ミレ・ツルノ
ミレ・ツルノ | |
---|---|
プロフィール | |
リングネーム |
ミレ・ツルノ シルバー・ハリケーン |
本名 | ミレ・ツルノ |
ニックネーム | ユーゴの鷹 |
身長 | 180cm |
体重 | 95kg(全盛時) |
誕生日 | 1955年9月29日(69歳)[1] |
出身地 | クロアチア |
スポーツ歴 | レスリング[1] |
トレーナー |
レネ・ラサルテス[1] ジョニー・ロンドス[1] |
デビュー | 1973年[1] |
引退 | 2005年[1] |
ミレ・ツルノ(Mile Zrno、1955年9月29日 - )は、クロアチア(旧ユーゴスラビア)出身の元プロレスラー[1]。
現役選手時代はドイツを主戦場に活動。甘いマスクと肉体美を持つ技巧派ベビーフェイスとして、女性の観客からの声援を集めた[2]。
来歴
[編集]スイス出身のレネ・ラサルテスやベルギー出身のチャールズ・フェルフルスト(ジョニー・ロンドス)らのコーチを受け、1973年に18歳でデビュー[2]。1978年11月、ドイツのローラン・ボックが日本からアントニオ猪木を招聘してプロモートした欧州世界選手権シリーズに、アンダーカード要員として出場。猪木に同行しヨーロッパに遠征していた藤原喜明との連戦が各地で行われた[3]。
1979年5月、ボックをヘビー級王者に認定していたWWU(ワールド・レスリング・ユニオン)のジュニアヘビー級王者として国際プロレスに初来日[4]。5月6日に後楽園ホールにて阿修羅・原の挑戦を受けるも敗退、王座を明け渡している[5]。
欧州では1980年代よりオットー・ワンツ主宰のCWA(キャッチ・レスリング・アソシエーション)を主戦場に活動。1981年に開催された "CWA World Catch Cup" では、ムース・モロウスキー、エイドリアン・ストリート、パット・ローチ、ゴロー・タナカ、クラウス・カウロフなどのヘビー級のヒールと対戦した[3]。
1982年10月には新日本プロレスに初参戦するが、ビザの都合で興行への出場が不可能になり、素顔を隠し覆面レスラーのシルバー・ハリケーンに変身しての1試合のみで帰欧[6]。翌1983年3月の来日時は素顔に戻り、3月10日に栃木県体育館にてタイガーマスクのNWA世界ジュニアヘビー級王座に挑戦した[7]。1985年2月には第1次UWFに出場、2月18日の後楽園ホール大会ではディーン・ソルコフから勝利を収めている[3]。
その後もCWAを活動の拠点に、1986年はブル・パワーこと後のビッグバン・ベイダーとも対戦[3]。1987年7月17日にはオーストリアのウィーンにてスティーブ・ライトを破り、CWA世界ミドル級王座を獲得[8]。タッグでは1988年6月、トニー・セント・クレアーと組んでマーク・ロコ&デイブ・フィンレイを下し、CWA世界タッグ王座の初代王者チームとなった[9]。
再来日の機会はなかったものの、1989年にヨーロッパ遠征から帰国し第2次UWFに移籍した船木優治が、ドイツでツルノから習得した技としてアンクル・ホールドを初公開。彼の名前が再び日本でクローズアップされることとなった(船木は、ツルノが使っていた技はイギリスのビリー・ライレー・ジムの流れを汲むものと語っている)[2]。
1990年代もCWAでの活動を続け、1990年から1993年にかけては、ランボー、クリス・ベノワ、オーエン・ハート、ランス・ストームなどのカナダ勢や、野上彰、飯塚孝之、山本広吉といった当時の新日本プロレスの若手選手とも対戦[10][11]。1998年1月17日には、ドイツのハノーバーで行われたIWW(インディペンデント・レスリング・ワールド)のワンナイト・トーナメントに出場、決勝の4ウェイ・マッチで西村修に敗れた[12]。
キャリア晩年はベルリンのVDBなどの団体に単発出場し[11]、2005年に現役を引退してクロアチアに帰国したとされる[2]。
得意技
[編集]獲得タイトル
[編集]- ワールド・レスリング・ユニオン
- CWA世界ミドル級王座:1回[8]
- CWA世界タッグ王座:2回(w / トニー・セント・クレアー、デビッド・テイラー)[9]
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g “Wrestlers Database: Mile Zrno”. Cagematch.net. 2013年6月11日閲覧。
- ^ a b c d 『Gスピリッツ Vol.23』 P72-73(2012年、辰巳出版、ISBN 4777810054)
- ^ a b c d “Mile Zrno match results 1978-1990”. Cagematch.net. 2013年6月11日閲覧。
- ^ “IWE 1979 Big Challenge Series”. Puroresu.com. 2016年12月10日閲覧。
- ^ a b “WWU World Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月11日閲覧。
- ^ 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P74(2002年、日本スポーツ出版社)
- ^ “The NJPW matches fought by Mile Zrno in 1983”. Wrestlingdata.com. 2014年12月22日閲覧。
- ^ a b “CWA Middleweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月11日閲覧。
- ^ a b “CWA Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2013年6月11日閲覧。
- ^ “Mile Zrno match results 1990-1993”. Cagematch.net. 2013年6月11日閲覧。
- ^ a b “Mile Zrno match results 1993-2005”. Cagematch.net. 2013年6月11日閲覧。
- ^ “Match Statistics for Mile Zrno 1998”. Wrestlingdata.com. 2013年6月11日閲覧。