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JP3819263B2 - 室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたアルミニウム合金材 - Google Patents

室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたアルミニウム合金材 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたAl-Mg-Si系アルミニウム合金材(以下、アルミニウムを単にAlと言う)に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来から、自動車、船舶あるいは車両などの輸送機、家電製品、建築、構造物の部材や部品用として、成形加工性 (以下、単に成形性と言う) に優れたAl-Mg 系のAA乃至JIS 5000系や、成形性や焼付硬化性に優れたAl-Mg-Si系のAA乃至JIS 6000系 (以下、単に5000系乃至6000系と言う) のAl合金材(圧延板材、押出形材、鍛造材などの各アルミニウム合金展伸材を総称する)が使用されている。
【0003】
近年、排気ガス等による地球環境問題に対して、自動車などの輸送機の車体の軽量化による燃費の向上が追求されている。このため、特に、自動車の車体に対し、従来から使用されている鋼材に代わって、Al合金材の適用が増加しつつある。
【0004】
このAl合金材の中でも、自動車のフード、フェンダー、ドア、ルーフなどのパネル構造体の、特に、外板 (アウターパネル) や内板 (インナーパネル) に使用されるAl合金パネル材を例にとると、板厚が1.0mm 以下の薄肉化した上での高強度Al合金材として、JIS 乃至AA規格に規定された(JIS乃至AA規格を満足する) 、過剰Si型の6000系のAl合金パネル(板)材の使用が検討されている。
【0005】
この過剰Si型の6000系Al合金は、基本的に、Si:0.4〜1.3% (質量% 、以下同じ) 、Mg:0.4〜1.2%を含み、かつSi/Mg が1 以上である、Al-Mg-Si系アルミニウム合金である。そして、この過剰Si型6000系Al合金は、特に優れた時効硬化能を有しているため、プレス成形や曲げ加工時には低耐力化により成形性を確保するとともに、成形後の焼付塗装処理などの人工時効処理時の加熱により時効硬化して耐力が向上し、必要な強度を確保できる利点がある。
【0006】
また、これら過剰Si型6000系Al合金材は、Mg量などの合金量が多い、他の5000系のAl合金などに比して、合金元素量が比較的少ない。このため、これら6000系Al合金材のスクラップを、Al合金溶解材 (溶解原料) として再利用する際に、元の6000系Al合金鋳塊が得やすく、リサイクル性にも優れている。
【0007】
一方、前記自動車などのパネル構造体の用途分野では、外板では加工条件の厳しいフラットヘミング (フラットヘム) 加工と呼ばれる180 °曲げ加工等の厳しい曲げ成形が、内板では深絞りや張出し等の厳しいプレス成形が複合して施される。
【0008】
また、パネル構造体としては、更に、基本的な要求特性として、高強度、高耐食性、高溶接性も要求される。したがって、この種パネル構造体の外板や内板のパネルには、高成形性、高ヘム加工性、高強度 (高時効硬化性) 、高耐食性、高溶接性を兼備することが要求される。
【0009】
近年、Al合金パネル材の塗装焼き付け処理の温度は、省エネルギー化の要求と塗料改善とによって、益々低温短時間化される傾向にあり、従来低温短時間化の常識的であった、170 ℃×20分の処理から、150 ℃×20分の低温短時間処理条件などに、益々低温化する傾向にある。
【0010】
そして、Al合金パネル材には、このように塗装焼き付け処理が、150 ℃×20分の低温短時間化しても、従来の170 ℃×20分の塗装焼き付け処理で得られる、180MPa以上の耐力とすることが求められる。しかし、このように人工時効処理が低温した場合、過剰Si型6000系Al合金パネル材をもってしても、その時効硬化能には限界があるため、塗装焼き付け処理後の耐力を180MPa以上とすることは、非常に難しい課題である。
【0011】
しかも、これら従来の過剰Si型6000系Al合金材は、その優れた時効硬化能ゆえに、Al合金材自体の製造後、前記各用途に使用されるまでの間に、室温 (常温) 時効が生じるという大きな問題があった。そして、この室温時効の傾向は、特に、本発明が対象とする過剰Si型6000系Al合金材で強い。例えば、この室温時効によって、過剰Si型6000系Al合金材自体の製造後2 週間経過後でも、20% 程度以上耐力が上昇するとともに、逆に伸びが10% 程度以上低下するような現象も生じる。
【0012】
そして、このような室温時効が生じた場合、製造直後には、過剰Si型6000系Al合金材が前記各用途の要求特性を満足したとしても、一定時間の経過後に、実際の用途に使用される際には、要求特性を満足せずに、パネル材であれば、前記プレス成形性やヘム加工性、また、前記低温での時効硬化性を著しく低下させることとなる。
【0013】
過剰Si型を含む6000系Al合金材の、これら室温時効抑制と低温時効硬化能向上の課題に対しては、従来から、特開平10-219382 号、特開2000-273567 号等の公報などが公知である。これらの公報は、6000系Al合金材の低温時効硬化能を阻害している要因は、溶体化および焼入れ処理後の室温放置中に形成されるMg-Si クラスター [本発明で言うSi/ 空孔クラスター、以下GPI (Iはローマ数字で1 を意味する) と言う] であるとしている。即ち、この形成されたGPI が、塗装焼き付け時に析出することで、強度上昇に寄与するGPゾーン (Mg2Si 析出相) の側の析出を阻害することであるとしている。
【0014】
そして、特開平10-219382 号公報では、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害するGPI の生成量を規制するために、T4材 (溶体化処理後自然時効) の示差走査熱分析曲線において、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲における吸熱ピークがないことを規定している。また、これらの公報では、このGPI の生成を抑制乃至制御するために、溶体化および室温まで焼入れ処理した後に、前記70〜150 ℃で0.5 〜50時間程度保持する低温熱処理を施している。
【0015】
【発明が解決しようとする課題】
確かに、前記特開平10-219382 号や特開2000-273567 号等の公報の通り、溶体化および焼入れ処理後室温放置中に形成されたGPI は、塗装焼き付け時に崩壊し、マトリックスの溶質濃度が低下するため、強度上昇に寄与するGPゾーン (Mg2Si 析出相) の側の析出を阻害し、低温時効硬化能が阻害される。また、このGPI の形成は強度上昇も招き、室温時効抑制を阻害する。したがって、このGPI の形成を抑制すれば、室温時効抑制と低温時効硬化能が向上する。
【0016】
しかし、本発明者らの知見によれば、このGPI の形成を抑制するだけでは、近年要求されている室温時効抑制と低温時効硬化能の特性向上のためには、今だ不十分である。
【0017】
例えば、前記特開平10-219382 号や特開2000-273567 号公報で開示されている低温時効硬化能は、前記特公平6-74480 号公報と同じく、175 ℃×30分乃至170 ℃×20分の人工時効処理条件のレベルであって、前記した、最近の150 ℃×20分などの低温人工時効硬化処理 (塗装焼き付け処理) 条件ではない。
【0018】
このため、前記特開2000-273567 号公報では、溶体化および焼入れ処理後の前記70〜150 ℃の低温熱処理を施しても、実施例で示されているAl合金パネル材の塗装焼き付け処理後の耐力は、170 ℃×30分の塗装焼き付け条件では、最大でも168MPa程度であり、前記150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、耐力が到底、この種パネル材用途に要求される180MPa以上とならない。
【0019】
また、特開平10-219382 号公報では、室温時効抑制効果として、製造後100 日放置した後のAl合金パネル材の伸びが30% 以上、エリクセン値が10mm以上をもって、成形性が良く、室温時効が抑制されているとしている。
【0020】
しかし、これら製造後100 日放置した後のAl合金パネル材の耐力は、最大でも109MPa程度の低いレベルである。これは、室温時効が抑制されたこともあるが、製造直後のAl合金パネル材の耐力が元々相当に低いレベルであったとも言える。そして、仮に室温時効の方が抑制されたとしても、前記150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、前記低い耐力レベルでは、到底この種パネル材用途に要求される180MPa以上とならない。
【0021】
このように、本発明で課題とするAl合金パネル材の室温時効抑制とより低温での時効硬化能向上は、これまでの高成形性化と高強度化との課題と同様に、相矛盾する技術課題であって、両立させることは中々難しい。このため、従来から種々提案されている晶出物や析出物の制御技術や、Cuなどを多量に添加する技術をもってしても、室温時効抑制と低温時効硬化能向上とを同時に達成することはかなり難しい技術課題となる。
【0022】
したがって、この室温時効が抑制されるとともに、前記低温時効硬化能に優れた過剰Si型6000系Al合金材であって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性などの諸特性を兼備した過剰Si型6000系Al合金材は、これまでに無かったのが実情である。
【0023】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、基本的に、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れた過剰Si型6000系Al合金材であって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性などの諸特性を兼備したAl合金材を提供しようとするものである。
【0024】
【課題を解決するための手段】
この目的を達成するために、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたアルミニウム合金材の請求項1 の要旨は、質量 % で、Si:0.4〜1.3%、Mg:0.4〜1.2%、Mn:0.01 〜0.65% 、Cu:0.001〜1.0%を含み、かつSi/Mg が1 以上であり、残部 Al および不可避的不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金材であって、該アルミニウム合金材の溶体化および焼き入れ処理を含む調質処理後の示差走査熱分析曲線において、Si/ 空孔クラスター(GPI) の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さが1000μW 以下であり、Mg/Si クラスター(GPII) の析出に相当する250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さが2000μW 以下である、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたことである。
【0025】
なお、本発明で言うAl合金材とは、圧延板材、パネル材を押出形材、鍛造材などの各種Al合金展伸材を含み、かつ総称する。
【0026】
また、室温時効抑制と低温時効硬化能の更なる向上のためには、請求項2 のように、前記Si/ 空孔クラスターの溶解に相当するピーク高さが500 μW 以下であり、Mg/Si クラスターの析出に相当するピーク高さが1000μW 以下であることが好ましい。
【0027】
本発明では、過剰Si型6000系Al合金材において、まず、溶体化および焼き入れ処理後の室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害する、GPI とも言われる、Si/ 空孔/(Mg) クラスターの生成を抑制する。
【0028】
このGPI は、溶体化後、高温からの焼き入れ時に凍結される原子間空孔( ベーカンシー) の存在によって形成が促進される。即ち、この凍結空孔の存在によって、Mg、Siの室温における拡散が加速され、空孔を多く含むGPI が生成しやすくなり、室温時効を促進して、強度上昇の主因となる。また、このGPI は塗装焼き付け処理などの人工時効処理によっても、安定なMg2Si 相 (β" とも言う) とはなりにくく、強度が上昇せず、低温時効硬化能が劣ることとなる。
【0029】
本発明では、更に、前記特開平10-219382 号や特開2000-273567 号公報とは異なり、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材に、GPゾーン、GPII (IIはローマ数字で 2を意味する) とも言われる、Mg/Si クラスターを積極的に析出させることにより、室温時効抑制と低温時効硬化能を向上させる。
【0030】
即ち、GPIIは、前記GPI と相違し、過剰Si型6000系Al合金材を溶体化後の焼き入れ処理をするに際し、300 ℃での焼き入れた中断や、70℃以上に焼き入れた場合、または焼き入れ後直ちに70℃以上の温度に保持した場合など、特別の熱処理を行った場合に、空孔を含まない乃至空孔が少ないMg/Si クラスターとして生成する。このGPIIは、前記GPI と相違し、室温時効を抑制するとともに、低温の人工時効硬化処理の際の、安定なMg2Si 相 (β" とも言う) の核生成サイトとなり、低温時効硬化能を向上させる。
【0031】
したがって、本発明では、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材の組織として、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害するGPI を抑制するとともに、室温時効抑制と低温時効硬化能を向上させるGPIIを積極的に析出させることを基本とする。
【0032】
このための指標として、本発明では、前記特開平10-219382 号や特開2000-273567 号公報と同じ示差走査熱分析曲線を用いる。GPI やGPIIは、それ自体の直接の同定や定量化は困難であるものの、前記示差走査熱分析による特定温度範囲の吸熱および発熱ピークは、これらクラスターの存在量と各々良く対応する。
【0033】
溶体化および焼き入れ処理を含む調質処理後の過剰Si型6000系Al合金材の示差走査熱分析曲線の一例を図1に示す。図1 の示差走査熱分析曲線において、GPI の溶解 (存在量) に相当するのは150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピークB の高さh1であり、GPIIの析出 (存在量) に相当するのは、250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピークC のh2である。なお、A はGPI 析出の発熱ピーク、D は中間相析出の発熱ピークを各々示す。また、吸熱ピークB の高さh1と発熱ピークC の高さh2は、図1 に示す示差走査熱分析曲線の基準線から各々のピークまでの距離 (μW)である。この基準線は、図1 に示すように、示差走査熱分析曲線の100 ℃以下の温度範囲において共通して生じる水平な直線部分E に沿って引き出した水平な直線とする。
【0034】
GPI は、前記した通り、室温で生成する。したがい、示差走査熱分析曲線において、150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピークB があるのは、示差走査熱分析の際の加熱前に、即ち、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材自体に、元々GPI が存在し、示差走査熱分析の際の加熱により、前記温度範囲で固溶したことを示す。また、その吸熱ピークB の高さh1はGPI の存在量を示す。
【0035】
そして、150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピークB が相当量ある事実は、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材自体に、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害するGPI の生成要因となる凍結空孔が多く存在することも示している。
【0036】
一方、GPIIは、前記GPI と相違し、室温では生成せず、90℃以上の比較的高温で生成する。したがい、示差走査熱分析曲線において、250 〜300 ℃の温度範囲におけるGPIIのプラスの発熱ピークC があるのは、示差走査熱分析の際の加熱によって生じたGPIIが、発熱ピークC の高さh2分だけ存在することを意味する。
【0037】
したがって、示差走査熱分析の際の加熱によって、GPIIの発熱ピークC が生じるのは、示差走査熱分析の際の加熱前、即ち、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材自体には、元々GPIIがあまり存在しないことを示している。言い換えると、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材に、GPIIが元々多く存在する場合には、示差走査熱分析の際の加熱によって生成するGPII自体は少なくなり、前記GPIIの発熱ピークC は逆に小さくなる。
【0038】
したがって、これらの示差走査熱分析曲線の技術的傾向に基づき、本発明では、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材の組織として、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害するGPI を抑制するための指標として、示差走査熱分析曲線において、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピークB の高さh1を1000μW 以下に規制する。
【0039】
また、室温時効抑制と低温時効硬化能を向上させるGPIIの溶体化および焼き入れ処理後の析出量を確保するための指標として、示差走査熱分析曲線における250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピークC の高さh2を、2000μW 以下と低く規制する。
【0040】
なお、前記特開平10-219382 号、特開2000-273567 号等の公報でも、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材の組織として、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害するSi/ 空孔クラスターを制御するために、前記示差走査熱分析曲線における、Si/ 空孔クラスター(GP I)の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピークB の高さh1を制御している。
【0041】
しかし、その一方で、室温時効抑制と低温時効硬化能を向上させるMg/Si クラスター(GP II) の方の確保乃至制御の観点がない。このため、各公報で示されている発明例の示差走査熱分析曲線における250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピークC の高さh2は、必然的に、本発明の上限である 2000 μW を越えて高くなっている [各公報のピーク高さのmcal/sec単位は本発明の(1/4.2) ×10-3μW に相当する] 。このため、溶体化および焼き入れ処理後のGPIIの析出量を確保できていない。この結果、実施例における170 ℃×30分の塗装焼き付け条件では、最大でも168MPa程度で、150 ℃×20分などの低温時効硬化処理条件では、耐力が到底180MPa以上とならない。
【0042】
本発明において、室温時効抑制と低温時効硬化能をより向上させるためには、請求項2 の要旨のように、前記GPI の溶解に相当するピークB の高さh1が500 μW 以下であり、GPIIの析出に相当するピークC 高さh2が1000μW 以下であることが好ましい。
【0043】
以上のように、本発明は、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れるため、請求項3 の要旨のように、前記調質処理処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の特性として、耐力が110 〜160MPaの範囲であり、かつ前記調質処理直後との耐力差が15MPa 以内、伸びが28% 以上であり、更に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理であっても、180MPa以上の高耐力化が可能である。
【0044】
また、自動車内板などのプレス成形用パネル材として、前記調質処理後 4カ月の室温時効後の特性として、限界絞り比(LDR) が1.9 以上、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上とすることが可能である。
【0045】
また、自動車外板などの曲げ加工用パネル材であって、Si:0.4〜1.0%、Mg:0.4〜1.0%を含み、前記調質処理後 4カ月の室温時効後の特性として、耐力が110 〜140MPaであり、10% のストレッチを行った後、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、先端半径0.3mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げた後、更に厚み0.6mm のAl合金板を挟んで、180 度に曲げた際に曲げ部の割れをなくすることが可能である。
【0046】
【発明の実施の形態】
(組織)
まず、本発明におけるAl合金材の組織の規定について説明する。
前記示差走査熱分析曲線に基づき、本発明では、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材の組織として、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害する前記GPI を抑制するために、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピークB の高さh1を1000μW 以下、好ましくは500 μW 以下に規制する。吸熱ピークB の高さh1が1000μW を越えた場合、より厳密には500 μW を越えた場合、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材自体に、GPI の要因となる凍結空孔が多くなり、室温中でGPI が生成して、室温時効抑制と低温時効硬化能を低下させる。
【0047】
また、室温時効抑制と低温時効硬化能を向上させる前記GPIIの溶体化および焼き入れ処理後の析出量を確保するための指標として、示差走査熱分析曲線における250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピークC の高さh2を2000μW 以下、好ましくは1000μW 以下と低く規制する。発熱ピークC の高さh2が2000μW を越える場合、より厳密には1000μW を越えた場合、溶体化および焼き入れ処理後の過剰Si型6000系Al合金材のGPII析出量が不足し、室温時効抑制と低温時効硬化能を低下させる。
【0048】
Al合金材の示差熱分析の場合、前記基準物質としては、測定対象Al合金材よりも融点の十分高い金属を選択する。そして、この基準物質の種類により、測定示差温度は大きく変化することはないものの、測定の再現性を考慮して、本発明では、基準物質として、白金を選択する。
【0049】
また、本発明における示差熱分析に用いる示差熱分析計は、評価に必要な測定温度域の示差温度を正確かつ再現性よく測定可能であれば、市販の示差熱分析計を適宜選択することができる。
【0050】
(耐力)
また、本発明におけるAl合金材では、溶体化および焼き入れ処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の耐力 (σ0.2)を、110 〜160MPa、好ましくは110MPaから160MPaの範囲とすることが好ましい。耐力が160MPaを越えた場合、特にヘム加工性などの曲げ加工性やプレス成形性が低下する。一方、耐力が110 MPa 未満では、目的とする低温時効硬化能が得られず、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力が180MPa以上とならない。
【0051】
(組成)
次に、本発明Al合金材における、化学成分組成について説明する。
本発明のAl合金材は、過剰Si型6000系Al合金材として、特に、自動車等の輸送機のパネル構造体などとして、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れ、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備させる (満足する) 必要がある。したがって、本発明Al合金における、基本的なSi、Mgの各元素の含有量の臨界的な意義はこの観点から規定される。
【0052】
Si、Mg、Cu、Mn、以外の、Cr、Zr、Ti、B 、Fe、Zn、Ni、V などのその他の合金元素は、基本的には不純物元素である。しかし、前記6000系合金のリサイクルの観点から、溶解材として、高純度Al地金だけではなく、6000系合金や、その他のAl合金スクラップ材、低純度Al地金などを溶解材として使用する場合を含む。このような場合には、これら他の合金元素は必然的に含まれることとなる。したがって、本発明では、目的とする前記諸特性向上効果を阻害しない範囲で、これら他の合金元素が、JIS 乃至AAの規格内で含有されることを許容する。
【0053】
Mg:0.4〜1.2%。
Mgは、固溶強化と、溶体化および焼き入れ処理後に、後述する製造条件によって、Siとともに、主としてGPIIを形成し、室温時効を抑制するとともに、プレス成形や曲げ加工などの成形性を確保する。そして、更に、成形後の人工時効処理 (塗装焼き付け処理) によって、β" 相(Mg2Si安定相) を形成して、高耐力 (高強度) 化する低温時効硬化能を発揮するための必須の元素である。
【0054】
Mgの0.4%未満の含有では、絶対量が不足するため、時効処理時に、SiとともにGPIIやβ" 相を形成できない。この結果、室温時効抑制効果と低温時効硬化能を発揮できない。
【0055】
一方、Mgが1.2%を越えて含有されると、プレス成形性や曲げ加工性 (ヘム加工性) 等の成形性が著しく阻害される。したがって、Mgの含有量は、0.4 〜1.2%の範囲で、かつSi/Mg が1.0 以上となるような量とする。また、後述する用途に応じたSiの上限量に対応して、Siの上限量が0.9%の場合は上限を0.9%、Siの上限量が1.0%の場合は上限を1.0%とする。
【0056】
Si:0.4〜1.3%。
Siは、Mgと同様、固溶強化と、溶体化および焼き入れ処理後に、後述する亜時効処理などの時効処理 (促進処理) によって、Mgとともに、主としてGPIIを形成し、室温時効を抑制するとともに、プレス成形や曲げ加工などの成形性を確保する。そして、更に、成形後の人工時効処理 (塗装焼き付け処理) によって、β" 相を形成して、高耐力 (高強度) 化する低温時効硬化能を発揮するための必須の元素である。
【0057】
本発明では、Al合金材の溶体化および焼き入れ処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力を180MPa以上という、優れた低温時効硬化能を発揮させるために、Si/Mg を1.0 以上とし、SiをMgに対し過剰に含有させた過剰Si型6000系Al合金組成とする。
【0058】
Si量が0.4%未満では、前記室温時効抑制効果や低温時効硬化能、更には、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性、耐食性、溶接性などの諸特性を兼備することができない。
【0059】
一方、Siが1.3%を越えて含有されると、溶体化および焼き入れ処理後の組織として、室温時効抑制と低温時効硬化能を阻害する、空孔やGPI が多くなり、時効処理を行っても、前記室温時効抑制効果が小さくなる。この結果、Al合金材の溶体化および焼き入れ処理後 1カ月間の室温時効後の特性として、前記調質処理直後との耐力差を5MPa以内とし、かつ伸びを27% 以上とし、また、前記調質処理直後から 4カ月間の室温時効後の特性として、時効処理直後との耐力差を15MPa 以内とし、かつ伸びを25% 以上とすることが期待できない。更に、溶接性を著しく阻害する。
【0060】
なお、用途と要求特性によって、好ましいSi含有量範囲が若干異なる。より具体的には、プレス成形性が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、Si含有量は上記0.4 〜1.3%の範囲であることが好ましい。この範囲の場合に、前記時効処理後 4カ月室温時効後の特性として優れたプレス成形性が得られる。即ち、限界絞り比(LDR) が1.9 以上、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上の特性が得られる。一方、Si含有量が上記0.4 〜1.3%の範囲を外れた場合には、上記成形性は得られない。
【0061】
また、ヘム加工性が重視される、自動車外板用などのパネル材の場合には、Si含有量は0.4 〜1.1%と、上限値がより低めの範囲であることが好ましい。Si含有量がこの範囲にある場合、Al合金パネル材のヘム加工性は良好となる。
【0062】
一方、Si含有量が1.1%を越えた場合は、前記した通り、時効処理直後のAl合金材耐力が140MPaを越えて高くなり、溶体化後の焼き入れ時に粒界へSiが析出しやすくなり、特にヘム加工性が低下し、時効処理後 4カ月室温時効後の特性として、前記JIS に規定されるVブロック法により曲げた際に、曲げ部の割れが生じる可能性がある。
【0063】
更に、継手等の溶接構造材など、溶接性が重視される用途の場合には、Si含有量は0.4 〜0.9%の、上限値が更により低めの範囲であることが好ましい。Si含有量が0.9%を越えた場合、溶接条件の工夫によっても、溶接割れなどの溶接欠陥が生じる可能性がより高くなる。
【0064】
Cu:0.001〜1.0%
Cuは、Cuは本発明の比較的低温短時間の時効処理の条件で、Al合金材組織の結晶粒内へのGPIIやβ" 相析出を促進させる効果や、時効処理状態で固溶したCuは成形性を向上させる効果もある。0.001%未満ではこの効果がない。一方、1.0%を越えると、耐応力腐食割れ性や、塗装後の耐蝕性の内の耐糸さび性、また溶接性を著しく劣化させる。このため、耐応力腐食割れ性が重視される構造材用途などの場合には0.8%以下、自動車外板用などのパネル材用途などの場合には、耐糸さび性の発現が顕著となる0.1%以下のできるだけ少ない量とすることが好ましい。しかし、前記耐食性が問題とならず、むしろプレス成形性の方が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、0.001 〜0.8%の範囲の量とすることが好ましい。
【0065】
Mn:0.01 〜0.65%
Mnには、均質化熱処理時に分散粒子 (分散相) を生成し、これらの分散粒子には再結晶後の粒界移動を妨げる効果があるため、微細な結晶粒を得ることができる効果がある。そして、例えば、本発明におけるAl合金材のプレス成形性やヘム加工性はAl合金組織の結晶粒が微細なほど向上する。この点、0.01% 未満では、これらの効果が無く、一方、0.65% を越えた場合、溶解、鋳造時に粗大なAl-Fe-Si-(Mn、Cr、Zr) 系の金属間化合物や晶析出物を生成しやすく、Al合金材の機械的性質を低下させる原因となる。このため、特に、Al合金パネル材の場合には、Mn:0.01 〜0.15% の範囲とすることが好ましい。
【0066】
Cr 、Zr。
これらCr、Zrの遷移元素には、Mnと同様、均質化熱処理時に分散粒子 (分散相) を生成し、これらの分散粒子には再結晶後の粒界移動を妨げる効果があるため、微細な結晶粒を得ることができる効果がある。しかし、Cr、Zrは、溶解、鋳造時に粗大なAl-Fe-Si-(Mn、Cr、Zr) 系の金属間化合物や晶析出物を生成しやすく、Al合金材の機械的性質を低下させる原因となる。この点、Cr:0.25%以下、Zr:0.15%以下までは許容する。
【0067】
Ti 、B 。
Ti、B は、Ti:0.1% 、B:300ppmを各々越えて含有すると、粗大な晶出物を形成し、成形性を低下させる。但し、Ti、B には微量の含有で、鋳塊の結晶粒を微細化し、プレス成形性を向上させる効果もある。したがって、Ti:0.1% 以下、B:300ppm以下までの含有は許容する。
【0068】
Fe。
溶解材から混入して、不純物として含まれるFeは、Al7Cu2Fe、Al12(Fe,Mn)3Cu2 、(Fe,Mn)Al6などの晶出物を生成する。これらの晶出物は、破壊靱性および疲労特性更には成形性を著しく劣化させる。特に、Feの含有量が0.50% を越えると顕著にこれらの特性が劣化するため、好ましくは、Feの含有量 (許容量) を0.50% 以下とする。
【0069】
Zn。
Znは0.1%を越えて含有されると、耐蝕性が顕著に低下する。したがって、Znの含有量は好ましくは0.1%以下とする。
【0070】
以上の組成からなる、本発明における過剰Si型6000系Al合金材は、常法により製造が可能である。但し、本発明Al合金材組織と特性を得るための、常法による各工程中と、前記時効処理などの好ましい工程条件や製造条件があり、この条件から外れた場合に、本発明Al合金材組織と特性が得られない場合がある。この点を含め, 製造方法につき、以下に説明する。
【0071】
(溶解、鋳造工程)
溶解、鋳造工程では、本発明成分規格範囲内に溶解調整された、過剰Al合金溶湯を、連続鋳造圧延法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。
【0072】
(加工)
次いで、このAl合金鋳塊に均質化熱処理を施した後、熱間圧延- 冷間圧延 (必要により、熱延- 冷延の間、冷延の間にバッチ式あるいは連続式の中間焼鈍なども施しながら) 、または押出、鍛造などの塑性加工を行い、コイル状、板状などパネル材、長手方向に渡って断面形状が同じ押出形材、ニアネットシェイプの鍛造材などの所望Al合金展伸材の形状に加工する。
【0073】
(溶体化焼入れ処理)
これら熱間および冷間加工後の6000系Al合金展伸材は、調質処理として、必須に乃至最低限溶体化および焼入れ処理(T4 処理) される。溶体化および焼入れ処理は、Al合金材の成形性や機械的特性を調整するために、また、後の人工時効処理により、GPIIやβ" 相を十分粒内に析出させるための前段階として重要な工程である。この効果を出すための溶体化処理は480 〜550 ℃の温度範囲で行う。
【0074】
なお、プレス成形性が重視される、自動車内板用パネル材などの場合には、溶体化処理条件は、530 〜550 ℃のより高温側の方が好ましい。
【0075】
また、ヘム加工性が重視される、自動車外板用などのパネル材の場合には、溶体化処理条件は、480 〜530 ℃のより低温側の方が好ましい。
【0076】
なお、溶体化処理後の焼入れの際、冷却速度は300 ℃/ 分以上の急冷とすることが好ましい。冷却速度が300 ℃/ 分未満の遅い場合には、焼入れ後の強度が低くなり、低温短時間の塗装焼き付けでの時効硬化能が不足し、180MPa以上の高耐力を確保できない。また、溶体化後の焼き入れ時に粒界上にSi、MgSiなどが析出しやすくなり、プレス成形やヘム加工時の割れの起点となり易く、これら成形性が低下する。この冷却速度を確保するために、焼入れ処理は、ファンなどの空冷でもよいが、ミスト、スプレー、浸漬等の水冷手段から選択して行うことが好ましい。
【0077】
なお、焼入れ処理時の、GPI の要因となる凍結空孔の生成を抑制するために、溶体化処理後の焼入れを200 〜300 ℃の温度範囲で一旦中断し、この温度範囲で数秒〜数十秒間保持後、更に、室温乃至所定温度まで急冷して焼入れ処理を行うことが好ましい。
GP I の要因となるAl中の凍結空孔の濃度は温度依存性が高いため、溶体化処理後に室温まで一気に焼入れ処理した場合、凍結空孔の濃度が高くなる。この点、焼入れを200 〜300 ℃の温度範囲で一旦中断し、この温度範囲で保持することにより、焼入れ処理後の凍結空孔の濃度を減少させることができる。
【0078】
また、溶体化および焼入れ処理後のGPI の生成を抑制するために、溶体化処理後の焼入れ終了後、予備時効処理を行うことが好ましい。
予備時効処理は、溶体化処理後の焼入れ終了温度を50〜100 ℃と高くした後に、直ちに再加熱乃至そのまま保持して行う。あるいは、溶体化処理後常温までの焼入れ処理の後に、直ちに50〜100 ℃に再加熱して行う。
【0079】
この予備時効処理は、前記50〜100 ℃の温度範囲に、1 〜24時間の必要時間保持することが好ましい。また、予備時効処理後の冷却速度は、1 ℃/hr 以下であることが好ましい。予備時効処理温度が50℃未満では、また保持時間が不足した場合には、GPI 自体の生成を抑制できない可能性がある。一方、100 ℃を越える温度では、また、保持時間が長過ぎると、時効が進み過ぎ、強度が高くなりすぎるため、成形性が著しく低下する可能性がある。
【0080】
連続溶体化焼入れ処理の場合には、予備時効の温度範囲で焼入れ処理を終了し、そのままの高温でコイルに巻き取るなどして行う。なお、コイルに巻き取る前に再加熱しても、巻き取り保後に保温しても良い。また、常温までの焼入れ処理の後に、前記温度範囲に再加熱して高温で巻き取るなどしてもよい。
【0081】
また、溶体化および焼入れ処理後のGPI の生成を抑制するために、溶体化処理後の焼入れ終了後、板をレベラーにかけるかストレッチして、板に歪みを導入し、転位によって凍結空孔を吸収して空孔を無くすようにしても良い。但し、歪み導入による強度上昇が不可避であるので、歪み導入量には注意を要する。
【0082】
一方、GPI の規制するだけではなく、GPIIを積極的に生成させるために、前記予備時効処理後に、時間的な遅滞無く、比較的低温での時効処理を行い、より安定なGPIIとβ" 相 (主としてGPII) を生成させることが好ましい。前記時間的な遅滞があった場合、予備時効処理後でも、時間の経過とともに室温時効 (自然時効) が生じ、この室温時効が生じた後では、時効処理による効果が発揮しにくくなる。
【0083】
これらの効果を得るためには、Al合金材の前記組成範囲において、時効処理温度を80〜120 ℃の亜時効処理範囲とし、時効処理時間は必要時間、好ましくは1 〜24時間の範囲とし、この範囲の中から、前記組成に応じて、時効処理効果が得られる温度と時間を選択することが好ましい。また、この時効処理後の冷却速度は、1 ℃/hr 以下であることが好ましい。時効処理温度が80℃未満では、また、保持時間が短過ぎると、より安定なGPIIとβ" 相を生成させることができない。このため、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られない。一方、120 ℃を越える温度では通常の時効処理と大差なくなり、GPI が析出して時効が進み過ぎ、強度が高くなりすぎる。そして、この結果、成形性が著しく低下する。この点は、時効処理の保持時間が長過ぎても同じである。
なお、前記予備時効処理温度を、後述する時効処理並に高めとし、時効処理と合わせた乃至連続した熱処理としても良い。
【0084】
溶体化および焼入れ処理後に、前記予備時効処理と時効処理とを併用することで、Al合金材の組織を、GPI が無い乃至少ない、主として、安定なGPII、β" 相と過飽和固溶体からなるミクロ組織とすることが出来る。このミクロ組織は、前記した通り、室温での時効硬化が起きにくいという優れた特性を有する。その一方で、このミクロ組織は、150 ℃×20分の低温時効硬化処理条件など、その後の焼き付け塗装などの加熱 (時効処理) 温度が低くても、β" 相の核生成サイトとなり、低温時効処理能が高いという優れた特性も有する。
【0085】
この他、用途や必要特性に応じて、更に高温の時効処理や安定化処理を行い、より高耐力化などを図ることも勿論可能である。
【0086】
【実施例】
次に、本発明の実施例を説明する。
【0087】
(実施例1)
先ず、本発明Al合金組成範囲の意義を証明する。表1 に示す、本発明組成範囲および本発明組成範囲から外れた各成分組成のAl合金板を作成した。Al合金板の作製は、50mm厚の鋳塊を、DC鋳造法により溶製後、540 ℃×4 時間の均質化熱処理を施し、終了温度300 ℃で厚さ2.5mm まで熱間圧延した。この熱間圧延板を、更に、厚さ1.0mm まで冷間圧延した。
【0088】
これら表1 に示す発明例組成 (合金略号1 〜5)および比較例組成 (合金略号6 〜8)の冷延板を各試験片サイズに切断後、硝石炉で510 〜530 ℃×45秒の溶体化処理後70℃まで水冷する (焼入れ停止温度が70℃) 焼入れ処理を行った。
【0089】
この際、溶体化および焼入れ処理後のGPI の生成を抑制するために、▲1▼溶体化処理後の水焼入れを200 〜300 ℃の温度範囲で一旦中断し、この温度範囲で30秒保持後、更に、前記70℃まで水冷する焼入れ処理、▲2▼前記水焼入れを行った後にローラーレベラーに通板して2%の歪みを与える、▲3▼前記焼入れ停止温度(70 ℃) に2 時間保持するか、70℃で焼入れ停止後90℃の温度に加熱して2 時間保持する予備時効処理の、3 つの手段を選択的に、あるいは組み合わせて行った。
【0090】
更に、溶体化および焼入れ処理後のGPIIの生成を促進するために、100 ℃×6 時間 (加熱速度40℃/hr 、冷却速度1 ℃/hr 以下) の条件での亜時効処理を選択的に行った。これらの処理条件を表2 、3 に示す。なお、表2 、3 において、〇をつけたもの乃至数値条件を記入したものが該当する処理や手段を用いたことを示す。
【0091】
これらのAl合金材の前記各時効処理直後 (時効処理をしない場合は焼き入れ処理直後、以下同じ) の示差走査熱分析曲線を測定し、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さとGPIIの析出に相当する250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さとを各々測定した。これらの結果を表2 、3 に示す。
【0092】
そして、測定後のAl合金材の室温時効抑制効果を確認するため、前記各時効処理直後 (時効処理をしない場合は焼き入れ処理直後、以下同じ) の各試験材の耐力A 、伸び、各時効処理後 4カ月間(120日間) の室温時効後の、各試験材の耐力B 、伸びを測定した。また、各時効処理直後との耐力差 (Δ耐力、A-B)とを求めた。
【0093】
なお、引張試験はJIS Z 2201にしたがって行うとともに、試験片形状はJIS 5 号試験片で行い、試験片長手方向が圧延方向と一致するように作製した。また、クロスヘッド速度は5mm/分で、試験片が破断するまで一定の速度で行った。
【0094】
更に、各時効処理後 4カ月間の室温時効後のAl合金材を、150 ℃×20分の低温時効硬化処理した後の耐力(BH 耐力) を測定し、低温時効処理能を調査した。
【0095】
また、Al合金板製造後、室温時効が生じるような長期間放置した後に、自動車パネル材としてプレス成形やヘム加工されることを模擬して、各時効処理後 4カ月間の室温時効後のAl合金材を成形試験した。より具体的には、各試験材の平面ひずみ張出高さ(LDH0)試験、曲げ試験を行い、成形性を評価した。これらの結果も表2 、3 に示す。
【0096】
また、平面ひずみ張出高さ(LDH0)試験の条件は、幅100mm ×長さ180mm の試験片を用い、試験片長手方向が圧延方向と直角方向に一致するように作製した。そして、パンチ (玉頭、100mm φ) とダイス (ビード付き) を用い、しわ押さえ力200kN 、潤滑油R-303 、成形速度20mm/ 分、の条件で3 回行い、最も低い張出高さをLDH0値とした。なお、1 回でも破断した試験材はLDH0値を求めなかった (表3 の比較例No. 14、15、20、21) 。
【0097】
更に、曲げ試験は、前記プレス成形後フラットヘム加工されることを模擬して、試験材の10% のストレッチを行った後、曲げ試験を行った。試験片条件は、JIS Z 2204に規定される3 号試験片 (幅30mm×長さ200mm)を用い、試験片長手方向が圧延方向と一致するように作製した。曲げ試験は、JIS Z 2248に規定されるVブロック法により、フラットヘム加工を模擬して、先端半径0.3mm 、曲げ角度60度の押金具で60度に曲げた後、更に厚み0.6mm のAl合金板を挟んで、180 度に曲げた。試験後の曲げ部 (湾曲部) の割れの発生状況を観察し、割れがないものを〇、割れがあるものを×と評価した。
【0098】
表2 から明らかな通り、表1 の本発明組成範囲内のAl合金材 (表1 のNo.1〜5)であって、Al合金材の前記各時効処理直後の示差走査熱分析曲線において、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さが1000μW 以下であり、GPIIの析出に相当する250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さが2000μW 以下である発明例No.1〜13は、目的とする室温時効抑制効果や低温時効硬化能が得られている。
【0099】
より具体的には、Al合金材の時効処理後 4カ月間の室温時効後の特性として、時効処理直後との耐力差が15MPa 以内であり、かつ伸びが28% 以上である。また、2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時のBH耐力も180MPa以上とすることができる。
【0100】
更に、パネル材製造後 4ケ月間放置したものでも、ヘム加工性が良好で、平面ひずみ張出高さ(LDH0)が20mm以上のプレス成形性も満足する。
【0101】
したがって、本発明のAl合金パネル材は、パネル材製造後長期間放置した後の優れた強度、成形性などの諸特性を兼備し、特に自動車などのパネル材として好適に用いることができる。
【0102】
これに対し、比較例No.14 〜16 (表1 のAl合金材No.6〜8 を使用) は、GPI の生成を抑制乃至GPIIの生成を促進する処理を施したため、示差走査熱分析曲線において、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さが1000μW 以下であり、GPIIの析出に相当する250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さが2000μW 以下である。しかし、比較例No.14 はAl合金材No.6のSi量が高過ぎるため、ヘム加工性が劣る。比較例No.15 はAl合金材No.7のSi量が少な過ぎるため、特に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時のBH耐力が180MPa未満である。また、比較例No.16 もAl合金材No.8のSi/Mg が1 未満であり、特に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時のBH耐力が180MPa未満である。
【0103】
更に、比較例No.17 〜21は、表1 の本発明組成範囲内のAl合金材 (表1 のNo.1〜5)を用いているものの、GPI の生成を抑制乃至GPIIの生成を促進する処理を施さなかったため、示差走査熱分析曲線において、GPI の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さが1000μW を越え、GPIIの析出に相当する250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さが2000μW を越えている。このため、目的とする室温時効抑制効果と低温時効硬化能のいずれか、または両方が得られていない。また、パネル材製造後 4ケ月間放置したものでは、ヘム加工性が劣り、プレス成形性も劣る。したがって、これら比較例では、成形されるパネル構造体用としては不適である。
【0104】
【表1】
Figure 0003819263
【0105】
【表2】
Figure 0003819263
【0106】
【表3】
Figure 0003819263
【0107】
【発明の効果】
本発明によれば、室温時効が抑制されるとともに低温時効硬化能に優れた過剰Si型6000系Al合金材であって、更に、各用途に要求される、プレス成形性、ヘム加工性などの諸特性を兼備したAl合金材の製造方法、およびAl合金材をを提供することができる。したがって、Al合金材の自動車などの輸送機などへの用途の拡大を図ることができる点で、多大な工業的な価値を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 Al合金材の示差走査熱分析曲線を示す説明図である。

Claims (3)

  1. 質量 % で、Si:0.4〜1.3%、Mg:0.4〜1.2%、Mn:0.01 〜0.65% 、Cu:0.001〜1.0%を含み、かつSi/Mg が1 以上であり、残部 Al および不可避的不純物からなるAl-Mg-Si系アルミニウム合金材であって、該アルミニウム合金材の溶体化および焼き入れ処理を含む調質処理後の示差走査熱分析曲線において、Si/ 空孔クラスター(GPI) の溶解に相当する150 〜250 ℃の温度範囲におけるマイナスの吸熱ピーク高さが1000μW 以下であり、かつMg/Si クラスター(GPII) の析出に相当する250 〜300 ℃の温度範囲におけるプラスの発熱ピーク高さが2000μW 以下である、室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたアルミニウム合金材。
  2. 前記Si/ 空孔クラスターの溶解に相当するピーク高さが500 μW 以下であり、Mg/Si クラスターの析出に相当するピーク高さが1000μW 以下である請求項1に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたアルミニウム合金材。
  3. 前記調質処理処理後少なくとも 4カ月間の室温時効後の特性として、耐力が110 〜160MPaの範囲であり、かつ前記調質処理直後との耐力差が15MPa 以内、伸びが28% 以上であり、更に2%ストレッチ付与後150 ℃×20分の低温時効処理時の耐力が180MPa以上である請求項1または2に記載の室温時効抑制と低温時効硬化能に優れたアルミニウム合金材。
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