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JP2014218548A - 分子膜及び分子膜を積層した累積膜 - Google Patents

分子膜及び分子膜を積層した累積膜 Download PDF

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Abstract

【課題】本発明は、超高稠密化した有機分子膜を得ることを目的とする。
【解決手段】本発明は、下記一般式(1)で表される両親媒性分子を含む分子膜であって、両親媒性分子は、分子膜内において面方向に対して垂直に配向しており、両親媒性分子一本の占有断面積が20sqÅ以下であることを特徴とする分子膜に関する。

(一般式(1)中、Xは、炭素数が1〜10のアルキレン基を表し、1つの炭素原子、又は隣接しない2以上の炭素原子が酸素又は硫黄の原子に置換されていてもよい。また、Yは極性基を表すか、又は極性基を有する原子団を表す。p1は1〜20の整数を表し、p2及びp3はそれぞれ0〜8の整数を表し、p4は0又は1の整数を表す。qは0〜30の整数を表し、nは1〜10の整数を表し、sは1〜30の整数を表す。)
【選択図】図1

Description

本発明は、分子膜及び分子膜を積層した累積膜に関する。具体的には、本発明は、両親媒性分子を含む分子膜であって、超高稠密化した分子膜と、該分子膜を積層することにより形成される累積膜に関する。
有機化合物からなる薄膜として、ラングミュア−ブロジェット膜(以下、「LB膜」という。)が知られている。LB膜は、疎水性基と親水性基を持つ両親媒性分子からなる分子膜であり、両親媒性分子が水表面へ展開され、その展開液が凝縮されて高度にパッキングされることにより形成される凝集膜である。
LB膜のように、炭素を主要な元素として構成する分子膜(有機材料)は、共有結合という結合種や、他の様々な結合様式によってその骨格が形成されている。さらに、分子膜を構成する有機化合物は、炭素鎖同士の多様な分子間相互作用(群からなる多様な静電力と分散力(ファンデルワールス力)による凝集力と、炭素鎖を構成する結合電子からなる電子雲の反発によりバランス化された平衡間距離を保っている。このため、分子膜は、炭素鎖や分子構造による排除体積効果に依存した熱力学的安定異方性構造によって形成される極めて多種多様な有機構造体から形成されている。しかし、有機材料における典型的な分子間距離又は炭素鎖間距離は、3〜4Åとされており、この距離には例外が見当たらない(例えば、非特許文献1及び2)。
一方、無機系材料も同様の原理で集合構造を形成するが、金属は金属結合(特徴的な自由電子の静電力、クーロン力)によって、強く、高密度な凝集構造をとる。金属酸化物など多くの無機化合物も、イオン金属結合などの強固な化学結合をもとに強固な凝集構造をとっている。また、周期律表からも明らかなように、一般的な有機化合物は、ほぼ第3周期までのいわゆる軽元素を主に構成され、金属などの無機化合物は逆に第3周期以降の重元素により構成されるものが多い。このため、有機化合物は、軽元素により疎に凝集しており、逆に無機化合物は重元素により密に凝集していると大まかに区別することができる。従って、無機化合物は元素の集合状態がより緻密であるため、気体の透過率は極めて小さく、高密度である。また、無機化合物は単位体積当たりの電子密度も高いため、高屈折率を有する。
炭素系の化合物であるにも関わらず、無機化合物と同様な物性をもった素材として、炭素の共有結合だけで構成されたダイヤモンドがある。ダイヤモンドは極めて高硬度であり、高密度(3.513g/cm3)、高屈折率(2.42)を有する。このような物性値は、一般的な有機化合物からはかけ離れているが、それはダイヤモンドが、水素を全く含まず炭素のみで構成され、すべての元素が共有結合で結び合わさっているために、元素同士が極めて接近し、金属のような高密度や高屈折率をとり得るためである。従って、凝集構造の点からは、ダイヤモンドは有機化合物の一般的な特徴である弱い物理的結合力であるファンデルワールス力が寄与する凝集の要素を全く持ち合わせていない。それと同時に、炭素化合物であることは、低緻密、低密度、低屈折率の直接的原因でないことがわかる。
しかし、ダイヤモンドのように特殊な有機化合物が高密度や高屈折率を有する一方で、一般的な有機化合物においては、元素同士が一定距離以上接近することはなく、低緻密、低密度、低屈折率を有している。このように、有機化合物の分子間距離又は炭素鎖間距離を隔てているものの一つに、ファンデルワールス半径の概念の存在がある。これは、電子雲による電子反発とファンデルワールス引力の平衡値が3Å程度だという現在の化学の常識から導かれる。
炭化水素系有機化合物の分子間距離又は炭素鎖間距離に、3Å程度の間隙が空く要因としては、(1)分子鎖の熱揺らぎ、(2)分子鎖の剛直性および(3)分子鎖同士のvan der Waals引力が挙げられ、その時間積分がこの一定の体積を維持/必要としているものと推定される。すなわち、(1)分子鎖の熱揺らぎとして、分子はフェムト秒より長い時間スケールで振動また回転運動をしており、熱力学第二法則に従い、ある乱雑さをもって集まっている。また、(2)分子鎖の剛直性として、分子内の或る異なる二点間においては、通常、原子同士がその強固な共有結合によって結びあってできており、人の力で容易に切断したり折り曲げたりはできない。従って、その乱雑化した状態を、ぬれタオルを絞るようには小さく纏めることは容易ではない。さらに、(3)分子鎖同士のvan der Waals引力として、互いに隣接分子または官能基との分子間相互作用で異なるニ点が固定されるのは電子雲のゆらぎすなわち電子波束運動の時間スケールであるアト秒オーダーであり(非特許文献3)、全ての分子の配向状態が、刹那刹那、その状態で固定されるのであるから、本来一本の棒状分子が実体であっても、それがあたかももっと大きな円柱の体積が実体であるように我々は認識または錯覚するものと考えられる。そしてこの空間の生成はアト秒オーダー〜フェムト秒オーダーなので、圧縮などの実時間の行為ではそれを縮めることはできない。これは、分子のかたちや大きさに依存するものではなく、アト秒オーダー〜フェムト秒オーダーで分子の集合体の空間が形成され、多くの有機化合物ではこれらの因子が統計的には類似であるために、有機化合物はほぼ同じ間隙をもつのではないかという仮説も考え得る。
このような仮説を検証するためには、ab−initio計算をファンデルワールス力の寄与を入れて計算することが考えられるが、ファンデルワールス力の寄与を正確に計算で反映させるには、巨大な基底関数を用いる必要があり、その判断に必要な分子モデルの大きさの計算には、現在のコンピューターでもまだまだ不可能に近い時間を要し、現実的な方法ではないとされていた(非特許文献4)。
Mitsuhiro FUKUDA, Yoshinori TAMAI and Satoru KUWAJIMA、J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 3, No. 1, pp. 13.20 (2004) 藤森厚裕、表面47巻10号、1〜24頁2009年 Waseda Univ. News&Press release 2011/08/29 都築 誠二、本田 一匡、日本結晶学会誌46巻2号、165〜171頁2004年
以上のように、一般的な炭素系有機化合物において、ファンデルワールス半径の概念を超えて、分子間距離を近づけた実例は見出されておらず、当然ながら、密度や屈折率の点からも無機化合物と同程度かそれを超える程の値を示す実例は見出されていない。
また、ファンデルワールス半径の概念によって、炭素系有機化合物の分子間距離は一定距離を超えて接近し得ないという化学の固定通念が存在しており、計算化学によっても、現状では分子を高稠密化する方法論を見出すことは困難である。すなわち、従来の技術や固定通念からは、超高稠密化した分子膜(有機材料)を形成することは不可能であると考えられていた。
上述したように、高稠密化した分子膜(有機材料)を得ることは不可能であると考えられてきたが、高稠密化した分子膜(有機材料)が得られた場合、その化学理論的進歩に加えて、産業界にも革新的な進歩がもたらされる。具体的には、炭素系有機化合物が、金属のように互いに隣接分子又は隣接炭素鎖の電子雲が影響を与えるほどに近づいた場合、分子膜の緻密性は極端に上がり、分子膜だけで気体や物質の透過、遮蔽を極めて高精度に制御することが可能となる。また、緻密であるということは、同時に緻密な穴をも開けられることを意味する。さらに、密度という点でも、ダイヤモンドを超える密度を有する分子膜を形成することが可能になる。このように、高稠密化した分子膜が得られた場合、分子膜の工学的機能は格段に進化することが考えられる。
また、高稠密化した分子膜が得られた場合、電子的に活性な元素同士が互いの電子雲に影響を及ぼすほどに近づくことを可能とし、その電子的な相互作用の可能性を示唆できる。すなわち、現在の有機化合物半導体は、ほぼすべてがπ電子の寄与を必要としているが、活性元素のσ電子が、p−軌道やd−軌道を介して電子の授受を行うような新しい半導体の存在、すなわち電子的機能の革命的な進化を示唆し得る。より現実的には、単位体積当たりの電子密度が飛躍的に増大し、誘電体、すなわち自由電子をもたない高電子密度誘電体を形成することも可能となり、屈折率を飛躍的に高めることも可能となる。このように、超高稠密化した分子膜が得られた場合、光学素子業界も跳躍的進歩をとげることとなり、ディスプレー等にも多大な影響を与え得る可能性がある。
そこで、本発明者らは、従来の理論常識を打破し、技術的革新をもたらすために、超高稠密化した有機分子膜を得ることを目的として検討を進めた。すなわち、本発明は、ファンデルワールス半径の概念を超えて、分子間距離を近づけた超高稠密化有機分子膜を提供することを課題とする。
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、水素元素をフッ素元素に置き換えた両親媒性の有機化合物であって、特定の構造と炭素鎖長を有する両親媒性の有機化合物を用いて分子膜を形成することにより、超高稠密化した分子膜を得ることができることを見出した。さらに、本発明者らは、超高稠密化した分子膜においては、その密度や屈折率が非常に高く、従来の分子膜とは全く異なる物性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
具体的に、本発明は、以下の構成を有する。
[1]下記一般式(1)で表される両親媒性分子を含む分子膜であって、前記両親媒性分子は、前記分子膜内において面方向に対して垂直に配向しており、前記両親媒性分子一本の占有断面積が10sqÅ以下であることを特徴とする分子膜。
(一般式(1)中、Xは、炭素数が1〜10のアルキレン基を表し、1つの炭素原子、又は隣接しない2以上の炭素原子が酸素又は硫黄の原子に置換されていてもよい。また、Yは極性基を表すか、又は極性基を有する原子団を表す。p1は1〜20の整数を表し、p2及びp3はそれぞれ0〜8の整数を表し、p4は0又は1の整数を表す。qは0〜30の整数を表し、nは1〜10の整数を表し、sは1〜30の整数を表す。但し、一般式(1)中の−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−を構成するp1個の(CF2)、p2個の(CF(CF3))及びp3個の(C(CF32)の結合の順番は限定されない。なお、qが2以上の場合、複数の−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−は、それぞれ互いに同一であっても異なっていてもよい。また、sが2以上の場合、複数のn及びqは、それぞれ互いに同一であっても異なっていてもよい。)
[2]前記両親媒性分子一本の占有断面積が5sqÅ以下であることを特徴とする[1]に記載の分子膜。
[3]前記両親媒性分子一本の占有断面積が1sqÅ以下であることを特徴とする[1]に記載の分子膜。
[4]前記分子膜の膜密度が3.5g/cm2以上であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の分子膜。
[5]前記分子膜の屈折率が3.0以上であることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載の分子膜。
[6]前記分子膜の表面圧が5mN/m以上であることを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載の分子膜。
[7]前記分子膜の平均膜厚は、0.5〜20nmであることを特徴とする[1]〜[6]のいずれかに記載の分子膜。
[8]前記両親媒性分子一本の占有断面積がファンデルワールス半径から算出される占有断面積の1/3以下であることを特徴とする[1]〜[7]のいずれかに記載の分子膜。
[9]前記一般式(1)において、p2及びp3はそれぞれ0の整数であることを特徴とする[1]〜[8]のいずれかに記載の分子膜。
[10]前記一般式(1)において、Yが極性基を有する原子団を表す場合、Yは置換されていてもよい環状基を有することを特徴とする[1]〜[9]のいずれかに記載の分子膜。
[11]前記一般式(1)において、Yが極性基を表す場合、Yは水酸基であることを特徴とする[1]〜[10]のいずれかに記載の分子膜。
[12]前記一般式(1)においてYが極性基を有する原子団である両親媒性分子(a)と、前記一般式(1)においてYが極性基である両親媒性分子(b)とを含むことを特徴とする[1]〜[11]のいずれかに記載の分子膜。
[13]前記両親媒性分子(a)において、Yが極性基を有する環状構造含有原子団であることを特徴とする[12]に記載の分子膜。
[14]前記両親媒性分子(a)と前記両親媒性分子(b)のモル比は1:6〜400:1であることを特徴とする[12]又は[13]に記載の分子膜。
[15]前記両親媒性分子の分子量が200〜5000であることを特徴とする[1]〜[14]のいずれかに記載の分子膜。
[16]前記分子膜は単層膜であることを特徴とする[1]〜[15]のいずれかに記載の分子膜。
[17]前記分子膜内において、前記両親媒性分子は固定されていることを特徴とする[1]〜[16]のいずれかに記載の分子膜。
[18][1]〜[17]のいずれかに記載の分子膜と基板を有することを特徴とする積層分子膜。
[19]前記基板は金基板であることを特徴とする請求項[18]に記載の積層分子膜。
[20]前記基板は樹脂基板であることを特徴とする請求項[18]に記載の積層分子膜。
[21][1]〜[17]のいずれかに記載の分子膜が2層以上積層されて形成されることを特徴とする累積膜。
[22][21]に記載の累積膜と基板を有することを特徴とする積層累積膜。
本発明の製造方法によれば、ファンデルワールス半径の概念を超えて、分子間距離を近づけた超高稠密化状態の分子膜を得ることができる。
また、本発明によれば、炭素系有機化合物の分子間距離を極限まで近づけることにより、従来の技術常識や理論常識の延長線上にない工学的物性、光学的物性及び電子的物性を発揮し得る新規材料を提供することができる。
図1は、本発明の分子膜の概略断面図である。 図2は、圧縮工程におけるπ−A曲線を表すグラフである。 図3は、本発明の累積膜の概略断面図である。 図4は、分子膜が形成される工程を模式的に示した図である。 図5は、分子膜の崩壊現象を模式的に表した図である。 図6は、垂直浸漬法により、分子膜を採取する工程を模式的に示した図である。 図7は、水平付着法により、分子膜を採取する工程を模式的に示した図である。 図8は、圧縮工程におけるπ−A曲線を表すグラフである。 図9は、圧縮工程におけるπ−A曲線を表すグラフであって、実施例と比較例を比較したものである。 図10は、環状基を有さない両親媒性分子を含む場合のπ−A曲線と占有断面積断面積を表したグラフである。 図11は、他の実施例の圧縮工程におけるπ−A曲線を表すグラフである。 図12は、FT−IR RAS法を説明した概略図である。 図13は、C−CF3伸縮振動のピーク波数を示すグラフである。 図14は、分子膜の超高分解能非接触三次元表面形状を表す図である。 図15は、分子鎖モデルをWINMOSTARで計算を行った解析の結果である。 図16は、分子鎖モデルの回転障壁エネルギーを比較した図である。 図17は、X線反射率の入射角依存性プロファイルを説明する図である。 図18は、表面プラズモン共鳴(SPR)方による測定方法の概略を説明する図である。 図19は、圧縮率と分子鎖の表面圧を関係を示すグラフである。 図20は、繰り返し圧縮した回数と表面圧を関係を示すグラフである。
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は「〜」前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
(両親媒性分子)
本発明は、両親媒性分子から形成される分子膜であって、超高稠密化した分子膜に関する。ここで、両親媒性分子とは、一つの分子内に親水性基と疎水性基を併せ持つ分子のことをいう。中でも、より強い親水性の基とより強い疎水性の基を併せ持つ分子はより良好な両親媒性の機能を発現し、水面に展開した際に親水性基を水面に向け、疎水性基を空気界面側に向けて安定に配向するラングミュアー膜(単分子膜)を形成する。パーフルオロ基の場合は強い疎水性、撥水性を有し、空気界面側に向かう傾向が強いために、親水性基はその親水性がさほど強くないベンゼン環やその縮合環であるトリフェニレン環であってもラングミュアー膜(単分子膜)を形成する。すなわち、本発明で用いる両親媒性分子の性質は、ラングミュアー膜の安定な形成能であって、分子内の親疎水性基の相対的な強さに依存する。
本発明で用いる両親媒性分子は、水面上で分子膜を形成することが可能でありかつ固体基板に累積可能なものの中から選択される。具体的には、本発明の分子膜の製造方法において用いることができる両親媒性分子は、下記一般式(1)で表される。この両親媒性分子を含む分子膜においては、両親媒性分子鎖同士の距離(分子間距離)は極限まで近づくことができ、ファンデルワールス半径の概念を超えて、分子間距離が近づいた超高稠密化状態となる。
一般式(1)中、Xは、炭素数が1〜10のアルキレン基を表し、1つの炭素原子、又は隣接しない2以上の炭素原子が酸素又は硫黄の原子に置換されていてもよい。また、Yは極性基を表すか、又は極性基を有する原子団を表す。p1は1〜20の整数を表し、p2及びp3はそれぞれ0〜8の整数を表し、p4は0又は1の整数を表す。qは0〜30の整数を表し、nは1〜10の整数を表し、sは1〜30の整数を表す。但し、一般式(1)中の−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−を構成するp1個の(CF2)、p2個の(CF(CF3))及びp3個の(C(CF32)の結合の順番は限定されない。なお、qが2以上の場合、複数の−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−は、それぞれ互いに同一であっても異なっていてもよい。また、sが2以上の場合、複数のn及びqは、それぞれ互いに同一であっても異なっていてもよい。
一般式(1)中、Xは、炭素数が1〜10のアルキレン基を表す。Xで表されるアルキレン基は置換基を有するものであってもよいが、置換基を有さないアルキレン基であることが好ましい。また、アルキレン基の炭素数は、1〜10であればよく、1〜6であることが好ましく、1〜4であることがより好ましく、1又は2であることがさらに好ましい。
一般式(1)中、Yは、極性基を表すか、又は極性基を有する原子団を表す。本発明において、Yの極性基部分は、基板に吸着する吸着基として作用する。極性基部分は、金やガラス等から形成された基板や炭素から形成された保護膜、SiO2及びZrO2等の酸化物膜、窒化物膜、ホウ化物膜および樹脂膜等に対して吸着する。
一般式(1)中においてYが極性基である場合、Yは、例えば、水酸基(−OH)、アミノ基(−NH2)、メルカプト基(−SH)、カルボキシル基(−COOH)、アルコキシカルボニル基(−COOR;但しRはアルキル基)、カルバモイル(−CONH2)、ウレイド基(−NHCONH2)、スルホンアミド基(−SO2NH2)、リン酸基(−OP(=O)(OH)2)、スルホ酸基(−SO3H)、スルフィノ基(−S(=O)OH)であること好ましい。これらの中でも、水酸基であることが特に好ましい。
また、一般式(1)中においてYが極性基を有する原子団である場合は、Yが有する極性基は、末端に位置する1価基であっても、末端以外に位置する2価以上の基であってもよい。Yが有する極性基が末端に位置する1価の極性基である場合の例としては、上述した極性基と同様のものを挙げることができる。また、Yが有する極性基が末端以外に位置する2価以上の基である場合の例としては、カルボニル基(−CO−)、カルボニルオキシ基(−COO−)、アミノ基(−NH−又は−NR−;但しRはアルキル基)、ジスルフィド基(−S−S−)、スルフィニル基(−S(=O)−)、アミノカルボニル基(−NHCO−)、ウレイレン基(−NHCONH−)、イミノ基(C=NH又はC=NR(R:は置換基))、イミド基(−C(=O)NHC(=O−))、スルホンイミド基(−S(=O)2NHS(=O)2−)及びアミノスルホニル基(−NHSO2−)を上げることができる。なお、Yが2価の基である場合、1価の基として挙げた基から水素原子を1つ取り除いた基を上げることができ、Yが3価の基である場合、アミノ基(−NR−;但しRはアルキル基)を挙げることができる。
Yが極性基を有する原子団である場合、Yは置換されていてもよい環状基を有することが好ましい。環状基の例には、芳香族環の残基(芳香族性環状基)及び非芳香族環の残基(例えば、12−アザクラウン−4及び15,18,21,24−アザクラウン等のアザクラウン環、並びにシクロヘキサン環等の非芳香族性環状基)の双方が含まれる。また、金属に配位している配位子の残基であってもよく、中心金属に配位することによってはじめて環状構造を形成する元々は鎖状の基であってもよい。即ち、本明細書では、「環状基」は、元々は鎖状等の非環状基であっても、分子が複数集合して、環状構造型の集合体または超分子または錯体を形成するのであれば、環状基の意味に含まれるものとする。
環状基を構成する原子については特に制限はないが、少なくとも炭素原子を環構成原子として含むのが好ましい。環状基は、炭素原子のみを環構成原子とする環状基から選択されてもよいし、並びに炭素原子とともに、窒素原子、酸素原子、及び硫黄原子等のヘテロ原子を環構成原子とする環状基から選択されてもよい。基板吸着性の観点では、ヘテロ原子を環構成原子とする環状基から選択されるのが好ましく、特に、トリアジン環の残基等、窒素原子を含む環状基から選択されるのが好ましい。また、環状基は、複数のヘテロ環の残基を、環状に連結してなる多環式環状基(例えば、フタロシアニン、ポリフィリン、及びコロール等)であってもよい。なお、これらの環状基については、中心金属に配位した状態であってもよい。Yが有する環状基としては、例えば、特開2012−184339号公報の段落[0032]〜[0039]の記載を参照することができる。
Yが有する置換されていてもよい環状基には、水酸基等の極性基を含む種々の置換基が含まれていてもよい。環状基の環構成原子に、直接水酸基等の極性基が結合していてもよいし、また連結基を介して極性基が結合していてもよい。連結基の例には、炭素原子数1〜20のアルキレン基、炭素数2〜20のアルケニレン基、炭素数2〜20のアルキニレン基等が含まれる(但し、連結鎖中の1つの炭素原子、又は隣接していない2以上の炭素原子が、酸素、窒素、硫黄等の原子に置換されていてもよく、水素原子がフッ素原子に置換されていてもよい)。Yが有する置換されていてもよい環状基に置換可能な置換基の例としては、例えば、特開2012−184339号公報の段落[0040]及び[0041]に記載のものなどを挙げることができる。
なお、一般式(1)が表す化合物が両親媒性分子であるということは、パーフルオロ基が疎水性、撥水性であるので、Yは自動的に極性基を含む基を表すが、その性質は、Yとパーフルオロ基の親疎水性の相対的な差異の大きさに依存する。パーフルオロ基は非常に疎水的なので、sが3以上であれば、Yはベンゼン環又はその縮合環を有していてもその分子は両親媒性の振る舞いをする。
上記一般式(1)において、p1は1〜20の整数を表す。p1は、1〜15の整数であることが好ましく、1〜12の整数であることがより好ましく、1〜6の整数であることがさらに好ましく、1〜3の整数であることが特に好ましい。
また、上記一般式(1)において、p2及びp3はそれぞれ0〜8の整数を表す。p2及びp3はそれぞれ0〜5の整数であることが好ましく、0〜3の整数であることがより好ましく、0〜1の整数であることがさらに好ましく、0の整数であることが特に好ましい。
上記一般式(1)において、p4は、0又は1の整数を表す。p4は1の整数であることが好ましい。
上記一般式(1)において、qは0〜30の整数を表す。qは、0〜20の整数であることが好ましく、0〜10の整数であることがより好ましく、0〜6の整数であることがさらに好ましい。
上記一般式(1)において、nは1〜10の整数を表す。nは、1〜8の整数であることが好ましく、1〜6の整数であることがより好ましい。
また、上記一般式(1)において、sは1〜30の整数を表す。sは、1又は2の整数であることが好ましく、1の整数であることがより好ましい。
本発明で用いる両親媒性分子としては、上述したように一般式(1)で表される両親媒性分子のいずれか1種類のみを用いてもよい。なお、一般式(1)で表される両親媒性分子であって、Yが極性基である両親媒性分子のみを用いて分子膜を形成する場合は、後述する滴下速度等を調節することにより、均質な分子膜を形成することができる。
また、本発明では、一般式(1)においてYが極性基を有する原子団である両親媒性分子(a)と、一般式(1)においてYが極性基である両親媒性分子(b)を併用してもよい。すなわち、Yが極性基を有する原子団である両親媒性分子(a)と、Yが極性基である両親媒性分子(b)を水相表面上に導入して、分子膜を形成させてもよい。
本発明では、両親媒性分子(b)のみを用いる場合、界面活性が大きくなり、一部がミセル化し、水相に分散する懸念があるが、両親媒性分子(a)を少量加えることで両親媒性分子(b)のミセル化を効果的に抑制できる。それは両親媒性分子(a)が水に不溶性であり、パーフルオロ基を有する分子鎖同士の相互作用による膜としての配向のほうがミセル形成より安定になるのではないかと考えられる。
中でも、両親媒性分子(a)において、Yは極性基を有する環状構造含有原子団であることが好ましく、環状基を有する両親媒性分子(a)と環状基を有さない両親媒性分子(b)を併用することが好ましい。このように、環状基を有する両親媒性分子(a)を少量でも加えることで、環状基を有する両親媒性分子(a)が圧縮により、ギヤのように互いの凹凸を埋め合って膜自体が少し固くなることも単分子膜の安定性に寄与すると考えられる。このように、両親媒性分子(a)と両親媒性分子(b)を併用することにより、両親媒性分子により形成される分子膜をより高稠密構造とすることができる。
本発明の分子膜に含まれる両親媒性分子(a)と両親媒性分子(b)のモル比は1:6〜400:1であることが好ましい。両親媒性分子(a)と両親媒性分子(b)のモル比は1:1〜400:1であることが好ましく、6:1〜200:1であることがより好ましく、10:1〜150:1であることがさらに好ましい。両親媒性分子(a)と両親媒性分子(b)のモル比を上記範囲内とすることにより、より高稠密化した分子膜を得ることができる。
上述したように、一般式(1)で表される両親媒性分子はパーフルオロ基を有する分子鎖を含有する。なお、本願明細書中においては、一般式(1)おいて、Yが極性基を有する環状構造含有原子団である場合、パーフルオロ基を有する分子鎖のことを、側鎖と呼ぶことがある。ここで、側鎖とは、一般式(1)中の−[X−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−Cn2n+1 ]を構成する部分をいう。
また、本発明では、パーフルオロ基を有する分子鎖はパーフルオロエチレンオキシ鎖(PFPE鎖)であることが好ましい。これは、パーフルオロエチレンオキシ鎖の回転障壁エネルギーが小さく、柔軟性に優れた分子であるためである。また、パーフルオロエチレンオキシ鎖は、電子的には、周囲の環境に影響されず、かつ周囲に影響を与えない。このように、パーフルオロエチレンオキシ鎖は、周囲に併せて自身の構造を柔軟に変えて順応できる。本発明では、両親媒性分子としてパーフルオロエチレンオキシ鎖を用いることにより、両親媒性分子鎖間の距離を極限まで縮めることができ、超高稠密化した分子膜を形成することができる。
一般式(1)で表される両親媒性分子の具体例を例示するが、本発明で用いられる両親媒性分子はこれに限定されるものではない。
また、一般式(1)で表される両親媒性分子の具体例としては、上記の例示化合物の他に、特開2012−184339号公報の段落[0074]〜[0080]に記載の化合物を挙げることができる。
本発明で用いる両親媒性分子の分子量は200〜5000であることが好ましく、250〜2000であることがより好ましく、300〜800であることがさらに好ましい。両親媒性分子の分子量を上記範囲内とすることにより、両親媒性分子鎖同士が絡まることを抑制することができる。これにより、稠密化を妨げる分子鎖間の相互作用を排除することができ、より効果的に分子間鎖間距離を縮めることが可能となる。
一般式(1)で表される両親媒性分子のπ−A曲線はかなり高圧縮率になるまで表面圧がほとんど変化しない(Plateau性)ことが大きな特徴である。しかし、LB膜製造装置の膜採取の原理は、「膜の基板への吸着採取による膜面積の低下が表面圧の減少を引き起こし、それを圧力センサーが感知して元の表面圧になるまで圧縮する」ものであり、圧縮による表面圧が変化することが前提となっているため、一般式(1)で表される両親媒性分子では、正確な測定、膜の採取が原理的にできないのである。そこで、本発明では、π−A曲線には全くPlateau性のない素材を共存させてもよい。Plateau性のない素材は、一般式(1)で表される両親媒性分子であって、Yが極性基を有する原子団であり環状基を有するものに類似する構造であることが好ましい。なお、一般式(1)で表される両親媒性分に対してPlateau性のない素材は、20:1〜200:1程度添加することが好ましい。
また、一般式(1)で表される両親媒性分子が棒状分子である場合、分子の自由体積が小さい、すなわち剛直であるほうが好ましい。それは置換するパーフルオロ基を有する分子鎖が安定に垂直配向するからである。HD−15とHD−18を比較すると、HD−15の分子鎖が回転の自由度が大きく、HD−18の骨格は剛直であるので、より密集して配向しやすい。側鎖についても、コンパクトな側鎖を有するHD−11、HD−12の方が、HD−18、HD−13より密集して配向しやすい。また、パーフルオロ基を有する分子鎖がより密集して配向する、すなわち、ベンゼン環に3,4,5−位に密集して置換したHD−12、HD−13のほうが、3,4−二置換体であるHD−11、HD−18より密集して配向し、結果的に稠密なラングミュア膜を形成する。
(分子膜(ラングミュアー膜))
本発明の分子膜は、上述した両親媒性分子を含み、両親媒性分子は、分子膜内において面方向に対して垂直に配向している。図1は、本発明の分子膜5の概略断面図を示している。図1(a)に示されているように、分子膜5は、両親媒性分子1から構成される。両親媒性分子1は、疎水性基2と親水性基4を有し、疎水性基2同士が隣り合うように並び、親水性基4同士が隣り合うように並ぶことによって、分子膜5を形成する。
分子膜内においては、両親媒性分子鎖同士の距離(分子間距離)は極限まで近づいており、ファンデルワールス半径の概念を超えて、分子間距離が近づいた高稠密化状態となっている。これは、両親媒性分子同士が互いの凹凸構造を認識し、それぞれの両親媒性分子がその凹凸構造に柔軟に対応することで、一本鎖当たりの占有断面積を減少させているものと考えられる。
本発明の製造方法により得られる分子膜は、単層膜であり、分子膜は一部が重なりあった重畳部分を有していない。また、本発明で得られる分子膜は両親媒性分子が規則的に配向し、圧縮されて形成されたものであるため、その膜厚は、両親媒性分子の分子長となる。すなわち、本発明の分子膜は超薄膜であり、かつその表面は極めて平滑である。
このような分子膜の官能基の配向状態については、FT−IR RASスペクトルにより測定することができる。FT−IR RASスペクトルでは、基板に対して垂直方向のIR吸収だけを検知するので、両親媒性分子の配向状態を知ることができる。すなわち、パーフルオロ基を有する側鎖が基板の平面方向に対して垂直に配向していると、1260cm-1付近にでる末端トリフルオロメチル(C−CF3)基の吸収だけが見え、逆に水平配向していると1295cm-1付近にでるジフルオロメチレン(CF2)基の吸収だけが見えるが、一般式(1)の化合物のLB膜では例外なく1260cm-1付近の末端トリフルオロメチル(C−CF3)基の吸収だけが見え、基板に対して、パーフルオロ基を有する側鎖は、垂直に配向し、円盤状核は水平に配向することが分かる。
C−CF3伸縮ピークの波数は圧縮によって高波数シフトする。これは、圧縮の影響を最もうける側鎖のもともと屈曲していたC−C−O結合が隣接基の圧力で徐々に伸ばされ、結合エネルギーを増大させているためであると考えられる。すなわち、高波数シフトという連続的な変化を起こしていると考えられる。これによっても、圧縮状態が徐々に変化しており、圧縮の過程で重畳化などの多層化が起こっている可能性がかなり否定される。
なお、膜の重畳化の有無は、オングストロームオーダーの膜厚変化を非接触で検知できる光干渉膜厚測定器やX線反射率測定法で調べることが可能であり、このような測定において、膜の重畳化は見られていない。
本発明においては、両親媒性分子一本の占有断面積は、10sqÅ以下であり、5sqÅ以下であることが好ましく、1sqÅ以下であることが特に好ましい。このように、本発明により得られる分子膜では、両親媒性分子一本の占有断面積は、極限まで狭められており、分子間距離がファンデルワールス半径の概念を超えて近づいている。なお、両親媒性分子一本の占有断面積は、両親媒性分子一本の長軸に対して垂直断面の面積であり、両親媒性分子のみで占められる界面に平行な面積(AsqÅ)内に両親媒性分子がN本存在した場合に、A/N(sqÅ/本)で算出することができる。
本発明では、上記のように算出される両親媒性分子一本の占有断面積は、ファンデルワールス半径から算出される占有断面積の1/3以下であることが好ましく、1/5以下であることがより好ましく、1/10以下であることがさらに好ましい。このように、本発明では、ファンデルワールス半径の概念をはるかに超えて、分子間の距離を近づけることができる。
分子膜の表面圧は、5mN/m以上であることが好ましく、10mN/m以上であることがより好ましく、15mN/m以上であることがさらに好ましい。このように、分子膜の表面圧を上記範囲とすることにより、本発明で得られる分子膜は、超薄膜でありながら、その強度や耐久性を保持することを可能とする。なお、分子膜の表面圧は、ウィルヘルミプレートを用いて測定することができる。
圧縮工程で変化する展開面積A(占有断面積)とその時の分子膜の表面圧πの関係は、π−A曲線で表すことができる。このπ−A曲線により、両親媒性分子間の相互作用の様子を見ることができる。π−A曲線は、表面圧に対して、ラングミュアー膜の総面積を表す場合とその総面積を総分子数で徐した分子の占有断面積を表す場合と、フッ素鎖のように垂直に配向する炭素鎖一本の断面積を表す場合などがある。
以下にπ−A曲線を説明するための、ラングミュアー膜を構成するフッ素化合物混合物の構造と組成および展開量を示す。
図2(a)は圧縮過程でのπ−A曲線を示しており、縦軸が表面圧、横軸が用いたパーフルオロ基を有する分子鎖(パーフルオロポリエーテル鎖)1本の占有断面積を表している。フッ素化合物7mgが926cm2のトラフに展開された状態がスタートで、最終的に92cm2、約10倍圧縮されるが、5倍圧縮あたりからは表面圧が振れはじめ、ほぼ圧縮の限界にきていることを示している。この時点でのパーフルオロポリエーテル鎖1本の占有断面積は点線が示すように、ほぼ0.5sqÅである。
また、フッ素化合物のTHF溶液の展開によって、圧縮前に既に非常に高濃度のフッ素化合物が展開されているることがわかる。溶液濃度が10mg/mLTHFであり、それを0.7mLすなわち7mgを約926cm2の水面上に添加している。それでいて、このLangmuir膜が崩壊するような現象は、この後の圧縮過程においても、そのπ−A曲線でも、このあと述べるAu基板上に採取したLangmuir膜のFT−IR RASスペクトルでも、全く見られない。
図2(a)のπーA曲線は、表面圧0mN/mからは記載されていない。それは926cm2のトラフ内にフッ素化合物の溶液が展開されていく過程が省略されているからである。
図2(b)は、その展開時のπ−A曲線を示している。横軸は展開に要する時間であるが、時間とともにトラフに展開されるフッ素化合物の量も増加し、パーフルオロポリエーテル鎖1本の占有断面積が小さくなっていく。これもπ−A曲線の一種である。
本発明の分子膜の屈折率は、3.0以上であることが好ましく、3.5以上であることがより好ましく、4.0以上であることがさらに好ましい。光学的機能を発現する屈折率に制御できることが最も必要なことであるが、大きな屈折率が得られることも大変重要なことである。なぜなら、無機化合物でも、また有機の誘電体膜ならばせいぜい1.8程度が超高屈折率と呼ばれているので、本発明の技術によって上述したような屈折率を実現できることは大きな意義があると言える。このような屈折率は、ダイヤモンドの屈折率よりも高く、本発明では、両親媒性分子を超高稠密化することにより、上記範囲まで屈折率を高めることができる。
なお、分子膜の屈折率は、通常エリプソメトリーにより測定するが、本発明の分子膜であるラングミュアー膜は膜厚が1nm程度であり、エリプソメトリーでは正確な値が測定できない。また、その構造に関する主要な情報に適合するモデル計算式が必要であるため、未知の膜に適用する場合の信頼性には懸念がある。
それに対して、表面プラズモン(SPR)法は、金属表面上に1nm程度の試料(誘電体薄膜)が吸着しただけで、その誘電率に応じて光の反射光の共鳴角度が変化するので、微量の試料の測定が可能であり、さらに高感度でその誘電率、すなわち屈折率を測定できる。これは、一般に光は電子波(plasmon)とはカップリングしないが、金属表面ではその特殊性から光とカップリングを起こす電子波のモードが生じ、これが表面プラズモン(surface plasmon)であり、全反射表面にはエバネッセント波が発生しており、そのエバネッセント波のみが表面プラズモンとカップリングする。この方法はすでに確立された方法であって(Surface Plasmon Spectroscopy of Organic monolayer Assemblies I.Pockrand, J.D.Swalen, J.G.Gordon IIand m.R.Philpott, Surface Science 74,
237-244 (1977) )、さらに生体系で酵素の高感度センサーとして有用で、広く応用展開が進みつつある。
また、分子膜の膜密度は、3.5g/cm2以上であることが好ましく、4.0g/cm2以上であることがより好ましく、4.5g/cm2以上であることがさらに好ましい。このように、本発明では、両親媒性分子を超高稠密化することにより、分子膜の膜密度を記範囲となるまで高めることができる。なお、分子膜の膜密度は、両親媒性分子のみで占められる界面に平行な面積(AsqÅ)内存在する両親媒性分子の重量をw(g)とした場合に、w/A(g/cm2)で算出することができる。
本発明で得られる単層の分子膜の膜厚は、0.5〜20nmであることが好ましい。分子膜の膜厚は、0.5nm以上であることが好ましく、0.8nm以上であることがより好ましく、1.2nm以上であることがより好ましい。また、分子膜の膜厚は、20nm以下であることが好ましく、10nm以下であることがより好ましく、5nm以下であることがさらに好ましく、2nm以下であることが特に好ましい。
このように、本発明では分子膜の膜厚を単分子長レベルまで薄くすることができ、このような超薄膜であっても高屈折率であり高密度を実現することができる。また、これらラングミュアー膜を累積する場合には、10nmでも50nmでも100nmでも必要な機能を発現するための膜厚が好ましい膜厚となる。そして、本発明の方法では、その膜厚の制御も累積法なので、極めて高精度でその膜厚の実現と制御が可能である。
本発明では、シリコンウェハー上に形成した分子膜をX線反射測定することにより、直接的にその密度と膜厚を同時に測定することができる。X線に対する物質の屈折率は、1よりもわずかに大きいため、表面が平坦な物質の表面の近傍にX線を入射すると全反射を起こす。このため、入射X線強度に対する全反射X線強度(反射率)に薄膜表面への入射角度依存性を測定することにより、X線反射率の入射各依存性プロファイル(後述する図17参照)を得ることができ、薄膜の構造パラメータ(密度、膜厚、ラフネス)を非破壊系で評価することができる。なお、このようなX線反射率法では、できる限り平滑な基板が必要であるため、基板として、シリコンウェハーを用いることが好ましい。
また、本発明では、分子膜を基板上に形成し、積層分子膜とすることができる。図1(b)には、積層分子膜の概略断面図が示されている。図1(b)に示されているように、分子膜5は基板20の上に積層され、積層分子膜を形成してもよい。分子膜5は基板20の上で、その超高稠密性を保持することができ、このような積層分子膜も様々な用途に用いることができる。
積層分子膜に用いることができる基板としては、ガラス基板、シリコン基板、ポリイミド、トリアセチルセルロース、ポリエチレンテレフタレートやゼオノア等の樹脂基板、金基板等を用いることができる。中でも、金基板を用いることが好ましい。これは、金基板は、その表面が平滑であり、原子レベルで平滑に並んだ表面を有するからである。
金基板は、表面が金薄膜で覆われているものを用いることができる。例えば、50nmの金薄膜が塗設されたガラス基板を用いてもよい。このような金基板としては、例えば、赤外RASミラー(Au 15mm×25mm×45mm厚on26mm×77mm×1mm厚ガラス、JASCOエンジニアリング株式会社製)を挙げることができる。
本発明の分子膜においては、両親媒性分子は、上述したように超高稠密化した状態で配列しており、この状態が保持されるように、両親媒性分子は固定されることが好ましい。
本発明のラングミュアー膜は、そのフッ素鎖は分子間相互作用が小さなことが特徴であり、固定化には寄与しないので、通常、単層の分子膜が累積する割合(累積率)は50%程度である。しかし、隣接分子の凹凸の認識による相互埋め込みの促進、すなわち、円盤状化合物の含率の増加、また低温での放置やその状態での累積、そして親水性基(例えば、極めて接近した水酸基)間の水素結合等の相互作用によるラングミュアー膜の粘度の向上によって、固定化が促進され、同時に累積率を80〜98%程度まで向上させ得る。
また一般的に、重合性のビニルオキシ基、アクリレート基やエポキシ基を部分的に組み込んでなる重合性の両親媒性分子を一般式(1)の両親媒性分子に対して1/20〜1/100モル程度共存させ、圧縮させて数度間放置するか、紫外線を照射することで固定化が可能になり、ほぼ100%の累積率でのLB膜が得られる。
(累積膜)
さらに、本発明は、単層の分子膜が2層以上積層されて形成される累積膜に関する。図3は、本発明の累積膜6の概略断面図を示している。図3に示されているように、分子膜5は、少なくとも2層、好ましくは3層以上が積層されて累積膜6を形成する。累積膜6は、分子層5が2〜10層積層されることが好ましく、2〜6層積層されることがより好ましく、2〜4層積層されることがより好ましい。
累積膜6を形成する分子膜5の配向については、特に制限されない。例えば、図3(a)に示されているように基板20側に、疎水性基2が配向するように累積膜を形成してもよいし、図3(b)に示されているように基板20側に親水性基4が配向するように累積膜を形成してもよい。また、図3(c)に示されているように、基板側に最も近い第1層目の分子膜においては、親水性基4が基板側に配向し、第1層目の分子膜に積層される第2層目の分子膜においては、疎水性基2が基板側に配向し、第3層目の分子膜においては、親水性基4が基板側に配向するように累積膜を形成してもよい。なお、図3(c)は、親水性基同士、疎水性基同士が隣接するように積層されるため、安定性が高く、好ましい累積膜の構成である。
なお、累積膜6についても分子膜5と同様に、基板20上に積層されるように形成されていてもよい。本明細書においては、このように、基板上に累積膜を積層した構造体について、累積積層膜と呼ぶことがある。
(分子膜(ラングミュアー膜)の製造方法)
分子膜の製造にあたっては、その膜が調製されるトラフの水面の水位が常に一定であることが必要である。また、結露や水の蒸発が起こらないように、トラフ全体を透明のビニールシートで覆うことが好ましい。このようなビニールシートは、湿度を一定に保持し、また埃が水面に入らないように機能する。さらに、ビニールシート内には、1〜2L/minの窒素を導入することが好ましく、窒素は水面に当らないように導入される。
なお、トラフ自体の振動による水面の振動を避けるために、トラフはアクティブ駆動の除振台の上に設置されることが好ましい。本発明では、例えば、除振台アクティブ微小振動制御システム(TS−150(卓上型)、HERZ(株)製)を用いることができる。
本発明の分子膜(ラングミュアー膜)の製造方法は、一般的に下記の(1)〜(4)の工程を含む。
(1)水相表面に両親媒性分子を含む展開溶液を展開する工程
(2)展開溶媒を揮発させる工程
(3)水相表面の面積を狭め、両親媒性分子を圧縮する工程
(4)分子膜を基板に採取する工程
なお、本発明の製造方法においては、少なくとも(1)の展開工程と(3)の両親媒性分子を圧縮する工程を含めばよく、必要に応じて(2)や(4)の工程を設け、また、上記工程以外の工程をさらに設けることとしてもよい。
図4は、ラングミュアー膜が形成される工程を模式的に示した図であり、上記の(1)〜(4)の製造工程の概略を示している。
図4の(1)の工程に示されているように、まず、両親媒性分子1を含む展開溶液Sは、水相Wの表面に導入される。これにより、両親媒性分子1は水相Wの表面に展開される。次いで、展開溶液Sに含まれている展開溶媒を、揮発させる。展開溶媒が全て揮発した状態は、図4の(2)の工程に示されている。図4の(2)の工程で示されているように、展開溶媒が揮発した状態においては、親水性基4が水相Wの表面側に、疎水性基2が空気側に向かうように配向する。
展開溶媒を揮発させた後は、水相表面の面積を狭め、両親媒性分子を圧縮する工程が設けられる。図4の(3)の工程に示されているように、圧縮工程では、両親媒性分子の展開面積をバリヤ(枠)10により狭めていく。図4の(3)では、バリヤ(枠)10の進行方向は矢印で示されている。
図4の(3)の工程を経て、さらに展開面積狭めていくと親水性基4を水相Wの表面側に、疎水性基2を空気側に向けて各々が近づき、規則的配列配向した一分子分の厚さの膜、即ち単層の単分子膜5(分子膜5)が形成される。
本発明では、図4の(3')の工程において、両親媒性分子一本の占有断面積が所定の面積以下となるように、さらに圧縮する工程を含む。このような圧縮工程を設けることにより、本発明では、ファンデルワールス半径の概念を超えて、分子間距離を近づけた超高稠密化した分子膜5を得ることができる。
図4の(3')の工程において、両親媒性分子一本の占有断面積が所定の面積以下となるまで圧縮を行った後は、得られた分子膜5を基板20に採取する工程が設けられる。図4の(4)の工程では、分子膜5の親水性基4側が基板20の表面に配向した状態で分子膜5は基板20上に採取される。なお、分子膜5の疎水性基2側が基板20の表面に配向した状態で分子膜5が採取されてもよい。このように、分子膜を採取する工程は、転写工程ともいう。
以下において、(1)〜(4)の各工程について詳細に説明をする。
(1)液体(水相)表面に両親媒性分子を含む展開溶液を展開する工程
展開工程では、両親媒性分子を溶媒に分散させた展開溶液を水相の表面に導入する。これにより、両親媒性分子は水相の表面に展開されることとなる。展開溶液を水相の表面に導入する際には、展開溶液を水相の表面に滴下することが好ましい。このように、展開溶液を水相の表面に徐々に導入することにより、両親媒性分子が均質に水相の表面に展開される。
両親媒性分子を分散させる溶媒としては、クロロホルム溶媒や、テトラヒドロフラン溶媒、フッ素系溶媒を用いることが好ましい。∨ertrel XF−UP(三井・デュポンフロロケミカル社製)、HFE−7100DL(住友スリーエム社製)、HFE−7200(住友スリーエム社製)等を挙げることができる。中でも、テトラヒドロフラン溶液(THF溶液)を用いることが好ましい。
展開溶媒に両親媒性分子を溶解させる場合、両親媒性分子は展開溶媒中において、できるだけ分子分散していることが好ましい。それは水面に展開した際、溶媒が揮発するに従い、水面に高濃度に残る両親媒性分子の配向状態は、その展開溶剤の中での配向状態に大きく影響をうけるからである。このため、両親媒性分子を分散させることができる展開溶媒を用いることが好ましい。なお、フッ素系溶剤の場合、両親媒性分子はフッ素鎖を外側に向け、極性基を中に向けて凝集するほうが安定であり、その凝集状態で水面に残りやすく、展開条件の均質化、制御が困難になる懸念がある。またクロロホルムは上記の点においては好ましい傾向にあるが、比重が大きいので、トラフの底に沈んで膜形成に寄与しない液滴が残存することがある。このようなことを考慮すると、テトラヒドロフラン溶媒は、揮発性、溶解性、滴下時の操作性、再現性を含め、本発明の展開溶剤としては好ましい。但し、安定剤を含まない新鮮なテトラヒドロフラン溶媒が必要である。
両親媒性分子を分散させた展開溶液中の両親媒性分子の濃度は、0.1〜10mg/mLであることが好ましく、0.5〜5mg/mLであることがより好ましく、1〜3mg/mLであることがさらに好ましい。なお、展開溶液中でも会合や液面での凝集を避けるために、展開溶液中の両親媒性分子の濃度は、上記上限値以下であることが好ましい。
両親媒性分子を分散させた展開溶液の滴下速度は、1〜200μL/minであることが好ましく、5〜100μL/minであることがより好ましく、10〜50μL/minであることがさらに好ましい。本発明では、展開溶液中の両親媒性分子の濃度を上記範囲内とし、かつ、展開溶液の滴下速度を上記範囲内とすることにより、両親媒性分子の凝集を効果的に抑制することができ、より均質な分子膜を形成することができる。
展開溶液を滴下する方法としては、上記滴下速度を達成できる方法であれば特に制限はないが、マイクロシリンジを用いて、滴下することが好ましい。なお、滴下速度は用いる展開溶媒の種類によって調節することが好ましく、滴下粒の大きさによって滴下速度をコントロールすることが好ましい。
滴加、展開する際は、水面とマイクロシリンジの針先の間隔は、5mm〜1cmであることが好ましい。通常、1分間で25μL程度を添加するが、テトラヒドロフランとフッ素溶媒ではその表面張力が大きく異なり、フッ素溶媒の一滴の体積は相対的に小さいため、その滴加時間の間隔もおのずと狭くなる。
両親媒性分子を分散させた展開溶液の添加量はトラフの面積に依存するが、900cm2程度の場合、100〜1000μLであることが好ましく、200〜750μLであることがより好ましく、300〜500μLであることがさらに好ましい。すなわち、両親媒性分子の濃度は水相表面に0.5〜20mg/mLとなるように導入されることが好ましく、2〜15mg/mLとなるように導入されることがより好ましく、5〜10mg/mLとなるように導入されることがさらに好ましい。従って、展開溶液の添加量は、0.25〜10μg/cm2となるように導入されることが好ましく、1〜7.5μg/cm2となるように導入されることがより好ましく、2.5〜5μg/cm2となるように導入されることがさらに好ましい。
展開溶剤の添加量を上記範囲内とすることにより、超高稠密化された分子膜を効率良く形成することができる。
両親媒性分子を分散させた展開溶液を滴下する水相は、一般のLB膜作製において用いられる水相であれば特に制限されることはない。例えば、溶液は、水であることが好ましく、純水であることがより好ましく、超純水であることは最も好ましい。例えば、水相は超純水製造装置:Lab[MILLIPORE社製]を用いて、超純水(18.2MΩ)を調製することができ、水温は25±0.1℃とすることが好ましい。但し、場合によっては、微量の金属塩類やpH調整用試薬等を加えてもよい。
両親媒性分子を分散させた展開溶液を滴下する水相の温度は、10〜40℃であることが好ましく、15〜30℃であることがより好ましく、20〜25℃であることがさらに好ましい。水相の温度を上記範囲内とすることにより、両親媒性分子の凝集を抑制することができ、均質な分子膜を形成することができる。さらに、水相の温度を上記範囲内とすることにより、両親媒性分子の安定性を高めることができる。
また、水相の温度は、分子膜の製造工程中において、略一定であることが好ましい。特に、圧縮工程において、水相の温度に変動が少ないことが好ましい。具体的には、圧縮工程における水相の温度変動は、±1℃であることが好ましく、±0.5℃であることがより好ましく、±0.1℃であることがさらに好ましい。水相の温度変動を上記範囲内とすることにより、温度変動に対して、膜の粘度、分子間相互作用、従って表面圧であるπ値が大きく影響を受けることを防ぐことができる。圧縮工程における水相の温度変動を上記範囲内とすることにより、超高稠密化された分子膜を形成することができる。
(2)展開溶媒を揮発させる工程
本発明では、展開溶媒を揮発させる工程を設けて、両親媒性分子の溶液に用いられていた溶媒を揮発させることが好ましい。この揮発工程は、図4において(1)〜(2)の工程にかけて行われる。本発明において、溶媒の揮発は、両親媒性分子を滴下した後に時間を置くことで行われる。具体的には、通常条件化(25℃、相対湿度40%)において、1分〜60分静置することで、溶媒を揮発させることができる。静置時間は、1分以上であることが好ましく、5分以上であることがより好ましく、10分以上であることがさらに好ましく、20分以上であることが特に好ましい。このように溶媒を上記条件で揮発させることにより、両親媒性分子を規則的に配向させることができる。
両親媒性分子は、展開溶媒を揮発させることによって、水相表面に親水性基(極性部分)を向け、空気面側に疎水性基を向けて並ぶ。この時、フッ素基はファンデルワールス力が小さいため、ほとんど排除体積効果だけで並ぶと考えられるが、実際にはFT−IR RASスペクトルで判断する限り、フッ素基は水面に対して高秩序に垂直配向している。なお、空気面側の上層にある分子は、相対的にエネルギー的に不安定な状態であるため、両親媒性分子は、単層配向することとなる。このように、本発明では、単層の分子層を再現性良く得ることができる。
(3)水相表面の面積を狭め、両親媒性分子を圧縮する工程
圧縮工程は、両親媒性分子を展開した水相表面の面積を狭め、さらに両親媒性分子を圧縮する工程である。圧縮工程では、両親媒性分子を展開した水相表面の面積をある程度まで狭めた後に、両親媒性分子を圧縮する。すなわち、圧縮工程には、親媒性分子を展開した展開面積を狭めていく工程(図4の(3))と、両親媒性分子を圧縮する工程(図4の(3'))が含まれることとなる。
圧縮工程で用いる圧縮方法としては、例えば、等速度圧縮、等歪み(等圧縮率)圧縮、平衡緩和圧縮等の圧縮方法を挙げることができる。等速度圧縮は、バリヤを一定速度で移動させることにより、水相表面の面積を狭める方法である。具体的な圧縮速度は、1〜20mm/minであることが好ましく、2〜10mm/minであることがより好ましい。等歪み(等圧縮率)圧縮は、水相表面の面積が一定の割合で狭まるようにバリヤを移動させて圧縮する方法である。具体的な圧縮速度は、1〜20%/minであることが好ましく、2〜10%/minであることがより好ましい。
平衡緩和圧縮は、圧縮を断続的に行う圧縮方法である。具体的には、等速度圧縮(15mm/min)を10秒間行った後に30秒間静止し、その間に表面圧の緩和による低下が0.2mN/m以下になるまで30秒間の静止を繰り返すような圧縮法である。
この評価に用いる両親媒性の化合物はその側鎖が水面に垂直配向しながら圧縮過程が進行することが分かっているが、その圧縮過程は主骨格が主に稠密化する際の塑性変形と分子内および分子間のフッ素鎖同士の接触が熱揺らぎによる弾性変形が合わさって進行すると考えられる。また、弾性変形については、圧縮を停止すると、その弾性変形は時間とともに緩和すると考えられる。
圧縮が途中で止まらない等速度圧縮法、等歪み圧縮法については、弾性変形が解消されないまま、塑性変形のようにして表面圧としてあらわれるが、平衡緩和圧縮法は、10秒程度の圧縮後停止し、直前の圧縮によって上昇した表面圧が低下して、ほぼその低下が収まるとまた次の圧縮を始める、という圧縮の方法をとるので、その圧縮過程では弾性変形はほぼ解消された塑性変形だけによる表面圧すなわち側鎖の分子間相互作用の寄与だけとみなすことができる。そこで等歪み法と平衡緩和法を比較することで、フッ素鎖などの側鎖の弾性変形の寄与を見積もり比較することができる。
平衡緩和圧縮法は上記のように弾性変形の相互作用の寄与を極力減らして塑性変形だけによる表面圧の圧縮度依存性を見積もることができるが、同時に非常に長い測定時間を要するので、通常は等歪み圧縮法で評価を行う。
このような圧縮工程は、表面張力センサーを用いて水相の表面張力を測定することにより正確に記録することができる。圧縮を行うことにより、分子膜の面積が狭まると同時に、表面張力(膜厚)が上昇するため、その表面張力の変化を記録することで、圧縮工程のプロセスを追跡することができる。
圧縮により形成される分子膜には、表面張力(膜圧、mN/m単位)と、分子膜の面積(両親媒性分子がのみで占められる界面に平行な面積)との間で特徴のある関係がある。この関係性をπ−A曲線で表すことができる。
なお、π−A曲線から、両親媒性分子一本当たりの占有断面積を算出することができる。両親媒性分子一本当たりの占有断面積は、(両親媒性分子が展開された水相の表面積)/(展開した両親媒性分子の分子数)で算出することができる。
一般式(1)で表される両親媒性分子は、水面に展開され、圧縮が進むと、まず表面圧が初期値0mN/mから上昇し始める。この時、展開された両親媒性分子は初めて全ての分子が何らかの接触をし始めたことを意味する。さらに圧縮が進むと、接触の程度が増えてそれに応じて表面圧が上昇する。本発明では両親媒性分子は、その側鎖であるフッ素鎖は水面から垂直に立って配向するため、次第に隣接した側鎖間の隙間が無くなる圧縮状態に到る。しかし、この後、分子に置換する複数の側鎖の存在自体が分子の凹凸を作っているので、次には互いに隣接した分子の凹凸の隙間を埋め合うように、さらに接近するようになる。この時、π−A曲線はそれまでの単調増加から一転、表面圧が増加も減少もしないいわゆる平坦な(plateau)直線に変わるので、その変化点が変曲点になる。この変曲点は一般的な両親媒性化合物の圧縮過程では、ちょうど分子が最密充填された状態の圧縮度に相当する。
また、この最密充填の状態を超えてさらに圧縮を行った場合に、一般的な両親媒性化合物では表面圧が急激に減少することがある。これは、水相の表面に形成された単層の分子膜であるラングミュアー膜が圧力によって破壊され、図5に示すように、分子膜の一部が隣接する分子膜の上に乗り上げて重畳化するためである。これは不可逆的なラングミュアー膜の崩壊現象であり修復されることはない。
フッ素側鎖をもった両親媒性化合物のラングミュアー膜で、図5のような崩壊ではなく重畳化する例が報告されている(J. Paczeny, P. Niton, A.Zywocinski, K.Sozanski, R. Holyyst, M. Fiaikowski, R. Kieffer, B. Glettner, C. Tschierske, D. Pociecha and E. Gorecka , Soft Matter, 2012, 8, 5262-5272.)。しかし、このフッ素鎖を有する両親媒性化合物はその棒状骨格の両末端に置換したグリシジル基の水和してできたテトラオールであり、それらがラングミュアー膜を形成することで、隣接するテトラオールが水素結合で結びつき、巨大な超分子膜を形成しており、それがシートとして折り返されて重ねられるような重畳化が起こっていると述べており、単純なラングミュアー膜の崩壊現象ではなく、構造起因の特別な現象である。
これに対して、本発明のフッ素鎖を有する両親媒性化合物のラングミュアー膜形成過程では、上述のように展開に従い、表面圧が上昇し、ほぼ最密充填状態近傍で変曲点を迎え、その後は、隣接する分子の主鎖骨格部分の凹凸を互いに埋め合うように稠密化が進行する。この過程では隣接分子間の相互作用はフッ素側鎖のみで圧縮されても隙間に入り込むので、その間は分子間相互作用にほとんど変化なく、表面圧が圧縮に対して変化しない(plateau)領域ができると考えられる。
しかし、これも通常の圧縮過程と同様に、その隙間が埋められると、急激に表面圧は上昇することになる。
そして、明らかに圧縮が限界を超えてπ−A曲線が微妙に複雑に振動するような領域でも、上述したラングミュアー膜の崩壊を示唆する「表面圧の急激な減少」は起こらず、多くの場合、表面圧を測定しているウィルヘルミプレートがラングミュアー膜に押されて斜めに傾いた状態になることが多い。
(4)分子膜を基板に採取する工程
分子膜が所望の表面圧に達した後、分子膜を基板に接触させることで、基板上に分子膜を採取(転写)することができる。すなわち、本発明では、分子膜を形成する両親媒性分子の一本当たりの占有断面積が所定以下となった後に、基板上に分子膜を採取(転写)することができる。
分子膜を基板に採取する方法としては、公知の方法を用いることができ、特に制限されることはないが、本発明では、垂直浸漬法と水平付着法により分子膜を基板上に採取することが好ましい。特に、垂直浸漬法により、分子膜を基板上に採取することが好ましい。
図6は、垂直浸漬法により、分子膜を採取する様子を模式的に示した図であり、図6(a)は基板20表面に分子膜を採取する工程を模式的に示した図である。図6(a)では、基板20を矢印の方法に移動させることにより、分子膜を基板20の表面に採取している。基板20は、分子膜の疎水性基2側から進行させてもよく、親水性基4側から進行させてもよい。なお、親水性基4側から基板20を進行させる場合は、あらかじめ、基板20を水相中に浸漬させておく必要がある。
基板20の移動速度は、分子膜を基板20上に採取できる速度であることが好ましく、0.5〜5mm/minの速度であることが好ましく、0.5〜3mm/minの速度であることがより好ましく、1〜2mm/min程度であることがさらに好ましい。基板20の移動速度を上記範囲内とすることにより、超高稠密化状態を崩すことなく、分子膜を基板上に採取することができる。
図6(b)はさらに単層の分子膜を累積する工程を示す図である。単層の分子膜が複数層積層されたものは、累積膜と呼ばれる。図6(b)に示されているように、本発明は、分子膜を積層する工程を含む累積膜の製造方法とすることもできる。図6(b)では、図6(a)のようにして、1層の分子層を採取した後に、さらにその基板を分子膜と接触させる。この場合、あらかじめ採取された分子膜の上に新たな分子膜が接触することとなり、複数の分子膜が積層した累積膜を形成することができる。
累積膜は、単層の分子膜が複数層積層したものであり、必要な膜厚だけ累積されることが好ましい。すなわち、積層数の数だけ、基板と分子膜を接触させ採取する工程を繰り返すこととなる。なお、積層数は用途によって適宜調節することができる。このように、高稠密化した単層の分子膜を複数層積層することにより、より気体の透過性が低く、稠密化した重合分子膜を得ることができる。
この累積膜は、同じラングミュアー膜の累積膜だけでなく、異種の累積膜の積層がその機能を大きく拡大することがある。例えば、光学反射膜は、屈折率の異なる膜の積層によってはじめて良好な特性が得られる。
図7は、水平付着法により、分子膜を採取する様子を模式的に示した図である。図7(a)では、親水性基側から基板20を接触させることで、基板20上に分子膜5を採取(転写)している。一方、図7(b)では、疎水性基側から基板20を接触させることで、分子膜5を採取(転写)している。なお、基板20と親水性基の親和性が高い場合、図7(b)のように分子膜5の親水性基と疎水性基が反転し、基板20上に分子膜5が採取(転写)される。多くの基板は、金属、無機化合物や樹脂に到るまで極性が大きいものが一般的であるため、ラングミュアー膜の親水性面が基板側に向いた膜の採取法が最も熱力学的に安定であるので、好ましい。
<基板>
分子膜を基板に採取する工程で用いられる基板としては、その表面が平滑であり、起伏がないものが一般的には好ましい。例えば、気体の透過制御膜ではその樹脂基板はできるだけ平滑であることが好ましい。
しかし、例えば10nmオーダーの複雑な凹凸をもった面の上に本発明の膜を設置することで微細凹凸の保護や別機能の付与、また離型性の付与など、MEMSなどの分野では必要不可欠な技術であり、本発明のラングミュアー膜の膜厚は1nm程度も十分に対応できるので、全ての場合に平滑さが求められるわけではない。
本発明では、基板としては、そこに存在させられる平面であれば、水面であっても、他の液体面であってもよい。分子膜は、フッ素を含む高緻密膜であるため、例えば液体の揮発を抑制したり、また酸素の接触を完全に遮断したりできる。しかし、一般的にガラス基板、シリコン基板、樹脂基板、金基板等を用いることができる。中でも、金基板を用いることが好ましい。これは、金基板は、その表面が平滑であり、吸着性も高く、原子レベルで平滑に並んだ表面を有するからである。
金基板は、表面が金薄膜で覆われているものを用いることができる。例えば、50nmの金薄膜が塗設されたガラス基板を用いてもよい。このような金基板としては、例えば、赤外RASミラー(Au 15mm×25mm×45mm厚on26mm×77mm×1mm厚ガラス、JASCOエンジニアリング株式会社製)を挙げることができる。一般的には、本発明のラングミュアー膜の吸着/固定化のための表面処理技術は重要である。
<基板の前処理>
金基板の前処理としては、超音波洗浄を行うことが好ましい。具体的には、金基板をアセトン中で超音波洗浄する。超音波洗浄は、1〜30分行うことが好ましい。洗浄後に、金基板を取り出した後に、さらにアセトンで洗浄を行い、その後、窒素ガンで乾燥させることが好ましい。さらに、金基板の前処理としては、UVオゾンで洗浄を行うことが好ましい。UVオゾン洗浄処理は、表、裏を各々1〜30分行うことが好ましい。UVオゾンクリーナーとしては、例えば、UVO−CREANER Model No.42 Jelight Company,Inc.製のものを用いることができる。上記のように洗浄された金基板は、超純粋中に浸漬し、使用時まで保持することが好ましい。
また、ガラスやシリコン基板は、金基板と同様に一般的な脱脂目的の洗浄後、UV−オゾン処理を行う。樹脂基板も、その物質を著しく侵さない条件で、表面を洗浄したのち、UV−オゾン処理を行うことで、吸着性を促進させることができる。
(固定工程)
本発明では、圧縮工程を経た両親媒性分子間を固定する工程を含むことが好ましい。特に、単層の分子膜を積層し、重合膜を形成する際には、累積前に圧縮状態の分子膜の固定化を行うことが好ましい。固定化の方法としては、高粘度化や固定化を挙げることができる。
本発明のラングミュアー膜は、そのフッ素鎖は分子間相互作用が小さなことが特徴であり、固定化には寄与しないので、通常、単層の分子膜が累積する割合(累積率)は50%程度である。しかし、隣接分子の凹凸の認識による相互埋め込みの促進、すなわち、円盤状化合物の含率の増加、また低温での放置やその状態での累積、そして親水性基(例えば、極めて接近した水酸基)間の水素結合等の相互作用によるラングミュアー膜の粘度の向上によって、固定化が促進され、同時に累積率を80〜98%程度まで向上させ得る。最も基本的には、高圧縮し、長時間静置することである。これによって、秩序度が上昇することで、分子間相互作用を高め、極性部位は互いに接近し、相互作用することで安定化するからである。この点では、同時に冷却することもこの高粘度化や固定化を促進する。このように、分子骨格自体に稠密化し、その凹凸を埋め合い、非可逆的に高粘度化する、新しい固定化方法が可能である。
また、HD−10のように水酸基のような単なる水素結合性基を有するものであっても、従来にない状態で接近して存在した場合、水酸基の結晶化のようなことも期待できる。
さらに、このラングミュアー膜自体に紫外線を照射することで固定化することも期待できる。それは、ハードディスク用潤滑剤で実際に行われていることであるが、パーフルオロ基を有する分子鎖に紫外線照射が行われ、固定化されているからであり、またそれ以上に超稠密化することで、予想外の重合反応が期待できるからである。
一般的に、重合性のビニルオキシ基、アクリレート基やエポキシ基を部分的に組み込んでなる重合性の両親媒性分子を一般式(1)の両親媒性分子に対して1/20〜1/100モル程度共存させ、圧縮させて数度間放置するか、紫外線を照射することで固定化が可能になり、ほぼ100%の累積率でのLB膜が得られる。この場合、重合性基をフッ素鎖の両末端に存在させることも好ましい。
このように、固定する工程を設けることにより、分子膜を基板から剥がすことが可能となり、異常な特性を有する一次元または二次元構造の超薄膜を取得することも可能となる。
(分子膜の用途)
本発明で得られる分子膜においては、その両親媒性分子一本の占有断面積から計算される半径が、共有結合半径を超えて小さくなることから、その膜の気体透過性については、通常のポリマー層と比較にならないほどの遮蔽性を得ることができる。
このように、本発明で得られる分子膜は、高い遮蔽性を獲得し得るため、耐化学薬品性、耐候性、耐熱性、絶縁性等の機能をさらに有することができる。具体的には、光学膜、遮蔽膜、高感度センサー及び生体機能膜に応用することができる。
さらに本発明で得られる分子膜は高い屈折率を有する。このため、透明誘電体薄膜を形成することもでき、レンズや反射制御膜への応用も可能である。
本発明で得られる分子膜は、潤滑膜としても機能し得る。本発明の分子膜を用いることにより、圧縮における膜破壊および表面圧の上昇を抑えることができる。特にハードディスク用潤滑剤としては、円盤状化合物を含む超密充填膜は従来の潤滑膜と比較にならない耐久性、防汚性、潤滑性を示すことが期待される。
また、離型剤膜としても究極の耐久性と離型性を示すことになる。要するに、極めて高耐久性の膜であって、新しい有機めっき保護膜として期待される。
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
本発明に用いられる具体的化合物例を示すが、これらに限定されるものではない。
(合成例1 HD−10の合成)
本発明で用いるPFPE鎖であるHD−10は市販のトリエチレングリコール モノエチルエーテルから下記ルートで合成して用いた。
上記のトリエチレングリコール モノエチルエーテルのアセテートは米国Exfluor社にてパーフルオロ化した。Exfluor社から購入できる形態は、そのエステルなので、それをNaBH4で還元してHD−10を得た。本発明にはこのほか、HD−16も用いている。
(合成例2 HD−16の合成)
本発明で用いるPFPE鎖であるHD−16は下記ルートで合成した。
<メタンスルホニル化>
10L三口フラスコにトリエチレングリコールモノエチルエーテル(東京化成)873.65mL、アセトニトリル5L、トリエチルアミン693.1mLを入れ、メタンスルホニルクロリド387mLを氷冷化にて加えた。続いて室温にて2時間攪拌後、終夜静置した。翌朝セライト濾過し、減圧下溶媒を留去することでエトキシトリエチレンオキシ メタンスルホナート1249.53gを得た。
<オキシエチレン鎖の伸長とアセチル化>
次いで、5L三口フラスコにトリエチレングリコール1126.28gとtーブトキシカリウム168.32gを混ぜ、エトキシトリエチレンオキシ メタンスルホナート384.48gを、昇温下、100〜130℃にて2時間で添加し、その後3時間140℃で撹拌を続けた。室温まで冷却後、酢酸エチル4Lとヘキサン2Lを添加し、良く撹拌して静置後、終夜放置した。翌朝、この反応液を濾過し、減圧下、溶媒を留去した。得られた残渣を減圧蒸留にて、138℃/230Paで過剰のトリエチレングリコールを溜去した。この残査粘性液体中に、無水酢酸200mLを添加し、140℃で2時間加熱後、減圧蒸留にて、193−4℃/190Paでヘキサエチレングリコールモノエチルエーテル384.48gを得た。
<パーフルオロ化>
得られたヘキサエチレングリコールモノエチルエーテルは米国Exfluor社にてパーフルオロ化した。
<エステル還元>
Exfluor社から購入できる形態は、そのエステルなので、それをNaBH4で還元してHD−16を得た。3L三口フラスコに水素化ホウ素ナトリウム(アルドリッチ)50g、テトラヒドロフラン0.48L、蒸留水0.16Lを入れ、メチルパーフルオロ−3,6,9,12,15,18−ヘキサオキサエイコサノエート(Exfluor社)260gを氷冷化にて加えた。続いて室温にて2時間攪拌後、氷冷下四規定塩酸水を0.36L加えた後、有機層を抽出し、減圧下溶媒を留去することで1H、1H−パーフルオロ−3,6,9,12,15,18−ヘキサオキサエイコサノール275gを得た。
(合成例3 HD−1の合成)
上述したように得られたHD−10を側鎖として円盤状化合物HD−1の合成した。
<エステル還元>
1L三口フラスコに水素化ホウ素ナトリウム(アルドリッチ)11.88g、テトラヒドロフラン200mL、蒸留水66mLを入れ、メチルパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカノエート(Exfluor社)89.49gをメタノール−氷冷化にて−3〜1℃で加えた。続いて室温にて3時間攪拌後、氷冷下四規定塩酸水を,徐々に0.36L加えた後、有機層を抽出し、常圧下溶媒を留去したのち、バキュームラインで45〜6℃で蒸留し、71.91gを得た。これを常圧下138〜9℃にて蒸留し、1H,1H−パーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカノール63.11gを得た。
<トリフリル化>
次いで、500mL三口フラスコに1H,1H−パーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカノール30gを、塩化メチレン25mとAK−225 25mLの混合溶媒に溶解し、無水トリフルオロメタンスルホン酸(東京化成)24.56gをメタノールに氷冷化(−10〜−1℃)で加えた。次にピリジン8.66mLを徐々に加え、続いて同温度にて10分攪拌後、一規定塩酸水100mLを加えた後、有機層を抽出し、減圧下溶媒を留去した。得られた残渣を減圧蒸留にて99〜100℃/35torrにて精製することで1H,1Hパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカニルトリフルオロメタンスルホナート25.14gを得た。
<アルキル化>
300mL三口フラスコに1H,1Hパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカニルトリフルオロメタンスルホナート25.14g、4−ニトロカテコール3.49gを、N,N−ジメチルアセトアミド25mLとAK−225 15mLの混合溶媒に溶解し、炭酸カリウム6.53gを室温下にて加えた。続いて80℃にて5時間攪拌後、ろ過にて炭酸カリウムを除去し、一規定塩酸水30mlにて洗浄・AK−225計300mLで抽出し、減圧下溶媒を留去し、さらに140℃/130mbarで低沸点成分をできるだけ除去した。得られた残渣を、展開溶媒(AK−225:ヘキサン:酢酸エチル=1:2:0.2)でカラムクロマトグラフィーすることで3,4−ビス(1H,1Hパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカニルオキシ)ニトロベンゼン15.22gを得た。
<ニトロ基の還元>
100mL三口フラスコに、還元鉄3.45g、イソプロピルアルコール60mL、蒸留水6mL、塩化アンモニウム1.24gを入れ、加熱還流し、鉄が灰黒色に変化した時点で、3,4−ビス(1H,1Hパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカニルオキシ)ニトロベンゼン10.15gを50分間で徐々に添加した。さらに2時間加熱還流し、冷却後反応液をセライト濾過した。ろ液を濃縮後、得られた残渣を、展開溶媒(AK−225:ヘキサン:酢酸エチル=1:2:0.1)でカラムクロマトグラフィーすることで3,4−ビス(1H,1Hパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカニルオキシ)アニリン9.26gを得た。
<トリアリールメラミン化>
100mL三口フラスコに3,4−ビス(1H,1Hパーフルオロ−3,6,9−トリオキサウンデカニルオキシ)アニリン9.26g、2−ブタノン23mL、AK−225 8mLを入れ、氷冷下、塩化シアヌル(東京化成)0.501gを徐々に添加した。1時間後、氷冷下酢酸ナトリウム0.666gと水1mlを加え、室温1時間、加熱還流を1時間後、炭酸カリウム0.747gを添加した。室温下、無水コハク酸56mgを添加し、加熱還流を5時間継続した。反応液をセライト濾過し、ろ液を一規定塩酸水にて洗浄・抽出し、減圧下溶媒を留去した。得られた残渣を展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)でカラムクロマトグラフィーすることでNLO−7782 6.31gを得た。
下記原料アニリンと生成物NLO−7782がTLCで似通った位置にでるので、無水コハク酸で高極性化してカラムクロマトクロマトグラフィーでの分離を容易にした
(合成例4 HD−4の合成)
下記の手順で円盤状化合物HD−4の合成した。
化合物(1)223mg(0.75mmol)及び化合物(2)1.97g(2.48mmol)をガラス製反応容器に取り、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(DBU)13.7mg(0.09mmol)を加えた。100℃で2時間反応後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、HD−4を706mg(0.263mmol、収率35.1%)得た。
HD−4の同定データは以下の通りであった。
1H−NMR[CDCl3]:δ[ppm]=3.50(3H、m)、3.67(3H、t、J=8.7Hz)、3.83(6H、d、J=4.2Hz)、3.94(6H、m)、4.78(3H、m)、5.03(3H、s)。
19F−NMR[CDCl3]:δ[ppm]−88.8(66F、m)、−86.9(9F、s)、−77.9(6F、m)。
(合成例5 HD−5の合成)
下記の手順で円盤状化合物HD−5の合成した。
化合物(4)400mg(1.36mmol)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)1mL、及び化合物(2)3.57g(4.49mmol)をガラス製反応容器に取り、1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ−7−エン(DBU)24.8mg(0.163mmol)を加え、100℃で10時間反応させた。放冷後、酢酸エチル−15wt%食塩水−FC−72(商品名、住友スリーエム社製)で分液し、FC−72層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。濾過後、溶媒を減圧留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、HD−5を274mg(0.102mmol、収率7.5%)得た。
HD−5の同定データは以下の通りであった。
1H−NMR[CDCl3]:δ[ppm]=2.38(3H、d、J=3.6Hz)、3.78(6H、m)、3.90(6H、t、J=7.5Hz)、3.98(6H、d、J=4.2Hz)、4.15(3H、m)、6.11(3H、s)。
19F−NMR[CDCl3]:δ[ppm]−88.9(66F、m)、−87.0(9F、s)、−78.0(6F、m)。
MALDI/TOF−MS:m/z=2704.2[M++Na]。
(合成例6 HD−6の合成)
下記の手順で円盤状化合物HD−6の合成した。
化合物(6)59mg(0.343mmol)、化合物(7)1.29g(1.51mmol)及びN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)1mLをガラス製反応容器に取り、100℃で8時間反応させた。放冷後、酢酸エチル−15wt%食塩水−FC−72で分液し、FC−72層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。濾過後、溶媒を減圧留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、HD−6を794mg(0.222mmol、収率64.6%)得た。
HD−6の同定データは以下の通りであった。
1H−NMR[CDCl3]:δ[ppm]=2.00−2.99(24H、m)、3.59(8H、m)、3.88(12H、m)。
19F−NMR[CDCl3]:δ[ppm]−90.1〜−87.1(100F)、−79.0〜−78.4(8F)。
MALDI/TOF−MS:m/z=3580.3[M+]。
(合成例7 HD−17の合成)
下記の手順で円盤状化合物HD−17の合成した。
化合物(1)1.50g(6.09mmol)をガラス製反応容器にとり、テトラヒドロフラン(THF)6mLおよびN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)6mLに溶解させた。炭酸カリウム1.70g(12.2mmol)及び化合物(2)8.72g(9.39mmol)を加え、80℃で1時間反応させた。放冷後、酢酸エチル−水で分液した。有機層を10wt%食塩水、25wt%食塩水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。濾過後、溶媒を減圧留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、化合物(3)を1.18g(1.17mmol、収率19.3%)得た。
化合物(3)の同定データは以下の通りであった。
1H−NMR[CDCl3]:δ[ppm]=1.79(1H、t、J=5.4Hz)、3.61(2H、t、J=5.1Hz)、3.77(2H、m)、4.16(2H、t、10.2Hz)、7.73(3H、m)、8.13(1H、m)。
19F−NMR[CDCl3]:δ[ppm]−88.7(22F、m)、−86.9(3F、s)、−73.3(2F、m)。
MALDI/TOF−MS:m/z=1046.9[M++Na]。
次いで、化合物(3)1.52g(1.51mmol)をガラス製反応容器にとり、アセトニトリル10mLに溶解させた。炭酸カリウム626mg(4.53mmol)およびm−トルエンチオール375mg(3.02mmol)を加え、室温で2時間反応させた。酢酸エチル−水−FC−72で分液し、FC−72層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。濾過後、溶媒を減圧留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、化合物(4)を1.12g(1.34mmol、収率88.6%)得た。
化合物(4)の同定データは以下の通りであった。
1H−NMR[CDCl3]:δ[ppm]=1.49(1H、s)、2.12(1H、s)、2.90(2H、t、J=5.0Hz)、3.23(2H、t、10.5Hz)、3.64(2H、m)。
19F−NMR[CDCl3]:δ[ppm]−88.8(22F、m)、−86.9(3F、s)、−75.7(2F、m)。
さらに、化合物(4)1.12g(1.34mmol)をガラス製反応容器にとり、テトラヒドロフラン(THF)3mLに溶解させた。氷冷下、化合物(5)41.2mg(0.223mmol)を加え、1時間攪拌した。加熱還流下で4時間反応後、THFを減圧下留去した。1,4−ジオキサン3mLを加え、加熱還流下4時間反応後、1,4−ジオキサンを減圧下留去した。ハロカーボン1.8オイル(商品名、ハロカーボン社製)2mLを加え、120℃で5時間反応させた。放冷後、FC−72−水で分液し、FC−72層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。濾過後、溶媒を減圧留去し、残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、HD−17を170mg(0.0656mmol、収率29.4%)得た。
HD−17の同定データは以下の通りであった。
1H−NMR[CDCl3]:δ[ppm]=3.72−3.90(12H)、4.30(6H)。
19F−NMR[CDCl3]:δ[ppm]−73.2〜−74.9(6F)、−87.2〜−91.1(75F)。
MALDI/TOF−MS:m/z=2592.3[M+]。
(実施例1及び2)
<LB膜製造装置>
LB膜製造装置本体としては、NL−LB400−MWC and L−B FILM DEPOSITION SYSTEM−controller(フィルジェン(株)製)を用いた。なお、圧縮は、トラフ全体を使うク―ンバリア方式を用いた。
LB膜製造装置の周辺基としては、PC制御装置(NEC(株)製)、除振台としてアクティブ微小振動制御システムTS−150(卓上型)(HERZ(株)製)、トラフ内水温制御装置としてCTR42WS and CTE42WS(Yamato−Komatsu(株)製)を用いた。
LB膜製造装置はその全体をビニールで覆い、窒素ガスを2L/分で導入し、埃が入らないようにした。また、トラフ内に導入する超純水は、超純水製造装置Lab(MILLIPORE社製)を用いて調製した。
<展開溶液の調製>
HD−1をAK−225(旭硝子社製)に混合し、展開溶液を作成した。展開溶液の濃度は407.48μmoL/Lであった。ここで、AK−225はCF3CF2CHCl2とCF2ClCF2CF2Clの混合物である
<展開工程>
LB膜製造装置のトラフ内に上記超純水(18.2MΩ)を2L導入し、トラフの水温制御装置により水温を25.0℃にセットした。2時間後、LB膜製造装置の表面圧π値が安定していることを確認し、表面圧値をゼロにリセットした後、HD−1溶液をマイクロシリンジで徐々(1滴[1〜3μL]/30秒)に滴下した。滴下量は表1の通りとした。
<圧縮工程>
展開溶液の滴下開始から40分後に、等歪圧縮モード、圧縮率(5%/min)でHD−1が展開されたエリアの圧縮を開始した。最大エリア(926.4cm2)から最小面積(95.2cm2)まで圧縮した。圧縮過程におけるHD−1のπ−A曲線を図8に示した。図8では、一分子の占有面積に相当する直径を、その占有面積に相当する円盤状分子の直径に換算して表示している。HD−1の円盤状核の直径は13〜15Åであり、図8では、円盤状分子骨格のトリフェニルメラミンの直径(13〜15Å)に類似の占有面積付近まで単調に増加するが、そこで鋭い変曲点を持ち、その後の圧縮過程ではほとんど表面圧が変化しないという特徴を有していた。
図8の最圧縮状態のπ−A曲線の立ち上がり部分の値は明らかに10sqÅ未満であり、これはパーフルオロ基を有する分子鎖の占有断面積が10sqÅ未満になるLB単分子層膜であることを示しており、パーフルオロ基を有する分子鎖の部分構造でもあるパーフルオロアルキル基の断面積(文献値)が35sqÅであることからしても、このデータが異常な高圧縮状態にあることを示唆している。
なお、圧縮工程では平衡緩和モードを用いてもよい。一回毎の圧縮時間を15secとし、その際の圧縮速度を15mm/minと規定し、15/4mmだけ移動し、静止させた。ここでは、圧縮した分だけ表面圧が上がるが、静止している緩和時間90sec間に緩和表面圧0.04mN/m以下の表面圧の変化であればさらなる圧縮を始め、0.04mN/m 以上の表面圧の変化であれば、さらに90sec間静止し、その表面圧の変化が 0.04mN/m以下になるまで、さらに90sec間の静止を繰り返した。このモードは、圧縮により弾性変形が含まれる場合は、それが緩和されるまで待つことにより、弾性変形の戻り切れない分を塑性変形とみなすことの無いよう、正確に塑性変形だけのπ−Aの変化を捉えるためのより正確な圧縮モードであるが、非常に時間のかかる測定方法である。しかし、この平衡緩和モードでのπ−A曲線が振動するなら、その圧縮領域では塑性変形と共に弾性変形が起る圧縮過程であることをも表わしている。
<採取工程>
上記のようにして得られた単分子層膜を金基板上に採取した。なお、採取工程で用いた金基板は、赤外RAS用ミラー(Au 15mm×25mm×45nm厚on26mm×77mm×1mm厚ガラスJASCOエンジニアリング(株)製)とした。金基板はアセトン中において超音波で10分間洗浄し、取り出した後、さらにアセトンで洗って、窒素気流下において乾燥させた。次に、UVオゾンクリーナー(UVO−CREANER Model No.42 Jelight Company,Inc.製)の深さ5mmの位置にセットし、表、裏各々10分間、計20分間、UV光とオゾンによる洗浄処理を行った。
LB膜製造装置のディッパに前処理を施した金基板(赤外RAS用ミラー)を設置し、Auスパッタ膜最上部より5mm上まで浸漬した。その後、形成されたLB単分子層膜の表面厚が所定の条件となったところで金基板を引き上げ、採取を行った。金基板上昇速度は、1.0mm/minであった。このようにして得られた分子膜の分子鎖占有断面積を表1に示す。
(実施例3〜15)
実施例3〜15では、環状基を有する両親媒性分子と、環状基を有さない両親媒性分子を含む分子膜を作成した。HD−1とHD−10を表1のモル比となるように混合し、混合物のテトラヒドロフラン溶液を作成した。テトラヒドロフラン溶液を等歪モード3%/minで圧縮し、LB単分子層膜を形成した。なお、ここでは、実施例1の装置を使用し、表1の条件で展開及び圧縮を行った。このようにして得られた分子膜の分子鎖占有断面積を表1に示す。
(実施例16及び17)
実施例16及び17では、環状基を有さない両親媒性分子(PFPE鎖状化合物)からラングミュアー膜を作成した。HD−10のテトラヒドロフラン溶液を等歪モード3%/minで圧縮し、LB単分子層膜を形成した。なお、ここでは、実施例1の装置を使用し、表1の条件で展開及び圧縮を行った。このようにして得られた分子膜の分子鎖占有断面積を表1に示す。
(比較例1及び2)
比較例では、下記の化合物を用いてラングミュアー膜を作成した。
HD−8は、HD−1のPFPE側鎖がアルキル基に替わった化合物である。C−1のクロロホルム溶液[濃度;438.266μmol/L CHCl3 140μL 25.0℃条件下]は、実施例1の装置を使用し、表1の条件で展開及び圧縮を行った。このようにして得られた分子膜の分子鎖占有断面積を表1に示す。また、そのπ−A曲線を図9(a)に示す。HD−8の限界圧縮状態での分子占有面積は、70sqÅであった。
HD−9も両親媒性物質であり、鉄面上では側鎖を垂直に空気面側に向け、トリアリールメラミン環は鉄面に水平に配向することはFT−IR RASスペクトルで確認したが、水面上では特に圧縮度が増加すると安定なラングミュアー膜を形成しなかったため、分子鎖の占有断面積を測定できなかった。
図9(a)〜(c)に示す、これらのπ−A曲線は、HD−8(図9(a))、 HD−7(図9(b))、HD−1(図9(c))、について各々π−A曲線が等歪み法、π−A曲線が平衡緩和法で評価した結果である。各々の円板状化合物について、側鎖由来と考えられる3点の相違が明らかに見られる。
第一は、表面圧が上がり始める、すなわち円盤状化合物が接触し始める分子占有面積が、HD−8<HD−7<<HD−1であることである。これは、一般的に分子間相互作用の大きな分子ほど凝集を解くことができず、最初から塊りで存在するために見かけ上の分子占有面積が小さく出ると解釈できる。
第二は、表面圧の相対値だが、側鎖同士の接触による表面圧の差異を表しており、回転障壁エネルギーの大きさに対応していることは膜の表面圧を理解する上でとても興味深い結果である。
第三は、まさに弾性変形の寄与の差異である。HD−8のアルキル鎖はその寄与が当初から極めて大きく、van der Waals引力由来の相互作用が顕著に働いていることが分かる。HD−7はHD−8に比較するとかなり小さいが、高圧縮状態、高稠密状態では恐らくパーフルオロアルキル基の剛直性ゆえの熱揺らぎによる側鎖の絡み合いの緩和の時間が大きくなって現れているものと推察される。それらに対して、HD−1では、等歪み法でも平衡緩和法でもほとんど同じπ−A曲線が得られており、連続的な圧縮操作でも弾性変形は即座に解消されていることが分かる。これはパーフルオロエチレンオキシ鎖の分子間相互作用が小さくかつ柔軟性も極めて高いことが相乗効果として表れていると考えられる。
これらの結果は、アルキル鎖がPFPE鎖に比較して実際に非常に相互作用しやすく、逆にPFPE鎖が互いに影響を及ぼし合うことなく稠密化が可能であることを強く支持する結果である。
また、図9(d)からわかるように、占有断面積には以下の関係が見られる。
PFPE鎖6.8sqÅ<PFA鎖9.1sqÅ<Alkyl鎖11.7sqÅ
加藤貞二; 表面科学 Vol.21, No.10, pp.608-614,(2000). にはPFA鎖が35sqÅ、アルキル鎖が19sqÅと報告されており、そのほか、アルキル基についてはH.E.Ries, Sci. Amer., 244, No.3 152 (1961) にはステアリル鎖、ヘキサトリアコンチル鎖いずれも20sqÅと類似の値が報告されている。一方、PFA鎖については、特開平5−7747で、LB膜の限界占有面積が43sqÅと報告されている。
このように本発明の実施例の測定値は、類似の条件で測定され、報告されている文献値のいずれよりも遥かに小さく、またアルキル鎖よりvan der Waals 半径が大きいPFA鎖のほうが明確に小さい値となっている。
しかし、これらの序列は各側鎖の実質的な占有断面積ではなく、図9(a)から図9(c)で明らかになった側鎖間相互作用による圧縮時の弾性変形が解消されないで残り、塑性変形の積分として見積もられた値と考えるべきである。したがって、この序列は側鎖間相互作用の影響または寄与の大きさの序列である。
また、側鎖の占有断面積の観点からは、水素よりフッ素が大きいので、PFPE鎖〜PFA鎖>Alkyl鎖は明らかであり、恐らくAlkyl鎖もPFPE鎖が示す6.8sqÅより実質的には小さいと推測される。
実施例1及び2では、HD−1 単独での限界圧縮占有面積を求め、その1/6を側鎖PFPE1本の限界占有断面積とした。さらに、実施例2〜15では、HD−1 にHD−10を加え、その限界圧縮断面積を求めた。そのHD−10:HD−1の比率を次第に上げていき、その比率が1に近づく値をもってHD−10すなわちPFPE鎖1本の限界占有断面積とした。また、実施例16及び17では、HD−10単打奥での限界圧縮占有断面積を求めた。各実施例及び比較例の限界圧縮占有断面積を以下の表1に記載した。
表1には、各実施例及び比較例の組成と各々のπ−A曲線から読み取ったパーフルオロ基を有する分子鎖一本の限界占有断面積が示されている。表1からわかるように、実施例1〜17では、パーフルオロ基を有する分子鎖一本の限界占有断面積は10sqÅ以下であり、超高稠密化された分子膜が得られていることがわかる。中でも、実施例2〜17では、パーフルオロ基を有する分子鎖一本の限界占有断面積は5sqÅ以下であり、驚くべきことに、実施例16及び17では、パーフルオロ基を有する分子鎖一本の限界占有断面積は1sqÅ以下であった。
なお、この検証法によって、表1の実施例16及び17では最圧縮状態で若干の表面圧の上昇が観察された。HD−10単独では極く一部、水への溶解が起ることが分かった。逆にHD−1が共存するとHD−10は水面上に安定な混合膜を形成して存在することが示唆された。
一方、比較例1では、分子鎖一本の限界占有断面積は70sqÅであり、稠密化の度合いが著しく劣っていることがわかる。また、比較例2では、水面上では安定なラングミュアー膜を形成しなかったため、分子鎖の占有断面積を測定できなかった。
なお、表1において、実施例2〜15のHD−1とHD−10の重量は、10mLのメスフラスコに入れる各々の重量[mg]を記載した。しかし実際には、より正確に計量するために予めHD−1とHD−10のTHF溶液を作成し、その必要mgに相当する体積を10mLのメスフラスコに計量し、その後、10.0mLとなるようにTHFで希釈した。
また、各々の実験では、HD−1/HD−10の混合膜の展開前のπ−A曲線(実際にはほとんど直線)を測定し、π−A曲線を測定後は、水面上のHD−1/HD−10の混合膜を吸引によって表面圧が負の値になるまで吸い取り除去し、その後、改めてπ−A曲線を測定して、HD−1/HD−10の混合膜の展開前のπ−A曲線と変わらないことを確認した。
なぜなら、HD−10はフッ素系の撥水性アルコールであるが、界面活性剤でもあり、HD−1/HD−10の混合膜の形成中に一部が溶解してミセルを形成して水中に存在する懸念がある。しかし、水面上のHD−1/HD−10の混合膜を除去すれば、HD−10が界面活性剤として水面上にくるため、そのπ−A曲線を測定すれば、HD−10の水面上の有無を高感度で確認できるからである。
HD−1とHD−10の混合展開液の組成と限界占有断面積の関係を表したグラフを図10(a)に示す。図10(a)の各π−A曲線から求められたPFPE鎖1本の限界圧縮断面積については、以下のようにして求めた。表1の実施例12のHD−1:HD−10=1:99を例に示す。
図10(a)の分子占有面積の分子は、この場合は「HD−1が1分子とHD−10が99分子」を「1分子」とみなして計算する。従って、その分子量はHD−1 3030.82+HD−10 448.08×99=47390.74であり、濃度に換算すれば、6.66mg/mL÷47390.74=140.34μmol/Lである。これを600μL展開した。得られたπ−A曲線(図10(b))から、先ず 「1分子」の分子占有面積[65.7sqÅ]を求め、これをその「1分子」を構成するHD−1のPFPE鎖6本とHD−10の99本の合計105本で割ることで、PFPE1本の(平均)断面積[0.626sqÅ]を求めた。
上記の操作を表1の実施例3〜15について行った。HD−10PFPE鎖1本の平均断面積を、全PFPE鎖のうちのHD−10由来のPFPE鎖の比に対してプロットした図を図10(c)に示す。図10(c)より、HD−10由来のPFPE鎖の比率が大きくなる程、PFPE鎖1本の平均断面積が小さくなっていることがわかる。
<van der Waals 半径との比較>
van der Waals 半径については、その側鎖を認識する隣接基の半径を極限まで小さくした条件で分子体積を求め、さらに得られた分子長で割って、各々の平均断面積を求めた。その結果、PFPE鎖の直径は4.36Å、分子断面積は14.93sqÅであった。しかし、本発明では、HD−10のPFPE鎖1本の限界占有断面積の実験値が0.5sqÅ以下であり、一桁以上小さい値が得られていることがわかった。
以上のことから、PFPE鎖単独のLB膜を形成した場合、その限界占有断面積を求め、PFPE鎖はvan der Waals 半径から想定される断面積の1/10以下の限界占有断面積をもつことは確からしいという結果を得た。
さらに、図10(c)より、HD−10の分子占有面積はHD−1の中の1本のPFPE鎖の分子占有面積より明らかに小さいことが分かった。すなわち、これまでvan der Waals半径の概念では考えられなかった、高い稠密化の現象がこのPFPE鎖を持った化合物では起り得ることは明らかである。また、PFPE鎖のほとんどをHD−10にしたLB膜での限界占有面積がab Initio計算で求めたPFPEの断面積0.485sqÅと同じオーダーの値0.75sqÅとして得られたことは、PFPE鎖をもった一連の化合物の高稠密化現象がその環構造の凹凸の埋め込みだけでなくPFPE鎖自体が極めて高稠密化できることの真実性とこの実験の精度の高さをも示していると言える。
(実施例18〜20)
実施例18〜20では、環の直径が異なるものや、また環の凹凸が明瞭なものと不明瞭なトリフェニルメラミン環以外の環構造に関して、HD−1〜HD−3と同様の複数のPFPE鎖が中心環から放射状に延びた円盤状化合物のHD−4〜HD−6 について、実施例1と同様の方法で検証を行った。ここでは、実施例1の装置を使用し、下記の条件で展開及び圧縮を行った。
HD−4のフッ素系溶液[濃度;376.074μmol/L Vertrel 75μL at 25.0℃]
HD−5のフッ素系溶液[濃度;397.282μmol/L Vertrel 75μL at 25.0℃]
HD−6のフッ素系溶液[濃度;284.834μmol/L Vertrel 100μL at 25.0℃]
図11は、HD−4〜HD−6のLB単分子層膜形成におけるπ−A曲線である。HD−4〜HD−6は全てが明確な変曲点を示した。その変曲点での分子占有面積の序列は、分子軌道計算から求めた円盤状核の分子占有面積の序列に対応しているが、円盤状核自体より遥かに大きい分子占有面積で変曲点を迎えている点がHD−1とは大きく異なる。また、FT−IR RAS スペクトルは、HD−4〜HD−6のいずれの側鎖も変曲点以前の低濃度から界面に垂直に立っていることを示しており、円盤状核とPFPE鎖を繋ぐ連結基部分の影響を受けている可能性がある。
変曲点に続くplateauに関しては、HD−6は滑らかな単調増加であり、HD−4,5とは異なるが、凹凸が明確でないためか、もしくは骨格が相対的に柔らかくて変形するためではないかとも考えられる。なお、HD−4〜HD−6のLB単分子層膜においても、分子鎖の占有断面積は10sqÅ以下であった。
(膜構造の解析)
<ラングミュアー膜の採取と分子配向状態の解析>
次いで、金基板上に採取された圧縮度の異なるLB単分子層膜のHD−1分子の配向状態の解析した。解析には、図12(a)に示すようなFT−IR RAS法を用いた。通常のFT−IR スペクトルは、〜0.1μmの厚みがほぼ測定の限界であるが、FT−IR RAS法を用いた場合、有機化合物の単分子膜すなわち〜1nm厚の試料のIRスペクトルが得られる。すなわち、FT−IR RAS法は、一般的なFT−IR法の100倍近い感度を有する測定方法である。図12(a)に示されているように、IR光は光反射性の金属面に全反射するような低入射角で当てると、入射面に垂直な(基板面内)方向の振動は互いに打ち消し合い、逆に、入射面内、すなわち金属面に垂直な方向の振動はより強め合った反射IR光が得られるため、基板に対して垂直方向の振動のみを高感度に捉えることになる。さらに、IR光が低入射角で入るため、試料内を通る光路長が、垂直反射や透過法に比べても数倍稼げることで、超薄膜での分子配向の情報を高感度で得ることができる。従って、無配向状態でのIR スペクトルと比較することで、単分子膜の分子配向に関する情報を引き出すことが可能になる。なお、本発明では、FT−IR分光器として、FT−IR 6300(日本分光(株)製)を用いた。ここでは、IRレーザから光干渉計及び試料室、MCP検出器に至る全光路を真空系に脱気でき、CO2とH2Oの吸収バンドがほとんど無い極めて高感度なRAS測定が可能となっている。
図12(b)の左図に示すように、PFPE鎖が基板に垂直に配向している場合、ジフルオロメチレン基は基板に平行に配向するので、基板に対して垂直方向の振動のみが検出される。FT−IR RAS法では、官能基の数としては圧倒的に多いジフルオロメチレン基CF2の逆対称伸縮振動のピーク(〜1290cm-1)は見えず、逆に圧倒的に官能基数の少ない末端C−CF3基のC−C伸縮のピーク(1255〜1265cm-1)のみが検出されることになる。一方、PFPE鎖が基板に水平に配向している場合としては、その代表的化合物であるHDD用の潤滑剤であるFomblin Z−Tetraol(Solvay Solexis 社製)が、磁気記録材料の保護膜であるダイヤモンドライクカーボン膜の上に水平配向していることはよく知られており、この場合のジフルオロメチレン基は基板に垂直に配向しているのでジフルオロメチレン基CF2の逆対称伸縮振動のピーク(〜1290cm-1)が検出されることになる。
図12(b)には、Au基板上に採取したHD−1の分子膜のFT−IR RASスペクトルが示されている。ここでは、HD−1が、Au基板面に円盤状核を水平配向させ、PFPE鎖は鋭く垂直に配向していることを如実に示されている。すなわち、側鎖基を水面に垂直に向けて配向しているものと考えられることが分かった。
また、図13に示されるように、ラングミュアー膜の圧縮により、PFPE鎖末端C−CF3伸縮振動のピーク波数は、最低圧縮時(1251.6cm-1)から最高圧縮時(1265.1cm-1)まで約13.5cm-1も高波数シフトしている。これは、PFPE鎖は、圧縮の影響を最もうける側鎖は隣接基との相互作用の観点で側鎖長を徐々に伸ばし結合エネルギーを増大させる、すなわち高波数シフトという連続的な変化を起こしていると考えられる。
<ラングミュアー膜表面の凹凸形状および膜厚の非接触光学系による解析>
次いで、実施例で得られた分子膜が、多層膜ではなく均質な単分子層膜であるか検証した。この検証には、光干渉膜厚測定を用いた。ここでは、使用する側鎖PFPEの厚み以下の均質性をもった膜ができていることを実証するために、Au基板上に採取したHD−1の分子膜について下記の膜厚測定を行った。評価には、超高分解能非接触三次元表面形状計測システム BW−A50X[Nikon社製]を用いた。
測定に用いたサンプルは下記四種類である。
参考例20:レファレンスとして分子膜がのっていない赤外RAS ミラー基板
[Au15mm×25mm×45nm厚on 26mm×77mm×1mm厚ガ ラスJASCOエンジニアリング(株)製]
実施例21:HD−1 分子膜 200%圧縮品
実施例22:HD−1 分子膜 400%圧縮品
実施例23:HD−1 分子膜 400%圧縮品 (表面が縞模様で散乱する箇所が存在する試料)
参考例20のAu基板について測定した。その断面(深さ方向の変位)の測定結果は、全変動幅でも6Åで 統計的な二次元粗さは深さ方向で2.7Åであり、極めて平滑な面状であり、急激に10Å程度の段差を生じている箇所は無いことが分かった(図14(a))。
実施例21の「HD−1 分子膜 200%圧縮品」の二か月経時品について測定した。通常竹べらの先で擦って有機膜の段差をつくるが、Au基板は非常に傷付きやすいので、二か月の間で膜に微細なひび割れが生じている箇所についてその段差の測定を行った。亀裂の深さはどれも1.5nm以下で、統計的な二次元粗さは深さ方向で5.8Åであった。この実施例21は200%圧縮品なので、もし多層化が起こっていると、その膜厚は最低でも2nmはあり、その亀裂が生じているはずだが、そのなかにそのような深い亀裂は見られなかった(図14(b))。
実施例22の「HD−1 分子膜 400%圧縮品」の二か月経時品について測定した。実施例21と同様に、膜に微細なひび割れが生じている箇所についてその段差の測定を行った。しかし、測定の結果非常に均質な膜厚でできた被膜であることが分かった。亀裂深さは最大2nmと出たが、非常に広い視野で均質であることを捉えており、その上で亀裂部分を選んでいるので、この膜厚もほぼ一層分と見なしてよいと考えられる。400%圧縮品のため、もし多層化でできているなら、最低でも4nm程度の厚み、亀裂が各所に存在するはずであるが、そのような箇所は見られなかった(図14(c))。
実施例23の「HD−1 分子膜 400%圧縮品 (表面が縞模様で散乱する箇所が存在する試料)」の二か月経時品について測定した。縞模様が高さ〜15Å、幅60Åの突起状の帯であることが分かった。これはHD−1からなるものだからおよそ1層3列程度の塊りでできているものと推察される。これこそが最も危惧していた現象だが、またそれが起こると明確に検出できるので、逆にこのような現象はこれまでほとんど起こっていないし、均質なサンプルにはそのような部分的多層化は起こっていないという、逆にこれまでの分子膜の均質性を強く示唆する結果となった(図14(d))。なお、図14(e)はその突起の帯をもつ表面を三次元的に表わしたものである。実施例21〜23の解析を通じて、HD−1の分子膜は、そのPFPE側鎖長に対応した総じて10Å厚程度の均質薄膜であることが分かった。また、その他の実施例についてもHD−1の分子膜と同様に均質薄膜であることが分かった。
<分子軌道計算によるPFPE鎖の特徴の解析>
分子軌道計算から見た各側鎖の特徴を解析した。PFPE鎖を用いるとなぜ高稠密化が可能になるのか検証するために、HD−1の中心骨格であるトリアリールメラミンの側鎖として、長鎖アルコキシ基、ポリエチレンオキシ基、パーフルオロアルキルオキシ基及びパーフルオロエチレンオキシ基について、後者と前三者の差異、類似性を比較した。各側鎖について、モデル的に構成鎖長元素の個数を合わせて、WINMOSTARで計算を行った。解析の結果を図15に示した。
図15に示されているように、アルキル基は、炭素鎖が小さく炭素面が明確に見えている。一方、アルキル基の水素原子がフッ素に置き換わると炭素面の被覆効率が格段に上がっていることがわかる。なお、アルキル基の水素原子が臭素に置き換わったものでは、炭素に比較して臭素の原子半径が大きくなりすぎるために、かえって隙間ができていることがわかる。このことから、PFPE鎖はフッ素に覆われており、炭素鎖の電子密度が小さいことがわかった。すなわち、アルキル鎖とはelectron rich な炭素と水素の両方で分極しやすい、隣接基の分極の影響を受けやすい電子構造をしており、一方、PFPE鎖はその構成炭素がelectron deficient で、さらに、元素中最も低分極性、周りの電子環境の影響を受けにくく、与えにくい元素で効率的に被覆されていることがわかった。
また、PFPE鎖は柔軟性が高いことがわかった。図16に、各側鎖のC−C−C結合またはC−CO−C結合の回転障壁エネルギーを計算した結果を示した。図16からわかるように、PFPE鎖の最大の特徴は、どのような角度でも回転障壁エネルギーが小さいために、まさに柔軟に周りの構造に対応できる。
<X線反射率測定による膜厚と膜密度の測定>
シリコンウェハー上にラングミュアー膜を形成し、X線反射率測定を行った。X線反射率測定法においては、直接的にその密度と膜厚を同時に測定することができる。X線に対する物質の屈折率は1よりもわずかに小さいため、表面が平坦な物質の表面すれすれにX線を入射すると全反射を起こす。入射X線強度に対する全反射X線強度(反射率)の薄膜表面への入射角度依存性を測定することにより、図17に示すようなX線反射率の入射角依存性プロファイルを得ることができ、薄膜の構造パラメータ(各層の密度、膜厚、ラフネス)を非破壊で評価することができる。この測定のためには、できるかぎり平滑な基板が必要であり、シリコンウェハーがその目的には最も相応しいので、シリコンウェハー基板上に下記の三種類の分子膜試料をシリコンウェハー上に形成した。
実施例24 ; HD−1+HD−10 (1:1) の圧縮度を三通り変えて作成した(実施例24−1〜24−3)。これらの実施例については、シリコンウェハーの吸着力が小さいため、高圧縮状態の分子膜をその密度のまま保持することができず、どれも同じ程度の中密度の膜となってしまっていたことが判明した。
実施例25; HD−1+HD−16 ( 1: 99 )
HD−16はHD−10の二倍近くの膜厚になるはずで、HD−16が6molでHD−1 1molの占有面積にほぼ相当するので、占有面積比で1:16.5 程度の圧倒的にHD−16が多い、すなわち二倍程度の膜厚のLB膜が得られることを期待して分子膜を調製した。
実施例26; HD−7
HD−7はPFA基を側鎖末端に有し、HD−1のような変曲点を持たない一般的なπ−A曲線を与えるような化合物であるが、その側鎖は剛直であり、分子間力はアルキル基よりは小さく、圧縮による稠密化がある程度可能であると期待して分子膜を調製した。
X線反射率測定に用いた装置は、リガク製のATX−Gである。X線源にはCuターゲットを用い、50 kV−300 mAでX線を発生した。詳細な条件は以下に示す。
反射率測定
S1スリット 幅1.0 mm、高さ10 mm
入射側光学素子 無し
S2スリット 幅1.0 mm、高さ10 mm
Receivingスリット 幅1.0 mm、高さ10 mm
受光側光学素子 無し
Gurdスリット 幅0.5 mm、高さ10 mm
スキャン軸:2θ/(、スキャン範囲0〜20(、 サンプリング幅0.01(、
スキャン速度:0.1 (/min(2θ/ω=0 °〜2 °)、0.05 (/min(2θ/ω=0.5 °〜20 °)
2θ/ω=0 °〜2 °の測定;別途Al箔を8枚重ねた物(手製アッテネータ )を設置した(検出器保護目的)。
2θ/ω=0 °〜2 °の測定の0.5 °〜2 °のデータと2θ/ω=0.5 °〜20 °の測定の0.5 °〜2 °のデータから、Al箔によるX線減衰を補正した。両者のデータをシグモイド関数により連結した後、2θ/ω=15 °〜20 °のデータから基板SiによるX線散乱(トムソン散乱、コンプトン散乱)分を算出し1)、データを補正した。得られた反射率データに対して、シミュレーションを行った。
なお、X線反射率法では、予想される約1 nm前後の薄膜の絶対値評価精度が未確認なので、基板であるSi waferに対する大小関係(界面反射波のP波、S波の割合が逆転するので、明確に評価可能)及び、サンプル間の相対的な大小関係を調べた。膜厚についても誤差の評価が出来ていないので相対比較により解析した。
各シミュレーションの単分子層試料の密度と膜厚結果を表2に示す。膜厚が薄いため、数値の絶対値の信頼性は低いので、相対関係を考察した。
実施例24−1〜24−3の3種及び実施例26の膜厚はほぼ同じで、実施例25のみ厚くなっており、化合物の構造(パーフルオロ基を有する分子鎖の長さ)から予想される傾向と合致した。
すべての試料のシミュレーション密度値は少なくともSiの理論密度2.33g/cm3よりも高密度だった。試料間を比較すると最も高密度の実施例24−1と2番目に高密度の実施例24−2では、明確な違いは検出できなかったが、最も密度の低い実施例24−3では定性的に前二者よりも低密度であり、π−A曲線から予想される密度の序列とX線反射率で評価した密度の序列は一致した。
実施例25では、Siよりも高密度であることは実施例24と同じで、7g/cm3以上だった。また、より剛直な側鎖であるパーフルオロ基を有する分子鎖を有する実施例26も7g/cm3以上だった。
また、実施例24と実施例26に用いた化合物の鎖長はほぼ同じ長さで、その測定膜厚は全て0.7nm程度の膜厚であった。一方、実施例25に用いた化合物の鎖長は、実施例24と実施例26に用いた化合物のほぼ二倍の鎖長を有するが、その測定膜厚もほぼ二倍の1.66nmであり、鎖長と膜厚が対応していることが分かった。
すべてのサンプルはSi wafer基板(文献密度2.33 g/cm3)よりも高密度だった。π−A曲線から予想される密度とX線反射率から評価した相対密度序列は一致した。また構造から予想される膜厚の序列とX線反射率から評価した相対膜厚序列も一致した。
X線強度が1/eに低下する深さをX線の潜り込み深さと定義した場合、2θ/ω>15°では、潜り込み深さが18μmを超える。表面数 nmのサンプルに由来する散乱の寄与は無視でき、トムソン散乱、コンプトン散乱は、ほとんど基板Si由来と考えられる。
Au基板はSi wefer ほどの平滑性はないが、上記と同様のX線反射率測定ができれば、より高密度を実証できるものと考え、上述した試料基板の密度と膜厚の評価を行った。その結果、Si wafer基板と同様の膜厚の単分子層が形成されていることがわかった。
<ラングミュアー膜の屈折率評価>
実施例で作成したラングミュアー膜について、表面プラズモン共鳴法を用いて屈折率を評価した。一般に光は電子波(plasmon)とはカップリングしないが、金属表面ではその特殊性から光とカップリングを起こす電子波のモードが生じる。これが表面プラズモン(surface plasmon)である。全反射表面にはエバネッセント波が発生しており、そのエバネッセント波のみが表面プラズモンとカップリングする。この現象を利用すると、金属表面上に1nm程度の試料(誘電体薄膜)が吸着しただけで、その誘電率に応じて光の反射光の共鳴角度が変化するので、微量の試料の測定が可能であり、さらに高感度でその誘電率、すなわち屈折率を測定できる。この方法はすでに確立された方法であって(Surface Plasmon Spectroscopy of Organic monolayer Assemblies I.Pockrand, J.D.Swalen, J.G.Gordon IIand m.R.Philpott,
Surface Science 74, 237−244 (1977))、さらに生体系で酵素の高感度センサーとして有用で、広く応用展開が進みつつある。
本実施例では、図18(a)に示すようなKretschmann型の光学装置を組んで、近赤外光の全反射する角度を精密に評価した。反射率と入射角の関係は、図18(b)に示すように、誘電体膜の無い通常のAu基板のみの状態では点線で示した光の反射角度(45゜)でプラズモン共鳴が最も強く生じ、反射率が最低になる。しかし、そのAu膜に誘電体薄膜がついている場合には、そのプラズモン共鳴状態に変化が生じ、最も反射率が低下する角度が、実線で示すように変化する。この角度の変化量と誘電体薄膜の誘電率およびその膜厚とは、理論的に計算できる関係にあるため、予めシミュレーションによって、その関係を求め、それと実験値との対応関係から、本発明の分子膜の屈折率を求めることができる。
その結果、下表3の条件で作成したラングミュアー膜(実施例27〜32)は、屈折率が3から4という、有機化合物では考えられない大きな屈折率を発現することが分かった。この膜を構成するフッ素化合物HD−1+HD−7+HD−10の屈折率は1.33であるため、これらによるラングミュアー膜が極めて高稠密化し、単位体積当たりの電子密度が大きくなる以外にはこのデータを説明できず、この高屈折率のデータは、本発明のフッ素化合物を有する両親媒性のラングミュアー膜が超密充填構造であることを強く示唆している。
(圧縮率と分子膜の関係性)
また、本発明では、圧縮率を変化させ、単分子膜を作成した。各圧縮率におけるHD−1の1分子の占有断面積に相当する分子直径と、膜厚をPFPE鎖の分子軌道計算から求めた。図19には、PFPE鎖末端C−CF3基のC−C伸縮のピーク(1255〜1265cm-1)強度をそのAreaの圧縮率(横軸)についてプロットしたグラフが示されている。これは、HD−1の8本のπ−A曲線における、その各々の圧縮終点で採取した各LB単分子膜について測定したFT−IR RAS スペクトルについて、そのPFPE鎖末端C−CF3基のC−C伸縮のピーク(1255〜1265cm-1)強度をそのAreaの圧縮率(横軸)についてプロットしたものである。
図19では、グラフの縦軸がC−CF3ピーク強度、横軸は、分子占有面積が210sqÅ(π−A曲線の変曲点)の時を100%とし、105sqÅなら200% 、70sqÅなら300%といったように圧縮率で表している。図19に示されているように、ピーク強度と圧縮率はきれいな比例関係を示しており、この圧縮過程が少なくとも4倍圧縮(400%)を超えるくらいまで通常の圧縮現象が起こっている。
しかし、π−A曲線が変曲点を示すところで、PFPE鎖1本分の占有断面積はすでに文献既知のパーフルオロアルキル基の占有断面積よりさらに圧縮された値(27.5 sqÅ)に達しており、そこからさらに常温常圧で4倍圧縮以上されるということは、これまでの過去の知見からはあり得ないことである。
また、図19には、各圧縮率におけるHD−1一分子の占有断面積に相当する分子直径と、膜厚を分子鎖の分子軌道計算から求めた側鎖長13Åとして計算した膜密度、及びPFPE側鎖1本当りの占有断面積を表示した。
この結果は、HD−1 分子のLB膜形成過程における「隣接分子間の凹凸認識による相互埋め込み仮説」が起るなら、その側鎖基のIR吸収強度が、圧縮過程における特別な相互作用によってその振動子強度に変化が起らないという条件において、当然起るべき結果である。
(段階的圧縮の評価)
さらに、本発明では、圧縮を繰り返し行い、単分子膜を作成した。実施例1と同様の装置、単分子層膜の形成を行い、その後、LB膜製造装置のバリアを最圧縮状態で2時間保持したのち、完全に開放し、再度圧縮、開放を繰り返す、という工程を17回繰り返した。
図20には、HD−2のLB膜形成過程において、圧縮−緩和を計17回繰り返した際のπ−A曲線の変遷を示す。図20に示すように繰り返す毎に、初期占有面積が減少し、その減少度合いも徐々に減っていることがわかった。また、繰り返し5回目以降の表面圧が一定値に収束しており、繰り返し9回目以降の減少幅が顕著に減り、ある一定(限界)値に収束する傾向がみられる。さらに、繰り返し15回目と16回目が一致したので、ここが限界の収束値であると考えられる。
このようなπ−A曲線の変遷を見るに、圧縮過程のその圧縮過程が、隣接分子の分子形状を認識し、その凹部に凸部を挿入して稠密化することが予測される。
本発明によれば、高稠密化した単層分子膜を得ることができる。本発明の分子膜は、超高稠密化膜であるため、両親媒性分子一本当たりの占有断面積が非常に小さく、膜密度が非常に高い。また、屈折率が高いという特性も有している。このため、本発明は、潤滑剤、防汚性、耐薬品性、酸化防止のための表面保護膜、反射、透過率等を精密に制御する光学薄膜、離型膜、各種のセンサー、機能素子、半導体素子、表示素子、記録媒体、コーティング材料、液晶配向膜、非線形光学素子、超微細パターン用レジスト、選択的透過膜、気体遮蔽膜、スイッチング素子、熱電変換膜あるいは絶縁膜などの多種の用途に利用することができ、産業上の利用可能性が非常に高い。
1 両親媒性分子
2 疎水性基
4 親水性基
5 分子膜(単分子膜)
6 累積膜
10 バリヤ
20 基板
S 展開溶液
W 水相

Claims (22)

  1. 下記一般式(1)で表される両親媒性分子を含む分子膜であって、
    前記両親媒性分子は、前記分子膜内において面方向に対して垂直に配向しており、
    前記両親媒性分子一本の占有断面積が10sqÅ以下であることを特徴とする分子膜。
    (一般式(1)中、Xは、炭素数が1〜10のアルキレン基を表し、1つの炭素原子、又は隣接しない2以上の炭素原子が酸素又は硫黄の原子に置換されていてもよい。また、Yは極性基を表すか、又は極性基を有する原子団を表す。p1は1〜20の整数を表し、p2及びp3はそれぞれ0〜8の整数を表し、p4は0又は1の整数を表す。qは0〜30の整数を表し、nは1〜10の整数を表し、sは1〜30の整数を表す。但し、一般式(1)中の−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−を構成するp1個の(CF2)、p2個の(CF(CF3))及びp3個の(C(CF32)の結合の順番は限定されない。なお、qが2以上の場合、複数の−[(CF2p1(CF(CF3))p2(C(CF32p3(O)p4}−は、それぞれ互いに同一であっても異なっていてもよい。また、sが2以上の場合、複数のn及びqは、それぞれ互いに同一であっても異なっていてもよい。)
  2. 前記両親媒性分子一本の占有断面積が5sqÅ以下であることを特徴とする請求項1に記載の分子膜。
  3. 前記両親媒性分子一本の占有断面積が1sqÅ以下であることを特徴とする請求項1に記載の分子膜。
  4. 前記分子膜の膜密度が3.5g/cm2以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の分子膜。
  5. 前記分子膜の屈折率が3.0以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の分子膜。
  6. 前記分子膜の表面圧が5mN/m以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の分子膜。
  7. 前記分子膜の平均膜厚は、0.5〜20nmであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の分子膜。
  8. 前記両親媒性分子一本の占有断面積がファンデルワールス半径から算出される占有断面積の1/3以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の分子膜。
  9. 前記一般式(1)において、p2及びp3はそれぞれ0の整数であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の分子膜。
  10. 前記一般式(1)において、Yが極性基を有する原子団を表す場合、Yは置換されていてもよい環状基を有することを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の分子膜。
  11. 前記一般式(1)において、Yが極性基を表す場合、Yは水酸基であることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の分子膜。
  12. 前記一般式(1)においてYが極性基を有する原子団である両親媒性分子(a)と、前記一般式(1)においてYが極性基である両親媒性分子(b)とを含むことを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の分子膜。
  13. 前記両親媒性分子(a)において、Yが極性基を有する環状構造含有原子団であることを特徴とする請求項12に記載の分子膜。
  14. 前記両親媒性分子(a)と前記両親媒性分子(b)のモル比は1:6〜400:1であることを特徴とする請求項12又は13に記載の分子膜。
  15. 前記両親媒性分子の分子量が200〜5000であることを特徴とする請求項1〜14のいずれか1項に記載の分子膜。
  16. 前記分子膜は単層膜であることを特徴とする請求項1〜15のいずれか1項に記載の分子膜。
  17. 前記分子膜内において、前記両親媒性分子は固定されていることを特徴とする請求項1〜16のいずれか1項に記載の分子膜。
  18. 請求項1〜17のいずれか1項に記載の分子膜と基板を有することを特徴とする積層分子膜。
  19. 前記基板は金基板であることを特徴とする請求項18に記載の積層分子膜。
  20. 前記基板は樹脂基板であることを特徴とする請求項18に記載の積層分子膜。
  21. 請求項1〜17のいずれか1項に記載の分子膜が2層以上積層されて形成されることを特徴とする累積膜。
  22. 請求項21に記載の累積膜と基板を有することを特徴とする積層累積膜。
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