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JP2015160820A - 慢性腎障害治療のための多能性幹細胞 - Google Patents

慢性腎障害治療のための多能性幹細胞 Download PDF

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Abstract

【課題】再生医療において、多能性幹細胞(Muse細胞)を用いた新たな医療用途を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA−3陽性の多能性幹細胞を含む、慢性腎障害を治療するための細胞製剤を提供する。本発明の細胞製剤は、上記疾患の対象に対し、Muse細胞を静脈投与することにより、腎障害部位に選択に集積させ、その組織内でMuse細胞が腎臓を構成する細胞に分化するという腎組織再生メカニズムに基づく。
【選択図】なし

Description

本発明は、再生医療における細胞製剤に関する。より具体的には、腎不全により損傷を受けた腎臓組織の修復及び再生に有効な多能性幹細胞を含有する細胞製剤に関する。
近年の透析移行患者の増加は、QOLや国民医療費の面で問題となっている。慢性糸球体腎炎、糖尿病性腎症及び多発性嚢胞腎をはじめとする多くの慢性腎疾患は、その障害過程が進行性であり、治療が奏功しなければ最終的には腎機能の廃絶をきたし腎不全により透析移行に至る。現在、腎障害(腎不全)治療のための透析医療費は1兆円を超え、全医療費の約3%を占め、腎障害患者数は年々増加している。現在、わが国では人工透析患者数は約30〜40万人であり、患者一人についてみれば、1ヶ月の透析治療の医療費は、外来血液透析では約40万円、腹膜透析(CAPD)では35〜70万円必要といわれている。
腎障害の中で、糸球体上皮が様々な原因により機能的又は構造的な障害を受けるものを糸球体上皮障害という。ここで、糸球体上皮細胞は、足細胞(podocyte)と呼ばれ、糸球体基底膜(GBM)の外面に並ぶ、高度に分化した細胞である。足細胞は、濾過関門の確定的な成分であり、そして、ネフリン、ポドシン及びα−アクチニン−4などの、それらの遺伝子における突然変異が腎疾患蛋白尿の原因となることが見出されている(非特許文献1及び2)。また、足細胞は、糸球体毛細血管の圧力の変化に反応し、灌流圧の変化に対して糸球体濾過量を調節する(非特許文献2〜4)。このように、足細胞を含む糸球体上皮は、腎臓における老廃物の濾過機能に重要な役割を担っているため、腎硬化症への進行を阻止することは、透析患者を増加させないためにも急務な課題である。
一方、腎障害には、糸球体の障害に限らず、尿細管における疾患も含まれる。尿細管は近位尿細管、ヘンレ係蹄、遠位尿細管及び集合管から形成され、尿細管において、糸球体濾液(原尿)から必要な栄養物質の再吸収と不要物質の分泌が行なわれる。何らかの原因で尿細管の働きに異常が起こると、全身の様々な疾患を発症することもある。近位尿細管の疾患としては、ファンコニ症候群、アミノ酸尿症、腎性糖尿などが挙げられ、遠位尿細管疾患としては、典型的には遠位尿細管性アシドーシスが知られている。
慢性腎障害が進行すると、正常な腎臓が有する機能が廃絶するために、体内の各臓器に影響が及び、典型的には尿毒症となる。具体的には、中枢神経障害、末梢神経障害、心・循環器障害、消化器障害、視力・眼障害、血液・凝固障害、免疫障害、内分泌障害、皮膚障害、骨・関節障害、電解質障害、酸塩基平衡障害が起こる。ここで、慢性腎障害の治療としては、尿毒症を予防するために人工透析が不可欠であり、完治には腎臓移植が唯一の根治療法である。しかしながら、ドナー不足のために全ての慢性腎障害患者に移植を施すことは不可能である。1920年代に腎障害患者に透析療法が行われて以来、患者に負担が少ない治療法が開発されていないのが現状である。
本発明者らの一人である出澤の研究により、間葉系細胞画分に存在し、誘導操作なしに得られる、SSEA−3(Stage−Specific Embryonic Antigen−3)を表面抗原として発現している多能性幹細胞(Multilineage−differentiating Stress Enduring cells;Muse細胞)が間葉系細胞画分の有する多能性を担っており、組織再生を目指した疾患治療に応用できる可能性があることが分かってきた(特許文献5;非特許文献5〜8)。しかしながら、慢性腎障害の予防及び/又は治療にMuse細胞を使用し、期待される治療効果が得られることを明らかにした例はない。
Schmid H.,et al.,J.Am.Soc.Nephrol.,Vol.14,p.2958−2966(2003) Mundel P.& Shankland S.J.,J.Am.Soc.Nephrol.,Vol.13,p.3005−3015(2002) Morton M.J.,J.Am.Soc.Nephrol.,Vol.15,p.2981−2987(2004) Pavenstadt H.,et al.,Physiol.Rev.,vol.83,p.253−307(2003) Li,S.,et al.,Cancer Gene Therapy,Vol.12,p.600−607(2005) Kuroda,Y.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.107,p.8639−8643(2010) Wakao,S,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.108,p.9875−9880(2011) Kuroda,Y.,et al.,Nat.Protoco.,Vol.8,p.1391−1415(2013)
本発明は、再生医療において、多能性幹細胞(Muse細胞)を用いた新たな医療用途を提供することを目的とする。より具体的には、本発明は、Muse細胞を含む、慢性腎障害の予防及び/又は治療のための細胞製剤を提供することを目的とする。
本発明者らは、慢性腎障害マウスに対して、Muse細胞を血管内投与することにより、Muse細胞が腎組織に集積し、障害した糸球体及び尿細管を再建及び修復し、腎機能の改善又は回復をもたらすことを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA−3陽性の多能性幹細胞を含む、慢性腎障害を予防及び/又は治療するための細胞製剤。
[2]外部ストレス刺激によりSSEA−3陽性の多能性幹細胞が、濃縮された細胞画分を含む、上記[1]に記載の細胞製剤。
[3]慢性腎障害が、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、糖尿病性腎症、嚢胞腎、慢性腎盂腎炎、急速進行性糸球体腎炎、悪性高血圧症、SLE腎炎、アミロイド腎、腎・尿路腫瘍、骨髄腫、閉塞性尿路生涯、痛風腎、腎形成不全、及び腎・尿路結核からなる群から選択される、上記[1]及び[2]に記載の細胞製剤。
[4]前記多能性幹細胞が、CD105陽性である、上記[1]〜[3]に記載の細胞製剤。
[5]前記多能性幹細胞が、CD117陰性及びCD146陰性である、上記[1]〜[4]に記載の細胞製剤。
[6]前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性、及びCD271陰性である、上記[1]〜[5]に記載の細胞製剤。
[7]前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性、及びDct陰性である、上記[1]〜[6]に記載の細胞製剤。
[8]前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、上記[1]〜[7]に記載の細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
[9]前記多能性幹細胞が、腎障害部位に集積する能力を有する、上記[1]〜[8]に記載の細胞製剤。
[10]前記多能性幹細胞が、足細胞、メサンギウム細胞、糸球体内皮細胞、傍糸球体細胞、近位尿細管細胞、遠位尿細管細胞、血管内皮細胞、ヘンレわな、及び/又は集合管の細胞からなる群から選択される1つ以上の細胞に分化する能力を有する、上記[1]〜[9]に記載の細胞製剤。
本発明は、慢性腎障害を患っている対象に対し、Muse細胞を血管等から投与することにより、障害腎組織に選択に集積させ、その組織内でMuse細胞が腎組織を構成する細胞に分化するという腎組織再生メカニズムによって、慢性腎障害の進展を抑制し、腎機能を改善させることができる。
ヒトMuse細胞移植の6週後の慢性腎障害マウス(Balb/c)モデルの腎機能を評価した結果を示す。左図はクレアチニンクリアランス(μl/分)、右図は血清クレアチニン(mg/dl)についての結果である。クレアチニンクリアランスの測定では、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群と比較して、Muse細胞を投与した場合、腎臓において血清中のクレアチニンを排泄する機能が有意に回復していた。血清クレアチニンの測定では、Muse細胞の投与群の血清クレアチニン濃度は、生理食塩水の投与群と比較して低く、統計的有意差を示した。一方、非Muse細胞の投与群は、生理食塩水の投与群と比較して統計的有意差を示さなかった。 ヒトMuse細胞移植の6週後の慢性腎障害マウス(Balb/c)モデルの腎機能を評価した結果を示す。左図は血中尿素窒素(BUN)(mg/dl)、右図は尿タンパク/クレアチニン比についての結果である。Muse細胞の投与群では、非Muse細胞の投与群及び生理食塩水の投与群と比較して、血中の尿素窒素濃度が低下した。さらに、排泄尿中の尿タンパク/クレアチニン比を測定すると、Muse細胞の投与群では、他の群と比較して該比が低く、腎機能が改善されていることを示唆した。 慢性腎障害に伴う糸球体硬化に対するヒトMuse細胞の糸球体修復効果を検討した結果を示す(6週後)。上段の画像は、PAS染色された腎組織切片を示し、左からMuse細胞投与群、非Muse細胞投与群、及び生理食塩水群を示す。Muse細胞の投与群では、糸球体基底膜が非常に明確であった。一方、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群では、糸球体硬化が進行し、糸球体基底膜の輪郭が不鮮明であった。さらに、各群の1個体あたり連続する20個の糸球体を観察し、糸球体硬化の面積比を画像解析ソフトNISelement(登録商標)(Nicon社)を用いて、1糸球体におけるPAS陽性面積を解析した(下段)。Muse細胞の投与群では、他の投与群と比較して、糸球体硬化の面積比が小さかった。これにより、Muse細胞は、糸球体硬化の進行を防ぎ、さらに糸球体の再建及び修復を促すことが示唆された。 尾静脈投与されたヒトMuse細胞及び非Muse細胞の腎組織への生着について検討した結果を示す(6週後)。Muse細胞は、腎組織に生着しているのに対して、非Muse細胞はほとんど生着しなかった。 1糸球体及びその周辺を含む領域における蛍光画像を示す(6週後)。上段下段共に、ヒトMuse細胞投与群である。左パネルは、抗ヒトゴルジ複合体抗体を用いて、マウス腎臓に生着したヒトMuse及び非Muse細胞を検出したものである。中央パネルは、腎組織の自家蛍光(auto fluorescence)を示す。右パネルは、左パネルの蛍光から中央パネルの蛍光を差し引いた蛍光画像である。矢頭で指示されるように、Muse細胞は、糸球体、尿細管、間質部等に広く分布して生着している。 マウス腎組織に生着したヒトMuse細胞の分化を検討した結果を示す。緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子が導入されたGFP陽性のヒトMuse細胞を用いた。また、遠位尿細管の上皮細胞において特異的に発現しているカルビンジンに対する抗体を用いて蛍光染色した。中央パネルは、遠位尿細管に生着したMuse細胞(GFP陽性)を示す。右パネルは、カルビンジンに対する抗体によって特定された上皮細胞を示す。これらの画像を重ね合わせた画像を左パネルに示す。特に蛍光が強い領域を拡大すると、GFP蛍光とカルビンジン蛍光が同一細胞群において観察されたことから、Muse細胞は、遠位尿細管に集積及び生着し、遠位尿細管に分化していることが示唆された。 マウス腎組織に生着したヒトMuse細胞の分化を検討した結果を示す。図6と同様に、GFP陽性のヒトMuse細胞を用いた(中央パネル)。また、近位尿細管の上皮細胞において特異的に発現しているアクアポリン(AQP1)に対する抗体を用いて蛍光染色した(右パネル)。これらの画像を重ね合わせた画像を左パネルに示す。この結果から、GFP蛍光とAQP1蛍光が同一細胞群において観察されたことから、ヒトMuse細胞は、近位尿細管に集積及び生着し、上皮細胞に分化していることが示唆された。なお、陰性対照としてGFP及びAQP1に対する1次抗体で染色をしていないものを用いた(下段)。 ヒトMuse細胞の遊走能を検討した結果を示す。遊走能の評価には、ボイデンチャンバー法を用いた。陰性対照として用いたヒトMuse細胞+疾患モデルマウス血清不含、又は非ヒトMuse+疾患モデルマウス血清不含の系では、インサートを通過する細胞はほとんど観察されなかった。これに対して、疾患モデルマウス血清が添加された系では、Muse細胞は非常な遊走性を示し、これは、非Muse細胞+疾患モデルマウス血清の件と比較しても顕著であった。このことから、疾患モデルマウス血清には、Muse細胞を遊走させるための何らかの因子を含むことが示唆された。 腎障害部位へのヒトMuse細胞の移動性を検討した結果を示す。Hoechest 33342染色されたMuse細胞を慢性腎障害マウスモデルに尾静脈投与し、投与の24時間後、腎組織を固定し、蛍光顕微鏡下で観察した。核染色されたMuse細胞は強いシグナルのスポットとして特定される(矢印部分)。尾静脈に投与されたMuse細胞は、糸球体、尿細管、間質部等に広く分布していることが分かる。 図9と同様に、非Muse細胞の移動性を検討した蛍光画像を示す。非Muse細胞は、尿細管及び間質部にのみ観察された。また、ヒトMuseと非Museの移動性をグラフにしたものを表示する(それぞれ、n=4)。 ヒトMuse細胞移植によるSCIDマウスの慢性腎障害モデルにおけるクレアチニンクリアランス(μl/分)の経時的変化を測定した結果を示す。Muse細胞の投与群では、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群と比較して有意に高く、腎機能が顕著に回復していることが示唆された。 ヒトMuse細胞を移植後の1糸球体及びその周辺を含む領域における蛍光画像を示す(塩酸ドキソルビシン投与から8週後)。左パネルは、抗ヒトゴルジ複合体抗体を用いて、マウス腎臓に生着したMuseを検出したものである。中央パネルは、足細胞のマーカーであるWT−1(転写因子)に対する抗体を用いて検出した足細胞を示す蛍光画像である。左パネルは、両蛍光画像を重ね合わせたものであり、ヒトゴルジ複合体とWT−1の蛍光が同一細胞群において観察されたことから、投与されたMuse細胞は、糸球体に集積し、足細胞に分化していることが示唆された。 血管内皮細胞の表面抗原マーカーであるCD31に対する抗体を用いて蛍光免疫染色すると、投与されたヒトMuse細胞は、糸球体において血管内皮細胞に分化していることが示唆された。右パネルは、抗ヒトゴルジ複合体抗体を用いて蛍光免疫染色されたヒトMuse細胞であり、中央パネルは、CD31に対する抗体を用いて蛍光免疫染色された血管内皮細胞であり、両画像を重ね合わせたものを左パネルに示す。
本発明は、SSEA−3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む、慢性腎障害を予防及び/又は治療するための細胞製剤に関する。本発明を以下に詳細に説明する。
1.適用疾患
本発明は、SSEA−3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤を用いて、慢性腎障害の予防及び/又は治療を目指す。ここで、「慢性腎障害」とは、長期間(例えば、数週間、数ヶ月間、数年間、又は数十年間)にわたって発生し、腎尿細管細胞機能又は糸球体濾過率(GFR)が持続的に低下し、この期間に発症する、あらゆる腎臓の病的な状態、機能不全又は障害を意味する。しかしながら、本発明は、適用疾患として、急性腎不全などのより短時間(例えば、数分間、数時間、又は数日間)に発症する腎疾患を排除することを意図しない。したがって、本発明によれば、糸球体及び尿細管等の組織における慢性若しくは急性障害を適用疾患としてもよい。慢性腎障害としては、限定されないが、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、糖尿病性腎症、嚢胞腎、慢性腎盂腎炎、急速進行性糸球体腎炎、悪性高血圧症、SLE腎炎、アミロイド腎、腎・尿路腫瘍、骨髄腫、閉塞性尿路生涯、痛風腎、腎形成不全、及び腎・尿路結核などが挙げられる。
2.細胞製剤
(1)多能性幹細胞(Muse細胞)
本発明の細胞製剤に使用される多能性幹細胞は、本発明者らの一人である出澤が、ヒト生体内にその存在を見出し、「Muse(Multilineage−differentiating Stress Enduring)細胞」と命名した細胞である。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov 20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や真皮結合組織等の皮膚組織から得ることができ、各臓器の結合組織にも散在する。また、この細胞は、多能性幹細胞と間葉系幹細胞の両方の性質を有する細胞であり、例えば、それぞれの細胞表面マーカーである「SSEA−3(Stage−specific embryonic antigen−3)」と「CD105」のダブル陽性として同定される。したがって、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、これらの抗原マーカーを指標として生体組織から分離することができる。Muse細胞の分離法、同定法、及び特徴などの詳細は、国際公開第WO2011/007900号に開示されている。また、Wakaoら(2011、上述)によって報告されているように、骨髄、皮膚などから間葉系細胞を培養し、それをMuse細胞の母集団として用いる場合、SSEA−3陽性細胞の全てがCD105陽性細胞であることが分かっている。したがって、本発明における細胞製剤においては、生体の間葉系組織又は培養間葉系幹細胞からMuse細胞を分離する場合は、単にSSEA−3を抗原マーカーとしてMuse細胞を精製し、使用することができる。なお、本明細書においては、慢性腎障害を治療するための細胞製剤において使用され得る、SSEA−3を抗原マーカーとして、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織から分離された多能性幹細胞(Muse細胞)又はMuse細胞を含む細胞集団を単に「SSEA−3陽性細胞」と記載することがある。また、本明細書においては、「非Muse細胞」とは、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織に含まれる細胞であって、「SSEA−3陽性細胞」以外の細胞を指す。
簡単には、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、細胞表面マーカーであるSSEA−3に対する抗体を単独で用いて、又はSSEA−3及びCD105に対するそれぞれの抗体を両方用いて、生体組織(例えば、間葉系組織)から分離することができる。ここで、「生体」とは、哺乳動物の生体をいう。本発明において、生体には、受精卵や胞胚期より発生段階が前の胚は含まれないが、胎児や胞胚を含む胞胚期以降の発生段階の胚は含まれる。哺乳動物には、限定されないが、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、ウサギ、モルモット等のげっ歯類、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、フェレット等が挙げられる。本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、生体の組織から直接マーカーを持って分離される点で、胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞と明確に区別される。また、「間葉系組織」とは、骨、滑膜、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、歯髄、臍帯、臍帯血などの組織及び各種臓器に存在する組織をいう。例えば、Muse細胞は、骨髄や皮膚、脂肪組織から得ることができる。例えば、生体の間葉系組織を採取し、この組織からMuse細胞を分離し、利用することが好ましい。また、上記分離手段を用いて、線維芽細胞や骨髄間葉系幹細胞などの培養間葉系細胞からMuse細胞を分離してもよい。なお、本発明の細胞製剤においては、使用されるMuse細胞は、細胞移植を受けるレシピエントに対して自家であってもよく、又は他家であってもよい。
上記のように、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA−3陽性、及びSSEA−3とCD105の二重陽性を指標にして生体組織から分離することができるが、ヒト成人皮膚には、種々のタイプの幹細胞及び前駆細胞を含むことが知られている。しかしながら、Muse細胞は、これらの細胞と同じではない。このような幹細胞及び前駆細胞には、皮膚由来前駆細胞(SKP)、神経堤幹細胞(NCSC)、メラノブラスト(MB)、血管周囲細胞(PC)、内皮前駆細胞(EP)、脂肪由来幹細胞(ADSC)が挙げられる。これらの細胞に固有のマーカーの「非発現」を指標として、Muse細胞を分離することができる。より具体的には、Muse細胞は、CD34(EP及びADSCのマーカー)、CD117(c−kit)(MBのマーカー)、CD146(PC及びADSCのマーカー)、CD271(NGFR)(NCSCのマーカー)、NG2(PCのマーカー)、vWF因子(フォンビルブランド因子)(EPのマーカー)、Sox10(NCSCのマーカー)、Snai1(SKPのマーカー)、Slug(SKPのマーカー)、Tyrp1(MBのマーカー)、及びDct(MBのマーカー)からなる群から選択される11個のマーカーのうち少なくとも1個、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個又は11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。例えば、限定されないが、CD117及びCD146の非発現を指標に分離することができ、さらに、CD117、CD146、NG2、CD34、vWF及びCD271の非発現を指標に分離することができ、さらに、上記の11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。
また、本発明の細胞製剤に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、以下:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ
からなる群から選択される少なくとも1つの性質を有してもよい。本発明の一局面では、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞は、上記性質を全て有する。ここで、上記(i)について、「テロメラーゼ活性が低いか又は無い」とは、例えば、TRAPEZE XL telomerase detection kit(Millipore社)を用いてテロメラーゼ活性を検出した場合に、低いか又は検出できないことをいう。テロメラーゼ活性が「低い」とは、例えば、体細胞であるヒト線維芽細胞と同程度のテロメラーゼ活性を有しているか、又はHela細胞に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下のテロメラーゼ活性を有していることをいう。上記(ii)について、Muse細胞は、in vitro及びin vivoにおいて、三胚葉(内胚葉系、中胚葉系、及び外胚葉系)に分化する能力を有し、例えば、in vitroで誘導培養することにより、肝細胞、神経細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。また、in vivoで精巣に移植した場合にも三胚葉に分化する能力を示す場合がある。さらに、静注により生体に移植することで損傷を受けた臓器(心臓、皮膚、脊髄、肝、筋肉等)に遊走及び生着し、組織に応じた細胞に分化する能力を有する。上記(iii)について、Muse細胞は、浮遊培養では増殖速度約1.3日で増殖するが、浮遊培養では1細胞から増殖し、胚様体様細胞塊を作り14日間程度で増殖が止まる、という性質を有するが、これらの胚様体様細胞塊を接着培養に持っていくと、再び細胞増殖が開始され、細胞塊から増殖した細胞が広がっていく。さらに精巣に移植した場合、少なくとも半年間は癌化しないという性質を有する。また、上記(iv)について、Muse細胞は、セルフリニューアル(自己複製)能を有する。ここで、「セルフリニューアル」とは、1個のMuse細胞から浮遊培養で培養することにより得られる胚様体様細胞塊に含まれる細胞から3胚葉性の細胞への分化が確認できると同時に、胚様体様細胞塊の細胞を再び1細胞で浮遊培養に持っていくことにより、次の世代の胚様体様細胞塊を形成させ、そこから再び3胚葉性の分化と浮遊培養での胚様体様細胞塊が確認できることをいう。セルフリニューアルは1回又は複数回のサイクルを繰り返せばよい。
(2)細胞製剤の調製及び使用
本発明の細胞製剤は、限定されないが、上記(1)で得られたMuse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団を生理食塩水や適切な緩衝液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させることによって得られる。この場合、自家又は他家の組織から分離したMuse細胞数が少ない場合には、細胞移植前に細胞を培養して、所定の細胞濃度が得られるまで増殖させてもよい。なお、すでに報告されているように(国際公開第WO2011/007900号パンフレット)、Muse細胞は、腫瘍化しないため、生体組織から回収した細胞が未分化のまま含まれていても癌化の可能性が低く安全である。また、回収したMuse細胞の培養は、特に限定されないが、通常の増殖培地(例えば、10%仔牛血清を含むα−最少必須培地(α−MEM))において行うことができる。より詳しくは、上記国際公開第WO2011/007900号パンフレットを参照して、Muse細胞の培養及び増殖において、適宜、培地、添加物(例えば、抗生物質、血清)等を選択し、所定濃度のMuse細胞を含む溶液を調製することができる。ヒト対象に本発明の細胞製剤を投与する場合には、ヒトの腸骨から数ml程度の骨髄液を採取し、例えば、骨髄液からの接着細胞として骨髄間葉系幹細胞を培養して有効な治療量のMuse細胞を分離できる細胞量に達するまで増やした後、Muse細胞をSSEA−3の抗原マーカーを指標として分離し、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。あるいは、例えば、Muse細胞をSSEA−3の抗原マーカーを指標として分離後、有効な治療量に達するまで細胞を培養して増やした後、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。
また、Muse細胞の細胞製剤への使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入及び増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)や間葉系幹細胞に含まれるMuse細胞以外の細胞又は成分を細胞製剤に含有させてもよい。当業者は、これら因子及び薬剤を適切な濃度で細胞製剤に添加することができる。このように、Muse細胞は、各種添加物を含む医薬組成物として使用することも可能である。
上記で調製される細胞製剤中に含有するMuse細胞数は、慢性腎障害の治療において所望の効果(例えば、クレアチニンクリアレンの改善、血清クレアチニン量の低下、血中の尿素窒素量の低下、糸球体効果面積の減少など)が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜、調整することができる。後述する実施例3〜7においては、塩酸ドキソルビシン投与によって作製した慢性腎障害モデルマウスに対して、Muse細胞移植による各種の効果を検討した。約20〜30
gのBalb/cマウス又はSCIDマウスに対しては、SSEA3陽性細胞を2×10細胞/頭で投与することにより、非常に優れた効果が得られた。この結果から哺乳動物一個体あたり6.6〜10×10細胞/kgを体重換算した細胞量を投与することで優れた効果が得られることが期待される。なお、対象とする個体はマウス、ヒトを含むがこれに限定されない。また、本発明の細胞製剤は、所望の治療効果が得られるまで、複数回(例えば、2〜10回)、適宜、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回、1カ月に1回、2カ月に1回、3カ月に1回、6カ月に1回)をおいて投与されてもよい。したがって、対象の状態にもよるが、治療上有効量としては、例えば、一個体あたり1×10細胞〜1×10細胞で1〜10回の投与量が好ましい。一個体における投与総量としては、限定されないが、1×10細胞〜1×10細胞、1×10細胞〜5×10細胞、2×10細胞〜2×10細胞、5×10細胞〜5×10細胞、1×10細胞〜1×10細胞などが挙げられる。
3.マウス慢性腎障害モデルの作製とMuse細胞による治療効果
本明細書においては、本発明の細胞製剤による慢性腎障害の治療効果を検討するためにマウス慢性腎障害モデルを構築し、使用することができる。該モデルとして使用されるマウスには、限定されないが、一般的に、Balb/cマウス、SCIDマウスが挙げられる。慢性腎障害モデルは、これらのマウスに抗ガン剤(例えば、塩酸ドキソルビシン)を静脈投与することによって作製され得る。塩酸ドキソルビシンは、アドリアマイシン(慣用名)としても知られ、過剰投与により腎障害(ヒトの単状糸球体硬化症に類似した慢性腎障害)を引き起こすことは広く知られている。本発明によれば、塩酸ドキソルビシンの投薬量は、好ましくは個体1gあたり11.5μgである。
本発明の細胞製剤はヒト由来のMuse細胞であるため、該製剤を投与されるマウスとは異種の関係にある。通常、モデル動物において異種の細胞等が投与される実験では、異種細胞の生体内で拒絶反応を抑制するために、異種細胞の投与前又は同時に免疫抑制剤(シクロスポリンなど)が投与される。これまでに、本発明者らは、Muse細胞の母集団である間葉系細胞が元々強い免疫抑制を有し、Muse細胞も同様の作用を有することを見出している。したがって、本発明においては、免疫抑制剤を使用していないマウスモデルにおいて免疫抑制剤を使用しなくてもよい。実際に、免疫抑制剤を用いなくても、本発明の細胞製剤による顕著な腎機能の改善が見られた(実施例1〜6参照)。
本発明の実施形態では、本発明の細胞製剤は、慢性腎障害患者の腎機能を改善又は正常(又は正常値)に回復することができる。本明細書において使用するとき、腎機能の「改善」とは、慢性腎障害に伴う各種の症状の緩和及び進行の抑制を意味し、好ましくは、日常生活に差し支えない程度にまで症状を緩和することを意味する。また、腎機能を「正常に回復する」とは、慢性腎障害に起因した全ての症状が腎障害前の状態に戻ることを意味する。
本発明の細胞製剤を投与した後のマウスモデルの腎機能の評価は、一般的に知られ、簡易に測定可能な尿タンパク、クレアチニンクリアランス、血清クレアチニン、及び血中尿素窒素(BUN)、及び尿タンパク/クレアチニン比を指標として行うことができる。例えば、クレアチニンクリアランスの測定では、筋肉組織起源のクレアチニンが、腎機能の減少に伴って尿細管による分泌が増大することを指標としている。したがって、腎機能が改善又は正常に向かうことによって、クレアチニンクリアランスが増加し、一方、血清クレアチニン量が減少することになる。また、血中尿素窒素(BUN)は、タンパク質代謝の廃棄物であって、腎機能の低下に伴って血中のBUN量が増加する。血清クレアチニンと同様に、腎機能が改善又は正常に向かうことによって、BUNは減少する。なお、ヒトでは、血清クレアチニンについては、正常値が0.4〜1.2mg/dlであり、BUNについては、正常値が8〜20mg/dlである。
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
実施例1:マウス慢性腎障害モデルの作製
本実施例におけるマウスを用いた実験プロトコールは、「国立大学法人東北大学動物実験等に関する規定」を遵守し、実験動物は、東北大学動物実験センターの監督下において該規定に沿って作製された。より具体的には、マウス慢性腎障害モデルは、Balb/cマウス及びSCIDマウス(雄性11〜13週齢)の尾静脈に塩酸ドキソルビシン(Sigma)を11.5μg/gマウスを投与することによって作製した。これらは、ヒト慢性腎不全の原因疾患の一つである単状糸球体硬化症(FSGS)様の病像を呈するモデルである。
実施例2:ヒトMuse細胞の調製
ヒトMuse細胞の調製は、国際公開第WO2011/007900号に記載された方法に従って行った。より具体的には、ヒト骨髄液から接着性を有する間葉系細胞を培養し、増殖を経て、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団をSSEA−3陽性細胞としてFACSにて分離した。また、非Muse細胞は、上記間葉系細胞のうち、SSEA−3陰性の細胞群であり、対照として用いた。その後、リン酸緩衝生理食塩水又は培養液を用いて、所定濃度に調整し、以下の慢性腎障害マウスモデルにおけるMuse細胞による腎機能評価等に使用した。なお、骨髄間葉系細胞などの間葉系細胞を培養して得たものをMuse細胞の母集団として用いる場合、Wakaoら(2011、上述)によって報告されているように、SSEA−3陽性細胞は全て、CD105陽性細胞であることが分かっている。
実施例3:Muse細胞移植によるBalb/cマウスの慢性腎障害モデルにおける腎機能評価
実施例1で作製した慢性腎障害マウス(Balb/c)を3群に分け、塩酸ドキソルビシン投与の1週間後に各群のマウスにMuse細胞(2×10個、200μl)、ヒト骨髄由来の非Muse細胞(2×10個、200μl)、又は生理食塩水(200μl)を尾静脈に投与した。その後、所定期間経過後に、各マウスについて、クレアチニンクリアランス、血清クレアチニン、血中尿素窒素(BUN)、及び尿タンパクを常法に従って測定し、慢性腎障害マウスに対するMuse細胞の治療効果を評価した。なお、投与に使用した細胞はいずれもヒト由来であるが、該細胞のマウスへの投与に際して、実験期間中、免疫抑制剤を用いていない。
(a)クレアチニンクリアランス及び血清クレアチニン
上記マウスモデル群のそれぞれについて、塩酸ドキソルビシン投与から6週間後のクレアチニンクリアランス(μl/分)の測定結果を図1右に示す。Muse細胞の投与群におけるクレアチニンクリアランスは、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群と比較して有意に高かった。Muse細胞の投与群と非Muse又は生理食塩水の投与群は、それぞれ有意差があった。これにより、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群と比較して、Muse細胞を投与された慢性腎障害マウスでは、腎臓において血清中のクレアチニンを排泄する機能が回復していることがわかる。さらに、上記のマウスモデルのそれぞれについて、血清クレアチニン濃度(mg/dl)を測定した(図1左)。Muse細胞の投与群の血清クレアチニン濃度は、生理食塩水の投与群と比較して低く、統計的有意差を示した。一方、非Muse細胞の投与群は、生理食塩水の投与群と比較して統計的有意差を示さなかった。
(b)血中尿素窒素(BUN)及び尿タンパク/クレアチニン比
腎臓による尿の排泄機能を調べるために、塩酸ドキソルビシン投与から6週間後の血中の尿素窒素(BUN)濃度(mg/dl)を測定した。図2左に示すように、Muse細胞の投与群では、非Muse細胞の投与群及び生理食塩水の投与群と比較して、血中の尿素窒素濃度が低下した。さらに、排泄尿中の尿タンパク/クレアチニン比を測定すると、Muse細胞の投与群では、他の群と比較して該比が低く、腎機能が改善されていることを示唆した(図2右)。
(c)糸球体硬化
塩酸ドキソルビシン投与から6週間後に、慢性腎障害に伴う糸球体硬化に対するMuse細胞の糸球体修復効果を検討した(図3)。各マウスを屠殺後、腎組織切片を作製し、PAS染色を行った。この染色によって、糸球体基底膜の変化から、糸球体硬化の程度を観察した。図3の上段に、Muse細胞、非Muse細胞、及び生理食塩水の投与群における各マウスの腎組織(糸球体)切片を示す。Muse細胞の投与群(左)では、糸球体基底膜が非常に明確であることがわかる。一方、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群(中央及び右)では、糸球体硬化が進行し、糸球体基底膜の輪郭が不鮮明である。さらに、各モデル群の1個体あたり連続する20個の糸球体を観察し、糸球体硬化の面積比を画像解析ソフトNISelement(登録商標)(Nicon社)を用いて、1糸球体におけるPAS陽性面積を解析した(下段)。Muse細胞の投与群では、他の投与群と比較して、糸球体硬化の面積比が小さかった。これにより、Muse細胞は、糸球体硬化の進行を防ぎ、さらに糸球体の再建及び修復を促すことが示唆された。
実施例4:腎組織におけるMuse細胞の生着及び分化
(a)Muse細胞の腎組織における生着
尾静脈投与されたMuse細胞及び非Muse細胞の挙動を調べるために、これらの細胞が腎組織に生着するかどうかを検討した。最初に、GFP陽性のMuse細胞及び非Muse細胞を作製し、これらを投与8週後のマウスを用い、実施例3と同様に腎組織切片を調製し、蛍光顕微鏡下で観察した。単位面積あたりの移植細胞数をカウントして、Muse細胞及び非Muse細胞の生着について検討した。図4に示されるように、投与されたMuse細胞は、腎組織に生着しているのに対して、非Muse細胞はほとんど生着しなかった。
次に、GFP陽性で標識していないヒトMuse細胞及を投与し、8週後に、実施例3と同様に腎組織切片を作製後、抗体ヒトゴルジ複合体抗体を用いてヒトMuse細胞を染色した。図5は、1糸球体及びその周辺を含む領域における蛍光画像を示す。図5左は、該抗体で染色した場合の蛍光画像であるが、中央の画像の通り、腎組織は自家蛍光が強いため、抗体による蛍光から自家蛍光を差し引いた蛍光画像を右に示す。上段の蛍光画像は、Muse細胞の投与群の画像であり、矢頭で指示されるように、Muse細胞は、糸球体、尿細管、間質部等に広く分布して生着している。
(b)Muse細胞の腎組織における分化
腎組織に生着したMuse細胞が分化するかどうかを検討した。本実験では、緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子が導入されたGFP陽性のMuse細胞を用いた。また、遠位尿細管の上皮細胞において特異的に発現しているカルビンジンに対する抗体を用いて、Muse細胞の上皮細胞への分化について検討した。図6中央は、遠位尿細管に生着したMuse細胞(GFP陽性)を示す。一方、図6右は、カルビンジンに対する抗体染色による上皮細胞を示す。これらの画像を重ね合わせた画像を図6左に示す。特に蛍光が強い領域を拡大すると、GFP蛍光とカルビンジン蛍光が同一細胞群において観察されたことから、Muse細胞は、遠位尿細管に集積し、遠位尿細管の細胞に分化していることが示唆された。さらに、Muse細胞は、近位尿細管に生着し、近位尿細管の上皮細胞に分化するかどうかをアクアポリン(AQP1)の発現に基づいて検討した。図7上段は、Muse細胞を投与した場合にGFP蛍光画像(中央)、AQP1染色画像(右)、及び両者を重ね合わせた画像(左)を示す。重ね合わせた画像から分かるように、GFP陽性のMuse細胞は、近位尿細管の上皮細胞の分子マーカーであるアクアポリンを発現していることから、投与されたMuse細胞は、近位尿細管に集積し、近位尿細管の細胞に分化していることが示唆された。なお、陰性対照としてGFP及びAQP1に対する1次抗体で染色していないものを用いた(図7下段)。
実施例5:Muse細胞の遊走能の検討
上記の通り、慢性腎障害マウスモデルの尾静脈に投与されたMuse細胞は、腎障害部位に集積し、糸球体、遠位尿細管、及び近位尿細管の再建及び修復に大いに寄与していることが示唆された。次に、Muse細胞の腎障害部位への集積に関して、インビトロにおいてボイデンチャンバー法により、Muse細胞の遊走能を検討した。具体的には、使用したボイデンチャンバーは、BDマトリゲルインベージョンチャンバー(登録商標)(BD Biosceince−Discovery Labware)であり、チャンバー内に8.0μmのポアサイズを有するBDファルコンセルカルチャーインサートを含む。該インサートの上面にはマトリゲルマトリックスが塗布されている。インサートの下部に疾患モデルマウス血清を添加し、インサート内にMuse細胞(3.5×10個/ウェル)又は非Muse細胞(3.5×10個/ウェル)を播種した。培養20時間後、インサートを通過した細胞数を顕微鏡下で求めた。結果を図8に示す。縦軸は、顕微鏡下で拡大した観察した1視野あたりに存在する細胞数を表す。陰性対照として用いたMuse細胞+疾患モデルマウス血清不含、又は非Muse+疾患モデルマウス血清不含の系では、インサートを通過する細胞はほとんど観察されなかった。これに対して、疾患モデルマウス血清が添加された系では、Muse細胞は非常に高い遊走性を示し、これは、非Muse細胞+疾患モデルマウス血清の件と比較しても顕著であった。このことから、疾患モデルマウス血清には、Muse細胞を遊走させるための何らかの因子を含むことが示唆された。
実施例6:インビボにおける細胞移動アッセイ
慢性腎障害マウスモデルにおける腎障害部位へのMuse細胞の移動性を検討した。Muse細胞及び非Muse細胞をそれぞれ培養ディッシュに接着させ、一晩培養後、Hoechest 33342(Sigma)を用いて、これらの細胞核を染色した。続いて、トリプシン処理後、細胞数をカウントし、2×10個を慢性腎障害マウスモデルに尾静脈投与した。投与の24時間後、常法に従って、腎組織を固定し、蛍光顕微鏡下で観察した。Muse細胞を投与した系の蛍光画像を図9に示し、非Muse細胞を投与した系の蛍光画像を図10に示す。いずれの画像においても、各染色されたMuse細胞及び非Muse細胞の核は強いシグナルのスポットとして特定される(矢印部分)。尾静脈に投与されたMuse細胞は、糸球体、尿細管、間質部等に広く分布していたが、非Muse細胞は、尿細管及び間質部にのみ観察された。このことから、Muse細胞は、非Muse細胞と比較して、疾患部位に対して高い遊走性及び生着能を有していると考えられる。
実施例7:ヒトMuse細胞移植によるSCIDマウスの慢性腎障害モデルにおける腎機能評価、腎組織におけるヒトMuse細胞の生着及び分化
ヒト細胞を拒絶しない免疫不全のSCIDマウスを用いて、腎機能評価の1つとしてクレアチニンクリアランスを経時的に測定した。実験手順は、実施例3と同様に、実施例1で作製した慢性腎障害マウス(SCID)を3群に分け、塩酸ドキソルビシン投与の1週間後に各群のマウスにMuse細胞(2×10個、200μl)、ヒト骨髄由来の非Muse細胞(2×10個、200μl)、又は生理食塩水(200μl)を尾静脈に投与した。その後、各マウスについて、クレアチニンクリアランスを経時的に測定し、結果を図11に示す。ヒトMuse細胞の投与群におけるクレアチニンクリアランスは、測定開始から6週目まで減少するが、測定期間中、非Muse細胞及び生理食塩水の投与群と比較して、有意に高かった。また、Muse細胞の投与群では、Balb/c慢性腎障害モデルと同様に、腎機能が顕著に回復していることが示唆された。
さらに、SCIDマウスに投与されたヒトMuse細胞の挙動を調べるために、Muse細胞が腎組織に生着し、分化するかどうかを検討した。Muse細胞を投与後の8週目において、実施例3と同様に腎組織切片を調製し、特に、本実施例においては糸球体にMuseが生着するかどうかを蛍光染色により調べた。図12に示すように、Muse細胞は、ヒトゴルジ複合体に対する抗体により赤色の蛍光は発し(右パネル)、さらに、足細胞のマーカーとして知られているWT−1(転写因子)の発現をこれに対する抗体により検出すると、緑色の蛍光を発していた(中央パネル)。両パネルを重ね合わせた画像(左パネル)において、ヒトゴルジ複合体とWT−1の蛍光が同一細胞群において観察されたことから、投与されたMuse細胞は、糸球体に集積し、足細胞に分化していることが示唆された。さらに、血管内皮細胞の表面抗原マーカーであるCD31に対する抗体を用いて蛍光免疫染色すると、投与されたMuse細胞は、糸球体において血管内皮細胞に分化していることが示唆された(図13)。このように、投与されたMuse細胞は、慢性腎障害のSCIDマウスにおいても、障害部位に集積し、腎組織を構成する細胞に分化する可能性が示唆された。
本発明の細胞製剤は、慢性腎障害マウスモデルに投与することにより、腎障害部位において腎組織を再建及び修復し、腎機能を回復させることができ、慢性腎障害の治療に応用することができる。
本明細書に引用する全ての刊行物及び特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。なお、例示を目的として、本発明の特定の実施形態を本明細書において説明したが、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく、種々の改変が行われる場合があることは、当業者に容易に理解されるであろう。

Claims (10)

  1. 生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA−3陽性の多能性幹細胞を含む、慢性腎障害を予防及び/又は治療するための細胞製剤。
  2. 外部ストレス刺激によりSSEA−3陽性の多能性幹細胞が、濃縮された細胞画分を含む、請求項1に記載の細胞製剤。
  3. 慢性腎障害が、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、糖尿病性腎症、嚢胞腎、慢性腎盂腎炎、急速進行性糸球体腎炎、悪性高血圧症、SLE腎炎、アミロイド腎、腎・尿路腫瘍、骨髄腫、閉塞性尿路生涯、痛風腎、腎形成不全、及び腎・尿路結核からなる群から選択される、請求項1又は2に記載の細胞製剤。
  4. 前記多能性幹細胞が、CD105陽性である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞製剤。
  5. 前記多能性幹細胞が、CD117陰性及びCD146陰性である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞製剤。
  6. 前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性、及びCD271陰性である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞製剤。
  7. 前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性、及びDct陰性である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞製剤。
  8. 前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の細胞製剤:
    (i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
    (ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
    (iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
    (iv)セルフリニューアル能を持つ。
  9. 前記多能性幹細胞が、腎障害部位に集積する能力を有する、請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞製剤。
  10. 前記多能性幹細胞が、足細胞、メサンギウム細胞、糸球体内皮細胞、傍糸球体細胞、近位尿細管細胞、遠位尿細管細胞、血管内皮細胞、ヘンレわな、及び/又は集合管の細胞からなる群から選択される1つ以上の細胞に分化する能力を有する、請求項1〜9のいずれか1項に記載の細胞製剤。
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