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JP4451393B2 - コリネ型細菌形質転換体及びそれを用いるジカルボン酸の製造方法 - Google Patents

コリネ型細菌形質転換体及びそれを用いるジカルボン酸の製造方法 Download PDF

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JP4451393B2 JP2005512066A JP2005512066A JP4451393B2 JP 4451393 B2 JP4451393 B2 JP 4451393B2 JP 2005512066 A JP2005512066 A JP 2005512066A JP 2005512066 A JP2005512066 A JP 2005512066A JP 4451393 B2 JP4451393 B2 JP 4451393B2
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Description

ジカルボン酸は高分子合成原料、医薬原料、化粧品用途そして食品添加剤用途など広い分野で使用されている。例えば、コハク酸およびその誘導体は生分解性プラスチック原料や環境汚染をもたらさないクリーンな洗浄溶剤用途としてその需要がさらに拡大することが期待されている。
本発明はコリネ型細菌形質転換体およびそれを用いるジカルボン酸の製造方法に関する。さらに詳しくは、特定の形質転換処理が施されたコリネ型細菌を用いるジカルボン酸の高生産性製造方法に関する。
従来より、バイオ手法により目的物質を高い生産速度でもって製造する為に、目的物資に至る微生物代謝経路中のいずれかの経路に係わる触媒酵素遺伝子の発現を強化する方法は多く試みられている。コハク酸等のトリカルボン酸回路に介在するジカルボン酸は、糖類の解糖系で生じるホスホエノールピルビン酸やピルビン酸からホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(以下、PEPCと記す。)やピルビン酸カルボキシラーゼ(以下、PCと記す。)の触媒作用により炭酸イオンを取り込み、オキザロ酢酸を経由して還元的トリカルボン酸回路反応により生成するとされている。
このため、コリネ型細菌を用いるリンゴ酸、フマール酸、コハク酸等の有機酸の製造方法としてPEPC遺伝子を組換える方法(特許文献1)やPC遺伝子を組換える方法(特許文献2)が提案されている。
しかしながら、これらいずれの方法によるコハク酸等有機酸の生成速度は充分なものではなく、さらなる向上が求められている。
一方、本発明の要件の一つである乳酸デヒドロゲナーゼ(以下ldhと記す)遺伝子(ピルビン酸から乳酸生成経路に係わる酵素遺伝子)が欠損した大腸菌変異株を用いたコハク酸、酢酸およびエタノールの同時生成技術も提案されている(特許文献3、特許文献4)。これら米国特許で使用されている大腸菌変異株はldh遺伝子およびpfl遺伝子(ピルビン酸ギ酸リアーゼ遺伝子)を欠いた大腸菌株(NZN 111株)にさらに変異処理(変異を受けた発現遺伝子の明記なし)や組換え処理(リンゴ酸脱水素酵素−mdh−遺伝子を含むプラスミド導入処理)により嫌気的条件下で、コハク酸、酢酸およびエタノールの同時生成が可能なものに形質転換された大腸菌変異株(AFP 111株)である。
この2件の米国特許は同一発明者等による類似した技術内容によるものである。本発明とこれら2件の米国特許は、本発明の要件であるldh遺伝子発現機能を同じく欠いたそれぞれの微生物種を使用しているとはいえ、それぞれの発明思想に基づく技術内容やその結果から形質転換される微生物代謝機能内容は全く異なるものである。
本発明で使用されているコリネ型細菌形質転換株と上記大腸菌変異株の代謝機能の差異は下記の二つの事より明らかである。
1)上記大腸菌変異株(AFP 111)は、ldh遺伝子およびpfl遺伝子の両遺伝子を欠いているため嫌気的増殖が不可能な大腸菌株(NZN 111株)にさらに変異や組換え操作によりエタノール生成機能を有するように形質転換されているが、本発明で使用する組換えコリネ型細菌はエタノール生成機能を全く有していない。
2)上記大腸菌変異株(AFP 111)は糖類からのコハク酸生成に炭酸イオンの供給を必須要件としていない(このことは上記1に関連して、AFP 111ではエタノールや酢酸生成機能を有しているのでこれら醗酵産物の副生物として発生する炭酸ガスを利用しているものと推定される)。本発明のコリネ型細菌による糖類からのコハク酸等のジカルボン酸生成には外部からの炭酸イオン若しくは重炭酸イオンまたは炭酸ガスの供給は必須である。
このように同じくldh遺伝子を欠いた大腸菌変異株と本発明のコリネ型細菌はそれらの代謝機能、機構は全く異なっていると考えられる。本発明の技術が大腸菌変異株(AFP 111)に関する二つの米国特許(本発明ではこれら米国特許の変異処理や組換え技術は用いられていないが)と前記二つのコリネ型細菌に関する日本公開公報技術の組み合わせにより、得られるものでないこと、およびその技術構成内容が異なることは明らかである。
コハク酸生成に関して、ldh遺伝子破壊効果は、特許文献5で明らかにされている。本公表特許公報は大腸菌野生株(MG1655)のldh遺伝子破壊突然変異株およびPC遺伝子高発現(大腸菌野生株は本来PC遺伝子を保有していないが外来PC遺伝子の導入も「高発現」と呼ばれる)/ldh遺伝子破壊の二重組換え株それぞれについてコハク酸生成挙動が調べられている(特許文献5、実施例II、表4参照)。
同表で大腸菌野生株のldh遺伝子破壊はコハク酸生成に殆ど影響を与えないこと(効果がないこと)、そして、ldh遺伝子破壊は、PC遺伝子高発現によるコハク酸生成増強効果に対して阻害効果を示すことが示されている。
これらの結果は、ピルビン酸から目的物質であるコハク酸への代謝経路の炭素質の流れを増強する為に、ピルビン酸からコハク酸への代謝経路以外の経路(例えば、ピルビン酸から乳酸生成の経路)を破壊、阻害、遮断等を行なうことは目的物質へ流れるピルビン酸の蓄積効果(増量効果)が期待できるとして、容易に考えられる手段の如く考えられるが、事実は逆であることを示している。即ち、ldh遺伝子の破壊はコハク酸生成に対して一義的に正の効果をもたらすとは云えないことを示している。
特開平11−196887号公報 特開平11−196888号公報 米国特許第5,770,435号 米国特許第5,869,301号 特表2002−511250号公報
本発明は、従来より知られていなかった新規な方法による好気性コリネ型細菌形質転換体を使用して、コハク酸等のトリカルボン酸回路に介在するジカルボン酸を高生産速度で製造する技術を提供するものである。すなわち、本発明は、特定の形質転換処理を施した好気性コリネ型細菌を創製し、特定の反応条件下で糖類からジカルボン酸を高速度で反応選択性も高く製造することのできる技術を提供することを目的とする。
本発明者等は好気性コリネ型細菌を使用してコハク酸等トリカルボン酸回路に介在するジカルボン酸を糖類から高生産速度で製造すべく、PEPC高発現形質転換コリネ型細菌やPC高発現形質転換コリネ型細菌を用いて種々検討を行ったが、目的とする高生産速度でのジカルボン酸の製造は出来なかった。このような方法ではそれらの生産速度は形質転換される前のコリネ型細菌を用いた場合の生産速度と同程度のものに過ぎなかった。
ところが、思いがけないことに、トリカルボン酸回路とは別の乳酸醗酵経路に関与するldh遺伝子破壊コリネ型細菌株(本発明のldh遺伝子「破壊」とは、ldh遺伝子の全部またはその一部が破壊、変異されたり、該遺伝子のプロモーターやリボソームバインディングサイト等の該遺伝子発現ユニットの改変または除去により、ldh発現活性を有していないことを意味する)を用いてPC高発現形質転換体を創製し、本発明の特定の還元状態下で糖類を反応させたところ、ldh遺伝子が破壊されていない、単なるPC高発現形質転換体によるジカルボン酸生産速度の2倍もの高生産速度でジカルボン酸が生成することを見出し、さらに検討を重ねて本発明に到達した。(なお、PEPC高発現形質転換体の場合には、後記の比較例で明らかにされているように、このような効果は認められなかった。)
すなわち、本発明は、
(1)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が破壊され、かつ、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が高発現すべく組換えられた好気性コリネ型細菌形質転換体であって、
好気性コリネ型細菌がコリネバクテリウム属菌、ブレビバクテリウム属菌、アースロバクター属菌、マイコバクテリウム属菌およびマイクロコッカス属菌の群から選ばれるいずれか1種であることを特徴とする好気性コリネ型細菌形質転換体、
(2) コリネバクテリウム属菌が、Corynebacterium glutamicum R、Corynebacterium glutamicum ATCC13032、Corynebacterium glutamicum ATCC13058、Corynebacterium glutamicum ATCC13059、Corynebacterium glutamicum ATCC13060、Corynebacterium glutamicum ATCC13232、Corynebacterium glutamicum ATCC13286、Corynebacterium glutamicum ATCC13287、Corynebacterium glutamicum ATCC13655、Corynebacterium glutamicum ATCC13745、Corynebacterium glutamicum ATCC13746、Corynebacterium glutamicum ATCC13761、Corynebacterium glutamicum ATCC14020およびCorynebacterium glutamicum ATCC31831から選択されるいずれかの菌であることを特徴とする前記(1)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(3)ブレビバクテリウム属菌が、Brevibacterium lactofermentum ATCC13869、Brevibacterium flavum MJ−233、Brevibacterium flavum MJ−233AB−41およびBrevibacterium flavum Brevibacterium ammoniagenes ATCC6872から選択されるいずれかの菌であることを特徴とする前記(1)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(4)アースロバクター属菌が、Arthrobacter globiformis ATCC8010、Arthrobacter globiformis ATCC4336、Arthrobacter globiformis ATCC21056、Arthrobacter globiformis ATCC31250、Arthrobacter globiformis ATCC31738およびArthrobacter globiformis ATCC35698から選択されるいずれかの菌であることを特徴とする前記(1)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(5)マイコバクテリウム属菌が、Mycobacterium bovis ATCC19210またはMycobacterium bovis ATCC27289であることを特徴とする前記(1)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(6)マイクロコッカス属菌が、Micrococcus freudenreichii No.239、Micrococcus luteus No.240、Micrococcus ureae IAM1010およびMicrococcus roseus IFO3764から選択されるいずれかの菌であることを特徴とする前記(1)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(7)コリネバクテリウム属菌がCorynebacterium glutamicum Rであることを特徴とする前記(2)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(8)乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の破壊が、相同性組換え法、トランスポゾン挿入法および変異原導入法から選ばれる方法により該遺伝子が分断もしくは該遺伝子の一部または全域が除去され、該酵素活性発現機能が喪失していることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれかに記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(9)Corynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PCまたはCorynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PC−FRDであることを特徴とする前記(1)、(2)、(7)および(8)のいずれかに記載の好気性コリネ型細菌形質転換体、
(10)炭酸イオン若しくは重炭酸イオンまたは二酸化炭素ガスを含有する還元状態下の反応液中で細菌と糖類とを反応させ反応液中に生成するジカルボン酸を採取する方法において、細菌が前記(1)に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体であることを特徴とするジカルボン酸の製造方法、
(11)還元状態下の反応液の酸化還元電位が−200ミリボルト乃至−500ミリボルトであることを特徴とする前記(10)に記載のジカルボン酸の製造方法、および
(12)ジカルボン酸がコハク酸、フマール酸およびリンゴ酸から選ばれることを特徴とする前記(10)または(11)に記載のジカルボン酸の製造方法、
に関する。
本発明によれば、ジカルボン酸が糖類から高生産速度で製造できる。本発明は、遺伝子工学的手法により、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が破壊され、かつ、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が高発現すべく組換えられた好気性コリネ型細菌形質転換体を使用する。これは、ldh遺伝子が破壊されていない、単なるPC高発現形質転換体を使用する場合に対比して、2倍もの高生産速度でジカルボン酸が生成する。
本発明で用いられる好気性コリネ型細菌とは、バージーズ・マニュアル・デターミネイティブ・バクテリオロジー(Bargeys Manual of Determinative Bacteriology,8,599、1974)に定義されている一群の微生物である。具体例を挙げれば、コリネバクテリウム属菌、ブレビバクテリウム属菌、アースロバクター属菌、マイコバクテリウム属菌またはマイクロコッカス属菌等が挙げられる。
さらに具体的には、コリネバクテリウム属菌としては、コリネバクテリウム グルタミカムR(Corynebacterium glutamicum R;FERM P−18976)、Corynebacterium glutamicum ATCC13032、Corynebacterium glutamicum ATCC13058、Corynebacterium glutamicum ATCC13059、Corynebacterium glutamicum ATCC13060、Corynebacterium glutamicum ATCC13232、Corynebacterium glutamicum ATCC13286、Corynebacterium glutamicum ATCC13287、Corynebacterium glutamicum ATCC13655、Corynebacterium glutamicum ATCC13745、Corynebacterium glutamicum ATCC13746、Corynebacterium glutamicum ATCC13761、Corynebacterium glutamicum ATCC14020またはCorynebacterium glutamicum ATCC31831等が挙げられる。
ブレビバクテリウム属菌としては、ブレビバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)ATCC13869、ブレビバクテリウム フラバム(Brevibacterium flavum)MJ−233(FERM BP−1497)もしくはBrevibacterium flavum MJ−233AB−41(FERM BP−1498)、またはブレビバクテリウム アンモニアゲネス(Brevibacterium ammoniagenes)ATCC6872等があげられる。
アースロバクター属菌としては、アースロバクター グロビフォルミス(Arthrobacter globiformis)ATCC8010、Arthrobacter globiformis ATCC4336、Arthrobacter globiformis ATCC21056、Arthrobacter globiformis ATCC31250、Arthrobacter globiformis ATCC31738またはArthrobacter globiformis ATCC35698等が挙げられる。
マイコバクテリウム属菌としては、マイコバクテリウムボビス(Mycobacterium bovis)ATCC19210またはMycobacterium bovis ATCC27289等が挙げられる。
マイクロコッカス属菌としては、マイクロコッカス・フロイデンライヒ(Micrococcus freudenreichii)No.239(FERM P−13221)、マイクロコッカス・ルテウス(Micrococcus luteus)No.240(FERM P−13222)、マイクロコッカス ウレアエ(Micrococcus ureae)IAM1010またはマイクロコッカス ロゼウス(Micrococcus roseus)IFO3764等が挙げられる。
本発明で用いられる好気性コリネ型細菌としては、Corynebacterium glutamicum R(FERM P−18976)、Corynebacterium glutamicum ATCC13032またはBrevibacterium lactofermentum ATCC13869などが好ましい。
また、本発明で用いられる好気性コリネ型細菌としては自然界に存在する野生株の変異株(例えば、Corynebacterium glutamicum R株のセロビオース資化能を獲得した変異株FERM P−18977、FERM P−18978株など;特開平2004−89029号公報参照)であってもよく、本発明の構成遺伝子以外の遺伝子が組換えられた人為株(例えば、Corynebacterium glutamicum R株のホスホトランスフェラーゼ系酵素IIに関する遺伝子組み換えにより、グルコースとセロビオースの同時併行資化能を発現すべく形質転換された人為株、FERM P−18979;特開平2004−89029号公報参照)を用いても良い。
これら上記の好気性コリネ型細菌が本発明の目的のため、下記に詳記するldh発現遺伝子の破壊およびPC高発現の形質転換処理が施される。
本発明のldh遺伝子の破壊は、相同性組換え法、トランスポゾン挿入法および変異原導入法から選ばれる方法により該遺伝子が分断もしくは該遺伝子の一部または全域が除去され、該酵素活性発現機能を喪失させることができるが、トランスポゾン挿入法および変異原導入法は染色体上の遺伝子のランダムな破壊であり、ターゲットとするldh遺伝子の破壊を効率よく実施するには相同性組換え法が好ましい。これらの方法はいずれも自体従来充分に確立された技術であるから、本発明にあっては、それらに従ってよい。
相同性組換え法によるコリネ型細菌のldh遺伝子破壊株作製は、実施例で詳記するが、通常、以下の操作方法、手順で行なうことができる。
A)発明に用いる微生物からDNA抽出;コリネ型細菌からのゲノムDNA抽出法は、4mg/ml濃度のリゾチームで37℃、30分間菌体を事前に処理する以外は、Sambrookらの方法(Sambrook,J.,E.F.Fritsch and T.Maniatis.1989.Molecular cloning:a laboratory manual,2nd ed.Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,N.Y.)により行うことができる。
B)ターゲットとなるldh遺伝子のクローン化と破壊用プラスミド作製;ldh遺伝子のクローニングは、既知ldh遺伝子間の保存アミノ酸配列からデザインしたプライマーを用いたPCR法や、既知ldh遺伝子を用いたハイブリダイゼーションにより行うことができるが、最も効率的な方法としては、ゲノム配列(コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株の場合、全ゲノム配列(野中 寛、中田 かおり、岡井 直子、和田 真利子、佐藤 由美子、Kos Peter、乾 将行、湯川 英明「Corynebacterium glutamicum Rゲノム解析」日本農芸化学会、2003年4月、横浜、日本農芸化学会2003年度大会講演要旨集、p.20参照)が決定されているので、利用できる)からプライマーをデザインし、コリネ型細菌のゲノムDNAを鋳型として、ldh遺伝子の全長を含む遺伝子をPCRにより増幅・取得することができる。一方、ldh遺伝子の破壊株の作成は、コリネ型細菌内で複製不可能なpHSG398等の大腸菌ベクター等に、PCRで増幅したldh遺伝子をクローニング後、ldh遺伝子のほぼ中央に位置するユニークな制限酵素サイトに、カナマイシン等の薬剤耐性遺伝子(遺伝子破壊する際のマーカー遺伝子として利用)を挿入した、遺伝子破壊用プラスミドを作製する。
C)プラスミド導入による相同組換え法;ldh遺伝子破壊株の作成は、上記遺伝子破壊用プラスミドを、コリネ型細菌への高効率遺伝子導入法〔電気パルス法(Y.Kurusu,et al.,Agric.Biol.Chem.54:443−447.1990.およびA.A.Vertes,et al.,Res.Microbiol.144:181−185.1993)の方法〕により細胞内に導入し、染色体への相同性組換えにより、ldh遺伝子を破壊(または不活性化)することにより行うことができる。尚、ldh遺伝子の破壊の確認は、遺伝子レベルではPCRやサザンハイブリダイゼーション法により、ldh遺伝子断片に加えて、カナマイシン耐性遺伝子などのマーカー遺伝子断片が染色体に挿入されていることで、また、蛋白質レベルでは、乳酸デヒドロゲナーゼの酵素活性が消失していることにより確認できる。
上述の如くして作製されたコリネ型細菌のldh破壊株は、さらに、PC遺伝子を高発現すべく形質転換される。すなわち、PC活性を有する酵素をコードする遺伝子配列を含む核酸断片を上記のコリネ型細菌のldh破壊株に導入し、導入前のldh破壊株に比しPC活性をより高く発現すべく、形質転換される。
PC遺伝子を含む核酸断片の導入法は後記の実施例にて詳記するが、本発明の目的で使用されるPC遺伝子を含む核酸断片は微生物、動植物の染色体上に広く存在しており、本発明のコリネ型細菌自身の有するものであっても外来(異種)由来のものでも良い。
また、その塩基配列が既知であれば、その配列に従って合成した遺伝子を使用することも出来る。遺伝子配列が不明の場合であっても、PC活性を指標にして酵素蛋白質を精製し、そのN末端アミノ酸配列、部分分解配列より、通常のハイブリダイゼーションの手法により核酸断片を単離できる。また、PC酵素蛋白質間で保存されているアミノ酸配列をもとにハイブリダイゼーション、PCR法により断片を取得することが可能である。取得した断片は通常の手法により塩基配列を決定することができる。
特性が明らかにされているPC酵素蛋白あるいは遺伝子には下記のものがある。
コリネバクテリウム・グルタミクム(C.glutamicum);(GenBank Y09548)ヒト;(GenBank K02282;S.Freytag et al.,J.Biol.Chem.,259,12831−12837(1984))
サッカロミセス・セレビシェー(S.cerevisiae);(GenBank X59890,J03889,andM16595;R.Stucka et al.,Mol.Gen.Genet.,229,305−315(1991);F.Lim et al.,J.Biol.Chem.,263,11493−11494(1988);D.Myers et al.,Biochemistry,22,5090−5096(1983))
リゾビウム・エトリ(R.etli);(GenBank U51439;M.Dunn et al.,J.Bacteriol.,178,5960−5070(1996))
シゾサッカロミッセス・ポンベ(S.pombe);(GenBank D78170)バシルス・ステアロサーモフルス(B.stearothermophilus);(GenBank D83706;H.Kondo,Gene,191,47−50(1997);S.Libor,Biochemistry,18,3647−3653(1979))
シュードモナス・フルオレセンス(P.fluorescens);(R.Silvia et al,J.Gen.Microbiol.,93,75−81(1976))
本発明のPC遺伝子はPC活性が保持される限り、塩基配列の一部が他の塩基と置換、削除または新たに塩基が挿入されていてもよく、さらには塩基配列の一部が転位されているものでも良い。これら誘導体のいずれも本発明に用いることができる。上記一部とは、例えばアミノ酸残基換算で、1乃至数個であってよい。
本発明のPC遺伝子を含む核酸断片は前述のコリネ型細菌ldh破壊株へ、プラスミドベクターを用いて、PC遺伝子が発現可能な制御配列下に導入される。ここで「制御配列下」とはPC遺伝子が、例えば、プロモーター、インデューサー、オペレーター、リボソーム結合部位および転写ターミネーター等との共同作業により自律複製できることを意味する。このような目的で使用されるプラスミドベクターとしては、コリネ型細菌ldh破壊株内で自律複製機能を司る遺伝子を含むものであれば良い。その具体例としては、例えば、pAM330(Agric.Biol.Chem.,vol.48,2901−2903(1984)およびNucleic Acids Symp Ser.,vol.16,265−267(1985))(Brevibacterium lactofermentum 2256由来)、pHM1519(Agric.Biol.hem.,vol.48、2901−2903(1984))(Corynebacterium glutamicum ATCC13058由来)、pCRY30(Appl.Environ.Microbiol.,vol.57,759−764(1991))、pEK0,pEC5,pEKEx1(Gene,vol.102,93−98(1991))そしてpCG4(J.Bacteriol.,vol.159,306−311(1984))(Corynebacterium gluatmicum T250由来)等が挙げられる。
本発明のコリネ型細菌形質転換体創製に使用されるプラスミドの構築は、例えば、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株由来のPC遺伝子を用いる場合では完全なPC遺伝子を含む3.8−kb遺伝子断片〔コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株の全ゲノム解析結果(野中寛、中田かおり、岡井直子、和田真利子、佐藤由美子、Kos Peter、乾将行、湯川英明「Corynebacterium glutamicum Rゲノム解析」日本農芸化学会、2003年4月、横浜、日本農芸化学会2003年度大会講演要旨集、p.20参照)を基にPCRで増幅可能(詳細は、実施例に記載)〕を、適当なプロモーター、ターミネーター等の制御配列を連結後、上記例示されているいずれかのプラスミドベクターの適当な制限酵素部位に挿入し、構築することが出来る。
上記組換えプラスミドにおいて、PC遺伝子を発現させるためのプロモーターとしては、コリネ型細菌が元来保有するプロモーターが挙げられるが、それに限られるものではなく、PC遺伝子の転写を開始させる機能を有する塩基配列であればいかなるものであってもよい。また、PC遺伝子の下流に配置される制御配列下のターミネーターについても、コリネ型細菌が元来保有するターミネーターが挙げられるが、それらに限定されるものではなく、例えば大腸菌由来のトリプトファンオペロンのターミネーター等のPC遺伝子の転写を終了させる機能を有する塩基配列であれば、いかなるものであってもよい。
PC遺伝子を含むプラスミドベクターのコリネ型細菌ldh破壊株への導入方法としては、電気パルス法(エレクトロポレーション法)やCaCl法等コリネ型細菌ldh破壊株へのPC遺伝子導入が可能な方法であれば特に限定されるものではない。
その具体例として、例えば電気パルス法は、公知の方法(Agric.Biol.Chem.,vol.54,443−447(1990)、Res.Microbiol.,vol.144,181−185(1993))を用いることができる。
本発明のコリネ型細菌形質転換創製体の取得方法としては、常法に従い、PC遺伝子を含むプラスミドベクターに薬剤耐性遺伝子等をも組み入れて、適切な濃度の当該薬剤を含むプレート培地上にPC遺伝子導入処理を行った本発明のコリネ型細菌を塗布することにより形質転換されたコリネ型細菌を選抜することができる。その具体例としては、例えば、Agric.Biol.Chem.,vol.54,443−447(1990)、Res.Microbiol.vol.144,181−185(1993)に記載の方法等を用いることができる。
上記の如くして創製された、ldh遺伝子が破壊され、そして、PC遺伝子が高発現すべく形質転換されている本発明のコリネ型細菌は、菌体名;Corynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PCのもとに、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号:FERM BP−10060で寄託されている。
Corynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PCへは、場合により、さらに付加的に本発明のジカルボン酸生成速度の向上に寄与するアナプレロティック経路酵素遺伝子やトリカルボン酸回路で寄与する、例えば、フマレートレダクターゼ(FRD)遺伝子等を導入することも出来る。そのような本発明のコリネ型細菌の例として、菌体名;Corynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PC−FRDのもとに、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに受託番号:FERM BP−10061で寄託されている。
かくして創製された本発明のコリネ型細菌は特定の還元状態下にある、炭酸イオン、重炭酸イオンまたは炭酸ガスを含有する反応液中で、換言すれば炭酸イオン、重炭酸イオンおよび炭酸ガスからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の混合物を含有する反応液中で、糖類を原料として、ジカルボン酸、例えばコハク酸、フマール酸またはリンゴ酸などを高い生産速度で生成することが出来る。
本発明に係るジカルボン酸の製造方法においては、まず上述した本発明の方法で形質転換創製された好気性コリネ型細菌を好気条件下で増殖培養する。
本発明の好気性コリネ型細菌の培養は、炭素源、窒素源および無機塩等を含む通常の栄養培地を用いて行うことが出来る。培養には、炭素源として、例えばグルコースまたは廃糖蜜等を、そして窒素源としては、例えばアンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウムまたは尿素等をそれぞれ単独もしくは混合して用いることが出来る。また、無機塩として、例えばリン酸一水素カリウム、リン酸ニ水素カリウムまたは硫酸マグネシウム等を使用することが出来る。この他にも必要に応じて、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー、カザミノ酸またはビオチンもしくはチアミン等の各種ビタミン等の栄養素を培地に適宜添加することも出来る。
培養は、通常、通気攪拌または振盪等の好気的条件下、約20℃〜約40℃、好ましくは約25℃〜約35℃の温度で行うことが出来る。培養時のpHは約5〜10付近、好ましくは約7〜8付近の範囲がよく、培養中のpH調整は酸またはアルカリを添加することにより行うことが出来る。培養開始時の炭素源濃度は、約1〜20%(W/V)、好ましくは約2〜5%(W/V)である。また、培養期間は通常約1〜7日間程度である。
ついで、本発明の好気性コリネ型細菌の培養菌体を回収する。上記の如くして得られる培養物から培養菌体を回収分離する方法としては、特に限定されず、例えば遠心分離や膜分離等の公知の方法を用いることができる。
回収された培養菌体に対して処理を加え、得られる菌体処理物を次工程であるジカルボン酸生成反応工程に用いてもよい。菌体処理方法としては、培養菌体に何らかの処理が加えられたものであればよく、例えば、菌体をアクリルアミドまたはカラギーナン等で固定化する方法等が挙げられる。
ついで、上記の如くして得られる培養物から回収分離された本発明の好気性コリネ型細菌の培養菌体またはその菌体処理物は還元状態下の反応培地での目的とするジカルボン酸の生成反応に供せられる。ジカルボン酸生成方式は、回分式、連続式いずれの生成方式も可能である。
本発明の還元状態下の生化学反応に於いては、本発明の好気性コリネ型細菌の増殖分裂が抑制され、増殖に伴う分泌副生物の実質的な完全抑制を実現することが出来る。この観点からは、培養回収されたコリネ型細菌またはその菌体処理物が反応培地に供せられるときには、コリネ型細菌細胞内外の培養時の環境状態が反応培地にもたらされない方法や条件を用いることが推奨される。つまり、反応培地は、増殖培養過程で生成し、菌体内外に存在する生成物質を実質的に含有しないことが好ましい。より具体的には、増殖培養過程で生成し、菌体外に放出された分泌副生物、および培養菌体内の好気的代謝機能により生成し菌体内に残存する物質が、反応培地に実質的に存在しない状態であることが推奨される。このような状態は、例えば、増殖培養後の培養液の遠心分離、膜分離等の方法および/または培養後の菌体を還元状態下で約2時間ないし10時間程度放置することで実現される。
本工程においては、還元状態下の反応培地を用いる。反応培地は、還元状態下にあれば、固体状、半固体状または液体状等いずれの形状を有していてもよい。本発明の一つの要件は、還元状態下でコリネ型細菌の代謝機能による生化学反応を行わせしめ、目的とするジカルボン酸を生成することである。
本発明における還元状態とは、反応系の酸化還元電位で規定され、反応培地の酸化還元電位は、好ましくは約−200mV〜−500mV程度、より好ましくは約−250mV〜−500mV程度である。反応培地の還元状態は簡便にはレサズリン指示薬(還元状態であれば、青色から無色への脱色)である程度推定できるが、正確には酸化還元電位差計(例えば、BROADLEY JAMES社製、ORP Electrodes)を用いる。本発明においては、反応培地に菌体またはその処理物を添加した直後からジカルボン酸を採取するまで、還元状態を維持していることが好ましいが、少なくともジカルボン酸を採取する時点で反応培地が還元状態であればよい。反応時間の約50%以上、より好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約90%以上の時間、反応培地が還元状態に保たれていることが望ましい。なかでも、反応時間の約50%以上、より好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約90%以上の時間、反応培地の酸化還元電位が約−200mV〜−500mV程度に保たれていることがより望ましい。
このような還元状態の実現は具体的には、前記の培養後の培養菌体調製方法、反応培地の調整方法、または反応途中における還元状態の維持方法等によりなされる。
還元状態下の反応培地の調整方法は、公知の方法を用いてよい。例えば、反応培地用水溶液の調整方法は、例えば硫酸還元微生物などの絶対嫌気性微生物用の培養液調整方法
(Pfennig,N et.al.(1981):The dissimilatory sulfate−reducing bacteria,In The Prokaryotes,A Handbook on Habitats,Isolation and Identification of Bacteria,Ed.by Starr,M.P.et.al.p.926−940,Berlin,Springer Verlag.や「農芸化学実験書 第三巻、京都大学農学部 農芸化学教室編、1990年第26刷、産業図書株式会社出版」)などが参考となり、所望する還元状態の水溶液を得ることが出来る。
反応培地用水溶液の調整方法として、より具体的には反応培地用水溶液を加熱処理や減圧処理することにより溶解ガスを除去する方法等が挙げられる。より具体的には、約10mmHg以下、好ましくは約5mmHg以下、より好ましくは約3mmHg以下の減圧下で、約1〜60分程度、好ましくは5〜40分程度、反応培地用水溶液を処理することにより、溶解ガス、特に溶解酸素を除去して還元条件下の反応培地用水溶液を作成することができる。また、適当な還元剤(例えば、チオグリコール酸、アスコルビン酸、システィン塩酸塩、メルカプト酢酸、チオール酢酸、グルタチオンそして硫化ソーダ等)を添加して還元状態の反応培地用水溶液を調整することも出来る。また、場合により、これらの方法を適宜組み合わせることも有効な還元状態の反応培地用水溶液を調整する方法となる。
反応途中における還元状態の維持方法としては、反応系外からの酸素の混入を可能な限り防止することが望ましく、反応系を窒素ガス等の不活性ガスや炭酸ガス等で封入する方法が通常用いられる。酸素混入をより効果的に防止する方法としては、反応途中において本発明のコリネ型細菌の菌体内の代謝機能を効率よく機能させるために、反応系のpH維持調整液の添加や各種栄養素溶解液を適宜添加する必要が生じる場合もあるが、このような場合には添加溶液から酸素を予め除去しておくことが有効である。
反応系の酸化還元電位に影響する因子としては、反応系雰囲気ガスの種類と濃度、反応温度、反応溶液pH、目的とするジカルボン酸生成のために使用される無機および有機の各種化合物濃度と組成等が考えられる。本発明における反応培地の酸化還元電位とは上記各種影響因子が統合されて示されるものである。
反応培地には、ジカルボン酸生成の原料となる糖類および炭酸イオンまたは重炭酸イオンが含まれている。
糖類としては、グルコース、ガラクトース、フルクトースもしくはマンノースなどの単糖類、セロビオース、ショ糖もしくはラクトース、マルトースなどの二糖類、またはデキストリンもしくは可溶性澱粉などの多糖類などが挙げられる。なかでも、グルコースが好ましい。この場合、グルコースは約0.5〜500g/L(リットル)の濃度範囲で使用される。
炭酸イオンまたは重炭酸イオンは、炭酸または重炭酸もしくはこれらの塩あるいは炭酸ガスから供給されるものである。炭酸または重炭酸の塩の具体例としては、例えば、炭酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸アンモニウム、重炭酸ナトリウム、そして重炭酸カリウム等が挙げられる。これら炭酸イオンまたは重炭酸イオンは約1〜500mM、好ましくは約2〜300mMの濃度範囲で使用される。炭酸ガスが供給される場合は、約50mg/L〜25g/L、好ましくは、約100mg/L〜15g/Lの濃度で溶液中に含有するように供給される。
ジカルボン酸の生成反応に用いられる反応培地組成は、コリネ型細菌またはその処理物がその代謝機能を維持するために必要な成分、即ち、各種糖類等の炭素源と炭酸源の他にも、蛋白質合成に必要な窒素源(例えばアンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウムまたは尿素等)、その他リン、カリウムまたはナトリウム等の塩類、さらに鉄、マンガンまたはカルシウム等の微量金属塩を含む。これらの添加量は所要反応時間、目的ジカルボン酸生産物の種類または用いられるコリネ型細菌の種類等により適宜定めることが出来る。用いるコリネ型細菌によっては特定のビタミン類の添加が好ましい場合もある。好気性コリネ型細菌またはその菌体処理物と糖類との反応は、本発明の好気性コリネ型細菌またはその菌体処理物が活動できる温度条件下で行われることが好ましく、好気性コリネ型細菌またはその菌体処理物の種類などにより適宜選択することができる(詳しくは実施例参照)。
上述のようにして反応培地で生成したジカルボン酸を採取する。その方法はバイオプロセスで用いられる公知の方法を用いることが出来る。そのような公知の方法として、ジカルボン酸生成液の塩析法、再結晶法、有機溶媒抽出法、エステル化蒸留分離法、クロマトグラフィー分離法または電気透析法等があり、ジカルボン酸の特性に応じてその分離精製採取法は適宜定めることが出来る。
以下、実施例でもって本発明を説明するが、本発明はこのような実施例に限定されるものではない。なお、「%」は、特に断りのない限り、「重量%」を示す。
〔実施例1〕コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター受託番号:FERM P−18976)のldh遺伝子破壊株の作製
(A)コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株からの全DNAの抽出
A培地1L[組成:尿素:2g,(NHSO:7g,KHPO:0.5g,KHPO:0.5g,MgSO・7HO:0.5g,FeSO・7HO:6mg,MnSO・nHO:4.2mg,D−ビオチン:200μg,塩酸チアミン:200μg,酵母エキス2g,カザミノ酸7g,グルコース20gおよび蒸留水:1000ml(pH6.6)]に、野生株Corynebacterium glutamicum Rを、白金耳を用いて植菌後、対数増殖期後期まで33℃で培養し、菌体を集めた。
得られた菌体を10mg/mlの濃度になるよう、10mg/mlリゾチーム、10mM NaCl、20mMトリス緩衝液(pH8.0)および1mM EDTA・2Naの各成分を含有する溶液15ml(各成分の濃度は最終濃度である)に懸濁した。次にプロテナーゼKを最終濃度が100μg/mlになるように添加し、37℃で1時間保温した。さらにドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を最終濃度が0.5%になるように添加し、50℃で6時間保温して溶菌した。この溶菌液に、等量のフェノール/クロロホルム溶液を添加し、室温で10分間ゆるやかに振盪した後、全量を遠心分離(5,000×g,20分間,10〜12℃)し、上清画分を分取した。この上清に酢酸ナトリウムを0.3Mとなるよう添加した後、2倍量のエタノールをゆっくりと加えた。水層とエタノール層の間に存在するDNAをガラス棒でまきとり、70%エタノールで洗浄した後、風乾した。得られたDNAに10mMトリス緩衝液(pH7.5)−1mMEDTA・2Na溶液5mlを加え、4℃で一晩静置し、以後の実験に用いた。
(B)ldh遺伝子のクローン化と遺伝子破壊用プラスミドの創製
上記(A)項で調製した染色体DNAを鋳型として、PCRを行った。
PCRに際しては、ldh遺伝子をクローン化するべく、コリネバクテリウムグルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株の全ゲノム解析結果(野中 寛、中田 かおり、岡井 直子、和田 真利子、佐藤 由美子、Kos Peter、乾 将行、湯川 英明「Corynebacterium glutamicum Rゲノム解析」日本農芸化学会、2003年4月、横浜、日本農芸化学会2003年度大会講演要旨集、p.20参照)を基に、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
ldh遺伝子増幅用プライマー
ldh−N;5’−CTCTGTCGACATCAGGAAGTGGGATCGAAA−3’(配列番号1),
ldh−C;5’−CTCTGTCGACTTCCATCCAACAGTTTCATT−3’(配列番号2)
尚、いずれのプライマーもSalIサイトが末端に付加されている。
PCRは、パーキンエルマーシータス社製の「DNAサーマルサイクラー」を用い、反応試薬として、タカラ・イーエックス・タック(TaKaRa Ex Taq)(宝酒造株式会社製)を用いて下記の条件で行った。
反応液:
(10×)PCR緩衝液 10μl
1.25mM dNTP混合液 16μl
鋳型DNA 10μl(DNA含有量1μM以下)
上記記載の2種のプライマー 各々1μl(最終濃度0.25μM)
タカラ・イーエックス・タックDNA・ポリメラーゼ 0.5μl
滅菌蒸留水 61.5μl
以上を混合し、この100μlの反応液をPCRにかけた。
PCRサイクル:
デナチュレーション過程:94℃ 60秒
アニーリング過程 :52℃ 60秒
エクステンション過程 :72℃ 120秒
以上を1サイクルとし、30サイクル行った。
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、ldh遺伝子の場合、約1.1kbのDNA断片が検出できた。
次に、上記ldh遺伝子を含む1.1kb PCR産物10μlおよびクロラムフェニコール耐性遺伝子を含有するプラスミドpHSG398(宝酒造株式会社製)2μlを各々制限酵素SalIで切断し、70℃で10分処理することにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これにT4DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させた。このライゲーション液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造株式会社製)を形質転換し、クロラムフェニコール50mg、X−gal(5−Bromo−4−chloro−3−indoxyl−beta−D−galactopyranoside)200mg、IPTG(isopropyl 1−thio−beta−d−galactoside)100mgを含む培地〔トリプトン 10g、イーストエキストラクト 5g、NaCl 5gおよび寒天 16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
上記培地上で白色を呈する生育株を選定し常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、制限酵素SalIで切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpHSG398約2.2kbのDNA断片に加え、ldh遺伝子を含有する長さ約1.1kbの挿入DNA断片が認められた。
該ldh遺伝子を含むプラスミドをpHSG398−LDHとした。
このプラスミドpHSG398−LDHに含まれるldh遺伝子のほぼ中央には、制限酵素部位EcoRV(本プラスミド内で1箇所のみ)が存在する。上記のように抽出したプラスミドpHSG398−LDHのDNA溶液10μlをEcoRVで完全に切断し、70℃で10分処理することにより制限酵素を失活させた。
一方、プラスミドpUC4K(ファルマシア社製)2μlを制限酵素PstIで切断後、アガロース電気泳動により分離後、ゲルから約1.2kbPstIカナマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片を切り出し、精製した。この精製1.2kbPstIカナマイシン耐性遺伝子DNA断片をDNAブランティングキット(宝酒造株式会社製)により平滑末端処理を行った。
上記EcoRV切断pHSG398−LDH DNA溶液と平滑末端処理1.2kbPstIカナマイシン耐性遺伝子DNA溶液を混合し、これにT4DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させた。このライゲーション液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造株式会社製)を形質転換し、カナマイシン50mgを含む培地〔トリプトン 10g、イーストエキストラクト 5g、NaCl 5gおよび寒天 16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
上記培地上での生育株を選定し常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、制限酵素SalIで切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpHSG398約2.2kbのDNA断片に加え、ldh遺伝子の中央にカナマイシン耐性遺伝子を含有する長さ約2.3kbの挿入DNA断片が認められた。
このプラスミドをpHSG398−LDH/Kmとした。
(C)ldh遺伝子破壊株の創製
プラスミドpHSG398およびその派生物である上記(B)項で得られたプラスミドpHSG398−LDH/Kmは、コリネバクテリウム属(コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株を含む)内で複製不可能なプラスミドである。プラスミドpHSG398−LDH/Kmを、電気パルス法(Y.Kurusu,et al.,Agric.Biol.Chem.54:443−447.1990.およびA.A.Vertes,et al.,Res.Microbiol.144:181−185.1993)の方法に従って、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株へ導入し、カナマイシン50μg/mlを含むA寒天培地(1L[組成:尿素:2g,(NHSO:7g,KHPO:0.5g,KHPO:0.5g,MgSO・7HO:0.5g,FeSO・7HO:6mg,MnSO・nHO:4.2mg,D−ビオチン:200μg,塩酸チアミン:200μg,酵母エキス:2g,カザミノ酸:7g,グルコース:20g,寒天:16gを蒸留水に1000ml溶解(pH6.6)])に塗布した。
上記のカナマイシン50μg/mlを含むA寒天培地上で増殖した生育株は、プラスミドpHSG398−LDH/Kmが染色体上の野生型ldh遺伝子と1点相同性組換えを起こした場合、ベクターpHSG398上のクロラムフェニコール耐性遺伝子の発現によるクロラムフェニコール耐性と、ldh遺伝子中のカナマイシン耐性遺伝子の発現によるカナマイシン耐性を示すのに対して、2点相同性組換えを起こした場合は、ベクターpHSG398上のクロラムフェニコール耐性遺伝子が脱落するためクロラムフェニコール感受性と、ldh遺伝子中のカナマイシン耐性遺伝子の発現によるカナマイシン耐性を示す。従って、目的とするldh遺伝子破壊株は、クロラムフェニコール感受性、カナマイシン耐性を示す。
クロラムフェニコール感受性、カナマイシン耐性を示した生育株を常法により液体培養し、培養液より染色体DNAを抽出し、以下に述べるゲノミックサザンハイブリダイゼーションにより染色体上のldh遺伝子の破壊を確認した。染色体DNAを適当な制限酵素で分解した後、ナイロンフィルター(Hybond N;アマシャム社製)にブロッティングし、上記(B)項で得たLDH遺伝子を含む1.1kb PCR産物をプローブとして、DIGシステム(ベーリンガー社製)によりラベル化し、ゲノミックサザンハイブリダイゼーションを行った。野生株より抽出した染色体DNAを用いたゲノミックサザンハイブリダイゼーションのパターンと比較して、遺伝子破壊株のパターンは、上記(B)項に示した1.2kbカナマイシン耐性遺伝子分長いバンドが検出され、染色体上のldh遺伝子の破壊が確認できた。このようにして得られたldh遺伝子破壊株をコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株と命名した。
尚、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株におけるldh活性の消失は、以下の方法により確認した。
コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株を、A培地100ml(1L[組成:尿素:2g,(NHSO:7g,KHPO:0.5g,KHPO:0.5g,MgSO・7HO:0.5g,FeSO・7HO:6mg,MnSO・nHO:4.2mg,D−ビオチン:200μg,塩酸チアミン:200μg,酵母エキス:2g,カザミノ酸:7g,グルコース:20gおよび蒸留水:1000ml(pH6.6)])に、白金耳を用いて植菌後、対数増殖期後期まで33℃で培養し、菌体を集めた。この菌体をトリス緩衝液(100mM Tris−HCl(pH7.5),20mM KCl,20mM MgCl,5mM MnSO,0.1mM EDTA,2mM DTT)にて1回洗浄した。この洗浄菌体0.5gを同緩衝液2mlに懸濁し、氷冷下で超音波破砕機(Astrason model XL2020)を用いて菌体破砕物を得た。該破砕物を遠心分離(10,000xg,4℃,30分)し、上清を粗酵素液として得た。対照として野性型コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株の粗酵素液も同様に調製し、以下の活性測定に供した。ldhの活性測定は、ピルビン酸を基質とした乳酸生成に伴い、補酵素NADHがNADに酸化される量を、340nmの吸光度変化として測定する方法(Bunch,P.K.,F.Mat−Jan,N.Lee,and D.P.Clark.1997.The ldhA gene encoding the fermentative lactate dehydrogenase of Escherichia coli.Microbiology 143:187−195.)により行った。この結果、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株におけるldh活性は検出されなかったことより、ldh遺伝子の破壊を確認した。
〔実施例2〕コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株のPC遺伝子高発現組換え株創製。
(A)コリネ型細菌−大腸菌シャトルベクターpCRB1の構築
ブレビバクテリウム ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)ATCC13869に内在するプラスミドpAM330(Yamaguchi,R.et al.,Agric.Biol.Chem.50,2771−2778(1986)、特開昭58−67679号公報)のORF1(rep)を含むDNA断片を以下のPCR法により増幅した。
PCRに際しては、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
ORF1(rep)遺伝子増幅用プライマー
Rep−N;5’−CTCTGTTAACACAACAAGACCCATCATAGT−3’(配列番号3),
Rep−C;5’−CTCTGTTAACACATGCAGTCATGTCGTGCT−3’(配列番号4)
尚、いずれのプライマーもHpaIサイトが末端に付加されている。
鋳型DNAは、プラスミドpAM330を用いた。
PCRは、〔実施例1〕(B)項と同様の条件で行った。
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、Rep遺伝子を含む、約1.8kbのDNA断片が検出できた。
一方、コリネ型細菌−大腸菌シャトルベクターを構築する際に、クロラムフェニコール耐性遺伝子を含む大腸菌ベクターpHSG398(宝酒造製)のlacZα遺伝子とその内部のマルチクローニングサイトを保存するため、PCRにより新たにEcoRVサイトを付加するように、pHSG398を増幅した。
PCRに際しては、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
プラスミドpHSG398増幅用プライマー
398−N;5’−CTCTGATATCGTTCCACTGAGCGTCAGACC−3’(配列番号5),
398−C;5’−CTCTGATATCTCCGTCGAACGGAAGATCAC−3’(配列番号6)
尚、いずれのプライマーもEcoRVサイトが末端に付加されている。
鋳型DNAは、プラスミドpHSG398を用いた。
PCRは、〔実施例1〕(B)項と同様の条件で行った。
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、プラスミドpHSG398全長を含む、約2.2kbのDNA断片が検出できた。
次に、HpaIで切断した上記Rep遺伝子を含む約1.8kbのDNA断片5μlとEcoRVで切断したプラスミドpHSG398全長を含む約2.2kbのDNA断片を混合し、これに、T4 DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4 DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させ、結合させた。
得られたプラスミド混合液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造製)を形質転換し、クロラムフェニコール50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl5gおよび寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
この培地上の生育株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出、該プラスミドを制限酵素で切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpHSG398 2.2kbのDNA断片に加え、長さ約1.8kbの挿入DNA断片が認められた。
このコリネ型細菌−大腸菌シャトルベクターをpCRB1と記する。
(B)PC遺伝子のクローン化と組換え体の創製
〔実施例1〕(A)項で調製した染色体DNAを鋳型として、PCRを行った。
PCRに際しては、PC遺伝子をクローン化するべく、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株の全ゲノム解析結果(野中寛、中田かおり、岡井直子、和田真利子、佐藤由美子、Kos Peter、乾将行、湯川英明「Corynebacterium glutamicum Rゲノム解析」日本農芸化学会、2003年4月、横浜、日本農芸化学会2003年度大会講演要旨集、p.20参照)を基に、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
PC遺伝子増幅用プライマー
PC−N;5’−CTCTACATGTTGCAGGTCAGAGGAGTGT−3’(配列番号7),
PC−C;5’−CTCTGCATGCAGGAATCGTGTGCATGGTC−3’(配列番号8)
尚、前者はNspIサイトが、後者はSphIサイトがそれぞれ末端に付加されている。
鋳型DNAは、上記(A)項にて抽出したコリネバクテリウムグルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株のゲノムDNAを用いた。
PCRは、〔実施例1〕(B)項と同様の条件で行った。
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、PC遺伝子の場合、約3.8kbのDNA断片が検出できた。
次に、上記PC遺伝子を含む3.8kb PCR産物10μlを制限酵素NspIとSphIで切断したもの、および上記(A)項で構築したコリネ型細菌−大腸菌シャトルベクターpCRB 12μlを制限酵素SphIで切断したものをそれぞれ、70℃で10分処理することにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これにT4DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させた。このライゲーション液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造株式会社製)を形質転換し、クロラムフェニコール 50mg、X−gal(5−Bromo−4−chloro−3−indoxyl−beta−D−galactopyranoside)200mg、IPTG(isopropyl 1−thio−beta−d−galactoside)100mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl5gおよび寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
上記培地上で白色を呈する生育株を選定し常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、制限酵素で切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpHSG398約2.2kbのDNA断片に加え、PC遺伝子を含有する長さ約3.8kbの挿入DNA断片が認められた。
該PC遺伝子を含むプラスミドをpCRB1−PCと命名した。
次に、プラスミドpCRB1−PCを電気パルス法(Y.Kurusu,et al.,Agric.Biol.Chem.54:443−447.1990.およびA.A.Vertes,et al.,Res.Microbiol.144:181−185.1993)の方法に従って、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株へ導入した。
組み換え菌体名;コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター受託番号;FERM BP−10060
尚、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PCのPC活性は、PC活性測定法(Uy,D.,S.Delaunay,J.Engasser,and J.Goergen.1999.A method for the determination of pyruvate carboxylase activity during the glutamic acid fermentation with Corynebacterium glutamicum.J Microbiol Methods 39:91−96)およびウエスタンブロット法(Peters−Wendisch,P.G.,V.F.Wendisch,S.Paul,B.J.Eikmanns,and H.Sahm.1997.Pyruvate carboxylase as an anaplerotic enzyme in Corynebacterium glutamicum.Microbiology,143:1095−1103)により、野生株(コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株)に比べて約6倍の活性上昇が観察された。
〔実施例3〕組換え株の菌体培養&コハク酸生成実験
(1)コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC株の好気的条件による培養:
(培養基の調製);尿素2g、硫安7g、KHPO0.5g、KHPO0.5g、MgSO・7HO0.5g、FeSO・7HO6mg、MnSO・7HO4.2mg、Biotin(ビオチン)200μg、塩酸チアミン200μg、酵母エキス2g、カザミノ酸7g、蒸留水1000mlからなる培地500mlを容量1Lフラスコに分注し、120℃で10分間加熱滅菌後、室温に冷却した該フラスコを種培養基とした。同じく同組成の培地1000mlを2L容ガラス製ジャーファーメンターに入れ、120℃、10分間加熱滅菌し、本培養基とした。
(培養):上記種培養基1ケに、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PCを無菌条件下にて接種し、33℃にて12時間好気的振盪培養を行い、種培養液とした。この種培養液50mlを上記ジャーファーメンターに接種し、通気量1vvm(Volume/Volume/Minute)、温度33℃で一昼夜、本培養を実施した。培養液を約3時間窒素ガス雰囲気下で静置した後、培養液200mlを遠心分離機にかけ(5000回転、15分)、上澄み液を除去した。このようにして得られたwet菌体を、以下の反応に用いた。
(2)反応用反応培地溶液の調製:
硫安7g、KHPO0.5g、KHPO0.5g、MgSO・7HO0.5g、FeSO・7HO6mg、MnSO・7HO4.2mg、Biotin(ビオチン)200μg、塩酸チアミン200μg、蒸留水1000mlからなる反応原液を調製し、120℃で10分加熱後、減圧条件(〜3mmHg)にて20分間、溶解している酸素の除去を行った。反応原液の還元状態の確認は減圧開始時に反応原液に加えた還元状態指示薬レサズリンの色調変化(青色から無色への変化)にて行った。この反応原液500mlを容量1Lの窒素雰囲気下のガラス製反応容器に導入した。この反応容器はpH調整装置、温度維持装置、容器内反応液攪拌装置および還元電位測定装置を備えている。
(3)反応の実施:
前記培養後調製されたコリネ型細菌菌体を窒素ガス雰囲気下にある反応容器内の反応原液500mlに加えた。グルコース200mM、炭酸ナトリウム200mMを加え、反応温度33℃に維持し、有機化合物生成反応を行った。反応時の酸化還元電位は初期−200mVであったが反応開始後直ちに低下し、−400mVに維持して反応が継続された。3時間反応後、反応培地溶液の液体クロマトグラフィーによる分析をしたところ、コハク酸163mM(19.2g/L)、リンゴ酸5mM(0.67g/L)が生成していた。乳酸は検出されなかった。
〔比較例1〕ldh遺伝子の破壊効果その1
実施例3で使用したコリネ型細菌をコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株(野生株)とコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R/pCRB1−PC(野生株(コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株)にプラスミドpCRB1−PCを形質転換した株)に変えた以外は、実施例3と同様の方法、条件にて有機化合物生成反応を行った。尚、形質転換は、実施例2(B)項と同様の方法により行った。3時間反応後、反応培地溶液の液体クロマトグラフィーによる分析をしたところ、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株(野生株)は、コハク酸81mM(9.6g/L)、乳酸200mM(18.0g/L)が生成しており、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R/pCRB1−PCは、コハク酸82mM(9.7g/L)、乳酸202mM(18.1g/L)が生成していた。なお、いずれの株を用いた場合もリンゴ酸は検出されなかった。
すなわち、これらの実験結果は、野生株(コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株)においてPC遺伝子を高発現させてもコハク酸生成量の増加は認められないこと、また、いずれも実施例3におけるコリネバクテリウム グルタミカム(コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC株と比べて1/2程度のコハク酸生産性であることから、ldh破壊がコハク酸生産性の向上に対して非常に有効であることを示している。
〔比較例2〕ldh遺伝子の破壊効果その2
使用する菌体株を実施例1(C)記載の方法で作製したコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株に替えること以外は、実施例3と同様の方法、条件にて有機化合物生成反応を行った。
3時間反応後、反応培地溶液の液体クロマトグラフィーによる分析をしたところ、コハク酸80mM(9.4g/L)が生成していた。尚、乳酸、リンゴ酸は検出されなかった。この結果より、ldh遺伝子の破壊のみではコハク酸生産性の向上効果はないこと、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株においてPC遺伝子を高発現させることにより始めてコハク酸の生産性が2倍程度増加し、本発明の効果が現れることが判る。
〔比較例3〕 ldh遺伝子破壊株へのPEPC遺伝子高発現効果
実施例3で使用したコリネ型細菌をコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PEPC株に変えた以外は、実施例3と同様の方法、条件にて有機化合物生成反応を行った。
尚、プラスミドpCRB1−PEPCの創製は、文献(Appl.Environ.Microbiol.,57:1746−1752(1991)、Mol.Gen.Genet.,218:330−33(1989)およびGene,77:237−251(1989))で公知のPEPC遺伝子を特異的に増幅するプライマーを利用する以外は、実施例2の方法に従った。
即ち2種のプライマー
PEPC−N; 5’−CTCTGTCGACAGCACAGCCTTAAAGCA−3’(配列番号9)
PEPC−C; 5’−CTCTGTCGACTTGTGCAGCAAGACGAAA−3’(配列番号10)
(いずれのプライマーも(下線部分に示すようにSalIサイトが末端に付加されている)および鋳型DNAとしてコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R株の染色体DNAを用いたPCRにより増幅し、コリネ型細菌−大腸菌シャトルベクターpCRB1のSalIサイトに導入する方法によりプラスミドpCRB1−PEPCを創製した。
また、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株への形質転換は、実施例2の方法に従った。尚、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PEPC株は、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株に比べて、文献(J.Bacteriol.,179:4942−4945(1997))の方法によりPEPC活性を比較したところ、PEPC活性が4倍上昇していた。
3時間反応後、反応培地溶液の液体クロマトグラフィーによる分析をしたところ、コハク酸83mM(9.8g/L)が生成していた。尚、乳酸は検出されなかった。コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株においてPEPC遺伝子高発現させてもコハク酸の生産性は向上しないことが判る。
〔実施例4〕付加的にFRD遺伝子を導入した効果
実施例3で使用したコリネ型細菌をコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC−FRD株に替えた以外は、実施例3と同様の方法、条件にて有機化合物生成反応を行った。
プラスミドpCRB1−PC−FRDとは、実施例2(B)項で構築したプラスミドpCRB1−PCに大腸菌由来のフマール酸レダクターゼ遺伝子(酵素名はFRD、遺伝子名はfrdと略)を連結したものである。フマール酸レダクターゼは、トリカルボン酸回路に於けるフマール酸からコハク酸への変換を触媒する酵素である。
プラスミドpCRB1−PC−FRDの創製方法は下記の方法で行なった。
大腸菌由来のfrd遺伝子のクローニングは、PCRにより増幅したが、PCRに際しては、frd遺伝子をクローン化するべく、エシェリチア コリ(Escherichia coli)K−12株の全ゲノム解析結果(The complete genome sequence of Escherichia coli K−12 Science,277(5331),1453−1474(1997)参照)を基に、下記の1対のプライマーを、アプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製「394 DNA/RNAシンセサイザー(synthesizer)」を用いて合成し、使用した。
frd遺伝子増幅用プライマー
frd−N; 5’−CTCTGCATGCGGATGCCGTTTCGCTCATAG−3’(配列番号11)
frd−C; 5’−CTCTGCATGCTAATAAGGCGCAGAGCGTCG−3’ (配列番号12)
尚、いずれのプライマーもSphI サイト末端に付加されている。
実施例1(A)項と同様の方法によりEscherichia coliK−12 MG1665株より全DNAを調整し、鋳型DNAとして用いた。
PCRは、〔実施例1〕(B)項と同様の条件で行った。
上記で生成した反応液10μlを0.8%アガロースゲルにより電気泳動を行い、frd遺伝子の場合、約3.8kbのDNA断片が検出できた。
次に、上記frd遺伝子を含む3.8kb PCR産物10μlを制限酵素SphIで切断したもの、および上記実施例2(B)項で構築したプラスミドpCRB1−PC 2μlを制限酵素SphIで切断したものをそれぞれ、70℃で10分処理することにより制限酵素を失活させた後、両者を混合し、これにT4DNAリガーゼ10×緩衝液1μl、T4DNAリガーゼ1unitの各成分を添加し、滅菌蒸留水で10μlにして、15℃で3時間反応させた。このライゲーション液を用い、塩化カルシウム法〔Journal of Molecular Biology,53,159(1970)〕によりエシェリヒア・コリJM109(宝酒造株式会社製)を形質転換し、クロラムフェニコール50mgを含む培地〔トリプトン10g、イーストエキストラクト5g、NaCl5gおよび寒天16gを蒸留水1Lに溶解〕に塗抹した。
上記培地上で生育する株を常法により液体培養し、培養液よりプラスミドDNAを抽出し、制限酵素で切断し、挿入断片を確認した。この結果、プラスミドpCRB1−PC約6.0kbのDNA断片に加え、frd遺伝子を含有する長さ約3.8kbの挿入DNA断片が認められた。
該PC遺伝子を含むプラスミドをpCRB1−PC−FRD命名とした。
次に、プラスミドpCRB1−PC−FRDを電気パルス法(Y.Kurusu,et al.,Agric.Biol.Chem.54:443−447.1990.およびA.A.Vertes,et al.,Res.Microbiol.144:181−185.1993)の方法に従って、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh株へ導入した。
この株をコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC−FRD株とした。(本組換え菌株は、菌体名;Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC−FRDのもとに、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに受託番号:FERM BP−10061で寄託されている)。
本菌株内におけるフマール酸からコハク酸に至る経路の酵素活性を、(ELENA MAKLASHINA,et al.,J.Bacteriology,180:5989−5996.1998)記載の方法により測定したところ、形質転換前の親株に比して本経路の酵素活性は3倍に上昇していた。
本コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC−FRD株に用いて3時間反応後、反応培地溶液を液体クロマトグラフィーにより分析したところ、コハク酸168mM(19.8g/L)が生成していた。乳酸、リンゴ酸は検出されなかった。
このことから、コリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC株とコリネバクテリウム グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)R ldh/pCRB1−PC−FRD株を比較すると、ldh遺伝子破壊株内でPC遺伝子を高発現した株に、さらに、大腸菌由来のfrd遺伝子を高発現させることにより、コハク酸の生成量が増大すると共に、高純度のジカルボン酸が採取でき、ジカルボン酸の分離、精製の上からも有用な技術であることが明らかである。
本発明によって製造されるジカルボン酸は高分子合成原料、医薬原料、化粧品用途そして食品添加剤用途など広い分野で使用される。例えば、コハク酸およびその誘導体は生分解性プラスチック原料や環境汚染をもたらさないクリーンな洗浄溶剤用途に使用される。

Claims (6)

  1. 乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が破壊され、かつ、ピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子が高発現すべく組換えられた好気性コリネ型細菌形質転換体であって、好気性コリネ型細菌がCorynebacterium glutamicum R株(受託番号:FERM P−18976)であることを特徴とする好気性コリネ型細菌形質転換体。
  2. 乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の破壊が、相同性組換え法、トランスポゾン挿入法および変異原導入法から選ばれる方法により該遺伝子が分断もしくは該遺伝子の一部または全域が除去され、該酵素活性発現機能が喪失していることを特徴とする請求項に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体。
  3. Corynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PC株(受託番号:FERM BP−10060)またはCorynebacterium glutamicum R ldh/pCRB1−PC−FRD株(受託番号:FERM BP−10061)であることを特徴とする請求項1または2に記載の好気性コリネ型細菌形質転換体。
  4. 炭酸イオン若しくは重炭酸イオンまたは二酸化炭素ガスを含有する還元状態下の反応液中で細菌と糖類とを反応させ反応液中に生成するジカルボン酸を採取する方法において、細菌が請求項1〜3のいずれかに記載の好気性コリネ型細菌形質転換体であることを特徴とするジカルボン酸の製造方法。
  5. 還元状態下の反応液の酸化還元電位が−200ミリボルト乃至−500ミリボルトであることを特徴とする請求項に記載のジカルボン酸の製造方法。
  6. ジカルボン酸がコハク酸、フマール酸およびリンゴ酸から選ばれることを特徴とする請求項またはに記載のジカルボン酸の製造方法。
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