ポルシェ911 GT3 RS(RR/7AT)
鉄分が効いている 2019.10.15 試乗記 991型の集大成といえる「ポルシェ911 GT3 RS」に試乗。巨大なリアウイングをはじめ、ド派手なエアロパーツをまとった“スーパーカー”は、公道ではさぞ持て余すかと思いきや、さにあらず。おっかなびっくりのドライブでも十分に留飲の下がるクルマに仕上がっていたのだった。レーシングカー直系の血脈
ポルシェ911においては、最新の992型の「カレラS」系が2018年11月に世界デビューして日本上陸を果たし、この秋に「カレラ」系も本国デビュー……という今は時期である。対して、2018年2月のジュネーブショーで初公開されたGT3 RSは、もはや先代あつかいとなっている991型(の後期モデル)の究極進化形ということになるらしい。
ポルシェにおける「RS」とは、1950年代からモータースポーツ直系モデルだけに与えられてきた名称だ。911でのRSのはじまりは、1972年秋にナロー時代最後をかざる1973年型(ナナサン)として、当時のグループ4ホモロゲーション用(あまりの人気に生産台数が増加して、最終的にはグループ3も取得)に開発・発表された「カレラRS」である。
以前に島下泰久さんも書かれていたように、“GT3+RS”という現在にいたる二段重ねネーミングが登場したのは、996型の最末期となった2003年である。当時はサスペンション部品のホモロゲーション取得のために開発されて、最終的に約700台が生産されたともいわれている。これ以降はお約束バリエーションとして、基本的に途絶えることなく続いている。
911以前は完全なレーシングマシンとして、そして“ナナサンカレラRS”はホモロゲーション用としてのRSだったが、最近のモータースポーツレギュレーションではGT3 RSのような量産車が存在する必然性はない。耐久レースなどで敵に勝つための911の役割は、現在「RSR」や「GT3 R」が担っている。
現在のGT3 RSは、ワンメイク用カップカーの血統を引き継ぎつつ、ポルシェモータースポーツが開発する公道マシンという意味で、モータースポーツ直系という意味づけを守っている状態で、その実像は今や、自然吸気最速にして上級好事家が純粋に楽しむためのハイエンド911……へと変貌している。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
今年のルマンを走ったクルマです!?
それにしても、こうして目の前にする最新のGT3 RSは歴代モデルと比較しても「まんまレーシングカー」のオーラがさらに加速している。「これが今年のルマンを走った911そのものです」と説明されれば、大半の人がなんの疑問もなく信じてしまうだろう。ナナサンカレラRSを思わせる好事家感涙のサイドストライプも、996時代からずっと健在である。
前軸でのダウンフォース発生を助けるフロントフェンダーのエアアウトレットは先代(=991前期型ベースのGT3 RS)以来の特徴的ディテールだが、今回は前後バンパー開口部がさらに大面積化して、フロントリップスポイラーも拡幅し、エンジン吸気口となるリアサイドの開口部に「ラムエア効果でさらに吸いまっせ!」と、ダクト形状のエクステンションが追加されている。そして、大型リアウイングも調整幅を広げて、従来比で最大40%のダウンフォース追加を可能としたという。
それにも増して、レーシングなオーラを強調するのが、フロントフードに設けられた2つのNACAダクトだ。フードを開けると、その導入気は下方のフロントブレーキ付近まで導かれている。このようにGT3 RSの開口部にはダミーやギミックはひとつもなく、すべてが本気の冷却か高出力化、強大なダウンフォースを生むあつらえなのだ。
試乗個体には合計700万円以上のオプションが追加されていたが、走行性能を直接的に引き上げたり、あるいは走り方面の機能を強化したりするアイテムはすべて最初から標準装備である。今回でいうと、セラミック複合素材のブレーキディスク(約170万円)や、車体各部のカーボンパネルやチタンロールバーなどで軽量化に寄与する「ヴァイザッハパッケージ」だけは、この種のクルマを購入する向きには気になるオプションかもしれないが、これらとて絶対的な速さへの影響はごくわずかである。
乗り心地に拍子ぬけ
ここでお断りしておくが、今回の試乗はもろもろの都合で高速や市街地、山坂道……といった公道のみとした。最新のGT3 RSといえば、あのニュルブルクリンク北コースで、基本設計の変わらない先代のラップタイムを24秒も縮めて、ついに7分切り! を果たしたクルマだ(6分56秒4)。これがいかに純粋に楽しむためのストリートスポーツカーといっても、その超高速性能をそれなりに、しかも社会的に味わうには、もはやクローズドサーキット(の、しかも国際格式の本格コース)に持ち込むしかないのはいうまでもない。
ノーマルの991と比較すると、車高も見るからにベッタリと低く、クルマが転がり出しても、タイヤ、バネともいかにも硬質な味わいなのだが、可変ダンパーをポルシェ自身が「公道もしくはウエットサーキット用」とうたうノーマルモードにするかぎり、低速・低ミュー路でもアシは意外に細かく滑らかにストロークしてくれる。蹴り上げはそれなりに強めだが、とにかく車体剛性が岩石のように硬いからかアタリ自体は意外にマイルドで、目線が必要以上に揺すられることもない。
運転席に座っても、背後のロールバーやバケットシートこそ非日常でも、ダッシュボード下半身やインターフェイスなどの体が触れる部分がアルカンターラ張りになる以外は、その光景はいつもの見慣れた911だ。そして後席用の空間があって(今回はリアシートが取り去られているが)、ドライバーとエンジンとの距離感も適度に遠い。また、フロントにエンジンのない最新スポーツカーとしては前輪と人間が近すぎないのも911の伝統である。
とにかく迫力満点のエンジンノイズと、騒音対策を省略されたゆえの盛大な騒音に最初は面食らうのは事実。だが、これほどのスーパー高性能車もかかわらず、日常づかいで違和感やストレスが意外に少ないのが、このGT3 RSを含む歴代の役物911に共通する美点でもある。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
“クリーミー”なエキゾーストサウンド
それにしても、リアエンドに搭載される水平対向6気筒の存在感がすさまじい。4リッターで520PSだから、リッターあたり約130PSという計算になる。自然吸気エンジンといえば、つい最近までリッター100PSがカリスマ的高性能のボーダーラインだったから、最新の直噴技術はすごい。
……にしても、昨今のスーパースポーツカー界隈では自然吸気エンジンもめっきり少なくなり、これ以外のスーパー自然吸気エンジンといえばランボルギーニくらいしかない。彼らのV10やV12と比較しても、GT3 RSのリッター130PSはトップの数字である。
アイドルストップもコースティング機能も備わらないGT3 RSのパワートレインは、まさに“マジモノ”のきわみ。回転リミットが9000rpmの高みにあるだけでなく、4000、5000、6000、7000、8000rpm……と回転上昇とともに目覚めていく過程は鳥肌モノである。
4000rpm付近までの良くも悪くも荒っぽい感触は、5000rpmくらいから振動も収束してシャーンと911らしい金属的なサウンドとなり、7000rpmからは噛みつくような鋭いレスポンスを見せはじめたかと思ったら、8000rpmに向けてはファーンという叫ぶような高音へと変化していく。そして、いよいよ8000rpmを超えるとすべてが溶けあった連続音となる。それはあくまでヒステリックな爆音なのだが、同時にすべてのザラついた感触が溶けきって“クリーミー”とも表現したくなる独特のまろやかさが醸されはじめる。ポルシェの9000rpmはそんな世界である。
変速機はこれまでどおりツインクラッチの7段PDKのみ。ゆるゆると走るときの1000~2000rpmでの変速でも“ドン!”という強めのショックが発生することに、パワートレインの本物度と、専用チューンされた電子制御エンジンマウントのタイトさを感じさせる。
限界領域はまるで見えない
リアウイング効果を最大限に引き出すセッティングにすると、車速200km/hで前後合計144kg、300km/hで同416kgのダウンフォースが発生するという。今回のリアウイングはそこまで極端なセッティングでもなく、車速もせいぜい東名高速特別区間での120km/h前後までしか試せなかったが、それでも100km/hほどから明らかにステアリングが落ち着いて、クルマの挙動に重みが出ることで、ダウンフォースを体感できる。
ここにいたって可変ダンパーを「ドライサーキット専用」という触れ込みのスポーツモードに切り替えてみても、なるほど乗り心地は重低音ズンズン系になって目線の上下動がわずかに増すものの、ノーマルモードと別物に暴力的……にはならないのが意外だった。とにかく車体の剛性がすさまじく、さらにサスペンションその他の可動部の精度がすこぶる高いので、いかに硬い調律でもストロークが阻害されないのだろう。突きあげはそれなりに激しくても、その衝撃の角はあくまで丸く、クルマはまったく跳ねないのだ。
そうした意外性はステアリングフィールも同様で、ノーマルモードでも反応は拍子ぬけするほど穏やかなのに、スポーツモードではさらにマイルドになる。これもおそらく、このクルマ本来のステアリングレスポンスは、高ミュー路でブレーキを蹴っ飛ばすようにカツを入れて初めて発揮される高みにあるからだろう。一般公道ではいかに蛮勇をふるったところで、限界よりはるか下の領域で、クルマに遊んでいただいているにすぎない。
ただ、そんな印象も標準装備の「スポーツエキゾーストシステム」をオンにすると、ガラリと変わる。もとからかなりの音量だった自然吸気520PSエンジンは、2000rpm前後の低回転域=踏み込んだ瞬間から輪をかけたすさまじい音圧でせまり、全域でヌケまくった爆音となる。
運転を学ぶなら911
このスポーツエキゾーストシステムの効能は、取扱説明書によると「最大トルクに変更はありませんが、4000rpmまでトルクが著しく向上します」とある。自然吸気なのでボタンひとつで激変……とまではいわないが、それでも3000~4000rpmでのパンチ力や、中低速域での右足への食いつきが明確に増す。
さらにPDKもスポーツモードにすると、珠玉のパワートレインがいよいよ本領発揮である。ただ、こういうときにも、単なる加速Gの快感より、操縦性への効果のほうが印象的なのが911の911たるゆえんだ。
GT3 RSのステアリング反応を一般公道でうんぬんしにくいのは前記のとおりだが、アクセル操作による荷重移動とトラクションによる旋回特性は、一般公道レベルでも明確に変化する。自動車工学的なダイナミクス理論やスポーツ運転のコツを、実地で学ぶのに911が最適という事実は、時代が変わっても、そしてGT3 RSのような役モノでも変わりない。
とはいっても、一般公道でおっかなびっくり走る程度では、GT3 RSにとって氷山の一角……のさらにその表面(?)をサラッと舐めているにすぎない。それでも他社の超絶高性能スーパーカーと比較しても、得もいわれぬ満腹感があるのは、前記の教科書のような走りに加えて、911の車体骨格にいまだスチールが使われているからでもあると思う。
このクラスのスーパーカーは全身がアルミもしくはカーボン複合樹脂であるケースがほとんどだが、ポルシェは新型EVの「タイカン」も含めて、あえて一部にスチール構造を残す。その理由はいくつかあろう。ただ、それゆえに911の全身に通底する剛性感は岩のように強靭ながらも、その肌ざわりはアルミやカーボンのような無機質なものではなく、そこはかとない潤いと、エコーのような余韻をただよわせる。
日常的な車両感覚と、しっとりと響きのある剛性感とが、911がいつまでも信者の心をつかんではなさない秘密の一端ではないか……。そんな思いは、ひと踏みで意識が飛びそうなほどの加速Gを見舞ってくれるGT3 RSに軽~く遊んでいただいても、変わることはなかった。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
ポルシェ911 GT3 RS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4557×1880×1297mm
ホイールベース:2453mm
車重:1470kg
駆動方式:RR
エンジン:4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:520PS(383kW)/8250rpm
最大トルク:470N・m(47.9kgf・m)/6000rpm
タイヤ:(前)265/35ZR20 99Y XL/(後)325/30ZR21 108Y XL(ダンロップ・スポーツマックス レース2)
燃費:12.8リッター/100km(約7.81km/リッター、欧州複合サイクル)
価格:2692万円/テスト車=3413万6000円
オプション装備:ボディーカラー<リザードグリーン>(64万9000円)/レザーインテリア<コントラスト/ブラック>(55万1000円)/ヴァイザッハパッケージ(265万7000円)/PDK(0円)/フロントリフトシステム(54万1000円)/フロアマット(2万円)/フルバケットシート(0円)/スポーツクロノパッケージ(8万7000円)/ポルシェセラミックコンポジットブレーキ(166万8000円)/標準ホイール(0円)/ブラック塗装仕上げホイール<グリーンリム>(21万3000円)/LEDメインブラックヘッドライト<PDLS含む>(47万9000円)/クラブスポーツパッケージ(0円)/12時マーカー<グリーン>(4万4000円)/アルカンターラサンバイザー(7万5000円)/アルカンターラ仕上げシートベルト(6万5000円)/カーボンドアシルガード(7万6000円)/アルミペダル&フットレスト(9万1000円)/LHD仕様(0円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:6413km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:598.1km
使用燃料:78.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.6km/リッター(満タン法)/7.9km/リッター(車載燃費計計測値)
佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
レクサスLBX MORIZO RR(4WD/6MT)【試乗記】 2024.12.30 新時代の小さな高級車としてデビューした「レクサスLBX」にハイパフォーマンスモデルの「MORIZO RR」が登場。その心臓部に積まれるのが1.6リッター3気筒ターボと聞けば、ファンならずともどんなクルマか想像がつくはずだ。6段MTモデルの仕上がりをリポートする。
-
ロイヤルエンフィールド・クラシック350(5MT)【レビュー】 2024.12.28 ロイヤルエンフィールドの歴史を体現するクラシックなモーターサイクル、その名も「クラシック350」。往年のバイクの姿を今日に伝える一台だが、受け継いできたのはスタイルだけではなかった。伝統の積み重ねが生んだ、味わい深い走りを報告する。
-
フォルクスワーゲン・ティグアンeTSI Rライン(FF/7AT)【試乗記】 2024.12.27 フォルクスワーゲンの世界販売において、今や一番の人気車種となっているコンパクトSUV「ティグアン」。その新型が、いよいよ日本でも発売された。より大人のドライブフィールに進化したという、3代目の走りをリポートする。
-
BMW 120(FF/7AT)【試乗記】 2024.12.26 BMWの「1シリーズ」がフルモデルチェンジ。通算で4代目、前輪駆動モデルとしては第2世代となる新型に与えられた開発コードはF70。エントリーモデルのエントリーグレード、すなわち「BMW 120」の仕上がりをリポートする。
-
三菱アウトランダーPエグゼクティブパッケージ(4WD)【試乗記】 2024.12.25 「三菱アウトランダー」のマイナーチェンジモデルが登場。スキンチェンジよりもメカニズムの進化に重きを置いたメニューにより、EV走行換算距離はドーンと100kmオーバー、システム出力は20%アップの大盤振る舞いだ。新たな最上級グレードの仕上がりをリポートする。
-
スズキ・フロンクス(4WD/6AT)【試乗記】
2025.1.4試乗記扱いやすいコンパクトなサイズとスタイリッシュなクーペフォルムが注目されるスズキの新型SUV「フロンクス」。日本向けとして仕立てられた4WDモデルを郊外に連れ出し、日常での使い勝手や長距離ドライブでの走りをチェックしながら、その人気の秘密を探った。 -
ホンダ・シビックRS(前編)
2025.1.2谷口信輝の新車試乗「ホンダ・シビック」の新グレード「RS」に、レーシングドライバー谷口信輝が試乗。上から下までさまざまなシビックを知る走りのプロが、新たなスポーティーバージョンの印象を語る。 -
2024年版 輸入SUVの目的・サイズ・条件別選び方とおすすめモデル|中古車購入指南
2025.1.1失敗しない中古車選び「クルマ=SUV」とでも言いたくなるほど、世はSUV花盛り。人気とあらばマイカーとしても選びたくなるものですが、このジャンルで気になるのがそのサイズ。今回は個性豊かな輸入SUVを、全幅を基準に分類し、イチオシのモデルを紹介します。 -
【2025年】MINIの目的・条件別選び方とおすすめモデル|中古車購入指南
2025.1.1失敗しない中古車選びユニークなスタイリングとキビキビとした走り、豊富なバリエーションで好評を博すMINI。人気のブランドだけに中古車の流通量も豊富で、アナタの条件に見合うクルマを見つけるのも難しくはない。個性派プレミアムコンパクトの中古車事情をチェックしてみよう。 -
【2025年】メルセデス・ベンツの目的・条件別選び方とおすすめモデル|中古車購入指南
2025.1.1失敗しない中古車選び今も昔も“高級車の代名詞”といえばメルセデス・ベンツ。世界最古の自動車メーカーとしても知られる同社の製品は日本で根強い人気を誇り、ゆえに中古車市場では常に豊富な数の物件が流通している。バラエティー豊かなクルマの中から、理想の一台を探し出してみよう。 -
【2025年】BMWの目的・条件別選び方とおすすめモデル|中古車購入指南
2025.1.1失敗しない中古車選び“御三家”と呼ばれるドイツのプレミアムブランドのなかでも、車種を問わずスポーティーな走りを楽しめるブランドといえばBMW。いたるところに“走りに対するこだわり”が見受けられる同社の製品のなかから、理想の一台を探し出してみよう。