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JP5590496B2 - 高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型およびその製造方法 - Google Patents

高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型およびその製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、プレス、ダイカスト、押出しおよびパンチといった多種の金型に最適な、高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型であり、特に、光学用ガラス成形分野、金属MEMS加工マイクロ金型分野や超精密加工分野の金型に関するものである。
従来、温熱間金型等の分野には、JIS鋼種であるSKD61系の合金工具鋼やSKH2系の高速度鋼が用いられていた。通常、このような金型材は、その工具鋼素材を焼きなまし(低硬度)状態で製品の型彫り面形状に機械加工し、その後に焼入れ焼戻しして硬さ調整が行なわれ、仕上げ加工を経て製品金型にされる。(プリハードン鋼の場合は焼入れ焼戻し状態で製品の型彫り面形状に機械加工・仕上げ加工を経て製品金型にされる。)
そして、このような部材において、例えば切削工具や塑性加工用工具に用いられる高速度鋼の機械的性質を改善する手法が提案されている(特許文献1参照)。この提案は炭化物径および結晶粒径を微細化して室温強度を上昇させるという点で優れたものである。そして、特に200μm以下の極小、極薄工具や金型に用いられる高速度鋼としては、上記の炭化物に、酸化物をも導入することで、超微細粒組織化を補助する手法が提案されている(特許文献2参照)。
また、機械構造用低合金鋼の分野では、例えば自動車部品や家電製品などに用いられる低合金鋼に強度や靱性を付与するために、上記と同様の手法が提案されている他には(特許文献3参照)、プラントなどに使用される場合だと、高温強度に優れた酸化物分散強化型低合金鋼が提案されている(特許文献4参照)。
特開2002−105513号公報 特開2003−055747号公報 特開平06−065693号公報 特開平08−013091号公報
上述した特許文献1に開示される手法は、室温強度を上昇させる点では有利であるものの、高温強度の点では、強度を担う炭化物が高温で成長し強度を維持できなくなることが懸念される。金型を用いて製造する製品のコストを低減するためには、使用する金型の長寿命化を達成し、高負荷化に耐える金型材を開発する必要があり、その上で上記の高温強度の向上は大きな課題となる。
さらに、炭化物を利用して強度を向上させている場合、その炭化物のサイズが大きいために、特に、光学用ガラス成形分野、金属MEMS加工マイクロ金型分野や超精密加工分野の金型で要求される型彫り面の表面粗さ100nm以下の表面仕上げ特性を達成できないことも大きな課題である。
そして、これにおいては、特許文献2〜4に開示される手法であっても同様であり、やはりその達成される高温強度に加えては、上記の場合の表面仕上げ特性にも不十分であることから、未だもって改善の余地があった。
本発明の目的は、従来の技術に対し、強度を担う炭化物が高温で成長し強度を維持できなくなるという問題を解決して、さらに結晶粒を微細化して強度(高温強度含む)および表面仕上げ特性を飛躍的に改善させた金型およびその製造方法を提供することである。
本発明者は、強度を担う粒子として主に導入されていた炭化物が、高温で成長し強度を維持できなくなるうえ、表面仕上げ特性の向上をも阻害するという問題を検討し、高温でも安定であまり成長しない酸化物を微細に分散させることを採用した。そして、最適組成および製造方法を鋭意研究することによって、炭化物量を減少させても強度(高温強度含む)および靭性を大きく改善でき、さらに表面仕上げ特性をも飛躍的に改善した金型となり、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、焼入れ焼戻しされた金型であって、質量%でC:0.1〜3.0%、Cr:1.0〜18.0%を含む成分組成の工具鋼が焼入れ焼戻しされてなるマルテンサイト組織からなり、前記マルテンサイト組織中には粒径15nm以下の酸化物が1μmあたり20000個以上分散しかつ、旧オーステナイト粒界による結晶粒径が最大0.7μm以下であり、前記金型の型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて100nm以下である高温強度特性および表面仕上げ特性に優れた金型である。好ましくは、前記金型の型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて25nm以下である。また、好ましくは、前記焼入れ焼戻しされてなるマルテンサイト組織中に分散する酸化物の粒径は最大で15nm以下である。上記の酸化物はイットリウム系酸化物であることが好ましい。
そして、上記の金型を製造するには有効な、本発明の高温強度特性および表面仕上げ特性に優れた金型の製造方法は、質量%でC:0.1〜3.0%、Cr:1.0〜18.0%かつ、酸化物が0.3〜5.0体積%になるように混合され、焼入れ焼戻しできる成分組成を有した工具鋼粉末と酸化物粉末の混合粉末を、メカニカルミリングした後、固化成形し、型彫り面を機械加工してから焼入れ焼戻しするか、または、焼入れ焼戻ししてから型彫り面を機械加工して、さらに、前記型彫り面を仕上げ加工して前記型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて100nm以下のマルテンサイト組織の金型とすることを特徴とするものである。好ましくは、前記型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて25nm以下である。上記の混合粉末中の酸化物は、イットリウム系酸化物であることが好ましい。

本発明によれば、その型彫り面の部分をも含む金型の結晶粒を非常に微細化でき、高温強度特性および表面仕上げ特性を飛躍的に改善することができる。よって、製品コスト低減のために、長寿命化・高負荷化に耐える金型の実用化にとって欠くことのできない技術となる。
本発明の金型組織を説明するための、透過型電子顕微鏡写真(暗視野像)である。 本発明の金型組織を説明するための、透過型電子顕微鏡写真(Feのエレメントイメージ)である。 本発明の金型組織を説明するための、透過型電子顕微鏡写真(暗視野像)である。
上述したように、本発明の重要な特徴は、金型材の高温強度および表面仕上げ特性の向上手段として、その組織中に酸化物を微細に分散させる手法を採用したことにある。
最初に本発明の根幹をなす酸化物を微細に分散させる理由について説明する。酸化物を微細に分散させることによって、母材の結晶粒成長を効果的に抑制することができる。結晶粒を微細に維持することで、結晶粒微細化強化を利用することができ、従来材で強度を担っていた炭化物による析出強化を代替することができる。析出強化を利用して強度を上昇させると靭性が劣化する傾向にあるのに対して、本発明の結晶粒微細化強化では靭性をあまり損なわないかまたは改善できる作用があるため、金型の靭性改善にとっては有効である。
さらに、Yを主体としたイットリウム系や、TiOを主体としたチタン系、Alを主体としたアルミ系といった酸化物は、通常、金型(あるいは金型材)中に形成される炭化物に比べて、その高温での熱処理中や使用中でもあまり成長しないことから、従来材では炭化物の成長が起こって析出強化量が著しく減少するような高温域でも、結晶粒微細化強化を利用でき、飛躍的に高温強度を高めることができる。
そして、表面仕上げ特性の面では、金型形状への機械加工中、母相と析出物との硬さの差が大きいほど析出物が表面に凸状に残ったり、脱落や削れ過ぎで穴ができたりして仕上げ精度の向上が困難になるため、析出物の硬さが母相に近く、かつ大きさは小さいほど良い。そこで、多くの酸化物は金型材中に形成される炭化物に比べて硬さが母相に近く、さらに金型材の熱処理中や使用中にあまり成長せず微細に保たれるため、表面仕上げ特性の向上にも注視した本発明にとってこそ極めて効果的である。
よって、上述の効果を有効に利用するためには、組織中に分散させる酸化物の大きさおよび個数密度を同時に調整することが重要となる。本願発明の金型の場合、その酸化物の分散状態は粒径15nm以下の酸化物を1μmあたり20000個以上分散させるものであり、好ましくは、その表面仕上げ特性の劣化を防止するためにこそ、酸化物自体の最大径が15nm以下となるようにする。特に好ましくは、酸化物の最大径が14nm以下で1μm中に25000個以上となるようにする。酸化物は、熱的に安定で成長し難いことから、イットリウム系酸化物が望ましい。
そして、積極的に導入した上記の粒径15nm以下の微細酸化物以外には、例えばアルミナといった酸化物等の、20nmの粒径をも大きく超える粗大粒子が不可避的に含まれることも考えられる。この場合、本発明の高温強度を維持する上では、その作用効果を害するものではないが、表面仕上げ特性の向上に重点を置けば、そのような20nmの粒径を超える粗大粒子、望ましくは同15nmを超える粗大粒子の混入すらも防止すべきである。
なお、酸化物の分散状態の評価は、透過型電子顕微鏡を用いた薄膜観察の結果から行なえば良い。該手段によって組織中に酸化物が分散していることが確認でき、例えば40万倍の暗視野像(図1)および元素分布マッピングを行ないFeの透過電子線のみで結像したエレメントイメージ(図2)をそれぞれ1視野用いることで、酸化物の大きさ(最大径)および個数密度を得ることができる。Feのエレメントイメージを用いることで酸化物の個数を精度良く観察できる。
すなわち、暗視野像中の酸化物の最長方向の長さを計り、ASTMの切断法から公称粒径を求めてそれを粒径とすれば良く、最も大きな酸化物の最長方向の長さについてその公称粒径を最大径とすれば良い。また、Feのエレメントイメージ中の直径2mm以上に写っている酸化物の個数を数えて、それを観察体積(観察面積×薄膜試料厚さ)で割って酸化物の個数密度とすれば良い。なお、図1、2の電子像は、後の(実施例1)で評価した供試材Aの、700℃で焼戻したときのものである。
以下に、本発明の効果を最大限に活用するのに好ましい、金型の成分や結晶粒径を限定した理由について詳細に説明する。
CやCrは焼入れ性を高める元素であり、本発明の根幹をなす焼入れ焼戻しされた金型を製造する上で非常に重要である。このような焼入れ性を高める元素は、本発明の金型として成立させるために、必ず十分な焼入れ性が確保できるように成分調整される必要がある。
・C:0.1〜3.0質量%
Cは、一部が基地中に固溶して強度を付与し、一部は炭化物を形成することで耐摩耗性や耐焼付き性を高める重要な元素であることから、本発明の対象を温熱間で使用される金型とする場合には、特に本発明の有用性を向上させる。また、固溶した侵入型原子であるCは、CrなどのCと親和性の大きい置換型原子と共添加した場合、I(侵入型原子)−S(置換型原子)効果;溶質原子の引きずり抵抗として作用し高強度化する作用も期待される。ただし、含有量が0.1質量%未満では金型として十分な硬さ、耐摩耗性を確保できなくなる。他方、過度の添加は靭性や熱間強度の低下を招くため上限を3.0質量%とする。
・Cr:1.0〜18.0質量%
Crは焼入れ性を高めて、また、炭化物を形成して基地の強化や耐摩耗性を向上させる効果を有することから、本発明の対象を温熱間で使用される金型とする場合には、特に本発明の有用性を向上させる元素である。本発明では、少なくとも1.0質量%添加する必要がある。ただし、過度の添加は焼入れ性や熱間強度の低下を招くため、上限を18.0質量%とする。
そして、工具鋼で構成される本発明の金型は、その代表的な成分組成として、例えば質量%でC:0.1〜3.0%、Si:1.2%以下、Mn:1.0%以下、Cr:1.0〜18.0%、Y:0.1〜2.7%、O:0.03〜0.75%および、Mo、W、V、Ni、Coのうちの1種または2種以上を合計で0.15〜14.0%含み、残部Feおよび不純物からなる工具鋼とすることができる。その詳細は、以下の通りである。
・Si:1.2質量%以下
Siは、工具鋼の被削性を高める元素である。そして、本発明の原料となる工具鋼粉末を、例えばアトマイズ法によって作製する際には、そのアトマイズ前の溶鋼の流動性を高めて、噴霧ノズルのつまりを抑制する働きがある。これらの効果を得るためには0.2質量%以上の添加が好ましいが、多すぎるとフェライトの生成を招くので1.2質量%以下とする。
・Mn:1.0質量%以下
Mnは、焼入性を高め、フェライトの生成を抑制し、適度の焼入れ焼戻し硬さを得る元素である。この効果を得るためには0.1質量%以上の添加が好ましいが、多過ぎると基地の粘さを上げて被削性を低下させるので1.0質量%以下とする。
・Y:0.1〜2.7質量%
Yは、金型材の熱処理時や、金型としての高温での使用時の結晶粒成長を効果的に抑制するイットリウム系酸化物を形成する元素である。この微細粒組織を維持するために必要な酸化物量を確保するには、Yは0.1質量%以上を含むことが好ましい。しかし、多すぎると必要以上に酸化物が形成され、固化成形時の成形性を悪くしたり、金型の靭性劣化を招いたりするため、上限を2.7質量%とする。
・O:0.03〜0.75質量%
Oは、上記のYと結びついて酸化物を形成し、金型材の熱処理時や、金型としての高温での使用時の結晶粒成長を効果的に抑制するために必要である。微細粒組織を維持するために必要な酸化物量を確保するには、0.03質量%以上含むことが好ましい。しかし多すぎると、イットリウム系酸化物だけでなく、高温で比較的成長の速いシリコン系酸化物等もが形成しすぎて、固化成形時の成形性を悪くしたり、金型の靭性劣化を招いたりするため、上限を0.75質量%とする。
・Mo、W、V、Ni、Coのうちの1種または2種以上を合計で0.15〜14.0質量%
そして、本発明の金型材の成分組成は、上記元素を含む以外には、例えば必要に応じてMo、W、V、Ni、Coなどを添加することができ、JISに記載されるような工具鋼組成の適用が可能である。具体的には、Mo、W、V、Ni、Coのうちの1種または2種以上を合計で0.15〜14.0質量%とする。より好ましくは1.0〜7.5質量%とする。そして、個々の元素においては、下記の範囲に調整することが望ましい。
MoおよびWは、焼入性を高めるとともに、焼戻しにより微細炭化物を析出させて強度を付与し、軟化抵抗を向上させるために、必要に応じて単独または複合で添加することができる。WはMoの約2倍の原子量であることから、その含有量は(Mo+1/2W)で規定することができる。そして、前記の効果を得るためには(Mo+1/2W)で0.15質量%以上の添加が好ましい。多過ぎると被削性の低下や針状ベイナイトの生成による靭性の低下を招くので、(Mo+1/2W)で8.0質量%以下、より好ましくは5.0質量%以下、さらに好ましくは3.0質量%以下とする。
Vは、炭化物を形成し、基地の強化や耐摩耗性の向上効果を有する。また、焼戻し軟化抵抗を高めるとともに結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の向上に寄与するので、必要に応じて添加することができる。この効果を得るためには0.1質量%以上を添加することが好ましい。一方、多過ぎると被削性や靭性の低下を招くので1.9質量%以下、より好ましくは1.2質量%以下とする。
Niは、フェライトの生成を抑制する元素である。また、C、Cr、Mn、Mo、Wなどとともに鋼に優れた焼入性を付与し、緩やかな焼入冷却速度の場合でもマルテンサイト主体の組織を形成させ、靭性の低下を防ぐために重要な添加元素である。さらに、基地の本質的な靭性改善効果を与えることから、例えば0.05%以上といった添加の好ましい元素である。多過ぎると基地の粘さを上げて被削性を低下させたり、高温強度を低下させたりするので、好ましくは1.8質量%未満、より好ましくは1.0質量%以下とするのがよい。
Coは、金型使用中の昇温時に、金型表面に極めて緻密で密着性の良い保護酸化皮膜を形成する。これにより相手材との間で金属接触を防ぎ、金型表面の温度上昇を防ぐとともに優れた耐磨耗性をもたらすことから、必要に応じて添加する。この効果を付与するためには0.1質量%以上が好ましい。しかし、多すぎると靭性を低下させるので、好ましくは1.0質量%以下、より好ましくは0.6質量%以下とするのがよい。
その他、本発明の金型材には、NbやSが添加されても、本発明の作用効果は達成される。Nbは、Vと同様に炭化物を形成し、基地の強化や耐摩耗性の向上効果を有する。また、焼戻し軟化抵抗を高めるとともに結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の向上に寄与する元素であり、例えば0.20質量%以下の域で添加することができる。そして、通常、不純物として扱われるSも、工具鋼の被削性を向上させる上では有効な元素であり、例えば0.15質量%以下の域で添加することができる。
・旧オーステナイト粒界による結晶粒径が最大0.7μm以下
焼入れ焼戻しされて使用される金型にとって、本発明の酸化物の導入による結晶粒微細化効果は、その焼入れ焼戻し後の“旧オーステナイト粒界による結晶粒径”に反映されている。通常の金型の場合、その旧オーステナイト粒界による結晶粒径は小さくても20μm程度であるが、結晶粒微細化による強化量が大きくなるのは平均結晶粒径10μm以下の領域である。そして、非常に微細かつ多数の酸化物を導入する本発明のそれは、更に微細となる。結晶粒微細化強化を利用して強化を図るため、本発明にかかる金型の結晶粒径は最大0.7μm以下とする。好ましくは0.6μm以下とする。
なお、本発明の旧オーステナイト粒界による結晶粒径の評価は、透過型電子顕微鏡を用いた薄膜観察の結果(例えば4万倍の暗視野像を4視野)から行なえばよい。すなわち、暗視野像中のもっとも大きな結晶粒の最長方向の長さを計り、ASTMの切断法から公称粒径を求めて、それを最大粒径とすればよい。図3に示す暗視野像は、後の実施例1で評価した供試材Aの、700℃で焼戻したときのものである。
次に、上述した本発明の金型を製造するには有効な、その製造方法について述べる。
本発明の微細な結晶粒組織を有した金型の達成には、例えばメカニカルミリング法で作製した粉末を固化成形する手法が適用でき、これは最終的には焼入れ焼戻しされることで結晶粒の成長が起こり得る金型の製造方法に好ましい手法である。すなわち、質量%でC:0.1〜3.0%、Cr:1.0〜18.0%かつ、酸化物が0.3〜5.0体積%になるように混合された工具鋼粉末と酸化物粉末の混合粉末をメカニカルミリングした後、固化成形し、焼入れ焼戻しする金型材の製造方法である。そして、必要に応じてその焼入れ焼戻しの前あるいは後に型彫り面を機械加工することで、所定の形状の金型とすることができる。
従来、アトライターやボールミル等の装置によるメカニカルミリング法は、そのミリングに供される原料粉末の結晶粒径を微細にできる手段として使用されており、工具鋼の分野でも提案されている(特許文献1参照)。本発明も、このメカニカルミリング法による処理後粉末を固化成形するものであるが、ここで本発明の場合、メカニカルミリング前の原料粉末としてさらに酸化物粉末を混ぜた混合粉末とし、原子レベルまで機械的に混合することで、高温でも安定した酸化物粒子による結晶粒微細化強化と分散強化を達成できる。
・酸化物:0.3〜5.0体積%
酸化物は高温でも熱的に安定なため、金型材の熱処理時や、金型としての高温での使用時の結晶粒成長を効果的に抑制する上で重要な物質であり、微細粒組織を維持するために最低0.3体積%は必要である。しかし酸化物の量が多すぎると固化成形時の成形性が悪くなることに加えて、金型の靭性劣化を招くため、上限を5.0体積%とする。酸化物の種類は、特に熱的に安定で成長し難いイットリウム系酸化物が望ましい。
上記の酸化物は、前述のとおりメカニカルミリングによって原子レベルまで機械的に混合される、すなわちその一部または全部が一旦は個々の原子状態に解離される。つまり、本発明の好ましい形態であるイットリウム系酸化物であれば、その主体をなす酸化イットリウムは、メカニカルミリング後は例えばYの状態をとらないかも知れない。しかし、続く高温の固化成形時に、一旦は解離した夫々の酸化物構成元素は、再び酸化物を形成する(析出する)ので、組織中にはやはり熱的に安定な酸化物が分散して、本発明の効果は達成される。よって、混合時には、例えばYの化学式であった酸化物形態も、その最終金型時には再形成された酸化物として、例えば鋼中のCrやSi等の他元素を多く含み得るが、本発明ではこれらも含めて、イットリウム系酸化物と呼んでいる。
次に、メカニカルミリング法によって処理された粉末は固化成形するが、粉末を固化成形し、後工程では焼入れ焼戻しする際の熱処理によって、結晶粒は成長する。つまり、本発明によって作製される金型の結晶粒径を微細にするためには、その原料となるメカニカルミリング法で作製した粉末の結晶粒径は微細であることが望ましい。そのため、メカニカルミリング法による粉末の結晶粒の超微細化は好ましくは平均で100nm以下、さらに好ましくは50nm以下である。
なお、固化成形手段には例えば焼結やHIP(熱間静水圧プレス)、温熱間圧延、温熱間押出し等の高温固化が適用でき、HIPや温熱間圧延、温熱間押出しが完全に緻密な材料を得易い点で好ましい。そして、その固化成形された素材については、後は必要であれば通常の鍛造・圧延工程、焼きなまし状態での機械加工を適用し、焼入れ焼戻しと型彫り面を含む機械加工をして金型に仕上げる。焼入れは、素材の化学組成などに応じて、例えば800〜1250℃の温度範囲から行えばよい。そして、焼戻し温度は、例えば150〜700℃の温度範囲より適宜利用して、調質すればよい。
また、本発明の金型が焼入れ焼戻しのできる素材(組成)でなることは、高温強度特性に優れた金型を製造する上でも非常に重要である。すなわち、高合金系の金型材や、大きな工具にも十分に対応できるだけの、体積寸法が大きい金型材を効率的に製造するためには、上記の固化成形時の温度が高いほど良い。しかし、800℃、より高くは900℃を超えるような高温域では、鉄系の材料ではほとんどの成分系で拡散相変態が起こり、結晶粒が成長してしまう。しかも、昇温時と降温時の二回の拡散相変態が起こることによって、極端に大きな結晶粒サイズになってしまう。
この点、焼入れできる素材の場合、結晶粒成長が起こる拡散相変態は昇温時の一回のみとなり、降温時には結晶粒成長の起こらない、つまりマルテンサイト変態に代表される、無拡散変態となることから、微細な結晶粒サイズを維持でき、結晶粒微細化強化を利用できる。
本発明の金型の製造方法に用いる上記の混合粉末は、金型の代表組成に従えば、例えば質量%でC:0.1〜3.0%、Si:1.2%以下、Mn:1.0%以下、Cr:1.0〜18.0%、Y:0.1〜2.7%、O:0.03〜0.75%および、Mo、W、V、Ni、Coのうちの1種または2種以上を合計で0.15〜14.0%含み、残部Feおよび不純物からなる。
本発明の金型は、その機械加工後の型彫り面の状態で使用できることに加えては、さらに、用途に応じて、かつ本発明の金型の特性(結晶粒径、酸化物粒径、表面粗さなど)を損なわない範囲で、例えばダイヤモンドライクカーボンなどの表面処理を施すことも可能である。
表1に示した供試材Aは、ガスアトマイズ法で作製した合金粉末と市販のY酸化物粉末の混合粉末を遊星型ボールミル装置を用いて回転数2300rpmで100時間のメカニカルミリング処理によって作製した粉末である。組成は一次炭化物をほとんど含まない高速度鋼(以下マトリックス高速度鋼と記す)に相当し、これにY酸化物が全体積の約3%になるよう添加されている。
メカニカルミリングの条件は、その処理後粉末の平均結晶粒径が100nm以下になるよう装置因子を調整しており、透過型電子顕微鏡を用いた観察(10万倍の暗視野像を1視野)およびX線回折法による半価幅を利用して算出した供試材Aの処理後粉末の平均結晶粒径は約20nmであった。
つぎに、供試材Aのメカニカルミリング処理後の粉末を、軟鋼製の容器に充填し、脱気後封止した。そして、この封止した軟鋼製の容器を1000℃で押出しすることで固化成形したのち、比較材として表1に別に準備したマトリックス高速度鋼の溶製材と共に、該マトリックス高速度鋼の標準的な焼入温度である1140℃での焼入処理と、700℃での焼戻し処理を行った。そして、その焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径の最大の結晶粒径、粒径15nm以下の酸化物については、その最大径および単位体積当たりの個数と、焼入れ状態および焼戻し後の硬さを測定した。酸化物の評価は透過型電子顕微鏡を用いた薄膜観察の結果(最大径:40万倍の暗視野像を1視野、単位体積あたりの個数:40万倍のFeのエレメントイメージを1視野)から行った。硬度測定はマイクロビッカース硬度計を用いて測定した。結果を表2に示す。
供試材Aの焼戻し組織は、およそ0.1〜0.4μmのサイズの旧オーステナイト結晶粒からなっており、その測定による最大の結晶粒径は0.4μmであった。一方、溶製法で作製したマトリックス高速度鋼の焼戻し組織の旧オーステナイト粒径は平均で22μmであり、溶製材の一般的な粒径である約20μmと比べて、本発明材の結晶粒径は極めて微細である。また、供試材Aの700℃焼戻し材の酸化物の最大径は13.9nmで1μm当り40943個存在した。なお、供試材Aの組織中に粒径15nmを越える酸化物は確認されなかった。
一方、溶製法で作製したマトリックス高速度鋼の焼戻し材の組織中には1μmを越える大きな酸化物(アルミナ系など)が極わずかに存在したが、粒径15nm以下の酸化物は今回の手法では観察されなかった。
そして、供試材Aは、結晶粒微細化に起因して焼入れ硬さが非常に高く、さらに温熱間工具が使用される温度域の上限に近い700℃の焼戻し後でも硬さの低下は非常に少なく、高硬度かつ高温強度に優れている。これに対して、比較材は焼戻し後に非常に軟化していることがわかる。なお、供試材Aの場合、その焼入れ時の組織はおよそ0.1〜0.4μmのサイズの結晶粒(大角粒)からなっていた。
表3に示した供試材B、Cは、ガスアトマイズ法で作製した合金粉末と市販のY酸化物粉末の混合粉末を遊星型ボールミル装置を用いて回転数2300rpmで100時間のメカニカルミリング処理によって作製した粉末である。組成はJIS−SKD61に相当し、これにY酸化物が、供試材Bは全体積の約3%、供試材Cは全体積の約1%になるよう添加されている。
メカニカルミリングの条件は、その処理後粉末の平均結晶粒径が100nm以下になるよう装置因子を調整しており、透過型電子顕微鏡を用いた観察(10万倍の暗視野像を1視野)およびX線回折法による半価幅を利用して算出した供試材BおよびCの処理後粉末の平均結晶粒径は約30nmであった。
つぎに、供試材Bおよび供試材Cのメカニカルミリング処理後の粉末を、SUS304製の容器に充填し、脱気後封止した。そして、この封止した容器を1000℃で圧延することで固化成形したのち、比較材として表3に別に準備したSKD61溶製材と共に、SKD61の標準的な焼入温度である1020℃での焼入処理と、700℃での焼戻しを行った。そして、その焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径の最大の結晶粒径、粒径15nm以下の酸化物については、その最大径および単位体積当たりの個数と、焼入れ状態および焼戻し後の硬さを測定した。酸化物の評価は透過型電子顕微鏡を用いた薄膜観察の結果(最大径:40万倍の暗視野像を1視野、単位体積あたりの個数:40万倍のFeのエレメントイメージを1視野)から行った。硬度測定はマイクロビッカース硬度計を用いて測定した。結果を表4に示す。
供試材Bの焼戻し組織は、およそ0.1〜0.4μmのサイズの旧オーステナイト結晶粒からなっており、その測定による最大の結晶粒径は0.4μmであった。そして、供試材Cの焼戻し組織は、およそ0.1〜0.5μmのサイズの旧オーステナイト結晶粒からなっており、その測定による最大の結晶粒径は0.5μmであった。一方、溶製法で作製したSKD61の焼戻し組織の旧オーステナイト粒径は平均で22μmであり、溶製材の一般的な粒径である約20μmと比べて、本発明材の結晶粒径は極めて微細である。
また、供試材Bの700℃焼戻し材の酸化物の最大径は9.4nmで1μm当り151884個存在した。そして、供試材Cの700℃焼戻し材の酸化物の最大径は13.0nmで1μm当り35134個存在した。なお、供試材BおよびCの組織中に粒径15nmを越える酸化物は確認されなかった。一方、溶製法で作製したSKD61の焼戻し材の組織中には1μmを越える大きな酸化物(アルミナ系など)が極わずかに存在したが、粒径15nm以下の酸化物は今回の手法では観察されなかった。
そして、供試材BおよびCは、結晶粒微細化に起因して焼入れ硬さが非常に高く、さらに温熱間工具が使用される温度域の上限に近い700℃の焼戻し後でも硬さの低下は非常に少なく、高硬度かつ高温強度に優れている。これに対して、比較材は焼戻し後に非常に軟化していることがわかる。なお、供試材BおよびCの場合も、その焼入れ時の組織はおよそ0.1〜0.5μmのサイズの結晶粒(大角粒)からなっていた。
さらに、供試材A、B、Cおよび、新たに表5に示す供試材D、E、Fの700℃焼戻し材を用いて、研磨加工後の表面粗さを測定した。この比較材には、鏡面性が要求されるプラスチック成形用金型材として、52HRCに調質した表5の組成を有する従来材を用いた。なお、供試材D、E、Fについても、その焼戻し組織は、酸化物の最大径が14nm以下で、かつ1μm中に25000個以上あり、そして旧オーステナイト粒界による結晶粒径も0.6μm以下であって、本発明の組織形態を満足していたことを確認済みである。
表面粗さ測定用試料は、上記焼戻した各供試材の測定面を耐水研磨紙の180番から順に320、500、800、1000、1500番まで、前の番手の研磨跡が消えるように90度ずつ回転させながら研磨した後、9μmおよび1μmのダイヤモンドスプレーを用いたバフ研摩で仕上げた。従来材についても、供試材と同じ条件でバフ研磨仕上げしたものを準備した。また、表面粗さは、最小分解能が5nmである触針式表面粗さ計を用いて、試料の仕上げ表面の算術平均粗さ(Ra)を、測定長さ1.5mmで、2回ずつ測定した。結果を表6に示す。
本発明材は、25nm以下、さらには20nm以下の算術平均粗さを達成し、従来材と比べて算術平均粗さが半分以下にまで小さくなっており、表面仕上げ特性にも非常に優れることが分かる。
本発明によれば、金型の結晶粒を非常に微細化し、かつ高温強度特性を飛躍的に改善するので、従来の金型よりも非常に長寿命になる。そして、これだけでなく、その材料自体の評価としても、従来材では耐えられないような高負荷環境に適用できる。

Claims (7)

  1. 焼入れ焼戻しされた金型であって、質量%でC:0.1〜3.0%、Cr:1.0〜18.0%を含む成分組成の工具鋼が焼入れ焼戻しされてなるマルテンサイト組織からなり、前記マルテンサイト組織中には粒径15nm以下の酸化物が1μmあたり20000個以上分散しかつ、旧オーステナイト粒界による結晶粒径が最大0.7μm以下であり、前記金型の型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて100nm以下であることを特徴とする高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型。
  2. 前記金型の型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて25nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型。
  3. 前記焼入れ焼戻しされてなるマルテンサイト組織中に分散する酸化物の粒径は最大で15nm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型。
  4. 前記酸化物は、イットリウム系酸化物であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型。
  5. 請求項1ないし4のいずれかに記載の金型の製造方法であって、質量%でC:0.1〜3.0%、Cr:1.0〜18.0%かつ、酸化物が0.3〜5.0体積%になるように混合され、焼入れ焼戻しできる成分組成を有した工具鋼粉末と酸化物粉末の混合粉末を、メカニカルミリングした後、固化成形し、型彫り面を機械加工してから焼入れ焼戻しするか、または、焼入れ焼戻ししてから型彫り面を機械加工して、さらに、前記型彫り面を仕上げ加工して前記型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて100nm以下のマルテンサイト組織の金型とすることを特徴とする高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型の製造方法。
  6. 前記型彫り面の表面粗さが算術平均粗さRaにて25nm以下であることを特徴とする請求項5に記載の高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型の製造方法。
  7. 前記混合粉末中の酸化物は、イットリウム系酸化物であることを特徴とする請求項5または6に記載の高温強度および表面仕上げ特性に優れた金型の製造方法。
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