ボカロP・バルーン(須田景凪)の企画アルバム「Fall Apart」が4月16日にリリースされた。この作品にはこれまでにリリースされた楽曲にバルーン自身がリスペクトするアーティストたちが新しい息吹を吹き込んだ5曲と、客演にヒトリエを迎えたバルーンの新曲「WOLF」の全6曲を収録。キタニタツヤ、Ado、なとり、椎乃味醂、Reol、東京スカパラダイスオーケストラ、高畑充希、Chevonといった多彩なジャンルのアーティストが参加し、再構築したサウンドを通じてバルーンの魅力をさまざまな角度から浮き彫りにしている。
この特集では本作のリリースを記念し、音楽ライターの柴那典による作品および収録曲全曲解説を展開。さらにバルーン自身にも収録曲各曲のオリジナル版を制作した当時の背景、ゲストアーティストによるアレンジカバーに対する感想などを語ってもらい、意欲作の全貌を明らかにする。
取材・文 / 柴那典
バルーンの登場が日本の音楽シーンにもたらしたインパクトとはどういうものだったのか。Adoを筆頭にボーカロイド楽曲を原体験のルーツに持つ数々のアーティストがJ-POPのメインストリームで活躍し、ボーカロイドカルチャーとロックシーンがシームレスにつながっている2025年の時代性から振り返ると、その先駆者としての意味合いはより大きなものになっているはずだ。
2013年4月に「造形街」をニコニコ動画に投稿し、キャリアをスタートさせたバルーン。その飛躍のきっかけになったのは2016年10月に投稿した「シャルル」だった。v flowerを用いたボーカロイド版に加えて自身の歌唱によるセルフカバー版がさらなる人気を集めたこの曲。YouTubeでは現在までに2つのバージョンを合わせた再生数が約1億5000万回を記録し、2010年代を代表するボーカロイド楽曲の1つとなっている。
続けて発表した「メーベル」「雨とペトラ」「レディーレ」もヒットし人気ボカロPの1人となった彼は、2017年にシンガーソングライター・須田景凪としての活動を開始。その一方で、2021年10月に「The VOCALOID Collection ~2021 Autumn~」のエントリーに合わせて「パメラ」を公開し「ボカコレTOP100ランキング」で1位を獲得するなど、バルーン名義での活動も精力的に行っている。
今回リリースされた企画アルバム「Fall Apart」の聴きどころは、そんなバルーンの楽曲をそれぞれのアーティストが独自の視点で解釈し、再構築しているところにある。参加アーティストのラインナップも興味深い。ボーカロイドシーンから邦ロック / J-POPシーンに“越境”したアーティストとしての先輩格にあたるヒトリエ。キタニタツヤとReolはバルーンと同時代のネットカルチャーの空気を共有した戦友のような関係にあたる。Ado、なとり、椎乃味醂、Chevonはそれぞれバルーンの楽曲を思春期に聴いて影響を受けたアーティストなのだが、歌い手、シンガーソングライター、ボカロP、バンドとそれぞれ異なる形態で活動していることにもその影響力の広さとユニークさを感じる。東京スカパラダイスオーケストラと高畑充希が別フィールドからの解釈を形にしていることも含めて、多面体的な企画アルバムとなっている。
1. シャルル Prod. by キタニタツヤ / Ado
代表曲「シャルル」はAdo×キタニタツヤという豪華タッグによるカバーが実現。リズミカルなサウンドとフックの強いメロディで一世を風靡した原曲を力強く迫力のあるロックナンバーにアップデートしている。バルーンと同時期にボーカロイドカルチャーで活動していたキタニタツヤがプロデュースしたサウンドは畳みかけるようなギターフレーズを前面に押し出したアレンジ。中間部のカッティングにも“キタニタツヤらしさ”がにじみ出ている。Adoは持ち味のがなり声からファルセットまで自在に使い分ける表現力豊かなボーカルを聴かせる。これまでもバルーン楽曲の「歌ってみた」を投稿してきただけに、歌い手としての原点を感じさせるような歌唱だ。
須田景凪 コメント
間違いなく今の自分を作った曲だと思います。そのときの自分が好きだったものを100%詰め込んで、それをたくさん聴いてもらえた。音楽に対する価値観をアップデートしたきっかけにもなりました。キタニ(タツヤ)はボカロカルチャーの中でほぼ同期なんです。2016、17年頃はお互いに新曲を出したら聴き合っていたと思う。その当時から彼がずっと持っているサウンド感を引き継いだような「シャルル」になったと思います。彼は幅広くいろんなことができる人ですけど、あえて元から得意としている分野で解釈を広げてきてくれた。それがすごくうれしかったです。Adoさんは歌はもちろんのこと、曲の解釈が本当に上手だと思います。だからこそ表現力がすごい。今回もキタニが作ってくれたサウンドをすごく大事に歌っていて。原曲のちょっと抑えめで切ない感じよりも、激しく、エモーショナルに生まれ変わったのが新鮮でした。いい意味で圧が強くなった印象です。
2. メーベル / なとり
「メーベル」は四つ打ちのビートと跳ねるギターサウンドが印象的な1曲。ボカロPとしてのデビューの前にはバンドでドラマーとして活動していたというバルーンの独特なリズム感を生かしたナンバーだ。なとりにとっては高校時代に聴いていたバルーン / 須田景凪の楽曲が自身の音楽的なルーツの1つなのだという。原曲のダンサブルなテイストを生かし、彼の代表曲「Overdose」に通じるグルーヴィなサウンドに仕上げている。主張の強いベースライン、小気味いいリリースカットピアノの音色、そして低音のウィスパーボイスからファルセットまで豊富なニュアンスで独特な色気を感じさせるなとりのボーカルが聴きどころだ。
須田景凪 コメント
この曲は「シャルル」の次に書いた曲でした。「シャルル2」みたいなものは絶対作らないようにしよう、自分が得意な分野でまったく違う表情の曲を出そうと考えて作った曲です。わかりやすく派手ではないけれどノれる、熟したものにしようと思った記憶があります。なとりのアレンジは本当にピッタリでした。彼のサウンド的にも声的にもこの曲が合うだろうと思ってオファーしたんですけど、楽曲にマッチしているのはもちろんのこと、彼のアレンジが独特で、原曲の色合いを大事にしながらも、細かくメロディを変えてくれたり、ギミックを作ってくれたりした。あくまで原曲ファーストでありながら、自分の色を全体に置いてくれている印象があって、すごく愛を感じました。彼には対談(参照:バルーン(須田景凪)×なとり「メーベル」インタビュー)のときにもこの曲を「究極の四つ打ち」と言ってもらったんですけれど、そういう彼が感じた気持ちよさみたいなものをすごく大事に表現してくれた気がしています。