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菖蒲田海水浴場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
菖蒲田海水浴場
2008年11月に北東に向いて撮影。写真中央から右にかけての白い崖が特徴的な3つの岬は、左から月見崎、高山外国人避暑地・高山地区、および、同・戸谷場地区。防潮堤に並行する松林は、2011年の東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の津波の影響で消失。
情報
所在地 宮城県宮城郡七ヶ浜町菖蒲田浜長砂
(花渕浜字長須賀)
座標 北緯38度17分26.08秒 東経141度4分0.84秒 / 北緯38.2905778度 東経141.0669000度 / 38.2905778; 141.0669000
全長 1 km (小豆浜から眺望崎まで)
公式ページ
全ての座標を示した地図 - OSM
全座標を出力 - KML

菖蒲田海水浴場(しょうぶたかいすいよくじょう)は、宮城県宮城郡七ヶ浜町南部の仙台湾に面した海水浴場[1]であり、同浴場の実行委員会によって開設されている。「菖蒲田海水浴場」と表記・発音される場合もある[1][2][3]

かつては「大東館」があった眺望崎の周辺の砂浜(大字:菖蒲田浜)に開設されていたが、現在の同場のほとんどが「旧・大東館」から直線距離で北北東に1 km弱離れた砂浜(大字:花渕浜)に開設されている。

同浴場のエリアは、特別名勝松島[4]および県立自然公園松島[5]に含まれており、これらを指定する法律により規制される。

概要

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七ヶ浜半島の南岸、菖蒲田漁港[6]東側には3つの砂浜がある。すなわち、「大東館」があった眺望崎(北緯38度16分57.8秒 東経141度3分47.6秒 / 北緯38.282722度 東経141.063222度 / 38.282722; 141.063222 (眺望崎(「大東館」跡)))から月見崎(北緯38度17分39.6秒 東経141度4分18.8秒 / 北緯38.294333度 東経141.071889度 / 38.294333; 141.071889 (月見岬ジレットハウス))までの菖蒲田浜(海岸名)、そこから東側にある高山外国人避暑地・高山地区(北緯38度17分45.1秒 東経141度4分30秒 / 北緯38.295861度 東経141.07500度 / 38.295861; 141.07500 (高山外国人避暑地・高山地区))までの小豆浜、そこから東側にある吠崎の西方基部の高山外国人避暑地・戸谷場地区(北緯38度17分42.2秒 東経141度4分48.8秒 / 北緯38.295056度 東経141.080222度 / 38.295056; 141.080222 (高山外国人避暑地・戸谷場地区))までの表浜(通称:外人浜)という3つの砂浜が並んでいる。

小豆浜サーフスポットでの海水浴客とサーファー等の混在(2009年8月)。写真奥の半島の上には高山外国人避暑地・戸谷場地区が広がる(半島の突端は吠崎)。写真中央の消波ブロックによる離岸堤は、表浜海水浴場(高山海水浴場)の沖に設置されたもの。

これらの住所は、県道58号をはさんで菖蒲田浜海浜公園(北緯38度17分27.2秒 東経141度3分51.7秒 / 北緯38.290889度 東経141.064361度 / 38.290889; 141.064361 (菖蒲田浜海浜公園))駐車場とをつなぐ接続道付近を境に、西側が菖蒲田浜(住所)、東側が花淵浜(住所)となっており、菖蒲田海水浴場の遊泳区域の砂浜のほとんどが花淵浜(住所)にある(2017年時点)。

菖蒲田浜(海岸名)の住所(大字および小字)は西側から、菖蒲田浜字牛ノ鼻木、菖蒲田浜字長砂、花渕浜字長須賀と、月見崎(花渕浜字金色)まで並んでいる。月見崎によって花渕浜字長須賀と花渕浜字浜沼(小豆浜)は分けられているが、干潮時には砂浜が接続し、小豆浜には海水浴客もいるため、曖昧に「菖蒲田海水浴場」に含めて案内される場合もある。その小豆浜は他の2者とは異なり沖に離岸堤が無いため、サーフィンボディボード、あるいはウインドサーフィン等、マリンスポーツでの年中利用が見られ、「小豆浜サーフスポット」として知られる。なお、表浜(通称:外人浜)には表浜海水浴場(高山海水浴場)が開設される(震災後から遊泳禁止。2017年時点)。

海岸からは太平洋大海原から昇る初日の出を拝むことができるため、元旦も賑わう。防潮堤に並行する松林は保安林に指定されている[7](震災の影響により消失)。

七ヶ浜半島南岸のリゾート施設を北東から南西方向に列挙
名称
(通称)
主なリゾート施設 設置年 マリンスポーツ 住所
戸谷場 高山外国人避暑地」戸谷場地区 (不明) 花淵浜[注 1]
表浜
(外人浜)
砂浜 (不明) 表浜海水浴場[8]
(高山海水浴場)
高山 「高山外国人避暑地」高山地区 1889年
小豆浜 砂浜 (不明) 小豆浜サーフスポット
(菖蒲田海水浴場)
月見崎 「C.S.ジレット別荘」跡[注 2] 1933年
菖蒲田浜 砂浜 (不明) 菖蒲田海水浴場[8]
(砂浜消滅/縮小)[注 3] 1888年 菖蒲田浜[注 4]
眺望崎 大東館」跡 1888年

沿革

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画像外部リンク
七ヶ浜の海水浴場宮城郡誌、1928年(昭和3年)発行)。中段の写真の「菖蒲田海水浴場」は、西端にある菖蒲田浜字牛ノ鼻木の様子を写したもの。下段の「菖蒲田浜高山外人の海水浴場」は、東端付近の月見崎辺りを撮影したもの。

1887年(明治20年)12月15日に東京府東京市(現東京都)と当地とを結ぶ日本鉄道(現JR東北本線)が開通した翌1888年(明治21年)、潮湯治に適した海浜に加えて療養施設「大東館」が完成したことで海水浴場と認められ、国内で3番目、東北地方では初の海水浴場となった[9][注 5][10]。翌1889年(明治22年)には、高山外国人避暑地が開設された。

大東館の宿泊者名簿には、後藤新平中江兆民島崎藤村宮沢賢治夏目漱石等、政財界人や文化人の名前があったとされ、「浜の迎賓館」とまで形容する向きもある[9]。当館は大正時代まで繁盛したとされる[9][注 6]海水浴シーズンには、菖蒲田浜(集落名)や「大東館」に隣接する眺望崎に近い菖蒲田浜字牛ノ鼻木を中心に海の家などが設置されて当浴場の中心だった。

1928年(昭和3年)発行の宮城郡誌では、当浴場の所在地を花渕浜字長須賀としている[11]。すなわち、開設から40年経った当浴場の範囲が花淵浜(住所)の方まで広がっていたことが分かる。同誌には、塩竈から人車(人力車)や車馬(馬車)でアクセスした様子が記されている[11]

戦後占領期には、高山外国人避暑地周辺の浜辺が接収された。高度経済成長期の岩戸景気期(1958年7月 - 1961年12月)には「レジャー時代」「レジャーブーム」との呼称が使われ始め、余暇を楽しむ国民が増えた[12][13]。当浴場の海水浴客も増加し、シーズン中に約30万人が利用したと言われる。

2010年(平成22年)の海水浴客数は、大谷海岸気仙沼市)が6万5377人で県内トップ、菖蒲田は5万2120人で2位だった[14](同年に宮城県内で営業していた海水浴場は28ヶ所[15])。

2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で大きな被害を受けた。当町では町民94名の直接死があり、また、行方不明者2名、震災関連死3名があった(2014年3月1日現在)[16]。同年11月11日より、サーフィンボディボード等での利用が再開された。2014年(平成26年)より、新たにモーターパラグライダー(パラモーター)での観光タンデム試乗が始まった[17]

菖蒲田海岸には被災前から2.4 m高い、TP 6.8 mの堤防高の防潮堤 (L=1,700 m) が復旧された[18]

2016年(平成28年)に6年ぶりの海開きを行い、10日間限定の営業だったものの約3万2000人が訪れた[19]。延べ6万人以上のサーファーやボランティアによる清掃、水質検査、祭りや限定営業等を積み重ね、2017年(平成29年)の本格再開を目指した[20]

2017年(平成29年)7月15日、7年ぶりに本格再開した[21]。同年度は、菖蒲田浜字牛ノ鼻木は遊泳禁止。花淵浜字長須賀の砂浜230 mと沖合60 mを遊泳区域とし、9時から16時を遊泳時間として開場している[21]

年表

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以下には、菖蒲田浜(海岸名)、小豆浜、表浜(通称:外人浜)の出来事を含む。

施設・設備

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有料シャワートイレ売店・休憩所・監視ヤグラ・救命船

(設備の一部は、防潮堤の内陸側の菖蒲田浜海浜公園に設置)

アクセス

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脚注

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注釈

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  1. ^ 地図 - Google マップ
  2. ^ 月見岬・ジレットハウスの視察(3月25日)(東北教区被災者支援センター・エマオ 2011年3月25日)によれ1933年(昭和8年)にアメリカ人宣教師のC.S.ジレットが別荘を建てた。その後、教会のサマーキャンプ場として1970年頃まで使用された。1995年(平成3年)にログハウスが建てられ、仙台北教会が管理する宿泊施設「月見岬ジレットハウス」となっている。
  3. ^ かつての菖蒲田海水浴場の中心であるが、2017年は遊泳禁止(進入禁止ではない)。
  4. ^ 地図 - Google マップ
  5. ^ 七ヶ浜町は、日本初の海水浴場を1881年(明治14年)の愛知県千鳥ヶ浜、2番目が1885年(明治18年)の神奈川県照ヶ崎海岸としている。
  6. ^ 1913年(大正2年)開業の松島パークホテルとどの程度競合したのかは不明。

出典

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  1. ^ a b 菖蒲田海水浴場
  2. ^ 菖蒲田浜海水浴場フルオープンのお知らせ(七ヶ浜町役場産業課七ヶ浜町観光協会事務局 2017年6月1日)
  3. ^ 菖蒲田浜海水浴場 ビーチクリーン日本財団「海と日本PROJECT」 2016年7月9日)
  4. ^ 特別名勝松島保存管理計画 (PDF) (宮城県教育委員会 2010年3月)
  5. ^ 自然公園・自然環境保全地域等索引図(24塩釜)(宮城県)
  6. ^ Ⅰ 業務概要 (PDF)農林水産省水産庁
  7. ^ 宮城県森林情報提供システム(宮城県)
  8. ^ a b 平成20年 七ヶ浜町内海水浴場開設期間のお知らせ(七ヶ浜町)
  9. ^ a b c d 河北春秋河北新報 2016年07月14日)
  10. ^ 菖蒲田浜(しょうぶたはま) (PDF) (七ヶ浜町)
  11. ^ a b 写真宮城郡誌、1928年(昭和3年)発行)
  12. ^ レジャー時代 海も山も超満員 - NHK放送史
  13. ^ 昭和毎日 レジャーブーム毎日新聞 1961年03月10日)
  14. ^ 6年ぶり 七ヶ浜に歓声が戻った(河北新報 2016年7月30日)
  15. ^ <海開き>東北の被災地 今夏は17ヵ所(河北新報 2016年7月17日)
  16. ^ 東日本大震災 七ヶ浜町 震災記録集 (PDF) (七ヶ浜町)
  17. ^ 七ヶ浜でパラグライダーを体験しよう! - YouTube(とうほく復興カレンダー )
  18. ^ 七ヶ浜町エリア版 <H29, 3月号> 仙台土木事務所が実施している復旧・復興事業の進捗 (PDF) (宮城県 2017年3月17日発行)
  19. ^ 今季最後の海 1万2000人楽しむ(河北新報 2016年8月8日)
  20. ^ a b 津波被災の海水浴場 6年ぶりに海開き(河北新報 2016年7月30日)
  21. ^ a b c d 七ケ浜「菖蒲田海水浴場」で安全祈願祭 7年ぶりに本格再開 /宮城(毎日新聞 2017年7月15日)
  22. ^ 菖蒲田浜(しょうぶたはま) (PDF) (七ヶ浜町)
  23. ^ a b c 特別名勝松島保存管理計画 (PDF) (宮城県 教育委員会 2010年3月)
  24. ^ ■〈賢治の置土産〉305 岡澤敏男 歎異抄を以て全信仰盛岡タイムス 2013年3月9日)
  25. ^ 海岸事業の紹介(宮城県)
  26. ^ 宮城県 (PDF)国土交通省東北地方整備局「平成17年度予算概算要求に関する東北地方整備局の事業概要 ~『強く美しい東北』を目指して」pp.85-86 2004年8月26日)
  27. ^ 行政のあゆみ(七ヶ浜町)
  28. ^ 七ヶ浜町 菖蒲田海浜公園B2(東日本大震災アーカイブ宮城 ~未来へ伝える記憶と記録)
  29. ^ a b サーファーたちの七ヶ浜のビーチ開放(3がつ11にちをわすれないためセンター)
  30. ^ 七ヶ浜ロータリークラブ「東日本大震災・復興支援活動」(七ヶ浜ロータリークラブ「震災報告」)
  31. ^ 【菖蒲田浜の波情報再開】日本波情報連絡会からの重要なお知らせ(波情報のBCM 2011年11月9日)
  32. ^ 第26回七ヶ浜町長杯東日本大震災復興記念大会 NSA AA 公認大会 (PDF) (海上最強.com)
  33. ^ 震災後初の大会開催:被災地サーファーの復興にかける思い(アメーバニュース 2012年6月20日)
  34. ^ a b c d 平成28年度菖蒲田海水浴場プレオープン期間中イベント(七ヶ浜町観光協会 2016年7月4日)
  35. ^ 平成28年度菖蒲田海水浴場海開き協賛企業等について(七ヶ浜町観光協会 2016年7月29日)
  36. ^ <宮城市町村予算>海水浴場を本格開業(河北新報 2017年4月26日)
  37. ^ 宮城の3海水浴場、ブルーフラッグ取得も異例の処理水関連条件付き IAEA基準外れたら「直ちに旗を降ろすこと」”. 河北新報 (2023年7月5日). 2023年7月6日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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