以下に、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。なお以下図中の同一または相当部分には同一符号を付してその説明は原則的に繰返さないものとする。
[実施の形態1]
(電動機制御の全体構成)
図1は、本発明の実施の形態に従う交流電動機の制御装置が適用されるモータ駆動制御システムの全体構成図である。
図1を参照して、モータ駆動制御システム100は、直流電圧発生部10♯と、平滑コンデンサC0と、インバータ14と、交流電動機M1と、制御装置30とを備える。
交流電動機M1は、たとえば、電動車両(ハイブリッド自動車、電気自動車や燃料電池車等の電気エネルギによって車両駆動力を発生する自動車をいうものとする)の駆動輪を駆動するためのトルクを発生するための駆動用電動機である。あるいは、この交流電動機M1は、エンジンにて駆動される発電機の機能を持つように構成されてもよく、電動機および発電機の機能を併せ持つように構成されてもよい。さらに、交流電動機M1は、エンジンに対して電動機として動作し、たとえば、エンジン始動を行ない得るようなものとしてハイブリッド自動車に組み込まれるようにしてもよい。すなわち、本実施の形態において、「交流電動機」は、交流駆動の電動機、発電機および電動発電機(モータジェネレータ)を含むものである。
直流電圧発生部10♯は、直流電源Bと、システムリレーSR1,SR2と、平滑コンデンサC1と、コンバータ12とを含む。
直流電源Bは、代表的には、ニッケル水素またはリチウムイオン等の二次電池や電気二重層キャパシタ等の蓄電装置により構成される。直流電源Bが出力する直流電圧Vbおよび入出力される直流電流Ibは、電圧センサ10および電流センサ11によってそれぞれ検知される。
システムリレーSR1は、直流電源Bの正極端子および電力線6の間に接続され、システムリレーSR1は、直流電源Bの負極端子およびアース線5の間に接続される。システムリレーSR1,SR2は、制御装置30からの信号SEによりオン/オフされる。
コンバータ12は、リアクトルL1と、電力用半導体スイッチング素子Q1,Q2と、ダイオードD1,D2とを含む。電力用半導体スイッチング素子Q1およびQ2は、電力線7およびアース線5の間に直列に接続される。電力用半導体スイッチング素子Q1およびQ2のオン・オフは、制御装置30からのスイッチング制御信号S1およびS2によって制御される。
この発明の実施の形態において、電力用半導体スイッチング素子(以下、単に「スイッチング素子」と称する)としては、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、
電力用MOS(Metal Oxide Semiconductor)トランジスタあるいは、電力用バイポーラ
トランジスタ等を用いることができる。スイッチング素子Q1,Q2に対しては、逆並列ダイオードD1,D2が配置されている。リアクトルL1は、スイッチング素子Q1およびQ2の接続ノードと電力線6の間に接続される。また、平滑コンデンサC0は、電力線7およびアース線5の間に接続される。
インバータ14は、電力線7およびアース線5の間に並列に設けられる、U相上下アーム15と、V相上下アーム16と、W相上下アーム17とから成る。各相上下アームは、電力線7およびアース線5の間に直列接続されたスイッチング素子から構成される。たとえば、U相上下アーム15は、スイッチング素子Q3,Q4から成り、V相上下アーム16は、スイッチング素子Q5,Q6から成り、W相上下アーム17は、スイッチング素子Q7,Q8から成る。また、スイッチング素子Q3〜Q8に対して、逆並列ダイオードD3〜D8がそれぞれ接続されている。スイッチング素子Q3〜Q8のオン・オフは、制御装置30からのスイッチング制御信号S3〜S8によって制御される。
代表的には、交流電動機M1は、3相の永久磁石型同期電動機であり、U,V,W相の3つのコイルの一端が中性点に共通接続されて構成される。さらに、各相コイルの他端は、各相上下アーム15〜17のスイッチング素子の中間点と接続されている。
コンバータ12は、基本的には、各スイッチング周期内でスイッチング素子Q1およびQ2が相補的かつ交互にオン・オフするように制御される。コンバータ12は、昇圧動作時には、直流電源Bから供給された直流電圧Vbを直流電圧VH(インバータ14への入力電圧に相当するこの直流電圧を、以下「システム電圧」とも称する)へ昇圧する。この昇圧動作は、スイッチング素子Q2のオン期間にリアクトルL1に蓄積された電磁エネルギを、スイッチング素子Q1および逆並列ダイオードD1を介して、電力線7へ供給することにより行なわれる。
また、コンバータ12は、降圧動作時には、直流電圧VHを直流電圧Vbに降圧する。この降圧動作は、スイッチング素子Q1のオン期間にリアクトルL1に蓄積された電磁エネルギを、スイッチング素子Q2および逆並列ダイオードD2を介して、電力線6へ供給することにより行なわれる。これらの昇圧動作または降圧動作における電圧変換比(VHおよびVbの比)は、上記スイッチング周期に対するスイッチング素子Q1,Q2のオン期間比(デューティ比)により制御される。なお、スイッチング素子Q1およびQ2をオンおよびオフにそれぞれ固定すれば、VH=Vb(電圧変換比=1.0)とすることもできる。
平滑コンデンサC0は、コンバータ12からの直流電圧を平滑化し、その平滑化した直流電圧をインバータ14へ供給する。電圧センサ13は、平滑コンデンサC0の両端の電圧、すなわち、システム電圧VHを検出し、その検出値を制御装置30へ出力する。
インバータ14は、交流電動機M1のトルク指令値が正(Trqcom>0)の場合には、平滑コンデンサC0から直流電圧が供給されると制御装置30からのスイッチング制御信号S3〜S8に応答した、スイッチング素子Q3〜Q8のスイッチング動作により直流電圧を交流電圧に変換して正のトルクを出力するように交流電動機M1を駆動する。また、インバータ14は、交流電動機M1のトルク指令値が零の場合(Trqcom=0)には、スイッチング制御信号S3〜S8に応答したスイッチング動作により、直流電圧を交流電圧に変換してトルクが零になるように交流電動機M1を駆動する。これにより、交流電動機M1は、トルク指令値Trqcomによって指定された零または正のトルクを発生するように駆動される。
さらに、モータ駆動制御システム100が搭載された電動車両の回生制動時には、交流電動機M1のトルク指令値Trqcomは負に設定される(Trqcom<0)。この場合には、インバータ14は、スイッチング制御信号S3〜S8に応答したスイッチング動作により、交流電動機M1が発電した交流電圧を直流電圧に変換し、その変換した直流電圧(システム電圧)を平滑コンデンサC0を介してコンバータ12へ供給する。なお、ここで言う回生制動とは、電動車両を運転するドライバーによるフットブレーキ操作があった場合の回生発電を伴う制動や、フットブレーキを操作しないものの、走行中にアクセルペダルをオフすることで回生発電をさせながら車両を減速(または加速の中止)させることを含む。
電流センサ24は、交流電動機M1に流れるモータ電流MCRTを検出し、その検出したモータ電流を制御装置30へ出力する。なお、三相電流iu,iv,iwの瞬時値の和は零であるので、図1に示すように電流センサ24は2相分のモータ電流(たとえば、V相電流ivおよびW相電流iw)を検出するように配置すれば足りる。
回転角センサ(レゾルバ)25は、交流電動機M1のロータ回転角θを検出し、その検出した回転角θを制御装置30へ送出する。制御装置30では、回転角θに基づき交流電動機M1の回転数(回転速度)および角速度ω(rad/s)を算出できる。なお、回転角センサ25については、回転角θを制御装置30にてモータ電圧や電流から直接演算することによって、配置を省略してもよい。
制御装置30は、電子制御ユニット(ECU)により構成され、予め記憶されたプログラムを図示しないCPUで実行することによるソフトウェア処理および/または専用の電子回路によるハードウェア処理により、モータ駆動制御システム100の動作を制御する。
代表的な機能として、制御装置30は、入力されたトルク指令値Trqcom、電圧センサ10によって検出された直流電圧Vb、電流センサ11によって検出された直流電流Ib、電圧センサ13によって検出されたシステム電圧VHおよび電流センサ24からのモータ電流iv,iw、回転角センサ25からの回転角θ等に基づいて、後述する制御方式により交流電動機M1がトルク指令値Trqcomに従ったトルクを出力するように、コンバータ12およびインバータ14の動作を制御する。すなわち、コンバータ12およびインバータ14を上記のように制御するためのスイッチング制御信号S1〜S8を生成して、コンバータ12およびインバータ14へ出力する。
コンバータ12の昇圧動作時には、制御装置30は、システム電圧VHをフィードバック制御し、システム電圧VHが電圧指令値に一致するようにスイッチング制御信号S1,S2を生成する。
また、制御装置30は、電動車両が回生制動モードに入ったことを示す信号RGEを外部ECUから受けると、交流電動機M1で発電された交流電圧を直流電圧に変換するようにスイッチング制御信号S3〜S8を生成してインバータ14へ出力する。これにより、インバータ14は、交流電動機M1で発電された交流電圧を直流電圧に変換してコンバータ12へ供給する。
さらに、制御装置30は、電動車両が回生制動モードに入ったことを示す信号RGEを外部ECUから受けると、インバータ14から供給された直流電圧を降圧するようにスイッチング制御信号S1,S2を生成し、コンバータ12へ出力する。これにより、交流電動機M1が発電した交流電圧は、直流電圧に変換され、降圧されて直流電源Bに供給される。
(制御モードの説明)
制御装置30による交流電動機M1の制御についてさらに詳細に説明する。
図2は、本発明の実施の形態によるモータ駆動システムにおける交流電動機M1の制御モードを概略的に説明する図である。
図2に示すように、本発明の実施の形態によるモータ駆動制御システム100では、交流電動機M1の制御、すなわち、インバータ14における電力変換について、3つの制御モードを切替えて使用する。
正弦波PWM制御は、一般的なPWM制御として用いられるものであり、各相上下アーム素子のオン・オフを、正弦波状の電圧指令と搬送波(代表的には三角波)との電圧比較に従って制御する。この結果、上アーム素子のオン期間に対応するハイレベル期間と、下アーム素子のオン期間に対応するローレベル期間との集合について、一定期間内でその基本波成分が正弦波となるようにデューティが制御される。周知のように、正弦波状の電圧指令の振幅が搬送波振幅以下の範囲に制限される正弦波PWM制御では、交流電動機M1への印加電圧(以下、単に「モータ印加電圧」とも称する)の基本波成分をインバータの直流リンク電圧の約0.61倍程度までしか高めることができない。以下、本明細書では、インバータ14の直流リンク電圧(すなわち、システム電圧VH)に対するモータ印加電圧(線間電圧)の基本波成分(実効値)の比を「変調率」と称することとする。
一方、矩形波電圧制御では、上記一定期間内で、ハイレベル期間およびローレベル期間の比が1:1の矩形波1パルス分を交流電動機印加する。これにより、変調率は0.78まで高められる。
過変調PWM制御は、電圧指令(正弦波成分)の振幅が搬送波振幅より大きい範囲で上記正弦波PWM制御と同様のPWM制御を行なうものである。特に、電圧指令を本来の正弦波波形から歪ませること(振幅補正)によって基本波成分を高めることができ、変調率を正弦波PWM制御モードでの最高変調率から0.78の範囲まで高めることができる。過変調PWM制御では、電圧指令(正弦波成分)の振幅が搬送波振幅より大きいため、交流電動機M1に印加される線間電圧は、正弦波ではなく歪んだ電圧となる。
交流電動機M1では、回転数や出力トルクが増加すると誘起電圧が高くなるため、必要となる駆動電圧(モータ必要電圧)が高くなる。コンバータ12による昇圧電圧すなわち、システム電圧VHはこのモータ必要電圧よりも高く設定する必要がある。その一方で、コンバータ12による昇圧電圧すなわち、システム電圧VHには限界値(VH最大電圧)が存在する。
したがって、交流電動機M1の動作状態に応じて、モータ電流のフィードバックによってモータ印加電圧(交流)の振幅および位相を制御する、正弦波PWM制御または過変調PWM制御によるPWM制御モード、および、矩形波電圧制御モードのいずれかが選択的に適用される。なお、矩形波電圧制御では、モータ印加電圧の振幅が固定されるため、トルク実績値とトルク指令値との偏差に基づく、矩形波電圧パルスの位相制御によってトルク制御が実行される。
図3には、交流電動機M1の動作状態と上述の制御モードとの対応関係が示される。
図3を参照して、概略的には、低回転数域A1ではトルク変動を小さくするために正弦波PWM制御が用いられ、中回転数域A2では過変調PWM制御、高回転数域A3では、矩形波電圧制御が適用される。特に、過変調PWM制御および矩形波電圧制御の適用により、交流電動機M1の出力向上が実現される。このように、図2に示した制御モードのいずれを用いるかについては、基本的には、実現可能な変調率の範囲内で決定される。
(各制御モードの制御構成の説明)
図4は、本発明の実施の形態による交流電動機の制御装置による、基本的な制御構成である、正弦波PWM制御によるモータ制御構成を説明するブロック図である。図4を含めて、以下で説明されるブロック図に記載されたモータ制御のための各機能ブロックは、制御装置30による、ハードウェア的あるいはソフトウェア的な処理によって実現される。
図4を参照して、正弦波PWM制御部200は、正弦波PWM制御モードの選択時に、交流電動機M1がトルク指令値Trqcomに従ったトルクを出力するように、インバータ14のスイッチング制御信号S3〜S8を生成する。
正弦波PWM制御部200は、電流指令生成部210と、座標変換部220,250と、電圧指令生成部240と、PWM変調部260とを含む。
電流指令生成部210は、予め作成されたマップ等に従って、交流電動機M1のトルク指令値Trqcomに対応するd軸電流指令値Idcomおよびq軸電流指令値Iqcomを生成する。なお、電流指令生成部210による電流指令値Idcom,Iqcomの生成については、後程詳細に説明する。
座標変換部220は、回転角センサ25によって検出される交流電動機M1の回転角θを用いた座標変換(3相→2相)により、電流センサ24によって検出されたv相電流いvおよびW相電流iwを基に、d軸電流Idおよびq軸電流Iqを算出する。
電圧指令生成部240には、d軸電流の指令値に対する偏差ΔId(ΔId=Idcom−Id)およびq軸電流の指令値に対する偏差ΔIq(ΔIq=Iqcom−Iq)が入力される。電圧指令生成部240は、d軸電流偏差ΔIdおよびq軸電流偏差ΔIqのそれぞれについて、所定ゲインによるPI(比例積分)演算を行なって制御偏差を求め、この制御偏差に応じたd軸電圧指令値Vd♯およびq軸電圧指令値Vq♯を生成する。
座標変換部250は、交流電動機M1の回転角θを用いた座標変換(2相→3相)によって、d軸電圧指令値Vd♯およびq軸電圧指令値Vq♯をU相、V相、W相の各相電圧指令Vu,Vv,Vwに変換する。
PWM変調部260は、図5に示すように、搬送波262と、交流電圧指令264(Vu,Vv,Vwを包括的に示すもの)との比較に基づき、インバータ14の各相の上下アーム素子のオン・オフを制御することによって、交流電動機M1の各相に疑似正弦波電圧を生成する。搬送波262は、所定周波数の三角波やのこぎり波によって構成される。
なお、インバータ制御のためのPWM変調において、搬送波262の振幅は、インバータ14の入力直流電圧(システム電圧VH)に相当する。ただし、PWM変調する交流電圧指令264の振幅について、本来の各相電圧指令Vu,Vv,Vwの振幅をシステム電圧VHで除算したものに変換すれば、PWM変調部260で用いる搬送波262の振幅を固定できる。
再び図4を参照して、インバータ14が、正弦波PWM制御部200によって生成されたスイッチング制御信号S3〜S8に従ってスイッチング制御されることにより、交流電動機M1に対してトルク指令値Trqcomに従ったトルクを出力するための交流電圧が印加される。
図6は、矩形波電圧制御モードが適用された場合に実行される、矩形波電圧制御によるモータ制御構成を説明するブロック図である。
図6を参照して、矩形波電圧制御部400は、電力演算部410と、トルク演算部420と、PI演算部430と、矩形波発生器440と、信号発生部450とを含む。
電力演算部410は、電流センサ24によるV相電流ivおよびW相電流iwから求められる各相電流と、各相(U相,V相、W相)電圧Vu,Vv,Vwとにより、下記(1)式に従ってモータへの供給電力(モータ電力)Pmtを算出する。この際には、検出されたモータ電流(iv,iw)から歪み成分を除去するためのフィルタ処理が併せて実行される。
Pmt=iu・Vu+iv・Vv+iw・Vw …(1)
トルク演算部420は、電力演算部410によって求められたモータ電力Pmtおよび回転角センサ25によって検出される交流電動機M1の回転角θから算出される角速度ωを用いて、下記(2)式に従ってトルク推定値Tqを算出する。
Tq=Pmt/ω …(2)
PI演算部430へは、トルク指令値Trqcomに対するトルク偏差ΔTq(ΔTq=Trqcom−Tq)が入力される。PI演算部430は、トルク偏差ΔTqについて所定ゲインによるPI演算を行なって制御偏差を求め、求められた制御偏差に応じて矩形波電圧の位相φvを設定する。具体的には、正トルク発生(Trqcom>0)時には、トルク不足時には電圧位相を進める一方で、トルク過剰時には電圧位相を遅らせるとともに、負トルク発生(Trqcom<0)時には、トルク不足時には電圧位相を遅らせる一方で、トルク過剰時には電圧位相を進める。
矩形波発生器440は、PI演算部430によって設定された電圧位相φvに従って、各相電圧指令値(矩形波パルス)Vu,Vv,Vwを発生する。信号発生部450は、各相電圧指令値Vu,Vv,Vwに従ってスイッチング制御信号S3〜S8を発生する。インバータ14がスイッチング制御信号S3〜S8に従ったスイッチング動作を行なうことにより、電圧位相φvに従った矩形波パルスが、モータの各相電圧として印加される。
このように、矩形波電圧制御方式時には、トルク(電力)のフィードバック制御により、モータトルク制御を行なうことができる。ただし、矩形波電圧制御方式ではモータ印加電圧の操作量が位相のみとなるので、モータ印加電圧の振幅および位相を操作量とできるPWM制御方式と比較して、その制御応答性は低下する。
なお、電力演算部410およびトルク演算部420に代えてトルクセンサを配置することによって、当該トルクセンサの検出値に基づいて、トルク偏差ΔTqを求めてもよい。
さらに、図7には、過変調PWM制御によるモータ制御構成の一般的な例を説明するブロック図が示される。
図7を参照して、過変調PWM制御部201は、図4に示した正弦波PWM制御部200の構成に加えて、電流フィルタ230および電圧振幅補正部270を含む。
電流フィルタ230は、座標変換部220によって算出されたd軸電流Idおよびq軸電流Iqを、時間軸方向に平滑化する処理を実行する。これにより、センサ検出値に基づく実電流Id,Iqがフィルタ処理された電流Idf、Iqfに変換される。
そして、過変調PWM制御部201では、電流偏差ΔId,ΔIqは、フィルタ処理された電流Idf,Iqfを用いて算出される。すなわち、ΔId=Idcom−Idf、ΔIq=Iqcom−Iqfとされる。
電圧振幅補正部270は、電圧指令生成部240によって算出された、本来のd軸電圧指令値Vd♯およびq軸電圧指令値Vq♯に対して、モータ印加電圧の振幅を拡大するための補正処理を実行する。座標変換部250および変調部260は、電圧振幅補正部270による補正処理がなされた電圧指令に従って、インバータ14のスイッチング制御信号S3〜S8を生成する。
なお、過変調PWM制御の適用時には、電圧指令値Vd♯,Vq♯を2相−3相変換した各相電圧指令の振幅が、インバータ入力電圧(システム電圧VH)よりも大きい状態となる。この状態は、図5に示した波形図において、交流電圧指令264の振幅が搬送波262の振幅よりも大きくなった状態に相当する。このようになると、インバータ14からは交流電動機M1に対してはシステム電圧VHを超えた電圧が印加できないため、本来の電圧指令値Vd♯,Vq♯に従った各相電圧指令信号に従ったPWM制御によっては、電圧指令値Vd♯,Vq♯に対応する本来の変調率が確保できなくなる。
このため、電圧指令値Vd♯,Vq♯による交流電圧指令に対して、電圧印加区間が増大するように電圧振幅を拡大(×k倍,k>1)する補正処理を行うことによって、電圧指令値Vd♯,Vq♯による本来の変調率が確保できるようになる。なお、電圧振幅補正部270におる電圧振幅の拡大比kは、この本来の変調率に基づいて理論的に導出できる。
(PWM制御における電流指令値の設定)
図4に示した正弦波PWM制御および図7に示した過変調PWM制御を含むPWM制御では、図8に示す処理手順に従って交流電動機制御が実行される。なお、以下に説明する各フローチャート中の各ステップでの制御処理についても、制御装置30による、所定プログラム(サブルーチン)の実行によるソフトウェア処理、および、専用の電子回路を構築したハードウェア処理のいずれかによって実現することができる。
図8を参照して、制御装置30は、ステップS100では、交流電動機M1への出力要求に従ってトルク指令値Trqcomを設定し、さらに、ステップS200により、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomを決定する。すなわち、ステップS200による処理は、図4および図7での電流指令生成部210の機能に対応する。
さらに、制御装置30は、ステップS300により、ステップS200で設定した電流指令値Idcom,Iqcomと、モータ電流から換算されたd軸電流Idおよびq軸電流Iqとの電流偏差に基づいて、電圧指令値Vd♯,Vq♯を決定する。すなわち、ステップS300の処理は、図4および図7における電圧指令生成部240の機能に相当する。
制御装置30は、ステップS400では、ステップS300で求められた電圧指令値Vd♯,Vq♯および、システム電圧VHに基づいて、インバータ14の入力電圧VHを、交流電動機M1へのモータ印加電圧に変換する際の変調率を演算する。たとえば、下記(3)式によって、変調率FMは算出される。
FM=(Vd♯2+Vq♯2)1/2/VH ・・・(3)
制御装置30は、さらに、ステップS500では、ステップS400で演算した変調率に応じて、制御モードを決定する。具体的には、変調率≧0.78のときは、PWM制御から矩形波電圧制御への制御モード切換が指示される。また、変調率<0.78のときには、演算された変調率と、所定の判定値(たとえば、正弦波PWM制御を適用可能な変調率上限の理論値である0.61)との比較により、正弦波PWM制御および過変調PWM制御のいずれかが選択される。
制御装置30は、ステップS600では、ステップS500で決定された制御モードに従って、電圧指令値Vd♯,Vq♯に基づいてインバータ14のスイッチング指令(スイッチング制御信号S3〜S8)を生成する。すなわち、ステップS600の処理は、図4における座標変換部250およびPWM変調部260の機能、あるいは、図7における電圧振幅補正部270、座標変換部250およびPWM変調部260の機能に対応する。
このように、PWM制御では、トルク指令値Trqcomから電流指令値Idcom,Iqcomを生成して、当該電流指令値を基準値とする電流フィードバック制御が実行される。本実施の形態による交流電動機制御では、このような電流指令値の設定を、交流電動機M1の動作状態あるいは制御状態に応じて切換えることを特徴としている。
図9は、本発明の実施の形態1による交流電動機制御での電流指令値の設定手順を説明するフローチャートである。すなわち、図9は、図8のステップS200の詳細を説明するものである。
図9を参照して、制御装置30は、ステップS212により、交流電動機M1の動作領域を判定する。たとえば、図10に示すように、交流電動機M1の電圧、トルクおよび回転数によって動作領域を規定するとともに、過変調PWM制御が適用される領域A2のうちの、かく予め定めた高出力領域500に交流電動機M1の動作点(トルク,回転数)が存在しているときには、ステップS212(図9)をYES判定とする一方で、高出力領域500の外に交流電動機M1の動作点があるときには、ステップS212をNO判定とすることができる。なお、動作点を判定する際のトルクについては、トルク指令値Trqcomを用いてもよい。また、高出力領域500については、交流電動機M1の電圧(具体的には、交流電動機M1への印加電圧の振幅に対応する、インバータ入力電圧であるシステム電圧VH)に応じて設定される。
再び図9を参照して、制御装置30は、ステップS214では、交流電動機M1の温度(モータ温度)をさらに判定する。たとえば、ステップS214の判定については、交流電動機M1のステータコイルや潤滑油の温度を測定するように配置された温度センサ(図示せず)による検出温度が、所定の判定温度よりも上昇したときにYES判定とする一方で、そうでないときにはNO判定とすることができる。
たとえば、この判定温度は、交流電動機M1が永久磁石モータであるときには、永久磁石の温度上昇による減磁の影響が生じる温度領域に対応させて設定することができる。すなわち、上記モータ温度は、磁石温度の推定温度であることが好ましい。
制御装置30は、交流電動機M1が高出力領域500で動作しており(S212がYES判定)であり、かつ、モータ温度が上昇しているとき(S214がYES判定)には、ステップS230により回避用制御ラインを採用する。一方で、制御装置30は、交流電動機M1が高出力領域500で動作していないとき(S212がNO判定)、または、交流電動機M1が高出力領域500で動作していてもモータ温度が上昇していないとき(S214のNO判定時)には、処理をステップS240に進めて、最大トルク制御ラインを採用する。
なお、ステップS214による温度判定は省略可能であるが、温度判定を加えることにより、高出力領域500での動作時のうちの、モータ温度の上昇に伴う減磁の影響によって電流挙動が不安定となり易い動作状態のときに絞って、モータ効率が低下する回避用制御ラインを採用することが可能となる。
次に図11を用いて、最大トルク制御ラインおよび回避用制御ラインについて説明する。
図11を参照して、横軸にd軸電流、縦軸にq軸電流を取った平面において、電流指令値Idcom,Iqcomの組み合わせにより電流動作点が示される。同一トルクを実現するための電流動作点の集合により、等トルク線600が描かれる。図11には、出力トルク=T1,T2,T3のときの等トルクラインが代表的に示されている。
このように、トルク指令値Trqcomに対応させて電流指令値Idcom,Iqcomを生成する際には、等トルク線600上の電流動作点のいずれかを選択することとなり、選択の自由度が存在することになる。ここで、各等トルク線600について、原点からの距離が最小となる電流動作点611,612,613、すなわち、交流電動機M1の出力トルクが最大となるような電流位相の電流動作点の集合により、最大トルク制御ライン610が一意に定義される。最大トルク制御ライン610に従って電流指令値Idcom,Iqcomを設定すれば、同一トルク出力に対して電流振幅が最小となる電流位相で電流動作点が設定されることとなる。
基本的には、事前の解析によって最大トルク制御ライン610を定めることができるので、各等トルク線600と最大トルク制御ライン610との交点に対応する電流動作点に従って、トルク指令値Trqcomを引数として、電流指令値Idcom,Iqcomを抽出するマップを構成することが可能である。
一方、各等トルク線600上において、最大トルク制御ライン610上の各電流動作点611,612,613から、界磁角を大きくするように電流位相をずらした電流動作点621,622,623の集合として、回避用制御ライン620が定義される。
回避用制御ライン620上の電流動作点は、最大トルク制御ライン610上の電流動作点と比較して、同一トルク出力に対して電流振幅が増大することになる。したがって、エネルギ効率の観点からは、最大トルク制御ライン610に従って電流指令値Idcom,Iqcomを設定することが好ましい一方で、電流乱れを抑制して制御動作を安定化される観点からは、回避用制御ライン620に従って電流指令値Idcom,Iqcomを設定する方が有利となる。
また、回避用制御ライン620上の電流動作点では、以下の理由により、同一トルク出力に対する最大トルク制御ライン610上の電流動作点と比較して、変調率(電圧利用率)が低下することとなる。
周知のように、交流電動機M1のd、q軸での電圧方程式は、下記(4),(5)で示される。なお、(4),(5)式中において、Rは電機子巻線抵抗を示し、Ld,Lqはd軸およびq軸のインダクタンスを示し、Ψは永久磁石の電機子鎖交磁束数を示す。また、ωは交流電動機M1の電気角速度を示しており、モータ回転速度Nm(rpm)を用いて、ω=2π・(Nm/60)・P)で求めることができる(P:交流電動機M1の極対数)。
Vd=R・Id+L・(dId/dt)−ω・Lq・Iq ・・・(4)
Vq=R・Iq+L・(dIq/dt)+ω・Ld・Id+ω・Ψ ・・・(5)
図11から理解されるように、同一トルクに対する、最大トルク制御ライン610から
回避用制御ライン620への移動は、q軸電流の絶対値を減少させる一方で、d軸電流の絶対値を増大させる。
なお、(4),(5)式において、巻線抵抗Rに依存する電圧成分はごく低速領域で寄与するため第1項は無視でき、さらに、定常的な動作点の検討においては、第2項も無視できる。また、(5)式において、永久磁石モータでは、一般的に、|ω・Ld・Id|<|ω・Ψ|が成立する。
したがって、(4)式より、q軸電流の絶対値減少はVd2の減少につながり、かつ、(5)式より、d軸電流の絶対値増大は、Id<0であることを考慮すると、Vq2の減少につながる。この結果、同一トルクに対して、(3)式で示される変調率は、回避用制御ライン620上の電流動作点では、最大トルク制御ライン610上の電流動作点よりも低くなる。
なお、回避用制御ライン620についても、実機実験結果等に基づいて求めることができるので、各等トルク線600と回避用制御ライン620との交点に対応する電流動作点に従って、トルク指令値Trqcomを引数として、電流指令値Idcom,Iqcomを抽出するマップを構成することが可能である。
この結果、図9のステップS230,S240により回避用制御ラインおよび最大トルク制御ラインのいずれを採用するかが決定された場合には、図12に示すフローチャートに従って、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomを設定することができる。
図12を参照して、制御装置30は、ステップS250では、ステップS230,S240に従って、回避用制御ラインが適用されるか否かを判定する。そして、回避用制御ラインの適用時(S250のYES判定時)には、制御装置30は、ステップS251により、回避用制御ライン用マップの参照によって、回避用制御ライン620(図11)上の電流動作点を選択するように、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomを生成する。
これに対して、制御装置30は、最大トルク制御ラインの適用時(S250のNO判定時)には、ステップS252により、最大トルク制御ライン用マップの参照によって、最大トルク制御ライン610(図11)上の電流動作点を選択するように、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomを生成する。
以上説明したように、実施の形態1による交流電動機制御によれば、電流フィードバック制御が行なわれるPWM制御時、特に相対的に高出力となる過変調PWM制御時には、交流電動機M1の動作状態に応じて、インバータ14における変調率(電圧利用率)が低下するような電流動作点(電流指令値Idcom,Iqcom)を設定した電流フィードバック制御を予防的に適用することができる。この結果、高出力領域500(図10)での動作時や、モータ温度の上昇時といった、交流電動機M1の出力レベルが高く、モータ電流の乱れの発生が懸念される動作状態では、電流乱れの発生を防止するように電流指令値を適切に設定することによって、制御安定性を高めることができる。
[実施の形態1の変形例]
図12に示したように、回避用制御ライン620に従う電流指令値Idcom,Iqcomは、事前に作成したマップの参照によって生成することが可能である。しかしながら、最大トルク制御ライン610については一意に求められる一方で、回避用制御ライン620の設定は、変調率の低下と電流制御の安定性との兼ね合いを考慮した調整が必要となってくる。このため、回避用制御ライン620について、電流指令値Idcom,Iqcomの両方をマップ化すると、調整負荷が大きくなることが懸念される。
したがって、実施の形態1の変形例では、回避用制御ライン620に従った電流指令値の生成について、その調整負荷が軽減されるような手法を説明する。なお、実施の形態1の変形例では、最大トルク制御ライン610および回避用制御ライン620の選択を受けた、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomの生成のみが実施の形態1と異なるので、それ以外の共通部分について説明は繰り返さない。
図13は、図12と対比される、制御ラインの選択結果に従った電流指令値の設定処理手順の変形例を説明するフローチャートである。
図13を参照して、実施の形態1の変形例では、制御装置30は、図12でのステップS250〜S252に代えて、以下に説明するステップS245,S250,S253〜S255を実行する。
制御装置30は、ステップS230またはS240(図9)によって採用される制御ラインが決定されると、ステップS245により、上述の最大トルク制御ライン用マップを参照して、トルク指令値Trqcomに対応する、最大トルク制御ライン610(図11)に従った、電流指令値Idcom,Iqcomのマップ値Idcom(M)およびIqcom(M)を読出す。
そして、制御装置30は、ステップS250により、回避用制御ラインが適用されるか否かを判定する。そして、最大トルク制御の適用時(S250のNO判定時)には、制御装置30は、ステップS253に処理を進めて、ステップS245で読出したマップ値をそのまま用いて電流指令値Idcom,Iqcomを生成する。すなわちIdcom=Idcom(M),Iqcom=Iqcom(M)に設定される。
これに対して、回避用制御ラインの適用時(S250のYES判定時)には、制御装置30は、ステップS253に処理を進めて、電流指令値Idcom,Iqcomの一方の電流指令値を、ステップS245で読出したマップ値を修正することによって決定する。たとえば、d軸電流について、Idcom=Idcom(M)・k(k>1)とする。
そして、制御装置30は、ステップS254に処理を進めて、ステップS253で決定されたd軸電流指令値Idcom(一方の電流指令値)との組合わせによって、トルク指令値Trqcomを実現することが可能な、q軸電流指令値(他方の電流指令値)を逆算する。この逆算演算は、図11に示した等トルク線600上において、Id,Iqの一方が決定されたときに、Id,Iqの他方を求めることに相当する。この逆算結果に従って、ステップS253で決定された一方の電流指令値を対を成す、他方の電流指令値が決定される。
ここで、上記逆算演算処理については、一方の電流指令値とトルク指令値とを引数として、当該トルク指令値を実現するための他方の電流指令値が抽出される、等トルク換算マップを予め作成することによって実現できる。上記のように、等トルク換算マップは、図11上の等トルク線600に基づいて構成できる。
あるいは、ステップS254,S255では、上記と反対に、ステップS253において、Iqcom=Iqcom(M)・k′(k′<1)と決定するとともに、ステップS254において、q軸電流指令値Iqcomおよびトルク指令値Trqcomから、d軸電流指令値Idcomを求めてもよい。このようにしても、最大トルク制御ライン610と比較して、インバータ14での変調率が低下した電流動作点621〜623(図11)を設定するように、電流指令値Idcom,Iqcomを生成することができる。
このようにすると、係数k(またはk′)のみを調整することによって、変調率の低下度合いと電流制御の安定性との関係を考慮した回避用制御ライン620の設定が可能となる。この結果、電流指令値Idcom,Iqcomの組み合わせを直接マップ化する手法と比較して、電流動作点決定のための調整負荷を軽減できる。
[実施の形態2]
実施の形態1では、電流の乱れが発生しやすいような交流電動機M1の動作状態において、最大トルク制御ラインから回避用制御ラインへの切換を予防的に行なう制御構成について説明した。以下では、実際の制御状態に応じて、最大トルク制御ラインから回避用制御ラインへの切換を最小限に抑えるように考慮した制御構成について説明する。
なお、実施の形態2による交流電動機制御では、実施の形態1と比較して、電流指令値Idcom,Iqcomの生成における回避用制御ラインおよび最大トルク制御ラインの選択が、図9のフローチャートに代えて、図14に示すフローチャートに従って実行される点が異なる。その他の実施の形態1と共通である部分については、説明は繰り返さない。
図14は、本発明の実施の形態2による交流電動機制御での電流指令値の設定手順を説明するフローチャートである。
図14を参照して、制御装置30は、ステップS220では、電流偏差を所定の判定値と比較することによって、実際の電流乱れの有無を判定する。ステップS220では、d軸電流およびq軸電流の電流偏差の両方がそれぞれの判定値を超えたときに、電流乱れを検出してもよいし、d軸電流およびq軸電流の電流偏差のいずれかが判定値を超えたときに電流乱れを検出してもよい。
制御装置30は、電流乱れの発生時(S220のYES時)には、ステップS230により回避用制御ラインを採用する一方で、電流乱れの非発生時(S220のNO判定時)には、ステップS240により、最大トルク制御ラインを採用する。
ステップS230またはS240によって、回避用制御ライン/最大トルク制御ラインのいずれを採用するかが決定されると、上述した図12または図13のフローチャートに従って、実施の形態1またはその変形例と同様に、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomを生成することができる。
実施の形態2による交流電動機制御によれば、実際に電流乱れが発生した場合に限定して回避用制御ラインが採用される。したがって、効率が低下する回避用制御ラインの採用を最小限に抑制した上で、電流乱れの発生時には、変調率を意図的に低下させるような電流指令値の設定とすることによって、制御安定性を高めることができる。
[実施の形態3]
図15は、本発明の実施の形態3による交流電動機制御での電流指令値の設定手順を説明するフローチャートである。実施の形態3による交流電動機制御においても、実施の形態1と共通である部分については、説明は繰り返さない。
図15を参照して、制御装置30は、図14と同様のステップS220により、電流偏差に基づいて電流乱れが発生しているかどうかを判定する。
そして、電流乱れの非発生時(S220のNO判定時)には、ステップS290に処理を進めて、最大トルク制御ラインを採用して制御を継続する。すなわち、図12または図13のフローチャートに従って、最大トルク制御用マップの参照によって、トルク指令値Trqcomに対応する電流指令値Idcom,Iqcomが生成されるとともに、当該電流指令値に従って電流フィードバック制御が実行される。
一方、電流乱れの発生時(S220のYES判定時)には、制御装置30は、ステップS270に処理を進めて、電流制御を一旦安定化するための退避処理を実行する。具体的には、電流動作点を、変調率が低く、かつ、正弦波PWM制御が適用されるような領域へ変更する。
たとえば、図16に示すように、電流動作点613での過変調PWM制御によって電流乱れが発生すると、正弦波PWM制御での動作が保証され、かつ、変調率も比較的低い所定の電流動作点630に、電流動作点が変更される。そして、電流動作点630に対応する電流指令値Idcom,Iqcomに従って、電流フィードバック制御が実行される。
これにより、瞬間的に交流電動機M1の出力トルクが低下することになる。したがって、電流動作点630が選択される時間は、電流制御の安定化に必要な範囲内で、交流電動機M1による負荷運転(たとえば、ハイブリッド自動車等の運転快適性)に問題が生じないように、ごく短時間に設定されることが好ましい。
再び図15を参照して、制御装置30は、ステップS270により電流動作点を変更する待避処理を実行した後に、ステップS280に処理を進めて復帰処理を実行する。
再び図16を参照して、復帰処理では、出力トルクが強制的に低下された電流動作点から、本来のトルク指令値Trqcomへ向けてトルクを徐々に上昇するように、回避用制御ライン620に沿って電流動作点が移動する。すなわち、ステップS270による復帰処理中には、回避用制御ライン620に従って電流指令値Idcom,Iqcomが設定されるとともに、当該電流指令値に従って電流フィードバック制御が実行されることになる。なお、実施の形態3においても、回避用制御ライン620に従った電流指令値Idcom,Iqcomの生成については、実施の形態1(Idcom,Iqcomともマップ値)または実施の形態1の変形例(調整係数の導入)と同様に実現できる。
回避用制御ライン620は、矩形波電圧制御との切換点に相当する電流動作点621(変調率=0.78)を含むようにを準備されている。したがって、復帰処理の終了後にも、トルク指令値Trqcomの変化に対応して回避用制御ライン620に従って電流指令値Idcom,Iqcomを設定することができる。これにより一旦電流乱れが発生した後の電流フィードバック制御を安定化できる。そして、トルク指令値Trqcomの上昇により、回避用制御ライン620上で変調率=0.78(電流動作点621)となると、制御モードは矩形波電圧制御へ切換えられ、再び、矩形波電圧制御からPWM制御(過変調PWM制御)への切換が発生したときには、最大トルク制御ライン610に沿って、電流動作点が設定される。すなわち、過変調PWM制御への制御モード切換時には、電流動作点612の付近に電流動作点が設定されることになる。
以上説明したように、実施の形態3による交流電動機制御によれば、電流偏差が判定値以上となり電流の乱れが大きくなった場合には、正弦波PWM制御が適用される電流動作点への変更によって、安定性の高い制御条件とした電流フィードバック制御を強制的に適用する待避処理を実行することによって、制御安定性を高めることができる。
さらに、待避処理によって低下した出力トルクを復帰させる復帰処理についても、回避用制御ラインに沿って電流動作点を変化させることによって制御安定性を確保することができる。
なお、本実施の形態では、好ましい構成例として、インバータ14への入力電圧(システム電圧VH)を可変制御可能なように、モータ駆動システムの直流電圧発生部10♯が昇降圧コンバータ12を含む構成を示したが、インバータ14への入力電圧を可変制御可能であれば、直流電圧発生部10♯は本実施の形態に例示した構成には限定されない。また、インバータ入力電圧が可変であることは必須ではなく、直流電源Bの出力電圧がそのままインバータ14へ入力される構成(たとえば、昇降圧コンバータ12の配置を省略した構成)に対しても本発明を適用可能である。
さらに、モータ駆動システムの負荷となる交流電動機についても、本実施の形態では、電動車両(ハイブリッド自動車、電気自動車等)に車両駆動用として搭載された永久磁石モータを想定したが、それ以外の機器に用いられる任意の交流電動機を負荷とする構成についても、本願発明を適用可能である。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
5 アース線、6,7 電力線、10,13 電圧センサ、10♯ 直流電圧発生部、11,24 電流センサ、12 コンバータ、14 インバータ、15 U相上下アーム、16 V相上下アーム、17 W相上下アーム、25 回転角センサ、30 制御装置(ECU)、100 モータ駆動制御システム、200 正弦波PWM制御部、201 過変調PWM制御部、210 電流指令生成部、220,250 座標変換部、230 電流フィルタ、240 電圧指令生成部、250 座標変換部、260 PWM変調部、262 搬送波、264 交流電圧指令、270 電圧振幅補正部、400 矩形波電圧制御部、410 電力演算部、420 トルク演算部、430 演算部、440 矩形波発生器、450 信号発生部、500 高出力領域、600 等トルク線、610 最大トルク制御ライン、611,612,613 電流動作点(最大トルク制御ライン)、620 回避用制御ライン、621,622,623 電流動作点(回避用制御ライン)、630 電流動作点(待避処理時)、B 直流電源、C0,C1 平滑コンデンサ、D1〜D8 逆並列ダイオード、Ib 直流電流、Id d軸電流、Idcom d軸電流指令値、Idf,Iqf d,q軸電流(フィルタ処理)、Iqcom q軸電流指令値、iu,iv,iw 三相電流、L1 リアクトル、M1 交流電動機、MCRT モータ電流、Q1〜Q8 電力用半導体スイッチング素子、S1〜S8 スイッチング制御信号、SR1,SR2 システムリレー、Trqcom トルク指令値、Vb 直流電圧、Vd♯ d軸電圧指令値、VH システム電圧、Vq q軸電圧指令値、Vu,Vv,Vw 各相電圧指令、ΔId d軸電流偏差、ΔIq q軸電流偏差、θ ロータ回転角、φv 電圧位相、ω 角速度。