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JP4096284B2 - チーズの収率向上方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、チーズの製造方法、より詳しくは、乳ホエータンパク質(以下、単にホエータンパク質と言う)、またはこれとトランスグルタミナーゼ(以下、TGと略する)とを巧みに併用してチーズの収率を向上せしめたチーズの製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
チーズの起源は、人類が家畜を飼うようになった頃、すなわちB.C.6,000年頃にさかのぼるのではないかと考えられている。一般にチーズは、大別してプロセスチーズとナチュラルチーズに分けられ、ナチュラルチーズは、超硬質チーズ、硬質チーズ、半硬質チーズ、軟質チーズなど熟成を伴うタイプのものと、熟成工程のないフレッシュチーズに分類される。
【0003】
チーズの製造は、非常に精緻かつ洗練された原理によるものであるが、まず始めに熟成型のナチュラルチーズ製造について述べる。
【0004】
原料となる乳(原料乳)には、牛乳、山羊乳、羊乳、水牛乳、トナカイ乳、ロバ乳、ラクダ乳などがあるが、これらは全乳のみならず、半脱脂乳、脱脂乳などでも使用される。周知のように、原料乳は、これにキモシン(あるいはレンネット)と呼ばれる凝乳酵素を加えて、また必要により若しくは所望によりいわゆるチーズスターターなどを使用して凝集物(チーズカード)を形成させる(凝乳処理)。原料乳中の主要タンパク質は、カゼインであり、αs1−、αs2−、β−およびκ−カゼインからなる。カゼインは、原料乳中においてミセル構造を形成し存在している。κ−カゼインは、カゼインミセルの表面に分布し、ミセルの安定化に寄与している。キモシンは、κ−カゼインを部位特異的に切断する酵素であり、切断によりκ−カゼインのうちカゼインミセルの表面に露出している親水性の高いC末端側のペプチド(GMP(glycomacropeptide)と呼ばれる)が分離する。GMPは、分離後ホエータンパク質の一部として存在することになる。切断後の残りのκ−カゼインは、パラκ−カゼインと呼ばれ、疎水性の高いペプチドである。したがって、キモシンがκ−カゼインに作用した後は、カゼインミセルの表面は、疎水性の高いパラκ−カゼインが分布し、カゼインミセルの不安定化が起こることになる。その結果、カゼインは凝集し、いわゆるチーズカードを形成する。
【0005】
続いて、チーズカードは、細切され、ホエータンパク質が分離される(一次ホエー)。続いて、分けられたチーズカードを温水にて洗浄し、過剰の乳糖を除去すると同時に残存するホエータンパク質を除く(二次ホエー)。続いて、チーズカードは集められ、圧搾される。一定時間圧搾後、加塩し、熟成工程に入り、一定期間の熟成を経てナチュラルチーズとなる。
【0006】
因みに、上述したように、チーズカード形成後、分離されたホエータンパク質は、チーズ製造における副産物である。ホエータンパク質は、主にβ−ラクトグロブリン、α−ラクトアルブミン、血清アルブミン、IgGおよびGMPから構成される。現在、ホエータンパク質は、その一部が各種食品製造および動物用飼料として用いられている。ホエータンパク質の栄養価の高さは古くから知られており(Barth and Behnke; Nahrung, 41巻, 2〜21頁, 1997年)、ホエーの有効活用は産業的にも大きな利点があるものと考えられる。
【0007】
さて、上述したように、チーズの製造においては、原料乳の固形分のうちホエー成分(乳糖、ホエータンパク質など)を除いたカゼインが主たるチーズの構成成分となるわけであり、原料乳の固形分がすべてチーズとなるわけではない。したがって、チーズの工業的製造において、一定量の原料乳からできるだけ多くのチーズを製造できることがコスト的および乳資源の有効活用の視点から望ましいことは論をまたない。また、高収量のチーズ製造方法を確立することにより、消費者には安価に製品を供給できるという利点もある。しかしながら、従来のチーズ製造技術では、チーズカードの収率は必ずしも高いとはいえないのが現状である。チーズカードの収率向上とは、キモシン処理によって凝集するカゼイン画分を量的に増加させることである。これはすなわち、チーズカードを調製する際、いかに多くのホエータンパク質をそこに取り込ませることができるかが技術的課題となる。
【0008】
これまでホエー中に排出されるホエータンパク質をできる限り低減させ、チーズカードの収率を高める試みがなされている。例えば、米国特許4205090号明細書には、限外ろ過によって1/3容量程度に原料乳を濃縮し、これを用いてチーズを製造する方法が記載されている。特表昭57−501810号公報には、原料乳を選択的に限外ろ過で濃縮して原料乳中のイオン強度を高めてから発酵させ、水を除去したものを原料としてチーズを製造する方法が記載されている。更に、特開平2−308756号公報には、チーズ製造時に副生するホエーを濃縮し、この濃縮ホエータンパク質と濃縮原料乳とを用いてチーズを製造すると、得られたチーズカード中にはホエータンパク質が高濃度に含有されており、結果として副生するホエータンパク質を有効利用できる、とする記述がある。
【0009】
しかしながら、これらの技術は、原料乳または再利用するホエーに限外ろ過などによる前処理を行う必要があり、工業的に簡便な方法とは言い難い。また、限外ろ過により処理された原料乳を用いたチーズ製造方法は、短期熟成型のチーズでは、製品の品質に影響がないことが知られているが、長期熟成型チーズの場合、タンパク質の分解やチーズのフレーバー生成を阻害することがあり、これらは未変性ホエータンパク質の豊富なチーズにおいて、ホエータンパク質自身が分解しにくいこと及びホエータンパク質がプロテアーゼによるカゼインの分解を阻害することで説明できると思われる(Jameson and Lelierve; Bulletin of the IDF, 313巻, 3〜8頁, 1996年、deKoning et al.; Neth. Milk Dairy Journal, 35巻, 35〜46頁, 1981年、Bech; International Dairy Journal, 3巻, 329〜342頁, 1993年)。結論として、現在の原料乳濃縮によるチーズ製造技術では、風味やテクスチャーなどの品質的な意味で消費者を十分に満足させているとは言い難い。
【0010】
チーズカードの収率向上には、ホエー中に排出されるホエータンパク質をいかに有効にレンネット処理(凝集処理)による凝集カゼイン、すなわち、チーズカードに取り込ませることができるかが技術的課題であることは既に述べた。本課題の解決手段として、タンパク質の架橋酵素であるTG(トランスグルタミナーゼ)の活用がその一つとして挙げられる。TGは、周知のように、タンパク質中のグルタミン残基のγ−カルボキシアミド基と各種一級アミンとの間でアシル転移反応を触媒する酵素である。一級アミンがリジンのε−アミノ基の場合、タンパク質もしくはポリペプチド鎖間に、ε−(γ−グルタミル)リジン架橋を形成させ、この架橋によりタンパク質の架橋重合物を形成することが可能である。
【0011】
TGは、水産練り製品や畜肉加工品をはじめ、今日多くの食品製造に用いられている。また、乳製品にも使用されている例が報告されている。例えば、特開昭64−27471号公報によれば、製造工程中にTGを加える工程を含むチーズの製造に関する記述がある。しかし、ここに記載されているチーズの製造法は、レンネットを使用せず、グルコノデルタラクトンとTG、もしくはTGのみを用いて形成したカードから製造されるものであり、上述したようなチーズの基本製造原理とは異なるものである。また、特開平2−131537号公報には、TGを用いてチーズフードを製造する方法に関する記述があるが、ここで対象となるチーズフードとは、ナチュラルチーズまたはプロセスチーズを原料として加熱融解して製造されるものであり、本発明が対象とするチーズカードの収率向上の観点とは全く異なるものである。WO94−21129号公報には、TGを乳に添加し、酸性食用ゲルの製造方法が記載されている。しかし、この方法ではレンネットの添加がなされておらず、乳化剤あるいは安定剤を用いない新規な食感を有する乳製品を製造することがその目的である。したがって、ここでも、本発明のような収率向上の観点はまったくない。
【0012】
なるほど、WO94−21130号公報には、TGとレンネットを用いたチーズの製造方法が記載されている。しかし、ここでは通常のチーズとは異なり、チーズカードとホエーの分離が示されておらず、本発明の対象としているホエー分離を含むチーズ製造法とはまったく異なるものである。また、収率向上に関する記載はない。また、EP0711504号公報には、TGで原料乳を処理し、加熱によるTGの失活を経て、レンネットを添加し、チーズを製造する技術が記載されており、この際チーズカードの収率向上ができることが述べられている。しかしながら、そこでのチーズ製造は原料乳そのものから開始されるものであり、本発明によるようなホエータンパク質をしかもタンパク質分解酵素により処理したものを原料乳に添加混合し、この混合物を直接凝乳処理に付するか、またはこの混合物にTGを作用させてから凝乳処理に付するものとはまったく異なるものである。
【0013】
さて、以上述べてきたように、ホエータンパク質をチーズの収率向上に利用するという考えはいくつか報告されている。また、乳製品の製造にTGを利用するという技術もいくつか報告されている。本発明は、後述のように、ホエータンパク質を部分加水分解物の形態に変えることにより、または部分加水分解物の形態に変えたホエータンパク質にTGを併用することによりチーズカードへ取り込ませるという考えに基づくものである。
【0014】
因みに、本来、ホエータンパク質そのものはTGの作用を極めて受け難いことが知られている。これは、ホエータンパク質の主成分であるβ−ラクトグロブリン、α−ラクトアルブミン、および血清アルブミンは、いずれも分子内に多くのジスルフィド結合を持つ球状タンパク質であることによるためと考えられる。ジスルフィド結合は共有結合であり、極めて安定な結合である。すなわち、ホエータンパク質は、構造変化をおこしにくい非常に安定な球状タンパク質であるといえる。換言すれば、TGの作用を受け難い原因として、作用を受けるのに必要なグルタミン残基あるいはリジン残基が表面に分布していないため架橋反応に参加できないか、あるいは強固な球状構造のため、酵素との接触が起こりにくい状況であるためと考えられる。事実、ホエータンパク質以外にも、例えば球状タンパク質である筋肉構造タンパク質のアクチンもまたTGの作用を極めて受け難い。これらのことから、チーズカードにTGを利用してホエータンパク質を取り込ませるのは極めて困難であるといわざるを得なかった。
【0015】
さて、プロテアーゼによってタンパク質を処理し、これにTGを作用させるという試みはすでに報告されているが(Babikerら; Journal of Agricultual and Food Chemistry、44巻,3746〜3750頁, 1996年)、そこでは小麦タンパク質であるグルテンをプロテアーゼで処理し、これにTGを作用させることによりグルテンの機能特性、例えば乳化性や起泡性の向上が可能であることが記載されている。また、特開平04−126039号公報には、プロテアーゼ処理されることにより発生する苦味をTG処理によって低減できる技術が記載されている。しかしながら、これらは本発明におけるようなホエータンパク質に対するTGの作用性を向上させ、延いてはチーズカードの収率を向上させ、最終的にチーズの収率を向上させることを目的としたものとはまったく異なるものである。
【0016】
尚、WO91−13553号公報には、原料乳に直接プロテアーゼを添加してホエータンパク質のみを特異的に加水分解したものを他の原料乳に添加し、それを用いてチーズを作る技術が開示されている。すでに述べたように、ナチュラルチーズの製造において、過度なホエータンパク質の添加は、チーズの熟成によるフレーバーの生成を阻害することが知られており、上記WO91−13553号公報に開示の技術は、それを防ぐことを目的としたものであり、収率向上の観点はなく、また、ホエータンパク質とカゼインの混合状態にある原料乳に直接プロテアーゼを添加するという点から、本発明とは目的も実施形態も全く異なるものである。
【0017】
【発明が解決しようとする課題】
前項記載の従来技術の背景下に、本発明は、原料乳からのチーズカードの収率を、延いてはチーズの収率を向上せしめ、しかも品質的にも優れたチーズの製造法を提供することを目的とする。
【0018】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、乳資源の有効利用のため、チーズ製造におけるチーズカードの収率向上に関して鋭意検討の結果、チーズの製造に際してホエータンパク質を巧みに使用し、またはこれとTGとを巧みに併用することによりホエータンパク質のチーズカードへの取込量を増加させ、これによりカードの収率向上をもたらすことができることを見出し、このような知見に基いて、本発明の完成に至った。
【0019】
すなわち、本発明は、凝乳酵素による原料乳の凝乳処理後にチーズカードとホエーを分離する工程を含むチーズの製造法において、原料乳にホエータンパク質のタンパク質分解酵素処理物(乳ホエータンパク質の部分加水分解物)を添加混合し、その後、凝乳酵素による凝乳処理に付すること、あるいは原料乳にホエータンパク質のタンパク質分解酵素処理物(乳ホエータンパク質の部分加水分解物)を添加混合し、これにトランスグルタミナーゼを作用せしめた後に凝乳酵素による凝乳処理に付することを特徴とするチーズの収率向上方法に関する。
【0020】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0021】
本発明を適用してチーズの収率を向上せしめられるべきチーズの製造法は、原料乳を凝乳処理に付した後に生成したチーズカードとホエーを分離する工程を含むチーズの製造法であれば特別の制限はない。先に説明したように、原料乳は全乳のみならず、半脱脂乳、脱脂乳などからも調製することができる。また、熟成型のナチュラルチーズの製造法は、原料乳を凝集処理し、生成したチーズカードとホエーを分離し、分離したチーズカードを集めて圧搾、加塩、熟成などの工程を経てチーズを製造するものであるが、熟成工程を含まない非熟成チーズの製造法であっても、本発明のチーズの収率向上方法を適用することのできることは云うまでもない。本発明のチーズの収率向上方法は、従来のチーズの製造法にみられるような、チーズカードを形成させるべき原料乳の凝乳処理を原料乳に単に凝乳酵素を作用させて行なう(狭義の凝乳処理)のではなく、予め原料乳にホエータンパク質部分加水分解物を添加混合し、この混合物に直接凝乳酵素を作用させて行うかまたはこの混合物にTGを作用させてから凝乳酵素を作用させて行なう(これら2種類の一連の工程は、広義の凝乳処理と言うことができる)ことによってチーズカードの収率、延いてはチーズの収率を向上せしめることを特徴とするものであって、このようにして一旦形成されたチーズカードからのその後のチーズの製造工程とは特別の関係はないからである。
【0022】
さて、ホエータンパク質は、そのままの状態すなわち未変性状態では強固な球状構造をしており、TGの作用を受け難く、換言すればTGの基質とは成り得ない。そこで、まず、ホエータンパク質に対するTGの作用性をいかにして向上させることができるかが問題となる。ホエータンパク質に対するTGの作用性を向上させるためには、何らかの処理により、球状構造を破壊することが必要である。その方法としては、ホエータンパク質に存在するジスルフィド結合の加熱、化学的もしくは酵素的還元による切断、プロテアーゼ処理による適度な構造破壊などを挙げることができるが、食品用用途および簡便性の見地からプロテアーゼ処理が好ましい。また、ブロメライン、ニュートラーゼ、パパイン、トリプシンなどの市販プロテアーゼのなかでは基質に対する特異性の見地からトリプシンが本発明の目的に最も適したプロテアーゼである。
【0023】
詳述すると、TGは、その反応においてグルタミン残基およびリジン残基が必要である。トリプシンは、上記のプロテアーゼのうち、最も特異性が高く、リジンまたはアルギニンのカルボキシル末端を切断する(ただし、リジン−プロリンおよびアルギニン−プロリン間の切断は起こらない)。したがって、トリプシン処理により、得られるホエータンパク質部分加水分解物のカルボキシル末端のアミノ酸はリジンまたはアルギニンとなり、TGの基質と成り得る可能性が極めて高い。一方、ブロメライン、ニュートラーゼおよびパパインは特異性が低く、処理により低分子化が進みすぎ、本発明の目的には適さない。ここで用いるトリプシンは、トリプシン活性を有する限り特にその起源を制限されるものではない。
【0024】
プロテアーゼを作用させるべきホエータンパク質は、これには特別の制限はなく、本発明によるチーズの製造法の先行バッチで分離されたホエー由来のものでもよく、また市販のもの(外来ホエータンパク質)を適宜使用することもできる。本発明のホエータンパク質の部分加水分解物の固形分濃度は、0.5〜20重量%を用いることができる。例えば、市販の粉末状態のホエータンパク質を濃度2〜20重量%、好ましくは5〜10重量%の水溶液とし、この水溶液中のホエータンパク質1重量部当り、適量のプロテアーゼ、例えば、50分の1から200分の1重量部(タンパク質重量換算)のトリプシン(例えば、比活性:2×10ユニット/g)を添加する。得られた混合物は、これを例えば室温から50℃の範囲に4時間から一晩保持してトリプシンの酵素作用を発現せしめて加水分解度が40〜90%程度になるまでホエータンパク質を部分加水分解する。その後、例えば80℃で4分の加熱を行ってトリプシンを失活させる。このようにして調製することのできるホエータンパク質の部分加水分解物の固形分濃度は、2〜20重量%程度である。なお、本発明に関しては、このようにしてプロテアーゼ処理をして得られたホエータンパク質の部分加水分解物をホエータンパク質分解物ということがある。
【0025】
このようにしてプロテアーゼ処理(例えばトリプシン処理)により得られたホエータンパク質分解物は、続いて原料乳に添加混合され、この混合物は直接凝乳処理に付されるかまたはTGを作用せしめられた後に凝乳処理に付される。
【0026】
ここで用いられるTGは、TG活性を有する限り、これには特別の制限はなく、その起源を特に問わない。例えば、ストレプトベリチシリウム属(Streptoverticillium属)などに属する微生物由来のもの(特開昭64−27471号公報参照)、モルモットなど哺乳動物由来のもの(特公平1−50382号公報参照)、タラなど魚類由来のもの(関伸夫ら「日本水産学会誌」56巻1号125頁(1990)参照)、バイオテクノロジーを利用して遺伝子組換法によって得られるもの(特開平1−300889号公報、特開平5−199883号公報、および特開平6−225775号公報参照)などを用いることができる。この内、カルシウムが無くても作用すること及び大量に入手できること等の理由から微生物由来のTGを用いるのが好ましい。
【0027】
原料乳に対するホエータンパク質分解物の添加混合量は、実用性の見地から定められ、後者(ホエータンパク質分解物)の総重量が前者(原料乳)の総重量に対し2〜20重量%、好ましくは5〜10重量%(上乗せ)と成るように添加して混合する。因みに、全乳の場合および半脱脂乳、脱脂乳などを原料乳とする場合を含めて、原料乳の固形分濃度は、通常、8〜16重量%程度である。従って、前記の原料乳に対するホエータンパク質分解物の添加混合量は、両者をともに固形分換算で表すと、後者1重量部に対し前者2〜1,600重量部、好ましくは4〜640重量部の割合となる。
【0028】
得られた混合物は、直ちに凝乳酵素による凝乳処理またはTGを作用させた後に凝乳処理することもできるが、好ましくは、ホエータンパク質分解物と原料乳がよく親和するような低温(例えば、5〜15℃程度)で一晩放置する。このような操作としては、ホエータンパク質分解物を混合した原料乳を5〜15℃で5〜24時間、好ましくは12〜16時間保持する操作を挙げることができる。この操作により、原料乳とホエータンパク質分解物の親和性が高まり、後に続く凝乳処理またはTG処理後の凝乳処理においてホエータンパク質分解物のカゼインへの取り込み効率を高めることが可能となるからである。
【0029】
原料乳とホエータンパク質分解物の混合物にTGを作用させた後に凝乳処理を行う場合のTGの添加量(使用量)は、通常の酵素−基質反応の見地から、通常、原料のタンパク質(原料乳およびホエー由来のタンパク質の合計)1g当り、0.1〜50ユニット、好ましくは1〜10ユニットの範囲である。この範囲でTGの酵素作用を発現せしめるべき酵素処理の条件、すなわち酵素処理の温度および時間は当業者であれば適宜選ぶことができる。酵素処理は、通常、室温から40℃で行なうことができるが、例えば31℃で酵素処理を行った場合、タンパク質1g当りのTGの使用量3ユニットでは2時間、そして10ユニットでは30分程度の処理条件で十分である。このような程度にTGを作用させた後はTGの酵素作用を失活させる。失活は加熱によることができ、このような加熱失活は、例えば、酵素処理を経た前記混合物が80℃達温後、30秒間から5分、好ましくは1分間保持することで行なうことができる。
【0030】
なお、本発明でいうユニットとは、TGの活性単位であり、以下のように測定され、かつ、定義されるものである。すなわち、温度37℃、pH6.0のトリス緩衝液中、ベンジルオキシカルボニル−L−グルタミルグリシン及びヒドロキシルアミンを基質とする反応系で、TGを作用させ、生成したヒドロキサム酸をトリクロロ酢酸存在下で鉄錯体を形成させた後、525nmにおける吸光度を測定し、ヒドロキサム酸量を検量線により求め、1分間に1μモルのヒドロキサム酸を生成させる酵素をTGの活性単位、1ユニット(1U)とする(特開昭64−27471号公報の記載参照)。
【0031】
原料乳とホエータンパク質分解物との混合物は、直接またはTG処理をした後に、凝乳酵素を使用する凝乳処理に付する。この凝乳処理には、凝乳酵素に加えて、通常チーズスターターなども使用されることは周知の通りである。すなわち、この凝乳処理は、TG処理をしたまたはTG処理をしていない原料乳とホエータンパク質分解物の混合物にチーズスターターを添加する「酸性化」と凝乳酵素(レンネット)の作用による「凝固(レンネッティング)」を含むものである。チーズには、非常に多くの種類があるが、本発明はレンネット処理による凝乳酵素工程をその製造工程中に含むチーズすべてを対象とする。
【0032】
付言すると、前記の原料乳とホエータンパク質分解物の混合物は、これにTGを作用させた場合はTGの失活処理を行った後に、例えば、一定温度(通常30〜35℃)に保持し、凝乳酵素および必要によりスターターを添加する。また、必要に応じてカード形成を促進させるためカルシウムを加えることもできる。このような凝乳処理そのものは適宜公知の凝乳処理に準じて行なうことができる。そして、凝乳処理によって得られたチーズカードは、適宜、必要に応じて、通常の圧搾、加塩、熟成処理など経てチーズとして完成する。
【0033】
以上に説明したように、本発明によれば、原料乳中のカゼインに対するホエータンパク質の親和性がこれを部分加水分解物にすることにより増大し、また、これに加えてホエータンパク質の部分加水分解物がTGの作用により架橋反応によって原料乳のカゼインに取り込まれ、チーズカードの収率向上が可能となるのである。
【0034】
【実施例】
以下、検査例および実施例により本発明を更に詳しく説明する。
【0035】
検査例1:カゼインへのホエータンパク質分解物の取り込み
本検査例では、プロテアーゼ未処理のホエータンパク質は、TGの基質になり得ず、カゼインに取り込まれないが、(プロテアーゼ1種の)トリプシン処理によって部分加水分解物としたホエータンパク質は、カゼインとの親和性が高まり、加えてTGの作用により架橋反応を介してカゼインに取り込まれることを示す。
【0036】
市販粉末ホエータンパク質を濃度6重量%となるように蒸留水に溶解した。この溶液のpHを希塩酸又は希水酸化ナトリウム溶液により中性に調整した後、40℃で恒温化し、これにトリプシン(シグマ社製、比活性2×10ユニット/g)をホエータンパク質に対してタンパク質換算で100分の1重量部添加して酵素反応液とし、これを前記温度に4時間保持してトリプシンを作用させた。反応終了後、80℃で4分間加熱してトリプシンを失活させてから冷却した。これは、すなわち、ホエータンパク質分解物である。
【0037】
次に、市販粉末スキムミルクの水溶液(10gを蒸留水に溶解し、全量100mLとしたもの)9容量に対し、前記のホエータンパク質分解物1容量添加混合し、ホエータンパク質分解物の濃度0.6重量%溶液を調製した。続いて、この混合液を4〜6℃で16時間保持し、スキムミルクのタンパク質とホエータンパク質分解物との親和性を増加させた。続いて、この混合液を31℃まで加温し、この混合液に含まれるタンパク質1g当り50ユニットの微生物起源TGを添加した。添加直後および添加後約24時間経過したものを一部取り出し、レンネット処理を行った(後掲図1の(c)および(d)参照)。レンネットにより凝集したカゼインのカードを除き、上清を逆相カラムを装着した高速液体クロマトグラフィーに付した。また、この操作をTG処理を省略して行なった(同図の(b))。さらにまた、ホエータンパク質分解物を使用せず、TG処理もしない対照試験も行った(同図の(a)参照)。
【0038】
結果を図1に示す。(a)は、対照としたスキムミルクタンパク質のみでレンネット処理を行ったものの上清、(b)は、TG処理をしない場合のスキムミルクおよびホエータンパク質分解物の混合液でレンネット処理を行ったものの上清、(c)は、スキムミルクおよびホエータンパク質分解物混合液にTGを添加した直後のものでレンネット処理を行ったものの上清、そして(d)は、(c)と同様なものであるがTG処理を19.5時間行った後にレンネット処理を行なった場合の上清についてのものである。付言すると、TG処理をしない場合、(b)に示されているように、添加したホエータンパク質分解物は、クロマトグラムの中間部(リテンションタイムで20〜50分の間)に示されたように数多くのピークとして検出される。一方、TG処理をした場合((c)および(d))、中間部に検出されていたピークは、TG処理時間の増加に伴い、クロマトグラム上認められなくなった。したがって、(b)で示されていた数多くのピークは、TGの作用により、レンネット処理により凝集するカゼイン画分に取りこまれていることが分かる。すなわち、ホエータンパク質分解物を使用した場合でも、TG処理をした場合の方がTG処理をしない場合よりも多くのホエータンパク質(分解物)をカゼイン画分に取り込むことができることが分かる。
【0039】
図2は、経時的に取り込まれるホエータンパク質分解物の量を測定した結果である。条件は図1の場合と同様で、(a)は、TGを添加しない場合(図1の(b)に対応)、そして(b)はTGを添加した場合(図1の(c)および(d)に対応)である。カゼイン画分に取り込まれたホエータンパク質分解物の量は、図1(a)で示したホエータンパク質分解物部分のピーク面積(リテンションタイムで20〜50分の間)の総量に対する相対値で表示した。この結果から、反応時間の増加に伴い、TGを添加しない場合でも約15%ほどカゼイン画分にホエータンパク質分解物は取り込まれることが示されているが、TGを添加した場合には、ピーク面積は大きく低下し、19.5時間後には総面積の約55%になったことから約45%のホエータンパク質分解物がカゼイン画分に取り込まれることが示されている。
【0040】
これらの結果から、未変性状態(プロテアーゼ未処理)のホエータンパク質では、TGの基質になり得ず、カゼインに取り込まれないが、トリプシン処理によって部分加水分解物としたホエータンパク質では、カゼインとの親和性が増大し、またはこれに加えてTGの作用によりカゼインに取り込まれることが明らかになった。
【0041】
実施例1:チーズカードの調製と収率
検査例1におけると同様に、市販粉末ホエータンパク質を濃度6重量%となるように蒸留水に溶解した。この溶液のpHを中性に調整した後、40℃で恒温化し、これに検査例1におけると同じトリプシン(シグマ社製)をホエータンパク質に対してタンパク質換算100分の1重量部添加して酵素反応液とし、これを前記温度に4時間保持してトリプシンを作用させた。反応終了後、80℃で4分間加熱してトリプシンを失活させてから冷却してホエータンパク質分解物とした。次に、市販低温殺菌牛乳9容量に対し、ホエータンパク質分解物1容量添加混合し、ホエータンパク質分解物の濃度0.6重量%溶液を調製した。尚、対照としてホエータンパク質分解物を添加しない上記市販低温殺菌牛乳をそのまま供試した。両液それぞれに、TGを添加したもの、および無添加のものを供試サンプルとし、したがって、4種類の供試溶液を準備した。すなわち、(a)牛乳(対照)、(b)牛乳(TG添加)、(c)牛乳に対する量で10%ホエータンパク質分解物を添加した牛乳(TG無添加)および(d)牛乳に対する量で10%ホエータンパク質分解物を添加した牛乳(TG添加)の4種類である。
【0042】
尚、TGの添加量は、牛乳およびホエータンパク質分解物由来の合計タンパク質1g当り3ユニット、TGによる反応時間は、4時間とした。TG反応終了後、反応混合物を80℃で5分間加熱してTGを失活させた。各供試溶液を31℃に冷却後、各30gの溶液を試験管にとり、塩化カルシウムを20mgおよびレンネットを15mg添加してレンネット処理を行った。続いて、5,000gで遠心分離を行い、レンネット処理により得られた凝集物をチーズカードとして回収した。回収されたカードは、凍結乾燥により水分を除き、乾燥物重量を算出した。また、同時にカード中の乳糖含量も測定した。
【0043】
結果を下記第1表に記した。その結果、対照である(a)では、カードの乾燥重量は、1.0475gであった。TGを添加することにより、その値はわずかに増加し、1.0714gとなった。一方、(c)で示したように、ホエータンパク質分解物を添加した場合、TG無添加の場合で1.2554g、そしてTG添加の場合で1.4331gと明らかな増加が認められた。次に、カード中の乳糖含有量を算出し、カードの乾燥物重量から乳糖含量を差し引き、増加したカードの重量のうち、取り込まれたタンパク質に由来する部分を算出した。その結果、(b)TGのみではタンパク質の増加割合は、5%程度であったが、(c)ホエータンパク質分解物を添加した場合、23%、(d)ホエータンパク質とTGを添加した場合、27%とカード中のタンパク質の割合は増加した。これらのことから、チーズ製造の際に、原料乳にホエータンパク質分解物を添加混合し、またはこの混合物にTGを作用させることにより、チーズカードの収率が格段に向上できることが示された。
【0044】
【表1】
Figure 0004096284
【0045】
【発明の効果】
本発明に従って、ホエータンパク質をトリプシンなどのプロテアーゼで処理し、ホエータンパク質部分加水分解物の形態とすることで、従来困難であったTGとの反応性を上げることが可能となった。また、この加水分解物と原料乳とを混合し、この混合物を直接凝乳処理するかまたはこの混合物にTGを作用させてから凝乳処理することで、カゼインへのホエータンパク質(部分加水分解物)の取り込みを顕著に向上せしめることができる。したがって、本発明によれば、一定量の原料乳からより多くのチーズが製造可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】カゼインへのホエータンパク質(部分加水分解物)の取り込みを示す検査結果を示す(検査例1)。
【図2】TGによるカゼインへのホエータンパク質(部分加水分解物)の取り込みを示す検査結果を示す(検査例2)。

Claims (7)

  1. 凝乳酵素による原料乳の凝乳処理後にチーズカードとホエーを分離する工程を含むチーズの製造法において、原料乳に乳ホエータンパク質の部分加水分解物を添加混合し、そしてこの混合物を凝乳酵素による凝乳処理に付することを特徴とするチーズの収率向上方法。
  2. 凝乳酵素による原料乳の凝乳処理後にチーズカードとホエーを分離する工程を含むチーズの製造法において、原料乳に乳ホエータンパク質の部分加水分解物を添加混合し、この混合物にトランスグルタミナーゼを作用せしめた後に凝乳酵素による凝乳処理に付することを特徴とするチーズの収率向上方法。
  3. 該タンパク質分解酵素が、トリプシンであることを特徴とする請求項1または2記載のチーズの収率向上方法。
  4. 添加混合される乳ホエータンパク質の部分加水分解物の総重量が、原料乳の総重量の2〜20重量%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のチーズの収率向上方法。
  5. 原料乳に対する乳ホエータンパク質の部分加水分解物の添加混合量が、固形分換算で乳ホエータンパク質の部分加水分解物1重量部に対し原乳2〜1,600重量部の割合であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のチーズの収率向上方法。
  6. 原料乳に乳ホエータンパク質の部分加水分解物を添加混合し、この混合物を2〜15℃で12〜16時間保持した後、これを凝乳処理に付することを特徴とする請求項1、および3〜5のいずれかに記載のチーズの収率向上方法。
  7. 原料乳に乳ホエータンパク質の部分加水分解物を添加混合し、この混合物を2〜15℃で12〜16時間保持した後、これにトランスグルタミナーゼを作用せしめることを特徴とする請求項2〜5のいずれかに記載のチーズの収率向上方法。
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