利用者‐会話:Haruhi.N
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こんにちは、Haruhi.Nさん。はじめまして! ウィキペディア日本語版へようこそ!
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一括投稿のお願い
[編集]こんにちは。Haruhi.Nさんが同じ記事に対して節ごとに分けて連続して投稿されているようでしたので、一括投稿のお願いに参りました。Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らすにあるとおり、同じ記事への連続投稿は履歴の見通しが悪くなるなど、さまざまな面で支障をきたすおそれがあります。細かい節がたくさんある場合は、節ごとに細かく投稿をするのではなく、上位の節または項目全体の編集を行い、一括して投稿していただきますようにお願いいたします。
その際に細かいところでミスを起こすのではないかと心配な場合は、「投稿する」ボタンの右隣にある「プレビューを実行」ボタンを活用されることをお勧めします(画面右側の図を参照)。投稿される前に「プレビューを実行」のボタンを押すと、成形結果を先に見ることができます。これを使うことで、
などをあらかじめチェックし、修正した上で記事を投稿することができますので、是非ともご活用ください。
また、編集競合を避けたい場合は、Template:Inuseをお使いください。ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力をよろしくお願いします。--リョリョ 2013年1月23日 (水) 13:31 (UTC)
クマノミ及びカクレクマノミの編集について
[編集]編集お疲れ様です。『ファインディング・ニモ』のニモなどのキャラクターが公式サイトにて「カクレクマノミ」であるとされている以上、その事実は覆ることはありません。現実世界でカクレクマノミが舞台となる海域で生息していないという指摘はごく真っ当なもので、その見方があるという指摘があるのも事実であるのかもしれませんが、公式発表として「カクレクマノミ」とされている以上、誤りである、などと断定して記述するのはWikipedia:中立的な観点に反しますのでおやめ下さい。クマノミ及びカクレクマノミにおける編集は差し戻させていただきました。--Knoppy(会話) 2013年7月28日 (日) 11:40 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
Wikipediaの記事編集方針に置ける「中立的な観点」とは、特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書」く事と定義されている。 つまり、或る記事の内容が事実で在るか否かは、当事者の見解のみならず、その他の証拠に依っても判断するべき事と言える。
すると、例え上記「ファインディング・ニモ」と言う映画の著作物に付き権利者の見解が存在して居ようと、他の証拠からすれば、その見解が事実とは異なるとせざるを得ない場合も在り得ると言わねば成ら無い。
したがって、「特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱った」結果、日本版ディズニーのホームページに記載されて居る様な、「ニモはオセラリス種(Amphiprion ocellaris)で在る」と言った事柄は真実では無く、実際にはペルクラ種(Amphiprion percula)で在ると言う場合も存在し得ると言うべきである。
権利者のホームページに記載されて居る事実のみならず、当事者のコメントや見解が必ずしも真実で在るとは限ら無い以上、Wikipediaに置いて「ニモはオセラリス種(Amphiprion ocellaris)で在る」との記事の記載は、他の証拠を無視した偏った視点からの記事で在ると言う事が出来、到底採用出来無い。
カクレクマノミの記事に置いて 2013年7月27日 (土) 13:32に記述した通り、
1、体の特徴
2、生息地域の分布
オーストラリア博物館 Australian Museum Western Clown Anemonefish, Amphiprion ocellaris Cuvier, 1830
3、「しものせき水族館海響館魚類・展示課職員/園山 貴之」
下関市立しものせき水族館 「海響館」 オレンジクラウンフィッシュ 魚類展示課 園山 貴之
と
「生命の星地球博物館・学芸員/瀬能 宏」
ガジェット通信:『ニモ』とカクレクマノミは違う種です 瀬能 宏
の意見等々の証拠に照らし、「ニモはオセラリス種では無く、ペルクラ種で在る」と言える。
以上
--Haruhi.N(会話) 2013年7月29日 (月) 05:00 (UTC)
上記「1、体の特徴」について
クマノミ類の場合、その体色については季節的な物や成長に因る変化で個体差が激しい為に、クマノミのペルクラ種(Amphiprion percula)とカクレクマノミのオセラリス種(Amphiprion ocellaris)を区別するのは、容易では無い。
しかし、両者にはその外見上、明確な違いを有する箇所が存在し、その部位を見分ける事に依り、両者を区別する事が出来る。
その部位とは、背鰭(せびれ)の鰭条(きじょう)の本数で在る。
カクレクマノミの形態に関する記事記載の通り、ペルクラ種(Amphiprion percula)は背鰭の鰭条が10本なのに対し、オセラリス種(Amphiprion ocellaris)は11本で在る。
Web Designing カクレクマノミ Amphiprion ocellaris
権利者が公に提供している映像・画像などを見ても分かる通り、ニモの背鰭の鰭条数は10本で在るところ、本種は、ペルクラ種(Amphiprion percula)で在る、と言う事が出来るので在る。
画像:http://uploda.cc/img/img51f623e10ab1a.jpg (c)Disney/Pixar
以上--Haruhi.N(会話) 2013年7月29日 (月) 08:16 (UTC)
- それでは「ディズニーがニモをカクレクマノミであるとしている」観点の記述は[1]、[2]、[3]にありますか?
- それと最後の画像は著作権法に触れるものであると思いますが、いかがでしょうか?--Knoppy(会話) 2013年7月29日 (月) 15:26 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
「ディズニーの公式サイトにてニモがカクレクマノミとの記載が在るが、誤りで在る」旨の記述は、いずれの記事内容にも存在している事は明らかで在り、「特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱っ」て居ると言う事が出来る。
リンク先の画像は、ニモが生物学的にいずれの種で在るかを判別する事を意図とした、研究目的の引用で在り、法・条約等の法規には抵触しない。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年7月29日 (月) 18:24 (UTC)
- 言い方が悪かったようなので変えます。「ディズニーがニモをカクレクマノミであるとしていることが誤りでない」観点の記述は上記の3記事に存在しているのでしょうか?
- 引用には出典の明記が必要ですが、画像内のどこになされていますか?--Knoppy(会話) 2013年7月29日 (月) 18:38 (UTC)
HaruhiNからの回答
1、「ディズニーがニモをカクレクマノミで在るとしていることが誤りでない」事に付いて
Wikipediaは、「信頼されるフリーなオンライン百科事典、それも質量ともに史上最大の百科事典を、共同作業で創り上げることを目的とするプロジェクト」で在り、右目的を達成する為には、その各記事内容に付いて信頼に足る根拠を備える事が要件と言える。
すると、ファインディング・ニモにかかわる記事に置いて、「ディズニーがニモをカクレクマノミで在るとしていることが誤りでない」と言う命題、言い換えれば、「ニモはカクレクマノミで在る」と言う命題は、これまでの議論の中で行われた検証過程に置いて反対事実が立証され、誤りと言えるので在るから、記載する必要は無い。
むしろ、上記Wikipediaプロジェクトの方針からすれば、そうした要件を満たして居無い、根拠の無い事実は記載しては成ら無いので在って、上の様な要求は失当で在る。
2、画像内に著作者名の記載が無い事に付いて
著作者人格権の内包する氏名表示権への配慮は、引用関係に置いて主と成り得る文章等の内容・巻末等に置いて表記する事で足り、当該著作物に直接記載する必要は無いもので在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年7月30日 (火) 09:52 (UTC)
- では、「ディズニーがニモをカクレクマノミであるとしていること」の反証がどこにあるのでしょうか?
- また、ここでは著作者の氏名表示権ではなく、その画像自身の出所の話をしているのですが、どの出所はどこに記載されていますか?--Knoppy(会話) 2013年7月30日 (火) 10:10 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
1、「ディズニーがニモをカクレクマノミで在ると表示して居る事」への反証に付いて
各記事内容での記載の通り、これ自体は事実で在るので、別段、反証する必要は無い。
「ニモはカクレクマノミで在る」と言う事実の可否が、本会話の中で主に議論されて居る内容の本題で在り、記事内容に置いても「ディズニーがニモをカクレクマノミで在ると表示して居る事」に付いて、それを述べた上で、右表示が事実に反する旨の内容が記載されて居るもので在る。
2、出所の明示に付いて
引用の際の出所明示義務の趣旨は、引用元の「誰の、何と言う作品で在るか」を明らかにする為の物で在り、映画ファインディング・ニモに関する議論の最中で、引用者が「権利者が公に提供している映像・画像などを見ても分かる通り」として引用画像を掲げて居る以上、右引用画像が映画ファインディング・ニモと言う作品の物で在る事は今更述べるまでも無く、出所明示義務には反し無い。
そもそも、出所明示義務の主眼は、著作者の著作者人格権の1つで在る氏名表示権に重きが在るので在って、著作者名を明示して居るので在れば、場合に依り作品名を省略したとしても、出所明示義務に違反するものでは無い。
けだし、作品名表示権と言うべき物が、著作者人格権の内容として規定されて居る訳でも無いので在る。
従って、本引用画像の出所明示義務の履行は、既に記載した内容で十分であり、かつ足りるとすべきである。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年7月30日 (火) 14:18 (UTC)
- 「ディズニーがニモをカクレクマノミで在るとしていること」については事実という認識をなされているのですね。しかし、それならばやはり現在の「誤りである」と断定している形は明らかに中立的とは言いがたく、さらにはウィキペディアの見解がそうであるという読み取り方をされますので、少なくとも「ペルクラ種ではないかという指摘がある」程度に表現する必要があると思うのですが、いかがでしょうか。
- 確かにその観点では問題ないかもしれません。ただ、このように暗に出典を示すようなことをせず、そもそも出典を明確に示せばこのような誤解も生むことがなかったでしょうし、出典を明確に記すことをおすすめします。さらに言えば、記事の編集などの際にも出典を脚注などを使い明確に記していただければと思います。--Knoppy(会話) 2013年7月30日 (火) 17:43 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
1、ディズニーに依る「ニモはカクレクマノミで在る」との見解を「誤り」と断定する事が、公平性を失して居るか、に付いて
「映画ファインディング・ニモの主役で在るニモは、生物学的にいずれの種で在るか」との上記議論に置いて、「ニモはペルクラ種で在る」事は一目瞭然で在り、疑いの余地も無く明らかなので在るから、上記断定はWikipediaの方針に照らし正当な物で在り、公平性を失した記事内容とは言え無い。
2、「ペルクラ種では無いかという指摘がある」程度に表現する必要があるか、に付いて
そもそも百科事典とは、その記事内容に付いて真実を記載すべきところ、それ以外の「真実では無い内容」や「十分な根拠を備え無い仮説・俗説」の類は記載し無いか、記載するにせよ、それが記事の主眼と成るのでは無く、真実を記述した記事内容を補足する物として補助的に記載するべきで在り、その主従関係を誤っては成ら無いもので在る。
すると、明白な真実として「ニモはペルクラ種で在る」にもかかわらず、「ペルクラ種では無いかという指摘がある」程度に表現する事は、「真実では無い内容」を記事内容での主とした上、真実をまるで「根拠の十分で無い俗説・仮説」で在るかの如く補足的な物として従属的な扱いをする事は、世間一般的に通用する百科辞典の性質としてもそぐわ無いばかりか、当該記事を読んだ利用者に誤解を与えるおそれが在るもので在り、上述のWikipediaの方針に照らし、上記意見は採用出来無い。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年7月31日 (水) 04:45 (UTC)
- 誤りが疑いの余地もないをおっしゃいますが、極論を言ってしまえばこの映画はフィクションですので、設定の詳細は原作者にしかわかりません。その原作者がカクレクマノミであるとしている以上、ある意味ではカクレクマノミである、というものは揺るぎない事実となってしまい、いくら反証をしようがそれは現実世界の話であってフィクションの世界の話にはなりません。現実世界をモチーフとしているのは確かかもしれませんが、それ以上突っ込むのは独自研究の域です。
- 上記の通りこれは明白な事実ではありませんので、その断定はWP:POVに反するものではないでしょうか。--Knoppy(会話) 2013年7月31日 (水) 07:42 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
すると、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」事は、現段階で既に争いが無いものと思われる。
1、フィクションで在るから、ペルクラ種(Amphiprion percula)で在るニモをオセラリス種(Amphiprion ocellaris)としてWikipediaの記事に記載して良いか、に付いて
そもそも、百科事典は、客観的な事実のみを十分な根拠に基いて記載する物で在り、作品がフィクションで在るから、著作者の描いたミカンを植物学的なリンゴと記載して良いなどと言う主張は、一般社会の中で百科事典の果たすべき役割とWikipediaの方針を取り違えており、全くKnoppyの独自の見解と言うべきで在って、本件「映画ファインディング・ニモのニモは、生物学的にいずれの種で在るか」の議論に置いて個別的に判断するまでも無く、失当で在り、採用出来無い。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年7月31日 (水) 16:32 (UTC)
- いやいや、ディズニーが「ニモをカクレクマノミである」としている以上異なる主張が存在していることは認めざるを得ないでしょう。
- 上記はあくまでも極論として反証をしただけです。ご納得いただけないのは残念ですが、一方でWP:POVの通り事実として記してはならないものということに対し反論を頂いていません。これに対してはどうお考えでしょうか?--Knoppy(会話) 2013年7月31日 (水) 17:55 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
上述の「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」事に争いが無いとは、ファインディング・ニモ、クマノミ、カクレクマノミと言った項目の記事内容に関する、この場の議論に付いて言及して居るので在って、議論に参加して居無い第三者の立場全てを総じたものでは無い。
けだし、地球は丸いと言う様な明白な真実で在っても、それに懐疑・異説を唱える者は存在し得るからで在る。
さて、Knoppyはファインディング・ニモのニモを巡る上記議論に付き、縷々述べて来たが、いずれも生物学上の経験則にそぐわ無いもの、一般的な意味での百科事典の役割とWikipediaの方針を読み誤った独自の見解に基くもので在り、いずれの主張もその論拠が薄弱で在るか、全く失当で在って、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」との記事内容を変更に至ら無い物で在る事が明らかで在ると言える。
ゆえに、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言う証明終了した命題を揺るがすだけの、新たな証拠を伴った主張の提出が無いのであれば、当方としては、これで一旦、議論を打ち切る旨の提案をするもので在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月1日 (木) 00:33 (UTC)
- この場の議論においてもそのような結論は到底得られないと思うのですが、どういったことを理由としてその結論になったのでしょうか。そもそも記事内容についてはペルクラ説POVであるから問題があるとしているのであって、「実際にニモがカクレクマノミであるか、それともペルクラであるか」については全く問題になっていませんし、その議論で出た結果はどのようなものであったとしても、独自研究としてWikipediaからは排除されます。あなたは百科事典の役割について何度も論じていますが、その百科事典を作るためのWikipediaが決めた方針はあなたの考える「百科事典」とは異なるようです。そしてここはWikipediaですので、その方針に従う必要があります。
- あなたのおっしゃる「生物学上の経験則」が何であるのか自分にはよくわかりませんが、ここにあなたの書かれた「証明」はここWikipediaでは「独自研究」として排除されるものであることをご理解ください。--Knoppy(会話) 2013年8月1日 (木) 11:33 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
1、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」事は、Wikipediaの禁ずる独自研究に当たるか、に付いて
Wikipediaの記事内容に置いて独自研究と認定される編集は、以下のようなもので在る。
1、新しい未発表の理論や解決法を加筆する。
2、オリジナルのアイデアを加筆する。
3、新しい用語を定義する。
4、既存の用語に新たな定義を与える。
5、他の概念や理論、論証、立場を反駁あるいは支持する論証を、その論証に関する評判の良い資料を提示することなく加筆する。
6、編集者が好む立場を支持するような形で、既存の事実、理念、意見、論証を分析・合成するような記述を、その記述の出典となる評判の良い資料を明記せずに加筆する。
7、新しい造語を、その造語が何らかの評判の良い資料に由来することを示さずに、導入したり使ったりする。
「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言う事実は、ファインディング・ニモ、クマノミ、カクレクマノミの記事内や本会話での議論に置いて、専門家の知見等、既に相当の'根拠を有しており、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」との記事内容は、上記独自研究WP:NORの定義のいずれにも当て嵌まら無いもので在る。
むしろ、「ニモはオセラリス種(Amphiprion ocellaris)で在る」と記事内容に置いて記載する事こそが、右独自研究に当たるとも言える。
けだし、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言う真実の事実が、そもそも何ら未発表の学説では無い事は既に上述の議論内に示した出展に置いて明らかで在る事は、今更論じるまでも無い。
ところで、この様なKnoppyが行って居る的外れな非難・批判をいたずらに繰り返す行為は、ストローマン(藁人形論法)と呼ぶので在るが、これは無意味で利益の無い議論の継続を目的としたものと言えよう。
先にも述べた様に、「地球は丸い」と言う様な明白な事実で在ろうとも、懐疑・異論を唱える事それ自体は誰にでも可能な事なので在って、批判者がそれを的確に行うのに必要な基本的な資質を備えて居無い場合、真実を提示する側がそれを逐一教示したり、見誤った意見全てに対し反論を行う義務など無い事は、論じるまでも無く明らかである。
繰り返しに成るが、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言う証明終了した命題を揺るがすだけの、新たな証拠を伴った主張の提出が無いのであれば、当方としては、これで一旦、議論を終結するもので在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月1日 (木) 12:35 (UTC)
- 自分が言っているのはどちらか1つである、と確定してしまうことが特定の観点を推進した独自研究である、ということです。そしてそれがペルクラ説POVだ、と指摘しているだけです。--Knoppy(会話) 2013年8月1日 (木) 13:41 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
真実とは常に唯一つ在るものなので在って、百科事典に置いては、それがその事柄に付き最先端の科学を持ってしても不確定で在る場合に限って、真実を主、諸説を従とした構成にし無い事が許されると言わねば成ら無い。
映画「ファインディング・ニモ」のニモは、生物学での分類上、ペルクラ種(Amphiprion percula)で在るか否かのかの、いずれか一方でしか無いので在り、然らば、一方のペルクラ種で在る事は確定的事実で在るのだから、それを真実として記載して良く、また記載すべきなので在る。
独自研究WP:NORで在るとの指摘は、その根拠が無く、失当で在る。
この様に、Knoppyはどれほど論破され様とも次々と新たな主張を繰り出すばかりで、自分の主張した1つ1つの命題を論証し様とする気が見られ無いので在るから、当方としてはここで議論を打ち切る事にする次第で在る。
詳細に論証する事が出来無い・する気が無いので在るならば、最初から議論など始め無いのが常識で在ろう。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月1日 (木) 14:22 (UTC)
- 話を聞く気がないのがよくわかりました。ペルクラPOVであると指摘しているのに聞く気をもたれないのは非常に残念です。クマノミ冒頭部での説明は冗長と思いますので一部を修正する予定です。独自研究に関してはカクレクマノミ#人間とのかかわりにて第三者により独自研究タグが付与されていることをお知らせしておきます。--Knoppy(会話) 2013年8月1日 (木) 15:14 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
Knoppyは曖昧な主張を繰り返すのでは無く、何が独自研究で在るかを具体的かつ詳細に論証するべきで在る。
そもそも、必ずしも利用者が関連記事を良くチェックせずに「独自研究に該当するおそれ」を抱く事はまま在り得る事で在り、右タグは、該当記事が独自研究に当たる事を証明するものでは無い。
ペルクラ種(Amphiprion percula)の分布地域に付いては既にクマノミ記事記載の通り、オーストラリア博物館の記載を出展として挙げて居るので在って、上記タグは不要の物で在る。
2、クマノミ冒頭の記事は冗長で在るか、に付いて
これに付いても、Knoppy独自の理論とも思えるもので在り、その論拠を欠き、失当で在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月1日 (木) 22:17 (UTC)
- あなたは最初に論証で体の特徴・生息域・(論拠が書かれていない)専門家の意見を合成し、ペルクラである、としています。これは特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成にあたります。記事においても同じように記述していますが、自分にとってはこれが独自研究であるように思います(もちろん、付与した方がどのような意図であるかは知りません)。
- また、ウィキペディアの記事内を出典とするのは、Wikipedia:検証可能性#ウィキペディア自身及びウィキペディアの転載サイトにおいて否定されています。もちろん、その先に典拠が示されているのであればその典拠をWikipedia:出典を明記するに従って示せば(これに関しては)問題ないはずです。これを怠り内部リンク先に出典があるから、とするのは検証可能性が満たされない、というのが現在の運用のように自分は考えています。
- クマノミという記事にとって、ニモがペルクラであるかカクレクマノミであるか、ということは冒頭部に書くほど重要なことなのでしょうか。記事全体としてのバランスが冒頭部に偏り、クマノミについて知りたいのにあまり重要でないことが並べられているのは調べたい人にとっても有用性が下がると思います。自分はこの部分についてカクレクマノミもしくはペルクラについての説明部分に移動し、典拠とする記述は脚注に移動するべきと考えています。これが独自の理論であればクマノミ冒頭部が冗長でないと考えるHaruhi.Nさんの考えすら独自の理論になると思いますがいかがでしょうか。--Knoppy(会話) 2013年8月2日 (金) 01:46 (UTC)
Haruhi.N
1、クマノミの項目に置いて、冒頭中段から下段に置いて述べる必要性に付いて
まず、クマノミの中で最も世間の関心が在り、かつ著名な種が、映画『ファインディング・ニモ』で主役のニモとして登場した英名イースタン・クラウン・アネモネフィッシュ(Eastern clown anemonefish)或いはオレンジ・クラウンフィッシュ(Orange clownfish)で在る、ペルクラ種(学名:Amphiprion percula)で在ろう事は、多くのWikipedia利用者にも争いの無い事実で在ると思われる。
右映画の発表以来、カクレクマノミのオセラリス種と共に人気と成った本種は、個人飼育もさながら、世界各地の水族館・博物館等で積極的に展示される傾向も在るからで在る。
次に、カクレクマノミの項目から詳細を知る為に転送されて来た利用者が、真っ先に知りたい情報が右映画にかかわる本種に付いての事で在ると言えよう。
そうした利用者の知りたい内容を、項目に付いて一般的な事柄を述べた冒頭前段の後、中段から下段に掛けて簡易に説明する事に依り、情報収集速度を速め、利用性を向上させて居るので在る。
カクレクマノミの記事内容の中で「詳細はクマノミ」と誘導しながら、更に詳細は下記とするのは迂遠で在り、記事の可読性、Wikipedia利用性を損なうもので在る。
もっとも、クマノミ記事全体の下部に在る項目、「人間との係わり」の記事内容が未だ乏しく、冒頭に記載した文章の一部を移して小手先で見栄えを良くするか、別途ペルクラ種に係わる項目をより詳しく述べて分量を増やし、全体を見渡した場合のバランスを取る事もやぶさかでは無いで在ろうと思われる。
この辺りの事に付いては、人に依り感じ方・考え方も異なると思われるので在るから、前述の利用者が最も知りたいであろう冒頭の記載の主要部分を残すので在れば、当方としては、別段、具体的な記事内容やその案を見無い内に詳細意見を述べる事は無いもので在る。
そもそも、Wikipediaの各記事はクマノミ以下、莫大に存在して居るので在って、右記事群にばかり係わるのは偏狭な編集方針と言え、それ自体は何ら利用方針や法令等に抵触するものでは無くとも、当方の利用姿勢と相容れないからで在る。
2、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言う真実の命題が専門家の意見の合成で在るか、に付いて
既に「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在るか」の議論に置いて、証拠として提出した3種の確定事実の内の1つに複数の専門家の知見を挙げて居るので在るから、右命題が当方の独自研究とするのは誤りで在り、所論は失当で在る。
そもそも、「ニモはオセラリス種(Amphiprion ocellaris)で在る」と言う、ディズニーのサイトに置いてそう記載されて居る以外、何ら出展や専門家の意見で補強され無い右命題こそが、Wikipediaに置ける独自研究と言え、記事内容に事実として記載しては成ら無いものなので在る。
なお、クマノミの記事内容は、かかる記事内容が各所に分散しており、可読性が悪いので一部修正を行うもので在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月2日 (金) 05:48 (UTC)
- ペルクラからの転送ページが設定されていなかった(先ほど[4]作成しました)あたり、ペルクラを参照する人が一番多いとはあまり思えませんが…。とりあえずこの話はおいておきましょう。自分がまず疑問に思っているのは、「ペルクラが映画公開後、他のクマノミ類(カクレクマノミは除く)と比べても人気に著しい伸びがあった」ことです。出典はありますでしょうか。
- 次にカクレクマノミから誘導された利用者の件ですが、これについては記事中のどこにあってもセクションへのリンクを使って対応可能です。例えばクマノミ#人間との関係とすると「人間との関係」節へ誘導することが可能です。よって、冒頭部で書く必要はほとんどないように思われます。
- 「ニモがペルクラ種である」ことの1つに専門家の知見をと挙げられていますが、この中で挙げられている2つともに「ニモがカクレクマノミでなく、ペルクラである」としか書かれておらず、その理由については何ら言及されていません。つまり、この理由を列挙するのが独自研究である、としているのです。もちろん、理由も言及された資料があればその資料に基づいて記載すれば独自研究にはなりません。ただ、最初に挙げられていた背鰭の鰭条の本数について、アニメーションを描く際に簡略化した可能性も考えられます。正直、資料があったとしても生息域についてしか書かれていないように思うのです。
- 次いで「ニモがカクレクマノミ」の出典ですが、ロングビーチ太平洋水族館の紹介にて「カクレクマノミのよく知られている別名」として記載があり、またナショナルジオグラフィックのサイトにてFalse anemonefishと呼ばれペルクラと区別されていることが直接的に書かれています。映画に関するニュースサイトでも「ファインディング・ドリー」の制作を報じる記事にて「カクレクマノミのニモ」という記載があり、ディズニーとしてもこの立場は変わっていないと思われます。--Knoppy(会話) 2013年8月2日 (金) 10:32 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
1、クマノミの記事冒頭に置ける「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」以下の下りが冗長で在るか、に付いて
冒頭部分は、本日の編集に置いて他の項目と共に内容を整理し、一部を人間との係わりの部分に移動させており、以前よりも文章量はかなり減ったので在るから、それを踏まえた上で現状の記事が万人の感覚に照らし明白に冗長で在ると言うはっきりとした根拠が在れば、提出するべきで在ろう。
再度述べるが、この辺りの感じ方は十人十色と言うべきで在り、改変の良し・悪しは明白な証拠に依って判断するべきで在ると言える。
2、クマノミの記事末尾に置ける「2003年の映画「ファインディング・ニモ」のヒットにより2005年頃から、商業的に人工繁殖させた個体が安価に流通している」との記事の出展に付いて
上記の記事内容は、当方が記事を編集する以前の2013年3月15日 (金) 15:39の段階で既に記載が在ったもので在り、当方は該当部分の生成に深く関知して居無いので詳細は不明で在る。
しかし、ペルクラ種が数千円程度と言う安価な値段で国内外に置いて広く販売されて居る事実、需要が喚起され、誤って紹介されたカクレクマノミとクマノミ類が世界中で乱獲された事実は複数のペット・ショップやニュースのサイトで確認し、以前の記事執筆者の残した内容を尊重し、ペルクラ種を追記して編集したもので在る。
当方が記事内容を編集する段階に置いて、複数のペット・ショップ・サイトを訪問し、右魚類の価格を比べた結果、その幅は数百円から数千円程度の範囲で在った。
カクレクマノミとクマノミ類が世界中で乱獲された事実に付いては、以下に置いて出展が在るので記載して置く。
なお、下記リンク先の表題に置ける3Dとは、ポリゴン造形と言う意味での3Dでは無く、視覚効果を述べたもので在るので注意が必要して置く。
livedoor NEWS:社会現象にもなった『ファインディング・ニモ』が3Dになるって http://news.livedoor.com/article/detail/6699085/
3、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在るか」の議論へ提出された新たな証拠に付いて
さて、新たに提出された2つの証拠で在るが、結論から先に述べれば、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」との真実で在る事実を覆すに足らず、また、右事実が独自研究で在ると言う証拠にも成り得無い事を述べて置かねば成ら無い。
証拠1、ロングビーチ太平洋水族館の紹介にて「カクレクマノミのよく知られている別名」
に付いてで在るが、これは上記ディズニーの誤った紹介に因り、単に世間的にカクレクマノミがニモとして良く知られて居る事を述べたに過ぎず、それが生物学的に正しいかどうかを検証した専門家の知見では無いので在る。
したがって、「ニモは生物学的にオセラリス種(Amphiprion ocellaris)で在る」と言う命題を証明する証拠足り得無いので在り、失当で在る。
ナショナルジオグラフィックは、そのジオグラフィックと言う英単語の日本語訳を言うまでも無く、地理学の普及を目的として1888年1月27日に設立されたナショナルジオグラフィック協会が発行して居る、写真記事を中心として掲載する雑誌で在る。
右雑誌のサイトに置いて、該当の記事を記述した記者が生物学、特に魚類に関する公に認知された専門家で在ると言う根拠は無く、本邦の公営水族館に勤務する学芸員等の分析を覆すには、多分に信憑性に欠けると言えよう。
なお、神奈川県立 生命の星・地球博物館、動物・植物チームリーダー、瀬能 宏(せのう ひろし)のプロフィールは以下の通りで在る。
瀬能 宏 | 神奈川県立生命の星・地球博物館 http://nh.kanagawa-museum.jp/staff/data/st3.html
学歴:
1981年3月
近畿大学農学部 水産学科 卒業
テーマ: シマドジョウの2倍体と4倍体の形態比較
1983年10月~1984年4月
タイ王国チュラーロンコーン大学理学部 海洋学科 留学
テーマ: タイ王国産ボラ科魚類の分類学的研究
1985年3月
琉球大学大学院 理学研究科修了 理学修士取得
テーマ: 日本産ボラ科魚類の分類学的研究
1988年4月~1990年3月
日本学術振興会特別研究員
1989年3月
東京大学大学院 農学系研究科 水産学専門課程 修了 農学博士取得
テーマ: 世界産ボラ科魚類の系統分類学的研究
職歴:
1990年4月~1993年9月
(株)益田海洋プロダクション
1993年10月~
神奈川県立博物館
1995年1月~
神奈川県立生命の星・地球博物館
所属学会等:
日本魚類学会
日本生物地理学会
日本動物分類学会
The American Society of Ichthyologists and Herpetologists
The Biological Society of Washington
Society of Systematic Biologists
The Society for the History of Natural History
南紀生物同好会
相模湾海洋生物研究会
魚の会
委員会活動:
日本魚類学会評議員
日本魚類学会標準和名検討委員会委員長
日本魚類学会自然保護委員会副委員長
日本生物地理学会評議員
主な著書・監修書:
日本の淡水魚(川那部他編・監修、山と渓谷社、1989年)
日本産魚類大図鑑(益田他編、東海大学出版会、1984年)
日本産稚魚図鑑(沖山編、東海大学出版会、1988年)
日本産魚類検索―全種の同定(中坊編、東海大学出版会、1993年)
日本の海水魚(岡村・尼岡編・監修、山と渓谷社、1997年)
川と湖沼の侵略者ブラックバス―その生物学と生態系への影響(日本魚類学会自然保護委員会編、恒星社厚生閣、2002年)
幼魚ガイドブック(瀬能・吉野著、阪急コミュニケーションズ、2002年)
改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物―レッドデータブック4:汽水・淡水魚類(環境省、2003年)
相模湾動物誌(国立科学博物館編、東海大学出版会、2007年)
日本のハゼ(監修、平凡社、2004年)
潜水調査船が観た深海生物―深海生物研究の現在(藤倉他編著、東海大学出版会、2008年)
日本の外来魚ガイド(監修、文一総合出版、2008年)
日本の海水魚(監修、山と渓谷社、2008年)
海の魚大図鑑(監修、日東書院、2010年)
4、「主命題の理由を列挙するのが独自研究で在るか」、に付いて
本議論の中心と成って居るのは、前述の様に「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在るか」と言うのがその命題で在る。
右命題に付いては本会話の検証部分に置いて前述した通り、外観の極めて良く似た両者を見分ける方法は、オーストラリア博物館他の出展の通り、背鰭の鰭条(きじょう)の数なので在り、記事内容もそれに沿うもので在る。
つまり、ピクサーとディズニー提供の作品にニモとして登場するクマノミ類に置いて、その色彩で、背鰭の鰭条が10本で在ればペルクラ種(Amphiprion percula)で在り、11本ならばオセラリス種(Amphiprion ocellaris)なので在る。
上記判別方は複数の信頼出来る出展に置いて明らかな事実で在り、ゆえに、上記判別法に従った場合、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言って良い。
件(くだん)の記事内容は、右判別法に付いて「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」と言う主命題を補助するものとし、その判別法の過程を記載したものと言えよう。
自分の指の数を数えられる程度の能力の在る人で在れば、誰しも上記判別法を行う事が出来るので在るが、けだし、上述の専門家達がこの判別法で判断したとまで、該当の記事内容に置いて述べている訳では無い。
しかしながら、現実の個体では無く架空の存在で在るニモに付いて、その種別を判断する手段は外観・生息地などに限られ、DNA型鑑定(遺伝子鑑定)などするべくも無いので在るから、彼らも著名な上記判別法を用いて判断したと思われる。
ゆえに、その適用過程で証拠の収集に誤りが無い限り、判別法とその適用過程も主命題と同様、根拠を有すると言う事が出来るので在る。
例えば、「鰭条を数えるのに使った画像が著作者提供のものでは無かった」などの事柄が在れば、話は別で在ろう。
5、「ピクサーがアニメーションを描く際に簡略化したか」、に付いて
ディズニーやナショナル・ジオグラフックの立場がいずれにせよ、Wikipediaの如き百科事典は科学的に正しい記述をし無ければならず、「ニモはペルクラ種(Amphiprion percula)で在る」事は、今更論じるまでも無い。
何ら出展の無い憶測で在る上記主張は、判断するまでも無く、記事内容として記載出来無いものでは在るが、以下、検討を試みる。
そもそも、「3Dモデルのポリゴンを制作する過程で、何らかの理由に依り外観に置ける背鰭の鰭条の数のみ1本減らした結果、分布地域と外見的特長が劇中の描写と一致する別の種に、偶然、合致した」と言う仮説は、話として余りに出来過ぎで在り、ご都合主義なので在って、現実的には極めて考え難い事で在り、採用出来無いと言わねば成ら無い。
ところで、古代中国の故事に蛇足(戦国策より)と言う物が在るが、これは「蛇の絵を速く描く競争に置いて、1番先に描き挙げた者が、勢い余って蛇に足を生やしたので、その絵は蛇では無く成り、勝利を逃した」、と言う逸話で在る。
仮に極めて僅かな確率で3Dモデルを作る際にオセラリス種(Amphiprion ocellaris)をその基礎としたとしても、完成した3Dモデルはやはりペルクラ種(Amphiprion percula)なので在って、上述の故事を踏まえれば、正に蛇足で在ったと言えよう。
つまり、制作過程がどうで在れ、結果として著作物の内容に表れた3Dモデルのポリゴンは、生物学的にペルクラ種(Amphiprion percula)と言って良い特徴を有して居るので在り、右事実は揺るぎ無い真実なので在る。
著作権者の内心の捉え方の錯誤はどうで在れ、外部に表れた実際の著作物はペルクラ種(Amphiprion percula)なので在って、今更、制作過程ではどうで在ったかなど、上記生物学的な種別判断に置いては全く考慮の外(ほか)で在ると言って良い。
FishBaseに置けるAmphiprion percula (Lacepède, 1802)
Orange clownfishのページの、Distributionの項目の末尾にも、「Often confused with Amphiprion ocellaris」と記載の通り、ペルクラ種(Amphiprion percula)とオセラリス種(Amphiprion ocellaris)はしばしば混同され易いもので在り、著作権者の誤りも、この混同に因るものと考えるのが自然で在ろう。
FishBase Amphiprion percula (Lacepède, 1802) Orange clownfish
http://www.fishbase.org/Summary/SpeciesSummary.php?ID=9209&AT=clown+anemonefish
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月2日 (金) 13:33 (UTC)
- まず、ペルクラの記述についてあなたに出典を示していただきたかったのはあなたが[5]にて記述した「特にオーストラリア東部の海域に生息するペルクラ種(学名:Amphiprion percula)は、映画『ファインディング・ニモ』で主役のニモとして登場し、一躍有名になった。」の部分です。また2013年3月15日 (金) 15:39 (UTC)の版の「2003年の映画「ファインディング・ニモ」のヒットにより2005年頃から、商業的に人工繁殖させた個体が安価に流通している。」の記述はクマノミ類全般に関するものとして記述されていたのではないでしょうか。特にペルクラ種に限る必要はないと思いますし、現状ではペルクラだけがそのようになっているとも読めてしまいます。
- また、乱獲された~の出典として挙げられているニュース記事ですが、末尾にてWikipediaを参照したカクレクマノミの説明を載せており、また執筆以前の2011年10月11日 (火) 14:27 (UTC)の版にて冒頭部に同様の記載がなされており、筆者がWikipediaを参照して記事を書いた可能性が否定出来ませんので、出典とするには不十分に思います。
- ニモをカクレクマノミとする外部サイトの記載に関して。ここで挙げたのはあなたがディズニーの発表以外に一切ないとしたので、その反証として挙げたまでです。
- 独自研究について。出典に基づいて判別法を記載するのは構いませんが、出典にないような判別法を基にして記載するのは独自研究になってしまいます。確かに正しいかもしれませんが、Wikipedia:独自研究は載せない#何が除外されるかに「ピューリッツァー賞クラスのジャーナリズムやノーベル賞ものの研究でさえも、それがウィキペディアで最初に発表されることになるのであれば、掲載を拒否せざるを得ないのです。」と書かれているように、Wikipediaでそれを採用することができません。
- それと件の画像で自分が確認する限り9本のように見えるのですが、10本あるとする出典はありますでしょうか。--Knoppy(会話) 2013年8月2日 (金) 16:07 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
Knoppyの上記所論は、全て失当で在る。
上記誤りに付いては、いちいちその主要な内容を抽出し、項目ごとに区切り番号を付して詳しく検討するまでも無いので、下記の如く一部を引用して指摘を行うもので在る。
>「特にオーストラリア東部の海域に生息するペルクラ種(学名:Amphiprion percula)は、映画『ファインディング・ニモ』で主役のニモとして登場し、一躍有名になった。」の部分の出展
映画「ファインディング・ニモ」のヒットに因り、主役のニモが人気で著名と成った事、誤って紹介されたカクレクマノミとクマノミ類全般が飼育・鑑賞用として人気が出た事は、既に確定して居る明らかな事実である。
上記ニモそのもので在るペルクラ種(Amphiprion percula)が、既に掲げて在る出展などで各メディアにその種名が記載されて居る事も明らかで在る。
かく在れば、ペルクラ種(Amphiprion percula)がツーバンデッド・アネモネフィッシュやトウアカクマノミ等々と言う、他のクマノミ類と比較してとりわけ著名で在る事は、今更、別途出展を示す必要性も無いもので在る。
ペルクラ種(Amphiprion percula)以上に話題と成り、メディアで取り上げらげられて居るクマノミ類が存在するとするなら、その反対命題こそ出展を要するもので在ろう。
けだし、世の中には命題として真か偽のいずれかでしか無く、「一方の命題が真で在れば、他方の命題は偽で在る」と言う事柄は多く存在するので在る。
>出典に基づいて判別法を記載するのは構いませんが、出典にないような判別法を基にして記載するのは独自研究になってしまいます。確かに正しいかもしれませんが、Wikipedia:独自研究は載せない#何が除外されるかに「ピューリッツァー賞クラスのジャーナリズムやノーベル賞ものの研究でさえも、それがウィキペディアで最初に発表されることになるのであれば、掲載を拒否せざるを得ないのです。」と書かれているように、Wikipediaでそれを採用することができません。
既に述べた通り、背鰭の鰭条数が両種の判別法で在る事は、既に項目の記事内容に置いて、信頼出来る出展が提出されて居るもので在る。
上記判別法は、独自の新発見や、「命題Aと言う真実が在り、命題Bと言う真実が在る。ゆえに、命題Cは真実で在る」と言う様な命題Cの証明されて居無い単なる三段論法を用いた仮説では無く、「命題Aと言う真実が在り、命題Bと言う真実が在る。その場合、命題Cは真実で在る」事が、確定的な事実として生物学上の分類の上で、明らかに成って居る事柄なので在る。
例えば、命題Aとして「1ガロンは1リットルよりも多い容量で在る」とし、右真実の結果、命題Bとして「数量xが同じで在れば、容量の比較に置いて必ずxガロン>xリットルが成り経つ」事もまた真実で在るとする。
かく在るので在れば、命題Cの「10リットルは10ガロンよりも少ない容量で在る」事に専門家の知見や出展は必要無いので在り、したがって、上記独自研究の指摘は失当で在る。
けだし、上記幾つかの出展の要求は、「同一の観測状況で、天体の見かけの等級 (天文)として、8等星が1等星より暗く見える事の出展を求めて居る様なもの」なので在って、KnoppyはWikipediaの記事内容を議論するに当たって必要な資質を、まるで備えて居無いと言わざるを得無い。
>ニモをカクレクマノミとする外部サイトの記載に関して。ここで挙げたのはあなたがディズニーの発表以外に一切ないとしたので、その反証として挙げたまでです。
当該サイトは、単に世間的にそう言われていると述べるのみで、生物学上の検証・分析を行ったものでは無いから、結局、「ニモはカクレクマノミで在る」と言う命題はディズニーがそう主張して居るだけ在り、主張は失当で在り採用出来無い事は、既に述べた通りで在る。
>それと件の画像で自分が確認する限り9本のように見えるのですが、10本あるとする出典はありますでしょうか。
背鰭の鰭条数も数えられ無い者は、その部分の議論に参加するべきでは無い。
ピクサーのファインディング・ニモのサイトのトップページに記載の画像でも数え上げを行うべきで在る。
この様に、Knoppyの指摘や主張は的外れなものが余りに多く、Wikipediaの利用者のみならず、多くのインターネット・ユーザーに取り、弁える(わきまえる)べき常識を備えて居無いと言えよう。
そもそも、議論に参加する者の義務としては、少なくとも、会話や項目の記事内に出展として提出されて居る文献の中身を良く読破した上で、自らの意見の主張を行うべきで在る事は、論を待た無い。
文献や論証方法を理解出来無いので在れば、意見を述べては成ら無いので在る。
にもかかわらず、Knoppyはその義務を怠った結果、誤った知見に基く的外れな指摘や、独自の論理に依る失当な主張のレスポンスを繰り返して居るので在る。
それが故意に行って居るものなのか、無意識の上でかはともかく、結果としてそうした失当な意見を提示し続けて居る事は真実で在る。
誤った主張は無限に存在し得るので在り、議論に参加する者がそのいちいちを取り上げて検討を試みるのは無駄な行為で在り、避けねば成ら無い。
ゆえに、当方としては、もはやこれ以上、本議論を真剣に検討して行く気すら薄らいで居るものなので在る。
記載内容を反証するだけの新たな証拠を提示し無い限りに置いて、ここで一旦、本議論の終結を宣言するもので在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月3日 (土) 10:06 (UTC)
- 「ペルクラ種が、(中略)一躍有名になった。」について。Google検索を用いて「ペルクラ」について検索したところ、約27,600件という結果になりました。一方、「ハマクマノミ」について完全一致で検索したところ、約107,000 件という結果でした。ここから見るに、ペルクラ種が一連の記事によって他の種と比べ飛び抜けて有名になったとは言いがたいように思えますが。元々日本近海に生息する種ではありませんから、「ニモ」以前も横に並んだ状態ではなかった可能性だって考えられますし、少し指摘があったからといって有名になるとは考えられません。なお、「カクレクマノミ」については約809,000件です。そもそもこの一文についてあなたがおっしゃっていることはNOR原則から遠くかけ離れた、特定の観点を推進する既存の情報の合成です。
- 独自研究の指摘について。あなたがおっしゃる容量の比較ですが、命題Bは命題Aから導かれることです。一方、背鰭の比較についてはX「10本であればペルクラ、11本であればカクレクマノミ」、Y「ニモは10本」、Z「ニモはペルクラ」に対し、XもYもそれぞれ独立しており、XからYも、その逆も導くことができません。よって、あなたのおっしゃる指摘についてはここの議論とは別物であり、失当であると考えます。
- 9本に見えることについて。ピクサーの画像でも試しましたが、マーリンで9本、ニモで6本のように見えます。なお、Wikipediaでは出典を示す責任は掲載を希望する側にありますので、提示を求められたら提示の義務がありますことをご理解ください。--Knoppy(会話) 2013年8月3日 (土) 11:19 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
いずれも失当で在る。
そもそも、google検索でのヒット数は著名度を比較するのに用いられる存在では無いので在り、上記指摘は独自研究に依るもので在り、採用出来無い。
また、「ペルクラ」の語は、ペルクラ種の学名で在るラテン語「percula」の音読みであり、場合によっては「ペルキュラ」とも日本語で表記されるもので在るし、学名のみ成らず、オレンジクラウンフィッシュ他、記事記載の英名やその日本語表記で検索して比較を行って居無い辺り、実に稚拙かつ恣意的で在り、失当で在る。
例えば、ヴァイオリンに付いても、その検索に用いる単語が「バイオリン」で在るか「バイオリーン」で在るか「ヴァイオリン」で在るか「ヴィオロン」で在るか、それとも「Violin」「Violine」「小提琴」で在るかに因り、検索ヒット数は異なるもので在ると言って良い。
上記ヴァイオリンに付いては、「小提琴」の語が約25,900,000件のヒットと圧倒的で在り、次いで英名の「Violin」が約21,800,000件、「ヴァイオリン」に至っては、右2つの単語の10分の1にも満た無い、僅か約2,000,000件のヒットに過ぎ無いので在る。
けだし、ペルクラ種(Amphiprion percula)がクマノミ類の平均より著名で在る事実は、上記出展により疑いの無いもので在り、いずれも上記著名度に関する記事記載内容を揺るがすに至ら無い。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月3日 (土) 11:55 (UTC)
- "オレンジクラウンフィッシュ"の検索結果は約1,650件となったため、ペルクラにおいて検索したほうが圧倒的に多かったので採用した次第です。学名については失念しておりましたが、ペルクラの学名検索に関しては約90,300件、クマノミの学名検索が約86,100件と大差なく、カクレクマノミの学名検索は約247,000件でした。
- 検索結果が著名度の比較に用いるものではないことは十分承知しておりますが、著名度に関してある程度の指標にはなるものとして考え、一例として出したまでであります。そもそもペルクラが特筆して著名であることに出典に記載がない独自研究という指摘をしているのに対し、それを疑いのないものとするあなたのほうが失当と考えます。
- ところで、いずれもと書かれていますが他についてはいかがでしょうか。--Knoppy(会話) 2013年8月3日 (土) 12:18 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
縷々主張するが、いずれも失当で在る。
けだし、百科事典はその各記事内容に置ける文の1つ1つに特筆性が必須とされる訳では無い事は、今更、言うまでも無い。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月3日 (土) 14:29 (UTC)
- いずれもと書かれますが、他に関してはどうなのでしょうか?
- 特筆性はWikipediaの造語です。自分が言ったのは「ペルクラが非常に著名である」という意味で使用したのであって、Wikipedia:特筆性で説明されているものではありません。言葉が言葉なので、記事内容についてにも使われますが、その意味においては、もちろんですが特筆性は必須とされます。よって、あなたの主張は失当であると考えます。--Knoppy(会話) 2013年8月5日 (月) 02:26 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
上記主張は失当で在る。
問題:Wikipediaの記事内容について特筆性は必須とされるか?
正答:否で在る
理由:このような特筆性に関するガイドラインは、記事の主題が、百科事典においてそれ自身の単独の記事が作成されることが適切かどうかについて述べているだけのものであって、記事の内容に対する直接的な制限を行うものではありません。
この文書はウィキペディア日本語版の方針またはガイドラインとして提案中です。現在、内容に関してノートページで議論を行っています。(Wikipedia:特筆性の冒頭部分の抜粋)
そもそも、禄に日本語も読解する能力を持た無い者は、編集作業や議論に加わっては成ら無い。
議論はKnoppyの敗北で決着したので在り、これ以上の主張・立証は荒らし行為で在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月5日 (月) 04:28 (UTC)
- 特筆性というWikipediaの造語について上記草案を案内したまでです。草案とはいえ、ガイドライン化も近いと考えられる、既にある方針やガイドラインから「記事立項についての基準」といった形でまとめられている文章であり、字面だけでなくルールの精神を理解して頂きたいのですが、たかが草案と内容について目を通すまでもなく却下されたのであれば非常に残念です。上記の「Wikipediaの記事内容について特筆性は必須とされる」というものに関して、もしも「特筆性=重要性」といった意味で書かれているのであれば、方針文章Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんをご案内いたします。
- この議論について荒らしと言われてしまうのは非常に残念ですが、議論はまだ終わっていません。議論の終了に必要な合意に達せていません。もしも強制終了するのであればそれは対話拒否と看做さざるを得なくなります。もしも議論を'休止'するのであれば、再開時期を書いていただければ(もちろん遠すぎてもいけませんが)その時までお待ち致します。個人的には1週間前後休止したほうがいいとも考えていることもあわせてお伝えします。--Knoppy(会話) 2013年8月5日 (月) 17:42 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
この様に、Knoppyは何度指摘されても、検討に値し無い誤った主張を次々と繰り返して居るものなので在る。
Wikipedia:特筆性から再度抜粋するが、特筆性に関するガイドラインは、記事の主題が、百科事典においてそれ自身の単独の記事が作成されることが適切かどうかについて述べているだけのもので在って、記事内容に対する直接的な制限を行うものでは無いので在る。
上述の様に、Knoppyは日本語が理解出来て居無いか、ネットスラングに置ける無敵くんで在る事は明らかで在ると言える。
ゆえに、実りの無い無用の意見の応酬に終止符を打つべく、ここに議論の終局を宣言するもので在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2013年8月6日 (火) 01:15 (UTC)
ファインディング・ニモの編集について
[編集]あなたの編集はノート:クマノミ亜科#出典無効についてでの議論結果での除去ですので、そちらをご覧ください。--Knoppy(会話) 2014年8月19日 (火) 12:04 (UTC)
- クマノミ亜科におけるあなたの編集も、まったく同じ理由で差し戻しました[6]。どうしてもニモについて何か書きたいのなら、まずはノートでの議論にご参加の上、合意を得てからにしてください。--Loasa(会話) 2014年8月19日 (火) 13:50 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
たった今編集したばかりのクマノミ亜科の「人間との係わり:ファインディング・ニモのニモ」に付いての記事を、僅かに数分で過去版に差し戻す事は、単に記事内容の情報を根拠無く除去するのみならず、編集合戦の入り口で在る。
そもそも、森羅万象、あらゆる事実に付いての記事を網羅的に補完すべきWikipediaでの記事編集に置いて、追加した内容と記事名とのが関連性が明白ならば、後は信頼できる情報源の存在で足り、ノートに置いて他の参加者の合意を得る必要は無いと思われる。
Loasaの知識・経験は、「自称:生物分類技能検定2級(植物部門)」との事で在るが、魚類に付いての実績は皆無で在ろうと思われるのに、クマノミ亜科の記事から、根拠無く専門家の知見を除去するなどして居る。
この様な行為は荒らし行為で在り、Loasa、Knoppyはそれを認識し、厳に慎む様、ここに忠告する物で在る。
以上--Haruhi.N(会話) 2014年8月19日 (火) 14:20 (UTC)
- 個人攻撃は禁止されております。対話相手を「あらし」と呼んではいけません。また、Wikipediaは共同作業でありますので、ノートページにおける合意は優先されます。ノートページにおける合意があれば、差し戻しされてもやむ得ませんし、あまりにもないがしろにすると最悪ブロックされる可能性もあります。また、『合意を得る必要は無い』ということはありませんので、認識を改めてくださるようにお願いします。--Los688(会話) 2014年8月19日 (火) 14:35 (UTC)
Haruhi.Nからの回答
Loasa、Knoppyは、編集合戦の入り口と成り得る、「記事編集後の過去版への即時差し戻し」を行って居る。
また、追加した記事内容を過去版に差し戻す事に依り、記事から特定の情報を根拠無く除去する行為も、網羅的な事実(真実)記述して行く方針の上で、根拠の無い物で在る。
ゆえに、上記2名が荒らしユーザーで在るとの記述には根拠が在り、個人攻撃には当たら無い。
以下、上のエチケットで述べられて居る個人攻撃に該当する行為を引用する。
>個人攻撃の例
>以下の内容を含むもの、ただし、以下の内容は一例であって以下のものだけが個人攻撃とは限らない。
>悪意をもって相手を非難する、あるいは根拠無く相手を非難する行為を繰り返す。「○○は荒らしだ」、「△△は悪い編集者である」など。
>個人の人格、個性などに対するコメント。
以上--Haruhi.N(会話) 2014年8月19日 (火) 15:13 (UTC)
ソードアート・オンラインの編集にて
[編集]初めまして田中智隼と言います。ソードアート・オンラインの記事で行われた編集は、キャラの説明を詳しくするなら、別のソードアート・オンラインの登場人物の記事で行うようにお願いします。--田中智隼(会話) 2017年10月2日 (月) 12:02 (UTC) 田中智隼(会話) 2017年10月2日 (月) 12:02 (UTC)
取り消されて削除された文章を復元するのは、編集合戦の引き金に繋がります。削除した編集者と会話して妥協案などを話し合うなり、それでもだめなら当該記事のノートページで他の編集者の意見を募りましょう。でなければ、ソードアート・オンラインの記事が保護対象(編集できない状態)になりますよ。--田中智隼(会話) 2017年10月3日 (火) 00:39 (UTC) 田中智隼(会話) 2017年10月3日 (火) 00:39 (UTC)
Haruhi.Nからの反論(田中智隼の削除した記事の復元に付いて): 編集部分を削除した編集者は田中智隼本人で在り、会話無しに記事を削除して居る以上、会話は意味を持た無い。 むしろ、田中智隼自身が、他ユーザーの記事を削除する前に会話を試みるべきなので在る。
当方や他のユーザーが追記した記事内容は、Wikipedia方針のプロジェクト:アニメ/過剰な内容の整理照らしても、記事内容が過大との判断基準には該当して居無い。
また、田中智隼に因る記事削除には、数度の会話に依っても、田中智隼自身の主観的な判断以外の根拠が、未だ示されて居無いのである。
ゆえに、田中智隼に因る記事削除は、現在の所、記事削除の客観的かつ正当な理由が見当たら無い荒らし行為である。
よって、削除された当該記事の差し戻しを行う。 --Haruhi.N(会話) 2017年10月3日 (火) 01:10 (UTC)
ソードアート・オンラインの記事の編集履歴をちゃんと確認してますか?あなたが編集なさった10/2からの編集後に自分は編集してませんよ。 田中智隼(会話) 2017年10月6日 (金) 12:31 (UTC)
細部の編集について
[編集]こんにちは。Haruhi.Nさんの投稿履歴を拝見しましたが、細部の編集とは思えない編集においても細部の編集がついています。「個人設定」→「編集画面」→「細部の編集をデフォルトでチェックする」が設定されているためと思われますので、設定を解除していただくか、細部の編集でない場合にはその都度「これは細部の編集です」のチェックをはずしていただくようにお願いします。Help:細部の編集もご一読ください。--Purple Quartz(会話) 2017年10月3日 (火) 07:55 (UTC)
HaruhiNからの回答: 登場人物に関する加筆は、ページ全体に関しての編集では無く、細部の編集で在ると思われる。 --Haruhi.N(会話) 2017年10月3日 (火) 08:06 (UTC)
- 申し訳ありませんが、私が「Haruhi.Nさんは『細部の編集』とはどの様な編集だと思われますか?」という質問をしたのであればそれで問答は成立しているのですが、明らかに細部の編集では無いものまで細部の編集になっていますよ、との意味でメッセージを投稿しています。繰り返しになりますがHelp:細部の編集をひとまずお読み下さい。--Purple Quartz(会話) 2017年10月3日 (火) 08:55 (UTC)
記事:ソードアート・オンラインの登場人物紹介に見る親記事と子記事のバランスに付いての理解
[編集]本話題は、Wikipediaの記事編集に置いて理解を深める為の会話記述である。
まず、ここ最近の数日間に置いて、「ソードアート・オンラインの本ページに記述されて居る登場人物紹介の要約」に関して、加筆と削除、版の差し戻しが繰り返されて居ると言う事実がある。
正当な理由無く加筆された記事を削除する行為は荒らし行為であり、厳に慎むべきものであるにもかかわらず、Wikipediaの各所で度々、この様な編集合戦とも言える様相が展開され得るのは、或る程度の経験を経たユーザーで在るならば、誰しも見聞きした事の在る所であろう。
私が思うに、この様な編集合戦やその類似行為、或いは不毛な議論と攻撃・防御の連鎖の原因は、結局のところ、記事を編集する各ユーザーが、Wikipediaの示している編集方針を理解して居無いか、それに反する事を知りつつ、敢えて荒らし行為をして居る為であろうと思われるのである。
例えば、前述のソードアート・オンラインの本ページに記述されて居る登場人物紹介の要約で在るが、これは詳細な記述が独立した記事として別ページに存在している。
この様な、本来で在れば1つの記事ページに在るべき詳細な記述が節・項目等を独立した別ページとして構成する事を、管理上、記事(ページ)の分割と呼ぶ。
記事(ページ)の分割に置いて、Wikipediaの公式的な管理上の分類を、今回の場合に当て嵌めて解説するならば、ソードアート・オンラインの本ページが親記事、ソードアート・オンラインの登場人物のページがその子記事である。
この様な分割構成されたページに付いてのWikipediaの公式的な編集方針に付いては、Wikipedia:サマリースタイルに記述されて居るので参照されたい。
Wikipedia:サマリースタイルの要約すると、分割構成された記事の編集に在っては、まず子記事に詳細を記述し、親記事にはその詳細な記述の重要な点を拾って記述した要約を記載する事が、Wikipediaの編集方針として望ましいとされて居る。
この、親記事に要約を記載し、子記事に詳細を記載する方式を、サマリースタイルと呼ぶ。
一方で、今回のこのWikipedia:サマリースタイルに在る望ましい編集方針を盾に、故意または誤解によって、荒らしユーザーとも呼べる記事編集者が必要な記述を削除しているのが現状である。
その結果、子記事では30行以上に渡る記述が、本記事に置いて僅かに1~2行程度の記述にまで短縮されて仕舞う場合すらある。
加筆部分を削除したユーザー曰く、「本記事に置いての記述は要約で十分であるから」と言うのである。
この様な主張に基く加筆部分の削除行為は、一見、あたかもWikipediaの編集方針に沿った正当な削除理由を備えているかの様に見える。
しかし、その実を見れば、Wikipedia:サマリースタイルが、本ページに置いて加筆された記事を削除する根拠には成ら無い事が明白で在る事が分かる。
そもそも、Wikipedia:サマリースタイルに置ける望ましい要約の記述方針に付いて、文字数や行数が幾つまでと言う指定はされて居無いし、統一的な見解も出されて居無いからである。
むしろ、Wikipedia:サマリースタイルに書かれた編集方針に在っては「親記事にはその詳細な記述の重要な点を拾って記述した要約を記載する必要が在る」旨の注意がなされている。
以下は、Wikipedia:サマリースタイルに在る該当部分のコピーである。
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親記事と子記事を同期する
サマリースタイルを取る記事では、親記事と子記事との間で情報の齟齬が起こらないようにする必要があります。そのためには、記事に加筆する編集者はまず子記事に情報を加え、その後にもし必要であれば同様の加筆を親記事に行うという手順を取ることが望まれます。もし分割後に子記事の内容が大きく変わった場合には、親記事内の要約も書き直す必要があるでしょう。ここに問題がある場合には
このページは更新が必要とされています。 このページには古い情報が掲載されています。編集の際に新しい情報を記事に反映させてください。反映後、このタグは除去してください。(____年__月) |
テンプレートが利用できます。 子記事へのリンクしかない節や定義の箇条書きの項は作らないようにしてください。節や項があるということは記事がその点の説明を必要としているということなのですし、記事が一つの記事として自立しているためには、それらの説明は他の記事に完全に預けてしまうのではなく、元の記事内でほかの部分とのバランスを保てる程度の説明が記されている必要があります。ここに問題がある場合には
記事の体系性を保持するため、 |
テンプレートが利用できます。
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従って、親記事に置ける子記事の記述の重要な部分の要約を削除する行為は、Wikipediaの公式的に要求する望ましい編集方針に反する荒らし行為と言わざるを得ず、また、要約で在るので1~2行で十分であるとの主張も却下せざるを得無い。
誰でも無料で利用出来る網羅的な記載を備えた百科事典の実現へ向けて、日夜記事編集に勤しむユーザーは、こうした主観的な理由に因り必要な記事を削除する悪質なユーザーと、粘り強く争って行かねば成ら無いであろう。 --Haruhi.N(会話) 2017年10月3日 (火) 09:07 (UTC)
あなたの意見は読みましたが、それならばいきなり追加するのではなく、ノートページにて意見をとった後に行うべきではありませんか? 田中智隼(会話) 2017年10月6日 (金) 12:34 (UTC)
Haruhi.Nからの回答1:
編集当時、ソードアート・オンラインの本ページのノートに置いてソードアート・オンラインの登場人物の節の記述内容を主題として扱う議論は全く提起されておらず、その様な必要性は認められ無い。
基本的に、ユーザーが記事の加筆を実施するに当たり、ノートで議論を呼び掛けたり、他のユーザーの合意を取る義務は無いからで在る。
- 義務がないときましたか、それならばあなたの加筆や編集箇所が消されても文句は言えないことになりますよ。ノートでの議論を軽んじたり、個人だけの主張ではなく、多くの意見をまとめてその中での編集内容を記載すべきです。
- 結局のところWikipediaは百科辞典な訳なのですから、正しい情報を読みやすくて、なおかつ多くの目から見ても必要な情報が記載されているべきです。それならば消されてしまう内容よりも、残る内容を書くべきです。--田中智隼(会話) 2017年10月8日 (日) 10:46 (UTC)
Haruhi.Nからの回答2:
加筆はノート・ページにて意見をとった後に行うべきではありませんか?
通常の加筆編集に置いて事前にノートで議論し合意する義務が無いなら、その編集箇所を自由に削除しても良い
との批判者の主張に付いて。
上記主張は、全てWikipediaの基本ルールに反する考えで在り、失当で在る。
まず、「加筆はノート・ページにて意見をとった後に行うべきではありませんか?」との主張で在るが、先程も回答1で述べたが、Wikipediaの加筆に置いて、加筆者が他ユーザーからの合意を得る必要性は無い。
そもそも、ノートで議論され、複数ユーザーの合意を形成中と言う訳でも無い記事部分の加筆に付いて、加筆予定者がいちいちノートなどで新たに議題を提起し、他ユーザーの合意を得てから加筆作業に入ら無くては成ら無いのだとしたら、百科事典の作成作業は遅々として進ま無い。
ゆえに、その様な場合に置いての加筆にあっては、他ユーザーとの合意形成など不要なので在る。
この事は、公的なWikipediaのガイドラインで在るWikipedia:編集方針#多様な参加姿勢が受け入れられますでも、明確に許されて居る編集方針で在る。
批判者は、この様な的外れな主張を止め処(とめど)無く繰り返す前に、当方の参加姿勢がWikipedia:編集方針に則ったもので在り、許容されて居るもので在る事に、そろそろ気が付くべきであろう。
加えて、誰にでも編集可能なWikipediaの性質上、自らの加筆内容が、他人が勝手に行う理由の無い削除から逃れる事は、基本的には誰にも出来無い事で在り、不可能を求めて居る(ソードアート・オンラインでの当方の加筆内容の様に、理由の無い削除を行う他ユーザーと複数回に渡る編集合戦に発展した末に、Wikipediaの管理側によって加筆内容が保護された場合などは別として)。
次に、「通常の加筆編集に置いて事前にノートで議論し合意する義務が無いなら、その編集箇所を自由に削除しても良い」で在るが、これは公的なWikipediaの編集方針に反する行為で在る。
Wikipedia:ページの編集は大胆に#ただし、配慮を忘れないに記載されて居る様に、加筆された内容の削除・差し戻しに在っては、まず、その加筆された内容が真実で在るかを確認し、明らかにそうで無いと言う場合にのみ、削除・差し戻しをするべきなので在る。
もし真実の記載で在るなら、その加筆された事実を記事から除去するかどうかは議論を必要とするのだから、それこそ、独断で削除・差し戻しなどの不適切な編集行為をせずに、ノートで議論を提起すれば良いだけで在ろう。
また、その様な削除行為は、編集合戦へと繋がる荒らし行為で在るから、止めるべきで在る。
加筆された特定の事実が真実で在る場合、その特定の事実を取り除くに足りる正当な理由の証明が出来無いのなら、削除は行うべきでは無い。
批判者らの行為は、Wikipediaが公的なガイドラインで記事内容の除去に置いて求めて居る慎重さを欠いた行為で在り、この点、編集ガイドライン違反で在るから、記事を加筆された状態に差し戻す事とする。
要するに、事実を除去する正当な理由の証明が無い。 --Haruhi.N(会話) 2017年10月8日 (日) 17:12 (UTC)
他の利用者からも言われていると思いますが、改行が多いです。あなたの意見などを拝見しているときにいつも思います。すごく見辛いです。改行せずに文章を記載してください。--田中智隼(会話) 2017年10月10日 (火) 09:43 (UTC)
記事「艦これ」について
[編集]ウィキペディアは攻略サイトではないし、限度を逸脱した加筆は「過剰な内容」として除去されますので、記事「艦これ」へのこのような加筆はお控えくださるようお願いします。記事「SAO」でのような編集合戦は絶対にしないでください。--Starchild1884(会話) 2017年10月7日 (土) 21:59 (UTC)
艦隊これくしょん -艦これ-#艦娘の加筆内容に付いてHaruhi.Nからの回答:
当方としては、Starchild1884(会話)、Knoppy(会話)らの上記主張は失当で在ると考え、記事を修復する。
深海棲艦の備考欄の説明に「潜水艦 潜水カ級、潜水ヨ級、潜水ソ級 声優なし。elite以上だと開幕雷撃を放つ。」と開幕先制攻撃に関する記載が在るのに、艦娘の場合に備考欄に置いて開幕先制攻撃に関する記載をしては成ら無いのかが、まるで説明されておらず不明で在る。
右主張は、艦娘に付いては、攻略情報、内容過剰で在るから、備考欄に置いて開幕先制攻撃に関する記載をしては成ら無いとする一方、艦隊これくしょん -艦これ-#深海棲艦に付いてはこれを推奨或いは許可すると言う物で在って、この様な主張、そして加筆部分の削除は、その理由が同一記事内の編集・加筆の方針に置いて大きく矛盾しており、到底、採用出来無い。
分かり易く言えば、彼らの行為は、当方の加筆に付いては、到底、的を射て居るとは言え無い理由を述べて直ちに前版に差し戻すなどする一方、深海棲艦の備考欄に在る右記載に内容に付いては、これを放置して居るので在る。
彼らに置いてこの様な矛盾した編集行為が発生し得るのは、記事の全体を読んでその整合性を確かめる事無く、加筆内容の削除・差し戻しを行って居るからで在る。
ゆえに、ユーザーStarchild1884、Knoppyらは、適当かつ矛盾した理由に因って、当方や他のユーザーの加筆の成果を適当に削除する荒らし行為を行って居るとしか、到底考えられ無い。
よって、当方としては、これ以上の議論を経るまでも無く、ユーザーStarchild1884、Knoppyらの上記主張を却下せざるを得無い。
--Haruhi.N(会話) 2017年10月8日 (日) 01:10 (UTC)
ブロック依頼提出のお知らせ
[編集]Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.Nを提出しましたので、ご連絡いたします。--Knoppy(会話) 2017年10月16日 (月) 13:15 (UTC)
Haruhi.Nからの回答:
この様な、感情的な対処をされて残念で在る。
当方に対する、投稿ブロックの申請者、そしてその賛同者の述べて居る理由は根拠が無く、上記投稿ブロック申請には理由が無い。 --Haruhi.N(会話) 2017年10月23日 (月) 10:44 (UTC)
- 本当に事実無根、正当性がないならあれほどの賛成票は集まりませんし、反対票も集まります。しかし、現実ではどうでしょう。そういった自身の行為を棚に上げて、自分勝手な主張や姿勢を改めない限り、半永久的に解除は望めませんよ。この注意を頭に入れるか、他の節のようにまったく受け入れないかは本人の自由ですが。--多摩に暇人(会話) 2017年10月24日 (火) 00:37 (UTC)
Haruhi.Nからの回答:
ユーザー:多摩に暇人(会話)はまず、Wikipediaは何でないかを参照して頂きたい。
Wikipediaは多数決型民主主義を採用して居るネット・コンテンツでは無いし、それゆえに、理由の無い投票行為は無視される場合が在る。
また、Wikipedia管理ユーザーそして財団は、投票とは無関係に裁定を下す事も在る。
艦隊これくしょん -艦これ-のノート、そして上記投稿ブロック申請での被申請者コメント欄でも端的に指摘して居る様に、艦これの記事内容に置いて、より上位のコミュニティにて既に合意されて居るガイドラインへの違反が在り、当方はその除去を提案し合意形成を図っているまでで在る。
Wikipediaの利用に在っては、そうした投票行為のみならず、記事の編集やノートでの議論も含めて、Wikipediaの方針とガイドラインを良く読み、十二分な理解をしてから行って頂きたい。
Wikipediaは、方針とガイドラインを理解せずにそれらの行為を行うユーザーを必要として居無い。
最後に、逆にこちらから質問したい事が在るのだが、ユーザー:多摩に暇人(会話)は上記コメントに置いて、
そういった自身の行為を棚に上げて、自分勝手な主張や姿勢を改めない限り、半永久的に解除は望めませんよ。
と主張して居るが、この文中で言及されて居る「解除」とは、一体何に付いての解除で在るのか、それを明らかにして頂きたい。
--Haruhi.N(会話) 2017年10月24日 (火) 16:28 (UTC)
理由の付されて居無い無期限ブロックの解除申請
[編集]方針によりブロックされたこの利用者 (ブロック記録 | 現在有効なブロック | 自動ブロック | ブロック解除 | 投稿記録 | 削除された投稿 | 不正利用記録) はブロックの解除を依頼しましたが、管理者がブロックを再検討し、依頼を却下しました。他の管理者がこのブロックを更に再検討することは可能ですが、充分な理由がない限り、この決定を覆すべきではありません(投稿ブロックの方針参照のこと)。ブロックが継続している間は、このブロック解除依頼を除去しないでください。
ブロック解除依頼の理由: 「Wikipedia:投稿ブロックの方針に違反する無期限ブロック。
当方の投稿記録に置いて、方針・ガイドライン違反の事実は、何ら存在し無い。
当方が方針・ガイドラインに違反する行為を行ったとの批判者ら(Knoppy、はぬまんなど)の主張は、彼らの誤った事実判断や、私論・草案など、方針・ガイドラインの適用解釈に付いて未だWikipediaユーザーの合意形成が図られて居無い彼ら独自の見解、或いは独自研究を根拠とする物で在り、採るに足らず、彼らが行った当方へのブロック依頼には、理由が無い。(方針:Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは多数決主義ではありません、下記の「Haruhi.Nからの回答(その6)」を参照)
この様な当方への無期限投稿ブロックは、複数の方針・ガイドラインに違反しており、ゆえに、当方の無期限投稿ブロックは直ちに解除されるべきで在る。
また、一般ユーザーのブロック依頼に因り、当方の無期限投稿ブロックを決定した管理ユーザー:アイザールは、そのブロック理由が「私論・草案:Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい」で在るとしても、ブロック権限を行使の理由に付き疑義が在り、ブロックを受けた本人に依りブロック解除申請が出された以上、ガイドライン:Wikipedia:説明責任に基づき、そのユーザーが何の方針・ガイドラインに違反したのかを、ユーザーの投稿履歴を示して事実を証明し、違反内容を具体的に説明するべきである。(Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい#管理者権限の行使への適用は慎重にを参照)
ブロック理由の不存在に付いて:
事実の不存在の証明に置いては、事実の不存在を主張する側の証明活動は、単にそれを否定する主張のみで足り、その事実の存在が絶無で在る事を証明活動に依って完全に証明する必要性にまでは及ば無い。
事実の不存在の完全な証明には、無限にも等しい手間が必要だからで在る。(ヘンペルのカラスを参照)
つまり、当方には、そしてこれまでの投稿記録全てに置いて18種類も存在する投稿ブロックの方針の列挙事由が存在し無い事を、各投稿毎に逐一証明して行く様な、膨大な反証活動をする義務は存在し無い。(悪魔の証明#消極的事実の証明を参照)
当方にそれを求めるのは、か様な多大な手間の掛かる、不合理かつ非効率的な悪魔の証明で在るので、拒否する。
なお、2017年11月14日の日本時間23時30分頃の現在に置いても、管理ユーザー:アイザールからは、当方のブロック理由がWikipedia:投稿ブロックの方針に列挙されて居る事由の何に該当するのか、未だ示されて居無いし、証明活動も行われて居無い。
ゆえに、当方の方針・ガイドライン違反は存在し無いと言って良い。
詳しい理由は後述する。
現在の状況に付いて:
また、艦これのノート・ページで既に述べたが、当方への投稿ブロック依頼:Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.Nの賛成者らは、艦これ、銀魂等の記事内容とノートに置いて、方針:Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか、ガイドライン:プロジェクト:コンピュータゲーム/過剰な内容の整理に違反する妨害的編集の差し戻しや、Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#いつまでも「納得」しないを行い、挙句の果てには当方が投稿した記事内容から、Wikipedia:編集方針に反する事実の除去を強行して居る。
これはもはや、組織的とも言える方針の違反行為、百科事典の破壊的編集行為で在る。大変遺憾な事に、当方へのブロック申請者に因るこの様な方針・ガイドライン違反行為は、今現在も続行中で在る。
加えて、慎重さを欠いた彼らの破壊的編集、記事内容からの事実の除去行為は、Wikipedia:編集方針#記事の改善を試みて下さい、但し慎重さも忘れずに(WP:PRESERVE)に違反する、網羅的な記載をWikipediaの存在意義を危うくさせる行為で在るので、停止されるべきで在ろう。
ブロック解除理由に付いて:
管理ユーザーに依って記述されて居るブロック理由が、単に「依頼に基づく」としか書かれて居無い為、ブロックを決定した管理ユーザーが、当方の投稿履歴に置いて、具体的にどの様な方針・ガイドライン違反を認定した物で在るかが現時点では不明で在り、当方に置いては詳しい解除理由の記述が不能で在る。その様な具合で在るので、当方としては、ブロックを決定した管理ユーザー:アイザールに依る、無期限ブロック理由の記述を求める物で在る。
当方の所感では、右管理ユーザーに依るブロックは、当方の投稿履歴や、議論されて居る内容の子細を詳しく検討して行われた物では無く、単にWikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.Nにおいて、ブロック賛成者が多い事から決定した物で在ると思慮する。
次に、Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.Nの内容に付いて当方の主張を述べれば、ブロック賛成者の記述する内容は、その大部分がWikipedia方針・ガイドラインの正しい解釈に基いて居るとは言え無い的外れな賛成表明で在り、当方が過去に行ったカクレクマノミの記事への編集、或いは艦これ等々の記事に置いて、当方にその主張をことごとく論破された事に因って抱いた復讐的感情に基く物で在ろうと推察する。
また、当方は、ソードアート・オンラインの登場人物の要約に置いて、クランとギルドと言う意味の似た用語の記載の誤りに付いては認める。
が、当該部分はミスの発生当初から間も無くに他ユーザーに依って既に修正済みで在り、この様な誰で在ってもする様な容易に修正可能な些細な記載ミスを取り上げ、当方が無期限ブロックと言う最大の不利益を被る事は、公平な観点から見たユーザーへの措置として重きに失すると思われるので、右ブロックに付き、誠に遺憾ながら異議を申し立てる物で在る。Haruhi.N(会話) 2017年10月31日 (火) 00:07 (UTC)」
- 却下の理由: Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.N 条件変更により、続行不要というコミュニティの判断となったため。--Jkr2255 2017年11月15日 (水) 23:14 (UTC)
- 実施担当ではありませんがコメントを行います。まずブロックはブロック依頼の合意に基づきます。管理者は「合理的に判断して」最終的にブロックの可否、ブロックする場合はその期間を決めて権限を行使します。何故ブロックされたのかをよく考えてください。少なくとも18名の利用者が2017年10月16日から10月30日までの約2週間にあなたに対してブロックを行うべきであるという意見を付しています。そして、ブロックに反対する利用者はその間に現れませんでした。解除申請の中に「ブロックされたのは艦これやSAOのノートにおいてあなたがほかの利用者を論破したことによる逆恨みである」とされていますが、あなたが「周囲に反対されたことを逆恨みしてノートで持論を展開して他の利用者を困らせた」結果でブロックされたようにしか見えません。少なくない利用者があなたの方針・ガイドラインの違反を認めていて、かつあなたが方針・ガイドラインを遵守しているとブロックに反対あるいはあなたを擁護する利用者はありませんでした。つまり、あなたの行動が問題であると合意形成されたと判断して問題のない状態にあります。
- 例えば、ブロック依頼にコメントされている銀魂での問題とされる編集(キャラ名の由来が別アニメのキャラからである)や、艦隊これくしょん -艦これ-、ソードアート・オンラインなどでの編集強行や議論軽視についてなどあなたが説明しなければならないことは山ほどあります。些細なミスであるかのように言っていますが、度を過ぎていると判断されているのです。
- 解除申請においてWikipedia:腕ずくで解決しようとしないを持ち出していますが、先のコメント依頼及びブロック依頼ではそれにあなたが違反していると判断されています。結局のところ、方針やガイドラインを都合の良いようにしか理解していないと思われているのです。何故そう思われたのか、そう思わせないためにはどうするべきなのかを説明しなければおそらく解除はありません。--アルトクール(会話) 2017年11月4日 (土) 17:02 (UTC)
Haruhi.Nからの回答(その1):
まず、当方のブロック解除申請をご覧頂いて、心より感謝を申し上げたい。
以下、当方からの回答で在るので、僭越ながらご一読されたい。
管理ユーザー:アイザールが当方への無期限ブロックを行った理由として、
(i)方針・ガイドラインを遵守しているブロックに反対、あるいは擁護する利用者が居無い事
(ii)それゆえ、当方に因り悪質な方針・ガイドラインへの違反が行われたと判断した事
が上げられているが、この(i)の様な事実を根拠に事実認定を行うのは、方針:Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは多数決主義ではありません(WP:DEM)、ガイドライン:Wikipedia:投票は議論の代用とはならない(WP:VOTE)に違反すると思われるが、その点に付いてはいかがか。
合意形成において、単なる賛成或いは反対の意見の表明は無意味で在り、ユーザーはそうした意見を支持するべき根拠を提出するべきで在るとされて居る。
特に事実の証明に置いて、民主投票が信頼出来る根拠足り得無い事は、Wikipediaユーザーで在れば誰でも認識して居る常識で在ろうと推察する。
民主主義投票に置いては、仮に投票者の内心、主観的な事実に置いて、投票理由が事実に基いて居無いと考えて居ても、その事実に反する事に投票を行う事は誰にでも可能で在るからで在る。
この民主主義の危うさに付いては、例えば、ナチス・ドイツが民主投票に依って与党第1党と成った事、テーブル・ゲーム或いはオンライン・ゲームにおいての汝は人狼なりや?での処刑対象の選定、或いは化物語シリーズに置いての老倉育(おいくら そだち)の学級裁判のエピソード等にも、良く示されて居る様に思う。
つまり、民主主義は正しい判断を行うのに用いる手段では無いし、また、事実に対しては無力で在る。
方針として、誰でも参加可能で在り、多様な参加姿勢が認められて居るWikipediaに置いて、特定のユーザーに対し、投稿記録と方針・ガイドラインの照らし合わせと言う事実判断、証拠に基づく判断をせず、民主主義的な投票結果に基いてブロックを決定するので在れば、それは上記の方針・ガイドラインの違反で在ると思われる。
当方の様な特定ユーザーが方針・ガイドラインに違反して居るかどうかの如き事実判断、無期限と言うユーザーに取って死刑に等しい処置が適切で在るかどうかと言う量刑の判断は、Wikipedia方針に違反する民主投票などでは無く、証拠に依る客観的な事実に基づくべきで在ろうと思慮する。
実際の訴訟に置ける判断なども、概ねこの様なもので在る。
管理ユーザーは、言わば裁判官なので在るから、当方が無期限ブロックの措置に足りる様な悪質な行為が、その出典たる投稿記録に存在するのかどうか、慎重に判断されたい。
加えて、当方を無期限ブロックとした管理ユーザー:アイザールは、当方からその問い合わせが在るにも関わらず、今現在に至っても、その理由と成る様な当方の投稿記録とガイドライン違反行為を証明する事無く、これはWikipedia:説明責任を果たして居るとは言え無いと思われる。
管理ユーザーで在るか一般ユーザーで在るかを問わず、自らの行為に付いて問い合わせを受けたならば、その根拠(例えて言うなれば、信頼出来る出典)たる証拠を持って説明責任を果たす事が、Wikipediaの参加の上で求められて居る事に争いは無いで在ろうと思う。
この説明責任の違反1つ取っても、当方への無期限ブロックと言う行為が方針・ガイドラインに違反して居る事が明らかで在ると思われるが。
ユーザーへのブロックは、そのユーザーがどの方針・ガイドラインに違反するのかを、投稿記録と言う証拠を元に事実を証明し、方針・ガイドラインと照らし合わせて、初めて方針・ガイドラインに抵触し無いと言うべきで在る。
以上、長文で恐縮で在るが、異論が在れば述べて頂きたいと思う。
追記:
当方は、「銀魂に登場するキャラ名の由来が別アニメのキャラからである」とは、記載した覚えが無い。
上記記述をしたのならば、それは誤りで在るが、投稿記録にはその記述が見当たら無い。
当方の言う由来とは、キャラクター性、パロディ、モチーフの由来で在り、どう考えても長谷川泰三と言う名前の由来が碇ゲンドウで在るはずが無い。
長谷川泰三と碇ゲンドウの関連に着いては、5感の作用を用いて直感的に理解出来る他、出典は複数存在する。
TUTAYA T-SITE アニメ「銀魂」に登場する「やり過ぎ!」とツッコミたくなるパロディー5選
2015年12月22日 (火) 19:00
http://top.tsite.jp/news/buzz/o/26906247/index
はにゃりも 銀魂 キャラレビュー一覧 > 長谷川泰三(マダオ) キャラレビュー 長谷川泰三(マダオ) キャラレビュー
http://kinoubi.net/hanya/g3/gintama-hasegawa.html
以上の様な出典に基けば、長谷川泰三が劇中に置いて行う特定の動作やそのキャラクター性の由来が碇ゲンドウに由来して居る事は、明らかで在る。
この事実は、五感の作用を通じても認識する事が出来、それは既に当方へのブロック申請に置いて画像、動画などを示し、簡潔に説明済みで在る。
登場人物の要約に置いては、「碇ゲンドウに由来するパロディを幾度も行っている」との表現にするか、そもそもこの様な記述が要約に必要な子ページの記述の重要な点で在るかは人に因り判断の異なる部分と言えると考え、当方自ら、一旦、記事の改善の為にその表現を削ったもので在る。
また、当方が加筆した多数の記事内容に置いて、当方へのブロック申請賛成者らは、記事内容における事実の記述を所定の手続きに依らず削除して居るが、この行為が方針:Wikipedia:編集方針#記事の改善を試みて下さい、但し慎重さも忘れずに(WP:PRESERVEERVE)等の違反行為で在る事は、当方へのブロック申請賛成者らの行った差し戻し編集への、当方の差し戻しのコメントにおいて指摘済みで在る。
第一、この様な事は、上記方針に従い、要出典タグを使用するとか、当方への会話やノートそれを問う行うべきで在ろうと思う。
当方のこうした編集姿勢は、方針:Wikipedia:編集方針#完璧でなくてもよいのです。編集を楽しんでください。(WP:IMPERFECT)に基く物で在る。
方針に基けば、記事内容は投稿時点において完璧で在る必要は無いし、記事内容の出典が記載されて居無くとも、直ちにその記述を除去する事は、慎重さを欠いた編集として方針違反と成る。
また、Wikipediaに置いては、記述された内容の出典を探して記述する事も、編集スタイルの一種として推奨されて居る。
つまり、当方は何らの方針・ガイドライン違反も行って居無いし、仮に何らかの違反行為が在ったとしても、量刑相場の問題として、それは無期限ブロックなどと言う死刑判決に等しい悪質な編集では無いと思われる。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月5日 (日) 01:10 (UTC)
Haruhi.Nからの回答(その2):
反論が無いので、以上の「回答その1」での当方からの指摘は、概ね正しい物と思われる。
管理ユーザー:アイザールが、どの様な事実認定、そして方針・ガイドラインの判断を行ったのかは、結局、現時点でも明らかにされて居無い為、今回の回答は端的に留める。
「艦隊これくしょん -艦これ-」の記事に置いて声優の一覧の除去を強行したとの指摘に付いて:
合意形成の無い編集強行との指摘で在るが、これは当たら無い。
以下はその理由で在る。
1、まず、Wikipediaに置ける合意形成(WP:CON)とは何かで在るが、これは回答その1で述べた様に、互いにその主張を裏付ける根拠(ソース)を示しながら意見表明を行う、一種の弁論で在り、根拠の無い単なる賛成・反対の意見表明は、無視され得る種類の物で在る。
2、艦隊これくしょん -艦これ-の記事内容に置いては、当方が編集に関わる以前より、ブラウザ版の説明内容として声優の節が在り、そこには出演声優の一覧が記載されて居た。
加えて、深海棲艦の節には、敵の種類の一覧として、ゲーム中に登場する深海棲艦の全てが、表スタイルに依り列記されて居た。
出典:艦隊これくしょん_-艦これ-#深海棲艦、艦隊これくしょん_-艦これ-#声優
3、コンピューターゲームの記事に置けるこの様な敵の種類の詳細な記述、出演声優の一覧の記述は、内容過剰、Wikipediaが何ではないかと言う観点からして相応しく無い内容として、既に合意形成されて居た。
出典:ガイドライン:Wikipedia:過剰な内容の整理、Wikipedia:過剰な内容の整理#過剰な内容に対しての対処法を決めたポータル・プロジェクト、プロジェクト:コンピュータゲーム/過剰な内容の整理、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアはマニュアル、ガイドブック、教科書、学術雑誌ではありません
4、ゆえに、当方は、既に合意形成された上記のWikipediaガイドラインに基き、艦これの記事内容から声優の一覧を除去する為、艦これのノート・ページに置いて、声優の一覧、敵の種類の一覧の様な内容過剰の問題の解決法として、除去後の要約の記述に付いての意見募集、艦娘や独立記事として別ページとする提案への意見募集を行った。
5、しかしながら、ノート・ページに置ける他編集者らの反応は最初から否定的で在り、特に反対を表明したユーザーらは、方針・ガイドライン上に根拠の無い私論を述べては反対するばかりであった。
これに対して、当方は、方針・ガイドラインをリンク、或いはその一部をコピー&ペーストして示し、Wikipediaの方針・ガイドラインこうで在ると解説した。
6、しかしながら、当方の度重なる方針・ガイドラインの解説に依っても、上記反対者らは意見を改める事は無かった。
7、最後に、反対者らの1人が、その主張内容が矛盾して居たり、その解釈が正しいと言う根拠の無い独自の見解(私論)に基いた物を述べたので、当方はその誤りを指摘した。
即ち、ガイドライン:合意形成#合意のレベルに定められて居る様に、「ある場所のある時点における限られた編集者グループでの合意は、より大きな規模のコミュニティの合意を無効にすることは出来無い」と言う事で在る。
つまり、記事のノート・ページの如き下位・小規模のコミュニティでの議論は、方針・ガイドライン等々の上位コミュニティで合意形成された内容に反する事は出来無い。
もし、仮にその様な合意形成が成されたとしても、ガイドライン上、その様な上位コミュニティで合意形成された内容に反する下位コミュニティでの合意は無効なので在るから、その合意形成には従っては成ら無いし、その様な合意形成に従わず、方針・ガイドラインに従って編集を行ったからと言って、これを方針・ガイドライン違反とする事は出来無い。
言い換えれば、結局、深海棲艦の一覧、声優の一覧の様な物は、方針・ガイドラインにおて不適切とされており、この結論は下位コミュニティ、つまり、ある場所のある時点における限られた編集者グループでの合意では変える事は出来無いので在って、艦これのノート・ページに置ける合意形成は、上位コミュニティに置いて内容過剰とされた物を除去すると言う方向でしか、ガイドライン上、有効で無い。
8、尚、艦これのノートページで2017年10月19日 (木) 01:00に成された上記の当方の主張には、以後、全く反論が無く、合意形成されたと言える合理的期間(1週間以上)が経過しても、この当方の指摘に対する反論は皆無で在った。
9、念の為、もう数日の間待って見ようと思い、当方はその間、銀魂の登場人物に付いての要約などを加筆して居た。
しかし、上記最後の主張から10日間以上が経過しても、反対者に依る反論は無く、不賛成者も居無いので、合意形成がはかられた状態と成った。
10、よって、9の事実、及び各方針・ガイドラインに基き、2017年10月30日 (月) 00:07時点で、当方は艦これのページから内容過剰で在る声優の一覧を除去した。
この様な経緯を踏まえての10の事実は、合意形成無き編集の強行には当たらず、何らの方針・ガイドラインには違反し無い。
むしろ、この様な方針・ガイドラインに従って過剰内容を除去した当方の様なユーザーを投稿ブロックする事は、方針・ガイドライン違反の事実が無いので在るから、投稿ブロックの方針に違反するので、当方への無期限ブロックは解除されるべきで在る。
以上、異論が在れば、方針・ガイドラインに基づいたその根拠を示し、提示して頂きたいと思う。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月9日 (木) 02:10 (UTC)
- 横から失礼 艦隊これくしょん -艦これ-の件ですが、何度も反対意見が出ているのに、同じ主張を繰り返しており、それが腕ずくで解決だという事です。貴方の理屈だと、相手が付き合いきれなくなるまで、何百回も同じ主張を繰り返せば、いつかは通るという事になります。そういう認識だからこそ、コミュニティを消耗させる利用者としてブロックされたのだと思います。コミュニケーション能力に著しく問題があるか、悪意があるか、どちらかだと思った人が多かったのですね。例えば『感情的なブロック依頼』という言葉は『印象操作』だと受け取られた訳です。『過剰内容を除去』と言われますが、貴方のそれは『規則主義』という事になります。あの記事の場合は、先のページからもリンクされている『Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい』が適用された結果です。貴方に悪意が有ったとは思いませんが、そう誤解されるような言動を繰り返していたのは確かです。『自身の言動で、どういったところが誤解されたのか』『誤解されないように、具体的にどう言動していくか』、仮に悪意(単純に意地になる事も含まれます)が有ったのであれば、『自身のどういったところが悪かったのか』『二度と繰り返さない為にどうするつもりなのか』を明言しなければ、貴方のブロックが解除されることはないでしょう。--119.224.172.178 2017年11月11日 (土) 11:30 (UTC)
- 横から失礼 どうも、Kokokokです。ブロックの件ですが、まず、方針やガイドライン違反云々の問題以前に、反対意見が度々出ているのにも拘わらず、貴方が自ら固執した意見を貫き通して、相手(いわば、この会話ページでコメントしている人達)の納得を得るまで、何度も何度も主張することが無期限ブロックの要因となっていることをご理解頂けておりますでしょうか。その上、「改行しないでください、見辛いです」という指摘を無視しているのも見られます。つまりは、対話拒否もその要因に含有されています。で、「無期限ブロックなどと言う死刑判決に等しい悪質な編集」とありますが、それは完全に無実です。無期限ブロック自体は追放でもなければ、懲罰でもありません。貴方がブロックされた理由が何であるかを把握し、それに基づいて、自分の何処がいけなかったのか、そして、二度とこのようなことをせずに、今後は規律ある編集をしていくためにどうするかを供述すれば、解除の余地は少なくともないことはありません。ですが、逆にそのことを理解せずに解除を無理矢理要請すると逆に悪夢を見ることになります。現況を鑑みると、解除の余地はないどころか、会話ページ編集が禁止されてしまうことの方の可能性が高いと言っても、過言ではありません。というか、相手の名前を敬称で呼ばないこと自体論外だと思うんですが... 一先ず、編集姿勢が方針やガイドラインに違反しているか否かというよりは、会話の態勢を改善することが先決でしょう。今のままでは、「コミュニティを消耗させる利用者」として、ブロック処置が継続されてしまうままです。その辺をもう1度お考えの上、意見を述懐して頂ければと思います。--Kokokok(会話) 2017年11月11日 (土) 16:28 (UTC)
- 横から失礼 あなたが何万バイトを費やしいかなる自己弁護をしたとしても、コミュニティの合意を翻し管理者が独断でブロックを解除することは99.999%ありえません(合意が成立していないという主張は「いかなる自己弁護」に含みます)。これだけは確かに言えることです。今までそのような解除が行われたことはありませんし、これからも行われることはおそらくありません。あまり強弁を繰り返すようであれば会話ページの編集権もなくなります。ではどうすれば解除されるか?あなた以外の誰かが解除依頼(こういうやつ[7])を出し、そこで解除すべきという合意が成立すれば解除されます。この方法で今まで何人も無期限ブロックが解除されており、今も活動しておられる方もおられます。どうすれば解除依頼を出してもらえるか、解除票を入れてもらえるかは自分で考えてください。時間はたっぷりあるはずです。自己弁護をして管理者にブロックを解除させるという「0.001%の道」を選ばれるのであれば、勝手にどうぞ。せいぜい無駄な努力をなさってください。--GodsGarden. [Talk|Contribution] 2017年11月11日 (土) 23:50 (UTC)
Haruhi.Nからの回答(その3):
三者三様に、色々な方がそれぞれ違った私見を述べられて居るが、当方としては、いずれの所論もそれが真実で在ると言う確信を抱く事が出来無い為、回答は見合わせる。
「もしかするとこうでは無いか」と言う様な、確定して居無い事実を前提にした質問への返答、つまり、仮定の質問への回答は後述の理由により控えさせて頂く。
どの様な解決すべき問題で在れ、当方が費やせる時間は無尽蔵では無いので、現実の事実判断に置いては、或る事実がそれを証拠と成る出典を提示して証明し無いならば、その事実は存在し無いと言って良いのだから、投稿記録を示してブロック理由を述べ、当方がそれに付いて反論・反証するのが、最も合理的な方法で在る。
詭弁の一種で在るストローマン論法を、自ら行う愚は避けたい。
また、これは解除ブロック理由の冗長化を防ぐ為でも在るので、ご了承願いたい。
当方が何故、管理ユーザー:アイザールに依って無期限ブロックと成ったか。
それは、無期限ブロックを決定した当の管理ユーザー本人が、説明責任の問題として、この場でそれを説明しさえすれば済む話では無いか。
効率性、合理性の上では、ブロックを決定した本人が直接、その理由を述べるのが簡単かつ合理的で在ろう。
投稿ブロックの方針は全部で18種類の類型が列挙されて居るが、この中で任意の3つを採る場合の組み合わせ数は、18C3で816通りで在り、もし6つ7つと増やせば、無限にも等しい数が導けてしまう。
真実が1つで在るのに対し、真実以外の仮定的事実は無限に存在し得るので在るから、「十分な論理性を有して居るのかも不明な他人の考えを自分で仮定し反証する」などと言う事を本当に実施すれば、当方は論理的で無い物、事実誤認を含め、考えられる限りのあらゆる仮定を想定し、その反証に無限とも言える労力と時間を費やさねば成ら無い事に成る。
この様な悪魔の証明の様なやり方は、効率的とは言え無い。
この問題は、チューリングマシンの抱える停止性問題と同一の構造を持って居るので、参照して頂きたい。
この様なやり方は、パスワードの総当たり攻撃(ブルート・フォース・アタック)の様に、処理が有限時間で完了すると言う或る程度の見込みが在ったとしても、極めて非効率的な方法で在り、労力と時間を無駄にする愚策と言えよう。
この様な処理の膨大さに付いては、以下の動画を参照されたい。
『フカシギの数え方』 おねえさんといっしょ! みんなで数えてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=Q4gTV4r0zRs
「フカシギの数え方」 同じところを2度通らない道順の数
https://www.youtube.com/watch?v=ge8vy4tc_kQ
また、当方が上記の様な方法を実施した所で、問題が解決する保証などどこにも無いので在るから、この様なやり方を採るのは、殊更、非効率的で在る。
よって、当方への方針・ガイドラインに違反した無期限投稿ブロックに付いて幾つかのコメントを頂いて恐縮で在るが、当方は管理ユーザー:アイザールに依って無期限ブロック理由と投稿記録が述べられるまで、既に回答した以上のコメントを行う積もりでは無い事を、各位に知って頂く必要が在ると思われる。
当方がその積もりで在る様に、コメントを頂いたユーザー各位においても、ブロック権限を行使した本人が説明しさえば済む当方のブロック理由の推論など書いて頂くより、もっと有意義な事に時間と労力を使われた方が宜しいのでは無いかと思う。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月12日 (日) 03:17 (UTC)
Haruhi.Nからの回答(その4):
上記で他ユーザーが当方の方針・ガイドライン違反を指摘する根拠として述べられて居るWikipedia:ルールすべてを無視しなさい(WP:IAR)で在るが、これは方針でもガイドラインでも無い、単なるWikipedia:私論で在る。
この様なWikipedia:合意形成を経て居無い私論、方針・ガイドラインに基づいて居無い独自の見解は、Wikipedia:投稿ブロックの方針に基いて居無ければ成ら無い管理ユーザーに因る投稿ブロックの権限行使、或いは編集議論に置いての合意形成の根拠足り得無い。
よって、私論:Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいに基づく投稿ブロック或いは合意形成には理由が無い。
そもそも、全体で1,083,430本と、百万を超える記事が存在する百科事典の管理・運営・編集に置いて、ルールを無くしてどの様に他ユーザーと共同作業などする積もりなので在ろうか。
この様な私論、Wikipedia方針を多分に誤解しており、他の方針・ガイドラインと矛盾した記述も在る。
当方は、この様な問題の多い私論:Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいが、ガイドライン化される事には反対で在る。
また、右私論の解説で在るWikipedia:ルールすべてを無視しなさい/解説には、以下の記述が在る。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
管理者権限の行使への適用は慎重に
「ルールすべてを無視しなさい」は、ある編集者がした行為を他の編集者が変更できることが前提となっています。しかし、管理者権限はコミュニティにより認められた一部の人しか行使できません。このため管理者権限を行使する場合にこのルールを適用するのは慎重にならなければなりません。もしも判断に迷った場合には、管理者権限を行使しない方が問題がおこる可能性が少なくなります。管理者にとって管理者権限の行使は義務ではありません。
もちろん、緊急性がある場合などに、コミュニティで十分時間をかけた合意形成をおこなうことができないまま、管理者の判断で権限行使が必要なこともあるでしょう。その場合、他の利用者から理由を聞かれたときには、説明しなければなりません。説明に「ルールすべてを無視しなさい」を持ち出してもかまいませんが、そのときには、その行動の背景(尊重したルールや援用した常識など)を記述する必要があるでしょう。
そして、コミュニティのユーザーも、管理者が無償のボランティアとして管理者権限を行使しているということを忘れないでください。むやみにこのルールだけを持ち出すのは、このルールの誤った使い方になります。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
やはり、Wikipedia:説明責任に付いては、果たさねば成ら無いとの私論で在る。
しかし、管理ユーザー:アイザールは、説明責任を果たして居無い。
投稿ブロック申請などをした当方への批難者は、当方が示した方針・ガイドラインに付いては、これを私論:Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいに基いて反論する一方、他方で、いざ説明責任に付いて問われると、管理ユーザー:アイザールがこれを果たそうとし無くても、このガイドライン違反の行為を何ら批難したりせず、黙認すると言う姿勢なので在る。
この様なルール(方針・ガイドライン、或いはその草案、及び私論)の適用解釈は、ダブル・スタンダード(二重規範)で在る。
この様に、当方の無期限投稿ブロックと言う1つの事案に対して適用しようとする1つの草案(Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい/解説)に付き、当方の糾弾者らは、相互に矛盾する異なった解釈を適用して居る。
この様な当方への批難者らの行為・主張は、矛盾挙動で在り、信義則に反するばかりか、方針・ガイドラインにしろ私論・草案にしろ、その主張として明らか矛盾と事実誤認が在り、論理則に反する。
当方への批難、そして管理ユーザー:アイザールに依るブロック理由が、私論:Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい/解説に基くと言うのなら、管理ユーザー:アイザールの態度もまた、それに基づくべきなので在る。
大体、ガイドライン:Wikipedia:過剰な内容の整理、Wikipedia:過剰な内容の整理#過剰な内容に対しての対処法を決めたポータル・プロジェクト、プロジェクト:コンピュータゲーム/過剰な内容の整理、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアはマニュアル、ガイドブック、教科書、学術雑誌ではありませんの様なルールが百科事典の編纂の上で真に邪魔で在り、自らに正当性が在ると言うのなら、当方が艦これのノート・ページでユーザー:はぬまんらに指摘した様に、上位コミュニティで合意形成を図り、ガイドラインを変更すれば良いだけの話では無いか。
以下、Wikipedia:ルールすべてを無視しなさい/解説から抜粋する。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
そのルールが本当に邪魔なら、ルールを変えていく
結局、複数の人が共同で作業する限り、ルールが必要です。ルールがあるがために、投稿者は協調しやすくなり、無用な論争を避けることができます。この「ルールすべてを無視しなさい」ルールをむやみに適用すると、あなたをめぐって様々な論争が起こるでしょう。あなたはその行為に対して説明しなければなりませんから、その対応に手間をとられてしまい、かえって快適な編集が出来なくなります。
あるルールが本当に邪魔で「ルールすべてを無視しなさい」を何度も適用しなければならないのならば、そのルールの変更をノートなどで提案してください。あなたの提案がウィキペディアの目的に合った良いものならば、きっと賛同者が集まり変更できるでしょう。ウィキペディアの項目すべてが不完全で改善を必要とするのと同様に、ウィキペディアのルールすべても不完全で改善が必要なものです。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
この様に、当方の論敵とも言える糾弾者らは、結局、方針やガイドライン、私論をその都度、自らの主張に有利に成る様、都合良く解釈し、その整合性など全く気にし無いので在るから、採るに足ら無い。
感情に基かず、論理則に沿った論理的な批難をして居ると言うのなら、1つの私論に対して、この様な複数の二重基準の適用や矛盾が起こるはずが無い。
同一の事柄に付いて、或いはWikipedia全体のルールの適用解釈として、それが矛盾して良いはずが無いので在るから、何をかいわんやで在る。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月13日 (月) 01:08 (UTC)
- コメント少し気になったこともあり、名前も出されていたので本来はここで発言するつもりはありませんでしたが指摘させていただきます。Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいは方針です。それもwikipediaの基本原則、精神の骨子たるWikipedia:五本の柱の一つです。ただ、その精神の性質上文面にまとめるのが難儀なものなのでこのような状態になっているだけでありその精神性そのものは合意された、尊重されるべきものです。貴方自身の言葉を借りればwikipedia全体の精神であると合意された「ある場所のある時点における限られた編集者グループでの合意は、より大きな規模のコミュニティの合意を無効にすることは出来無い」です。貴方個人という最小コミュニティで覆せるものではありません。
- ぶっちゃけ貴方の発言にはツッコミどころがいっぱいあります。ありすぎて書ききれませんし書いたところで聞いていただけないので書くことはしません。ただ、最後のこの文言にだけは言わせてください。「論敵とも言える糾弾者ら」。wikipediaに貴方の敵はいません。--はぬまん(会話) 2017年11月13日 (月) 04:37 (UTC)
Haruhi.Nからの回答(その5):
Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいは方針で在るとの、ユーザー:はぬまんの指摘は、誤りで在る。
「この文書はウィキペディア日本語版の方針やガイドラインとして提案中です。内容に関してノートページで議論を行っています」との文章が在る以上、これは未だWikipedia:合意形成の図られて居無い私論・草案で在る。
英語版など、他言語版には方針・ガイドラインとして存在する物も、日本語版に置いては存在し無い場合が在るので注意されたい。
別にユーザー:はぬまんに限られた事では無いが、「ツッコミどころがいっぱいあります」とは、当方の批判者の事では無いか。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月13日 (月) 12:44 (UTC)
- 分かりませんか、つまりWikipediaの基本の基本たるWikipedia:五本の柱が理解できない、守ることができないからあなたはブロックされるんです。それ以上でも以下でもありません、方針文書としての中身が練り切れていなくても精神性は合意されています。--はぬまん(会話) 2017年11月13日 (月) 14:22 (UTC)(追記)貴方が発言をすればするほど他の利用者との共同作業ができない利用者であると裏付けており、会話ページブロックへの賛同意見が増えているわけです。このような死体蹴りのような形になるため発言するつもりがなかったのですが、懸念通りの結果になり大変残念です。--はぬまん(会話) 2017年11月13日 (月) 15:08 (UTC)
Haruhi.Nからの回答(その6):
一読して分かる事では在るが、この場を借りて敢えて言わせて頂く。
ユーザー:はぬまん(会話)の主張は全て誤りで在り、的外れかつ失当で在る。
この様なユーザーの意見は、採るに足ら無い。
むしろ、根拠(ソース、出典)を示した他人からの指摘にも関わらず、こうした主張を繰り返す事が、Wikipedia:投稿ブロックの方針に置ける「コミュニティを疲弊させる行為」として、まさに方針・ガイドライン違反に当たる行為なので在る。
他のユーザー各位には簡単にお分かり頂ける事だが、ユーザー:はぬまんは、長年の活動歴にも関わらず、Wikipedia全体での議論に依ってWikipedia:合意形成が図られた方針・ガイドラインと、ガイドラインの草案を含む合意形成を未だ経て居無い私論の区別が、全く付いて居無い。
この様に、ユーザー:はぬまんは、自信過剰からか、独自の見解或いはルールや事実の誤った理解と判断で、誤りを反省する事無く、自説に拘り続け、自らの主張を繰り返すので在る。
艦これのノート・ページでも述べたが、ユーザー:はぬまんや、ユーザー:Knoppyなどの当方への批判者らは、カクレクマノミやソードアート・オンラインや艦これや銀魂に付いて、当方から指摘されても、独自の見解に基く根拠の無い誤ったストローマン的な主張を延々と続け、ユーザー間での様々なトラブルを引き起こし、コミュニティを疲弊させて居るのが、当方への投稿ブロック申請:Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.N等の嫌がらせが行われた発端で在る。
ユーザー:はぬまんの様なWikipediaの方針やガイドラインを全く理解して居無いユーザーが、もっともらしく自説を並べ立てて当方への投稿ブロック申請に置いて賛成票などを投じたり、当方が記事編集に置いて記述した事実の記載を、Wikipedia方針に違反して即時に差し戻したりして居るのだから、全く、その惨状は見る堪え無い。
入念に準備した上での渾身の一撃が、Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいが合意形成の完了したWikipedia方針で在るとの、上記主張なのだから、もはや論争にすら成ら無いので在る。
この様な事は、ユーザー:Knoppy
当方には、こうした方針・ガイドラインを理解し無いユーザーが次々に作り出す誤った主張=藁人形(ストローマン)の数々を、延々と切り捨て続ける積もりは無い。
はぬまんがWikipediaの方針・ガイドラインを全く理解して居無い事を示す為、以下、端的に解説する。
まず、Wikipedia:方針とは、何かで在るが、これはWikipedia:ガイドラインよりも強い拘束力を持ったWikipediaのルールで在り、全てのユーザーが従わ無ければ成ら無い物で在る。
Wikipedia方針には、その記事の上部に、下の様な{{Policy}}タグが貼られており、これに依り、その記事内容が方針で在るかどうかを識別する事が出来る。
この文書はウィキペディア日本語版の方針です。多くの利用者に支持されており、すべての利用者が従うべきだと考えられています。必要に応じて編集することは可能ですが、その変更はコミュニティーの合意を反映している必要があります。大きな変更を加える場合は、先にノートページで提案してください。
この様な、誰にでも分かる様な簡単な見分け方すら、ユーザー:はぬまんには出来て居無いので在る。
回答その5に置いて既に指摘したが、私論:Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいは、方針:5本の柱の内の最後の1つ「上の4つの原則の他には、ウィキペディアには、確固としたルールはありません」の適用解釈を述べた、私論・草案の類で在る。
その証拠に、ウィキペディアの方針は全てCategory:ウィキペディアの方針に記載されて居るが、ここにWikipedia:ルールすべてを無視しなさいの記載は無いし、当然、Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいには、{{Policy}}タグは貼られて居無い。
つまり、Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいは方針でもガイドラインでも無い、全体の合意形成が図られて居無い単なる私的解釈、独自の見解なので在る。
この様なWikipediaの方針・ガイドラインを誤った理解に基いて投稿ブロックなどを申請した結果、無実のユーザーを無期限ブロックなどにして居る。
はぬまんやKnoppyに依る当方への批難は、万事この様な調子なので在り、また、管理ユーザー:アイザールに依る、当方の投稿記録と言う事実証拠を元にしたWikipedia:投稿ブロックの方針に基く方針・ガイドライン違反の証明活動、即ちガイドライン:Wikipedia:説明責任も全く果たされる気配が無い。
現状は、か様な具合なので在るから、根拠の証明され無い、理由の付され無い当方への無期限投稿ブロックは、直ちに解除されるべきで在る。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月14日 (火) 00:57 (UTC)
お知らせ
[編集]会話ページ編集禁止を求めた依頼を提出しました。Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.N 条件変更。Haruhi.Nさんはブロックされていますので会話ページ以外編集できませんから、このページで自身の主張を述べることができます。--多摩に暇人(会話) 2017年11月12日 (日) 03:45 (UTC)
Haruhi.Nからの回答:
周知の様に、当方は既に管理ユーザー:会話の決定に因り、無期限投稿ブロックと言う措置を取られて居る為、Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.N 条件変更のページで主張を述べる事は出来無い。
よって、会話ページでの投稿ブロック申請に付き、以下、この場を借りて端的に当方の主張を述べる。
まず、会話ページでの投稿ブロック申請申請その物に付いてで在るが、却下すべきで在る。
その主な理由は2つ存在する。
1、ブロック申請者は、当方をコミュニティを疲弊させる者と批難するが、これは当たら無い。
「当方が当方の会話ページ、或いは各記事のノート等に置いてコミュニティを消耗させて居無い事」は、積極的な証明には馴染ま無い消極的事実で在るから、当方にその主張の証明責任は無い。(悪魔の証明#消極的事実の証明も参照)
当方のブロック解除申請の内容は、管理ユーザー:アイザールの事実・ルール判断の誤り、説明責任の放棄と言う、方針・ガイドライン違反を指摘する物である。
管理ユーザー:会話が、当方を無期限投稿ブロック措置とした理由中の事実判断として、当方の投稿記録を示し、それが何の方針・ガイドラインに違反して居るのを示して当方の編集姿勢の誤りを指摘し、それが事実判断としてもルールの適用解釈としても正しいとするならば、当方としてはそれに付いて反省し、謝罪を行う気が無いでは無い。
管理ユーザー:アイザールが、当方への無期限投稿ブロックに付いて、その事実とルールの適用解釈、量刑相場の全てが方針に則(のっと)っており、誤りが無いと主張するならば、当方からブロック解除申請が出されて居る以上、それを説明する事は容易なはずで在る。
現在においても何らそうした主張をし無いと言う事は、言わば当方の解除申請を認諾・自白する行為と言える。
この節のすぐ上に書かれて居る当方のブロック解除申請から十分な合理的期間が経過して居る現在時点をもってしても、その自らの管理権限行使に関して、管理ユーザー:アイザールからは何らの説明、釈明も無い。
この様な事はWikipedia:説明責任の放棄で在り、ガイドライン違反で在る。
もしこれが現実の裁判所に置ける訴訟事件ならば、民事訴訟で在れ、刑事訴訟で在れ、一方の当事者からは何らの主張・立証も無いとして、完全に敗訴を言い渡すべき事案で在る。
特定の事実とルールの適用解釈が在ると言うのなら、誰であろうと、説明責任としてそれを主張・立証するべきなので在る。
管理ユーザー:アイザールに置いては、当方の行った方針・ガイドライン違反行為、それを投稿記録をもって提示し証明して頂か無ければ、具体的な事実を元にした謝罪などし様も無い。
アイザールが上記の証明活動をし、当方が納得する様な説明が無ければ、方針・ガイドラインに基いて各記事の編集を行って居た当方の立場としては、謝罪は行え無い。
2、当方が当方の会話ページに置いて他ユーザーを疲弊させて居ると言う批難に付いてで在るが、これに付いては、ごく端的に反論する。
他ユーザーの会話ページの閲覧は義務では無いのだから、もしそこに疲弊を感じたので在れば、当方の会話ページを見無ければ良いだけの話では無いか。
ブロック理由はブロック権限を行使した当人(アイザール)しか知り得無い事なので在るから、他ユーザー各位において、わざわざ推論を提示して頂く事は無いで在ろうと思う。
ゆえに、上記2つの理由に依り、この様な会話ページでのブロック申請は、方針:投稿ブロックの方針に基く理由の証明が無く、また、記事では無くユーザーの会話ページで在る事からブロックの必要性が無いか希薄で在るので、却下されるべき事案で在る。
--Haruhi.N(会話) 2017年11月13日 (月) 00:37 (UTC)
- 「Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.N 条件変更」における審議の結果、本会話ページについて認められていた利用者:Haruhi.N氏の編集権限は無期限停止されました。なお、上記Haruhi.N氏の「反論」ですが、最初の措置が「Wikipedia:投稿ブロック依頼/Haruhi.N」における審議に基づいて行われていることは明白ですから、措置を行った管理者が、対象者に対して改めてブロック措置の根拠を提示する必要は全くありません。Haruhi.N氏は、その事実を直視せず、「説明責任が果たされていない」と事実無根の主張を行っているというのが、Wikipedia コミュニティの判断です。
- Haruhi.N氏が使う、難しい、あるいは堅苦しい言い回しは、一見、まともなことを言っているように見せかけることができます。Haruhi.N氏の言い分を、その言い回しによる虚飾を剥ぎ取って簡単に言えば、「自分は悪くない。さっさとブロックを解除しろ」これだけです。--森藍亭(会話) 2017年11月17日 (金) 14:32 (UTC)