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特集「マグネシウム合金の信頼性評価手法に関する最新研究動向」:解説 軽金属 第 74 巻 第 2 号(2024),60–65 DOI: 10.2464/jilm.74.60 マグネシウム合金のガルバニック腐食 中津川 勲 Journal of The Japan Institute of Light Metals, Vol. 74, No. 2 (2024), 60-65 © 2024 The Japan Institute of Light Metals Galvanic corrosion of magnesium alloys Isao NAKATSUGAWA Keywords: magnesium; galvanic corrosion; aluminum; steel; CFRP 独の腐食は Mg 母相と不純物や金属間化合物とのミクロガル バニック腐食と考えることもできる。 2. 2 ガルバニック列 ガルバニック腐食の挙動は海水中での金属材料の自然浸漬 1) 電位を順に並べたガルバニック列 よりうかがい知ることが 1. は じ め に マグネシウム(以下,Mgと略)合金の大気中での耐食性は 亜鉛と同程度である。しかしながら,腐食環境中で他の金属 や炭素繊維複合材料(CFRP)等と接触すると,その低い腐食 できる。2 つの腐食電位の異なる金属が接する(例えば鉄と 電位のために Mg が負極(アノード),接触材料が正極(カ 銅)と,腐食電位の低い金属(鉄)がアノード,高い金属 ソード)となるガルバニック腐食を被りやすい。ガルバニッ ク腐食はマルチマテリアルによる軽量化の際に避けられない (銅)がカソードとなり,接触前と比較して前者の腐食が加速 し,後者の腐食は抑制される。Mg 合金の腐食電位は約−1.6 現象である。その挙動を理解し,適切な防食設計を施すこと V(SCE 基準)であり,他材料とかけ離れて低い。ゆえに, で,Mg 合金を社会に広く役立たせることができる。 Mg 合金は異種材と接すると常にアノードとなり,腐食が加 本稿では最初に Mg 合金のガルバニック腐食の基本現象を 速される。ただし,より上位にある金属との接触がガルバ 述べる。次いで,同じ軽量金属材料であるアルミニウム(Al) ニック腐食をより加速するというわけでは必ずしもなく,式 合金とのガルバニック腐食を中心に説明し,他の材料とのガ (2)および式(3)の反応しやすさにも依存する。とりわけ式 ルバニック腐食についても触れる。最後に,数値解析に基づ (2)の反応は金属の種類や表面状態により異なる。大まかな くガルバニック腐食のシミュレーションの現状を紹介する。 目安として金属の融点が高いほど,式(2)の反応が生じやす 2. ガルバニック腐食の基礎 2) い 。例えば,銅とすずの腐食電位はほぼ同じ−0.3 V(SCE 基準)程度であるが,Mgとのガルバニック腐食では銅が腐食 2. 1 腐食反応 をより加速する。Mg 合金の主要添加元素である Al および亜 Mg 合金は湿潤環境下で塩化物イオン等の腐食性イオンが 鉛の融点は Mg に近く,腐食電位も Mg に近い。よってガルバ 共存すると,次の電気化学反応により腐食が進行する。 ニック腐食の影響も鉄鋼と比べれば軽微となる。 2+ アノード反応:Mg → Mg +2e (1) 2. 3 分極曲線によるガルバニック腐食の記述 式(1)および式(2)の反応が活性化支配である場合,反 カソード反応:2H 2O+2e → 2OH +H 2 (2) 応を生ずる電極電位 E と電流密度 i との関係は式(4)に示す 電位−電流曲線(分極曲線)で記述できる。 H 2O+1/2O 2+2e → 2OH (3) 2+ アノード反応では Mg が 2 価の陽イオン Mg として溶解す る。そこで発生した電子を消費するのが式(2),式(3)のカ ソード反応であり,生ずる場所がカソードとなる。Mgの腐食 電位は水の安定領域より低く,式(2)の水素発生反応が主体 となる。ただし Mg 表面はカソードサイトとしてはあまり活 性ではなく,多くの場合 Fe 系不純物や Al-Mn,Mg 2Cu 等の金 属間化合物がミクロカソードとして働く。ゆえに Mg 合金単 i = io exp( azF | E − Eo |) RT (4) ここで io:交換電流密度,a:透過係数,z:イオン価,F: ファラデー定数,Eo:標準電極電位,R:気体定数,T:温度 である。また逆反応は無視している。Mgが単独で腐食する場 合は図 1 (a)のようにアノード反応・カソード反応一対の細 い点線で示す分極曲線の重ね合わせで示すことができる。交 国立研究開発法人産業技術総合研究所 マルチマテリアル研究部門 軽量金属設計グループ(〒463-8560 愛知県名古屋市守山区桜坂 4 丁目 205) Multi-Material Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology(4-205, Sakurazaka, Moriyama-ku, Nagoya-shi, Aichi 463-8560) E-mail: i.nakatsugawa@aist.go.jp 受付日:2023 年 7 月 10 日 受理日:2023 年 8 月 3 日 J. JILM 74(2024.2) 61 点が腐食電位 E corr および腐食電流 i corr に相当する。実際に電 気化学計測装置で測定されるのは,両者の和の絶対値である 実線で示す曲線である。(a)の太い点線で示される直線勾配 部分(Tafel 領域と呼ばれる)を抜き出したのが(b)であり, Evans 図とも呼ばれる。Evans 図は腐食における材料や環境等 の変化が E corr と i corr に及ぼす影響を理解するのに都合が良い。 ガルバニック腐食は,図 2 のようにマクロアノード(A)にお けるアノード分極曲線と,マクロカソード(C)のカソード 分極曲線の重ね合わせで記述できる。A に注目すると,接触 に伴い,腐食電位が E corr.A → E gal.,腐食電流が i corr.A → i gal.A(= i corr.A+i gal.)のように変化する。E gal. およびi gal. はそれぞれガル バニック電位およびガルバニック電流と呼ばれる。ガルバ ニック腐食においては多くの場合 i corr.A<i gal. となるため,i gal. の挙動からガルバニック腐食を評価することが多い。なお図 には示してないが,接触の結果,それぞれのペアの反応(A のカソード反応,C のアノード反応)は抑制される。ただし, Mg 合金の場合は本来なら減少すべき式(2)のカソード反応 も加速される。この現象は Negative Difference Effect(NDE) あるいはAnomalous Hydrogen Evolutionとして知られ,その原 因について(i)皮膜の破壊によるカソード面積の増大, (ⅱ) + Mg イオンの存在, (ⅲ)Fe系不純物の溶解と再析出等の点か 3) ら議論されている 。式(2)の反応を考慮した i gal. と i gal.Mg と の関係は 3.2 節で述べる。 2. 4 ガルバニック腐食関係の産業規格 ガルバニック腐食に関する主要規格として前述のガルバ ニック列を記した ASTMG82-98(2014)や MIL-STD-889 (B, C)がある。最近,後者の規格が全面的に改訂されて MIL4) STD-889Dとなった 。本規格では,上記の分極曲線の重ね合 わせから求まる腐食電流を判断の指標としている。これによ り 2.2 節で説明したガルバニック列の曖昧さがなくなり,よ り定量的な判断が可能となる。軍装部品の,とりわけ海上に おける使用を想定しているため,Mg 合金に関しては素材で の使用禁止,表面処理が必須とされている。日本産業規格 (JIS)には JIS T0305「擬似体液中での異種金属間接触腐食試 5) 験方法」 があり,ガルバニック対を用いたガルバニック電位 お よ び 電 流 の 測 定 方 法 を 記 載 し て い る。こ の ほ か ISO 7441:2015,ASTM G71-81 (2019),ASTM F3044-14 が 存 在 す る。 3. Al 合金 /Mg 合金のガルバニック腐食 3. 1 基本現象 Al 合金は Mg 合金に次ぐ軽量金属材料であり,マルチマテ リアルとして最適な相手材である。ガルバニック腐食も後述 の鉄鋼/Mg合金と比べて軽微である。ただしNDEに加え,Mg 6), 7) 合金のみならず,Al合金も腐食することが知られている 。 Mg との接触に伴い,Al 表面で式(2)のカソード反応が進 行する。 2H 2O+2e → 2OH +H 2 (2) この結果,H 2 が発生するとともに表面がアルカリ性になる。 すると,両性金属である Al は次式の反応により溶解する。 Al+4H 2O+e → 2H 2+Al(OH) 4 8) (5) 式(5)の反応は「カソード腐食」 とも呼ばれ,アルカリ溶 液中の Al の溶解反応に相当する。式(5)に従うと 1 mol の Al の溶解により 2 mol の水素が発生することになる。カソード 9) 腐食現象は亜鉛においても生ずる 。ただし亜鉛の腐食電位 は Al 合金より更に Mg 合金に近く,式(2)の反応も生じにく いため,ガルバニック腐食の程度は低い。 3. 2 塩化物濃度の影響 塩化物イオン(Cl )は金属の耐食性を低下させる典型的な 腐食性イオンである。図 3 に異なる NaCl 濃度の溶液中に浸漬 した AZX611 マグネシウム合金のアノード分極曲線および A6N01(A6005C)アルミニウム合金のカソード分極曲線を示 7) す 。AZX611 の場合,濃度 0.09M 溶液以下にて屈曲点を示す 擬不働態化挙動が認められる。しかしそれ以上の濃度では単 調な増加曲線を描き,高電流側にシフトしていく。A6N01 の 場合,いずれの濃度においても勾配が−110mV/decadeのTafel 領域が認められる。図2に示したように,両曲線の交点が,そ のNaCl濃度における両金属対のガルバニック電位E gal. および ガルバニック時の腐食電流 i gal. Mg に相当する。交点は右下に 低下しており,図 4 のEvans図に示すように塩化物イオンの増 大がアノード反応を促進すると解釈できる。図 5 にはガルバ ニック対を用いてガルバニック電流 i gal. の時間変化を測定し た結果を示す。試験初期に急激に上昇し極大値を示してい る。この挙動は AZX611 の酸化皮膜が破壊され,活性なア 10) ノードおよびカソード面が露出するためと考えられる 。 NaCl 濃度が低い場合はピーク値を示した後に急激に減少す るが,高濃度ではピーク値が高く,減衰の程度も低い。図 6 に AZX611 (Mg)および A6N01(Al)の単独浸漬,およびガル バニック状態の腐食電流(i corr.(Mg,Al), i gal.(Mg,Al))のNaCl濃度依 存性を示す。単独浸漬の場合,AZX611は図3にて擬不働態化 挙 動 が 消 失 す る 0.1 mol/l 付 近 か ら 腐 食 が 検 出 さ れ る が, A6N01 は高濃度でもほとんど腐食していない。これがガルバ ニック状態ではAZX611およびA6N01ともにいずれのNaCl濃 度下でもおよそ 10 倍に増加している。ガルバニック電流 i gal. の平均値 i gal.ave. とガルバニック状態の腐食電流との間には igal.ave. = igal.Mg − igal.H2 ( Mg ) = igal.Al − igal.H2 ( Al ) (6) (7) 11) が成立する 。ここで igal.H2 ( Mg ) および igal.H2 ( Al) はそれぞれAZX611 および A6N01 表面から発生する水素発生電流である。式(6) の関係は前出のNDE現象に由来する。A6N01のカソード腐食 においても同様な関係が成立するのは興味深い。Mg 合金の 場合 i gal.ave./i gal.Mg=0.5〜0.6 であり,この値は Mg 空気一次電池 12) の Mg 負極の電流効率 にほぼ一致する。 3. 3 カソード/アノード面積比の影響 ガルバニック腐食においては,相手材との組み合わせに加 13) え,カソード/アノード面積比が重要な因子となる 。面積比 が大きいほどより小さなアノードに電流が集中して腐食され ることになり,ボルト締結した塗装部等,小面積アノードが 露出しやすい場合に問題になる。 図 7 に A6N01/AZX611 ガルバニック対において,面積比を 14) 0.25,1.0,4.0に変化させた場合の走査振動電極(SVET) に 15) て得られた平面電流分布を示す 。A6N01 では負の電流, AZX611 では正の電流が検出される。前者では電流分布が比 較的均一であるが,後者では電流が局部的に高い箇所が認め 軽金属 62 74(2024.2) 図 1 分極曲線による腐食現象の記述,(a)腐食電位と腐食電 流の関係,(b)Evans 図 図 4 Evans 図を用いた A6N01/AZX611 ガルバニック腐食にお ける NaCl 濃度の影響の解釈 図 2 分極曲線を用いたガルバニック腐食の記述 図 5 A6N01/AZX611 ガルバニック腐食におけるガルバニック 7) 電流の時間変化 図 3 異なる NaCl 濃度における A6N01 のカソード分極曲線と 7) AZX611 のアノード分極曲線 図 6 A6N01 と AZX611 の単独浸漬,およびガルバニック状態 7) における腐食電流の NaCl 濃度依存性 図 7 異なる面積比の A6N01/AZX611 ガルバニック対における SVET 電流分布,(a) 0.25,(b)1.00,(c)4.00 15) J. JILM 74(2024.2) られる。これはA6N01のカソード腐食が全面腐食であるのに 7) 対し,AZX611の腐食は局部的に進行するためである 。試験 後の腐食生成物を除去した試験片表面のプロファイルは電流 分布の結果とよく対応していた。腐食電流およびガルバニッ ク電流とカソード/アノード面積比の関係を図 8 に示す。添字 a,c は 各 々 AZX611,A6N01 を 示 す。面 積 比 が 高 い ほ ど AZX611 の腐食電流は増大しているが,面積比が 10 倍になっ ても増加はおよそ 2 倍に留まる。この挙動は他のガルバニッ ク腐食,例えば Cu/Al ガルバニック腐食とは大きく異なる。 Cu/Al の場合,面積比が 10 倍になると Al の腐食速度は 5 倍以 16) 上となる 。この理由は,他の金属のほとんどのカソード反 応が式(3)であることに関連する。上記の結果より,Al 合 金/Mg 合金におけるカソード/アノード面積比の増大はそう 厳しい結果をもたらさないことがわかる。他方,カソード/ア ノード面積比の減少は Cu/Al ガルバニック腐食では際立った 変化がないが,Al 合金/Mg 合金では Al 合金部の腐食が加速さ れる。 3. 4 Mg 合金種類の影響 汎用Mg-Al系合金においては一般的にAl濃度が高いほど耐 3) 食性が向上することが知られている 。これはMg 17Al 12(β)相 のネットワーク状析出による母相(α)の保護,母相中の Al 濃度の増大,Al リッチな酸化皮膜の形成等から説明される。 一方,Al 濃度の増加は腐食電位を低下させる。その結果,ガ ルバニック腐食時には単独腐食時とは異なる挙動を示す。 固相接合法である爆発圧接法を用いて AZ31,AZ61,AZ80 マグネシウム合金とA6005(A6N01)との接合材断面の腐食挙 17) 動を調査した 。その結果,Mg 合金中の Al 濃度の増加に伴 い,腐食減量は増加した(図 9)。この挙動は Evans 図を用い 18) て図 10 のように説明される 。AZ31をMg1,AZ80をMg2と する。単独腐食時のそれぞれの腐食電位と腐食電流は(E cor. Mg1,I cor.Mg1)および(E cor.Mg2,I cor.Mg2)である。ここで,E cor. Mg1>E cor.Mg2,I cor.Mg1>I cor.Mg2 である。これらがA6005と接触する ことで,それぞれ(E gal.Mg1,I gal.Mg1)および(E gal.Mg2,I gal.Mg2) に変化する。Mg2 のアノード分極曲線はより低い電位で A6005C のカソード分極曲線と交差する(E gal.Mg2<E gal.Mg1)た 図 8 A6N01/AZX611 ガルバニック腐食における腐食電流およ びガルバニック電流に及ぼすカソード / アノード面積比 15) の影響 63 。 め,接触時の腐食電流はMg1より大きくなる(I gal.Mg2>I gal.Mg1) 9%Al 合金である AZ91 の場合には,試験初期には AZ80 より もさらに大きなガルバニック電流を示すが,時間とともに急 激に低下し,かつガルバニック電位も上昇する。これはいっ たん溶解・生成した Al 含有酸化物皮膜が障壁となって後続 の溶解反応を抑制するためである。ガルバニック腐食を含 め,腐食反応は時間依存性を有することが多く,注意を要す る。 3. 5 Al 合金種類の影響 Al 合金は組成によって耐食性が異なる。一般的に A5000, A6000 系と呼ばれる Al-Mg 系合金は耐食性が良く,Cu を含む 19) A2000 系合金は耐食性がやや劣るといわれる 。図 11 に 1mass%NaCl溶液中の純Al(5N),A1070,A6005Cの各カソー ド分極曲線と AZX611 のアノード分極曲線を示す。Al 合金の 腐食電位は A6005C< 純 Al<A1070 の順である。ただし同じ電 位での純 Al のカソード電流は A6005C に比べて約 1 桁小さい。 AZX611 との交点での腐食電流は純 Al<A6005C<A1070 とな る。これより純 Al と AZX611 とのガルバニック腐食はほとん ど生じず,A1070 とではもっとも大きいことが予想され,実 際の試験結果もこれを裏付けていた。A1070 において腐食が 大きくなるのは,合金中に Fe を 0.17% 含み,これがカソード 20) 溶解を促進するためである 。A6005CはFe,CuおよびMnを 同程度,そして Mg を 0.5% 含む。Cu は Al-Cu 系化合物がミク 6) ロカソードとして機能する が,Mn は Al-Fe-Mn 系化合物を 形成し,Fe のカソード特性を抑制する。さらに Mg は上記化 20) 合物の Al 合金表面上への再付着を抑制する 。Al-Mg 系合金 が Mg 合金とよい適合性を示すため,Mg 合金部材を鋼製ボル トで締結する際のガルバニック腐食対策に A5000 系径ワッ 13) シャが利用されることがある 。 4. その他材料と Mg 合金のガルバニック腐食 4. 1 組成の異なる Mg 合金とのガルバニック腐食 3.4 で述べたように Mg 合金はその種類によって腐食電位が 異なる。Mg-Al-Zn 系合金の 0.1MNaCl 溶液中での腐食電位は 3) −1.6〜−1.4 V(SCE 基準)と幅がある 。ゆえに腐食電位が 離れた Mg 合金同士を接触させるとガルバニック腐食を生ず る。この現象は Mg 合金同士の溶接・接合時に問題となる。 図 9 爆発圧接した A6005C/ 各種マグネシウム合金接合体断面 17) の腐食減量 軽金属 64 Mg 合金を TIG または MIG 溶接する際,母材よりも Al 濃度が 21) 高い Mg 合金を溶加材に用いると溶接界面が腐食する 。母 材と溶加材の組成を同じにすれば溶接部の腐食を防止でき る。 4. 2 鉄鋼材料とのガルバニック腐食 鉄鋼材料とは激しいガルバニック腐食を生ずることはガル 22), 23) バニック列からも明らかであり,いくつかの報告例がある 。 しかし実際には亜鉛めっき鋼(GA)板などの表面処理鋼板が 相手材であることが多い。AZ91D合金と各種表面処理を施し た SPCC 材との大気暴露試験下でのガルバニック腐食が報告 24) されている 。未処理材や溶融 Al めっき材では AZ91D が激 しく腐食したが,ダクロ 780 処理(クロメート系処理)材と の腐食はわずかであった。 自動車のフロントフードに Mg 合金を適用した場合を想定 25) した際のガルバニック腐食試験が報告されている 。AZ31 板とGA板とをセルフピアスリベット(SPR)で接合した塗装 試験体をサイクル腐食試験で評価した結果,接合面や GA 材 端面をシールすれば 300 サイクル後でも軽微な腐食に留まっ た。 4. 3 CFRP とのガルバニック腐食 炭素(C)は貴な電位を有するため,ほとんどの金属にお いてガルバニック腐食を引き起こす。本ガルバニック腐食は CFRP 中の炭素繊維の配向,樹脂の種類,内包する欠陥,環 26) 境等に依存する 。CFRP/Mg合金のガルバニック腐食が報告 74(2024.2) 図 10 Evans 図を用いた A6005C/ 各種マグネシウム合金ガルバ ニック腐食に及ぼすマグネシウム合金種類の影響の解 18) 釈 27), 28) されている 。CFRPとAZ31の0.9 mass% NaCl+0.1 mass% CaCl 2+0.075 mass% NaHCO 3 溶液中の分極曲線を図 12 に示 27) す 。図中, 「Ground」とあるのは CFRP 表面を研磨して炭素 繊維を露出させた場合である。未研磨 CFRP の場合,両者の 分極曲線の交点である電位はAZ31の腐食電位とほぼ同じで, ガルバニック電流 I g は分極曲線の Tafel 外挿法から求まる AZ31 の腐食速度 I corr より小さい。よってこの状態ではガルバ ニック腐食は生じない。研磨した CFRP の分極曲線は全体に 高電流側にシフトする。そして−1.3 V あたりから分極曲線 の勾配が変化するが,これは式(3)の反応に加えて式(2) の反応が活発になるためである。この結果,分極曲線の交点 ' は右上にシフト,I corr<I g となり,ガルバニック腐食を生ず る。このように,CFの露出程度によってもガルバニック特性 は大きく異なる。CFRP を AZ31 または A5754 を摩擦撹拌ブラ インドリベットで接合した場合,CFRP/AZ31 は AZ31 露出面 28) が激しく腐食した 。CFRP/A5754 の場合は露出面の腐食は 軽微だったが,両者の隙間部が選択的に腐食した。後者の場 合,隙間部がアルカリ性となるため,両性金属である A5754 が腐食する。一方AZ31を含むMg合金はアルカリ性で安定で あるため,隙間腐食は生じにくい。 5. ガルバニック腐食の数値モデリングとシミュ レーション 腐食現象は,電気化学,金属組織学,化学平衡論等さまざ まな要素をもつ複雑系であり,かつ偶発的要素を含むため, 現象全体の数値モデル化は容易ではない。しかしガルバニッ ク腐食のようにアノードとカソードを分離できる場合,物質 移動や電気化学反応等を表す複数の基礎方程式を同時に解析 する連成解析(マルチフィジックス解析)が可能となる。 29) 31) Mg 合金のガルバニック腐食においていくつかの報告例 図 11 1 mass%NaCl 溶液中の純 Al,A6005C および A1070 のカ ソード分極曲線と AZX611 のアノード分極曲線 図 12 0.9 mass% NaCl+0.1 mass% CaCl 2+0.075 mass% NaHCO 3 溶液中の CFRP のカソード分極曲線と AZ31 のアノード 27) 分極曲線 29) がある。Xia ら は炭素鋼/AZ91D のガルバニック腐食を境界 30) 要素法により解析している。Despande は有限要素法を用い てAE44/炭素鋼,AE44/A6063のガルバニック腐食を解析して いる。Arbitrary Lagrangian-Eulerian(ALE)法を用い,時間と ともに AE44 側の境界面が腐食する状況をモデル化した。得 られた結果は SVET 解析とよい対応を示した。ただし A6063 31) のカソード腐食は考慮されていない。Silvaら は表面処理し た鋼製 SPR による AZ31/A5083 接合材の電位・電流,腐食生 J. JILM 74(2024.2) 65 2+ 成物の堆積,pH,Mg や Al(OH) 4 等の 2 次元分布を有限要素 法で解析し,腐食試験結果と比較している。 ミクロガルバニック腐食ではあるが,Mg 2Ca 等の金属間化 合物の標準電極電位を計算科学により予測する方法が提案さ 32) れている 。Mg合金中に第3元素を添加し,母相と金属間化 合物の電位差を最小にする濃度を計算することで合金の耐食 性が向上した。 6. お わ り に Mg合金のガルバニック腐食はMg合金が活性な金属材料ゆ えに避けられない。防食方法については紙面の都合上割愛し 1), 4), 13) たが,文献 等を参考されたい。また上記研究の多くは 浸漬環境であるが,実用上は大気暴露下でのガルバニック腐 食であることが多い。最近,大気暴露下の炭素鋼/Al合金ガル 33) バニック腐食に関する一連の研究が実施されており ,参考 になる。腐食データベースの構築と並行して,現象のモデル 化やシミュレーション技術を高めることで,Mg 合金の更な る活躍が期待される。 参 考 文 献 1) H. P. Hack and D. Taylor: ASM Handbook 4th ed, Vol. 13, ASM (1987), 235. 2) 春 山 志 郎:表 面 技 術 者 の た め の 電 気 化 学− 第 2 版−,丸 善, (2005),71. 3) M. Esmaily, J.E. Svensson, S. Fajardo, N. Birbilis, G. S. Frankel, S. Virtanen, R. Arrabal, S. Thomas and L. G. Johannson: Prog. Mater. Sci., 89 (2017), 92-193. 4) MIL-STD-889D: Galvanic Compatibility of Electrically Conductive Materials, (2021). https://assist.dla.mil. (2023/07/01 確認 ) 5) JIS T 0305 (2002). https://kikakurui.com/t0/T0305-2002-01.html (2023/07/01 確認 ) 6) K. 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