佐野元春の『SOMEDAY』を知らない人は少ないだろう。永遠の青春ソングであり、クラシックといっていいと思う。
1980年にデビューし『BACK TO THE STREET』『HEART BEAT』『SOMEDAY』という3枚のアルバムをほぼ一年おきに発表した彼は、それぞれのアルバムの中に『アンジェリーナ』『ガラスのジェネレーション』『SOMEDAY』といういずれも日本のロック/POPS史に燦然と輝く名曲を残した。
誰もが、佐野元春はこのまま、大瀧詠一や山下達郎のような日本を代表するソングライター/コンポーザーの地位に、また、同じ1956年生まれの桑田佳祐と並び立つ「大御所」と呼ばれるシンガーの地位におさまると思ったことだろう。
ところが、佐野は1983年のある日、周囲の反対を押し切ってニューヨークに旅立つ。その間、ベスト盤でありつつオリジナル・アルバムともいえる構成になっている『NO DAMAGE』が、彼の不在にもかかわらずオリコンのアルバムチャート1位を獲得するという離れ業もやってのけた。だが、佐野はそれに気を良くして帰国するような男ではなかった。
そして丸一年にわたるNYでの生活を経てリリースされたアルバム『VISITORS』。待ちに待ったファンは、ビニール盤に針を落とした瞬間、全員、驚きのあまり椅子から転げ落ちることになる。
それは「チャチャッ!!」という衝撃的な音から始まったからだ。佐野元春にしか書けない、甘美なメロディラインも、前3作で極めたフィル・スペクター的なウォール・オブ・サウンドも、そして10代後半から20代の男女の心の痛みをひとつの風景として浮かび上がらせる詩の世界も、なにひとつレコードの中にはなかった。
先にも書いたように、彼のメロディメーカーとしての才能も、ここまでの歩みも完璧だった。だが、彼はそれを一度すべて捨て、壊し、まったく新しい音楽を、たった一人で創り上げることに挑戦した。それは恐ろしいほどの勇気だった。
シングルカットされた1曲目『コンプリケイション・シェイクダウン』は、みんなが椅子から落ちた「チャチャッ!!」という破壊的な音から始まる。ラップ/ヒップ・ホップ、ファンクなど新しいブラック・ミュージックの要素を大胆に取り込んだアルバム『VISITORS』は、刺すような剥き出しのサウンドと、彼自身が意識していたアレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックといったビート詩人に通じる啓示的な散文詩が、とんでもない密度で詰まった全8曲だった。
彼が “訪問者” として暮らしたNYでの生々しい体験は、ビート詩人としての朗読、ポエトリー・リーディングとして『N.Y.C. 1983~1984』のような形でも結実してゆく。
また佐野は、『コンプリケイション・シェイクダウン』で、いとうせいこうや近田春夫に先駆け日本で初めてメジャーアルバムにラップを取り入れた形になったわけだが、これはいわゆるヒップホップの文脈で語られるものではなく、あくまで佐野流の取り入れ方だった。しかし後に日本のヒップホップ界の第一人者となるRHYMESTERは、先駆者としての佐野の功績に敬意を払っており、彼らの代表曲のひとつである『ラストヴァース』の詩を佐野が朗読するという、タペストリーのように織り上げられた音楽の歴史が紐解かれる一幕もあった。
2014年、佐野は『VISITORS』発売30周年を記念してNYを再訪した。歳月を経ても少しも色あせることのない傑作を、海の向こうでひとりぼっちで生み出した精神は、グローバル化する世界で日本人が “ストレンジャー” として生きるための、21世紀にこそ必要な方法論だ。彼は日本人がまだボーダレス化する世界に危機感を持って暮らしていない1984年の時点で、先駆けてそれを実践してみせた。
それがあの「チャチャッ!!」に感じた衝撃の正体であり、私たちが困難な時代を生き抜くためにますます必要になるヒントとして、今も鳴り響いている。
2016.10.16
YouTube / 佐野元春 Official YouTube Channel
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