以下、本発明をさらに詳細に説明する。
1.組成物
本発明は、第1の態様により、IRBIT、IRBITの発現/翻訳を制御する核酸、またはIRBITに対する抗体を含む組成物を提供する。本発明の組成物は、(1)タンパク質合成、(2)イノシトールリン脂質代謝、および(3)細胞内pHからなる群から選択される少なくとも1つの細胞内生物学的機能の制御のために使用される。
以下に、上記3つの生物学的機能の制御について説明する。
タンパク質合成の制御
本発明において、前記タンパク質合成の制御は、細胞内でのIRBITとCPSFとの結合を介するmRNAポリアデニレーションの制御である。
CPSFは、CPSF160、CPSF100、CPSF73およびCPSF30の4つのサブユニットからなる複合タンパク質である。本発明者らは、今回、COS細胞での共発現と免疫沈降による共沈試験から、IRBITがCPSF、特にCPSF160に結合することを見出した(図1)。
CPSFは、核内でのmRNAのポリアデニレーション反応に必須の分子であるが、細胞質でポリ(A)の長さを伸長することによるタンパク質合成を調節する働きを有すること、また、CPSF160のmRNA結合部位は、CPSFがポリ(A)を付加するmRNAを認識する際に必須の領域であること、などが知られている(C. Barnard Daronら,Cell 2004,119:641−651、およびE. Klannら, “Synaptic Plasticity and Translation Initiation”, Learning & Memory 2004, 11:365−372, Cold Spring Harbor Laboratory Press)。具体的には、E. Klannら(上記)の「細胞質ポリアデニレーションとCPEB」(367〜368頁)の項には、ポリアデニレーションは、mRNAの3'非翻訳領域中の2つの配列、すなわち細胞質ポリアデニル化要素(CPE)およびAAUAAA、によって調節されており、ポリアデニレーションの重要な調節タンパク質であるCPE結合タンパク質(CPEB)が、特定のプロテインキナーゼ(Aurora)によってリン酸化されるが、該キナーゼが、CPEBを誘導して該AAUAAA配列上のCPSFとCPEBが相互作用することによって、ポリ(A)ポリメラーゼ(PAP)を救済しmRNAのポリ(A)尾部を伸長させることが記載されている。
上記の知見を考慮すると、IRBITがCPSF160のmRNA結合部位に結合することによって、CPSFの機能が制御されると考えられる(図2)。
さらにまた、本発明者らは今回、IRBITが、PAP及びFip1(CPSFのサブユニット)の存在下でのポリアデニレーション活性(I. Kaufmannら,EMBO J.(2004)23:616−626)を抑制させる働きがあるという知見を得た。この知見から、IRBITを抑制することによってタンパク質合成を亢進することが可能になる。
このように、IRBITは、CPSFとの結合を介して、mRNAポリアデニレーションの制御、したがってタンパク質合成の制御に関わっている。
したがって、IRBIT、あるいはその生成および機能を抑制または亢進する物質は、CPSFが関連するタンパク質合成の制御を可能にする。
イノシトールリン脂質代謝の制御
IRBITはまた、PIPKIIと結合して、該酵素の活性を抑制する(実施例2)。
PIPKIIは、ホスファチジルイノシトール5リン酸(PI(5)P)からホスファチジルイノシトール4,5−二リン酸(PI(4,5)P2)を合成する酵素であり、さらにPIP2の加水分解によりIP3が産生される。IP3は、IP3受容体のリガンドであり、該受容体に結合することによって、カルシウムイオン(Ca2+)とIRBITがともに細胞質内に放出されるという事実を考慮すると、IRBITは、イノシトールリン脂質代謝の制御に関わっているということができる(Katja A. Lamiaら,Mol. Cell Biol.2004,24:5080−5087)。
したがって、IRBIT、あるいはその生成および機能を抑制または亢進する物質は、PIPKIIが関係するイノシトールリン脂質代謝の制御を可能にする(図3)。
例えば、PIPKIIは、哺乳動物において、PIPKIIα、βおよびγの3種類のイソフォームを含むが、IRBITはそのいずれの酵素にも結合する。特にPIPKIIβについては、その酵素をノックアウトしたトランスジェニックマウスが高いインスリン感受性をもつことから、該酵素の阻害が2型糖尿病の治療に有用であることが示されている(Katja A. Lamiaら,上記)。IRBITがPIPKII活性を抑制するという、本発明者らによる知見は、IRBITが2型糖尿病の治療に使用しうることを示している。
細胞内pHの制御
IRBITはさらに、pNBC1に結合し、それを活性化する。
具体的には、アフリカツメガエル卵母細胞にIRBITのcRNAとNBC1のcRNAを注入することにより細胞内pH変化で検出するpNBC1の応答が、約6〜7倍高い応答が得られた(図14)。この結果は、IRBITがpNBC1活性を顕著に増強することを示した。
NBC1は、細胞膜上に存在する10回膜貫通型タンパク質であり、ナトリウムイオンと重炭酸イオンとを一定の割合で細胞膜を横切って同じ方向に運ぶ働きをする。生体内のpHは重炭酸イオンと炭酸ガスとの濃度バランスによって巧妙に調節されているので、NBC1は生体内のpHの調節に関与していると考えられる(E. GrossとI. Kurtz,Am. J. Physiol. Renal Physiol. 2002,283:F876−F887)。特に、血液のpHが酸性に傾く酸血症の一種である近位尿細管型アシドーシスの原因遺伝子としてNBC1が同定されたことは、NBC1による重炭酸イオンの輸送が生体内のpHの維持に欠くことのできない役割を果たしていることを示している。
NBC1には、これまでに腎臓型(kidney type:kNBC1)と膵臓型(pancreas type:pNBC1)の2つのスプライシング変異体が報告されており、kNBC1は主に腎臓に、pNBC1は膵臓を中心として脳神経系を含めた比較的多くの組織に、それぞれ発現している。本発明者らはIRBITがどちらのNBC1のどの部分と結合するのか明らかにするために、NBC1の細胞質領域を大腸菌に組換え型タンパク質として発現させて精製し、培養細胞に強制発現したIRBITとの結合をプルダウン(pull−down)アッセイで検討した。その結果、IRBITはpNBC1に特異的なN末側85アミノ酸と特異的かつ強力に結合することがわかった(図10)。更に特定の塩の濃度変化によってIRBITとpNBC1の結合が制御されていることもわかった。
これらの結果は、種々の臓器におけるpNBC1によるpH調節をIRBITが細胞内の状況依存的に制御している可能性を強く示唆している。また、近位尿細管型アシドーシス患者は緑内障や白内障といった眼の疾患、低身長、精神遅滞、膵臓炎といった様々な症状を呈することから、NBC1によるpHの調節が腎臓以外の臓器でも重要な役割を果たしていると考えられる。それゆえ、IRBITは、pNBC1を介して緑内障や白内障などの眼の疾患、低身長、精神遅滞、膵臓炎などの疾患の治療法としても有用である(Seth L. Alper, Annu. Rev. Physiol. 2002,64:899−923)。
したがって、IRBIT、あるいはその生成および機能を抑制または亢進する物質は、pNBC1が関係する細胞内pHの制御を可能にする。
IP 3 受容体結合タンパク質(IRBIT)
本発明で使用するIRBITは、哺乳動物由来のものである。IRBITは、哺乳動物の脳、心臓、肝臓、腎臓、膵臓、胸腺などの組織の細胞内小胞体に存在していることが知られている(特開2004−129612号公報)。好ましいIRBITの例は、ヒトIRBITおよびマウスIRBITである(特開2004−129612号公報、H. Andoら,J.Biol.Chem.2003,278:10602−10612)。特にヒトIRBITが好ましい。ヒトおよびマウスIRBITのアミノ酸および塩基配列は、GenBankにそれぞれNM_006621(配列番号1、2参照)およびNM_145542(配列番号3、4参照)として登録されている。
また、好ましいIRBITの別の例は、配列番号1または配列番号3に示されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、もっとも好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含みかつIRBITと同等の生物学的活性を有するタンパク質である。ここで、生物学的活性は、S−アデノシルホモシステインのアデノシンとホモシステインへの可逆的加水分解を触媒するS−アデノシルホモシステインヒドロラーゼ様活性に加えて、タンパク質合成におけるCPSFとの結合を介するmRNAポリアデニレーションの制御、PIPKIIとの結合を介するイノシトールリン脂質代謝の制御、およびpNBC1との結合を介する細胞内pHの制御を含む生物学的機能の制御に関わる活性をいう。
同様に、好ましいIRBITをコードするDNAの例は、配列番号2または配列番号4に示される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、もっとも好ましくは99%以上の同一性を有するDNA、あるいは、ストリンジェントな条件下で該配列番号2または配列番号4の塩基配列とハイブリダイズ可能なDNAである。ここで、ストリンジェントな条件とは、以下のものに限定されないが、約45〜50℃で2〜6×SSC(塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム)中でのハイブリダイゼーションと、それに続く、約50〜65℃での0.2〜2×SSC/0.1〜1%SDSによる洗浄からなるか、あるいは60〜65℃で6×SSC、Denhardt溶液、0.2%SDS中でのハイブリダイゼーションののち、60〜65℃での0.2×SSC、0.1%SDSによる洗浄からなる(例えば、F. M. Ausbelら, Short Protocols in Molecular Biology (3版) A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, 1995年, John Wiley & Sons, Inc.)。
他の哺乳動物由来のIRBITもまた、本発明において使用可能である。そのようなIRBITは、例えばラット、ハムスター、ウサギなどの実験動物のIRBIT、イヌ、ネコなどのペット動物のIRBIT、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギなどの家畜動物のIRBITなどを含む。これらのIRBITの作製については、文献、データバンク等に記載のアミノ酸または塩基配列に基づいて、あるいはヒトまたはマウスIRBITの公知の配列に基づいて、プローブおよび/またはプライマーを作製し、DNAクローニング法、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などの慣用の手法によって、例えば市販のまたは調製された動物組織からのライブラリーを用いて、IRBIT cDNAをクローン化および/または増幅し、さらに、得られたIRBITをコードするDNAを、適当な制御配列を有する例えば市販の発現ベクター(例えばプラスミド)に組み込み、適当な宿主細胞に形質転換またはトランスフェクションし、得られた細胞を、適当な培地にて培養してIRBIT DNAを発現させ、生成したIRBITタンパク質を回収することができる。これらの一連の手法については、例えばJ. Sambrookら, Molecular Cloning A Laboratory Manual, 1989年, Cold Spring Harbor Laboratory Press、F. M. Ausbelら, Short Protocols in Molecular Biology (3版) A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, 1995年, John Wiley & Sons, Inc.、実験医学別冊4版松村正實ら編「新遺伝子工学ハンドブック」(2003年)羊土社、東京、日本などに記載されており、ここに記載されるような手法に従って、種々の哺乳動物由来のIRBITホモログを得ることが可能である。
IRBIT遺伝子を含む哺乳動物組織をホモゲナイザーを用いて均質化し、約10,000rpmで遠心分離して上清を得た後、例えばグアニジン・酸性フェノール法で全RNAを回収し、定法に従いcDNAを合成し、このcDNAからIRBITをコードするDNAを得ることができる。RNAの抽出のためのキット、例えば日本ジーン社のISOGEN(商標)、が市販されているので、それを利用してもよい。
IRBITをコードするDNAを検出するためのプローブのサイズは、通常30塩基以上、好ましくは50〜100塩基またはそれ以上である。プローブには、通常、蛍光標識(例えばフルオレサミン、ローダミンまたはそれらの誘導体)、放射性同位元素標識(例えば32P)などの標識を結合し、これによって目的のIRBITをコードするDNAとプローブとの結合を検出することができる。
IRBITをコードするDNAを増幅するためのプライマーのサイズは、通常15〜30塩基、好ましくは20〜25塩基である。プライマーは、IRBITをコードするDNAのセンス鎖およびアンチセンス鎖の3'末端側に相補的な配列を有しているべきである。しかし、増幅すべきIRBITをコードするDNAの配列が不明の場合には、公知のIRBIT配列に基づいて複数のプライマーを準備し、PCRによって鋳型DNAを増幅し、さらに、増幅された鋳型DNAに基づいて正式のプライマーを作製し、PCRによって目的の鋳型DNAを増幅することができる。
PCRは、一般に、DNAの変性、プライマーのアニーリングおよび伸長反応を1サイクルとして約20〜40サイクル行うことからなる。DNAの変性は、二本鎖DNAを一本鎖のDNAに解離するための工程であり、通常94℃で約15秒〜1分の処理を行う。プライマーのアニーリングは、プライマーと、相補的な一本鎖鋳型DNAとを対合させる工程である。アニーリングに至適な温度や時間はプライマーの塩基配列や長さに依存するが、通常約55〜60℃で約30秒〜1分の処理を行う。伸長反応は、4種類のdNTPと耐熱性DNAポリメラーゼの存在下で鋳型DNAを伸長する工程であり、通常72℃で約30秒〜10分の処理を行う。サイクルを開始する前に、94℃で約1〜5分加熱し完全にDNAを変性することもできる。また、全サイクルの終了後に、72℃で約1〜5分の加熱処理を行うこともできる。耐熱性DNAポリメラーゼは、市販されており、例えばThermus aquatics(Taq)ポリメラーゼ(TaKaRa、パーキンエルマー、ファルマシアなどから販売)を使用することができる。PCRの手法については、例えば蛋白質核酸酵素「PCR法最前線 基礎技術から応用まで」第41巻第5号1996年4月増刊号、共立出版、東京、日本を参照することができる。
発現ベクターは、原核生物または真核生物由来の細胞で使用可能な任意のベクターである。ベクターは、プロモーター、複製開始点、リボソーム結合部位、マルチクローニング部位、ターミネーターなどの制御配列を含むことができる。発現ベクターとしては、プラスミド、ウイルスなどのベクター、特に市販のベクター、例えばpGEX−4T−1(アマーシャム・ファルマシア・バイオテック社)、pBluescript II SK、pHS19、pHS15、pG−1およびpXT1(ストラタジーン社)、pMALおよびpTYBシリーズ(第一化学薬品)、pQEシリーズ(キアゲン社)、pETシリーズ(ノバジェン社)、pSVK3およびpSVL SV40(ファルマシア社)、pcDNA1およびpcDM8(フナコシ)、pHB6、pVB6、pHM6、pVM6およびpXM(ロシュダイアグノスティック社)などを適宜選択して使用することができる。
宿主細胞としては、大腸菌などのエシェリヒア属、枯草菌などのバチルス属、シュードモナス属、コリネバクテリウム属などの細菌類、サッカロマイセス属、ピチア属、シゾサッカロマイセス属などの酵母類、昆虫細胞、植物細胞、CHO、COS、HEK293などの哺乳動物細胞などを挙げることができる。
IRBITをコードするDNAを宿主細胞に導入する方法には、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、アデノウイルス、レトロウイルスなどのウイルス感染による方法などが含まれる(実験医学別冊4版松村正實ら編「新遺伝子工学ハンドブック」(2003年)羊土社、東京、日本)。
より具体的には、マウスIRBITについて、成熟マウス小脳からのIRBITの精製、cDNAクローニングおよび発現が特開2004−129612号公報に記載されており、それらの開示を参照可能である。
IRBITの生物学的活性は、IRBITが、S−アデノシルホモシステインのアデノシンとホモシステインへの可逆的加水分解を触媒するS−アデノシルホモシステインヒドロラーゼと相同性を有するため、類似のアッセイ法に基づいて測定することができる。このアッセイ法は、例えばC.−S. Yuanら(J.Biol.Chem.1996,271:28009−28016)の方法に準ずることができる。簡単に説明すると、IRBIT(約3μg)およびウサギS−アデノシルホモシステインヒドロラーゼ(シグマ社)(約2.5μg)を用いて上記の加水分解反応を行ない、その生成産物(ホモシステイン)を5,5'−ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)(シグマ社)と反応させて得られる発色を、412nmで分光光度計にて測定し吸光度を求めることを含む。
IRBITの発現/翻訳を制御する核酸
本発明において、IRBITの発現/翻訳を制御する核酸には、IRBITをコードするDNA、IRBITをコードするmRNAのアンチセンスRNAもしくはその断片、IRBITをコードするmRNAの切断を可能にするリボザイム、siRNA(small interfering RNA)などの機能的RNA、あるいは、それらのDNAもしくはRNA(実際的には、RNAをコードするDNA)を含むベクターDNAが包含される。
IRBITをコードするDNAは、ヒト、マウスなどの哺乳動物由来のIRBITをコードするDNAであり、上記の「IP3受容体結合タンパク質(IRBIT)」の項で説明したような手法で作製することができる。好ましいIRBITをコードするDNAは、配列番号1または配列番号3に示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列を含むDNAであり、さらに好ましいDNAは、配列番号2または配列番号4に示される塩基配列からなるヒトまたはマウスIRBITをコードするDNAである。
IRBITをコードするDNAは、発現ベクター(例えばプラスミドまたはウイルスベクター)に挿入されて、細胞内でのIRBITの発現のために使用可能である。
IRBITをコードするDNAを発現するためのプラスミドベクターは、IRBITをコードするDNA配列及びプロモーターの他に、薬剤耐性遺伝子(例えば、ネオマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子など)、ターミネーター、マルチプルクローニングサイト、複製開始点、リボソーム結合部位などの制御配列を含むことができる。
また、IRBITをコードするDNAを発現するためのウイルスベクターは、たとえばアデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レンチウイルスベクター、レトロウイルスベクター(白血病ウイルスベクターなど)、ヘルペスウイルスベクターなどを使用することができる。ウイルスベクターは、ヒトに使用する際に疾病を引き起こさないように例えば自己複製能を欠損したタイプのものが好ましい。たとえばアデノウイルスベクターの場合には、E1遺伝子及びE3遺伝子を欠失した自己複製能欠損型アデノウイルスベクター(例えばInvitrogen社のpAdeno−X)を使用することができる。ウイルスベクターの構築は、文献記載の方法を利用することができる(米国特許第5252479号、国際公開WO94/13788など)。
プロモーターは、哺乳動物細胞内で外来DNAの発現が可能なプロモーターを使用することができる。プロモーターの例は、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、SV40プロモーター、EFプロモーターなどを含む。
プラスミドベクターは、例えばリポフェクタミン、リポフェクチン、セルフェクチン、正電荷コレステロールなどの正電荷リポソームと複合体を形成しカプセル化された状態で患者の体内に導入することができる(例えば、中西守ら,蛋白質核酸酵素,44巻11号,48〜54頁,1999年,共立出版、東京、日本;Clinical Cancer research 59:4325−4333,1999;Wuら,J.Biol.Chem.1987,262:4429)。また、ウイルスベクターは患部に導入し細胞感染させることによって細胞内に遺伝子導入することができる(L.Zenderら,Proc.Natl. Acad.Sci.USA(2003),100:77797−7802;H.Xiaら,Nature Biotech.(2002),20:1006−1010;X.F.Qinら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA(2003),100:183−188;G.M.Bartonら,Proc.Natl.Acad.,Sci.USA(2002),99:14943−14945;J.D.Hommelら,Nature Med.(2003),9:1539−1544)。特にアデノウイルスベクター又はアデノ随伴ウイルスベクターは種々の細胞種に非常に高い効率で遺伝子導入可能であることが確認されている。このベクターはまた、ゲノム中に組み込まれることがないため、その効果は一過性であり安全性も他のウイルスベクターと比べて高いと考えられる。
さらに、IRBITをコードするmRNAのアンチセンスRNAもしくはその断片は、IRBIT遺伝子のIRBITタンパク質への翻訳を阻害することが可能である。
前記断片は、IRBIT遺伝子又はmRNAの配列において連続する約30塩基以上、50塩基以上、70塩基以上、100塩基以上、150塩基以上、20塩基以上又は250塩基以上から全長以下の塩基数からなる配列を含むことができる。
アンチセンスRNAもしくはその断片は、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素又はヨウ素)、メチル、カルボキシメチル又はチオ基などの修飾基を含むことができる。
上記アンチセンス核酸は、周知のDNA/RNA合成技術又はDNA組換え技術を用いて合成することができる。DNA組換え技術によって合成する場合、IRBITの塩基配列を含むベクターDNAを鋳型にして、増幅しようとする配列を挟み込むプライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行って標的配列を増幅し、必要に応じてベクター中にクローニングして、アンチセンスDNAを生成することができる。あるいは、このようにして得られた増幅標的配列を有するDNAをベクターに挿入し、該ベクターを真核又は原核細胞に導入し、その転写系を利用してアンチセンスRNAを得ることができる。
同様の阻害はまた、IRBITをコードするmRNAの切断を可能にするリボザイム、siRNAなどの機能的RNAによっても可能である。
siRNAは、例えば配列番号2(ヒトIRBIT)または配列番号4(マウスIRBIT)の塩基配列によってコードされるmRNA配列からの連続する約18〜30、好ましくは約19〜25、さらに好ましくは約20〜23ヌクレオチドのセンス鎖配列と、その相補的配列であるアンチセンス鎖配列とを含むことができる。ここで、センス鎖配列とは、前記mRNAの標的サイトと同一の塩基配列をいい、また、アンチセンス鎖配列とは、このセンス鎖配列に相補的な塩基配列をいう。センス鎖とアンチセンス鎖は互いに対合して二本鎖のsiRNAを形成することができる。siRNAはさらに、センス鎖およびアンチセンス鎖の各3’末端に1〜5個の塩基からなるオーバーハング、例えばUUを含むことができる。
siRNAのセンス鎖配列を選択するためには、例えば標的IRBIT mRNAの標的サイトの選択のための公知の知識、例えば、(a)GC含量が約30〜70%、好ましくは約50%である、(b)すべてのヌクレオチドが均等であり、またGが連続していない、(c)アンチセンス鎖の5'末端のヌクレオチドがA、Uである、などの基準を使用することができる(D.M.Dykxhoornら,Nature Rev.Mol.Cell Biol.(2003),77:7174−7181;A.Khvorovaら,Cell(2003),115:209−216)。また、RNA二次構造予測プログラムであるmfoldを用いて上記siRNAの標的サイトであるIRBIT mRNA上の候補遺伝子部位を推定することもできる(J.A.Jaegerら,Methods in Enzymology 1989,183:281−306;D.H.Mathewsら,J.Mol.Biol.1999,288:911−940)。例えば、siRNAが標的とすることができる配列は、上記の知見に基づいて推定し、実際にその効果を確認することによって決定することができる。本発明で使用可能なsiRNAは、非限定的な例として以下の配列を挙げることができる。
IRBIT siRNA-1: AAAUCCAGUUUGCUGAUGACA(配列番号5)
IRBIT siRNA-2: AACUCAGAAUGAAGUAGCUGC(配列番号6)
siRNAは、周知の化学合成技術を用いて合成することができる。例えば、慣用のDNA/RNA自動合成装置を使用して化学的に合成するか、あるいは、siRNA関連の受託合成会社(例えばフナコシ株式会社(東京、日本)、Dharmacon社、Ambion社など)に合成を委託することによって入手可能である。
siRNAを細胞または組織内に導入するときには、siRNAを直接細胞または組織内に注入するか、又はsiRNAの発現が可能なベクターを使用することが好ましい。あるいは、siRNA又はベクターを、リポソーム、例えばリポフェクタミン、リポフェクチン、セルフェクチン及びその他の正電荷リポソーム(例えば、正電荷コレステロール)、又はマイクロカプセル、と複合体形成し、これを使用することもできる(例えば、中西守ら,蛋白質核酸酵素,44巻11号,48〜54頁,1999年,共立出版、東京、日本;Clinical Cancer research 59:4325−4333,1999;Wuら,J.Biol.Chem.1987,262:4429)。
siRNAを発現するためのベクターでは、siRNAまたはその前駆体をコードするDNA配列をプロモーターの調節下に含む。
発現ベクターの1つの例は、ヘアピン型ベクターである。このベクターは、前記センス鎖RNA配列と前記アンチセンス鎖RNA配列とが一本鎖ループ配列を介して共有結合されているヘアピン型RNAをコードするDNAを含み、ここで該DNAは、細胞内で転写により該ヘアピン型RNAを形成し、ダイサーによりプロセシングされて前記siRNAを形成するベクターである。siRNAをコードするヘアピン型DNAの3'末端には、転写停止シグナル配列として、あるいはオーバーハングのために、1〜6個、好ましくは1〜5個のTからなるポリT配列が連結される。ベクターDNAから転写されたsiRNA前駆体としてのショートヘアピンRNA(shRNA)は、そのアンチセンス鎖の3'末端に2〜4個のUからなるオーバーハングを有することが望ましく、オーバーハングの存在によって、センス鎖RNA及びアンチセンス鎖RNAはヌクレアーゼによる分解に対して安定性を増すことができる。ヒトには内在性のダイサーが1つ存在し、これが長鎖dsRNAや前駆体マイクロRNA(miRNA)をそれぞれsiRNAと成熟miRNAに変換する役割をもつ。プロモーターの例は、pol IIIプロモーター、例えばヒトもしくはマウス由来のU6プロモーター又はH1プロモーター、pol IIプロモーター、或いはサイトメガロウイルスプロモーターである。
発現ベクターの別の例は、タンデム型ベクターである。このベクターは、前記siRNAを構成するセンス鎖RNA配列をコードするDNA配列とアンチセンス鎖RNA配列をコードするDNA配列とを連続して含み、かつ各鎖の5’末端にプロモーターが、また各鎖の3’末端にポリT配列がそれぞれ連結されたDNAを含み、ここで該DNAは、細胞内で転写後に該センス鎖RNAと該アンチセンス鎖RNAとがハイブリダイズして前記siRNAを形成するベクターである。
タンデム型ベクターにおけるプロモーターの例は、pol IIIプロモーター、例えばヒトもしくはマウス由来のU6プロモーター又はH1プロモーター、或いはサイトメガロウイルスプロモーターである。また、ポリT配列は、1〜6個、好ましくは1〜5個のTからなるポリT配列である。タンデム型ベクターは、細胞内に導入されたのち、センス鎖とアンチセンス鎖に相当するRNAに転写され、互いにハイブリダイズして目的のsiRNAを生成することができる。
上記ヘアピン型及びタンデム型ベクターは、プラスミドベクター又はウイルスベクターである。プラスミドベクターは、後述の実施例に記載の手法又は文献記載の方法を用いて調製してもよいし、或いは市販のベクター系、たとえばpiGENETMU6系ベクター及びpiGENETMH1系ベクター(タカラバイオ株式会社、京都、日本)を利用することもできる(T.R.Brummelkampら,Science(2002),296:550−553;N.S.Leeら,Nature Biotech.(2002),20:500−505;M.Miyagishiら,Nat.Biotechnol.(2002),20:497−500;P.J.Paddisonら,Genes&Dev.(2002),16:948−958;T.Tusch,Nature Biotech(2002),20:446−448;C.P.Paulら,Nature Biotech.(2002),20:505−508;多比良和誠ら編、RNAi実験プロトコル、羊土社(東京、日本)、2003年)。
本発明の組成物の有効成分である別の核酸は、リボザイムである。リボザイムは、触媒活性をもつRNAであり、本発明の標的IRBIT遺伝子に対応するmRNAを切断する活性を有している。この切断によって該遺伝子の発現が阻害又は抑制される。
リボザイムの切断可能な標的配列は、一般にはNUX(N=A,G,C,U; X=A,C,U)、例えばGUCトリプレットを含む配列であることが知られている。このようなリボザイムには、ハンマーヘッド型リボザイムが含まれる。ハンマーヘッド型リボザイムは、センサー部位を構成するヌクレオチド配列、センサー部位にRNAが結合したときのみ安定にMg2+イオンを捕捉する空洞を形成しうる領域を含むヌクレオチド配列、及び標的RNAの切断部位周辺の配列に相補的である領域を含むヌクレオチド配列を含むことができる。
本発明のリボザイムを細胞内または患者体内に送達するために、リボザイムをリポソーム(好ましくは、正電荷リポソーム)に封入する(特開平9−216825号公報(1997年))、アデノ随伴ウイルスなどのウイルスベクターに組み込む(特表2002−542805号公報)などの方法によってドラッグデリバリー系を構築することができる。
リボザイムは、それが発現可能なようにベクターに組み込むことができる。リボザイムを発現するためのプロモーターには、pol II又はpol IIIプロモーターが含まれる。好ましいプロモーターは、pol IIIプロモーター、例えば哺乳動物由来のtRNAプロモーター、より好ましくはtRNAValプロモーターである(S.Kosekiら,J.Virol.,73:1868−1877,1999)。
抗体
IRBITに対する抗体又はその断片もまた、上記生物学的機能の制御のために使用できる。
このような抗体には、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、組換え型抗体、ヒト抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体、単鎖抗体、Fab断片、F(ab')2断片、Fv、scFv、二重特異抗体、合成抗体などが含まれる。
抗体のクラス、サブクラスは任意のタイプでよく、例えばIgG,IgM,IgE,IgD,IgA、IgG1,IgG2,IgG3,IgG4,IgA1,IgA2などが含まれる。
抗体はまた、ペグ化、アセチル化、グリコシル化、アミド化などによって誘導体化されていてもよい。
ポリクローナル抗体の作製は、IRBITを免疫原(約1μg〜100μg)として、必要に応じてFreundの完全もしくは不完全アジュバント、水酸化アルミニウム(alum)、ムラミルジペプチド、リピドAなどのアジュバントを含む油中水型乳濁液を、ウサギ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギなどの非ヒト動物に皮内もしくは静脈内に免疫注射し、約2〜4週間後に、アジュバント非含有のIRBITを1〜2回注射し、ブーストを行う。試験的に採血し、抗体価が十分に上がったことを確認したあとで、動物から採血し、遠心分離により抗血清を回収する。必要に応じて、硫安分画、DEAEイオン交換クロマトグラフィーなどにより精製しIgGを得ることができる。
モノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマの作製は、ケラーとミルシュタインの方法(Nature 1975, 256:495−497)に準じて行うことができる。すなわち、ハイブリドーマは、免疫感作された動物から脾臓またはリンパ節を取り出し、それに含まれる抗体産生細胞と、マウス、ラット、モルモットなどの哺乳動物に由来のミエローマ細胞との細胞融合、HAT選択によって得ることができる。細胞融合は、例えばポリエチレングリコール(例えば分子量1500〜6000)を用いて行うことができる。目的の抗体の産生は、ハイブリドーマの培養上清の免疫抗原に対する反応性を酵素免疫測定法、放射性免疫測定法、蛍光抗体法などの慣用の方法を用いて測定することができる。
また、ハイブリドーマからのモノクローナル抗体の作製は、ハイブリドーマをin vitroで培養してその培養上清から単離してもよいし、あるいはマウス、ラット、モルモットなどの腹水等でin vivoで培養し、腹水から単離してもよい。
あるいは、ハイブリドーマ等の抗体産生細胞からモノクローナル抗体をコードする遺伝子をクローニングしたのち、これをベクターに組み込み、哺乳動物細胞(例えばCHO)などに導入し、組換え型抗体を作製することもできる(P.J.Delvesら,ANTIBODY PRODUCTION ESSENTIAL TECHNIQUES.,1997,John Wiley&Sons)。
ヒト抗体は、例えばファージジスプレイライブラリー(pharge display library)法(T.C.Thomasら,Mol.Immunol.33:1389−1401,1996)又はヒト抗体産生動物(例えばマウス、ウシなど)を用いる方法(I. Ishidaら,Cloning Stem Cell 4:91−102,2002)によって製造できる。
例えば、ヒト抗体産生マウスは、ヒト人工染色体にヒト抗体産生遺伝子を含むヒト染色体断片を導入したのち、ミクロセル法を用いて例えばマウス胚性幹細胞ゲノムに人工染色体を組み込み、組換え胚性幹細胞を胚盤胞に注入し、仮親マウスの子宮に移植し、キメラマウスを出産し、雌雄のキメラマウス、またはキメラマウスと野生型マウス、の交配を通して、ヒト抗体遺伝子を含み、したがってヒト抗体の産生が可能である、ホモ接合型の子孫マウスを作出するなどの方法によって作製することができる(例えば、再表02/092812号公報、国際公開WO 98/24893、WO 96/34096など)。このヒト抗体産生トランスジェニックマウスに、本発明のIRBITタンパク質を抗原として免疫したのち、脾臓を摘出し、この脾臓細胞とマウスミエローマ細胞とを融合してハイブリドーマを形成し、目的のモノクローナル抗体を選抜することができる。
ファージディスプレイライブラリー法は、未処置のヒトリンパ細胞から直接手に入れた免疫グロブリン遺伝子のライブラリーから、目的の抗体をコードするDNAをスクリーニングし、このDNAと、抗体鎖との間に、ファージ粒子を用いて物理的会合を確立し、これによって、標的に親和性をもつ抗体を提示するファージを親和性スクリーニングによって富化することを含む。この方法を用いて、標的に対する結合親和性をもつ抗体を、通常の手法によって大量に合成することができる(例えば、特表2003−527832号公報)。
本発明の組成物は、疾患または障害の治療のために用いることができる。
治療用組成物
本発明において、該疾患または障害とは、タンパク質合成、イノシトールリン脂質代謝、および細胞内pHの異常によって引起されるものである。
タンパク質合成の場合、CPSFに対するIRBITの結合に伴うタンパク質合成の制御が挙げられる。この場合、IRBITはタンパク質合成を抑制し、IRBITの働きを抑制する物質(上記の核酸または抗体)はタンパク質合成を亢進することができる。CPSFが関与するタンパク質合成の異常には、例えば腫瘍がある。
イノシトールリン脂質代謝の場合、PIPKIIの異常な活性化に伴う疾患、例えば2型糖尿病が挙げられる。IRBITはPIPKII活性を抑制する作用があるため、2型糖尿病の治療のために使用できる。
細胞内pHの場合、細胞内のpHの維持にpNBC1が重要な働きをしているが、特にpHが酸性に傾くことによる疾患に、緑内障や白内障などの眼の疾患、低身長症、精神遅滞、膵臓炎などの疾患が含まれる。IRBITは、pNBC1と結合し、細胞内pHの正常な状態への調節を可能にする。
本発明の組成物中の有効成分の含有量は、制限されないが、約1μg〜100mgである。その含有量は、有効成分の種類に応じて変化しうる。
本発明の組成物中のIRBITの用量は、1投与単位あたり約1μg〜1mg、好ましくは約50μg〜500μgであるが、この範囲に限定されない。
本発明の組成物中の核酸の用量は、siRNA、アンチセンス核酸、又はリボザイムに換算すると、以下のものに限定されないが、1投与単位あたり、約1nM〜100μM、好ましくは約10nM〜50μMである。
本発明の組成物中の抗体又はその断片の用量は、以下のものに限定されないが、1投与単位あたり、約1〜100mg/ml、好ましくは約5〜70mg/mlである。
しかし、上記の用量又は投与量は、患者の状態、年齢、性別、重篤度などに応じて変化しうるものであり、専門医の判断により用量又は投与量が決定されるべきである。
本発明の組成物は、通常、製薬上許容可能な担体(すなわち、賦形剤又は希釈剤)、例えば滅菌された水、生理食塩水、緩衝液、非水性液体(例えば、アーモンド油、植物油、エタノールなど)などを含むことができる。該組成物にはさらに、製薬上許容可能な安定剤(例えばメチオニンなどのアミノ酸類)、保存剤(p-ヒドロキシ安息香酸メチル、ソルビン酸)、等張化剤(例えば塩化ナトリウム)、乳化剤(例えばレシチン、アラビアガム)、懸濁化剤(例えばセルロース誘導体)などを含有させることができる。
好ましい医薬製剤は、溶液剤、懸濁液剤、乳剤などである。
本発明の組成物の投与方法は、経口投与、非経口投与、例えば静脈内投与、局所投与などを含む。局所投与には、外科手術又は内視鏡下で患部に直接注射する方法などが含まれる。また、専門医が決定した治療計画に基づいて、一定の時間間隔、例えば1週間、2週間、3週間、1ヶ月、2ヶ月、6ヶ月、1年などの間隔で、患者に対して、本発明の組成物を1〜数回に分けて投与することができる。
また、患者への抗体又はその断片の送達は、単独か又は例えばリポソーム(好ましくは、正電荷リポソーム)、マイクロカプセル又はナノ粒子中に抗体又はその断片を封入した形態で、通常は適当な担体(賦形剤又は希釈剤)と組み合わせて、経口経路、非経口経路(例えば、静脈内投与又は局所投与)にて行うことができる。
本発明の組成物は、in vitro、in vivoまたはex vovoで使用可能である。
in vitroでは、治療用物質のスクリーニングのために、本発明の組成物を利用することができる(下記参照)。
ex vovoでは、一旦患者から生体外に取り出された細胞や組織を、本発明の有効成分で処理した後、体内に戻すことができる。これによって、タンパク質合成、イノシトールリン脂質代謝または細胞内pHの異常が生じた細胞や組織を正常に復することが可能となる。
2.IRBITの使用例
本発明はまた、IRBITをin vitroまたはex vivoで使用する下記の方法を提供する。
第1に、本発明は、in vitroまたはex vivoでの細胞内のタンパク質合成の制御におけるIRBITの使用方法を提供する。
この方法は、IRBITがCPSFに結合してCPSFの機能を制御するという作用をもつことに基づく。
第2に、本発明は、in vitroまたはex vivoでの細胞内のイノシトールリン脂質代謝の制御におけるIRBITの使用方法を提供する。
この方法は、IRBITがPIPKII活性を抑制するという作用をもつことに基づく。
第3に、本発明は、in vitroまたはex vivoでの細胞内pHの制御におけるIRBITの使用方法を提供する。
この方法は、IRBITがpNBC1を活性化するという作用をもつことに基づく。また、pNBC1の活性化には、IRBITのリン酸化が必要である。
上記のとおりIRBITは、in vitroでは、細胞内でのタンパク質合成、イノシトールリン脂質代謝または細胞内pHの制御を可能にする物質のスクリーニングのために使用できるし、また、ex vivoでは、タンパク質合成、イノシトールリン脂質代謝または細胞内pHの異常が生じた細胞や組織を正常な状態に戻すために使用することができる。
3.スクリーニング
本発明はさらに、候補物質の存在下で、IRBITとCPSF、PIPKIIまたはpNBC1との結合を測定し、該結合を抑制または亢進する物質を同定することを含む、物質のスクリーニング方法を提供する。
上記結合は、試験管内で、あるいは細胞(特に哺乳動物細胞)内で、候補物質の存在下でIRBITとCPSF、PIPKIIまたはpNBC1との結合を測定することができる。哺乳動物細胞には、例えばCHO、COS、HEK293、HeLa、NIH3T3などが含まれる。
同定された物質は、例えば治療用または診断用として使用できる。特に、該物質は、細胞内のタンパク質合成、イノシトールリン脂質代謝および細胞内pHからなる群から選択される少なくとも1つの細胞内生物学的機能を制御するものである。
上記結合を試験管内で実施するときには、例えば、適当なバッファ中に、IRBITとCPSF、PIPKIIまたはpNBC1とを存在させ、これに候補物質を加え、IRBITとCPSF、PIPKIIまたはpNBC1との結合のレベルを、SDS−PAGEおよびイッムノブロット法で検出することができる。この系は、上記結合を抑制または阻害する物質の検出に有効である。IRBIT、CPSF、PIPKIIまたはpNBC1の組換えタンパク質の作製は、上記のIRBITの項で記載したと同様の手法で行うことができる。
上記結合を細胞内で実施するときには、IRBITとCPSF、PIPKIIまたはpNBC1とを同時にまたは別個に発現させうるように、それぞれのタンパク質をコードするDNAを同一のまたは異なるベクターに組込み、該ベクターで哺乳動物細胞を形質転換またはトランスフェクションする。翻訳されたタンパク質は細胞内、特に細胞質に存在するように、好ましくは、ベクターDNAは分泌シグナル配列を含まないようにするのがよい。
CPSF、PIPKIIまたはpNBC1のアミノ酸および塩基配列は、GenBankや文献などから入手可能であり、それぞれ例えば(AB092504)、(AF030558、AF033355)、(NM_003759、NM_018760)の登録番号が付与されている。IRBITのアミノ酸および塩基配列については、上記のとおりである。
発現ベクターは、好ましくは哺乳動物細胞で使用可能な任意のベクターである。ベクターは、プロモーター、エンハンサー、複製開始点、リボソーム結合部位、マルチクローニング部位、ターミネーター、ポリAシグナルなどの制御配列を含むことができる。発現ベクターとしては、pSG5、pXT1(ストラタジーン社)、pSVK3、pBPV、pMSGおよびpSVL SV40(ファルマシア社)、pHM6、pVM6およびpXM(ロシュダイアグノスティック社)などの市販のベクターを適宜選択して使用することができる。
プロモーターには、例えばCMVプロモーター、SV40プロモーター、EFプロモーターなどが含まれる。
IRBIT、CPSF、PIPKIIまたはpNBC1をコードするDNAを宿主細胞に導入する方法には、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、アデノウイルス、レトロウイルスなどのウイルス感染による方法などが含まれる(実験医学別冊4版松村正實ら編「新遺伝子工学ハンドブック」(2003年)羊土社、東京、日本)。
或いは、公知の手法により非ヒト動物の卵母細胞または胚性幹細胞を使用してIRBIT遺伝子を外来的にゲノムに組込み、強制的に発現可能にしたトランスジェニック非ヒト動物(例えばマウス)、ならびに、CPSF、PIPKIIまたはpNBC1遺伝子を外来的にゲノムに組込み、強制的に発現可能にしたトランスジェニック非ヒト動物(例えばマウス)をそれぞれ作製し、両動物を交配して、IRBIT遺伝子と、CPSF、PIPKIIまたはpNBC1遺伝子とを発現可能にしたキメラ非ヒト動物およびその子孫を作製することができる。
細胞内またはトランスジェニック非ヒト動物内で強制的に発現されたIRBITと、CPSF、PIPKIIまたはpNBC1との結合が、細胞内または動物内に取り込んだ候補物質の存在下でどのように影響を受けるかを、該結合をプルダウン法、免疫沈降法などによって測定することによって調べる。同時に、ある特定のタンパク質の細胞内合成に及ぼす影響、イノシトールリン脂質代謝に及ぼす影響、細胞内のpHに及ぼす影響を調べる。
タンパク質の細胞内合成に及ぼす影響は、例えば、特定のタンパク質に対する抗体を用いたウェスタンブロット法などによって測定することができる。
イノシトールリン脂質代謝に及ぼす影響は、例えば[3H]ラベル、あるいはPIP2結合タンパク質を用いたPIP2量定量などによって測定することができる。
細胞内のpHに及ぼす影響は、例えば蛍光pH指示薬を用いた細胞内pH測定などによって測定することができる。
候補物質は、有機小分子、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、ヌクレオシド、オリゴヌクレオチド、ポリヌクレオチド、核酸(DNA又はRNA)などを含むが、これらに限定されない。
上で説明したように、IRBITは、細胞内での代謝、pH変化、イオンバランス、リン脂質代謝の調節、タンパク質合成の制御、Ca2+放出の制御などを調節する上で大変重要な意義を全ての細胞で有している。IRBITの濃度や発現パターンを制御することにより、上記の様々な生物学的機能を制御しうることが今回判明した。本発明のスクリーニング法で同定される物質は、このような制御のために有用である。
本発明を以下の実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は、これらの実施例によって限定されないものとする。
<実施例1>
細胞質内poly(A)付加反応へのIRBITの関与
CPSFは、CPSF160、CPSF100、CPSF73およびCPSF30の4つのサブユニットからなる複合タンパク質群であるため、まず、この4つのサブユニットの内、どのサブユニットに結合するのかを明らかにするために、各サブユニットにmycタグを付けたcDNAを様々のコンビネーションで、IRBITと共にCOS細胞等に発現し、IRBITまたはCPSFを免疫沈降した時の共沈のされ方を調べた。
CPSFは、マウス由来のCPSFであり、GenBank登録番号AB092504の全長および4つの各サブユニットの塩基配列に基づき、RT−PCRによってクローニングした(H. Andoら, 2003,上記)。また、IRBITは、マウス由来のIRBITであり、GenBank登録番号NM_145542の塩基配列に基づき、RT−PCRによってクローニングした(H. Andoら, 2003,上記)。
CPSFの全長または各サブユニットをコードするcDNAに、mycタグをコードするDNAを融合したDNAを作製し、哺乳動物用ベクターに挿入した。一方、IRBITをコードするcDNAもまた、同じベクターに挿入した。作製されたベクターを、COS細胞に形質転換し、上記DNAを共発現した。
細胞を遠心分離によって分離し、細胞を溶解し、細胞質画分を回収し、IRBITとCPSFとの結合を、抗IRBIT抗体(特開2004−129612号公報)および抗myc抗体を用いて検出した。
その結果、IRBITは、CPSF160サブユニットを介して、CPSFと結合することが判明した(図1)。
さらにまた、CPSF160の欠失変異体を使った同様の実験から、IRBITはCPSF160のmRNA結合部位に結合することが判明した(図2)。
CPSF160のmRNA結合部位は、CPSFがpoly(A)を付加するmRNAを認識する際に必須の領域であることから、IRBITがこの領域に結合することは、IRBITがCPSF機能を阻害する可能性があり、これを確かめるために、精製蛋白質を用いたin vitro再構成系で、IRBITとCPSFとの結合、及びそれによるポリアデニレーション反応への影響を調べた。
CPSFは、mRNAのポリアデニレーション反応に必須の分子であるが、それが働く場所は主に核の中であり、DNAから転写されたばかりのRNAに対して、それがmRNAとなって核外へ出て行くまでの成熟反応の一つとして、働く。しかし例外的に、卵母細胞の成熟過程、あるいは、神経細胞の局所での新たなタンパク質合成といった局面では、細胞質でmRNAのポリアデニレーションに関与し、poly(A)の長さを調節することで、目的分子のタンパク質合成を調節する(Daron C. Barnardら,Cell 2004,119:641−651)。この細胞質内ポリアデニレーション反応は、例外的現象であるが、卵母細胞の成熟、神経可塑性を成立させる上では、必須の現象となっている。IRBITの細胞内分布を調べてみると、核内には殆ど存在しないことから、本発明者らは、IRBITの細胞質内ポリアデニレーション反応への関与に焦点を絞って検討した。
細胞質内ポリアデニレーション反応を調べる上で、Xenopus卵母細胞の系が優れていることから、本発明者らは、先ず、Xenopus卵母細胞からのIRBIT cDNAのクローニングおよび単離を、定法に従って行った。Xenopus卵母細胞には、哺乳動物細胞とは異なり、3種類のIRBIT mRNAが発現しており、この3種類とも、CPSF160と結合することが判明した。
IP3受容体mRNAの3'末端は、細胞質内ポリアデニレーション反応を受ける可能性のある配列を有しており、実際、小脳Purkinje細胞では、樹状突起内にこのmRNAが存在している。このことは、IP3受容体から放出されたIRBITがCPSFとの結合を介して、IP3受容体自身のタンパク質合成を制御している可能性を示している。
さらに、本発明者らは、IRBITが、PAP及びFip1(CPSFのサブユニット)の存在下でのポリアデニレーション活性(I. Kaufmannら,EMBO J.(2004)23:616−626)を抑制させる働きがあることを見出した。
上記の結果から、IRBITが、細胞内でCPSFとの結合を介して、タンパク質合成を制御していることが示された。
<実施例2>
IRBITとPIPキナーゼII型(PIPKII)との相互作用
本発明者らはさらに、IRBITと相互作用する分子を探索した。
実施例1と同様の手順で、HEK293細胞にFLAG−IRBITを過剰発現し、抗FLAG抗体で免疫沈降してIRBITと共沈してくるタンパク質を、質量分析器で解析した。その結果、リン脂質リン酸化酵素であるphosphatidylinositol−5−phosphate 4−kinaseγ (PIPKIIγ)が同定された。PIPKIIファミリー(PIPKIIα,PIPKIIβ,PIPKIIγ)はPIP2を合成する酵素であり、PIP2の加水分解によりIP3が産生されることを考えると、IP3受容体、IRBIT、PIPKIIγからなる情報伝達機構が存在する可能性が考えられる(図3)。
さらに、次の実験を行い、同時にその結果も以下に示す。
(1)マウスIRBITとMyc−PIPKIIα, β, γをCOS−7に過剰発現し、免疫沈降を行った。具体的には、Lysisバッファー(10mM Hepes,100mM NaCl,2mM EDTA,1%P−40,pH7.4)で細胞を可溶化し、遠心(20000×g,30分)して上清を回収後、抗Myc抗体あるいは抗IRBIT抗体を添加し、1時間反応させた。さらにプロテインGセファロースを添加して1時間反応後、免疫複合体をLysisバッファーで洗浄し、SDS−PAGEサンプルバッファーで溶出した。その後、抗Myc抗体あるいは抗IRBIT抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。その結果、IRBITはMyc−PIPKIIα, β, γのいずれとも共沈した(図4)。
(2)マウス小脳から抗IRBIT抗体で免疫沈降を行ったところ、PIPKIIαが共沈した(図5)。その結果から、in vivoでのIRBITとPIPKIIとの結合が確認された。
(3)マウスIRBITとMyc−PIPKIIγをCOS−7に過剰発現し、免疫染色を行った。具体的には、4%パラフォルムアルデヒドで固定、0.1%Triton X−100で膜透過処理、2%ヤギ血清でブロッキング処理を行った後、マウス抗Myc抗体およびウサギ抗IRBIT抗体を添加し、室温で1時間反応させた。Alexa488結合抗マウスIgG抗体およびAlexa594結合抗ウサギIgG抗体を二次抗体として添加し、37℃で45分反応させた。その結果、IRBITとMyc−PIPKIIγのいずれも細胞質に局在することが判かった(図6)。
(4)マウスIRBITの欠失変異体(配列番号3のアミノ酸配列における60−530,78−530,105−530,1−277,1−104,1−90および1−77)は対応する配列をPCRで増幅し、GFP融合タンパク発現ベクターpEGFP−C1(Clontech)にクローニングして作製し、これらの変異体の各々とPIPKIIαとの結合を調べたところ、IRBITのN末端領域にあるセリンに富む領域が上記結合に重要であることが明らかになった(図7)。
(5)マウスIRBITのセリンに富む領域の点突然変異体(配列番号3のアミノ酸配列におけるT52A,T58A,S62A,S64A,S66A,S68A,S70A,S71A,T72A,S74A,S76G,S77A,S80A,D83A,S90AおよびT97A)は、部位特異的変異体作成キット(Stratagene)を用いて作製し、これらの変異体の各々とPIPKIIαとの結合を調べた。その結果、IRBITのSer68及びSer71が上記結合に重要であった(図8)。
以上の結果より、IRBITがPIPKIIファミリーに結合することが確認された。さらに予備的データから、IRBITはPIPKII活性を抑制することを見いだしているため、IRBITはイノシトールリン脂質代謝の活性制御をおこなっていると結論づけられた。
<実施例3>
IRBITによるNBC1 (Na/HCO 3 cotransporter 1)の活性化
本発明者らはさらに、IRBITに結合する蛋白質として、細胞膜上でナトリウムイオンと重炭酸イオンの輸送を行うNBC1(sodium bicarbonate co−transporter1)蛋白質を同定した。
NBC1には、p型とk型の2つのスプライシング変異体が存在することが知られているが(Seth L.Alper,Annu.Rev.Physiol.2002,64:899−923)、IRBITは、そのうちp型のNBC1(pNBC1という)と結合すること、また、IRBITにおけるいくつかのセリン残基のリン酸化がpNBC1との結合に必要であることが明らかになった。以下に、具体的に実験および結果を示す。
(1)pNBC1におけるIRBIT結合領域の同定
pNBC1のp型特異的なN末端配列(1−85アミノ酸)がIRBITとの結合に必要不可欠であった。この85アミノ酸内に更なる欠失変異体を作製し、それら変異体とIRBITとの結合をプルダウンアッセイ(pull down assay)を用いて検討した。具体的には、以下の実験を行った。
COS−7細胞にHA−IRBITを過剰発現し、細胞抽出液を調製した。MBP−pNBC1の欠失変異体のリコンビナントタンパク質を添加し、反応後、結合したタンパク質をamyloseレジンでプルダウンした。HA−IRBITを抗HA抗体を用いたウェスタンブロッティングで検出した。
その結果、p型特異的な配列のうちN末端62アミノ酸があればIRBITと結合しうることが示された(図9、図10)。しかしこの62アミノ酸から更にN末側やC末側を削ると、IRBITとの結合が見られなくなり、これ以上IRBIT結合領域を狭めるのは難しいと考えられた。この結果からIRBITとの結合にはpNBC1の特定の数アミノ酸の配列が関与しているのではなく、数十アミノ酸からなる三次元的な構造が必要である可能性が示唆された。
(2)IRBITにおけるpNBC1結合領域の同定
次に、マウスIRBIT(全長530アミノ酸;配列番号3)の各種欠失変異体をCOS7細胞に発現させ、それぞれの変異体のpNBC1結合能をプルダウンアッセイで調べた。具体的には、以下の実験を行った。
COS−7細胞にGFP−IRBITの欠失変異体を過剰発現し、細胞抽出液を調整した。MBP−pNBC1(1−85)のリコンビナントタンパク質を添加し、反応後、結合したタンパク質をamyloseレジンでプルダウンした。GFP−IRBITの欠失変異体を抗GFP抗体を用いたウェスタンブロッティングで検出した。
その結果を図11に示す。図から、IP3受容体との結合が確認されているIRBITのN末側を発現する欠失変異体(1−104、1−277)ですらpNBC1とは結合できないことがわかった。またIP3受容体と結合できないことが既に確認されているIRBITのC末側を発現する欠失変異体(105−530)もまたpNBC1とは結合できなかった。pNBC1との結合に必要であることが示されているセリンリン酸化部位は1−104に全て含まれることから、1−104の中に短いpNBC1結合配列が存在するにも関わらず何らかの立体構造によってpNBC1との結合が阻害されている可能性も考えられた。そこで、1−104を更に細かく欠失させた欠失変異体を作製しpNBC1との結合を解析したが、いずれもpNBC1との結合は見られなかった。
以上の結果から、IRBITのN末側とC末側を含む全体の構造がpNBC1との結合に必要であることが明らかとなり、IRBITのN末側だけで十分であるとされるIRBITとIP3受容体との結合様式との違いが明らかとなった。
(3)内在性IRBITとNBC1との結合
次に、内在性のIRBITとNBC1との結合を、免疫沈降法を用いて確認する実験を行った。
そもそもNBC1は小脳の膜画分におけるIRBIT結合蛋白質として同定されたので、まず小脳膜画分抽出液を用いて免疫沈降を行った。また小脳膜画分においてIRBITはIP3受容体とも結合していることがわかっているので、NBC1、IRBIT、IP3受容体からなる三者複合体を形成しうるか否かを検討した。具体的には、以下の実験を行った。
小脳膜画分を界面活性剤で可溶化後、抗IRBIT抗体、抗NBC抗体、あるいはコントロール抗体を添加して反応させた。さらにプロテインGセファロースを添加して免疫複合体を抽出した。その後、抗IRBIT抗体、抗NBC抗体あるいは抗IP3R抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。
その結果、抗NBC1抗体免疫沈降物中に内在性のIRBITが、また抗IRBIT抗体免疫沈降物中に内在性のNBC1が、それぞれ含まれることがわかり、内在性のIRBITとNBC1が小脳膜画分で複合体を形成することが確認された(図12)。一方で、既にAndoら(2003,上記)によって報告されているように、抗IRBIT免疫沈降物中にはIP3受容体が検出されたが、抗NBC1沈降物中にはIP3受容体が検出できなかった。この結果から、内在性NBC1の多くがIRBITとIP3受容体を含む三者複合体を形成していないことが示された。
さらにIRBITとNBC1との結合が普遍的であることを確認するために、COS7細胞の抽出液を用いて内在性のIRBITとNBC1との結合を、先ほどと同様の免疫沈降法を用いて検討した。具体的には、以下の実験を行った。
COS−7細胞の細胞抽出液に抗IRBIT抗体、抗NBC抗体、あるいはコントロール抗体を添加して反応させた。さらにプロテインGセファロースを添加して免疫複合体を抽出した。その後、抗IRBIT抗体あるいは抗NBC抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。
その結果を図13に示す。図から、小脳膜画分の抽出液を調製する時に用いたものと同じバッファーでCOS7細胞を抽出した場合、内在性のIRBITとNBC1の結合が検出されないことがわかった。しかし、このバッファーに2mM CaCl2を加えて同様の実験を行ったところ、内在性のIRBITとNBC1の結合が検出された。このバッファーは既に2mMのEDTAを含んでいることから、2mM CaCl2を加えた時のカルシウムイオン濃度は数μMであると考えられる。これらの結果から、内在性のNBC1とIRBITとの結合が小脳膜画分とCOS7細胞とでは異なった様式で制御されている可能性が示唆された。
(4)IRBITによるNBC1の活性化
アフリカツメガエル卵母細胞(Xenopuse Oocyte)の培養細胞にマウスIRBITのcRNAとヒトpNBC1またはkNBC1のcRNAを同時注入し、膜電位を−25mVにし、ND96溶液(96mM NaCl,2mM KCl,1mM MgCl2,5mM HEPES,pH7.4)からND96+HCO3 −溶液に変えた時の電流変化を測定した。コントロールには、IRBIT、pNBC1、kNBC1を使用した。
その結果、pNBC1活性のみが、IRBITの同時注入によって約6〜7倍増強された(図14A)。同様に、ND96+HCO3 −溶液中で膜電位を−160mVから+60mVの範囲で変化させたときにも、pNBC1活性のみが、IRBITの同時注入によって顕著に増強された(図14B)。
さらにまた、IRBITのリン酸化部位をアラニン(A)に置換したIRBIT変異体(S68A,S71A,S74AまたはS77A)を作製し、上記と同様に、アフリカツメガエル卵母細胞にIRBIT変異体のcRNAとヒトpNBC1のcRNAを同時注入し、膜電位を−25mVにし、ND96溶液からND96+HCO3 −溶液に変えた時の電流変化を測定した。
その結果、リン酸化部位をアラニンに置換したすべてのIRBIT変異体において、IRBITのpNBC1活性への増強作用は消失した(図15)。このことは、IRBITのリン酸化がpNBC1の活性化に必要であることを示している。