歯科用接着性組成物に含有される重合性単量体成分について説明する。重合性単量体において、分子中に存在する重合性不飽和基としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基のようなものを挙げることができる。特に硬化速度の点からアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基を有する化合物であるのが好ましく、アクリロイル基、メタクリロイル基が最も好ましい。
本発明では、この重合性単量体成分の少なくとも一部として、リン酸から誘導される酸性基を有するものを含有させる。ここで、上記リン酸から誘導される酸性基としては、次に示す構造を有するものである。
具体的には、ホスフィン酸基、ホスホン酸基、ホスホン酸水素モノエステル基、リン酸二水素モノエステル基、リン酸水素ジエステル基等が挙げられる。これらの中でも基−0−P(=O)(OH)
2(リン酸二水素モノエステル基)、基(−O−)
2P(=O)OH(リン酸水素ジエステル)等のリン酸エステル系基が歯質への浸透性の観点から好ましい。これらのリン酸から誘導される酸性基は、歯質の脱灰作用が高いばかりでなく、本質的な結合力も高く、さらに本発明においては共存する多価金属イオンとのイオン架橋の形成能にも優れており、特に高い接着強度が得られる。
こうしたリン酸エステル系基を含有している重合性単量体として好適に利用できる化合物を例示すれば、
等が挙げられる。但し上記化合物中、R
1は水素原子またはメチル基を表す。これらの化合物は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。
その他の、リン酸から誘導される酸性基を有する重合性単量体として好適に利用できる化合物を例示すれば、ホスフィン酸基を有するものとしてビス(2−メタクリルオキシ)ホスホン酸、ビス(メタクリルオキシプロピル)ホスフィン酸、ビス(メタクリルオキシブチル)ホスフィン酸等が、またホスホン酸基を有するものとして3−メタクリルオキシプロピルホスホン酸、2−メタクリルオキシエトキシカルボニルメチルホスホン酸、4−メタクリルオキシブトキシカルボニルメチルホスホン酸、6−メタクリルオキシヘキシルオキシカルボニルメチルホスホン酸、2−(2−エトキシカルボニルアリルオキシ)エチルホスホン酸等が、またホスホン酸水素モノエステル基を有するものとしては2−メタクリルオキシエチルホスホン酸モノ(メタクリルオキシエチル)エステル、2−メタクリルオキシエチルホスホン酸モノフェニルエステル等が挙げられる。
リン酸から誘導される酸性基を有する重合性単量体(以下、「リン酸系モノマー」と略する)は、その量に特に制限はなく、重合性単量体成分全体がリン酸系モノマー成分のみからなっていてもよいが、接着材の歯質に対する浸透性を調節したり、硬化体の強度を向上させる観点から、酸性基を有しない重合性単量体(以下、「非酸性モノマー」と略する)と併用するのが好適である。こうした非酸性モノマーを併用する場合においても、エナメル質及び象牙質の両方に対する接着強度を良好にする観点から、全重合性単量体成分中において、これらリン酸系モノマーは5質量%以上の範囲で使用するのが好適であり、より好ましくは5〜80質量%、特に10〜60質量%の範囲で使用するのが好適である。リン酸系モノマーの配合量が少ないと、エナメル質に対する接着強度が低下する傾向があり、逆に多いと象牙質に対する接着強度が低下する傾向がある。
本発明で用いることのできる、非酸性モノマーは、分子中に少なくとも一つの重合性不飽和基を持つ物で有れば、公知の化合物を何等制限無く使用できる。具体例を示すと、メチル(メタ)アクリレート(メチルアクリレート又はメチルメタアクリレートの意である。以下も同様に表記する。)、エチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、2−シアノメチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルオキシエチルアセチルアセテート等のモノ(メタ)アクリレート系単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2'−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2'−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2'−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート等の多官能(メタ)アクリレート系単量体等を挙げることができる。
更に、非酸性モノマーとして、上記(メタ)アクリレート系単量体以外の重合性単量体を混合して重合することも可能である。これらの他の重合性単量体を例示すると、フマル酸ジメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン、α−メチルスチレンダイマー等のスチレン、α−メチルスチレン誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物等を挙げることができる。これらの重合性単量体は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。
また、疎水性の高い重合性単量体から水の分離を防ぎ、均一な組成とすることによる接着強度の点から、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の両親媒性の単量体を使用する。両親媒性の単量体の好ましい配合量は、吸水性の観点から重合性単量体100質量部中55質量部未満、好適には50質量部以下が好ましい。
本発明の接着性組成物において、上記リン酸系モノマー及び両親媒性の単量体を少なくとも一部として含む重合性単量体成分は、多価金属イオンの共存下に含有されている。このような多価金属イオンは、後述する水、およびヒュームドシリカと共に共存させることにより、接着強度が著しく高まり、耐水性が向上し、優れた接着耐久性が発揮されるものになる。
本発明において、このように多価金属イオン、水、およびヒュームドシリカを共存させることにより、高い接着強度と長期耐久性が得られるようになる理由は、必ずしも定かではないが、次のような作用によるものと推定している。すなわち、リン酸系モノマーが含まれる系中に、金属イオンが存在すると、上記酸性基と該金属イオンとがイオン結合し、これが多価金属イオンであるとイオン架橋が生じる。そうして、重合性単量体の重合反応時に、この多価金属イオンの共存に起因した、リン酸系モノマーのイオン架橋が十分に発達して形成されていると、重合硬化による接着力の発揮に相乗的に作用してその強度を向上させる。そして更に、このような接着性組成物において、ヒュームドシリカが水の存在下で配合されていると、該ヒュームドシリカの有する3次凝集構造の比較的緩やかな凝集粒子の隙間を、該イオン架橋した重合体が絡むことになり、しかも該ヒュームドシリカ上のシラノール基と多価金属イオンとが水を介して結合することも考えられ、これらから硬化体中に、より強固で密度の高いネットワークが形成されて、上記優れた接着強度と長期耐久性が達成されるようになるものと考えられる。
本発明において多価金属イオンとは、前記リン酸から誘導される酸性基と結合可能な2価以上の金属イオンのことであり、代表的なものを例示すれば、2価の金属イオンとしてカルシウム、バリウム等のアルカリ土類金属イオン、亜鉛イオン、銅(II)イオン、錫(II)イオン等が挙げられ、3価の金属イオンとしては、アルミニウムイオン、スカンジウムイオン、ランタンイオン、イッテルビウムイオン、アクチニウムイオン、鉄(III)イオン等が挙げられ、4価以上の金属イオンとしては、チタンイオン、ジルコニウムイオン、タングステン(IV)イオン等が挙げられる。これらのうち、より高い接着強度が得られる観点から、3価以上の金属イオンを少なくとも一部として含有させるのがより好ましく、中でも土類金属イオンを含有させるのがより好ましい。
本発明において、土類金属イオンとは、周期律表の第3族と第13族に属する金属イオンであり、具体的には、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、及びランタノイド類イオン(ランタンイオン、セリウムイオン、プラセオジムイオン、ネオジウムイオン、プロメチウムイオン、サマリウムイオン、ユウロピウムイオン、ガドリニウムイオン、テルビウムイオン、ジスプロシウムイオン、ホルミウムイオン、エルビウムイオン、ツリウムイオン、イッテルビウムイオン、ルテチウムイオン)等の希土類金属イオン;アルミニウムイオン、ガリウムイオン、インジウムイオン等のアルミニウム族イオンが挙げられる。このうち、より効果が高く有用な土類金属イオンとしては、アルミニウムイオン、およびランタノイド類イオンが挙げられ、中でもアルミニウムイオンおよびランタンイオンが好ましい。最も好ましくはランタンである。これら金属イオンは二種以上を混合して用いることができる。二種以上を混合して用いる場合においても、上記ランタンが含有されているのが好ましく、好適には金属イオンの10モル%以上がランタンであるのが望ましい。
歯科用接着性組成物中における、これらの多価金属イオンの存在量は、特に制限はないが、接着強度を良好にする観点から前記リン酸系モノマー全量における酸の総価数に対して、該多価金属イオン全量における総イオン価数の割合が0.2〜3.0になる量であるのが好ましい。
ここで、上記「リン酸系モノマー全量における酸の総価数」とは、接着性組成物中に含まれるリン酸系モノマーのモル数と、該リン酸系モノマー中の酸価数を掛けた値である。例えば、リン酸系モノマーがリン酸二水素モノ(2−メタクリルオキシエチル)エステルであれば、酸価数は2価であり、リン酸水素ジ(2−メタクリルオキシエチル)エステルであれば1価になる。また、リン酸系モノマーがこれら2価のものと1価のものの混合物である場合は、それぞれのリン酸系モノマーごとに酸の総価数を求めて、これらを合計して求めればよい。
他方、「多価金属イオン全量における総イオン価数」とは、接着性組成物中に含まれる多価金属イオンのモル数と、該多価金属イオンのイオン価数を掛けたものである。例えば、多価金属イオンがカルシウムイオンであれば、イオン価数は2であり、アルミニウムイオンであれば、イオン価数は3である。また、多価金属イオンが2価のものと3価のものの混合物である場合は、それぞれの金属イオンごとにイオンの総価数を求めて、これらを合計して求めればよい。
本発明の接着性組成物では、接着強度の観点から、この「多価金属イオンの総イオン価数」/「リン酸系モノマー全量における酸の総価数」が0.2〜3.0が好ましく、さらに好ましくは0.3〜0.9であり、最も好ましくは0.4〜0.7である。この「多価金属イオンの総イオン価数」/「リン酸系モノマー全量における酸の総価数」が、0.2より小さくなると、脱灰はするものの十分な接着強度が得られなくなる恐れがあり、一方、この割合が、3.0より大きくなっても、接着性は低下し始め、耐水性が低下し接着後の長期耐久性が十分に満足できなくなる。
歯科用接着性組成物中における、多価金属イオンの種類および含有量は、固体成分を除いた後、誘導結合型プラズマ(ICP)発光分析装置を用いて測定し求めることができる。具体的な方法を示すと、接着性組成物を水溶性有機溶媒で濃度1質量%まで希釈し、得られた希釈液をシリンジフィルター等で用いてろ過し、固体成分を除去する。得られた濾液のイオン種および濃度をICP発光分析装置で測定し、接着性組成物中の多価金属イオン種と量を算出する。なお、多価金属イオン以外の金属イオン種およびその含有量も、同様な方法によって測定することができる。
同様に、歯科用接着性組成物中におけるリン酸から誘導される酸性基の種類および含有量の測定は、分取用高速液体クロマトグラフィーにより組成物中からリン酸系モノマーを単離し、単離したリン酸系モノマーの質量分析からその分子量を測定し、また、核磁気共鳴分光(NMR)測定して、構造を決定することにより実施すればよい。特に、31PのNMRを測定することで、その化学シフト値から、リン酸から誘導される酸性基の種類を同定することができる。具体的には、化学シフト値は、同条件(希釈溶媒、濃度、温度)で既知の化合物の31P-NMRを測定し、それを標準とすることで決定することができる。具体的には、ホスフィン酸基を有する化合物としてはジメチルホスフィン酸、またホスホン酸基を有する化合物としてはメチルホスホン酸、またホスホン酸水素モノエステル基有する化合物としてはメチルホスホン酸水素モノエチルエステル、リン酸二水素モノエステル基を有する化合物としてはリン酸二水素モノメチルエステル、リン酸水素ジエステル基を有する化合物としてはリン酸水素ジメチルエステルが挙げられる。
なお、本発明の接着性組成物には、上記の多価金属イオンの他に、1価金属イオンが含有されていても良い。こうした1価金属イオンとしては、例えば、アルカリ金属イオンが挙げられる。多価金属イオンによるイオン架橋を良好に発達させる観点からは、これら1価金属イオンの全量における総イオン価数が、含有される全金属イオンの総イオン価数に対して0.5以下、より好ましくは0.2以下の割合であるのが好適である。また、後述する接着性組成物の酸性が維持されている配合量であるのが好ましい。
上記したように接着性組成物中において、多価金属イオンを含む金属イオンの共存量が多くなってくると、重合性単量体成分における、リン酸系モノマーの酸性基は、これとイオン結合し中和されてしまう。したがって、「全金属イオンの総イオン価数」/「リン酸系モノマー全量における酸の総価数」が1以上になると、通常、接着性組成物は酸性を呈さなくなり、その場合、該接着性組成物は、エッチング機能(歯質の脱灰機能)を有さなくなり、別途歯質に対するエッチング操作が必要になる。よって、本発明では、このように「全金属イオンの総イオン価数」が多すぎる場合には、組成物に脱灰機能を持たせるため、組成物の酸性が保持されるように、その他の酸性物質を含有させるのが好適である。
この場合、本発明の接着性組成物の酸性度は、以下の方法で測定したpH値が4.8未満であれば良い。すなわち、接着性組成物の酸性度は、該接着性組成物を10質量%の濃度でエタノールに混合し、その混合液のpHを測定することにより実施する。pHの測定は、従来公知の方法で測定可能であるが、25℃において、中性リン酸塩pH標準液(pH6.86)とフタル酸塩pH標準液(pH4.01)で校正したpH電極を用いたpHメーターで測定する方法が簡便で好ましい。希釈するのに用いるエタノールは純度が99.5%以上であり、該エタノール単独のpH値が下記に示す方法で測定したときに4.8〜5.0であれば特に問題ない。接着性組成物は、歯質の脱灰性の強さから、この方法で測定したpHが、0.5〜4.0の範囲であるのが好ましく、1.0〜3.0の範囲であるのがより好ましい。
上記酸性度に調製するために、その他の酸性物質を配合してpH値を調製する場合においても、リン酸系モノマーが一定量以上含有されていることが好ましく、酸性物質全体(リン酸系モノマー+その他の酸性物質)において、リン酸系モノマーが20モル%以上、好ましくは40モル%以上含有されているのが好ましい。
上記その他の酸性物質は、pKa値が水中25℃において2.15を超えるものが使用され、歯質の脱灰機能の強さから、該pKa値が6.0以下、より好ましくは4.0以下のものを使用するのが良好である。好適に使用されるものを例示すると、クエン酸、酒石酸、フッ化水素酸、マロン酸、グリコール酸、乳酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、メトキシ酢酸等が挙げられる。このうちフッ化水素酸は、後述するように、本発明の接着性組成物を多価金属イオン溶出性フィラーを用いて製造した際には、系中に水の作用により形成されることになる。
また、こうしたその他の酸性物質としては、上記非酸性モノマーの含有量の一部に代えて、2−(6−メタクリルオキシヘキシル)マロン酸、2−(10−メタクリルオキシデシル)マロン酸、トリメリット酸−4−(2−メタクリルオキシエチル)エステル、N−メタクリロイルグルタミン酸、1,2,4,5−ベンゼンテトラカルボン酸−2,4−ビス(2−メタクリルオキシエチル)エステル、3,3,4,4,−ビフェニルテトラカルボン酸−4,4−ビス(2−メタクリルオキシエチル)エステル等のような、リン酸から誘導される基を以外の酸性基を有する重合性単量体を用いることで含有させても良い。
なお、このようにその他の酸性物質を含有させる場合であっても、本発明では、該酸性物質として、25℃水中において、リン酸の第一解離に基づくpKa値(2.15)以下のpKa値を有する強酸は使用しないのが好ましい。すなわち、接着材組成物中に、このような強酸の共役塩基イオンが含まれていると、硬化体において接着強度が低下することにつながる。その理由は、該強酸の共役塩基イオンは、多価金属イオンとイオン結合するに際して、リン酸から誘導される酸性基と競合反応になるため、このような強酸の共役塩基イオンが有効量で含有されてしまうと、上記リン酸から誘導される酸性基と多価金属イオンとのイオン結合の形成が抑制されてしまうからである。したがって、斯様な強酸の共役塩基イオンは実質的に含有されないことが好ましく、効果に影響しない程度に多少に含有されることは許容されるが、その含有量は、含有される多価金属イオン対して5モル%以下、より好ましくは3モル%以下であることが望ましい。
本発明において、接着性組成物中に、このような強酸の共役塩基イオンが含まれているかどうかは、イオンクロマトグラフィーを用いた測定により確認できる。具体的には、接着性組成物を水で抽出し、得られた水相をろ過し、そのろ液をイオンクロマトグラフィーにより測定することで確認することができる。
このようなリン酸の第一解離に基づくpKa値以下のpKa値を有する強酸としては、塩酸、臭酸、ヨウ酸、硫酸、硝酸等の無機酸;アルキル硫酸、スルホン酸等の有機酸が挙げられ、これらの強酸に対応する共役塩基イオンとしては、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン等の無機酸イオン;アルキル硫酸イオン、スルホン酸イオン等の有機酸イオンが挙げられる。
本発明の接着組成物において、系中に多価金属イオンを共存させる方法は、特に制限されるものではなく、接着性組成物を調製する際に、リン酸系モノマーを少なくとも一部として含んでなる重合性単量体成分に、上記多価金属イオンのイオン源となる物質を配合または接触させて、系中に該多価金属イオンを前記説明したような十分な量で放出させれば良い。多価金属イオン源としては、金属単体、多価金属イオン溶出性フィラー、または多価金属化合物等が挙げられる。
ここで、多価金属化合物としては、少なくともリン酸の第一解離に基づくpKa値より高いpKa値を有する酸、即ち、リン酸より弱酸の金属塩を用いることができる。上述のようにリン酸よりも強酸の塩を用いても、遊離した多価金属イオンとリン酸から誘導される酸性基とのイオン結合が十分に生じないため好ましくない。このようなリン酸より弱酸の多価金属塩としては、炭酸塩、1,3−ジケトンのエノール塩、クエン酸塩、酒石酸塩、フッ化物、マロン酸塩、グリコール酸塩、乳酸塩、フタル酸塩、イソフタル酸塩、テレフタル酸塩、酢酸塩、メトキシ酢酸塩等が挙げられる。尚、後述するように、これらの弱酸の多価金属塩の中には、多価金属の種類によっては、溶解性が著しく低いものがあるため、予め予備実験等で確認した上で用いればよい。また、こうした多価金属化合物としては、水酸化物や水素化物、アルコキシドも使用できる。これらの多価金属化合物のなかでも、多価金属イオンの溶出が早く、副生物が常温で気体或いは水や低級アルコール等の、接着強度に影響がなく除去容易なものであることから、水酸化物、水素化物、炭酸塩、或いは炭素数4以下の低級アルコキシドが好ましい。更に、取り扱いが容易な点から水酸化物、アルコキシド、炭酸塩がより好ましい。
これらの好ましい多価金属化合物の具体例を示すと2価金属イオン源として炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、カルシウムエトキシド、炭酸ストロンチウム、水酸化ストロンチウム、ストロンチウムエトキシド、炭酸バリウム、水酸化バリウム、バリウムイソプロポキシド、炭酸亜鉛、水酸化亜鉛、亜鉛エトキシド、亜鉛エトキシメトキシド、銅(II)メトキシド、スズ(II)メトキシド等が挙げられ、3価金属イオン源としてはアルミニウムメトキシド、アルミニウムイソプロポキシド、アルミニウムヒドロキシド、アルミニウムアセチルアセトナート、ガリウムエトキシド、インジウムエトキシド、スカンジウムイソプロポキシド、イットリウムイソプロポキシド、ランタンメトキシド、ランタンエトキシド、ランタンイソプロポキシド、ランタンヒドロキシド、炭酸ランタン、セリウムイソプロポキシド、プラセオジウムイソプロポキシド、プロメチウムイソプロポキシド、ネオジウムイソプロポキシド、サマリウムイソプロポキシド、ユーロピウムイソプロポキシド、ガドリニウムイソプロポキシド、テルビウムエトキシド、テルビウムメトキシド、ジスプロシウムイソプロポキシド、ホルミウムイソプロポキシド、エルビウウムイソプロポキシド、ツリウムイソプロポキシド、イッテルビウムイソプロポキシド、イッテルビウムエトキシド、イッテルビウムイソプロポキシド、ルテチウムイソプロポキシド、鉄(III)エトキシド、アクチニウムエトキシド等が挙げられ、4価以上の金属イオン源としてはチタニウムイソプロポキシド、ジルコニウムイソプロポキシド、タングステン(IV)メトキシド等が挙げられる。このうち、アルミニウムメトキシド、アルミニウムイソプロポキシド、アルミニウムヒドロキシド、ランタンメトキシド、ランタンエトキシド、ランタンイソプロポキシド、ランタンヒドロキシド、炭酸ランタン等が特に好ましい。
なお、多価金属イオン源として、アルミニウムやランタンの酸化物、及びカルボン酸塩は、重合性単量体または有機溶媒に不溶性のものが多く、一般には、水の存在下であっても、前記した必要量の該多価金属イオンの溶出には極めて長時間を要するため、多価金属イオン源としては不適である。特に、アルミニウムおよびランタンの酸化物は、水の存在下であっても殆ど対応する金属イオンを溶出しないため、多価金属イオン源としての使用は通常は困難である。
一方、多価金属イオンを溶出するイオンに含んでなる多価金属イオン溶出性フィラーは、歯科用接着性組成物中で、上記多価金属イオンを溶出させることができるものである。一般には、歯科用接着性組成物が酸性を呈している場合に溶出させ易い。また、先に説明した理由から、リン酸の第一解離に基づくpKa値以下のpKa値を有する強酸の共役塩基イオンは実質的に含有していないものが好ましい。これらは、上記性状を有する公知のものが制限なく使用できるが、一般には、鎖状、層状、網様構造の骨格を有するガラス類において、その骨格の隙間に多価金属イオンを含む金属イオンを保持したものが好適に使用される。好ましい例を挙げると、鎖状、層状、網様構造の骨格を有するガラス類としては、酸化物ガラス、フッ化物ガラス等を挙げることができる。酸化物ガラスからなるものとしてはアルミノシリケートガラス、多価金属が含まれるホウケイ酸ガラス、同様にソーダ石灰ガラス等からなるものがあげられ、フッ化物ガラスとしては同様にフッ化ジルコニウムガラス等からなるものを挙げることができる。なお、これらのガラス類からなる多価金属イオン溶出性フィラーは、多価金属イオンを溶出させた後は、凝集粒子や、粒径の大きいものについて、沈降したものを濾別する等して少なくとも一部を除去しても良いが、そのまま多孔性の粒子として歯科用接着性組成物中に残留させておくと、充填材として硬化体の強度の向上に寄与するため好ましい。
上記多価金属イオン溶出性フィラーの中でも、アルミノシリケートガラスからなるものが好適に使用され、さらに歯質を強化するフッ化物イオンを接着後に徐々に放出する、所謂フッ素徐放性を有するフルオロアルミノシリケートガラスからなるものが最も好適に用いられる。
好適に使用できる上記のフルオロアルミノシリケートガラスは、歯科用セメント、例えば、グラスアイオノマーセメント用として使用される公知のものが使用できる。フルオロアルミノシリケートガラスには、通常、上記多価金属イオンとして、土類金属イオンである、アルミニウムイオンが多量に含有されており、その他、場合によりランタン等のその他の土類金属イオンも含まれている。一般に使用されている、フルオロアルミノシリケートガラスの組成は、イオン質量パーセントで、珪素、10〜33;アルミニウム、4〜30;アルカリ土類金属、5〜36;アルカリ金属、0〜10;リン、0.2〜16;フッ素、2〜40及び残量酸素のものが例示される。本発明において使用するのに、より好ましい組成範囲のものを例示すると、珪素、15〜25;アルミニウム、及びランタン10〜40;アルカリ土類金属、5〜10;アルカリ金属、0〜1;リン、0.5〜5;フッ素、4〜40及び残量酸素である。更に必要に応じて、上記アルミニウムの一部をスカンジウム、イットリウム、イッテルビウム等、他の土類金属で置き換えたものも好適に使用可能である。
多価金属イオン溶出性フィラーとして、上記フルオロアルミノシリケートガラスを用いる場合、このものには前記好適な組成から明らかなように、相当量のフッ化物イオンが含有されており、これは多価金属イオンと共に溶出して系中のリン酸系モノマーと反応してフッ化水素を生成する。フッ素物イオンは、リン酸の第一解離に基づくpKa値以下のpKa値を有する強酸の共役塩基イオンではないため(弱酸の共役塩基イオン)、系中に含有されても問題はなく、その溶出量により、接着性組成物の酸性度を調整すれば良い。
これらの多価金属イオン溶出性フィラーの形状は特に限定されず、通常の粉砕により得られるような粉砕形粒子、あるいは球状粒子でもよく、必要に応じて板状、繊維状等の粒子を混ぜることもできる。
前記リン酸系モノマーを少なくとも一部として含んでなる重合性単量体成分と、前記多価金属イオンのイオン源を混合し、該多価金属イオンを溶出させるには水が必要になる。特に、多価金属イオン源として、多価金属イオン溶出性フィラー用いると、水を存在させない限り、接着強度向上の面から効果的な量の多価金属イオンを溶出させることは困難である。また、水は、リン酸系モノマーに対して歯質に塗布した際に脱灰機能を発揮させ、さらに、ヒュームドシリカに対して、3次凝集構造を発達して形成させる作用を有しており、本発明の接着性組成物において、接着強度を向上させるのに大きく寄与している。
なお、こうした水は、本発明の接着性組成物を歯面に塗布した際に、該接着性組成物を硬化させる前にエアブローにより除去させるのが一般的である。
一方、本発明の接着性組成物においてこうした水の配合量は、重合性単量体成分100質量部に対して3〜150質量部、より好ましくは5〜100質量部であるのが好適である。
本発明においてヒュームドシリカとは、火炎加水分解法によって製造された非晶質シリカであり、煙霧質シリカとも別名されるものである。具体的には、四塩化ケイ素を酸水素炎中で高温加水分解させることで製造することができる。該方法によって製造されたシリカは、平均1次粒径が5〜100nm程度であり、上述のように緩やかな3次凝集構造をしている。そして、この凝集構造と上記イオン架橋した硬化体が水を介して複雑に絡むことで、本発明の接着性組成物では、高い接着強度が得られる。一方、シリカ以外の他の無機充填材はもちろんのこと、同じシリカであっても、湿式法、ゾルゲル法、火炎溶融法等の他の製造方法で得られたものは、ヒュームドシリカのように、接着性組成物中において、緩やかな3次凝集構造が形成され難く、これらのみを用いたのでは、前記ヒュームドシリカを用いる本発明のような優れた接着強度に関する効果は得られない。
本発明に利用できるヒュームドシリカは、従来公知のものが何ら制限無く利用できるが、比表面積が70m2/g以上、より好ましくは100〜300m2/gのものが好ましい。比表面積はBET法を用いて測定した値をいう。
一方、前述のように、ヒュームドシリカはその表面のシラノール基と、イオン架橋点の多価金属イオンとが水を介して結合していることにより、高い接着強度が達成されていると予測されるため、該ヒュームドシリカとしては、表面に少なくともシラノール基数が0.1個/nm2以上、より好ましくは0.5〜
2個/nm2存在しているのが好ましい。ヒュームドシリカ表面のシラノール基数は、該ヒュームドシリカを一度、水に浸漬した後150℃で乾燥して、カールフィッシャー法により測定すれば良い。
本発明に用いるヒュームドシリカは、シラノール基数を上述の好ましい範囲にするために、シランカップリング剤に代表される表面処理剤でその数を調節することができる。カップリング処理の方法は公知の方法で行えばよく、シランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ヘキサメチルジシラザン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが好適に用いられ、特に好ましくは、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、ヘキサメチルジシラザンが用いられる。
これらのヒュームドシリカの配合量は、特に制限されるものではないが、接着強度を向上させつつ、組成物の粘度も一定範囲に抑えて、歯質への浸透性を保持する観点から、重合性単量体成分100質量部に対して0.5〜20質量部の範囲、より好ましくは5〜10質量部が好ましい。
以上の各成分からなる本発明の接着組成物は、前記上記多価金属イオン源として、多価金属溶出性フィラーを用いて製造するのが、製造の容易性や、前記した該多価金属溶出性フィラーの残滓の充填材効果により得られる接着力の良好さから好ましい。すなわち、a)リン酸から誘導される酸性基を有する重合性単量体、及び室温(20℃)下でc)水が該歯科用接着性組成物から分離せず均一な組成になる量の両親媒性の重合性単量体を、夫々含んでなる重合性単量体成分、
b)多価金属イオン溶出性フィラー
c)水、及び
d)ヒュームドシリカ
を、一液に混合し、上記b)多価金属イオン溶出性フィラーから多価金属イオンを溶出させた後に使用に供する方法である。ここで、b)多価金属イオン溶出性フィラーは、リン酸から誘導される酸性基を有する重合性単量体全量における酸の総価数に対する、多価金属イオン全量における総イオン価数の割合が0.2〜3.0になる量で含有させ、各成分を一液に混合後は、この量の多価金属イオンが溶出するだけ保存してから使用に供するのが好ましい。c)水やd)ヒュームドシリカの好適な含有量も、前記本発明の接着性組成物で説明した好適な量を適用すれば良い。ここで、多価金属イオン溶出性フィラーとしてフルオロアルミノシリケートガラスを用いた場合において、上記多価金属イオンを、前記好適な量で溶出するのに要する時間は、通常、室温条件下で少なくとも12時間である。
なお、本発明の接着性組成物は、多価金属イオンの含有量が比較的多い場合等において、保存期間が長期に及ぶと、液の粘性が増しゲル化することがあるため、このような場合には、上記ゲル化するまでに使用に供することが望ましい。
本発明の接着性組成物は歯科用途において、歯質の接着用に有用に使用される。特に、コンポジットレジンや補綴物等の歯科用修復物を歯質に接着させる際に使用される歯科用接着材、ブラケット等の歯列矯正用器具を歯面へ接着させる際に使用される歯科用接着材、歯質用前処理材として有用である。
歯科用接着材として用いる場合、このものには有効量の重合開始剤を配合される。このような重合開始剤としては、任意のタイミングで重合硬化させることができることから、光重合開始剤が好ましい。光重合開始剤としてはカンファーキノン、ベンジル、α−ナフチル、アセトナフテン、ナフトキノン、1,4−フェナントレンキノン、3,4−フェナントレンキノン、9,10−フェナントレンキノン等のα−ジケトン類、2,4−ジエチルチオキサントン等のチオキサントン類、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン等のα−アミノアセトフェノン類、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキシド等のアシルフォスフィンオキシド誘導体等が好適に使用される。
また、上記した重合促進剤としては、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルベン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリエチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、N,N−ジメチルステアリルアミン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、2,2'−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等の第三級アミン類、5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸等のバルビツール酸類、ドデシルメルカプタン、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)等のメルカプト化合物を挙げることができる。
こうした重合開始剤の配合量は、重合性単量体100質量部に対して、0.01〜10質量部、より好ましくは0.1〜5質量部である。
更に上記に重合開始剤、重合促進剤に加え、ヨードニウム塩、トリハロメチル置換S−トリアジン、フェナンシルスルホニウム塩化合物等の電子受容体を加えても良い。
また、本発明の接着性組成物を歯科用接着材として用いる場合には、ヒュームドシリカに加えて他の無機充填剤を添加することも有効な態様である。当該無機充填剤を例示すると、ジルコニア、チタニア、シリカ・ジルコニア、シリカ・チタニアなどが挙げられ上げられる。
これら他の無機充填剤も、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で疎水化することで重合性単量体とのなじみを良くし、機械的強度や耐水性を向上させることができる。このシランカップリング剤の具体例も、前記ヒュームドシリカの表面処理剤として示したものと同様である。
これらの他の無機充填剤の配合量は、通常、重合性単量体成分100質量部に対して2〜400質量部の範囲、より好ましくは5〜100質量部である。特にコンポジットレジン用接着材として調整する場合は、2〜20質量部の範囲、より好ましくは5〜10質量部である。
また、これらの接着性組成物には、揮発性有機溶媒が配合されても良い。ここで、揮発性有機溶媒は、室温で揮発性を有し、水溶性を示すものを使用することができる。ここで言う揮発性とは、760mmHgでの沸点が100℃以下であり、且つ20℃における蒸気圧が1.0KPa以上であることを言う。また、水溶性とは、20℃での水への溶解度が20g/100ml以上であり、好ましくは該20℃において水と任意の割合で相溶することを言う。このような揮発性の水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトンなどを挙げることができる。これら有機溶媒は必要に応じ複数を混合して用いることも可能である。生体に対する毒性を考慮すると、エタノール、イソプロピルアルコール及びアセトンが好ましい。
なお、これらの揮発性有機溶媒も、前記水と同様に、本発明の接着性組成物を歯面に塗布した際に、該接着性組成物を硬化させる前にエアブローすることにより除去させて使用される。
これらの揮発性有機溶媒の配合量は、通常、重合性単量体成分100質量部に対して2〜400質量部の範囲、より好ましくは5〜100質量部である。
さらに、本発明の接着性組成物には、用途に関わらずに必要に応じて、その性能を低下させない範囲で、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール等の高分子化合物などの有機増粘材を添加することが可能である。また、紫外線吸収剤、染料、帯電防止剤、顔料、香料等の各種添加剤を必要に応じて選択して使用することもできる。
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。尚、実施例中に示した、略称、略号については以下の通りである。
略称及び略号
(1)略称及び略号
[リン酸から誘導される酸性基を有する重合性単量体]
PM1:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェート
PM2:ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンホスフェート
PM:PM1とPM2の2:1の混合物
MDP:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
HP:
[酸性基を含有しない重合性単量体]
BisGMA:2,2−ビス(4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル)プロパン
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
[多価金属イオン源]
Al(O−i−Pr)
3:アルミニウムトリイソプロポキシド
Al(OH)
3:アルミニウムヒドロキシド
La(O−i−Pr)
3:ランタントリイソプロポキシド
Sc(O−i−Pr)
3:スカンジウムトリイソプロポキシド
Yb(O−i−Pr)
3:イッテルビウムトリイソプロポキシド
Ca(OH)
2:カルシウムヒドロキシド
Ti(O−i−Pr)
4:チタニウムテトライソプロポキシド
Fe(OEt)
3:鉄(III)エトキシド
Cu(OEt)
2:銅(II)エトキシド
W(OEt)
6:タングステン(VI)エトキシド
Zn(OCH
2CH
2OMe)
2:亜鉛ビス(2−メトキシエトキシド)
Al
2O
3:酸化アルミニウム粒子(平均粒径13nm)
MF:フルオロアルミノシリケートガラス粉末(トクソーアイオノマー、トクヤマデンタル社製)を湿式の連続型ボールミル(ニューマイミル、三井鉱山社製)を用いて平均粒径0.5μmまで粉砕し、その後粉末1gに対して、20gの5.0N塩酸でフィラー表面を15分間処理して得た、多価金属イオン溶出性フィラー。
(平均粒径:0.5μm、24時間溶出イオン量:27meq/g−フィラー)
[ヒュームドシリカ]
FS1:平均1次粒径18nm、比表面積220m
2/g、シラノール基数5個/nm
2
FS2:平均1次粒径18nm、比表面積120m
2/g、メチルトリクロロシラン処理、シラノール基数1.2個/nm
2
FS3:平均1次粒径18nm、比表面積200m
2/g、ジメチルシラン及びジクロロヘキサメチルジシラザン処理、シラノール基数1個/nm
2
FS4:平均1次粒径40nm、比表面積50m
2/g、メチルトリクロロシラン処理、シラノール基数1.3個/nm
2
[その他の無機充填材]
MS:溶融シリカ、平均1次粒径0.4μm、比表面積8m
2/g、3−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン処理、シラノール基数2個/nm
2
SS:ゾルゲルシリカ、平均1次粒径60nm、比表面積70m
2/g、3−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン処理、シラノール基数3個/nm
2
PS:沈降シリカ、平均1次粒径30nm、比表面積180m
2/g、3−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン処理、シラノール基数>5個/nm
2
[揮発性の水溶性有機溶媒]
IPA:イソプロピルアルコール
[重合開始剤]
CQ:カンファーキノン
DMBE:p−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチル
TPO:2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド
BTPO:ビス(2,4,6−トリメチルベンソイル)−フェニルホスフィンオキサイド
[重合禁止剤]
BHT:2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール
また、以下の実施例および比較例において、各種の測定は以下の方法により実施した。
(1)金属イオンの測定方法
本発明の接着性組成物を調整し、24時間攪拌した後、100mlのサンプル管に0.2gを計り取り、IPAを用いて1質量%に希釈した。この液をシリンジフィルターでろ過し、ろ液をICP(誘導結合型プラズマ)発光分光分析を用いて、重合性単量体1g当りに含まれる各金属イオン濃度(mmol/g)を測定した。
(2)リン酸系モノマーの測定方法
上記の金属イオン量の測定方法に用いたIPA溶液をHPLCで測定し、重合性単量体1g当りに含まれる、リン酸系モノマーの濃度(mmol/g)を測定した。
(3)陰イオンの測定方法
接着性組成物2gと水100g、ジエチルエーテル10gを激しく混合し、静置後、水相をシリンジフィルターでろ過し、ろ液をイオンクロマトグラフィーにより測定し、重合性単量体1g当りに含まれる陰イオン濃度(mmol/g)を測定した。
(4)接着性組成物のpH測定方法
接着性組成物2gを無水エタノール8gと混合し、中性リン酸塩pH標準液(pH6.86)とフタル酸塩pH標準液(pH4.01)で校正したpH電極(GTS−5211C、東亜ディーケーケー社製)を用いて、速やかにそのpHを測定した。
(6)接着耐久性の試験方法
a)接着試験片の作成方法I(歯科用接着性組成物が歯科用接着材の場合に適用)
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、往水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、エナメル質および象牙質のいずれかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内に歯科用接着材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥し、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射した。更にその上に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片Iを作製した。
b)接着試験片の作成方法II(歯科用接着性組成物が歯科用前処理材の場合に適用)
上記a)接着試験片の作成方法Iと同様の方法により形成した模擬窩洞内に歯質用前処理材を塗布し、20秒放置後圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥し、その上に2ステップ型コンポジットレジン用接着材(トクソーマックボンドIIのボンディング材、トクヤマ社製)を塗布し、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射した。更にその上に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片IIを作製した。
C)接着試験方法
接着試験片Iまたは接着試験片IIを熱衝撃試験器に入れ、4℃の水槽に1分間浸漬後、60℃の水槽に移し1分間浸漬し、再び4℃の水槽に戻す操作を、6000回繰り返した。
その後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、エナメル質または象牙質とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4本の引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を耐久試験後の接着強度として測定し、接着耐久性を評価した。
実施例1
重合性単量体として1.5gのPM、3.0gのBisGMA、2.0gの3G及び3.5gのHEMAと、多価金属イオン源として0.4gのアルミニウムイソプロポキシド、ヒュームドシリカとして0.7gのFS2と、重合開始剤として0.1gのカンファーキノン、0.15gのDMBEと、8.5gのIPA、1.5gの蒸留水、及びその他成分としてBHTを0.03質量部用い、これらを24時間攪拌混合して本発明の1ステップ型コンポジットレジン用接着材を得た。
得られた各1ステップ型コンポジットレジン用接着材について、リン酸系モノマー、金属イオン、及び陰イオンの各測定とpH測定を実施した後、各々を用いてエナメル質および象牙質に対する接着耐久性を試験した。接着材の原料組成のうち、重合性単量体成分の組成を表1に、多価金属イオン源等のその他の原料組成を表2に示した。また、上記接着材についての評価結果を表5および表6に示した。
実施例2〜28、比較例1〜21
実施例1の方法に準じ、表1に示した組成の異なる接着材を調整した。
得られた各1ステップ型コンポジットレジン用接着材について、リン酸系モノマー、金属イオン、及び陰イオンの各測定とpH測定を実施した後、各々を用いてエナメル質および象牙質に対する接着耐久性を試験した。接着材の原料組成のうち、重合性単量体成分の組成を表1,3,9,11に、多価金属イオン源等のその他の原料組成を表2,4,10,12に示した。また、上記接着材についての評価結果を表5,6,7,8,13,14,15,16に示した。
実施例1〜28は、各成分が本発明で示される構成を満足するように配合された接着材を用いたものであるが、いずれの場合においても耐久性の試験結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても良好であった。
これに対して、比較例1〜16は、多価金属イオンまたはヒュームドシリカのいずれか一方が含まれないか、或いはこれらの両方が含まれない場合であり、全てにおいて耐久性の試験結果は、象牙質に対して、或いはエナメル質と象牙質の双方に対して良好な接着強度が得られないものであった。
比較例17は、多価金属イオン源として酸化アルミを用いた場合であるが、アルミイオンの溶出は殆ど無く、接着耐久性の試験結果は、特に象牙質に対して良好な接着強度が得られないものであった。
比較例18は、多価金属イオン源としてフルオロアルミノシリケートガラスおよびヒュームドシリカを含むものの、水は含まない場合であり、アルミイオンの溶出は極僅かであり、接着耐久性の試験結果は、特に象牙質に対して良好な接着強度が得られないものであった。
比較例19〜21は、ヒュームドシリカに代えて、他の無機充填材を用いた場合であり、接着耐久性の試験結果は、特に象牙質に対して良好な接着強度が得られないものであった。
実施例29〜38、比較例22〜27
表17および19に記載した原料組成の前処理材を、実施例1の接着材と同様の方法により調整した。得られた前処理材を、2ステップ型コンポジットレジン用接着材の前処理材として用いた。
得られた前処理材について、リン酸系モノマー、金属イオン、及び陰イオンの各測定とpH測定を実施した後、各々を用いてエナメル質および象牙質に対する接着耐久性を試験した。評価結果を表18および20に示した。
実施例29〜38は、各成分が本発明で示される構成を満足するように配合された歯質前処理材を用いたものであるが、いずれの場合においても耐久性の試験結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても良好であった。
比較例22〜27は、多価金属イオンまたはヒュームドシリカのいずれか一方が含まれないか、或いはこれらの両方が含まれない場合であり、全てにおいて耐久性の試験結果は、特に象牙質に対して良好な接着強度が得られないものであった。