片桐 貞彰(かたぎり さだあき、明和8年2月25日(1771年4月9日) - 文政5年1月20日(1822年2月11日))は、大和国小泉藩の第7代藩主。 第6代藩主片桐貞芳の長男。正室は水野忠鼎の娘。子は片桐貞信(長男)、娘(木下利広室)。官位は従五位下、主膳正。幼名は孫千代、通称は主膳。 天明7年(1787年)11月1日、将軍徳川家斉に御目見する。同年12月8日、父の隠居により跡を継ぐ。同年12月18日、従五位下・主膳正に叙任する。文化12年(1815年)9月21日、隠居し、長男貞信に家督を譲った。文政5年(1822年)正月20日、52歳で死去した。
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