ナオミの夢
「ナオミの夢」 | ||||
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ヘドバとダビデ【イスラエル盤】 の シングル | ||||
A面 | 散歩に行こう(ヘドバ・アムラニ) | |||
B面 | ナオミの夢 | |||
リリース | ||||
規格 | 7インチシングル盤 | |||
ジャンル | POPS | |||
時間 | ||||
レーベル | RCA | |||
作詞・作曲 | ティルザー・アタール、デビッド・クリボシェ | |||
ヘドバとダビデ【イスラエル盤】 シングル 年表 | ||||
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「ナオミの夢」(ヘブライ語: אני חולם על נעמי;ラテン文字転写:ANI HOLEM AL NAOMI,英語: I Dream of Naomi)は、1970年のイスラエルの楽曲。ヘドバとダビデ(ヘドバ・アムラニ(ヘブライ語版) とダビデ・タル(ヘブライ語版)[1])の著名な歌である。1970年開催の世界47ヶ国の代表が出場した第1回東京国際歌謡音楽祭(後の世界歌謡祭)でグランプリを受賞し、イスラエルと日本において有名になった。
概要
[編集]1970年、ヘドバとダビデは非常に高く評価され重要性がある日本の東京国際歌謡音楽祭に参加した。しかし当初彼らには音楽祭に参加するための作品がなく、ヘドバとダビデはイスラエル人の作曲家・編曲家のデビッド・クリボシェにオリジナル作品の制作を支援してもらうために問い合わせた。クリボシェは当時シュトラウス・エリート(現:シュトラウス)のコーヒーのCMソング作曲のために尽力していた。ヘドバとダビデはそのメロディーを好きになり、東京国際歌謡音楽祭においてそのメロディーを使うことを決めた。
ヘドバとダビデはそのメロディーに歌詞を付けてもらうため、イスラエル人のソングライターであり詩人であるティルザー・アタールの許へ相談に出向いた。アタールは彼らが東京国際歌謡音楽祭に出場し、日本において目も眩むような成功をもたらしてグランプリを受賞した際の作詞を行った。本作は日本語に翻訳され評価を受けて販売され、後に日本において大成功をもたらすこととなる(後述)。
本作は、イスラエルでは「בואו נטייל(散歩に行こう)」のB面曲として発売された[2]。
東京国際歌謡音楽祭でグランプリに輝いたため急遽レコード会社が発売を決め、帰国直前の2人を引き止めほとんど意味を教えずに日本語の歌詞を覚えさせて1週間そこそこで日本語版をレコーディングした。B面にイスラエルで唄っているオリジナルのヘブライ語版を入れることを条件に、翌71年1月25日日本語版が発売された[3]。1971年4月19日にオリジナル・コンフィデンス誌(オリコン)総合チャートで第1位を獲得[4][5]、4週に亘って連続1位を獲得し、67万枚のヒットとなった[3]。当時、オリコンのチャートが始まってまだ3年余りの時期ながら、第1位を記録した5組目の洋楽アーティストになっている[4][5]。日本語による本作の売上は数十万部であると評価されている。非日本人歌手にとっては大きな売上とみなされた。また同時にイスラエルでも成功がもたらされた。本作は『イスラエルの声』の1971年の歌謡パレードにおいても流された。1971年12月時点で、売上は100万枚以上に達している[6]。
その後もヘドバとダビデは来日し、テレビ番組にて本作を披露、特に1991年1月3日放送のフジテレビ『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!』では「ご本人ゲスト」の中の一組として出演、本曲のものまね[7]を披露していたビジーフォー(ヘドバ役はグッチ裕三、ダビデ役はモト冬樹)と共演した。
本作は2011年、103FMラジオにおけるヘブライ語の安息日の歌謡コンテストに参加し、最も愛されているヘブライ語の歌の百選の中の1つとして入選した。
2009年11月22日、作曲者であるデビッド・クリボシェが1970年の第1回東京国際歌謡音楽祭における本作歌唱時の映像と音源をYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=LGUWTuby7lo)で公開した。
2015年8月8日、NHK総合テレビの音楽番組「第47回思い出のメロディー」で披露された[8]。この番組に出演するため、ヘドバが来日した。ダビデは1999年に死去していたため、ダビデのパートを山内惠介が歌い、「ヘドバと惠介」名義で披露された。
内容
[編集]“ナオミ” は旧約聖書「ルツ記」にも登場する欧米ではポピュラーな女性の名前で、ヘブライ語で “幸せ” や “和み” を意味する[3]。イスラエル等では女性の名前でよく付けられている[3]。その韻を踏んだ本作は9個の節(verse)が含まれている。第1節において、語り手はナオミの場所、愛していること、その夢を叙述する。彼は隠喩的な音楽が彼女を華麗にしていると考えているとなぞらえている。その次の節において、ナオミのイメージはいわば心の中で思考する世界というものから逸脱している。そして、彼は例えば第2節におけるように現実と想像上のすべてのあらゆるものを愛しているように見える。
「ナオミの夢」 | ||||
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ヘドバとダビデ【日本盤】 の シングル | ||||
A面 | ナオミの夢 | |||
B面 | ナオミの夢(ヘブライ語版) | |||
リリース | ||||
規格 | 7インチシングル盤 | |||
ジャンル | POPS | |||
時間 | ||||
レーベル | RCA/日本ビクター | |||
作詞・作曲 | ティルザー・アタール、片桐和子、デビッド・クリボシェ | |||
ヘドバとダビデ【日本盤】 シングル 年表 | ||||
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日本語盤
[編集]ヘドバとダビデの歌唱による日本語盤は1971年1月25日、日本ビクター(音楽レコード事業部、現在のJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)のRCAレーベル[9]より発売された(訳詞:片桐和子/作曲:デビッド・クリボシェ/編曲:馬飼野俊一[10])。
オリジナル7インチシングル盤規格品番:SS-1987。B面には原曲のオリジナル・ヘブライ語版「אני חולם על נעמי;(ANI HOLEM AL NAOMI)」(作詞:ティルザー・アタール)が収録されている。後にジャケットを改め再発された。
収録曲
[編集]- ナオミの夢(日本語版)(2分54秒)[10]
- ナオミの夢(ヘブライ語版)(3分06秒)[10]
- 作詞:ティルザー・アタール/作曲・編曲:デビッド・クリボシェ
主なカバー
[編集]- 雪村いづみ(1970年)第1回東京国際歌謡音楽祭歌唱グランプリ受賞曲『涙』のB面。
- ザ・ピーナッツ(1972年)
- フラワー・メグ(1972年)『ささやき・ためいき・もだえ』収録。
- 鄭薫姫(1972年)韓国語カバー。
- Be-2(1987年)シングル。
- 東京パフォーマンスドール(1990年)『Cha-DANCE Party Vol.1』収録。歌唱:篠原涼子、川村知砂(原宿ジェンヌ)
- ANNA(1999年)
- クリスタルキング(未発表曲)2003年にベスト・アルバムに収録。
- 矢島美容室(2010年)『おかゆいところはございませんか?』収録。歌唱:ナオミ・カメリア・ヤジマ(DJ OZMA)。またDJ OZMA(綾小路翔)は自身がプロデュースする会員制パブ・六本木 masurao(2017年閉店)にて毎年、「BARナオミの夢」というイベントを開催していた[11]。
- 八神純子(2012年)『VREATH(ブレス)~My Favorite Cocky Pop~』収録。
- チャラン・ポ・ランタン(2016年)『借り物協奏』収録。
備考
[編集]JASRACに於いては2018年現在、外国作品/出典:PJ (サブ出版者作品届) /作品コード:0I1-2515-9 ANI HOLEM AL NAOMI として登録[12]。「アーティスト」として25名が登録されている[12]。
本作の出版者は、MUSIC UNLIMITED。日本におけるサブ出版[13]はヤマハミュージックエンタテインメントホールディングスである[12]。
脚注
[編集]- ^ ダビデ・ローゼンタール(David Rosenthal)とも。
- ^ “(1970) הוסף לרשימה חדוה ודוד – אני חולם על נעמי” [Hedva And David – I Dream Of Naomi ヘドバとダビデ - ナオミの夢(1970)] (ヘブライ語). stereo-ve-mono.com. Stereo and Mono. 2018年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月4日閲覧。
- ^ a b c d “【1971年4月】ナオミの夢/ヘドバとダビデ 急きょ日本語でレコーディングで大ヒット”. Sponichi Annex. スポーツニッポン (2011年4月28日). 2018年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月3日閲覧。
- ^ a b 東ひさゆき (2017年4月18日). “1971/4/19 ヘドバとダビデ「ナオミの夢」がオリコンの1位を獲得【大人のMusic Calendar】”. ニッポン放送. 2018年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月3日閲覧。
- ^ a b 東ひさゆき (2017年4月19日). “1971年4月19日、ヘドバとダビデ「ナオミの夢」がオリコンの1位を獲得”. 大人のミュージックカレンダー. 2018年5月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月3日閲覧。
- ^ 『ビルボード』誌1971年12月11日号、p.53。[1]
- ^ 初披露したのは1988年4月12日同局放送『第20回記念スペシャル! オールスターものまね王座決定戦』の準決勝だった。
- ^ “「ナオミの夢」復活、8・8「ヘドバと惠介」でNHK出演”. sanspo.com. サンケイスポーツ (2015年7月22日). 2018年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月3日閲覧。
- ^ 通称RCAビクター。後のRVC → BMGビクター → BMGファンハウス → BMG JAPAN → Ariola Japan → ソニー・ミュージックレーベルズ
- ^ a b c “ヘドバとダビデ – ナオミの夢 Ani Holem Al Naomi 日本語 / ヘブライ語” (日本語・英語). Discogsデータベース. Discogs. 2018年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年5月4日閲覧。
- ^ 綾小路 翔さんはInstagramを利用しています「「ナオミの夢」初日、ご来店頂いた皆様、本当にありがとうございました。二日目の今夜が最終日。masurao、一年一度の怪奇現象。是非遊びにいらして下さいませ。皆様のお越しを、心よりお待ちしております。 - Instagram
- ^ a b c JASRAC作品データベース検索サービス J-WID 検索結果
- ^ 音楽出版者が全世界の地域について単独でその活動を行うことは難しいことから、特定地域の出版者と、その地域についての利用開発やプロモーションを任せる契約を結ぶことがある。この場合、作詞者・作曲者から直接権利を取得した音楽出版者はOP(Original Publisher)と呼称し、OPと契約を結び特定地域についての活動を任せられた音楽出版者はSP(Sub Publisher)と呼称する。