『熊野』(ゆや)は、能を代表する曲の一つである。作者は、世阿弥。禅竹の著書『歌舞髄脳記』に『遊屋』の記述がある。喜多流では『湯谷』。『平家物語』の巻十「海道下」(かいどうくだり)の場面から発展させたと考えられる。 作中で「自分と同じ名前だ」として熊野権現、今熊野(いまぐまの)を挙げている。つまりは喜多流以外では主人公の名は「くまの」だと思われるが、本項では「ゆや」と音読みする。 ドラマチックな展開を可能とする素材を扱いながら、対立的な描写を行わず、春の風景の中、主人公の心の動きをゆるやかな過程で追う。いかにも能らしい能として、古来「熊野松風に米の飯」(『熊野』と『松風』は、米飯と同じく何度観ても飽きず、王道である、の意)と賞賛されてきた。