九条稙基
江戸時代中期の公卿。九条幸教の長男。正二位・内大臣。九条家24代
九条 稙基(くじょう たねもと)は、江戸時代中期の公卿。内大臣・九条幸教の子。官位は正二位・内大臣。九条家24代当主。号は後東光院。
時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 享保10年10月13日(1725年11月17日) |
死没 | 寛保3年2月22日(1743年3月17日) |
別名 | 号:後東光院 |
官位 | 正二位、内大臣 |
主君 | 中御門天皇→桜町天皇 |
氏族 | 九条家 |
父母 |
父:九条幸教 母:徳川三千君(徳川吉通の長女) |
兄弟 | 稙基、二条宗基 |
妻 | 婚約者:頼(徳川宗春の四女) |
経歴
編集享保10年(1725年)、九条幸教の子として誕生。「稙」の字は、かつて室町幕府10代将軍・足利義稙から偏諱を受けた16代当主・九条稙通からその1字を取ったものである。
享保17年(1732年)8歳で叙従三位。15歳で正二位に昇叙され、その後内大臣になったが、享保3年(1743年)19歳で薨去。
子がなかったため、九条家は出家していた叔父・九条尚実が還俗して継ぐことになった。