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パングロス

名もなく貧しく美しくのパングロスのレビュー・感想・評価

名もなく貧しく美しく(1961年製作の映画)
4.8
◎CivilWarの対極 Minority へのhumaism に号泣

1961年 東京映画 東宝配給 モノクロ 113分*
シネスコ *オリジナルは128分 アメリカ公開
に際してエンディングを再編集したバージョン
他にも開始52分後から4分間欠落あり

竜光寺住職(松本染升)の息子で最初の夫であった真悦(高橋昌也)を病気で喪い、母たま(原泉)のもとに戻された秋子(高峰秀子)が、聾学校の同窓会で出会った道夫(小林桂樹)から猛アプローチを受け、彼女もその想いを受け止めたあたりから、温かい涙が自然とこぼれ、終盤近くには嗚咽を抑えるのに往生するほど感情を揺さぶられた。

ちょうど前夜、米大統領選の結果に落ち着かない気持ちのまま『シビル・ウォー』で、人間性が喪われた地獄図を観せつけられたからかも知れない。

【以下ネタバレ注意⚠️】







本作について、偽善的だとか、ヒューマニズムの押し売りだとか、お涙頂戴だとか指摘する向きがあるようだ。

確かに、高峰秀子演ずる聾者である主人公秋子に対して、彼女を邪魔者扱いして「悪徳」の道に走る姉信子(草笛光子)や弟弘一(沼田曜一)の描き方、作中での機能のさせ方が、あまりにも図式的で人間として描かれていないなどの限界は指摘できる。

だが、むしろ正直ショックを受けたのは、当時はまだ、「ツンボ」「オシ」「カタワ」「不具者」などの言葉が当たり前のように使われ(それも「他者が」だけでなく「彼ら自身も」使うのだ)、その対象となる人びとに対して、(今で言う)健常者たちが平然と差別的な言辞を投げかけて可笑しいと思わなかった現実の描写だった。

それらの言葉が発話されるだけで、どんなにか、その名指された人びとの心に深い傷を与えたことか。

今ではもう、それらの言葉どもは、ワープロソフトやスマホの漢字変換でも全てハネられてしまう。
そもそも用語として登録されていないからだ。

もちろん、障がい者に対して公然と差別的な言辞を弄するような人は今ではいない。
‥‥いたら、その発言者の方がどうかしていると不審の眼で見られるのが現代という時代だからだ。

我われの社会は、この50年余りの間に、こんなにも「進歩」していたのだ、との想いに至ったとき、両眼から涙が溢れ出て止まらなくなった。

この社会もあながち捨てたもんぢゃなかったんだ‥‥

本作は、まごうことなくヒューマニズムに立脚した名作だ。

もちろん映画として拙い部分や雑なシークエンスもなくはない。

しかし、一貫して聴覚障がい者である秋子と道夫の心に寄り添い、彼らの人間性に全幅の信頼を置いて作られた善意の作品であることは疑いようもない。

今回観始めて再見であることに気づいたが、今回のエンディングは、最初の寺の息子と結婚していたときに秋子が引き取ろうとした戦災孤児アキラが立派に成長して、それも若大将加山雄三となって再会しに来るという、ドリーミングなハッピーエンドで終わるバージョンだった。

オリジナルは、秋子が交通事故死するエンディングだったそうで、それなら、最近よく言われる「主人公の女性を死なせる悲劇の常套手段」の濫用の誹りを本作も免れないのかも知れない。

しかし、ハッピーエンド・バージョンは悪くなく、苦労を重ねた秋子に、我が子の成長と、最初に育てたいと願った孤児との再会とで明るい未来が約束されたことに充分納得できた。

敵としての大統領の命は奪えたかも知れないが、それさえ最悪の絶望の続きとしか思えなかった『シビル・ウォー』に対して、本作は、障がい者というマイノリティを堂々主人公に据えて、彼らの前に立ちはだかっていたバリアの実態や差別の酷薄さを描き出し、その克服の方向性を指し示すことに成功している。

なお、作曲家林光について、彼が主宰した「こんにゃく座」などの活動を含めて私は必ずしも良い聴き手ではないが、本作の音楽は林特有のホンワカとした豊穣さを感じさせ、作品の描くヒューマニズムの世界を膨らませている。

気になることがあるとすれば、終盤で、道夫が「自分たちはお金がもっと欲しいとか政治的なこととかには目を瞑り、ひたすら普通の人に負けない生き方ができるように頑張って来た」と述懐するあたりの「政治的なこと」に関する言及と、加山雄三が来ていた制服が自衛隊員のそれだとの指摘がある(未確認)あたりだろうか。

特に問題となるとしたら前者で、タイトルの「名もなく貧しく美しく」とともに本作自体が体制迎合型の通俗道徳を強化する役割を担ってしまう危険性について認識しておく必要があるかも知れない。

しかし、仮にそれらが本作の瑕瑾になり得たとしても、十二分に歴史的な意義を担った作品であることは間違いない。

《参考》
*1 「名もなく貧しく美しく」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 名もなく貧しく美しく
1961年1月15日公開、128分
moviewalker.jp/mv19984/

*3 屋根裏のフランス
『名もなく貧しく美しく』(1961年)
2010/09/26 07:37
dupleix5.blog49.fc2.com/blog-entry-12.html

*4 人生論的映画評論 2011年5月29日日曜日
名もなく貧しく美しく('61) 松山善三
zilge.blogspot.com/2011/05/61.html?m=1

*5 日本映画ブログー日本映画と時代の大切な記憶のために
名もなく貧しく美しく(1961)
2011-12-29 07:07:29
ameblo.jp/runupgo/entry-11120175836.html

*6 日本映画の鉄道シーンを語る
374.名もなく貧しく美しく 山手線
2022/10/29 17:11
tetueizuki.blog.fc2.com/blog-entry-391.html?sp

*7 名もなく貧しく美しく 1961 東宝東京製作
Slopfreak
2023年7月19日 16:36
note.com/tigerace/n/n8129a2814d6f

*8【古典邦画】「名もなく貧しく美しく」
TOMOKI
2024年4月11日 11:55
note.com/tomoki1014s/n/n62ebc85076f3

*9 「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年8月号 大杉豊
1000字提言 「歴史と想像力」その3
~「名もなく貧しく美しく」から「ゆずり葉」へ~
www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n325/n325016.html

《上映館公式ページ》
京都文化博物館
生誕100年 高峰秀子 銀幕に生きる
2024.10.8(火) 〜 11.8(金)
会場: 3階 フィルムシアター
www.bunpaku.or.jp/exhi_film_post/20241008-1108/
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