変速時間及び駆動力の各目標値を表現できるものである。上記変速時間を表現できる要素の一例としては、タービン回転速度ωt(すなわち変速機入力回転速度ωi)の時間微分すなわち時間変化率、つまり入力軸16側の回転部材の速度変化量としての入力軸16の角加速度(以下、入力軸角加速度dωt/dt)である。上記駆動力を表現できる要素の一例としては、出力軸20側の回転部材上のトルクとしての出力軸20上のトルク(以下、変速機出力トルクTo)である。変速制御部74は、例えばイナーシャ相中のタービン回転速度ωtの変化が変速ショックの抑制と変速時間とを両立させる所定変化となるように入力軸角加速度dωt/dtを変化させる態様が予め定められた関係(入力軸角加速度変化マップ)から、イナーシャ相中の入力軸角加速度dωt/dtの目標値を算出する。また、変速制御部74は、例えば変速機出力トルクToを変化させる態様が予め定められた関係(変速機出力トルク変化マップ)から、エンジン出力制御部72により算出された要求駆動力Fdemに基づいて変速機出力トルクToの目標値を算出する。そして、変速制御部74は、上記変速目標値と、アップシフト時解放側クラッチトルク、アップシフト時係合側クラッチトルク、及び入力軸16側の回転部材上のトルクとしての入力軸16上のトルク(以下、変速機入力トルクTi)との関係を定式化した自動変速機18のギヤトレーン運動方程式から、例えばイナーシャ相開始時以降における変速目標値を実現させるアップシフト時係合側クラッチトルクの要求値を算出し、その要求値を得る為の油圧指令信号Spを油圧制御回路28へ出力する。尚、イナーシャ相開始時以降におけるアップシフト時解放側クラッチトルクの要求値は、例えばイナーシャ相開始時点から所定の勾配にて漸減される値として算出される。上記変速機入力トルクTiは、トルクコンバータ14のトルク比tを考慮すればエンジントルクTe(=Ti/t)と同意であり、アクセル開度Acc等に基づいてその要求値が算出されたり、要求駆動力Fdemに基づいて定常時(非変速時)と同等の要求値が算出される。
ところで、変速機入力トルクTiが比較的小さな領域にある場合、イナーシャ相開始時以降にアップシフト時解放側クラッチトルクを漸減させることを前提とすれば、アップシフトを適切に進行させるには(すなわち変速機入力回転速度ωiを適切な速度で引き下げるには)、アップシフト時係合側クラッチトルクを比較的小さな領域で制御する必要がある。前述したように本実施例における自動変速機18の変速に関与する係合装置はリターンスプリング40を有している為、クラッチトルクが比較的小さな領域では、大きな領域における制御と比較して、クラッチトルクの制御性が悪くなる可能性がある。また、油圧ばらつきやリターンスプリング荷重のばらつき等の影響も受け易い。その為、変速機入力トルクTiが比較的小さな領域にある場合、大きな領域にある場合と比較して、自動変速機18の変速制御性が悪化する可能性がある。
本実施例では、変速機入力トルクTiが比較的小さな領域にあっても、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクを比較的大きな領域にて使用することで、自動変速機18の変速制御性を向上させる制御を実行する。以下、その制御について詳細に説明する。
図4は、自動変速機18のアップシフト時における変速進行状態を共線図上にて表した概念図である。図4において、a軸は係合装置が連結する回転部材の回転速度、b軸は変速機出力回転速度ωo、c軸は変速機入力回転速度ωiにそれぞれ対応している。また、実線Llowはローギヤ段形成時の状態、破線Lupはハイギヤ段形成時の状態、矢印UPはアップシフトの進行方向をそれぞれ表している。アップシフト時係合側クラッチトルクは、矢印Aに示すように、実線Llowの状態を破線Lupの状態に移行させる方向のモーメント(すなわちc軸の変速機入力回転速度ωiの回転を引き下げる方向のモーメント)を発生する。その為、矢印Bに示すような変速機入力トルクTiが発生するモーメント(すなわちc軸の変速機入力回転速度ωiの回転を引き上げる方向のモーメント)が小さい場合には、アップシフト時係合側クラッチトルクは小さな領域にて制御される。一方で、アップシフト時解放側クラッチトルクは、矢印Cに示すように、実線Llowの状態を破線Lupの状態に移行させない方向のモーメントを発生する。すなわち、アップシフト時解放側クラッチトルクは、矢印C’に示すように、変速機入力トルクTi(正値)が発生するのと同様の方向のモーメントを発生する。その為、アップシフト時解放側クラッチトルクの増減は、変速機入力トルクTiの増減に相当することになる。
本実施例では、上述したことを勘案して、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクを比較的大きな領域にて使用する為に、自動変速機18のアップシフト時におけるイナーシャ相開始時からのアップシフト時係合側クラッチトルク及びアップシフト時解放側クラッチトルクの何れか一方に下限値を設ければ良いことを見出した。例えば、本実施例では、イナーシャ相開始時の変速機入力トルクTi(エンジントルクTeも同意)が所定入力トルクよりも小さい場合に、上記下限値を設ける制御を実行する。上記所定入力トルクは、例えばイナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が予め定められた所定クラッチトルク(すなわち所定トルク容量)以上となる為の変速機入力トルクTiの下限値として予め定められた値である。上記イナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値は、イナーシャ相開始させる為に(すなわち変速機入力回転速度ωiの回転変化を開始させる為に)要求されるアップシフト時係合側クラッチトルク(例えば前記自動変速機18のギヤトレーン運動方程式から算出されるイナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクの要求値)である。上記所定クラッチトルクは、イナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値がクラッチトルクの制御性の悪化が抑制される為の下限値として予め定められた値である。従って、前記イナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも小さい場合とは、イナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定クラッチトルクよりも小さい場合に相当する。
より具体的には、図3に戻り、変速制御部74は、自動変速機18のアップシフトが実行中であるか否かを、例えば変速マップから判断した変速がアップシフトであり且つその変速制御を開始しているか否かに基づいて判定する。また、変速制御部74は、実行中のアップシフトが終了したか否かを判定する。
トルク判定手段すなわちトルク判定部76は、変速制御部74により自動変速機18のアップシフトが実行中であると判定された場合には、そのアップシフトにおけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも小さいか否かを判定する。別の見方では、トルク判定部76は、イナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定クラッチトルクよりも小さいか否かを判定する。
変速制御部74は、トルク判定部76により自動変速機18のアップシフトにおけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも大きいと判定された場合には(すなわちイナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定クラッチトルクよりも大きいと判定された場合には)、前述の通り、イナーシャ相開始時以降は変速目標値を実現するようにアップシフト時係合側クラッチトルク主体の変速制御を実行する。例えば、変速制御部74は、前記自動変速機18のギヤトレーン運動方程式から算出したイナーシャ相開始時以降における変速目標値を実現させるアップシフト時係合側クラッチトルクの要求値を得る為の油圧指令信号Spを油圧制御回路28へ出力する。
下限ガード処理制御手段すなわち下限ガード処理制御部78は、トルク判定部76により自動変速機18のアップシフトにおけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルク以下であると判定された場合には(すなわちイナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定クラッチトルク以下であると判定された場合には)、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクに下限値を設ける制御を実行する。例えば、下限ガード処理制御部78は、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクを下限値としての所定クラッチトルクに維持(制御)する下限ガード処理を実行する。アップシフト時係合側クラッチトルクを下限値に維持すると、アップシフト時係合側クラッチトルク主体の変速制御を実行することは実質的に困難となる。その為、変速制御部74は、下限ガード処理制御部78によりイナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクが下限ガード処理されているときには、イナーシャ相開始時以降の変速目標値を実現するようにアップシフト時解放側クラッチトルク主体の変速制御を実行することで、自動変速機18の変速を進行させる。例えば、変速制御部74は、前記自動変速機18のギヤトレーン運動方程式からアップシフト時係合側クラッチトルクの要求値を算出することに替えて、アップシフト時係合側クラッチトルクを下限値に設定した上で、前記自動変速機18のギヤトレーン運動方程式からイナーシャ相開始時以降における変速目標値を実現させるアップシフト時解放側クラッチトルクの要求値を算出し、その要求値を得る為の油圧指令信号Spを油圧制御回路28へ出力する。
或いは、下限ガード処理制御部78は、トルク判定部76により自動変速機18のアップシフトにおけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルク以下であると判定された場合には、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクに下限値を設ける制御に替えて、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時解放側クラッチトルクに下限値を設ける制御を実行しても良い。例えば、前述したように、アップシフト時解放側クラッチトルクは変速機入力トルクTiが発生するのと同様の方向のモーメントを発生するので(すなわちアップシフト時解放側クラッチトルクの増大は変速機入力トルクTiを増大させることに相当するので)、下限ガード処理制御部78は、変速機入力トルクTiが所定入力トルクに対して不足するトルク分を発生させるクラッチトルク分を下限値としてアップシフト時解放側クラッチトルクを制御する下限ガード処理を実行する。つまり、変速機入力トルクTiが所定入力トルクであるときに発生するのと同等のモーメント(変速機入力回転速度ωiの回転を引き上げる方向のモーメント)が得られるように、変速機入力トルクTiが発生するモーメントとアップシフト時解放側クラッチトルクが発生するモーメントとの和に対して下限ガード処理するのである。すなわち、変速機入力トルクTiが所定入力トルクであるときに発生するモーメントが得られるモーメントを発生するようにアップシフト時解放側クラッチトルクを下限ガード処理するのである。変速制御部74は、下限ガード処理制御部78によりイナーシャ相開始時以降のアップシフト時解放側クラッチトルクが下限ガード処理されているときには、イナーシャ相開始時以降の変速目標値を実現するようにアップシフト時係合側クラッチトルク主体の変速制御を実行することで、自動変速機18の変速を進行させる。例えば、変速制御部74は、アップシフト時解放側クラッチトルクを下限値に設定した上で、前記自動変速機18のギヤトレーン運動方程式からイナーシャ相開始時以降における変速目標値を実現させるアップシフト時係合側クラッチトルクの要求値を算出し、その要求値を得る為の油圧指令信号Spを油圧制御回路28へ出力する。
図5及び図6はそれぞれ、電子制御装置70の制御作動の要部すなわち自動変速機18のアップシフト時におけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが比較的小さな領域にあっても変速の制御性を向上させる為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。この図5はアップシフト時係合側クラッチトルクを下限ガード処理する場合の一例であり、この図6はアップシフト時解放側クラッチトルクを下限ガード処理する場合の一例である。
図5において、先ず、変速制御部74に対応するステップ(以下、ステップを省略する)SA10において、例えば自動変速機18のアップシフトが実行中であるか否かが判定される。このSA10の判断が否定される場合は本ルーチンが終了させられるが肯定される場合はトルク判定部76に対応するSA20において、例えばイナーシャ相開始時の(イナーシャ相を開始させる為の)アップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定クラッチトルク以下であるか否かが判定される。このSA20の判断が肯定される場合は下限ガード処理制御部78に対応するSA30において、例えばイナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクが下限ガード処理される。次いで、変速制御部74に対応するSA40において、例えばイナーシャ相開始時以降の変速目標値を実現するようにアップシフト時解放側クラッチトルク主体の変速制御が実行される。一方で、上記SA20の判断が否定される場合は変速制御部74に対応するSA50において、例えばイナーシャ相開始時以降の変速目標値を実現するようにアップシフト時係合側クラッチトルク主体の変速制御が実行される。上記SA40或いは上記SA50に次いで、変速制御部74に対応するSA60において、例えば実行中のアップシフトが終了したか否かが判定される。このSA60の判断が否定される場合は上記SA20に戻されるが肯定される場合は本ルーチンが終了させられる。このように、上記SA30,SA40の制御作動では、イナーシャ相中において、アップシフト時係合側クラッチトルクの制御にて変速を進行させるのではなく、あえてアップシフト時係合側クラッチトルクを一定トルク以上に維持して弱タイアップ気味としつつ、アップシフト時解放側クラッチトルクの制御にて変速を進行させている。
図6において、先ず、変速制御部74に対応するステップSB10において、例えば自動変速機18のアップシフトが実行中であるか否かが判定される。このSB10の判断が否定される場合は本ルーチンが終了させられるが肯定される場合はトルク判定部76に対応するSB20において、例えばイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルク以下であるか否かが判定される。このSB20の判断が肯定される場合は下限ガード処理制御部78に対応するSB30において、例えば変速機入力トルクTiが発生するモーメントとアップシフト時解放側クラッチトルクが発生するモーメントとの和が下限ガード処理される。次いで、変速制御部74に対応するSB40において、例えばイナーシャ相開始時以降の変速目標値を実現するようにアップシフト時係合側クラッチトルク主体の変速制御が実行される。一方で、上記SB20の判断が否定される場合は変速制御部74に対応するSB50において、例えばイナーシャ相開始時以降の変速目標値を実現するようにアップシフト時係合側クラッチトルク主体の変速制御が実行される。上記SB40或いは上記SB50に次いで、変速制御部74に対応するSB60において、例えば実行中のアップシフトが終了したか否かが判定される。このSB60の判断が否定される場合は上記SB20に戻されるが肯定される場合は本ルーチンが終了させられる。このように、上記SB30の制御作動では、イナーシャ相中において、あえてアップシフト時解放側クラッチトルクにクラッチトルクを持たせて弱タイアップ気味にすることで、弱タイアップ気味にしないときよりも、アップシフト時係合側クラッチトルク(係合側油圧)を大きくしている。
上述のように、本実施例によれば、アップシフト時係合側クラッチトルク及びアップシフト時解放側クラッチトルクの何れか一方のクラッチトルクに下限値を設けることにより、イナーシャ相開始時以降のアップシフト時係合側クラッチトルクを比較的大きな領域にて使用することができる。つまり、アップシフト時係合側クラッチトルクに下限値を設けることで、必然的にアップシフト時係合側クラッチトルクを比較的大きな領域にて使用することができる。或いは、アップシフト時解放側クラッチトルクに下限値を設けることで、変速機入力トルクTiをあたかも増大させたかのような効果が得られて、アップシフト時係合側クラッチトルクを比較的大きな領域にて使用することができる。従って、リターンスプリング荷重に抗する力に対応する係合油圧に対して十分に大きな領域にて係合側油圧を使用することができるので、係合側油圧の変化に伴うクラッチトルク自体の変化度合が比較的小さくされたり、油圧ばらつきやリターンスプリング荷重のばらつき等に対するクラッチトルクの変化度合が比較的小さくされたりして、クラッチトルクの制御性が向上させられる。よって、自動変速機18のアップシフト時におけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが比較的小さな領域にあっても、変速の制御性を向上させることができる。
また、本実施例によれば、イナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルク以下である場合に、クラッチトルクに下限値を設ける制御を実行するので、イナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも大きいときには、アップシフト時係合側クラッチトルクが更に大きくされることがなく、アップシフト時係合側係合装置の耐久性の低下が抑制される。
また、本実施例によれば、アップシフト時係合側クラッチトルクに下限値を設ける場合は、アップシフト時係合側クラッチトルクをその下限値に制御しつつ、アップシフト時解放側クラッチトルクを制御することで自動変速機18のアップシフトを進行させるものであり、アップシフト時解放側クラッチトルクに下限値を設ける場合は、変速機入力トルクTiが所定入力トルクに対して不足するトルク分を発生させるトルク容量分を下限値としてアップシフト時解放側クラッチトルクを制御しつつ、アップシフト時係合側クラッチトルクを制御することで自動変速機18のアップシフトを進行させるので、イナーシャ相開始時からのアップシフト時係合側クラッチトルクを比較的大きな領域にて使用することができると共に、クラッチトルクに下限値を設ける際に適切にアップシフトを進行させることができる。
また、本実施例によれば、イナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも小さい場合とは、イナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定トルク容量よりも小さい場合であるので、変速機入力トルクTiに合わせて設定される、イナーシャ相開始時のアップシフト時係合側クラッチトルクの目標値が所定トルク容量よりも小さい場合には、クラッチトルクに下限値を設ける制御が適切に実行される。
次に、本発明の他の実施例を説明する。尚、以下の説明において実施例相互に共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。
前述の実施例1では、イナーシャ相中においてクラッチトルクに下限値を設ける制御を実行してあえて弱タイアップ気味にすることで、アップシフト時係合側クラッチトルク(係合側油圧)を大きくした。その為、クラッチトルクに下限値を設ける制御の際に、要求駆動力Fdemに対して実際の駆動力が落ち込んでショックを感じ易くなる可能性がある。そこで、本実施例の電子制御装置70は、クラッチトルクに下限値を設けることで変速機出力トルクToが要求駆動力Fdemを満たすことができない場合は、エンジントルクTeを増大させる。
具体的には、トルク判定部76は、下限ガード処理制御部78によりクラッチトルクに下限値を設ける制御が実行されている際に、要求駆動力Fdemに対応する変速機出力トルクToの目標値に対する実際値の低下分が所定低下トルク以上であるか否かを判定する。この所定低下トルクは、例えば変速機出力トルクToの目標値に対して実際値が低下することで発生するショックを感じ易くなる程のトルク低下であることを判断する為の予め定められた判定閾値である。
エンジン出力制御部72は、トルク判定部76により変速機出力トルクToの目標値に対する実際値の低下分が所定低下トルク以上であると判定された場合には、変速機出力トルクToの実際値が目標値よりも所定低下トルク以上低くならないように、エンジントルクTeを増大させる。尚、変速機出力トルクToの実際値は、実際のエンジントルクTeに基づいて算出されたり、自動変速機18のギヤトレーン運動方程式から算出される。
図7は、電子制御装置70の制御作動の要部すなわち自動変速機18のアップシフト時におけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが比較的小さな領域にあっても変速の制御性を向上させる為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。この図7は、図6に示すフローチャートの制御作動において駆動力の低下を補償する制御を加えた場合の実施例であり、図6と同じステップ番号では同じ制御作動が実行される。以下の図7の説明では、図6に示すフローチャートの制御作動にて新たに加えた制御作動部分について主に説明する。
図7において、SB40に次いで、トルク判定部76に対応するSB45において、クラッチトルクに下限値を設ける制御が実行されていることで生じるタイアップによって要求駆動力Fdemに対応する変速機出力トルクToの目標値に対する実際値の低下分が所定低下トルク以上であるか否かが判定される。このSB45の判断が肯定される場合はエンジン出力制御部72に対応するSB46において、変速機出力トルクToの実際値が目標値よりも所定低下トルク以上低くならないようにエンジントルクTeが増大させられる(すなわち変速機入力トルクTiが増大させられる)。上記SB45の判断が否定される場合は、或いは上記SB46或いは前記SB50に次いで、変速制御部74に対応するSB60において、例えば実行中のアップシフトが終了したか否かが判定される。
上述のように、本実施例によれば、前述の実施例1と同様の効果が得られることに加え、クラッチトルクに下限値を設けることで変速機出力トルクToが要求駆動力Fdemを満たすことができない場合は、エンジントルクTeを増大させるので、クラッチトルクに下限値を設けることで弱タイアップ状態となることによる駆動力の低下が適切に補償される。
前述の実施例では、クラッチトルクが比較的小さな領域ではクラッチトルクの制御性が悪くなる可能性があったり、また、油圧ばらつきやリターンスプリング荷重のばらつき等の影響も受け易いことに対して、クラッチトルクに下限値を設ける制御を実行することで、自動変速機18の変速制御性を向上させるものである。ここで、油圧ばらつきやリターンスプリング荷重のばらつき等をできるだけ排除した形で、クラッチトルクに下限値を設ける制御を実行すれば、クラッチトルクの制御性を一層向上させることができると考えられる。上記ばらつきをできるだけ排除するには、例えば係合装置を係合する際に用いる係合油圧、特には、リターンスプリング40と関連するパッククリアランスを詰める為の係合油圧を学習制御することが好適である。そこで、本実施例では、クラッチトルクに下限値を設ける制御は、係合装置を係合する際の急速充填制御における学習が終了している場合に実行する。
具体的には、変速制御部74は、係合側係合装置を係合する際の油圧供給開始時にその係合側係合装置のパッククリアランスを速やかに詰めるように作動油を急速充填する為の一時的に高い油圧指令値を出力する急速充填制御におけるその油圧指令値を学習し、その学習後の値を次回の油圧指令値として用いる公知の学習制御を実行する変速油圧学習制御手段すなわち変速油圧学習制御部を機能的に備えている。
下限ガード処理制御部78は、トルク判定部76により自動変速機18のアップシフトにおけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルク以下であると判定されたときに、変速制御部74による急速充填制御における油圧指令値の学習が終了している場合には、クラッチトルクに下限値を設ける制御を実行する。上記油圧指令値の学習が終了している場合とは、例えば変速制御部74による油圧指令値の学習制御が少なくとも一回は行われた場合、変速制御部74による油圧指令値の学習制御において油圧指令値の学習値の前回からの変化が所定変化より小さくなった場合(すなわち学習値がある値に収束したと判断できる場合)などである。
上述のように、本実施例によれば、前述の実施例と同様の効果が得られることに加え、クラッチトルクに下限値を設ける制御は、係合側係合装置を係合する際の急速充填制御における学習が終了している場合に実行するので、アップシフト時係合側クラッチトルクが油圧ばらつきやリターンスプリング荷重のばらつき等に影響され難くされるので、クラッチトルクの制御性が一層向上させられる。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、その他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例において、各実施例が独立して実施されているが、上記各実施例は必ずしも独立して実施する必要はなく、適宜組み合わせて実施しても構わない。
また、前述の実施例では、自動変速機18のアップシフト時におけるイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも小さい場合に、イナーシャ相開始時からのアップシフト時係合側クラッチトルク及びアップシフト時解放側クラッチトルクの何れか一方に下限値を設ける制御を実行したが、必ずしもイナーシャ相開始時の変速機入力トルクTiが所定入力トルクよりも小さい場合に限らない。つまり、図5のフローチャートにおけるSA20のステップ、及び図6,7のフローチャートにおけるSB20のステップは、必ずしも必要でない。このようにしても、本発明は成立させられて、同様の効果が得られる。
また、前述の実施例2(特に、図7)では、変速機出力トルクToの目標値に対する実際値の低下分が所定低下トルク以上である場合にエンジントルクTeを増大させたが、これに限らない。例えば、変速機出力トルクToの目標値よりも実際値が低下した場合に、変速機出力トルクToの実際値が目標値よりも低くならないようにエンジントルクTeを増大させても良い。また、ここでは、駆動力の低下をエンジントルクアップ(変速機入力トルクアップ)にて補償する制御を、アップシフト時解放側クラッチトルクに下限値を設ける制御(例えば図6)に適用させたが、アップシフト時係合側クラッチトルクに下限値を設ける制御(例えば図5)に適用させても良い。
また、前述の実施例では、出力軸20側の回転部材として出力軸20を例示したが、これに限らず、出力軸20側の回転部材は、出力軸20から駆動輪26までの動力伝達経路における回転部材であれば良い。入力軸16側の回転部材として入力軸16を例示したが、これに限らず、入力軸16側の回転部材は、エンジン12から入力軸16までの動力伝達経路における回転部材であれば良い。
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。