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JP6347198B2 - 高強度低合金鋼 - Google Patents

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JP6347198B2
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Description

本発明は、高強度低合金鋼、特に、自動車、産業機械、建築構造物等に使用され、引張強さが1300MPa以上で耐水素脆化特性に優れた部材や部品(以下、まとめて単に「部材」という。)の素材として用いるのに好適な、高強度低合金鋼に関する。
近年、軽量化や機能の観点から引張強さが1000MPaを超えるような高強度鋼材が使用される傾向にある。しかし、鉄鋼材料は引張強さが1000MPaを超えると、水素脆化が深刻な問題となる。水素脆化とは、鉄鋼材料中に水素が侵入することにより機械特性が元の値よりも劣化する現象である。なお、水素はその原子半径が全元素中最小であることから鉄鋼材料中への侵入は不可避である。
そこで、耐水素脆化特性を向上させた鉄鋼材料やその製造方法に関して様々な技術が開示されている。
例えば、焼戻しマルテンサイト組織の素地を有し、Mo、NiやV等の高価な元素を含有させたり、強加工や熱処理回数増加の組合せにより、水素脆化の一種である耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼やその製造方法に関する技術が開示されている。
その一方で、安価で複雑な工程を含まず製造でき、かつ耐水素脆化特性を備えた鉄鋼材料として、ベイナイト組織の活用が有効であることが報告されている。
例えば、特許文献1には、Ms点近傍の低温域で恒温変態させたベイナイト主体の金属組織を有する耐水素脆化特性に優れた高強度鋼に関する技術が開示されている。しかし、耐水素脆化特性を発揮させるためには、焼戻しマルテンサイト組織を素地とする場合と同様に、高価な元素であるMoおよびNiをそれぞれ、質量%で、0.3%以上および0.1%以上含有させる必要がある。なお、この特許文献1の実施例で具体的に示された「発明鋼」1〜9におけるMoおよびNiの含有量はそれぞれ、質量%で、0.56〜0.96%および0.29〜0.55%であり、いずれも極めて高価な鋼である。
特許文献2には、Caを添加しアルミナ系の介在物を減らした焼戻し下部ベイナイト組織を伸線した遅れ破壊を起こしにくい鋼線に関する技術が開示されている。しかし、溶製時にCaの添加が必須である上、焼戻した上で伸線を施さないと所望の高強度と耐水素脆化特性が得られず、複雑な工程を経る必要がある。
特許文献3には、強伸線ベイナイト組織を主体とした遅れ破壊特性に優れた高強度鋼線およびその製造方法についての技術が開示されている。しかし、高強度とするためにC量が非常に高く靱性に劣り、加えて400℃以上の高温でパテンティング熱処理を実施しているため、高強度と耐水素脆化特性を確保するために強伸線加工を施す必要がある。
特開平7−188840号公報 特開平7−292442号公報 特開2002−241899号公報
上述のように、金属組織が焼戻しマルテンサイト組織である場合だけでなくベイナイト組織である場合にも、低合金高強度鋼に優れた耐水素脆化特性を具備させるには、Mo、NiやVといった高価な元素を多量に含有させる必要があったし、金属組織がベイナイト組織で、そのような高価な元素を多く含有させない場合には、強伸線加工が必要であり、また、酸化物の形態制御のために溶製時にCa処理しなければならないこともあった。
本発明は、自動車、産業機械、建築構造物等に使用され、高価な合金元素の含有量が低く、しかも複雑な工程を経ることなく安価な工程で製造できる引張強さが1300MPa以上で耐水素脆化特性に優れた部材の素材として用いるのに好適な、高強度低合金鋼を提供することを目的とする。
本発明者らは、前記の課題を解決するために低合金設計で鋼の耐水素脆化特性を向上させる手法について鋭意研究を重ねた結果、下記の重要な知見を得た。
質量%で、C含有量が0.55%を超える鋼であって、金属組織が、JIS G 0551(2013)に規定の粒度番号6.0以上の旧オーステナイトから変態したベイナイトであり、該ベイナイトは面積率で90%以上が、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が10%以下であるベイナイトである場合には、MoやNiなどの高価な元素の含有量が低い場合にも、複雑な工程を経ることなく十分な耐水素脆化特性を有するので、引張強さが1300MPa以上の部材として好適に用いることができる。
図1は、各種ベイナイトにおいて、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する状況を模式的に説明する図である。図中の(a)、(b)および(c)にはそれぞれ、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が80%、5%および0%(セメンタイトはラス界面には析出せず内部にだけ析出している状態)の場合を例示した。
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は、下記の(1)〜(3)に示す高強度低合金鋼にある。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.55%を超えて0.70%未満、
Si:0.05〜0.50%、
Mn:0.30〜1.0%、
Cr:0.5〜1.5%および
Al:0.005〜0.10%と、
残部がFeおよび不純物とからなり、
不純物中のP、S、NおよびOがそれぞれ、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.030%以下およびO:0.010%以下であり、
金属組織が、JIS粒度番号6.0以上の旧オーステナイト粒から変態したベイナイトであり、該ベイナイトは面積率で90%以上が、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が10%以下であるベイナイトである、
引張強さが1300MPa以上の部材用高強度低合金鋼。
(2)Feの一部に代えて、質量%で、
Mo:0.30%未満を含有する、上記(1)に記載の高強度低合金鋼。
(3)Feの一部に代えて、質量%で、
Ti:0.10%以下および
Nb:0.10%以下
から選択される1種以上の元素を含有する、上記(1)または(2)に記載の高強度低合金鋼。
本発明の高強度低合金鋼は、自動車、産業機械、建築構造物等に使用され、高価な合金元素の含有量が低く、しかも複雑な工程を経ることなく安価な工程で製造できる引張強さが1300MPa以上で耐水素脆化特性に優れた部材の素材として、好適に用いることができる。
各種ベイナイトにおいて、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する状況を模式的に説明する図である。図中の(a)、(b)および(c)はそれぞれ、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が80%、5%および0%の場合を示す。 実施例で耐水素脆化特性の評価のために用いた切欠き付引張試験片の形状を示す図である。図中の数値は寸法(単位:mm)を示す。
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
(A)化学組成について:
C:0.55%を超えて0.70%未満
Cは、本発明において最も重要な元素であり、強度を向上させるとともに金属組織をベイナイトにするために不可欠な元素である。また、Cには、焼入れ性を向上させてMs点を低下させる作用もあり、所望の金属組織が得やすくなるため、製造面でも有効な元素である。さらにCには、同じ強度でも吸蔵水素濃度を低減する作用があるので、MoやNi等の高価な元素の含有量を低くしても耐水素脆化特性を向上させることができる。引張強さで1300MPa以上の高強度の確保、所望の金属組織に制御しやすいMs点の確保、優れた耐水素脆化特性の確保という3つの効果を安定して得るためには、Cは0.55%を超えて含有させなくてはならない。一方、Cの含有量が増えて0.70%以上になると粒界セメンタイトの生成が促進され、析出したセメンタイトがベイナイトのラス界面を被覆する割合が10%以下である特定のベイナイト(以下、「特定ベイナイト」という。)の割合が低下して、所望の金属組織の確保が難しくなるし、靱性の劣化が著しくなる。したがって、Cの含有量を0.55%を超えて0.70%未満とした。C含有量の望ましい下限は0.60%、また、望ましい上限は0.65%である。
Si:0.05〜0.50%
Siは、脱酸作用を有し、強度および焼入れ性の向上作用もある。強度の向上は1300MPa以上の引張強さの確保に有効であり、また、焼入れ性の向上は、所望の金属組織が得やすくなるため製造の観点から有利である。これらの効果を得るには、Siの含有量は0.05%以上とする必要がある。一方、0.50%を超えてSiを含有させてもその効果は飽和することに加え、靱性の劣化が生じる。したがって、Siの含有量を0.05〜0.50%とした。Si有量の望ましい下限は0.10%、また、望ましい上限は0.30%である。
Mn:0.30〜1.0%
Mnは、焼入れ性と強度を向上させる作用を有する。強度の向上は1300MPa以上の引張強さの確保に有効であり、また、焼入れ性の向上は、所望の金属組織が得やすくなるため製造の観点から有利である。また、Mnには、Sと結合して硫化物を形成し、Sの粒界偏析を抑制して耐水素脆化特性を向上する効果もある。これらの効果を得るには、Mnの含有量は0.30%以上とする必要がある。一方で、Mnを過剰に含有させると粒界に偏析し、粒界割れ型の水素脆性破壊を促進する。したがって、Mnの含有量を0.30〜1.0%とした。Mn含有量の望ましい下限は0.60%、また、望ましい上限は0.90%である。
Cr:0.5〜1.5%
Crは、強度を向上させるのに有効な元素である。加えて、Cの拡散を妨げ炭化物の成長を抑制して、特定ベイナイトの形成を促進する。これらの効果を得るためには、Crを0.5%以上含有させる必要がある。一方で、Crを過剰に含有させると靱性の劣化が生じる。したがって、Crの含有量を0.5〜1.5%とした。Cr含有量の望ましい下限は0.8%、また、望ましい上限は1.2%である。
Al:0.005〜0.10%
Alは、脱酸作用を有する元素である。この効果を十分に確保するためにはAlを0.005%以上含有させる必要がある。一方、Alを0.10%を超えて含有させてもその効果は飽和する。したがって、Alの含有量を0.005〜0.10%とした。なお、本発明のAl含有量とは酸可溶Al(所謂「sol.Al」)での含有量を指す。
本発明の高強度低合金鋼の一つは、上述のCからAlまでの元素と、残部がFeおよび不純物とからなり、不純物中のP、S、NおよびOがそれぞれ、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.030%以下およびO:0.010%以下であるものである。
なお、「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものを指す。
P:0.030%以下
Pは、不純物として含有され、粒界に偏析して靱性や耐水素脆化特性を低下させる。その含有量が0.030%を超えると上記の悪影響が顕著になる。このため、Pの含有量を0.030%以下とした。Pの含有量は極力低いことが望ましい。
S:0.030%以下
Sは、不純物として含有され、Pと同様に粒界に偏析して耐水素脆化特性を低下させる。その含有量が0.030%を超えると上記の悪影響が顕著になる。このため、Sの含有量を0.030%以下とした。Sの含有量は極力低いことが望ましい。
N:0.030%以下
Nは、不純物として含有され、その含有量が過剰になって0.030%を超えると靱性の劣化が顕著になる。したがって、Nの含有量を0.030%以下とした。Nの含有量は極力低いことが望ましい。
O:0.010%以下
O(酸素)は、不純物として含有され、Alと結びついて酸化物を形成する。その含有量が多くなって0.010%を超えると、酸化物が過剰に形成されて靱性が低下するなどの問題が生じる。したがって、Oの含有量を0.010%以下とした。Oの含有量は極力低いことが望ましい。
本発明の高強度低合金鋼の他の一つは、Feの一部に代えて、Mo、TiおよびNbから選択される1種以上の元素を含有するものである。
以下、任意元素である上記Mo、TiおよびNbの作用効果と、含有量の限定理由について説明する。
Mo:0.30%未満
Moは、Fe炭化物の安定性を高めて、耐水素脆化特性を向上させる元素である。したがって、必要に応じてMoを含有させてもよいが、本発明ではC等の他の元素や金属組織を適正化することで耐水素脆化特性を確保することができるし、Moが非常に高価な元素であり経済性を大きく損なうため、含有させる場合であってもその量は0.30%未満とした。Moの量は、0.20%以下とすることが望ましい。一方、前記したMoの効果を安定して得るためには、含有させる場合のMoの量は、0.05%以上とすることが望ましく、0.10%以上とすれば一層望ましい。
TiおよびNbは、旧オーステナイト粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる作用を有するので、この効果を得るために上記の元素を含有させてもよい。以下、このことについて詳しく説明する。
Ti:0.10%以下
Tiは、CやNと結合し、微細な析出物を形成し、旧オーステナイト粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてTiを含有させてもよい。しかしながら、0.10%を超える量のTiを含有させると、析出物の量が増大し、靱性を劣化させる。したがって、含有させる場合のTiの量を0.10%以下とした。Tiの量は、0.06%以下とすることが望ましい。一方、前記したTiの効果を安定して得るためには、含有させる場合のTiの量は、0.005%以上とすることが望ましく、0.03%以上とすれば一層望ましい。
Nb:0.10%以下
Nbは、CやNと結合し、微細な析出物を形成し、旧オーステナイト粒を微細化して耐水素脆化特性を向上させる元素である。このため、必要に応じてNbを含有させてもよい。しかしながら、0.10%を超える量のNbを含有させると、析出物の量が増大し、靱性を劣化させる。したがって、含有させる場合のNbの量を0.10%以下とした。Nbの量は、0.06%以下とすることが望ましい。一方、前記したNbの効果を安定して得るためには、含有させる場合のNbの量は、0.005%以上とすることが望ましく、0.03%以上とすれば一層望ましい。
上記のTiおよびNbは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種の複合で含有させることができる。複合して含有させる場合の合計量は、0.08%以下とすることが望ましい。
(B)金属組織について:
上記(A)項で述べた化学組成を有する高強度低合金鋼を素材とする部材は、金属組織が、JIS粒度番号6.0以上の旧オーステナイト粒から変態したベイナイトであり、該ベイナイトは面積率で90%以上が、特定ベイナイト(析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が10%以下であるベイナイト)である。
金属組織がベイナイトであっても、それがJIS粒度番号6.0未満の旧オーステナイト粒から変態したものは粒界強度の低下が著しく、引張強さが1300MPa以上の高強度の場合には十分な耐水素脆化特性が得られない。
旧オーステナイト粒度番号は大きければ大きいほど(つまり、旧オーステナイト粒径は小さければ小さいほど)望ましいが、工業的な製造ではJIS粒度番号12.5程度がその上限になる。
金属組織が、JIS粒度番号6.0以上の旧オーステナイト粒から変態したベイナイトであっても、面積率で、そのベイナイトの90%以上が、上記の特定ベイナイトでなければ、引張強さが1300MPa以上の高強度の場合には十分な耐水素脆化特性が得られない。
なお、特定ベイナイトの面積率は大きければ大きいほど好ましく、100%が最も望ましい。
引張強さが1300MPa以上の高強度の場合に、より一層良好な耐水素脆化特性を得るためには、特定ベイナイトは、セメンタイトがラス界面を被覆する割合が少なければ少ないものであることが望ましく、0%のものが最も望ましい。
(C)部材の強度について:
本発明に係る高強度低合金鋼は、前記(B)項で述べた金属組織を有し、引張強さが1300MPa以上の部材の素材として用いる。なお、部材の引張強さの上限は2000MPaとすることが望ましく、1800MPaとすればより望ましい。
上記の部材は、(A)項で述べた化学組成を有する鋼を用いて所定の部材形状に加工したものに、例えば、下記のように特定の温度域で等温保持して等温変態させることによって製造することができる。
すなわち、鋼の化学組成に応じた条件でオーステナイト化し、フェライトとパーライトの析出を阻止して、オーステナイト組織のまま、400℃以下でMs点を超える温度に保った塩浴や鉛浴の中に急冷し、そのまま上記の浴中に保持して、この温度で等温変態を終了させ、その後室温まで冷却することによって、先に述べた金属組織および引張強さを有する部材を製造することができる。
オーステナイト化温度が950℃を超えると、JIS粒度番号6.0以上の旧オーステナイト粒が得難くなることがあるので、オーステナイト化温度は950℃以下とすることが望ましい。一方、オーステナイト化処理時に完全にオーステナイト化するために、オーステナイト化温度は850℃以上とすることが望ましい。
前記の浴温が400℃を超えると、ベイナイト変態しても、セメンタイトはラス界面に析出する量が増え、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が10%を超える。また、前記の浴温がMs点以下になると、マルテンサイト変態するため、金属組織がベイナイトにはならない。
なお、前記温度範囲の浴中での保持により、オーステナイトのほとんどは数分で特定ベイナイトに変態するが、被処理材である部材のサイズや含有元素の影響から、一部組織のベイナイト変態が遅れる場合があるため、浴中での保持時間は60分程度とするのが望ましい。
フェライトとパーライトの析出が阻止でき、しかも、400℃以下でMs点を超える温度領域でオーステナイトからの変態を完了させることができる連続冷却処理によっても、先に述べた金属組織および引張強さを有する部材を製造することができることは勿論である。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Oを溶製し、鋳型に鋳込んで得たインゴットを1250℃に加熱した後、熱間鍛造により直径25mmの丸棒とした。なお、表1には、上記の丸棒から採取した直径3mmで長さが10mmの試験片を用いて、フォーマスタ試験機によりオーステナイト化した後50℃/秒の冷却速度で急冷して求めたMs点を併記した。
表1中の鋼A〜Jは、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼であり、一方、鋼K〜Oは、化学組成が本発明で規定する条件から外れた比較例の鋼で、このうち鋼Kは、C含有量が0.40%と低い鋼に、本発明で規定する金属組織と1300MPa以上という引張強さの確保のために、高価なMoを0.50%も含有させた鋼である。
上記のようにして得た直径25mmの丸棒を表2に示す温度で45分保持してオーステナイト化してから、表2に示す条件にて鉛浴中で保持して等温変態熱処理を行った。鋼Aについては、試験番号16として、直径25mmの丸棒を950℃で45分保持してオーステナイト化してから油焼入れし、430℃で60分焼戻し処理することも行った。
上記の等温変態熱処理した各鋼の丸棒ならびに、鋼Aについては油焼入れままの丸棒および油焼入れ−焼戻し処理した丸棒を用いて、以下に示す各種の調査を行った。
〈1〉金属組織:
等温変態熱処理した直径25mmの丸棒を長手方向にその中心線をとおって切断(以下、「縦断」という。)して試験片を採取し、JIS G 0551(2013)に則って旧オーステナイト粒度番号を調査した。具体的には、上記試験片の縦断面が被検面となるように樹脂に埋め込んで鏡面研磨した後、上記JISの附属書JAに記載の、界面活性剤を添加したピクリン酸飽和水溶液によってエッチングして旧オーステナイト粒界を現出し、倍率200倍で10視野光学顕微鏡観察して、上記JISの附属書Cに記載の切断法により旧オーステナイト粒度番号を測定した。また、鋼Aの油焼入れままの丸棒を縦断して採取した試験片を用いて、上述の方法で旧オーステナイト粒度番号を調査した。
さらに、等温変態熱処理および油焼入れ−焼戻し処理した直径25mmの丸棒を縦断して試験片を採取した。次いで、上記試験片の縦断面が被検面となるように樹脂に埋め込んで鏡面研磨した後、2%ナイタールでエッチングして組織観察を行った。
具体的には、等温変態熱処理を行った各試験片は、先ず、倍率200倍で10視野光学顕微鏡観察し、金属組織がベイナイトであることを確認し、次いで、走査型電子顕微鏡により倍率10000倍で10視野観察し、特定ベイナイトつまり、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が10%以下であるベイナイトの面積率を求めた。一方、油焼入れ−焼戻し処理した試験片は、倍率200倍で10視野光学顕微鏡観察し、金属組織が焼戻しマルテンサイトからなり、そこにはベイナイトは含まれないことを確認した。
〈2〉引張強さ:
等温変態熱処理および油焼入れ−焼戻し処理した直径25mmの丸棒のR/2部(「R」は丸棒の半径を表す。)から、長手方向に平行部の直径が6mmで標点距離が40mmの丸棒引張試験片を切り出し、室温で引張試験して引張強さを求めた。
〈3〉耐水素脆化特性:
上記〈2〉の調査で1300MPa以上の引張強さが得られた直径25mmの各丸棒のR/2部から、長手方向に図2に示す形状の切欠き付引張試験片を切り出し、引張強さの90%の応力を負荷した陰極チャージ下での定荷重試験を200時間行った際の破断の有無で、耐水素脆化特性を調査した。その際、試験片内部に0.4ppmの濃度で水素が吸蔵されるように陰極水素チャージの電流密度を調整した。なお、試験片内部に吸蔵される水素量は、3%NaCl溶液を用いて0.1〜0.5mA/cm2の電流密度で陰極水素チャージを24時間行った時に、昇温脱離装置により10℃/分で昇温した際に350℃までに放出される水素量を用いた。
表2に、上記の各調査結果をまとめて示す。なお、耐水素脆化特性の欄は、上記試験を200時間行って破断しなかったものを「○」、破断したものを「×」とした。
表2から、本発明で規定する化学組成と金属組織の条件を満たす本発明例の試験番号1〜12では、1300MPa以上という引張強さを有するにもかかわらず、いずれも破断が起こらず、C含有量が0.40%と低い鋼に高価なMoを0.50%も含有させた鋼Kを用いた比較例の試験番号13の場合と同様に、十分な耐水素脆化特性を備えていることが明らかである。
これに対して、比較例の試験番号14〜20の場合は、本発明で規定する条件から外れているので、耐水素脆化特性に劣っているか、1300MPa以上という引張強さが得られていない。
試験番号14〜16は、用いた鋼Aの化学組成は本発明で規定する範囲内にあるものの、金属組織が、本発明で規定する条件から外れているので、耐水素脆化特性に劣っている。
すなわち、試験番号14は、金属組織が、JIS粒度番号5.0の大きな旧オーステナイト粒から変態したベイナイトである。このため、面積率で、上記ベイナイトの100%が、特定ベイナイトであるものの、耐水素脆化特性に劣っている。
試験番号15は、金属組織が、JIS粒度番号6.1の旧オーステナイト粒から変態したベイナイトであるものの、面積率で、そのベイナイトの83%だけが特定ベイナイトであるため、耐水素脆化特性に劣っている。
試験番号16は、JIS粒度番号6.0の旧オーステナイト粒から変態した金属組織であるものの、油焼入れ−焼戻し処理によって得られた焼戻しマルテンサイト組織であるので、耐水素脆化特性に劣っている。
また、試験番号17は、金属組織は本発明で規定する条件を満たすものの、用いた鋼LのMn含有量が1.20%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、耐水素脆化特性に劣っている。
試験番号18は、用いた鋼MのCr含有量が0.38%と少なく、本発明で規定する条件から外れるため、金属組織が、JIS粒度番号6.1の旧オーステナイト粒から変態したベイナイトであるものの、面積率で、そのベイナイトの71%だけが特定ベイナイトであるため、耐水素脆化特性に劣っている。
試験番号19は、金属組織は本発明で規定する条件を満たすものの、用いた鋼NのC含有量が0.30%と少なく、本発明で規定する条件から外れるため、引張強さが1300MPaに満たなかった。
試験番号20は、金属組織は本発明で規定する条件を満たすものの、用いた鋼Oの不純物中のPとSの含有量がそれぞれ、0.036%および0.032%と多く、本発明で規定する条件から外れるため、耐水素脆化特性に劣っている。
本発明の高強度低合金鋼は、自動車、産業機械、建築構造物等に使用され、高価な合金元素の含有量が低く、しかも複雑な工程を経ることなく安価な工程で製造できる引張強さが1300MPa以上で耐水素脆化特性に優れた部材の素材として、好適に用いることができる。

Claims (3)

  1. 化学組成が、質量%で、
    C:0.55%を超えて0.70%未満、
    Si:0.05〜0.50%、
    Mn:0.30〜1.0%、
    Cr:0.5〜1.5%および
    Al:0.005〜0.10%と、
    残部がFeおよび不純物とからなり、
    不純物中のP、S、NおよびOがそれぞれ、P:0.030%以下、S:0.030%以下、N:0.030%以下およびO:0.010%以下であり、
    金属組織が、JIS粒度番号6.0以上の旧オーステナイト粒から変態したベイナイトであり、該ベイナイトは面積率で90%以上が、析出したセメンタイトがラス界面を被覆する割合が10%以下であるベイナイトである、
    引張強さが1300MPa以上の部材用高強度低合金鋼。
  2. Feの一部に代えて、質量%で、
    Mo:0.30%未満を含有する、請求項1に記載の高強度低合金鋼。
  3. Feの一部に代えて、質量%で、
    Ti:0.10%以下および
    Nb:0.10%以下
    から選択される1種以上の元素を含有する、請求項1または2に記載の高強度低合金鋼。

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