紀本道
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時代 | 平安時代前期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
官位 | 従五位下・下野守 |
主君 | 文徳天皇→清和天皇 |
氏族 | 紀氏 |
父母 | 父:紀興道 |
兄弟 | 本道、有友? |
子 | 有友、清主、望行 |
紀 本道(き の もとみち)は、平安時代前期の貴族。右兵衛督・紀興道の子。官位は従五位下・下野守。
経歴
[編集]文徳末の斉衡3年(856年)蔵人に補せられ、天安元年(857年)従五位下・勘解由次官に叙任。翌天安2年(858年)正月に伊予権介に任ぜられ、2月に筑前権守と地方官に転じた。
清和朝に入り、貞観3年(861年)母の喪に服して一旦官職を辞すが、8月に筑前権守に再任され、翌貞観4年(862年)筑前守に昇格する。貞観8年(866年)には下野守に任ぜられるなど主に地方官を務めた。
官歴
[編集]『六国史』による。
- 時期不詳:正六位上
- 斉衡3年(856年) 日付不詳:蔵人[1]
- 天安元年(857年) 12月9日:従五位下、勘解由次官
- 天安2年(858年) 正月16日:伊予権介。2月28日:筑前権守
- 時期不詳:辞筑前権守(母服喪)
- 貞観3年(861年) 8月21日:筑前権守
- 貞観4年(862年) 2月11日:筑前守
- 貞観8年(866年) 11月29日:下野守