半導体は、電子デバイスや光デバイスの材料として用いられている。デバイスとして利用される半導体の多くは層構造とされている。このように用いられる半導体層は、母材となる半導体やサファイアなどの基板上に、結晶成長装置を用いて結晶成長させることで形成している。
元来、結晶成長は、基板に対して格子整合するように行われてきたが、サファイア基板上へのGaNの成長やSi基板上への化合物半導体成長など、格子不整合系の成長も行われるようになってきている。
格子不整合系の結晶成長では、多くの場合バッファ層を用い、このバッファ層に格子緩和を伴う成長となり、電子・光デバイスを形成する上では、格子緩和するバッファ層の格子緩和率の制御が重要となる(非特許文献1参照)。
また、格子不整合系の成長で高品質な電子・光デバイスを形成する上では、格子不整合に伴う貫通転位密度を低減することが重要となる。
近年は、半導体積層構造としてSi基板上にGeで形成された緩衝層を介してGaAs層を積層させる構造が提案されてきている(例えば、非特許文献2)。これは、Geの格子定数(室温でおよそ0.5658nm)が、GaAsの格子定数(室温でおよそ0.56533nm)とおおよそ等しいためである。しかし、GaAsに対してGeは僅かに結晶格子定数が大きい。
Geによる緩衝層は、CVD(Chemical Vapor Deposition)法などにより、Si基板上に結晶成長されるが、SiとGeの格子定数差により多量の貫通転位が緩衝層中に導入される。このような貫通転位を低減させる方法として、一般的に緩衝層を成長した後に加熱処理が行われる。
Si基板上にGeによる緩衝層を成長した直後の転位密度は、典型的に108cm-2程度であるが、上述した成長後の加熱処理により、106cm-2程度まで転位密度が低減可能とされている。例えば、緩衝層などを用いて光デバイス等を作製しようとした場合には、更に転位密度を低減させることが望ましい。
一方、緩衝層の成長後に加熱処理を行うと、加熱処理の時に原子の再配列が行われて結晶性が向上する。しかしながら、緩衝層とSi基板との熱膨張係数差に起因して降温時に緩衝層に歪が生じる。一般的に、加熱処理の温度は、GaAsやGeを成長する温度よりも高温で実施される。結晶再配列のためこの加熱温度においてGeによる緩衝層は格子が完全に緩和し、無歪状態となる。
伸長性の歪が導入されると、Geによる緩衝層は基板平面方向に格子が伸びるため、緩衝層の基板面内方向格子定数は、GaAsから更に乖離してしまう(例えば、非特許文献3)。
格子不整合度が大きくなる場合、無転位に結晶を作製できる膜厚(臨界膜厚)が小さくなってしまい、高品質な半導体デバイスの作製を困難とする。
Geによる緩衝層を用いる場合、転位密度低減のための成長後の加熱処理は不可欠であるため、上述したSiとGeとの熱膨張係数差に起因した格子不整合の問題を解決することは困難である。
一方、Geよりも小さい格子定数を持つ緩衝層用の材料の候補としてSiGeが考えられる。
SiGeは、SiとGeの組成比により格子定数をSiとGeの間で自由に変化させることができる。このため、Geに代えてSiGeより緩衝層を構成することで、熱膨張係数差から生じるGaAs層との格子不整合は解消することができる。
しかし、SiGeからなるバルク状の緩衝層をSi基板の上に成長させたとしても、Geに比べて更に転位密度を低減させることは容易ではなく、これらに代えて転位密度低減とGaAsとの格子不整合解消を両立する技術が求められている。
以下、本発明の実施の形態における半導体積層構造について図1を参照して説明する。この半導体積層構造は、シリコンから構成された基板101と、基板101の上に形成されたSi1-xGex(0≦x≦1)から構成された歪超格子層102と、歪超格子層102の上に形成されたGaAs層103とを備える。
基板101は、例えば、主表面を(100)面とした単結晶Siから構成されている。歪超格子層102は、例えば、Si1-xGex(0<x<1)から構成された第1半導体層121と、Geから構成された第2半導体層122とが、互いに交互に積層されている。例えば、第1半導体層121と第2半導体層122とは、等しい層厚とされている。ここで、歪超格子層102の平均格子定数は、GaAs層103の形成温度におけるGaAsの格子定数と整合していればよい。
以下、図2に示す従来の、バルクのGeによる緩衝層201を用いた積層構造(比較構造)との比較により、実施の形態における半導体積層構造について説明する。なお、各構造は、図3に示す各工程により作製した。まず、第1工程S101で、基板101を、Geの成長温度にまで昇温する。
次に、第2工程S102で、基板101の上に、第1半導体層121と第2半導体層122とを交互に成長して歪超格子層102を形成する。比較構造では、基板101の上に、Geによる緩衝層201を形成する。
次に、第3工程S103で、成長後の加熱処理(800℃)を行う。次に、第4工程S104で、歪超格子層102の上に、GaAs層103を成長する。比較構造では、緩衝層201の上に、GaAs層103を成長する。この後、第5工程S105で、室温(例えば25℃)まで降温する。
まず、従来検討されてきた比較構造を詳細に検討する。
Geを成長した後の加熱処理(800℃)において、結晶再配列が行われるため、緩衝層201は、800℃において無歪状態となる。ここから、GaAsの成長温度である600℃まで温度を下げると、SiとGeの熱膨張係数差により、伸長性の歪が緩衝層201に導入される。なお、以下の検討に用いた材料の物性値を、表1,表2に示す。
熱膨張係数差と温度変化に伴う歪(熱歪)は、以下の式(1)により計算される。
従来の比較構造では、式(1)にGe、Siの熱膨張係数、および800℃から600℃までの温度変化(200℃)を代入することで、熱歪は640ppmであることが分かる。
また、歪により変形した緩衝層201の基板面内方向の格子定数は、以下の式(2)で計算される。なお、以下では、Siの組成比が0の場合も含む場合、「(Si)Ge」とし、Siの組成比が0の場合を含まない場合、「SiGe」とする。
式(2),および式(3)を用いると、緩衝層201の基板面内方向の格子定数は、0.5681nmと計算される。ただし、ここでは簡単のために室温≒0℃と仮定した。
この伸長性の歪を受けた緩衝層201の上に、成長温度600℃でGaAsを成長してGaAs層103を形成する場合、GaAsの600℃における格子定数は、式(3)と同様の計算により0.5673nmと計算されるため、格子不整合が積層構造を形成する前よりも増大していることが分かる。この状態におけるGaAs層103へ導入される歪は、以下の式(4)で計算される。
式(4)を用いると、GaAs層103へ導入される歪は、−1465ppmと計算される。
形成されるGaAs層103に歪が生じている場合、転位を発生せずに作製可能な厚さには制限があり、臨界膜厚と呼ばれる。臨界膜厚を計算するモデルはいくつか存在するが、例えば以下の式(5)で計算できる。
GaAs層103の中の60度転位を仮定すると、バーガースベクトルの大きさは、αGsAs,GT/√2で計算され、おおよそ0.4nmである。ポアソン比を0.31とすると、上述の場合のGaAs層103の臨界膜厚は、およそ91nmと計算される。これよりも大幅に厚くGaAs層103を形成しようとすると、転位が導入され結晶品質が低下する。この、歪と臨界膜厚との関係を図4に示す。
次に、本発明における半導体積層構造について詳細に検討する。
まず、Ge組成をxとした際のSi1-xGexの格子定数(室温で歪を受けていない場合)は、例えば式(6)で表される。なお、Si1-xGexの熱膨張係数は、式(7)で計算できるものとする。
成長温度における無歪状態の(Si)Ge層の格子定数は式(3)で計算されるので、成長温度における歪超格子層102の中のi番目の(Si)Ge層の格子定数ai,GT,0を、以下の式(8)で定義する。
また、平均熱膨張係数も同様に、以下の式(10)で計算できる。
歪超格子層102が成長後に800℃で加熱処理され、完全に格子緩和した後、GaAsの成長温度600℃まで温度を下げたとすると、熱による歪は、式(1)と同様に、以下の式(11)で計算できる。
ここで、熱歪を受けた歪超格子層102の基板面内方向の格子定数は、式(2)と同様に以下の式12により計算できる。
以上のことより、歪超格子層102の上に形成されるGaAs層103への格子不整合による歪は、式(4)と同様に、以下の式(13)により計算できる。
式(13)により計算される歪から、式(5)を用いてSiGeの各Ge組成に対して臨界膜厚を計算することができる。歪超格子層102を構成するSiGe(第1半導体層121)のGe組成と臨界膜厚の関係を図5に示す。ただし、SiGeの層とGeの層との厚さが等しい場合について計算を行っている。
図5より、実施の形態における歪超格子層102の第1半導体層121を0.94程度のGe組成とすることで、臨界膜厚を最大化することが可能である。また、一般的に、半導体デバイスの作製に最低限必要な100nm以上のGaAs層の厚さを実現する際には、第1半導体層121のGe組成は、おおよそ0.88から0.99の範囲に設計する必要がある。更に、光導波路構造を有する素子を形成するには、理想的には1μm以上の臨界膜厚が必要である。この場合は、第1半導体層121のGe組成は、およそ0.930から0.946の範囲であることが望ましい。
転位は、歪の異なる界面に到達した際、伝搬方向が応力により曲げられる性質がある。歪超格子構造は、このような界面が周期的に複数存在するため、転位が効果的に曲げられ、歪同士の対消滅などにより転位密度の低減が可能である。
一方、転位密度の低減効果Pannは、例えば非特許文献4では、以下の式(14)のように示されている。また、伝搬速度vは、例えば非特許文献5では、以下の式(15)のように計算されている
温度一定の条件において、BおよびUが変化しないと仮定すれば、伝搬速度vはτeffに比例する。
また、有効応力τeffは、非特許文献5によれば、以下の式(16)により計算できる。
ただし、μはシア係数であり、SiGeの場合、例えば「μ=51.0−10.85x(GPa)・・・(17)」と計算できる。
ポアソン比νは、SiGeの場合、例えば、「ν=0.278−0.005x・・・(18)」となる。式(16)において、γ(t)、γ(h)は、ずれも歪緩和に関するものであるが、歪超格子中での歪緩和が生じないものと仮定し、簡単のためにいずれも0とする。
式(16)において、f0は、は格子不整合であり、歪超格子層102のi層目で生じる格子不整合は、以下の式(19)により計算できる。
式(14)〜式(20)より、i層目が示す転位密度の低減効果は下記の関係となる。
例えば、歪超格子層102の第1半導体層121および第2半導体層122の厚さを10nmとし、第1半導体層121のGe組成に対して歪超格子1周期分(合計膜厚20nm)について、式(21)の計算結果を図6に示す。歪超格子構造を導入せず、例えばバルクのGeによる緩衝層のみでGaAs層103を成長した場合(x=1)では、転位密度の低減効果が無かったが、GaAs層103の臨界膜厚を最大化するx=0.94程度では、2程度の値を示し、歪超格子層102が転位密度の低減効果を有することが分かる。
ところで、上述では、歪超格子層102を構成する各層の厚さを10nmとしたが、これに限るものではない。歪超格子層102を構成する各層の厚さの最大値は、いずれかの層を積層する際に、新たに転位が導入されない程度とすることが望ましい。この厚さは、式(5)で示した臨界膜厚の式と同様に計算できる。
例えば、前述した、100nm以上のGaAsの臨界膜厚を実現するために必要な第1半導体層121のGe組成の最低値であるx=0.88の場合、第1半導体層121のGe組成と、第2半導体層122との間に生じる歪は、式(13)と同様の計算により5300ppm程度となる。この状態における臨界膜厚は、図4を参考にすると、およそ21nmである。従って、歪超格子層102を構成する各層の厚さは、この値より小さいことが望ましい。
前述した関係より、Si1-xGex(0<x<1)からなる歪超格子層102の平均格子定数を適切に設計することで、基板101の上に転位密度が低く、かつ臨界膜厚の厚いGaAs層103が形成可能となる。
また、上述では、歪超格子層102として、Si1-xGexによる第1半導体層121と、Geによる第2半導体層122とを交互に積層した場合を例に説明したが、これに限るものでない。両者ともに、Si1-xGexから構成し、各々の組成を異なるものとしてもよい。
また、各々材料(組成)か異なる2つの層を交互に積層して歪超格子層102としたが、これに限るものではない。各々材料(組成)が異なる3つの層を1つの単位とし、この単位を複数積層して歪超格子層102としてもよい。例えば、GaAsによるGaAs層103の臨界膜厚を最大化する、10nm厚のGe組成0.94のSi0.06Ge0.94を用いる場合、Si0.06Ge0.94の層と、Geの層との間に、これらの格子定数のほぼ平均の値を持つようなGe組成0.97のSi0.03Ge0.97の層を挿入し、3種の材料により構成してもよい。
上述したような組成のSiGe層を挿入した3つの層を単位としてこれを複数積層しても、歪超格子層102の平均格子定数は変化せず、1層あたりの転位の低減効果も変化しない。
また、上述では、歪超格子層102の各層の厚さが等しい場合を例に説明したが、各層の厚さは異なっていても良い。また、上述では、幾つかの物性値を数式により導出したが、公知となっている他の方法により導出して構造を決定しても良い。
また、上述では、図3を用いて説明した方法により、半導体積層構造を製造したが、これに限るものではなく、他の方法により製造してもよい。また、上述では、半導体積層構造を、基板101,歪超格子層102、GaAs層103から構成する場合を例に説明したが、これに限るものではない。例えば、歪超格子層102とGaAs層103との間に、SiGeまたはGeから構成された緩衝層を備えるようにしてもよい。また、基板101と歪超格子層102との間に、SiGeまたはGeから構成された緩衝層を備えるようにしてもよい。
以上に説明したように、本発明によれば、シリコンから構成された基板の上にSi1-xGexから構成された歪超格子層を形成し、この上に、GaAs層を形成したので、シリコン基板の上に、転位密度を低減した上で格子不整合を解消してGaAsの層が形成できるようになる。
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。